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UP DATE .1999.12/17
第15回 ラガービールに想いをはせて
南風の詩声
バーは人と人が交わる交差点。人生という旅人の止まり木でもあります。皆 色々な思いを抱えて日常を行き来して
おります。空は澄んで星も綺麗に瞬く、だけど風も冷たい年末も押し迫った冬のある日。今日も一人、翼を休めにやって来てくれました。
ところで今回は、先ずこちらの詩を読んでおいてください。
美しく清らかで在る為に
美しく清らかで在る為に 醜い諸行を重ねよう
神にもらったこの瞳で 青い空を見上げ 母にもらったこの耳で 水の囁きを聞いて 父にもらったこの肉塊で 人とまぐわいを重ねよう 私の扉をたたく人々には 私の隅々まで見ていただき これでもか これでもかと おもてなしをしよう それはそれは感謝されるくらいに 抱えきれない程の知識を貪り さり気なく人前でまき散らそう 恐縮しながら「わかりません」と口にして 教えをおごる人には大袈裟に感謝しよう 酒を喰らい 煙草をのみ 「私は俗な人間です」と 云うのだ 美しく清らかで在る為に
南風さん登場
N:「いらっしゃいませ」
M:「こんばんはマスター」 N:「あ、南風さん。この度は大変でしたね。」 M:「いえいえ、忙しいところどうもありがとうございます。お陰様で滞り無くすみました。」 N:「とんでもない。お母さんには生前かわいがってもらったから。寂しくなりますけど、元気出してください。まだこれからも色々忙しい でしょうに、よくぞ遊びにきてくれました」 M:「酒を飲むのは供養になりますからね お袋と私の場合。じゃあ今日は・・・ラガーをください。」 N:「はい。かしこまりました。」
キリン ラガービール
N:「そう言えば、おかあさんラガービールオンリーだったよね。お酒は強い人だったけどビールばっかり飲んでた覚えがあるなぁ。」
M:「そうなんです。もうラガーオンリー。お酒に強いっていう自負は有ったみたいで、若い頃は『いくら飲んでも酔わない』って言ってました。 実際ほんとに酔わなかったし。お客さんと話しが弾んで飲みだしたらケース単位で空くのが当たり前ってかんじでしたからね。」 N:「他のお酒は飲まなかったの?」 M:「いえ、お袋がやってた店はスナックでしたからね。スピリッツなんかは無くて、お客さんもビールや日本酒、あとウイスキーやブランデーも 水割りくらいの時代だったから。でも若い頃は何でも飲みましたよ。それこそ日本酒の一升瓶なんて店の中で転がってたの覚えてますもん。 あの頃の『大人』ってほんとに凄くてねぇ。お客さんも素敵な酒飲みが多かったと思います。実際 本当に一升瓶を枕にして寝てて、 朝うちの店から会社に行く人なんてしょっちゅういましたからね。お袋はお客さんの好きなお酒を 合わせて飲んでましてね。 大抵『水みたいなもんや』って言ってましたね。だから本当に好きで飲んでたのはビールなんですよ。しかもラガー。自分の店で出してるし、 一番飲み慣れてるから。ビールはドイツだなんて言われても、絶対ラガーばっかり。常連さんが殆どの店だったんで、開店してから 何年も経つと 本人がビール好きなのをお客さんの方が知ってるから いつもビールなんですよ。有る程度歳をとってからウイスキーだか 飲んで酔っぱらってね。酒が強いっていうのは自慢にしてたようなところ有るからショックだったみたい。そりゃ、日本酒だろうが ウイスキーだろうが、『水みたいな物』っていうビールと同じ飲み方するんだもん。酔わない方がおかしいですよね。でもまあ、ビール、 それもキリンのラガーっていうのはお袋の代名詞でしたね。だから今 自分の店でもビールはラガー。まったくキリンに表彰してもらいたい くらいですよ(笑)」 N:「倅さんもビール党か?って言うと疑問が残りますけどね」 M:「そうですね。私はとにかくいろんなお酒を美味しく飲みますからね。でも自分の酒人生の原点っていうのはラガーだと思ってますよ。 まあ、酒飲みっていうのをお袋から受け継いだのは確かでしょうしね。記憶の中で、4つ5つ位の時に面白がってビール飲まされてた こと覚えてますもん。また自分が一気に飲み干すんだ(笑)」 N:「親子二代のビール党!」 M:「葬式の時にね、お骨の前に何か飲み物をお供えしてくださいってお坊さんが言うんですよ。親父がね、『生前好きだったからビールを』 って。そしたらそのお坊さんが『私がお注ぎしましょう』って。嬉しかったな。そのくらいビール好きでしたからね。」
情けは人の為ならず
N:「でも寂しくなりますよねぇ。そういう豪快なママさんって もういないかもしれないし、もう一緒に飲めないんだ
なぁって思うと・・・なんか・・・ね。」
