▼Dilemma act.1

 男が拳銃のグリップで加持の後頭部を打つ。
 既に朦朧とした意識の中、振り上げられた手がスローモーションで頭に振ってくる。
 けれど指一つ動かす事は出来ず、まともに殴られた。
 瞼の裏に火花が散る。
 意識はいっそう混濁した。

「肝心な話は何一つしやがらねえ……それで時間を稼いでるつもりか?」

 男の声はハッキリと苛立っていた。
 今更加持が知り得た情報など聞きだして、どんな利用価値が有るというのか?
 苦労して口を割らせた所で、それがSEELEにとって意味の有る情報であるはずが無い。
 とすれば、目の前に居るこの男もダブルスパイか、と加持は苦笑した。
 SEELEの下で働きながら日本政府と繋がっている工作員も居るだろう。彼等にとって、NERVに付くかSEELEに付くかは死活問題、あらゆる情報が貴重なはずだ。

「ご同輩……そろそろ仕事の話をしろってツラだな」
「その通りだ。もう時間が無いんでな」

 話しているのか、脳裏に浮かんだ記憶を夢のように眺めているのか、それすらもハッキリしない。

 けれど薬の助けを借りて甦る光景は、止まる事を知らない。
 用済みとされる前の、最後の仕事。
 SEELEの指示に従っただけだが、それは忘れる事のできない一夜だった。


 地上に繋がる長いトンネルを抜けると、夕映えに紅く染まる景色が目前に広がった。
 逆光に翳る山肌の上で、棚引く雲が黄金色に燃える。
 その鮮やかなコントラストに比べ、影が落ちた路面は暗く沈んでひどく見づらい。

「もうこんな時間か。どうりで腹が減るわけだ」

 俺は一つ溜め息を吐き、チルドレン達は今日も働き過ぎだな、と呟く。
 ダッシュボードでレトロな時計が午後六時を刻む。
 時報と共に、ラジオは懐かしいポップスを奏で始めた。
 多分、俺がチルドレンと同じ歳の頃……まだ世の中が平和だと信じていた頃に流行った曲だ。

「どこかで飯でも食って行くか?」

 返事を待つ間、懐かしいサビのフレーズが思わず口をついて出た。隣りに座った彼は、いつにも増して無口だった。

「元気が無いな……真っ直ぐ家に帰って食べる物は有るのかい」

 開けたトップからウィンドウ越しに、渇いた午後の空気が舞う。
 夕立が待ち遠しいような、木々の渇きを感じる。
 濃い緑を思わせるその匂いは、永遠に続く夏の終わり。

「……遅くなったら、ミサトさんもアスカも、本部で食べて来ると思います」

 これも、控えめな同意という事だろうか?
 簡単な事にもはっきりとモノを言わない性格は相変わらずだ。

「何が食べたい?」
「……別に、何処でも良いです」

 拗ねているわけでも無いのだろうが、他人を遠ざける彼の言動は、周囲の大人を不安にさせる。自分の価値が分かっていてそうしているのか、それとも分からないからそうしているのか。

「アスカが居残りさせられてるのはシンジ君のせいじゃない。それとも、また何か言われたのかい」
「別に、気にしてる訳じゃ無いですよ」

 多分、ロッカールームで八つ当たりでもされたのだろう。眉間の辺りに不機嫌さが貼りついたような顔をして、ドアにもたれてぼんやり周りの風景を眺める視線にも生気が無い。
 シンクロ率で抜かれたアスカの嫉妬と焦燥が、同じテスト結果を喜んだ筈の彼の気分まで引き摺り下ろしたのだとしたら、ご愁傷様としか言いようがない。

「街中のファミレスじゃ、気晴らしにもならんな」

 同意を求めたわけでも、予定を告げたわけでも無い。何を尋ねてもはっきり自分の考えを表に出す事が無い。彼に向かって、何を告げても独り言のようなモノだ。
 環状線から住宅地へ向かうはずの交差点で、俺は逆にハンドルを切り、稜線の向こうに夕日が沈み行く山並みに向かって車を走らせる。

「何処へ行くんですか?」
「ドライブは嫌いかい? 宿題が有るとか?」
「気を使ってくれてるんなら、別に、良いです」
「なに、ちょっと景色の良い所に登ってみたくなっただけさ」

 登り勾配を感じてアクセルを踏み増す頃には、夕焼けの空はすっかり山の向こうに消えていた。
 薄暗いワィンディングに、頼りないフォグランプの灯かりは役に立たない。空は明るいのだが路面は暗い。ブラインドコーナーや木陰から人が飛び出してきたら、人身事故は免れないだろう。
 それでも俺は、アクセルを緩めなかった。

「随分飛ばすんですね」

 風切り音に消えそうな彼の呟きにはじめて感情が交じった……僅かな不安。
 ドアハンドルとシートベルトをそれぞれ握り締めている割には、落ち着いた声を出そうと努力しているようではあったが。

