涼と一緒に寝泊まりをするようにという春菜からの強制命令を受けた翌々日、簡単な荷物をまとめた由羅は涼のアパートへと向かっていた。 一度はやけになって承諾したのだが、その後にやはり不安になって里美に春菜の説得をお願いしていた。 しかし、その数時間後に戻ってきた答えは春菜の決定を肯定するものであり、結局由羅は涼との事実上の同棲生活を余儀なくされたのだった。 涼からの出迎えの申し出はあったのだが、由羅は即座にそれを拒否した結果、荷物を持って徒歩で向かうことになった。 里美から渡された地図を元にしばらく歩いていると、アパートとしては大きめの5階建ての建物にたどり着く。 「ここか……そこそこいい所に住んでいるみたいだな」 一階分階段を上がり、二階の一番手前側のドアに「秋月」と書かれた表札がかかり、それを確認して再度地図やメモを見てこのドアが目的地であり、今から数日寝泊まりする場所という事を不本意ながら確信してしまう。 しばらくドアの前ためらっていた由羅だったが、数度深呼吸をして、意を決してドアホンを鳴らす。 軽い呼び出し音がドアの奥から聞こえ、そう時間もたつことなくドアが開いて涼が顔を出してくる。 「あ、由羅さんいらっしゃい。……よろしくお願いします」 「まぁ……頼む」 できるだけ普段の表情で出迎える涼だったが、本来の表情を頑張って隠していたのだった。 それは由羅と一緒に暮らせるという喜び……であるはずもなく、今まで何度も殴り飛ばされてきた由羅と一緒に普段通りの生活が出来るのかという……不安感だった。 しかし、由羅は涼の感情を分かろうともせずにいつものようにぶっきらぼうに、だが警戒心を隠そうともせず、涼に室内に招き入れられた。 ぱっと見渡した室内はまず玄関に隣接した台所があり、そこから二つの部屋とバス、トイレに繋がっているごく普通のアパートの構造だった。 玄関から中側はかなり片づいていたが、生活必需品と筋トレ用の器具以外の物は見られない。 「由羅さんはこっちの部屋を使ってください」 そう言われてドアを開けると、なぜかすぐ目の前に布がひいて目隠しされてあった。 「……これは何の冗談だ?」 「あ、何かの弾みでドアが開いたとき、中が見えないようにです」 手にとって布を見ると、薄くはない布は奥の状態が見えないような厚さを持ち、簡単にめくれないような質量を有していた。 「……お前の自衛策か」 わずかに苦笑しつつ、中に入るときれいに掃除された部屋になっていて、置いてあるのは空の本棚と小さめのこたつ机だけだった。 こたつ机の上には小さめの段ボール箱があり、そこには整った文字で「由羅ちゃんへ。里美より」と書かれていた。中をあけて確認するとそこには船やら宇宙やらさまざまな書物が収められていた。 荷物を起きながら確認すると、そこは間取りからするともう一つの部屋よりも広く、涼が自分に気を使っているのは容易に想像がついた。 そして、隣の部屋との移動用にふすまがあったが、そこは開くことが無いようにがっちりと固定されている。 「部屋は自由に使ってください」 「……分かった。入ってくるんじゃねぇぞ」 家主に対して身も蓋もないことを言っているという自覚は少々あったが、それよりも自分の身の安全を優先しての冷たい言葉のままだった。 あまり多くない荷物を簡単に整理した後、持参したノートパソコンを起動させて、横になって里美から借りた本を広げる。 その本は妙に技術的な本であり、とても由羅のような女性が読むとは想像しにくいものであった。 一通り読み終わると、今度はレポート用紙を出して夏休み中の課題になっているレポートに取りかかる。 AEGISで戦うことになったという事は、自分の時間が少なくなることを意味するので、時間があるときに早めに済ませておこう……それが由羅の考えだった。 しかし、そう簡単にもいかず、しばらくすると式の展開で詰まった。 「…………ダメだ。ここは萌が帰ってきてから聞こう……」 その問題は里美に聞いても良さそうな物であったのだが、涼と一つ屋根の下で暮らし始めた現状では里美にすらからかわれかねないという予想から聞くことができなかった。 レポート用紙と参考書を片づけた後に時計を見るとすでに6時。