02.遺伝子と形質発現(体質)との関係は: 「遺伝子はDNA分子の一領域を占め、特定の塩基配列を有し、特定の形質を発現する」 したがって、遺伝子の凄さを理解するためには、DNA分子の塩基配列と形質発現との関係を調べる必要がある。 ここで、DNAとはdeoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸の略称であり、2種類ある核酸(nucleic acid)の1種であり、酸性高分子物質である。もう一つはRNAであり、ribonucleic acid、リボ核酸である。 DNA(deoxyribonucleic acid)には、2つの重要な役割があります。自己複製(細胞分裂と増殖)とタンパク質合成です。後者によって生成されるタンパク質が、個人個人の遺伝形質を形成・支配します。 では、DNA、塩基配列、形質発現、そしてタンパク質合成の相互関係について、(1)と(2)の2つに分けて概説します。 (1)タンパク質と形質との関係: 我々の体内で起きている反応の殆ど全てに酵素が関係している。反応の種類に応じて酵素の種類も異なるが、この酵素はタンパク質分子である。また、細菌が体内に侵入した時に防御する抗体もタンパク質分子である。細胞の主要な構成要素もタンパク質であり、インシュリンのようなホルモンや赤血球中の酸素を運ぶヘモグロビンもタンパク質です。このように、タンパク質が生命活動の重要な位置を占めています。遺伝子に欠陥があるために起きる遺伝子病として、3,000種もの病気があるそうです。たとえば、鎌状赤血球貧血症という先天性疾患(遺伝形質)がありますがこれは、DNAの塩基配列のたった1個所に異常があるために、正常の場合とは異なるタンパク質が合成されることによって生ずる遺伝的疾患であります。 以上から、「タンパク質が形質発現に大きく関わっている」ということがよく分かります。それと、「合成されるタンパク質の種類は、DNAの塩基配列が決める」ということも想像できます。 (2)DNAの塩基配列がタンパク質の種類を決める: ヒトの細胞内におけるタンパク質合成では、先ずDNAの遺伝情報はメッセンジャーRNAという分子が合成(転写)され、次いでメッセンジャーRNAはリボソームに結合し、タンパク質生合成が行われる。 @転写: 細胞内部の核において、DNAの遺伝情報である塩基配列は、いったんRNAの塩基配列に置き換えられる。この物質をメッセンジャーRNA(mRNA)と呼び、このプロセスを転写という。転写プロセスにはRNA合成酵素(RNAポリメラーゼ)が重要な役割を果たしている。 RNAポリメラーゼは、DNAの塩基配列を鋳型として、RNAを合成する酵素(これもタンパク質です)である。すなわち、RNAポリメラーゼがDNAのある部位に結合すると、その部位周辺のDNAの2重らせんは少し巻き戻され、塩基対がはずれて1本鎖DNAとなる。ここで、この酵素が作用して1本鎖DNAと相補関係にあるRNAが合成される。これが転写と呼ばれる由縁である。その部位での合成が終ると、RNAポリメラーゼはDNA上をレールのように移動し、次々と転写作業を繰り返してRNAを合成する。この転写位置の始めと終りを認識するのもRNAポリメラーゼの役割である。 このようにして合成されたmRNAは、核外へ出て細胞質のリボソームと結合し、タンパク質合成反応に関与する。このプロセスを翻訳という。 なお、RNAポリメラーゼは3種類あり、mRNA合成を行うのはRNAポリメラーゼUである。 A翻訳: 核内で合成されたmRNAは核外(細胞の中)に出て、リボソーム(rRNAとタンパク質の複合体で、タンパク質合成が行われる場所となる粒子)や転移RNA(tRNA)、そしてアミノ酸や酵素(ペプチジルトランスフェラーゼ)の協力の下に、DNAの塩基配列に対応したタンパク質が合成される。 神経ホルモン・オキシトシンで説明しよう。 A−(1)タンパク質合成開始複合体の形成: まず、mRNAとホルミルメチオニン・tRNAが、リボソーム(直径20ナノメーター位の小さな粒です)の小サブユニット(図中上側)に結合する。当然の事ながら、ホルミルメチオニン・tRNAはmRNAの開始コドンと相補結合をする。またmRNAには、開始コドン(AUG)の8から13塩基ほど上流に特別な塩基配列があり、これと小サブユニットが相互作用することによって、読み取り枠の適正な位置決めがなされる。この状態、すなわち小サブユニット−mRNA−ホルミルメチオニン・tRNAを小サブユニット開始複合体(initiation complex)と呼ぶ。