「葛城ほどじゃ無い」
「ミサトさんのは単なる非常識ですよ」
「安心してくれ。まだ余裕が有るペースだよ」

 もう一度時計を見て、更にアクセルを踏む。
 ボンネットの下でモーターが唸る。
 コーナーを抜ける度、細身のタイヤが頼りなさげなスキール音を上げる。
 それでも登り勾配では余裕のペースだ。昔のレシプロエンジンに比べれば、現在の電動機関は絶対的に出力が足らない。
 一々それを説明していては舌を噛みそうだったから黙って居たが。

「この辺は昔の有料道路だ。人は歩かないし、車が通るのも休日ぐらいさ」

 第三新東京市がまだ影も形も無かった頃から、観光道路として整備されていた山岳路だった。
 タイトなワインディングにブラックマークを描くような趣味は、前世紀の終わりと共に潰えていた。省エネとかエコとか、五月蝿く宣伝していた世紀末が懐かしい。
 新世紀には、使いたくても使える資源が無い。騒音を撒き散らして自慢のチューンの限界を試すような行為は、酷く遠く贅沢な趣味になっていた。

「加持さんって、ハンドル握ると人が変わるタイプですか?」
「そう見えるかい?」

 床に達したアクセルを更に踏みつける。スピードメーターが軽々と百マイルを超え、山肌が迫ると同時にアラームが鳴る。
 隣りで小さく息を呑む声が聞こえた。
 センターラインを大きく超えて反対車線のアウト一杯でフルブレーキング。
 ロック寸前のタイヤが悲鳴を上げて、ABSの反動が車体に伝わる。

「うわっ」

 予想以上の急ブレーキだったのだろう。ダッシュに手を付き身体を支えていた。
 俺はハンドルを素早く小さく切り込む。
 遠心力に抗し切れずリアがブレイクする、と同時に軽くアクセルを踏む。
 減速Gが横Gに変わり、次いで加速Gへと移行する。車体は進行方向に対して大きく角度を増したままクリッピングを抜けた。
 僅かにカウンターを当て、アクセルで車をコントロールしながらコーナーを抜け、目の前に開けた短いストレートにフル加速を試す。
 アンダーパワーでヘビーウェイトな電気自動車。登り勾配でドリフトを決めるには、度胸一発レイトブレーキングを決めるしかないのだ。

「どうだい? 横向いても車はちゃんと走ってるだろ」
「加持さんまで横向かないで下さいよっ!」

 そこから山頂までは、全てのコーナーをラリーカーのように滑りながら走り続けた。


「……ミサトさんと良い勝負です」

 十分間のジェットコースター。
 山頂の駐車場に車を停めた時には、助手席に座った彼の額に汗が浮いていた。
 無論、自分も息が上がった自覚が有る。
 アドレナリンでテンションを上げなければ、今日の任務は勤まりそうも無い。

「レストランの屋上が見晴台になってる。食うより先に上に昇ろう、時間が無い」

 急がせて、建物の外の階段を駆け上がる。
 山頂に一軒だけ建つカフェレスト。
 抜ける風は街中とははっきり違いが分かる程、空が近い事を感じさせてくれる。
 久しぶりのワィンディングに昂ぶった体温が、乾いた風を受けて清々しい。

「あ……」

 口を開いたまま絶句する彼の横顔を盗み見た。
 どうやら急いだだけの価値は有ったようだ。

「凄いですね」
「一瞬だけの光景だな」

 山腹を駆け上がる時には隠れていた夕焼けを、山頂から見下ろしていた。
 東から中天までの空は最早、夜の帷に支配された。
 成層圏に取り残された雲と、西に連なる地平だけが、陽光の最後の輝きに赤く燃え上がる。
 北西に聳えて地平線を切り取る富士の山体が、恐ろしく巨大なシルエットを伴ってそこだけ夜の訪れを早めていた。

 そして、遠く稜線で正に最後の光を放つ赤日。

「日が落ちる。あっという間に暗くなるよ」

 果てしなく続く夏の日は、昔よりも夕焼けを赤くした気がする。
 それとも、サードインパクトの時に汚染された大気が、まだ成層圏に残っているのだろうか。

「どうしたんですか、急に」

 日が落ちた瞬間に、唐突にこちらを振り向きもせずに尋ねられた。黄昏色の残光が、真横から俺達を照らしていた。

「気分転換には平凡すぎたかな?」
「いえ……加持さんらしく無いと思っただけで」
「そうかい」

 確かに、らしく無いかも知れない。だが何処かで、居るかもしれない諜報のガードを巻く必要が有った。
 山頂へは四方から道路が続き、全ての道がここから見下ろせる。

「ま、何はともあれ、飯だ」

 数少ない駐車場の車両を全部記憶して、店内へ入った。


「話をする時は人の顔を見るもんだよ」
「唐突ですね」

 飯は、美味くも不味くも無いチキンカレー。
 せっかくの外食だが、お世辞にもディナーと呼べるようなテーブルでは無い。
 冷たい水とサラダは、まあ本部で出るよりは多少マシ、と言うぐらいのシロモノ。
 トッピングとドリンクが選べるだけで、メインのカレーは恐らく業務用の缶詰だろう。何処で食べても同じ味だ。

