▼Driven act.1

 いつからだって? 聞かれたって分かりゃしない。
 多分、最初からそうだった。
 モラルなんてモノはクソ食らえだとね。
 十五の歳でセカンドインパクトに遭い、生きる事に絶望しそうな毎日がやって来た。
 世の中は全部が引っくり返って、人の数は少ないが食料は更に少なかった。
 将来の展望なんてのは無く、今を生きる理由も見つからない。
 それでも、泥水を啜るようにして生き延びた。
 同じ境遇の仲間同志で肩寄せ合っていたが、『生き抜く事』と『生きている事』が同じだった。
 十六で、全てを失った。
 俺は生き抜く為に仲間を売った。
 兄弟すら。

 何の為に生きているかなんて考えた事も無い。


 十七で、ようやく現れた親戚に拾われた。
 本当に親戚かどうか怪しいと思ったが、衣食住を保証してくれると言うんだ。悪い話じゃない。
 そして十八で、俺は何故か大学に居た……それも、本邦最優秀とされる最高学府。

 バカバカしかったね。
 苦しい生活の中、やりくりして育ててくれた養父母の手前、自分を試すつもりで受験した。
 試したのは学力じゃない――運だ――それも悪運だな。
 最も厳しいとされる試験にカンニングが通用するかどうか試したんだ。
 少々細工が過ぎた。見つかって摘み出されりゃ終わりだろうが、終わっちまった方が良いと思いながら座ってたんだ。

 試験官ってのは、一人一人の手元を全部確認するような真似はしないらしい。
 不正をしようとする奴は視線が動く。
 考え込むフリが大袈裟になる。
 咳払いをしたり椅子に座り直したり、落ち着かない奴に目を付けて、尻尾を掴むまでは見てないようで見てる。
 そういう監視の仕方をする。
 開き直って捕まる為に不正をしてた俺は目を付けられなかった。
 なに、度胸の問題じゃなくて、単に試験官の数が足らなかったのかも知れん。
 何しろどこでも人手不足、予算不足が深刻だった。
 どっちにしろ、俺は大学に潜り込んだ。
 国立だから学食は安いし、学費はタダ同然。しかも実の親がどっちも居ないってんで奨学金まで受け取った。
 養父母は喜んだし、俺ももう世話にならないですむと思ったら気が晴れた。
 こんな時代に今更学歴なんてと思いながらも、荷物をまとめて下宿を探した。


 第二新東京市……セカンドインパクトまでは長野と呼ばれていた土地。
 以前は信州大学と呼ばれた広大なキャンパスを持つ国立大学が、改組されて第二新東京大学に変わったばかりの頃だった。
 沿岸部に比べれば、内陸の信州は大混乱の時代を無難に切り抜けた地方と言って良いだろう。
 国の司法、立法、行政機関も大学と同じように信州に居を移していた。
 国を建て直すための人材を新たに育てる、という大義名分が有って、大学にはキャパ一杯に学生が詰め込まれていた。

 それはキャンパスの中だけの話じゃない。まだ首都になって日が浅い地方都市ではインフラも住宅事情も最悪だ。
 なにしろ沿岸部の都市圏は残らず壊滅した……それと一緒に人も減ったが、元々住んでた人間は無事だった信州に、大勢の新しい人間が仕事と住宅を求めて殺到していた。
 ようやく見つける事が出来た下宿は、ボロアパートもいいところだ。三畳の板の間が台所で、腐ったようなボロ畳の四畳半の居室がひとつ。
 個人のスペースはそれで全部。トイレは共同、風呂は無し。
 そんなアパートでも家賃は強気だ。何せ住む場所を確保したい人間は幾らでも居る。
 毎月受け取る奨学金は右から左へ大家の懐の中へと消えたね。