そろそろ夕食の準備が必要な時間帯。 「あ、もうこんな時間か」 そこで部屋を出ると、涼がテーブルの上でカッターシャツにアイロンがけを行っていた。 涼は由羅の姿を目撃するや慌ててアイロン台を含めて片づけようとする。 「こんなところでアイロンがけか、ごくろうなこった」 「このくらいの高さの方がかけなれていますから」 そういいながら、片づける衣類を眺め見て、その仕上がりに目を奪われた。 アイロンがかけられたカッターシャツは、クリーニングに出してもこうはいかないだろうというほどピシっとしわ一つ無く、折り目もそこが剃刀になりそうなほどの鋭さを見せていた。 「さ、さすがは自衛隊出身だけあるな……」 その声には純粋な驚きとほんの僅かな賞賛の響きを隠していた。 由羅の声に涼も少々驚き、そして照れくさそうに頭をかく。 「自衛隊員ならこのくらいは出来ますからね。俺よりうまいのは何人もいますよ」 「そうか。そういやもうそろそろ晩御飯だな」 「あ、そうですね。どうします?何か頼みましょうか。それとも俺が……」 ひたすら下手に出ている涼に由羅は一瞥をくれただけで、台所に向かう。 「食事はあたしが作る。お前なんかには任せておけないからな」 「え?あ、由羅さん自分の分だけですよね。俺はコンビニで買ってきます」 自室に財布を取りに行こうとしたところで、呼び止める声が背後から聞こえてきた。 「待て。あたしは寝床を借りたまま何もしないような恩知らずの人間じゃない」 「じゃあ……」 「勘違いするんじゃない。つくるのはただの宿賃の代わりだ」 「は、はい」 相変わらず由羅の声は冷たいままだったのだが、それでもたとえそれが寝床の代金代わりだといっても由羅の方からの歩み寄りがあったという事実が涼にとっては重要であり、少し気が楽になった。 いったん涼を部屋の方に追いやってから冷蔵庫の中を見ると、男性の一人暮らしの割には食材が充実していて、メニューを考えるのにはさして苦労は無かった。 「これならしばらくは持ちそうだけど……今度もう少し買い込んでおくか」 春菜が由羅の滞在期間を指定していなかったために、念のために長期戦のための備蓄計画を考えながら料理を始める。 自室に戻った涼は扉の奥の台所から響いてきたリズミカルな包丁の音に心を和ませていた。 (由羅さん、本当に料理もきちんとできるんだなぁ……里美さんに聞いたとおり、家庭的なんだ) 千切りの音、揚げ物の音、皿がかちゃかちゃなる音がしばらく続き、音が消えてしばらくしてそっと台所を覗く。 その気配に気がついたか、由羅は涼を一瞬見た後で無愛想に声をかける。 「食事できたぞ」 「あ、ありがとうございます」 テーブルに並べられたのは鶏肉の空揚げと付け合わせのキャベツの千切り、サラダとポタージュスープ、そしてライスだった。 「由羅さんって本当に家庭的なんですね」 その料理を見て、素直な感想で思わず口にした涼だったが、なぜか由羅の表情は機嫌が悪そうになった。 「家庭的で悪かったなっ」 「す、すみませんっ」 表情を見た途端に即座に反応し、涼は深々と頭を下げた。そして、近くに置いてあったトレーを手に取ると自分の分の食事をそこに乗せる。 「……何のつもりだ?」 「自分の部屋で食べます。由羅さんもそれでいいでしょう?」 返事を待たずして自室に引っ込んだ涼に呆れつつもテーブルについて夕食を食べる。 食べ終わると食器を洗って、冷蔵庫の中を再確認して翌日の献立を決めると部屋に戻るが、ドアの下の床に一枚何かが書かれた紙を見つけた。 紙には一言「食事おいしかったです」と書かれてあった。 「あいつ……こんな事すらあたしが怒ると思ってるのか……」 つぶやいた後、「家庭的」というほめ言葉で機嫌を悪くした自分を思い出して、少し悪いことをしたかと思ってしまう。 料理も趣味の一つの由羅は、たとえその相手が男性であったとしても「おいしい」という感想に悪い感情を抱くことはなかった。 「さて……と」 やることはやった。それを確認して読書やパソコンで時間をつぶしているとほどよい時間となり、時計を確認すると洗面器にシャンプーやタオルなどを入れて外出の準備をする。 