「まあね。前から気になっては居たんだ」
「どうしてですか?」

 そう言いながら、視線は手元に落ちている。
 彼が食べているのも同じ物。カフェレストを名乗ってはいるが、メニューはカレーと丼物と蕎麦とラーメンなのだから仕方が無い。

「コミュニケーションには色々有る。話す事、手を繋ぐ事、視線を交わす事、どれにもちゃんと意味が有るさ。少ない言葉だけで人と分かり合う事は出来ない。人間はそういう風には出来ていない」
「良く……分かりませんけど」
「言葉は不自由だ。なぜ人の表情がこれだけ色々な感情を表すように出来てるか、考えた事は無いかい?」
「……」

 不思議そうな顔をされた。
 そして恐らく、今日初めて目が合った。

「考えている事を伝えるには、言葉が役に立つ。だが何を感じているかまでは、言葉だけでは通じない」

 少しややこしい事を喋っている自覚が有った。
 投げかけた言葉が彼の頭に理解されているかどうか自信が無い。

「嬉しさ、楽しさ、愛おしさ、悲しさ、悔しさ、切なさ、寂しさ、不安、迷い、諦め、痛み、人間の感情を表す言葉は、幾つ有るかな? けどどれも、言葉だ。ただの記号だよ。人の目は二つ、並んで正面を見るように出来ている。コミュニケーションにおいて、相手の表情の僅かな機微を見逃すまいと、身振り手振り全部含めて見詰めるように出来てる」

 客は少なく、店員も閑そうだった。
 歳の離れた男二人、何をボソボソ喋っているのかと怪訝な顔をしている。

「自分の考えを言葉にする事だって難しいさ。まして感情までは、伝わらない。だから目が有る」

 有言実行。表情を伺いながら喋っているが、それで彼の心情を慮るのは難しい。
 貼りついたような、微かな笑み。
 聞いて居ますよ、ちゃんと。と言うだけの表情。何の感情も現れない。
 差し向かいに座っているのに、酷く遠い。

「なぜそれほど、人に触れられるのを怖がるんだい?」
「誰も分かってくれませんよ…自分の事だって分からないのに」
「だから自分で殻を作って、その中に閉じこもるのかい?」
「いけませんか?」

 印象の薄い食べ物をただ黙々と口に運ぶ作業を続けながら、ようやく表情が動いた。
 僅かな嫌悪と、拒絶。
 踏み込まれる事への恐怖。

「良くは無いね。伝わらないのが怖いのかい? それとも、裏切られるのが怖い?」
「分かったつもりになっても、勘違いかもしれない。分かってもらいたくても、伝わらないかもしれない。だったら初めから…」
「誰にも何も期待しない。そうすれば自分が傷つかない。誰にも何も期待されたくない。そうすれば責められない……かな?」
「……そう、思います」

 そして、落胆の色。
 何がそうさせるのだろうか、と推し量るのも容易ではない。
 ムツカシイお年ごろ、と決め付けるのは簡単だ。
 さて、自分がこの歳の頃、何を考えていたか、何を感じていたか。

「人を信用しなければ、誰も信用しちゃくれないさ。初めはただの人見知りで、臆病なだけかと思っていた」
「今は違うんですか?」

 再び眉間にかすかに浮かんだ、恐れと不安。
 誤解され、勝手なレッテルを貼られる事への。

「人を信じた事が無い。勝手に期待を押し付けられるのも御免だと思ってる……シンジ君の世界は、酷く狭いな」
「加持さんは違うんですか?」
「さあ、比べるのは難しいね。ただ俺は、君の事をちゃんと分かろうとしてるよ」

 自分で自分が分からないのに、他人に分かってたまるかと言う、プライドと悲しみに満ちた城壁の向こうに彼は居る。

「……どうしたら、それを信じられるんですか? 裏切られないって、どうして分かるんですか?」
「いつからそんなに臆病になったんだい?」

 そして、他人に触れられるのと同じように、他人に触れてしまう事にも臆病になる。
 彼の核心は、遠い。外からは手を触れられない程に。

「……分かりませんよ、そんな事」

 記憶に止まらない食事を終える。
 コーヒーを運ぶよう店員に伝えて、煙草に火を付ける。

「お父さんに捨てられたって言ってたな……今でもそう思う?」
「もちろんです」
「そうか……」

 紫煙に煙る窓の外は、すっかり日が落ち、夜の闇に沈んでいた。


「葛城はまだ戻ってないみたいだ……今夜は本部かな」

 車に戻りながら彼の自宅へ電話を入れたが、誰も出なかった。
 駐車場への車の出入りは全て把握して、今日はガードが付いて居ない事を確認した。
 世界の鍵を握る少年にしては、不用心な事だ。