 大学へはほとんど、暇つぶしにしか行かなかった。
 無駄に要領が良いんで、単位を落としたりはしなかったがね。
 代返が効く講義は全てサボる。レポートは先輩や同級生から貰う、時には買ったりもする。
 課題提出も試験もあらゆる手を使って最小限の手間でクリアし、卒業までに無駄な時間は一切無かった。
 その代わりと言っちゃなんだが、バイトは真面目にやっていた。
 始めは自動車整備工場。理由は大した事じゃない、自分の車が欲しかっただけさ。
 整備工場だが、任された仕事は再生自動車作りがメインだった。
 二十世紀の車のパーツを組み立てて、簡単な充電装置とバッテリー、出所の怪しいモーターなんかを積み込んでゼロエミッションの車を作って売る。
 何せガソリンは何処にも売って無いんだ――まあ裏のルートで幾らでも流通してたが――正式には内燃機関は物流に必要最低限のディーゼルエンジンしか認められない建前だった。
 定格出力に達しない、バッテリーがすぐダメになる、充電に時間が掛かりすぎる、等々、再生自動車業界は問題が山積だったが、それでも組み立てれば車は売れた。

 廃車置場から使えるパーツを盗って来るのが俺達下っ端の仕事。
 食べる為に盗みをしていた頃と結局は何も変わらない。食べ物を直接盗むか、金に変わる物を盗んで作って売り付けるかの違いだけ。
 クソ下らねえ仕事だと思いつつも、大学行って机に座って講義を受けるよりは楽しかった。
 昼も夜も無く働いた。近県じゃ足が付くってんで、ナンバー外したトラックで随分遠くまで遠征もした。
 そのうち金が出来て、まずは自分の車を買った……と言うより、自分で作った。
 再生自動車の非力さ、航続距離の短さを嫌ってほど知っていたから、ベースにエランを選んだ。
 外で見たろ、FRPボディーの2シーターさ。
 限られた出力を生かすには車体の軽さが命だからな。
 モーターもバッテリーも奢って、半年分の稼ぎが消えた。車を盗んだ金で車を買う……マッチポンプって奴だな。


 次に不便極まりなかったアパートから引っ越した。
 今度はちゃんと自分の部屋に、風呂もトイレも付いてる所を探した。
 そうやって住み心地が良くなり余裕が出来ると、汚い仕事がだんだん面倒になる。
 部品盗難、車両盗難も目ぼしい獲物が無くなって、当局の監視も厳しくなり始めた。
 なにより、ちゃんとしたメーカーがゼロエミッション車を量産し始めたから、商売はあっという間に傾いた。

 そんな頃、バイト仲間の伝手で興信所の手伝いに誘われた。
 面白かったね。何せ、セカンドインパクトの混乱からこっち、身元確認も本人証明も、それどころか会社の登記だって極めていい加減なもんだった。
 世の中が多少なりとも落ち着いてくると、経歴詐称や身分の偽造を調べる仕事が山ほどあった。
 他にも行方不明者の捜索に家出人の追跡、盗品の流失先探し、地上げにタカリに借金の取り立て。情報屋なんだかヤクザの下っ端なんだか、自分でもわからんようなドサまわりの毎日が始まる。
 おかげさまで自前の足が有るし、トラックで走り回ったおかげであちこち土地鑑が有る。身分はバイトのままだったが、興信所の中ではどんどん出世した。
 だんだん大学へ行くのも面倒になってきたが、相変わらず最小限の手間で単位はちゃっかり取る生活が続く。

 学内にも一応友達は居た。
 利害関係で結びつくような仲だったが、仕事仲間として付き合う裏の社会の連中に比べりゃ皆育ちが良い。素直で良い奴ばかりだった。
 あんまり出席しないんで怪しまれてたが、車にサーフボードを積んで海の家で働いてると嘘を吐いて通してた。
 大学の中は大学の中で、情報を集めるのに便利な場所だったから通い続けたようなもんだ。いち早く復旧したネットワークのハブが学内に有ったからな。
 パスクラックやハッキングを覚えたのは大学でだ。
 特に親しかったわけじゃないが、ネットワークとデータセンターのお守りをしていた助手と知り合いになって、その伝手でハッカーやクラッカーと呼ばれる連中とも知己を得た。
 俺自身は、計算機やネットワーク相手には大してセンスが無かった。
 けれど、大学からネットワーク経由で世界中の機密を売り買いしてる連中と知り合えたんだ。扱う情報の単価は桁違いになっていった。

