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キャンディ・キャンデイ

原作 水木杏子 漫画 いがらしゆみこ

丘の上の王子様

 今を去ることもう何年前になるでしょうか。ある日、妹が『なかよし』という少女向けマンガ雑誌を買って来ました。それまで少女マンガというものには全く興味がなく、またどんなものかもよく知らなかった私なのですが、たまたまその『なかよし』を妹から取り上げて読んでみたのですね。少女マンガなんてものをそれまでよく知らずに漠然と馬鹿にしてた私だったのですが、読んでみるとこれが意外に面白い。それからは毎月、妹の買ってくる『なかよし』を取り上げて読むようになり、また少女マンガの単行本を自分でも買うようになりました。これが私と少女マンガの出会いです。
 そしてその当時『なかよし』に連載されていて、絶大なる人気を誇っていたのが『キャンディキャンディ』という少女マンガ史上に燦然と輝く名作なのでした。

 考えてみると元々、私には少女マンガを好きになる素地はあったんだと思います。少女マンガそのものはあまり知りませんでしたが、それまでも『あしながおじさん』『赤毛のアン』『少女パレアナ』『小公女』などといった、欧米の少女向け名作文学は大好きでよく読んでました。ジュディ・アボットは私にとって理想のお姉さんでしたし、パレアナやアンは素敵なガールフレンドでした。
『キャンディキャンディ』はそれらの過去の名作のエッセンスを取り込んで少女マンガの形にアレンジしたような作品でしたので、それに引き込まれていったのも自然な流れだったと思います。
 “みなしご”という設定は上記の四作品全部に共通していますし、不器量でおてんばな女の子と言えばアンやパレアナがそうですよね。ラガン家でイライザやニールにいじめられる様子は『小公女』が連想されますし、エンディングはもろに『あしながおじさん』です。
 それに少女マンガ特有の恋愛要素を折り混ぜて、序盤はラガン家の召し使いとして、アンソニーの死後はロンドンの学院で、何度も辛い思いをし、悲しい目に遭いながらも決して挫けず心優しい人々に支えられながら明るく生きてゆくるキャンディの姿を描き出して行きます。
 そして学園を去った後のキャンディは自分自身の生きる道を見つけて、自分の足で自立していく姿を描いています。まさに大河ドラマと呼ぶにふさわしい体裁を持った作品だと思います。
 どんな時にも明るくひたむきに生きるキャンディ。そしてそれを取り巻く人々。アンソニー、テリィ、ステア、アーチー、パティ、アニー、ポニー先生にレイン先生、メアリ・ジェーン校長、フラニー、そして困った時にどこからともなく現れてキャンディを元気づけてくれる謎の青年アルバート。

 そんなキャンディを取り巻くキャラの中でも特に大きな意味を持つのが恋愛の対象となったアンソニーとテリィでしょうね。
 親切で優しいお坊ちゃまタイプのアンソニー、口が悪くて不良っぽいテリィ。性格は対称的ですが、それぞれに心の中に傷を持って生きています。
 しかしアンソニーの場合とテリィの場合は同じ恋愛という形を取っていてもその接し方はかなり違っているような気がします。アンソニーの時はどちらかというと一方的にアンソニーが優しさをキャンディに与えていて、キャンディはそれを受け取るだけのような形で、正に王子さまって感じでした。
 しかしテリィの時はキャンディはテリィと対等な立場で恋愛をしています。エレノア・ベーカーとの一件でも、キャンディはテリィの心を頑なな心を溶かす為に大きな役割を果たします。
 アンソニーとテリィに対するキャンディの恋愛の形は彼女自身の成長をあらわすものなのかも知れません。

 ラガン家の兄妹、ニールとイライザってのもかなりインパクトの強いキャラでした。キャンディは誰にでも好かれる、という形容がぴったりするようなキャラクターでしたが、とにかくこの二人だけはキャンディを徹底的に嫌いまくりいたぶりつくします。
 特にイライザは凄まじいですよね。ま、それでも最初のうちは単に面白がってやってただけだと思うのですが、アンソニー、テリィが登場し、キャンディの存在が“恋敵”という性格を帯びてくると更に陰湿さが増大します。
 イライザは生まれた時から家柄のいい家でお嬢様としてわがまま放題に育てられたような少女です。しかしアンソニーやテリィがそんな自分を差し置いて、みなしごで唯の召し使いに過ぎなかったキャンディを選んだことで彼女のプライドは著しく傷つけられます。
 そういう悔しさって判らない訳ではないです。人間って自分に甘く他人に厳しい生き物ですし、自分は他人よりも優れていると考えたがるものでもあると思うのです。私自身にもそういう気持ちがないとは言えませんし、イライザは生まれた時からの境遇も含めて、それが人よりずっと強くマンガの中で誇張されて表現されたキャラなのでしょう。
 そういうことを考えると、唯、意地悪な女の子という一言で片付けてしまっては少々イライザが気の毒な気がします。彼女は彼女なりに生まれ育った環境、そしてその中で教えこまれた規範に忠実に生きているのでしょうから。
 とは言ってもあの性格ではアンソニーやテリィでなくても好きになる訳ないですよね・・・。それが見えないのが彼女の最大の悲劇なんでしょうね。
 ラガン家での泥棒騒ぎの時、聖ポール学院での深夜の馬小屋での密会での時、彼女の奸計はキャンディの運命を大きく左右します。キャンディの人生の節目節目で大きな役割を果たすという、逆に言えばその為にいるキャラだとも言えますが。
 しかしキャンディはそれを乗り越えて更に大きく成長していくんですよね。泥棒騒ぎでメキシコに送られそうになったからこそ、キャンディはアードレー家の養女になれたとも言えますし、馬小屋の事件でテリィとの別れを経験したからこそ、学院を抜け出し、自分の道を自分で歩いて行こうとするきっかけを得ることが出来たのです。
 ニールの方は終盤でキャンディに恋愛感情を抱くようになるという訳の判らない展開になりますが、何考えてんだこの馬鹿、って感じでした。(苦笑)