「そうですか」

 無人の家に帰る事に、なんの感慨も覚えていないという声。

「もう少し、気晴らしにどうだい?」
「ドライブならもう十分ですよ」
「いや、向こうへ下りれば湯河原、あっちへ下りれば湯元だ」

 今居る山の山頂は、既に第三新東京市の範囲からは外れていた。
 本来なら、チルドレンが第三新東京市を離れるには許可が要る。

「帰らないんですか?」

 怪訝そうな顔を眺めながら、車に乗り込む。

「第三新東京市は味気ない街だよ。清潔で機能的だが遊べる場所が少なすぎる」
「夜遊びの奨励?」
「素行不良は困るがね、窮屈な優等生になってくれとも思わない。今日は保護者同伴だ。ボーリングでもカラオケでも映画でも」
「……あんまりそう事が、楽しいと思いません」
「そりゃ残念だな」

 彼はこの街に来てから、本気で、腹の底から笑った事が有るのだろうか?
 と、ふと心配になったりもしたのだが、仕方なく車を走らせる。
 元来た時とは違う道だが、市街へと下りる方向で、先程より幅が広く直線的な昔の有料道路だ。
 延々と続く下り坂で、アクセルを踏む必要は無い。
 ハイペースのヒルクライムで残量を失ったバッテリーのインジケーターが、モーターの回生動作で徐々にゲージを埋めていく。

「加持さんは、普段どうしてるんですか?」
「毎日仕事さ。君らほどじゃないが、結構忙しい」

 ラジオの音を絞れば、ウィンドウの風切り音とタイヤの奏でる低いロードノイズを除いて、周囲はほとんど無音になった。
 夜のオープンカーは、空を見上げれば手が届きそうな場所に星が見える。
 暗い森の中を駆け下りる道に、狭い光芒が路面を切り取る。
 街路灯は少なく、引き直された白線だけが目の前に真っ直ぐ伸びていた。

「何処に住んでるんです?」
「唐突だな、家なんて帰って寝るだけさ。狭いマンションだよ」

 頭の中は忙しかった。帰るのが面倒なら、本部内に風呂も個室も有る。寝泊まりするのは自由だった。それでも職員住居を一つ宛てがわれてはいたが、そちらはまさしく単なる寝床だ。

 しかし、諜報員としての安全の為、幾つかセーフハウスを確保している。NERV職員として表向き使う本宅より居心地よく設えた部屋も有る。
 尾行が無ければそこへ行く事は簡単だ。
 そして、その方が“仕事”はやりやすい。

「結婚とか、しないんですか」
「またまた唐突だな……相手が居れば考えるかな」
「ミサトさんは?」
「なんで皆そう聞くんだろうな……葛城とはずいぶん昔に終わってるよ」
「でもそうは見えないですよ」
「そりゃどうも」

 世間話に過ぎないが、向こうから話し掛けてくる辺り、多少は気が紛れて機嫌も直ったように見える。
 サードチルドレン、碇シンジ。
 彼の事をどう捉えれば良いのか、まだ自分自身が混乱して居るのかもしれない。
 任務は任務、だから仕事は仕事。
 ただそれだけの筈だった。しかし……。

「不思議ですね」
「何が?」
「加持さんの方が、よっぽど自分を晒さないと思いますけど」
「何故そう思うんだい?」
「どんな人なのか、やっぱり良く分かりません」
「説教なんかするから嫌われたかな」

 苦笑しながら、俺は、彼の事を理解したいと痛切に感じていた。
 恐らく自覚する事は無いだろうが、世界の鍵を握っているのは、間違い無くこの一人の少年なのだ。

「いえ、そういう訳じゃ、無いです……」

 車は市街地へと戻った。
 無表情な街に似合う、規則的な街灯の明かりが路面を照らす。
 俺は黙ってハンドルを切る。セーフハウスの一つへと。

「何処へ行くんです?」

 自宅へ通じる道では無い事に気付いたらしい。
 直交する交差点ばかりの区画整理済みの区域を抜け、街灯より街路樹が目立つ郊外へと抜ける。
 新興の住宅地の外れに、真新しく巨大な分譲のマンションが建つ。その地下の駐車場に通じるスロープへ車を滑り込ませる。