「由羅さん、いったいどこへ?」 自室の鍵をかけて、外に出ようとしたところで涼が出てきた。 「見て分かるだろう?風呂だ。近くに銭湯があったからな」 「それならうちの……あ、そうですね。いってらっしゃい」 すぐ目の前にある浴室を勧めようとしたが、由羅の持つ男性並びに自分への不信感を思い出して言葉を止めた。 もしかすると自分が覗きなどの行為をするのではないのだろうか……それを由羅が考えているということを否定するのは容易な事ではなかったし、事実由羅はそのような考えの元に銭湯へと向かうのだった。 由羅が出ていった後に彼女の部屋のドアを見ると、里美かもらったのか封印シールが鍵穴部分に貼り付けてあった。 ● 銭湯に向かう由羅はその途中に公園に立ち寄り、日課の一つとしている型の練習を行う。 あまり声を出せない分、鋭く息を吐きながら一つ一つをこなしていく。 そして、ゆっくりと精神を集中して気を身体に満たし、再び同じ事を繰り返すが、手足に打撃に効果的なほどの気を纏わせたまま行動するのは集中が必要であり、先ほどよりも体力の消費量が激しくなる。 訓練所では慣れれば自然に扱えるようになると言われたのだが、そこまでの域に達するにはまだまだ時間と訓練が必要そうであった。 一通り汗を流した後で再び銭湯へと向かう。 一日の汗と汚れを洗い流し、湯船で心身の疲れをほぐすその姿は涼の部屋で見せていた無愛想なものではなく、穏やかなものだった。 湯船からあがると前もって用意していた着替えの方を着て、汗で汚れていた方の服はコインランドリーで洗濯する。 乾燥までしっかりとやったために涼の所に戻ってきたのはかなり遅くなってからだった。 「お帰りなさい。遅かったですね」 「鍛錬と洗濯もやってきたからな」 「洗濯なら、ここでやればいいですのに……乾燥機もありますから外に干す必要もないですし」 由羅の心配の一つをさりげなく解決していた涼だったが、由羅の不満は別の所にもあったらしい。 「外の目は無くても、中でなにをやられるかわかったもんじゃないだろ」 「それなら、俺を縛るなりずっと見張りしていればいいじゃないですか。コインランドリーばかりだとお金も時間ももったいないですよ」 「う……そ、そうだな……」 心身の疲れがほぐれていたのか指摘された正論に反論する天の邪鬼のようなまねをせず、涼の言葉に従った。 「それじゃあ……あたしはそろそろ寝る」 石鹸とシャンプーの芳香を漂わせた由羅は鍵穴の封印が破られていないことを確認してから部屋に戻り、布団が入っているであろう押入をあける。 中に置いてあった布団はクリーニングされたままのようにビニールの袋に包まれ、見るからに清潔そうに見えた。 布団を敷き終わった後であることを思いついて涼の部屋に向かう。 軽くノックして、返事の後に開けた部屋は質素な物で机や本棚、タンスのほかにはパソコンと木刀が数本置いてあるだけだった。 「お前はどこで寝るつもりだ?」 涼の部屋はドア一つ挟んだだけであり、いくら涼が情けないといっても男……とくに若い男性に不信感を持つ由羅にはそこにいると言うだけでも我慢ならなかった。 しかし、涼の準備は万端なのか、濃緑色の円筒の袋に入れられた物を持ち出してきた。 「俺はこれですから」 と、見せたものは由羅には寝袋に見えた。 「玄関の方で寝ますから……これでも不安なら縛ってもいいですよ」 登山用具なのか、部屋の隅には丈夫そうなロープなどもしっかり準備されていた。 「……そうか」 「それでは、おやすみなさい……」 寝袋を広げた涼は言ったとおり玄関に寝袋を置いてその中に潜り込み、軽く身震いした。 由羅は寝袋を一瞥しただけで、玄関付近の明かりを消すと自室に音もなく戻る。 そのまま由羅の部屋の方に顔が向かないようにしてじっとしていたが、部屋での動きは聞き取れない。 再び由羅が来るかもしれないと警戒をしていたが、次第に睡魔の方が勝ってきて、意識がそれと認識する前に涼の意識は深いところに沈んでいった。 その後、由羅の部屋のドアが開き、物音が響いたが当然のごとく涼は反応しなかった。 