 アニーってキャラにも私は結構思い入れがあるんですよね。子供の頃はキャンディと一緒に育ったアニー。しかしブライトン家に引き取られ、お金持ちのお友達が出来ていき、自分がみなしごだったことを知られたくない、という気持ちが芽生えキャンディから離れていく……。この事件はキャンディにとって最初のとても悲しい事件として胸に刻印されます。
 唯、キャンディの立場から見ればひどい仕打ちですが、アニーの気持ちも判ってしまうんです。人に知られたくない過去を抱えた人って世の中には何人もいると思うのです。それは他人の目からみたら些細なこととしか映らない場合もあるでしょう、しかし本人にとっては大変重いものなんですよね。
 あの人なら例えそのことを知っても気にしないでいてくれるかも知れない、でも逆にそのことで友人や愛する人を失うことになるかも知れない……、それって凄く怖いことです。
 キャンディはそんなアニーの気持ちも受け止めようとします。悲しい思いは勿論強いのですが、だからといってそれでアニーを怨むようなことはありません。そしていつかまた昔のようにアニーとなかよく出来る日が来るのではないか? そう信じてアニーを見守り続けます。
 アニーの方もキャンディから離れようとしてはいますが、心の中では懐かしがっていて、キャンディに申し訳ないという気持ちを持っています。表面上は知らないふりをしていても心の中では引き合っている、それがあったからこそ、アーチーを巡っての一悶着はありましたが、やがて元のような仲良しに戻ることが出来たんですよね。


 丘の上の王子様という憧れの源を持っているのも大きな特徴でしょうか? これは少女の持つ憧れにはっきりとした形を与えて表現しているものですよね。
「おちびちゃん、笑った顔の方がかわいいよ。」
 その言葉と王子様の思い出をキャンディは大切な宝物として胸の中にしまっていて、時にそれはキャンディの心の支えとして大きな意味を持ちます。
 子供の頃の小さな出来事が自分の生きていく上で大きなウエイトを占めるということは結構あるのかも知れません。プラスの場合もマイナスの場合もありますけどね。
 憧れの源、心の支えともなり得る思い出を持つことが出来たキャンディは幸運だったのだと思います。

 最終的にはアルバートさんがウィリアム大おじさまでかつ丘の上の王子様だった訳ですが、これについてはちょっとした思い出があります。私はこれより先に『あしながおじさん』を読んでいた関係で連載の途中で、もしかしたらアルバートさんこそウィリアム大おじさまじゃないかという疑いを持つようになっていました。
 私がもしかしたらと思うようになったのはシカゴの病院に金髪のアルバートさんが運びこまれて来た時でした。
 アルバートさんは不思議とキャンディのそばに出没するキャラなんですよね。最初に現れた時はヒゲを伸ばしてサングラスをかけていた、それはもしかすると顔を隠す必要があったからじゃないのか? ロンドンの動物園で再会した時、偶然にしても出来過ぎではないか? そしてシカゴで……。アルバートさんは髪も染めていたということが判明します。
 またその時、キャンディは偶然、ウィリアム大おじさまの側近であるジョルジュが深刻な顔をしているのを目撃します。
 そしてウィリアム大おじさまはキャンディに会ったこともないのに、アンソニー、ステア、アーチーの手紙だけで養女にまでしてしまう。
 あれやこれやと考えるとそれは段々確信に変わっていきました。で、弟と妹にその話をしたのですが、まさかぁって感じで納得してくれません。それじゃあ100円賭けようとかって話になって、最終回が掲載された後、まんまと弟と妹から100円づつ巻き上げました。(^_^;) ま、これは余談ですけどね。


 いろいろ書きましたが様々な経験を通して成長していくキャンディの姿は本当に感動的です。正に少女マンガの王道を行く作品と言っても過言ではない作品だったと私は思ってます。


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