 本来なら普段使わないセーフカーでなければ立ち寄らない場所だが、今日は俺に対するガードも無いようだ。確認は不十分だったが事前の根回しを信じる以外に無い。

「加持さんの住んでるマンションですか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」

 ハッキリとは答えを告げずに、車を停める。
 俺が降りれば、彼も素直に車を降りた。誰に対しても気を許さない割には、彼も不用心だ。

「どういう意味です?」
「NERVが用意してくれた官舎じゃ無いんだよ。この部屋の事は職場の人間は誰も、葛城も知らない。ま、隠れ家って所かな」


 エレベーターに乗り、通路を抜けて部屋に着くまでの間、誰にも会わなかった。
 分譲が始まったばかりでまだ住人が少ないのだ。
 とは言えここまで危険を冒せばもう使えなくなるが、同じフロアに顔見知りが出来る前には次の物件に移る予定でいたから問題は無い。
 彼に知られても良いと思ったのは、一つは秘密を共有する可能性を信じてみたいと思った事だが、漏れるようなら捨てれば良いという気安さでも有る。

「これが隠れ家? ですか。けっこう良い建物に見えますけど……お邪魔します」
「ドイツに赴任してた頃は自由に金が使えなかった。おかげで余裕が有る」

 セーフハウスの費用は掛け持ちのバイト方面から資金が出ていた。でなければ1LDKだが占有面積60uも有る部屋を自由には使えない。
 部屋は玄関を入った左右にトイレとバスが有り、廊下に面してクローゼットが配され、その先にカウンターキッチンとダイニングが一続きになったリビング、という間取り。セーフハウスにまで物は置けないから、家具は最小限だった。
 おかげで広くスッキリ使えて落ち着く。真新しい壁紙と、暗い色のフローリングも気に入っている。
 レザーのローファーをすすめ、リモコンで空調とコンポに電源を入れる。
 キッチンの冷蔵庫には大して物が入っていない。炭酸飲料をグラスに注いで、彼の前のガラステーブルに置く。
 自分の方には、棚に並んだ酒瓶からウィスキーを選んで足した。

「冷蔵庫にレンジにガス台に食器乾燥機? 全部揃ってますね」
「そうだよ。官舎よりこっちの方が落ち着く。仕事を持って帰る時は大抵こっちに篭もるな」
「やっぱりミサトさんとの事、考えた方が良いと思いますよ」
「なんで?」
「加持さんの方がよっぽどシッカリしてます」
「それは家事能力の話かな」
「もちろん」

 それを指摘されると苦笑せざるを得ない。
 安アパートに二人で寝ていたのは何年前になるだろうか。
 その頃から変わっていないとすれば、葛城は三十目前のオンナとしては欠点が多すぎる筈だ。それを知る男が自分以外に居る、という事に、居心地の悪さと同時に奇妙な安堵を覚えた。

 つまり、俺の記憶は俺と共に消えるが、葛城に関する印象や知識はシンジ君の中にも残る、と言う事への安心感。

「あ、お酒呑んでますね」
「いけないかい?」
「いえ。ただ、こっから家まで結構遠いです……」

 確かに、車で送っていくなら飲酒運転の心配も必要だ。
 だが元々こっちにはそのつもりが無い。それだけの話。

「ああそうか、しまったな。ま、すぐ醒めるさ」

 そう言いながら、薄かったソーダ割りにウィスキーを足して飲み干す。
 何か言いたそうな、困った表情が面白い。

「あんまり遅くなると困るんですけど……」
「まあ、何処に居ても同じ事。チルドレンには誰かがガードを兼ねて近くに居る必要が有る。葛城がアスカとシンジ君をまとめて引き取ったおかげで諜報が助かってるんだよ」
「そうなんですか?」
「だから、今日は俺が帰りに送る事になったろう? 連中も今忙しい時期らしい」

 外部へ機密がダダ漏れだわ、と愚痴をこぼしたのは技術部長だったか。あちこちに開いた穴を塞ぐ為に、諜報でも仕事が倍増しているらしい。

「アルバイトの事、まだバレて無いんですね」
「らしいね」

 俺は本来の「人類補完委員会によるNERVの予算執行監査」任務を利用して、内務省調査部と安保理からスパイとして雇われていた。
 無論、日本の公安関係の部局に対し、NERVからも逆にスパイが送り込まれている。他ならぬ俺自身が、その一人……日本政府に筒抜けになる部分とならない部分の選別は、司令だけが知っている。

 俺はその密命に従って、三つの勢力に対して本物の情報と偽の情報のバランスを取るのが本来の仕事だった。
 NERVの諜報も委員会の監査部門も、そして内調も、俺の正体を薄々怪しく感じつつ、利用価値を信じて泳がせている。
 だが、俺自身はと言えば、司令の下命などどうでも良かった。
 三極の重合点に自分が立っているという充実感の為に、トリプルスパイを続けている。

「でも、どうするんですか?」
「葛城が本部に泊まりなら、俺が代わりに居る事になるだろうな。一応連絡は入れてあるよ」

 携帯にブラウザを立ち上げ、スクランブルモードで自分専用のデータベースへと直結する。
 俺自身の代わりに二十四時間休まず仕事をこなすエージェントプログラムが、作戦部長や技術部長のスケジュールタスクから予定を盗んでレポートを上げていた。

