2000年4月9日(日)

この日はなかなかヘビーな一日であった。

10年前、モスクワで住んでいた時、ヘンヘンを誘って飲みに行ったのはいいが、朝の3時になっても4時になっても帰ってこない。ペレストロイカの失敗による経済混乱と治安の混乱が心配されていた頃だった。
そのヘンヘンを誘って下さった某大学の先生が再び彼をここモスクワで誘って、何とか会いましょうと、おっしゃる。今回はご夫婦で来ていらっしゃるので、我が家でいっしょにみんなで会食を楽しもうと思っていた。
ところが、先生の奥様が風邪を引かれて、どうしても家へは来られないと言う。 それで、結局、ヘンヘンだけが先生に会いに町の中央まで行くことになった。

どうせヘンヘンはこの先生に誘われると、遅くまで帰ってこない。昼の2時から・・・何時まで外で油をうっていることやら・・・。
ということで、アルメニア人の友達のリーナを誘ってみた。彼女は来てくれたが、子どもを伴ってではない。夕方5時には帰って行った。

夕方7時。今、モスクワは夜8時30分くらいまでは、明るい。
まだまだ時間はありそうだ。
そうだ!!ジョーチの毛でも梳いてやろう!
と、廊下に出た。

すると上の娘も本と椅子を持参してやって来た。
モチロン、それに倣ってびーびーも本、椅子を持って廊下に出て来た。

「ママ、もしうちがしまっちゃったらどうする??」
と、びーびーが聞く。
「ん??大丈夫。閉まってないでしょう。」
「うん、まあね。」
しばらく、本を読んでおとなしくしていたびーびー。

「ねぇねぇ、ママ。もし家に鍵がかかっちゃったら、わたしたちどうなると思う?」
「ん?そんなことないから、心配しないでいいよ。だって、廊下に出るだけだから、鍵なんかかけないもの。」
「そうだよね。」
また、黙り込んだ。2・3分すると、びーびーは、
「ねぇ、ママ、鍵、持ってる?」
ふと、気になった。
「ううん、持ってないわよ。どうして??」
「いや、鍵がしまっちゃったら、わたしたちどうなるのかなって思ったの。」
「変なこと言わないでよ。もしも・・・なんて何でもないこと、そう何回もたずねないの!!」
なつめがごうを煮やして言った。

1・2分経つと、
「ママ、鍵が閉まったら、怒る?」
「そんなことで怒んない。何でもないことを心配しなさんな。」
「そう、怒らない?」
「もちろんよ。」
びーびーのこのしつこさは一体なんだろうと、本気で気になる。
「ちょっと鍵がかかってないかどうか見て来て。」

ガチャン、ドアの開く音がする。大丈夫・・・。
「ホラネ。大丈夫だったでしょう・・・・。」
「でも、本当に閉まっちゃったら、困るよね。」
「困る困る。」
ジョーチは毛を梳かれるのにウンザリしている様子。

「そろそろ、終わりにしよう!!」



「あのね、あのね。」
「何ナノよ。一体。さっきから・・・。」
「絶対、絶対怒らない??」
心配そうなびーびー。
「鍵が閉まってても、叱らない??」
「叱ったって仕方がないじゃないの。もうこの話はいい加減にして!!」


「ホラ、怒った。」
「ううん、ちっとも怒ってないから。ホラネ。」
無理矢理、にこにこ満面の笑みを作る。


「あのねぇ。鍵閉めちゃったんだ。」
「エー!!嘘でしょう???パパが帰ってくるまで、家の中に入れないのよ。それに鍵を持ってないと思うんだ。だって、パパは家の鍵をなくしたって昨日大騒ぎしていたもの。それ、本当??」
「本当、ホント。」
なんだか誇らしげなびーびー。

家のドアを開けてみると、お気の毒様。鍵がかかっていた。

「フェ〜。困ったなぁ。」
「困ったでしょう。」
びーびーは人事のように言う。
「何で閉めちゃうのよぉ。」
上の娘が情けない声で言う。
「だって、どうなるか見てみたかったんだもの。」
ナヌ〜?こんなことを実験してどうする??

廊下でヘンヘンのこと待つこと待つこと。いつ帰ってくるかわからないのに・・・。

そこへグデングデンに酔っ払ったアミールが帰って来た。
「かぎ閉めちゃったんです。また・・・。」
「うちに来ればいいじゃないか。」
「でも・・・・。」
これで、鍵を持たずにドアを閉めちゃったこと3回目。はずかしいったら、ありゃしない。
「心配せずに家へ来い!!今日、ドアが開かないとしたら、皆でおれんちで寝ればいい。」
なんて・・・。

アミールの家へ行ってみると・・・。
アイーダが怒っている。とことんいかっているのだ。
アミールは下の娘のイルミーラをだしに、一杯どころか何十杯もウォトカを引っかけて帰って来たのだった。
アイーダは酔っ払って帰って来たアミールを見て、怒り心頭に達したらしい。それで文句を言っていたようだった。
「もう、こんな家には帰らん!!」
「あんたなんていなくってせいせいするわ。さっさとどこかへ出ていきなさ〜い!!」
アミールとアイーダがやりだした。

うわぁ〜、困った。

「ドゥニャン、ごめんね。でも、ちょっと台所で待ってて。」
アイーダとアミールが一戦を交えている。
ヤバイなぁ。早くヘンヘン帰って来てよ。
「とっとと、こんな家出ていってやる!今日暑い、上着もいらん。今からすぐ出て行くからな。じゃぁな、アバヨ。」
てな、調子で出て行くのだが、何回も玄関のブザーをコールする。
上着がいるとか、自動車で走ったら、交通警察に捕まるとか何とか言いながら、アイーダが引き止めるのを待っているのだ。
「ジナーラ、パパと一緒にちょっと出よう。」 最後にアミールは上の娘のジナーラを出しにしようとしていた。
ジナーラは嫌だと断った。
「この野郎!!犬野郎。こんちきしょう。」
と、捨てぜりふを吐いて出て行こうとしたとき、ヘンヘンが件の先生を連れて帰って来た。

家の鍵はなくしたまま持っていないと言う。
オイオイ・・・。
「うちへ来いよ。そちらのお客人もどうぞ・・・。」
アミールはいい調子だ。
「いや、鍵を大家さんの所まで取りに行くから。今日は・・・。」
先生も廊下で立ち往生。どうしていいのかぽつねんとして、ジョーチのことをかまっている。
「僕は犬年だから、犬が好きなんだ。」
なんて、つぶやきながら。

とうとう、アミールはヘンヘンも先生も引き止めることを出来ずに、家を出て行った。

その後?
モチロン、聞きましたとも。
アイーダの文句を・・・たっぷり。
ヘンヘンが鍵を持って帰ってくるまで。

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