昨日、本を買いに中央の本屋さんに行った。
するともう妙齢も過ぎた50がらみの東洋系の女性がいた。なんだか落ち着いた雰囲気で、見ている本は高尚なのである。
でも、専門書を探し歩いているという風ではない。
服装といえば、別に取りたてて、特別上等で派手というのでもなく、勿論、全くといっていいほどブランド品は身につけていない。
ただ、品のいいしっくりと自分にあった普通のコート、めがねの奥の目は優しくも聡明な光を宿らせている。
ちょっとどんな人なのか、気になって仕方がない。
きっと仕事を持った女性なのだろう。
日本人の駐在員夫人というわけでは、全くなさそうである。
無駄な自己顕示が全くない。
スキっとした感じが何者かを感じさせるだけなのだ。
それで、ドゥニャンは、彼女の周りをウロチョロ。
声をかけてみようかしら。それとも・・・。
ふと、何故か・・・。そうだ。ヘンヘンに以前聞いていたソウル大学の教授で、今はモスクワに韓国大使として赴任している、あの方ではないかと、思った。
ヘンヘンは9年前、キエフの「黄金の門」の前で偶然彼女に会っている。
「ねえ、ヘンヘン。あの方、もしかして韓国のロシア大使の李先生じゃないの?」
「そんなわけがないだろう。大使といえば、VIPだからセキュリティ・ガードがしっかりしているはずだよ。」
「でも、ただならない人だと思うんだけど・・・。間違ってもいいから、声をかけてみてよ。」
「・・・・。」
彼女は、ヘンヘンが買った本を興味深げに覗き込んでいる。
「まだ、これ在庫があるのかしら。」
売り子のお姉さんにたずねているロシア語を聞いたら、韓国語なまりがある。
「もうこれは最後です。」
「そうなの・・・。」
残念そうだ。別の本棚に行くと、後ろの方からロシア人のガードナーの人にご自分が欲しい本を手にとって渡している。
きっとこれは!!
「ねえ、ヘンヘン、聞いてみたら。きっと李先生よ。」
ドゥニャンは李先生にはお会いしたこともないが、こんなに知性の溢れたしっかりとした、それでいて自己顕示のかけらすらない大物の雰囲気を持った人を見たことがない。それで、彼女に違いないと踏んだのだ。
とうとう、
ヘンヘンは、李先生に声をかけた。
「わたしは東大の和田春樹の弟子の吉田ですが、李先生ではありませんか。」
「そうです。わたしが李ですが・・。」
「一度、9年前にキエフでお会いしたことがあります。」
「そうでしたねぇ。こちらにいらしているんですか。」
「はい。」
「なにかあったら、ご連絡ください。わたしの名刺をお渡ししましょう。」
すごく自然で構えることなく、すんなりと話しは終わった。
やっぱり、彼女はひとかどの人だったのである。
ドゥニャンの予想が当たって、ご機嫌である。
「ほ〜ら、やっぱり・・・。普通の人じゃないってあの目を見れば思ったもんね。なんだかカッコいいんだもの。ドゥニャンもああいう人になれたらいいなぁ。」
李先生の雰囲気は、それほど素敵だった。内面がにじみ出ている美というものはああいうものなのだと、改めて思ったのである。
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