M:「そう言ってもらえるのが本人一番嬉しいと思いますよ。結局死ぬまで商売人だったんだって思いますもん。お袋は痴呆症だったんで、 最後の方は親父のことくらいしかまともに認識出来なかったと思います。知らない土地で自分たちだけで商売やって、家も店も自分で 手に入れた。絶対に商売人と言う事に誇りを持っていたはずだし、俺 お袋が痴呆症だっていうのがわかってからも そのこと公に しなかったんですよ。子供の頃は絶対商売なんかしたくないと思っていたけど、結局倅である自分もこの道を選んだわけですよ。店は お客さんに楽しんで来てもらう所だし、そういう湿っぽい話しをするのはお客さん商売を生業にするものとしては・・・っていうのも あったし。ただ、隠してたわけでもないし、隠し通せる訳もないしね。まともならお袋だってそういう気持ちだったと思うし。だから お袋の病気のこと知ってる人っていうのは極一部の人でね。かなり親しい人でもいきなり死んじゃったみたいなわけです。だから元気だった頃のお袋の まんまだったと思う。それこそラガー飲んでた頃のお袋のね(笑)」 N:「ちょっと質問してなんですが、子供の頃商売って嫌だったの?」 M:「そりゃあね。子供の時にはやっぱり寂しいじゃないですか。子供にしてみれば殆どほったらかしだし。またうちのお袋って結構 いい加減な人だったから(笑)。よく言えば裏表が無い人なんだけど、人の気持ちとか計算出来る人では無かったんですよね。例えばある人を 気に入ると、とことんかわいがる。もう理屈じゃないんだよね。そういうところでは我が子も他人様も無いの。だから周りの人に感謝 されることも多かったと思う。そのママの倅だからって事だけで自分のことかわいがってくれる人もいるくらいだし。勿論嫌いとか苦手って いう人に対しも同じでね。お客さん商売してるのに自分に嘘付けない人だったよね。それにシャイでさ。悪いと思ってもゴメンって言えない人なんですよ。愛情の表現も知らなかったんでしょうね。 だから誤解を招く事も多かったんだと思います。自分は子供だったけど、そういうことは良く解りますよね。だって毎日来てた人がプツっと 来なくなったりするんだから。そういう時のお袋は、やっぱりかわいそうだったかなぁ。 N:「確かに普通の子に比べれば色々なことに接する機会のある子供だったね。でも今、同じ道を選んだわけでしょ?」 M:「まあ、この世界のすばらしさっていうのも教えてもらったんでしょうね お袋から。商売人としては不器用だったお袋でしたから『俺なら こうする、こうはしない』っていうのはあるわけですよ 生意気にも(苦笑)。世間一般に商売っていうのはあまり良い言われ方はしませんよね?。やっぱり 金儲けな訳だし。それでも損得勘定抜きで付き合ってくれる人っていうのがお袋の周りにいましたし、そんな人相手のやり取りが 自分の生活のというか、人生の糧になる世界はすばらしいと思いますからね。マスターはそういう事の解る店主でしょ?」 N:「いやいや、どうなんでしょう?(^^;)」 M:「お袋の葬儀でいろんな人が来てくれました。死んですぐ葬式の依頼だなんだで 悲しみに暮れてる暇も無いのが現実で 急き立てられるみたい。まあそれはともかく、お袋は療養の時間が長くて、 日に日に病状が進んでいくのが僕には解るんですよ。だからすこしづつ覚悟みたいなものは出来ていたんだと思うんです。でもね、葬式で駆けつけてくれた人の顔みて、 こみ上げてくるものがありましたね。人間としてそんなに素晴らしい人物だったかっていうと解らないけど、完璧な人間なんて そうそういるものじゃなし、ただ、優しさっていう人間味があったと思うんですよ。しばらく疎遠になってた人も来てくれた。それが お袋の全てだったし、改めて商売のすばらしさを教えてくれたのかもしれません。情けは人の為ならずっていうじゃないですか。 人様の事を考えて、一生懸命やっていれば・・・っていう事をね。それから引き際っていうのか、お袋が亡くなったの、俺の店の 定休日だったんですよ。商売人としては青二才の自分には、『迷惑かけられへん』とか思ってたのかもしれませんね。」
美しく清らかで在る為に
N:「南風さんは『生きる姿勢』みたいなことを良く口にするよね。私はそういうの嫌いじゃないし、あの・・・ほら・・・
なんだっけ?あなたが書いた詩で・・・私が好きな奴。」
M:「『美しく清らかで在る為に』ですか?」 N:「そう、それ。ああいうモノの考え方というか、そういう思いを詩にしたっていうのも お母さんの影響って・・・」 M:「あるでしょうね。というかあの詩はそういうことを意識して書きましたからね。多少は人生の歩みを意識するようになった自分と、おそらくその自分の生き方に関わったであろう父・母・自分を取り巻く他人。現実に存在してる自分の不思議っていうことから神様まで持ち出したりして。 人間がどれだけ『俗』なのか認めた上で、その中でも自分ほど低俗なものはないと言ってる。その時点で偽善者なんだけど、それは仕方ないじゃないか それは認めます 許してください がんばりますから っていう・・・。裏表の無かったお袋に対して、倅のなんと策略的なことか(笑)」 N:「いやぁあれはきっと、誰もがそういう心で在るはずだと思うよ 本来は。