 セカンドチルドレンと作戦部長は本部にて業務中。予想通り、帰宅の予定はまだ立たないらしい。
 エージェントに指示を出し、葛城宅のホームセキュリティをクラック。パスをずっと変更していないのだから不用心にも程が有る。だが万一通じ無くなっても、何かのついでに立ち寄ればすぐに割れる。
 そのセキュリティシステムに、誰かが帰宅し電気を点け、シャワーを使っている偽のステートをピックアップして送信する。これを人手不足の諜報課が信じれば、一晩の行動猶予を見込める。

「どっちにしろ一緒に居るって事ですか?」
「ま、そういう事。むさ苦しいだろうが勘弁してくれ」

 そう言いながらもう一杯煽る。
 嘘を吐き続けていると、そのうち何が本当の事か自分自身にも分からなくなる。
 身分を偽り組織に潜入する大きな嘘の危険に比べれば、積み重なる日常の誤魔化しは感覚的には麻痺して、遂には知覚されなくなっていく。
 自白剤やポリグラフを使われても、俺からは何ら有用な情報を引き出せまい。
 何故なら、俺自身どんな情報にも、どんな秘密にも嘘にも、価値を見出していないのだから。
 重要な機密に触れて、自分しか知らない真実に興奮している内は、スパイとして役に立たない。

「家に帰っても暇ならここに居ても同じじゃ無いか? 宿題が有るなら手伝うよ」
「いえ、別に……ただ」
「ただ?」
「ちょっと、落ち着かないもので」

 手にしたグラスを弄んで深く腰掛けてはいるが、何処かに身構えたような緊張感が残る。

「呑むかい?」
「お酒をですか?」
「ああ。葛城は晩酌に付き合わせたりしないのかな」
「断ってますから……それに、僕が飲む分は無いですよ」
「なるほどな。ま、試しに味見だけ」

 そう言って、サイダーの中にウィスキーを流し込む。
 透明なグラスの中で琥珀色のアルコールが踊った。

「ちょっと苦いかも。でも、ビールほどじゃないですね。別に不味くは無いです」

 酔っ払われても困るから、極々少量の酒だ。
 けれど、共に杯を煽る事には意味が有る……何故かそんな気がした。

「エヴァに乗ってる時、何を感じる?」
「今度は加持さんが唐突ですね」
「聞いちゃいけない事かい? 俺の仕事は色んな情報を集めて重要性や信憑性を判断し、選別してレポートする事だ。仕事柄、まだ知らない事には何でも興味が有る」
「これも、仕事ですか?」
「いや、単なる個人的な好奇心さ。NERVの研究はパイロットの心理状態をパラメーターでしか理解していない。心理グラフの読み方は知っているが、俺が興味が有るのは何時だって他人の頭の中さ」
「……あんまり良い趣味じゃないですよ、それ」
「そうかな? シンクロ率でいつもトップが取れるようになった、その理由を知りたいと思ってね」

 いつもの苦笑いを浮かべつつも、彼の表情が物思いに沈む。
 枕を並べて過ごした事も有るが、こうしてちゃんと話しをするのは始めてだ。
 少しづつ言葉を選ぶように、ポツリポツリと呟き始めた。

「シミュレーターの中じゃ、何も考えない事にしてます。感情は邪魔なんで……ただエヴァの感覚に出来るだけ自分を重ねるように、受け身になってます」
「つまり、自分自身をカラッポにする事が、感度を上げる事になる?」
「多分。だから集中しながらリラックスしてる、て言うんですかね。脳波の事とかエヴァの仕組みとか、良く分からないですけど」
「実戦ではどうする?」
「それは、その時々で違いますよ。気合いが入りすぎてると上手く行きません。でも、いつも不意討ちだし、落ち着いて出撃出来た事なんて無いですよ」
「使徒を、怖いと思う?」
「そりゃそうです。何を考えてるか分からないし、どんな手を使ってくるか」
「逃げ出したいと思った事は?」
「何時も思ってますよ。加持さんなら知ってるじゃないですか」
「でも、エヴァに乗ってる」
「そうです。何処まで逃げても、同じですから……こんな話し面白いですか?」
「もちろん、面白いさ。シンジ君がエヴァに乗らなければ、世界は一歩破滅に近付く。それは確実だ……だが、世界を救う為に使徒と戦うエースパイロットのインタビューなんて、どんな本にも出て来ないからね」
「そんなんじゃ無いですよ……別に、世界の為に戦ってるわけじゃ、無いです」

 エヴァに乗り、戦う。それが苦しい事でしかないと、彼の表情は語っている。

「どうしてこんな事まで聞くんです?」
「憧れるからさ……シンジ君にね」
「えっ?」
「そんなに驚く事は無いだろう。世の中には色んな仕事が有る。大切な仕事も有れば、嫌われる仕事も有れば、誰にでも出来る仕事も有る。けど大抵の事には代わりが居る。例えば俺が居なくても、誰かが俺の仕事をしていただろう」

