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     _/    _/_/      _/_/_/      国柄探訪:「心を寄せる」ということ
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       _/  _/    _/  _/  _/_/                           19,545部 H12.01.09
 _/   _/   _/   _/  _/    _/  Japan On the Globe(120)  国際派日本人養成講座
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■1.石一つさえ拭われて■

     平成9年1月2日、島根県隠岐島沖でロシアのタンカーが重
    油1万9千トンを積んだまま沈没し、流出した重油が日本海沿
    岸各地をどす黒く汚染した。しかし、その後、沿岸住民やボラ
    ンティアの活動により、美しい渚が復元された。その渚をご覧
    になった皇后さまは次のように述べらている。

         重油流出事故に関しても、このようなことが二度とない
        ことを願う一方、災害にわたって現地の人々が示された忍
        耐と実行力、全国のボランティアによる地道な支援活動に
        は、深い敬意を覚えます。日本海のいくつもの渚が、その
        石のひとつひとつまで人々の手にぬぐわれ元の姿に戻され
        たことを、これからも長く記憶にとどめたいと思います。
        [1,p341]

     この時の感銘を詠われたのが、次のお歌である。
    
            日本海重油流出事故
        汚染されし石一つさえ拭われて清まりし渚あるを覚えむ

■2.心を寄せつつ■

     このお歌を読んで、次のように評した人がいる。
    
         大震災ではお世話になったとて、今度は関西の某高校が
        バスを連ねてボランティアに馳せ参じたりもした。この国
        の人たちはロシアに恨みつらみを言う前に、お互いに助け
        合うのである。石ひとつひとつの油の汚れをぬぐうという
        気の遠くなるような作業を黙々とやる国民である。
        [2,p147]

     このように国民が相互に「助け合う」姿を、皇后さまは今後
    のあるべき社会の姿として考えられている。

         新しく開けてくる世紀には、家族の価値が見直されると
        ともに、家族の枠組みを超えて社会が連帯し、人々が今ま
        で以上に相互に助けあっていく時代が来るのではないでし
        ょうか。この力強い連帯の中で、私も社会の出来事に心を
        寄せつつ、人々と助け合って、同時代を生きたいと思いま
        す。[1,p348]
        
     このメッセージの中心は、「連帯」「助け合って」であるが、
    その前提となるのが、「心を寄せつつ」であろう。このやさし
    い、ありふれた言葉に、どれだけの豊かな、深い意味が込めら
    れているのか、具体的に皇后さまのお歌からたどってみよう。

■3.移り住む国の民とし老いたまふ■

            平成7年歌会始御題 歌
        移り住む国の民とし老いたまふ君らが歌ふさくらさくらと

     平成6年6月23日、米国ロサンゼルスの日系人引退者ホー
    ムを慰問された折のお歌である。この時の写真を見ると和服姿
    の皇后様が腰をかがめて、深く頭を垂れた老女の手をとられて、
    何事かを語りかけていらっしゃる。わざわざの和服姿は、老人
    たちの望郷の思いに沿いたいとの思し召しであろうか。
    [2,p101]
    
     米国でもブラジルでも、日本人は出稼ぎや異邦人としてでは
    なく、移住した国に溶け込んで立派な国民として生きていこう
    という姿勢が強かった。第2次大戦中の排日の嵐の中で、日系
    青年たちは米国に忠誠を示そうと、強制収容所から志願してヨ
    ーロッパ戦線に出征し、多大な死傷者を出しながらも、米国戦
    史に残る功績をあげた。
    
     このホームの人々は、そうした兵士やその家族として、悲し
    くも雄々しい一生を生きてきたのである。「さくらさくら」と
    祖国への思いを秘めながら、それを支えに「移り住む国の民と
    し」て立派に生き抜いてきた老人たちの一生に、皇后さまは深
    く心を寄せられているのである。

■4.風はこびこよ木の香花の香■

            多摩全生園を訪ふ
        めしひつつ住む人多きこの園に風はこびこよ木の香(か)
        花の香

     平成3年3月4日、国立療養所多摩全生園を訪ねられたとき
    のお歌である。同園は明治42(1909)年創設された日本最初の
    ハンセン病療養施設で、両陛下は二度目のお見舞いであった。
    [2,p56]
    
