東京二期会「カルメン」

 特に何かに惹かれる「カルメン」ではなかった。私のオペラ鑑賞サイクルからしても、「カルメン」を観たくなる頃でもなかった。ただ、金曜日の夜、仕事が終わってから所用で夜行列車に乗るまで、東京で4時間余りの時間が空く。そこにすっぽりおさまるのが「カルメン」であった。居酒屋で時間をつぶすような感覚で出かけた。だから、公演の予備知識はほとんどなくて、実相寺演出だということぐらいしか知らずに東京文化会館に入った。しかも7時開演の「カルメン」で休憩が2回も入るとなると、かなり終演が遅くなる。東京駅23時の列車に間に合うかどうかは微妙なところなので、途中で出ることも覚悟で席についたのである。

 何度聴いても前奏曲が強烈なので、まずは指揮とオーケストラに関心がいってしまう。飯森範親指揮の東京フィルは非常にテンポよく、夜行列車の時間が気になって、はやる私の心には、とても心地よく聴こえてきた。ということは、じっくり聴きたいと思っている時は、あまり感心しない演奏ということなのだろうか。そんなことは決してないと思うのだが、個人的な事情と相まって嬉しくなってきた。

 実相寺さんの演出は、バルタン星人登場の「魔笛」以来2度目なのだが、全体として何がコンセプトなの?という感じで、はっきりよく分からない。なんか思いっきりヘンてこなことをしでかして楽しませてくれそうな感じがするのだが、実際はとりわけ変なこともない。しかし、時代や場所の設定は不明。従来的な解釈の上に成り立っているのだが、視覚的には個性的でオーソドックな面は全くない。終わってみると、好きでも嫌いでもない演出だったという感想になってしまう。今回の公演では、3幕のミカエラとカルメンの対立が際立って良かったが、演出というよりキャストの演技力のためであるような気がする。

 舞台は、最初のタバコ工場が天井まで届きそうな大階段であったりと、何とも説明がつかない。良いとも悪いとも思わないのは、私の鑑賞能力の限界か。

 演奏はとても良かった。予備知識なしに出かけたものだからキャストも知らなくて、幕が開いて初めてホセは福井敬なのかと知ったぐらいであったのだが、音楽だけでぐいぐい引き込まれていった。小山由美のカルメンや他のキャストも良くて、前述の飯森さんの指揮と相乗して、とても心が高ぶる演奏であった。最後にはあまりの良さに、夜行列車の時間よりも「カルメン」を最後まで聴き終えることの方が遥かに大切なことであるという気になってきて、腰を据えて聴き入っていた。

 今回は完全ノーカット上演だったということだが、そんなことよりも二期会が50年の歴史の中で「カルメン」を原語上演するのは初めてのことではないだろうか。プログラムのどこにもそんなことは書いていなかったので、正確なことは言えないが、もし本当にそうだとすればそれなりの出来事だと思う。

(2003年2月21日 東京文化会館)

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