上図はタンパク質合成がかなり進んだ状態を示しているので、反応開始時に見られる小サブユニット開始複合体を想像するには、mRNA鎖をズルズルーッと右側へ引いて下さい。図中ホルミルメチオニンの略号はfMetです。 つぎに、リボソームの大サブユニット(図中下側)が近づいてきて、小サブユニットと対向する位置で両サブユニットは合体し、ホルミルメチオニン・tRNAと結合する。この状態、すなわち小サブユニット−mRNA−ホルミルメチオニン・tRNA−大サブユニットを開始複合体と呼ぶ。この結果、リボソーム、mRNAそしてホルミルメチオニン・tRNAの3者がセットされ、この状態をタンパク質合成開始複合体の形成と呼び、タンパク質生合成の準備が整ったのである。上図はタンパク質合成がかなり進んだ状態を示しているので、反応開始時に見られる開始複合体を想像するには、mRNA鎖をズルズルーッと右側へ引いて下さい。図中ホルミルメチオニンの略号はfMetです。 A−(2)ペプチド鎖の伸長(タンパク質の合成)と終止: 大サブユニットと小サブユニットが合体したリボソーム表面には、アミノ酸が結合したtRNA分子2個が入り込める窪みがある。図中左側がP(ペプチジル)部位で、右側がA(アミノアシル)部位と呼ばれる。mRNA鎖は、この部位を3ヌクレオチド(1つのアミノ酸に対応する)ずつ左へ進みながら、タンパク質が合成される。 図中mRNAの開始コドン(AUG)の右隣のコドン(UGU)に対して、アンチコドン(ACA)を有するアミノ酸(Cys、システイン)のついたCys・tRNAがやってきてA(アミノアシル)部位に結合する。すると、P部位のホルミルメチオニン・tRNA(P部位)からホルミルメチオニン(fMet)が外れて、A部位のアミノ酸(Cys、システイン)とペプチド結合する。この結果、A部位はfMet・Cys・tRNAとなり、P部位はfMetが取れたtRNAとなる。しかし、この状態は不安定なので、A部位のfMet・Cys・tRNAは左側のP部位へ移る。同時にmRNAも3ヌクレオチド(1つのアミノ酸に対応する)左へ進む。また、P部位に居たtRNAは系外へ放り出される。 さらに、Tyr・tRNAがやってきてA部位に結合する。すると再び、同じプロセスが繰り返されて、P部位のfMet・Cys・tRNAからfMet・Cysが外れて、A部位のTyrとペプチド結合する。この結果、A部位はfMet・Cys・Tyr・tRNAとなり、P部位はfMet・Cysが取れたtRNAとなる。しかし、この状態は不安定なので、A部位のfMet・Cys・Tyr・tRNAは左側のP部位へ移る。同時にmRNAも3ヌクレオチド(1つのアミノ酸に対応する)左へ進む。また、P部位に居たtRNAは系外へ放り出される。このようにして、ペプチド鎖は次々と伸びていく。mRNAの終止コドンに達するとペプチド鎖の伸長は止まる。この時点で、ペプチド鎖とtRNAの結合は切り離され、ペプチド鎖は系外へ出て行く。 タンパク質合成反応の終止には、mRNA中の終止コドン(UAA、UAG、UGA)の存在は無論のこと、終結因子(release factor,RF)というタンパク質が重要な役目を果たしている。 以上、mRNAの3塩基ずつの塩基配列(コドンと呼ぶ)に対応するアミノ酸が、次々と連結してタンパク質(アミノ酸がつながった高分子物質)が作られる過程を翻訳と呼んでいる。 コドンの種類は、塩基の種類が4(A、U、G、C)なので、4×4×4=64となる。このうち61種類がアミノ酸の種類を決めるのに使われ、3種類は終止を意味する。タンパク質中のアミノ酸の種類は20なので、遺伝暗号のコード表にも見られるように、一つのアミノ酸に対して複数のコドンが対応している。 ヒトの細胞では、数万種類のタンパク質が合成されますが、その構成成分であるアミノ酸の種類は僅か20種です。蛇足ですが、アミノ酸がたくさんつながった高分子をタンパク質と呼んでいます。 神経ホルモン・オキシトシン: 9個のアミノ酸がつながっている、脳下垂体にある神経ホルモンで、子宮平滑筋の収縮作用、母乳の放出作用などに関係する。 アミノ酸配列: Cys-Tyr-Ile-Gln-Asn-Cys-Pro-Leu-Gly コドン対比表:
遺伝暗号のコード表(mRNAのコドンに対するアミノ酸):