作業を一通り終わらせて部屋に再び戻った由羅は、あるはずのない周囲の視線を気にしながらパジャマに着替え、髪の手入れを軽く行った後にふかふかの布団と枕に身体を埋め、警戒の表情はどこへやら、幸せそうな寝顔を見せていた。 一方、夜中に涼が目を覚ますと身動きのできない自分に気がつき、寝袋を確認するとしっかりとロープで縛られていて、ご丁寧にロープはドアノブにもくくりつけられていた。 「……やっぱり信用されていないんだな、俺」 わかってはいたことだったが、ここまでしっかりとやられるとなにやら悲しさがこみ上げてくる。 由羅が眠っているはずのドアの向こうに一瞬だけ視線を向けるが、自衛本能からかすぐに視線を外し、聴覚だけを集中する。しかし、目隠し用の布が防音壁の役目を果たしているのか寝息も漏れ聞こえてこなかった。 翌日になって、涼が解放されたが、その理由は由羅の朝のランニングで外に出るときに明らかに邪魔になったから……その程度であった。しかも由羅が帰ってくるまでは縛られたままだったが……・。 簡単に二人分の朝食を作った後の二日目は、相変わらず由羅は自分に割り当てられた部屋でレポートや趣味の活動を続け、たまの休憩に部屋の外に出ていた時にそこに居合わせた涼と目が合うことがあったが、大抵はお互いに視線を逸らす。 由羅は不浄なものを見たかのように嫌悪感をあらわにして、涼は見てはならない者を見てしまったというようにおびえながら。 目があったのはほんの一瞬で、由羅は涼の存在を無視するかのように冷蔵庫に向かい、500mlパックのオレンジジュースを取り出すと再び部屋に戻った。 その後も静かに時間が過ぎ去り、互いに対する声がかかったのは由羅が食事を作ってから。 由羅が作ったのは見るからにおいしそうな冷やし中華だったが、その料理を前にした涼は由羅の瞳はそれ以上に冷えているような錯覚を覚えた。 夕食と同じように涼は食事を自室に持ち込み、由羅が食事を済ませて食器を洗って戻ると、やはりドアの下に食事の感想を書いたメモが置いてあった。 『あいつは……』 しかし、涼にその手の文句を言う気にもならない由羅は相変わらず黙殺する事とした。 時間が過ぎ、レポートを一つ終わらせて、夕食も食べ終わった後に、由羅は再び公園で鍛錬を行った後に銭湯へと向かう。 銭湯では身体も髪もきれいにして、しっかりと暖まって脱衣所に戻るが、その途中でショートカットの女性とすれ違う。 直後、強烈な既視感にとらわれて慌てたように振り返るが、さらにその直後その行為が無駄という事を悟った。 『そう……だよな。瑞恵が生きている訳……ないか』 芯まで温まった身体とは逆に少し心が冷えてアパートに帰着した。 帰った後に、途中で買った飲み物を冷やそうと冷蔵庫を開けると、減っていたはずの中身が再び充実し、中身もバラエティ豊かなものになっていた。 『あいつ……へんな所に気を利かせやがって……』 呆れつつも感心しながら、食材をチェックして出来る料理を考えてみる。 似合わないと言われながらも、由羅はこんな一瞬が楽しいのだった。 ● 夜も更けてきたので布団を敷いて寝ようとする……前に、やるべき事を思い出していったん部屋を出る。 しかし、やるはずだった行動は涼が自分で自分が入った寝袋を器用に自分で縛っていたことで無くなってしまっていた。 「お前もよくやるな」 苦笑した後に部屋に戻り、鍵がかかっているのを確認した後でパジャマに着替え、髪を留めているゴムを外すと、柔らかく長い髪がふわっと背中にかかる。 不意に本棚に置いた鏡が目に入り、それににこっと微笑みをむけた。 無垢な笑顔は、髪をおろしたのと相まって由羅の雰囲気を汚れのない美少女としていた。 「な、なにやってんだあたしは」 急に我に返った由羅は赤くなって鏡から顔を逸らす。 しかし、自分の笑顔に惹かれたのかもう一度鏡で自分の微笑みを眺めて、布団に横になって思いっきり身体を伸ばす。 電気を消して横になると、視覚が遮断された分、余った情報処理能力は考え事に向かう事になり、銭湯で感じた瑞恵への既視感、それに連動して思い出される傷だらけになって冷えていく瑞恵。 脳内に浮かび上がる思い出したくはないが、忘れることは出来ない記憶……それを一時的に追い出すように頭を振ると、その代わりに現れてきたイメージは壁一つ先で寝ているであろう青年のイメージ。 