 敵意と、陰謀と、嘘が交わる疑心暗鬼の重合点。
 策謀渦巻くその場所で、ヒトの命や尊厳など紙よりも軽い。
 だが自ら選んで其処に立つ事で、俺は俺自身を見失わないで居られる為の生きる意味を見出そうとしていた。
 剥き出しの傷口がヒリヒリと痺れる痛みでしか、生きてる事が実感出来ない。欠陥人間だと自覚している。

「……だから、ですか?」
「そうさ……シンジ君には代わりが居ない。初号機のパイロットは君だけだ」
「代わってもらえるなら、誰かに代わって欲しいですよ……」

 そう言って、半分以上残っていたグラスを煽った。
 俺は黙ってもう一杯炭酸割りを作る。今度は少し、酒を増やした。

「普通の人間は、そんな場所に立って人から必要とされたりはしない。だから夢を見るのさ。シンジ君達にね」

 嘘を吐く後ろめたさと、命を狙われるスリル。出し抜く事に命を賭け、自分の身を賭け金に今日もゲームを楽しむ。
 タイトロープを渡る張り詰めた緊張感だけが、俺が呼吸し実感出来る全て。

「僕には、加持さんの方が羨ましいですよ」
「どうして?」
「軽いのは、フリをしてるだけですよね?」
「へえ、そんな事を言われるのは初めてだよ」

 核心を突かれて、自分の心が躍るのが分かった。
 彼には分かる、バレている筈と思っていた。何故なら、同じ種類の人間だから。

「どうしてそう思うんだい?」
「分かりませんよ……ただ、そう思っただけです」
「裏が有る、と?」
「ええ、多分。平気で嘘が付けるタイプに見えますから」
「ふーん、成る程ね」

 彼もまた、修羅場に居る。使徒と人類の生存競争の最前線だ。
 そこにはどんな感情も分け入る余地が無い。
 勝つ事が、全て。
 そして彼は、その事になんの意味も見出せぬまま、ただ戦いの中に身を置いて居た。

「確かに、気楽に生きてる訳じゃ無いよ。と言うかむしろ……」

 タイトロープを渡る楽しみだけを生きる俺には、彼のような重荷は背負えない。
 賭け金は命。だが所詮、生きて居ようが死んでしまおうが、自分一人。

「いや、シンジ君程じゃ無いな」

 彼が背負って居るモノは、それが何であるか、把握する事さえ難しい程に巨大だった。

「……どうして、スパイになろうと思ったんですか?」
「さあ……正義の味方のつもりは無いよ。むしろ、やりたい事をやりたいようにする為に、何の保障も無い世界に飛び込んだ」
「やりたい事?」
「驚くかもしれないが、珍しいものを見せて上げよう」

 立ち上がって始めて、結構酔いが回っている事に気が付いた。
 考え過ぎたし喋り過ぎた。
 こういう時は、普通はなかなか酔えないものなんだが。

「寝室ですか?」
「ああ、1LDKだからこれで全部さ」

 白い壁紙に、濃い木目のフローリング。カーテンは無く窓にはすべて黒いブラインドを下ろしてあった。ソファと同じく、黒いレザーのカバーが掛かったベッド。
 洒落たインテリアのつもりは無い。時に何週間も部屋を空けるから、掃除の手間がかからない素材を選んだだけ。
 書き物用の小さなデスクの他には、鍵の掛かる大きな金属製のロッカーが一つ有るだけ。これも黒い。
 俺は鍵束を取り出して、ロッカーの扉を開ける。

「うわ……本物ですか? 全部?」

 大きな洋服ダンス程有る両開きのロッカーの中身は、銃器。
 これを他人に見せるのも、この部屋に人を招き入れる事も始めてだった。

「一応許可は取ってあるよ。猟銃登録した私物に、バイト先から借りたモノ、NERVの機材」

 スナイプは本来任務に無い。
 だが護身用と言うには少々大袈裟な装備だった。

「人を撃った事、有るんですか?」
「無いね……数える程しか」

 その、人を撃った事のある私物のライフルを手渡す。
 まるで血塗られた穢れの塊を渡されたような顔をして、恐る恐るそれを手に持つ。

「怖いかい?」
「もちろんです」
「弾は入って無い」
「そうじゃなくて……」

 撃たれた人間の怨念が銃に憑くとでも言うのだろうか?
 まるで死体そのモノを手にしたような怖がりようだった。

「君が乗ってる、エヴァ初号機ほどじゃない」

 黒光りする銃床に目を落としていた彼が、はっとして顔を上げる。それを告げるのは酷かという思いは有る。
 だが事実は事実だった。

「僕は……僕は、加持さんとは違います!」

 初めて見せた、毅然とした態度。
 そう、俺と彼とでは、違う。
 俺は自分自身を賭け金に、自ら望んでゲームを始めた。
 彼は望む事無くゲームに参加させられ、その賭け金が人類の全てだと後から聞いたのだ。

