ときめきメモリアルショートストーリー

いつかきっと・・


第一話『出会いはいつも体当たり』の巻

 私鉄のきらめき駅のすぐそばにコアラの銅像が立ってる。少し前に動物園に
コアラがやってきたのを記念して立てられたものなんだけど、駅前の結構目立
つところに立ってるもんで、ここって待ち合わせのメッカみたくなってるんだ
よね。
 今日は5月5日、GWの最終日だけあってあたりを見渡してみると、OL風
の人だとか学生風の人、サラリーマンっぽい人やちょっと胡散臭げな人など、
種々雑多な何人もの人があちこちでが人待ち顔で立ってる。
 かくいうあたしも今日は待ち合わせなんだけどね。

 あ、あたし、朝日奈夕子。私立のきらめき高校に通う17歳、花も恥じらう
ピッカピカの女子高生。成績はあんまり言いたくないけど、下から数えた方が
早いかな?って感じ……。一学期が始まってすぐに進路に関しての担任の先生
との面談があったんだけど、その時もさんざん絞られてしまった・・・。
 でも成績は悪くても顔やスタイルには少々自信があるのよ。ま、うちの学校
はいろんなタイプの美少女が揃ってたりするんで、学校中のアイドルとまでは
いかないのがちょっと癪だけど……。
 今日は隣町にこの間出来たばかりの新しいコンサートホールのこけら落とし
でprfっていう人気バンドのコンサートが開かれるってんで、それを見に行
くために待ち合わせなんだ。
 待ち合わせの相手は早乙女好雄っていう冴えない男。女の子のデータをチェ
ックするのが趣味っていう変な奴。勿論、本命なんかじゃないんだけど、中学
時代からの腐れ縁って奴で時々一緒に出かけたりしている。
 でも変な奴の割りには情報を仕入れるのが早かったり、今日みたいなチケッ
トを取るのがとっても難しいビッグイベントでも、どこにどう手を回したのか
知らないけど、しっかりチケットを確保してきたりとか、そういうところは結
構重宝な奴なんで時々は付き合ってやってるんだ。そういう訳で今日は好雄と
デートということになってて、さっきからずっとコアラの銅像の前で待ってる
んだけど……、

 遅い!!

 もう約束の時間を10分も過ぎてる。このあたしが時間に遅れなかったばか
りか、なんと5分も早く来たっていうのに、なに考えてんだあいつは!! 女
の子に待ちぼうけを食わせるなんてサイテーだよね。
 そもそもあたしは待たされるのって大嫌いなんだよね。そんなことはあいつ
だって百も承知してる筈……。なのに待ち合わせに遅れるなんて許せない!

「あいつ〜、来たらただじゃおかないから……。」

 あたしはちらっと時計に目を走らせて、イライラしながら独り言を言った。
もし今日のデートの相手が本命のあの人だったらこんなにはイライラしないで
済んだかもしれない。少しくらいの遅刻なら大目に見てあげようという気にも
なっただろう。でも今日のデート相手は好雄だ。好雄ごときにそんな寛大に気
持ちになれる訳はないのだ。
 もしあたしがコンサートのチケットを持っていたら、好雄なんかほっぽって
先に出かけちゃうんだけど、あいにくチケットは好雄が持ってるんだよね。
 たく、もう・・・。あたしの大好きなprfのコンサートじゃなかったら、
さっさとどっか別のところへ行ってしまうんだけど……。
 あたしは腹いせにたまたま足元に転がっていた少し大きめの石ころを思いっ
きり蹴飛ばした。するとあたしのイライラが石ころにパワーを与えたのか、そ
の石ころはやけに勢いよく弧を描きながら飛んでいった。そして……。

「いってぇ〜、なにしやがる」

 石ころの飛んで行った方向から声が聞こえてきた。
 おっとっと・・、何気なく蹴飛ばしただけなんだけど、誰かにぶつかったら
しい。慌てて謝ろうと思って声のした方に目をやると、そこにいたのはチンピ
ラ風の若い男の二人づれだった。その内の一人が痛そうに向こう脛をさすって
いる。

 風体から判断するとどうやら古式不動産の若い連中らしい。古式不動産って
のはこの街でも一番大きな不動産屋さんで社長は伊集院家に次ぐ大金持なんだ
けど、今の社長が一代で築き上げたというだけあって、そこに至るまでは結構
あくどいこともしてきたらしい。今でも古式の社員というと柄の悪い連中が多
くて街の人たちは胡散臭い目で見て、出来るだけ関わり合いにならないように
してるんだ。
 あたしは古式不動産の社長の一人娘のゆかりって子とは友達だから、時々古
式邸には遊びに行ったりしてて、そういう時はコワモテのおじさんたちも丁寧
に応対してくれるんだけど、ゆかりが一緒でない時にはあまり関わり合いにな
りたくない連中であることは言うまでもない。