自分よりも明らかに強いにも関わらず、ひたすら下手に出ている涼。その行動は自分が不快感を出さないように頑張っているのは由羅もわかったが、徹底しすぎているように見え、一つ一つ敏感に反応する自分もどうかと考えると時間はあっと言う間に流れていく。 眠れないのは涼も同じらしく、どうやれば由羅の機嫌を損なわずに済むか、それを考えているとどうにも眠れない。 いったいどのくらい時間がたったのか、それも分からなくなってきた頃にドアの向こうから声が響いてくる。 「……起きてるか?」 「え?えぇ、一応……」 不意にドア聞こえてきた声は昼間ほど敵対心をあらわにしていなかった。しかし、それだけに涼は戸惑いの色を隠せなかった。 「お前……あたしがいる間、ずっとそんな風に寝るつもりか?」 「そうです。由羅さんが安心して眠るにはこれが一番だと思いましたから」 その言葉は弱々しい響きながらも迷いはなく、由羅にも本気で続けるというのが通じた……と、信じたい涼だった。 ため息でもついているのだろうか、由羅の返答にはしばらく時間がかかった。 「……言い訳考えるとか思わなかったのか?」 「由羅さんを納得させる自信ないですし、そもそも俺口べたですから……」 「だから自分から防衛行動に出た訳か……確かにお前にとってはその選択は正しかっただろうなっ」 吐き捨てるように言う由羅の声は冷たく、嫌悪の色すら滲んで涼の背筋を凍らせた。 しかし、その後にドアの奥から響いてきた声は彼の予想の範疇を外れる内容と共に飛んできた。 「今からでもいいから、普通に自分の布団で寝ろよな」 「え?」 「お前はそれで満足かもしれないが、このままだとあたしが悪者に見えちまう」 「で、でも……」 「今回はあたしが引くし、出来ることはできるだけここでやる。それに、少しはお前と関わらないと春菜はいつまでもあたしをここに住まわせるつもりかもしれないからな」 最後の方には呆れも混じっていたが、ほんの少し冗談を言う程度の暖かみも感じられた。 「それと、食事くらいは同じ場所でかまわないし、言いたい事があったら言え。食い物の感想程度でも控えめにされたらあたしの方がまいっちまう」 「じゃあ……由羅さんが怒らない程度に努力します」 「お前、あたしが……いや、いい。そうしてくれ……っと、お前、一応は自衛官なんだよな?」 自分がいつも怒っていると……と、言いかけたが、涼の目の前ではそのような行動しかやっていなかったのに気がつき、口をつぐむ。 その後で、以前から気になっていた事を涼に聞いてみた。 「えぇ。だめだめ自衛官でしたけどね」 さらりと自重する涼に『それもそうだな』と内心納得する由羅。 「どこにいたんだ?」 「入間の第2輸送航空隊です」 「……ってことはC-1輸送機……か?」 「えぇ、そこの整備です」 「じゃあ、機体は結構知り尽くしているんだな」 「そうでもないんですよ。場所ごとで分かれていて……」 しばらくドア越しの話が続き、話に興味がわいたのか由羅はいろんな事を質問し、涼は答えることが可能な範囲内で答えていた。 そして、しばらく前から思っていた疑問を口にする。 「そんな所にいて、なんで今はこんな所にいるんだ?」 「それは……まぁ、いろいろとありまして……」 そこで急に言い淀む。 「……まぁ、今は深く詮索しないでおく」 「すみません」 話も一段落し、不意に思いがけなく涼と話し込んでいた自分に気がついた由羅は顔を赤くするが、幸いにも周りには誰もいなかった。 そのことに安堵すると、次に眠気が襲いかかってきた。 「そろそろ眠くなったから、あたしは寝る」 「おやすみなさい。あ、あと……一つお願いがあるんですが」 「……ん?なんだ?」 「あの……出来れば縄、解いていただければうれしいんですが……」 「ば、馬鹿か?お前は……そのまんま朝まで寝てろっ!」 これには由羅も本気で呆れ、今までの言葉はどこへやら。冷たく突き放した言葉のあと、寝返りの衣擦れ音が聞こえるとそのまま静かになった。 結局、涼が寝袋から解放されたのは翌日になってからだった。 TO BE CONTINUED |