「何がだい?」

 負ければ全てを失う。
 winners take allと言う言葉が有るが、我々の場合loserは文字通りlose all。
 それは同じだ。

「僕は……僕には、ホントは耐えられないかも……このままじゃ何時か駄目になるって、いつもそう思って」
「何を怖がるんだい? 君が負ければ誰もが等しく全てを失う……何も怖がる必要は無い。ベストを尽くせば良いさ」

 項垂れた彼から、ライフルを受け取る。
 磨かれて、薄くグリスアップされたボルトを操作し遊底を開く。メッキされた薬室には曇り一つ無い。
 チャンバーを閉め、銃口を床に向けて引き金に指をかけた。
 シアの動きが指先に伝わる、慣れた感触に安堵する。
 ゆっくり引き絞り、いつものタイミングで撃芯が落ちる音を聞いた。

「まあ、スパイとしては、こういうモノに頼る場面ではもう負けてるんだけどな」

 これも一つの病的な資質かもしれない。
 自分が使う道具は、いつも最高の状態でなければ気が済まなかった。身の回りの細々としたarms一つ一つ全てに、いざという時命を預けるのだ。
 ロッカーの下の引き出しを開け、トランクに収めた弾薬も確認する。

「何故……どうして、そうしていられるんですか?」

 血塗られた初号機、というイメージが余程ショックだったのか、ベッドに座り込んだ彼はまた、こちらを見ないでボソボソと呟く状態に戻っていた。
 多少はアルコールで気が紛れるかと思ったが、酔えばむしろ普段より落ち込むタイプなのかもしれない。

「何が?」

 今度は、普段身に付けているハンドガンを弄ぶ。
 時間が開いた時の癖のようなモノだ。
 マガジンを抜き、手元を見ないで全てバラす。

「落ち着いてるように見えます。加持さんが危ない仕事をしてる事を知るまでは、ただ軽い人なんだなって、そう思ってました」

 目も耳も彼の方に向けたまま、手の感触だけで再び組み立てた。
 近頃はシューティングレンジに立つ暇も無い。クリーニングの必要も無いのにばらしてパーツを確認するのは、単に神経質と言うレベルを超えているかもしれない。

「ただの軽い人だよ。それで良いじゃないか」

 デスクの椅子に逆向きに座り、背もたれに腕を組んで正面から彼の表情を伺った。
 前髪に隠れて、視線は伺えない。

「どうしてそんな、飄々として居られるんです……」

 即答するのは難しいが、答えは決まっている。
 自分自身、それを認めたくはなかったが。

「シンジ君は、死ぬのが怖いかい」
「もちろんですよ……加持さんは、違うんですか」

 俯いたまま、今にも泣き出しそうな声だった。
 別に、彼の性格を責めたい訳じゃ無い。
 そんな重責を負わせられれば、逃げ出したいのが普通だ。

「俺は、怖くないよ」

 はっと顔を上げる。
 ようやく目が合う。充血した眦に、涙を浮かべて……初めて彼の心に触れた気がした。

「だが、勇敢な訳じゃない。自分で選んだ道だから後悔しない、というのも違う」
「じゃあ、どうして?」

 切羽詰まった表情に、少し急ぎ過ぎた事を後悔する。
 何より、泣き上戸に酒を飲ましたのが失敗だった。

「俺も少し飲み過ぎたな……風呂でも入れよ。大事な話は急いでするもんじゃない」

 立ち上がった俺を見上げる視線に、心の奥でスイッチが入った。
 任務を全うできるという確信が。

「そんな切なそうな顔をするな。勘違いしそうだ」

 苦笑いで探りを入れたが、あっさりと躱された。

「作り笑いは、加持さんの方ですよ……」

 だが、それ以上言葉は無く、素直に立ち上がった。

 廊下のクローゼットからパジャマとバスタオルを取り出して、風呂の使い方を教える。
 考えてみれば、この部屋に他人を入れるのが始めてなら、風呂場を使わせるのも始めてだ。
 まさかその相手がサードチルドレンになるとは、思ってもみなかったが。

 俺はリビングのソファーで水音を聞きながら仕事用のモバイルを立ち上げて、秘匿回線へログインする。
 作戦部長とセカンドチルドレンのタスクは本部内で依然業務中。
 時計は九時を回っていた。ジオフロントのセキュリティレベルが夜間の警戒モードに切り替わる。この時間以降、翌朝六時までは地上に出るのに全てのルートで届けが要る事になっている。

 その決済システムをエージェントにマークさせ、見込み通りに作業が進行している事に安堵し、煙草に火を付ける。
 醒めかけた酔いを引き戻すように、再び杯を煽る。

 そしてようやく、今夜の任務へと取り掛かった。

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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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