 その頃、ハッカー仲間にも正体が分からない、俺たちの上を行く凄腕の奴が構内のネットワークに現れた。
 こっちが売り物のつもりでストアしているデータを、片端から暗号化したり書き換えたり、悪戯にしちゃ度が過ぎるんだが尻尾が掴めない。

 俺が葛城と出会ったのは、そんな頃だった。


「ここ空いてんの?」

 たいして飯の美味くない、けれど学生でいつも埋め尽くされている学食で、知らない者同士が相席になるのは珍しい事じゃない。
 四人掛けのテーブルを一人で占領していた俺に、そう言って声を掛けてきたのが葛城だった。
 俺は学内でも『胡散臭い奴』として多少名が通っていた。
 普段は目付きは悪いし愛想も無い。
 だから、隅のテーブルを一人で占めて居れば、ホントに混み合う時間以外は一人で居られる。

 声を掛けてきた葛城に多少目を惹かれたのは、彼女が美人でスタイルが良いから、ではなくて、まだ他に幾つもテーブルが空いているのに俺の前に座ろうとしたからだ。

「何? 待ち合わせかなんか?」
「いや、空いてるよ。どうぞ」

 初対面とは思えないテンションで喋る彼女は、能天気な女子大生そのものに見えた。
 続いてやって来たのが、赤木リツコ。
 こちらの顔は見知っていた。
 人工知能研究で国内のトップを走る天才、赤木ナオコ女史の才能を受け継ぐ一人娘として有名な才媛だ。
 葛城の方は誰に対しても笑顔で話し掛ける。
 リッちゃんの方はと言えば、無愛想さでは俺でも敵わないぐらいの仏頂面で、ピリピリした空気を周りに撒き散らしてた。
 話し掛ければ、葛城はまるで昔からの友達のように、気安く応えてくれた。
 隣のリッちゃんはますます仏頂面になる。
 そんな二人のコントラストが、見ていて面白かったね。
 どうしてこんな二人がつるんでいるんだろうかと、ますます興味を持った。

Web版描き下ろし挿し絵 その2 ミサト&リツコ


 葛城ミサト……彼女の事を調べてみて、俺は深みに嵌まった。
 父親、葛城博士の南極への調査行に同行して、セカンドインパクトを生き延びたという彼女の経歴を知って、俺はそれまで知っていた世界の全てを疑い始めた。

 葛城調査隊の南極行きの目的は何だった?
 何故、南極基地に始めから脱出ポッドが有った?
 どうして彼女一人だけが脱出する事が出来た?

 大質量隕石の落下による氷床の融解。
 セカンドインパクトに対する公式な説明が真実だとすれば、葛城ミサトはこの世に存在し得ない。
 あのカタストロフはもっと別の要因が引き起こした……そう、何処かの誰かにとっては予測可能な事象だった筈だ。そうでなければたった一人生還した彼女の存在の説明が付かない。
 俺は再び葛城に近づいた。
 顔を合わせるたびに、リッちゃんが苦虫を噛み潰したような顔で追い払おうとする、それが楽しかったって事も有った。

 リッちゃんは、始めから何かを知っていたのかもしれない。
 なにせ、あの大天才の身内だ。
 俺は赤木リツコ、そしてナオコ女史の周辺も調べ始めた。
 辿り着いたのが、ゲヒルンという組織。そして国連内部……いや、より上層部に隠された組織の不可解な動き。

 セカンドインパクトで家族や人生を失った人間は数知れない。生き残った者の方が、死んでしまった人間より運が良かったと言えるかどうか、そんな時代だ。
 しかし、何処かの誰かにとっては予測可能だったカタストロフ。 その正体は一体何だったのか……今も続く、俺のライフワークは、葛城に出会った時から始まったんだ。
 新たな謎に引き込まれていくと同時に、俺は葛城自身にも惹かれて行った。
 俺と同じように、全てを失った人間であるにも関わらず、彼女は強かった。明るかった。
 その秘密が知りたいと思った。
 親しくなる方法は一つしか思いつかなかった。幸い男と女だ、付き合うようになれば自然と色々な事が見えて来るだろう、と。
 初めて学食で出会ってから一月後には、彼女は俺のアパートから大学へ通うようになっていたよ。
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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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