土曜日に街の中心へ買い物に行った。
腰の曲がった小さなおばあさんが、階段のところで
「助けて、たすけて。誰か助けて。」
と、かすかな声でつぶやいていた。
階段が登れないのかと思って、手をつないで登るのを助けようとした。
すると、
「百ルーブル、ちょうだいよぉ。お金をちょうだいよ。たすけてよぉ。」
と、まるで小さな子どもが駄々をこねるように、繰り返し繰り返しとなえているのだ。
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BR>すこしばかりの小銭を渡し、私たちは階段をサッサと上り行ってしまった。
このおばあさんとはこれで縁が切れたものとばかりに思っていたら・・・。
昨日、日本人の知り合いが日本へ帰国するということで、アルバート街へお付き合いさせてもらった。商社員や会社マンの奥さんたちである。
こちらへ来て、2年。
ウズベク料理もグルジア料理も、ロシア料理でさえまだ、食した事がないという。
それでは!!と、アルバート通りの隣りにあるウズベク料理のカフェへ一緒に行った。
お土産のこと、ロシアでの生活のことなど、話をしながら食べていると、見覚えのあるみすぼらしい件のおばあさんがこのカフェへ入って来たではないか。
どうするのかしら、と、不思議に思っていると、
ヨタヨタと、危なっかしい足取りで、ドアに一番近い席に陣取り、やおら大きなパンを取り出した。
そこへカフェの下働きの女の人がやって来て、欠けたコーヒー茶碗に熱いお茶を入れて持って来た。お金を払ってお茶を飲んでいた私たちにはレモンと角砂糖がついてくるが、おばあさんのにはない。
おばあさんは汚れたシューバに身を隠すようにして、熱いお茶をすすり、大きなパンを千切りながら食べていた。
食べ終わると、大事そうにパンの残りをビニール袋にくるみ、ズタ袋に入れて、立ち上がって、また、よたよたと、去っていった。
この小さな腰の曲がったおばあさんは物乞いをしながら、街をさまよっているのだろう。
寒いモスクワで、我慢がならないほど凍え、ひもじくなった時、この店に来て、一杯のお茶を所望し、そしてパンを口に入れて、また、街に出ていくのであろう。
おばあさんがこの店にきた事もいとも自然に、そして、そのおばあさんにお茶を差し出す事も当たり前のようになされていた。いつもいつも、こうであるかのように、下働きの女性とおばあさんのさりげない日常の一こまだった。
それを見ていた、わたしたちは、もしこんな事があったら・・・。と、日本に想いを馳せた。
多分、みすぼらしいおばあさんは店先で追い払われていたかもしれない。テーブルにつく事など、とてもじゃないけれど、出来ないだろう。
街の真ん中の金持ちだけが利用する立派なスーパーマーケットの奥にある小さくこぎれいなカフェでの出来事だった。
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