20種のアミノ酸と略号 グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、バリン(Val)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(lle)、プロリン(Pro)、セリン(Ser)、スレオニン(Thr)、システイン(Cys)、メチオニン(Met)、アスパラギン酸(Asp)、アスパラギン(Asn)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(Gln)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)、ヒスティディン(His)、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、そしてトリプトファン(Trp)。 tRNA tRNA分子は、73から93個のヌクレオチド(塩基とリボースとリン酸からなるRNAの基本構成単位)で構成される1本鎖(分子量は2万5000から3万)で、L字型の立体構造をしている。tRNA分子は1本鎖であるが、塩基がお互いに水素結合をしているために独特の立体構造をとる。イメージとしては、L字の2つの先端のうち、一方には特定のアミノ酸(1種類)が結合する部位が有り、他方にはmRNAの特定の塩基配列(アミノ酸の種類を決める塩基3個の組み合わせ:コドンという)と相補結合をする塩基配列(アンチコドン)がある。また1つのtRNA分子は、1種類のアミノ酸そしてmRNA分子の1種類のコドンにしか対応できないので、tRNA分子の種類は、アミノ酸の種類(20種)だけある。しかし実際はもっと多いが。 mRNA DNAの遺伝情報は塩基配列であるが、タンパク質が合成される過程では、いったんRNAの塩基配列に置き換えられる。このRNAをメッセンジャーRNA(mRNA)と呼ぶ。{正確に言うとちょっと違う。DNAの塩基配列の転写によって作られたmRNAは、mRNAの前駆体であり、イントロン(アミノ酸配列には関係無い)とエキソン(大事な部分)という部分がついている。この不要なイントロンが削除(スプライシングという)されてmRNAとなる。} mRNAの塩基配列はDNAの2本の鎖のうち一方の塩基配列と同じであるが、TがU(ウラシル)に変わっている。 リボソーム 細菌以外、すなわち真核生物の細胞は、核膜に包まれた核と細胞質が特徴的である。細胞質には、リボソーム、ミトコンドリア、ゴルジ体、種々な小胞体(粗面小胞体、滑面小胞体など)、液胞、細胞質基質などがある。 リボソームは、粗面小胞体の膜面に結合している粒子状のRNAとタンパク質の複合体(比率は1:1)であり、大サブユニットと小サブユニットで構成されるが、タンパク質合成時には大小のサブユニットに分離する。またタンパク質合成はリボソームの表面で行われ、1個のリボソームは1度に1本のポリペプチド鎖(長いのをタンパク質という)をつくる。条件によっては、10秒間で400個のアミノ酸分子を含むポリペプチド鎖が合成される。 DNA 細胞の直径は10ミクロン程度であり、その中心部には細胞核がある。細胞核の主成分は、酸性を示す物質、核酸であり、デオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれている細長い分子で、2本の対となっている。 2本鎖DNAの立体構造は、1953年3月、世界的に有名な科学雑誌「Nature」に発表されました。ワトソンとクリックの、2本の鎖がよじれあった2重らせん構造モデルがそれである。 イメージ的には、2本のDNA分子で作られた、らせん階段(左図は理科年表より抜粋)である。即ち、りん酸(P)と糖(デオキシリボース、S)が交互に化学結合して、長い鎖(階段の手摺に相当する)を形成する。鎖中の各糖(デオキシリボース)の特定の位置には、1分子の塩基分子(A,G,T,Cの4種類あり)が化学結合をしている。一方の鎖の塩基分子は、他方の鎖の塩基分子と水素結合(化学結合より結合力が弱いのが大切なポイント)をして塩基対(階段のステップに相当する)をつくり、左右の鎖が離れないように引き付けている。ここで、水素結合を形成する塩基対の組み合わせには、「特定の相手にのみ結合して特定の塩基対(2種類しかありません)をつくる」という規則(相補結合性)がある。即ち、A(アデニン)はT(チミン)と、そしてC(シトシン)はG(グアニン)とのみ塩基対をつる。また、塩基対は平面構造をしている。 この相補結合性のおかげで、2本のDNA鎖のうち、一方の塩基配列が決まれば、他方の塩基配列が決まることとなる。即ち、DNAの複製時には、二重らせんがほどけ、各々の鎖に対して相補的な鎖が合成されるので、まったく同じ二重らせんが2組できることとなる。 また、化学結合より弱い水素結合のお陰で、転写プロセスのところで述べたように、RNAポリメラーゼによって2本鎖DNAが1本鎖DNAとなる。 |