▼Deadend act.2

 さて、アンタの手の中のそいつは、そろそろ仕事がしたいみたいだな――。
 胸ポケットに煙草が有る。
 最後の頼みさ、火を付けてくれないか……。


 右手で銃を構えたまま、左手を胸ポケットに伸ばしてきた男の股間を、思い切り蹴り上げる。

「がぁっ」

 反動で椅子が後ろに倒れそうになるが、さらに足を振り上げて男の腹を蹴り、椅子ごと後ろにひっくり返る。

「ぐふっ」

 鳩尾を蹴り付けられ、男は丸まりながら床を転がって銃を落とした。
 床に椅子ごと仰向けに倒れた加持は、身体を無理やり捻じって後ろ手に縛られた腕を椅子の背もたれから抜く。
 無理に回したおかげで右の肩が外れたが、落とした拳銃に向かって手を伸ばす男の顔面を蹴り上げ、左手で銃を取った。

「こんな椅子に縛り付けたぐらいで拘束した気になるなよ」
「馬鹿が、逃げられんぞ」

 拾った銃で男の膝を撃つ。

「ぎゃあああっ」

 発砲音よりも男の悲鳴の方が大きく響いた。

「まだ死ぬわけにはいかないんでね」

 利き手と逆の左手に銃を構えながら、抜けた右肩を無理やり押し込む。

「狙って撃つのは無理か」

 男から奪った銃は、元々ごくごく射程の短いチーフスペシャル。しかも左手では、至近距離でもなければ狙ったところで当たるものではない。

「縛り付けて時間稼ぎをしてたって事は、誰かが会いに来るんだろう?」

 レーザーポインタで、仰向けに伸びる男の顔面を指しながら尋ねる。

「とっくに包囲されてる。ゲストが来るまで生かしておくつもりだったが、どうやら自分で寿命を縮めたいらしいな」
「自分が死ぬタイミングぐらい自分で決めるさ」
「勝手にしやがれ」

 何も知らない上に、動けないこの男を殺すのは弾の無駄だと判断した加持は、上って来たのとは反対のタラップに駆け寄って、窓から外を見る。
 既に日は暮れ、外灯の無い建物の周辺は何処に敵が潜んでいても見分けられない。しかし、車に戻れば殺される。それだけは確実だった。

「運が良ければまた会うだろう」
「会やしねえ。手前はくたばる」
「そうかい」

 加持は助走を付けて、天井から下がった鎖に跳び付いた。
 本来レールの上を滑走する筈のクレーンは、動かない。
 しかし構わず身体を前後に動かし、ブランコの要領でその振幅を大きくする。
 タイミングを見計らって鎖を離し、窓から身を躍らせた。
 破った窓は四階だったが、ドアから出た瞬間に蜂の巣にされるよりはマシだ。


 背後で「奴が逃げた」と言う声が聞こえる。
 周辺を抑えていた人数は思っていたより少ないらしい。
 いよいよ切羽詰まって来て、動員出来る人数にも残された時間にも限りがあるのだな、と、加持は空中で思い巡らすには些か呑気に現状を分析していた。

 固い地面が近づく予感に身体を丸める。
 しかし、加持の身体を受け止めたのは深い葦原だった。
 どうやら工業団地の外周路を飛び越えて、裏の河原の土手に落ちたらしい。

「まだツキが残ってたか」

 考えると言葉が出る。
 自白剤は相変わらず切れていないらしい。

「見つかれば今度は問答無用だな……下に向かうか、上か」

 長い葦の間に潜り込むようにして土手を下る。
 小さな流れに出た。水深は浅い。

「第三新東京市に戻ると見るか、それとも逃げたと見るか」

 どちらへ行こうが結末に大差は無いな、と呟きながら、加持は流れに逆らって上流へ足を向けた。
 緩やかな浅い流れだが、撃たれた両足が痛むし、右の肩は抜けた弾みで肘から先が痺れたままだ。
 左手で葦を掴みながら、ゆっくりと進む。
 水音が気配を殺してくれる事を願いながら、月の無い夜に感謝する。

「生き延びたとして……何が残る」

 疲れた身体から、冷たい水が体温を奪う。
 流れに任せて下った方が楽だったか、と思うが、川を下りながら泳ぎ続ける体力は残していない。
 その上、川が下った先は御殿場の市街に近すぎる。すでに服はずぶ濡れで泥だらけ、見るからに不審者だ。街の灯りを目指しても逃げ延びる自信は無かった。

「せめて流れに立ち向かって、前のめりで死ぬぐらいの格好は付けても良いだろう?」

 誰に向かう訳でもなく、呟く。
 全てが終わる瞬間が、もう近い。それだけは確かだ。
 けれど自分一人の命が終わっても、後に残る物が有る、そう信じているから、命を賭けた事に悔いは無かった。
 加持は自分が第三新東京市に残してきたものを思った。

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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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