 チンピラたちは剣呑な目つきをしてあたしに近づいてきた。運悪く向こう脛
に石が当たった男は大袈裟にびっこを引いている。こりゃ、ちょっとやばいか
も……。
 よりにもよって何気なく蹴飛ばしただけの石ころがあんな奴にぶつかるなん
て、あ〜、なんてついてないんだろ……。そもそも好雄の奴が悪いんだ!! 
あいつがあたしを待たせたりしなかったらこんなことにはならなかったんだか
ら・・・。て、そんなこと言ってる場合じゃないんだけど……。

「おい、今、俺に石をぶつけたのはあんただよなぁ。」
 チンピラAが目に剣呑な色を湛えてあたしに話し掛けてきた。(あ、チンピ
ラ二人を区別する為に石がぶつかった方をチンピラA、もう一人の弟分風のチ
ンピラはチンピラBと呼ぶことにするね。)
「ひでぇことしやがる。やい、この落とし前はどうつけてくれるんでぃ。」
 チンピラAはドスを聞かせた声であたしに因縁をつけてきた。
「あ、あの、ご、ごめんなさい、わざとじゃないんです。」
 あたしは慌てて男に向かって謝った。
「わざとじゃないって? わざとじゃなかったら他人に怪我させてもいいって
のか? ええっ?」
「いえ、そういうつもりでは……。」
「いってぇ、もしかすると骨にひびが入ってるかも知れねーぜ。」
 チンピラAは大袈裟に顔をしかめて痛そうにしている。
 何、言ってんのよ、かよわい女の子がなにげなく蹴飛ばしただけの石ころが
当たっただけで、骨にひびなんか入る訳ないじゃない!!
とは思ったものの、こんな連中を相手に面と向かってそんなことを言う度胸は
なかった。

「なんだ、結構かわいいお姉ちゃんじゃねーか。あんたの態度次第じゃ許して
やらんこともないぜ。」
「態度次第って……。」
「今日一日、俺達と遊んでくれたら、帳消しにしてやらあ。」
 チンピラたちはスケベそうな目つきであたしをしげしげと見つめながら言っ
た。冗談じゃないよ、なんであたしがあんたらなんかと……。あたしには心に
決めた大切な人がいるんだからね!!(とは言っても今のところ片思いなんだ
けど……。)

「あっ!! コアラが空を飛んでる!!」
 あたしはいきなり空を指差して叫んだ。
「えっ!?」
 チンピラたちがあたしの叫び声につられて思わず空を見上げたその隙にあた
しはチンピラたちの間をすり抜けて走り出した。
 こういう時は逃げるに限る。あたしはすたこらさっさと一目散にその場から
逃げ出した。
「あっ、この野郎、待ちやがれ!!」
 二人は慌ててあたしを追いかけてきた。ふん、追い付けるもんなら追い付い
てみな。あたしは体育の成績はそんなにいい訳でもないし、運動部にも入って
ないけど、こと逃げ足にかけては誰にも負けない自信があるんだから……。
 心の中で舌を出して見せながら、駅前の商店街に入って、人ごみをかき分け
ながら逃げ回った。
 しかし敵も去るもの……、しつこく追いかけてくる。ちょっと、いい加減に
してよ!!

 あたしは逃げ足の速さには自信があるんだけど、持久力には自信ないんだか
らぁ……。あいつらきっとあたしが美少女だからあんなにしつこいのよ。あ〜
あ、美少女に生まれるのも時には不便なものよね。
 すっかり息が上がってしまって、少々、うんざりし始めたところに悪いこと
は重なるもので、狭い路地に駆け込んだ時、あたしはうっかり誰かにぶつかっ
て尻餅をついてしまった。
「いった〜い。ちょっとあんた!! なんだってこんなところにつっ立ってん
のよ!!」
 あたしは尻餅をついたまま、ぶつかった相手を怒鳴りつけた。

「ああ、すまねえな。でもあんたの方がぶつかってきたんだぜ。」
 あたしがぶつかった相手はぼさぼさ頭で不精ヒゲをはやしている、なんだか
冴えない風体をした年の頃は20代後半くらいのおじさんだった。ぼさぼさの
頭を掻きながら当惑したような顔をしてあたしを見てる。
「何言ってんのよ、こんな狭い通りでボケッと突っ立ってる方が悪いに決まっ
てるじゃない、通行の邪魔よ!」
 あたしはそう言い返したんだけど、おじさんは私の言葉にも答えず黙ったま
ま更に困ったような顔をしてあたしを見つめていた。
「なによ、何見てんのよ!」
 あたしが言うと、
「どうでもいいけど、あんたパンツ見えてるよ。」
 おじさんが答えた。
 うっ、やべ……。今日はミニスカートなんかはいてたんだ……。好雄って奴
は基本的にスケベな男なもんでミニスカとか大好きなんだよね。どうでもいい
男ではあるけど、コンサートに誘ってくれたのは嬉しかったし、一応はデート
だってんでサービスのつもりで今日はミニスカートをはいてきたんだ……。
「うるさい、このスケベ!!」
 あたしは慌ててスカートをおさえて立ち上がると真っ赤になって、もう一度
おじさんを怒鳴りつけた。