ただなかなかね・・・世の中間違ってるから(笑)。そういう心で あるべきだとは思うね。」 M:「人様に対してまでその考え方をごり押ししてはいないんです。あの詩を書いた時、お袋の病気も明らかになってましてね。なんか世の 無情とか考えたわけですよ。お袋はほんとに他人の言うことをきかない自分本位な人だったけど、それでも寝る間も惜しんで働いて働いて働いて。 そういう人でしたからね。これからはもうのんびりご隠居さんになれるはずだったのに、喜びも悲しみもなくなってしまった。病状がまだ 受け止められないときは 責めたりもして・・・」 N:「家族の苦労は大変って聞くけどね。」 M:「私はあんまり。気持ちの問題だけだったから。家内や親父は大変だったと思うけど。ことに親父の無情はねぇ。元気が良くて一緒に 働いていた日々は意見を戦わせながら感情のぶつけ合いの毎日。でもちゃんとかたちを残したわけですよ。それは二人で力を合わせた結果だって。だけど病気にかかっちゃって・・・。 誰のせいでもないし、まして本人のせいでもない。倅の自分が言うのもなんですけど、親父はほんとに物事の道理をわきまえた人でね。 親父は人間として、いつも正しい。だから仕方のない現実っていうのをしっかり受け止めてるわけですよ。だけど人間の感情っていうのはね・・・理屈じゃない から。毎日お袋の身の回りの世話をして、接する事は悲しい現実を突きつけられることだから」 N:「どう言葉をかけていいのかも解らないですけど、その親父さんを元気付けてあげないと」 M:「そうですね。悲しみは深いんですよね、一生添い遂げた人との別れだしとにかく走り続けた人生だったからなおさら。でもねマスター親父が凄いなって思えるのは、葬儀が終わって自宅に帰ってきたその夜、故人を振り返りつつもこれからの事を前向きに話し合った事なんですよ。」 N:「というと?」 M:「お袋の人生を振り返ると、結局商売なんですよね。さっきも言いましたけど、病気の事を「何で教えてくれなかったの?」っていう 人もいたんですけど、それはその人達の優しさなんですよ。そのことはずっと付き合っていた自分たちが良くわかります。中には 元看護婦さんとか現役の医療関係者の人もいたりして、お袋を知ってる人には話を聞いてもらいたいって思う事も度々だった。 でも結果僕らはお袋を商売人としてサヨナラさせられたから良かったと思ってます。で、残された僕らも商売させてもらってる。 だから葬儀の夜親父の口からは「がんばっていこう」っていう内容の、前向きな話しばかりを まるで雑談をするように3時間くらい話し してました。親父もそれが肉親だろうが他人だろうが人を客観的に見る事のできる人なんで、僕がそのくらいのことは解ってると 思った上で話してくれた部分もあると思うんですけどね。がんばんないと。」 N:「美しく清らかにある為にっていう詩を書いた気持ちがあれば大丈夫でしょう」 M:「しかしこの世界は実績が全てですからね。気持ちだけじゃ商売は出来ませんよ」 N:「自身で意味のある人生を歩みたいと思ったから商売人の道を選んだんでしょう?色々な選択肢があるなかで」 M:「詩だけで食べていこうと道を決めていたら、ああいう自分の気に入る詩なんて書けなかったかもしれませんね」 N:「私だってキリンビールを製造する技術者の人に運良くなれてたら、こんなに意味のあるラガービールは飲めなかったと思いますよ。」 M:「え?そんな事があったんですか?」 N:「ありません」 M:「(爆) しかし何ですねぇ 酒って言うのは本当にありがたいものですね。そういえば前にマスターが、『その人のイメージの酒』っていうのを持ってる人はなかなかいないし、それを持ってるってことは素晴らしい事だよ みたいなこと言ってましたけど、実感します。」 N:「死んでなおイメージとして残ってるんだから、お袋さん とっても素敵な飲み手でしたね。我々も負けないくらい飲まないと」 M:「じゃあ今日はとことんラガーで行きましょう。マスター付き合ってください。」 N:「もちろん。やっぱり酒はラガーだよね。私もこれしか飲まないもんなぁ。」 M:「こらこら、そこの偽善者(笑)」
美しく清らかで在る為に
美しく清らかで在る為に 醜い諸行を重ねよう
神にもらったこの瞳で 青い空を見上げ 母にもらったこの耳で 水の囁きを聞いて 父にもらったこの肉塊で 人とまぐわいを重ねよう 私の扉をたたく人々には 私の隅々まで見ていただき これでもか これでもかと おもてなしをしよう それはそれは感謝されるくらいに 抱えきれない程の知識を貪り さり気なく人前でまき散らそう 恐縮しながら「わかりません」と口にして 教えをおごる人には大袈裟に感謝しよう 酒を喰らい 煙草をのみ 「私は俗な人間です」と 云うのだ 美しく清らかで在る為に 素敵な一時をご一緒頂いた南風さんに、この場を借りて御礼申し上げます。
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