「いたいたあそこだ!」
「もう逃がさねえぞ!」
と、その時さっきのチンピラ二人組の声が聞こえてきた。やばっ、うっかり忘
れてたけどあたし追われてたんだ。
「お兄ちゃん、助けて、あの人たちエッチなことをしようとするの。」
 あたしは咄嗟に、今、ぶつかったおじさんの後ろに隠れるようにして言った。
「誰があんたのお兄ちゃんなんだよ。」
 おじさんは迷惑そうに顔をしかめてあたしを睨みつける。
「ちょいと兄さん、その女をこっちに渡しな。」
 チンピラたちはあたしたちに気付くと脅すような声音でそう言って近づいて
きた。

「あんた一体何をやらかしたんだ?」
 おじさんはあたしとチンピラたちを見比べるようにしながら言った。
「な、なんにもしやしないわよ」
「こいつは俺に石をぶつけて足に怪我をさせやがったんだよ。おお、いてて、
この治療費は高くつくぜ。」
 チンピラAが取ってつけたように足をさすりながら顔をしかめて言った。
「ふーん、足に怪我をねぇ。その割りには元気よく走ってたように見えたが…
…。」
「う、うるせぃ! がたがた言ってねえでその女をこっちに渡しな。痛い目に
合いたくないならな。」
「いやだ、と言ったら?」
「なんだと、この野郎!! おい、俺達を誰だと思ってやんでぃ。俺たちゃ古
式不動産のもんだぜ。素直に言うことを聞いた方が身の為だぜ。」
 チンピラたちはおじさんに凄んで見せる。でもおじさんは別にびびった様子
もなく平然としている。結構度胸が座ってるみたい。

「それがどうした。古式だか、新式だかしらねーが、若い女の子に因縁つけて
追い回すなんて、あんまり感心しないな。」
 おじさんはチンピラたちを挑発するように言った。
「なんだと!! こいつぅ、やっちまえ!!」
 チンピラたちは怒り心頭に達した様子でおじさんに殴り掛かってきた。
「ちょ、ちょっとあんたたち二人がかりなんて卑怯よ!」
 あたしは叫ぶ。そんなあたしにおじさんはぎこちなくウインクをしたかと思
うと、
「大丈夫、こんなチンピラ、どうってことねーよ。」
 そう言ってチンピラたちに向き直った。最初に殴りかかってきたのはチンピ
ラBだった。おじさんはチンピラBの拳を軽くかわすと鳩尾に膝を入れた。思
わずうずくまるチンピラB。そして少し遅れて飛び掛かってきたチンピラAの
胸倉を無造作につかむとあっという間に投げ飛ばした。

 その間僅か数秒……。つっよ〜〜い!! 相手はこの町でも悪名高い古式の
チンピラよ。それも二人を相手にあっと言う間にやっつけてしまうなんて……。
「ふん、他愛のない。喧嘩を売るなら相手を見て売るんだな。」
 おじさんはつまらなそうにポンポンと両手をはたきながら、そう言ってチン
ピラたちを見下ろしている。
 チンピラたちは暫く地面にうずくまってうなってたんだけど、やがて起き上
がると“覚えてやがれ”と陳腐な捨て台詞を残して逃げて行った。
「生憎、俺は記憶力が悪いんだ。いちいち覚えてられるかよ。」
 おじさんは逃げて行くチンピラたちの背中に向かって言うとあたしの方を振
り向いた。

「もう大丈夫だ、お嬢ちゃん。あんな連中とはあんまり関わらないようにした
方がいいぜ。」
 あたしは暫く呆気に取られてたんだけど、おじさんに声を掛けられて我に返
った。
「あ、ありがと。でも好きで、関わった訳じゃないよ。あいつらが無理矢理因
縁をつけてきて……。」
「そりゃそうだろうけどな。」
「それにしてもおじさん、強いんだね。古式のチンピラをあっと言う間にやっ
つけちゃうなんて……。」
「なあに、あいつらが弱すぎただけさ。それにそのおじさんってのはやめてく
れよ。俺はまだ20代だぜ。」
「あ、ごめん、でもそれじゃなんて呼べばいいの?」
 ふうん、20代ねぇ・・・。でも大台すれすれって感じだし、あたしからみ
たら立派なおじさんだよ、と、いう台詞が咽喉まで出かかったんだけど、グッ
と呑み込んであたしは訊ねた。

「俺は留ってんだ。」
「ふうん、留さんかぁ。あたしは朝日奈夕子。きらめき高校の三年生なんだ。」


                           <つづく>

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