     失明した患者達に、春浅き庭の木の香り、花の香りを運んで
    欲しいと風に祈られたものである。「風はこびこよ」と緊迫し
    たご表現に続き、「木の香花の香」と「か行」音をたたみかけ
    る語調に、皇后さまの祈りの一途さが偲ばれる。
    
         私の目指す皇室像というものはありません。ただ、陛下
        のお側にあって、すべてを善かれとお祈り続けるものであ
        りたいと願っています。[2,p332]
    
     人々に心を寄せれば、それはかならずその人々に「善かれ」
    と念ずる祈りにつながるのである。

■5.語らざる悲しみもてる人あらむ■

           英国にて元捕虜の激しき抗議を受けし折、かつて
          「虜囚」の身となりしわが国人の上もしきりに思はれて

        語らざる悲しみもてる人あらむ母国は青き梅実る頃
        
     平成10年5月に英国を訪問された時に、大戦中、日本の捕
    虜だった旧軍人の一部がプラカードを突きつけ、両陛下に背を
    向けて、かつて日本軍から受けたという残酷な仕打ちに抗議し
    たのであった。両陛下は無名戦士の墓に花を捧げられ、両国の
    和解に心を尽くされた。[2,p163,p227]
    
         英国では、元捕虜の人たちの抗議行動があり、一つの戦
        争がもたらす様々な苦しみに思いをめぐらせつつ、旅の日
        を過ごしました。先の戦争で、同様に捕虜として苦しみを
        体験した日本の人々のことも頻りに思われ、胸塞ぐ思いで
        した。傷ついた内外の人々のことを、これからも忘れるこ
        となく、平和を祈り続けていかなければと思います。
        [1,p350]
        
     万葉集研究等で何冊もの著作をものされている廣瀬誠・元富
    山県立図書館長は、このお歌に対して、「日本人の悲しみと目
    に沁む梅の実の青い色とが渾然とひとつに溶けて、ひしひしと
    読者の心を打つ」と評された。[2,p228]
    
    「語らざる悲しみ」を抱きつつも懸命に生きる人々は、やがて
    心中に美しい青色の実を実らせるのだろう。その生き様に心を
    寄せられたお歌である。
    
■6.澄みきった目■
    
            大震災後三年を経て
        嘆かひし後の眼(まなこ)の冴えざえと澄みゐし人ら何方
        (いづかた)に住む
        
     両陛下は、阪神淡路大震災の2週間後に被災地をお見舞いさ
    れた。この時のことを、皇后さまは次のように語られている。
    
         言語に絶する災害の場で、被災者により示された健気な
        対応と相互への思いやりに、深く心を打たれました。今も
        一人ひとりが多くを耐えつつ、生活しておられることと察
        します。時をかけて、被災者の心の傷が少しずつ癒されて
        いくことを願いつつ、被災地のこれからの状況に心を寄せ
        続けていきたいと思います。[1,p336]
        
     自らの嘆きにおぼれることなく、互いの助け合いに立ち上が
    った人々の「冴えざえと」澄みきった目を思い出しながら、そ
    れらの人々のその後の生活に、心を寄せられているのである。


■7.複雑さに耐えて生きていく人々■

     重油で汚れた一つひとつの石を拭う人々、異国でその国民と
    して懸命に生きる人々、失明してもくじけずに病と戦う人々、
    戦争の悲しみを秘めつつ生きる人々、震災の嘆きに負けずに助
    け合う人々。皇后さまが歌われた人々には、一つの共通点があ
    る。
    
     皇后さまは一昨年のご講演で、古事記などの読書を通じて
    「私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないとい
    うこと」を学んだと語られた。皇后さまが歌われたこれらの人
    々は、まさにそれぞれの人生の複雑さ、運命の重みに耐えなが
    ら、健気に雄々しく生きる人々である。[a]

         ・・やはり努力をしている人々の仕事に対して、それを
        いつも誰かが見ていて、そして、よくあれかしと願ってい
        るということは、大事なことではないか、また、大勢の人
        がそういう気持ちでいるというようなことは、形に出なく
        とも大事なことだと思っております・・[1,p353]
        
     国際的な分野で仕事をしている人を念頭におかれたお言葉だ
    が、より広く、それぞれの人生の複雑さに耐えて生きている人
    々全体に向けられたものと捉えてもよいであろう。皇后さまは
    このようなお気持ちで、人々に心を寄せ、背後から暖かい視線
    を注がれているのである。
    
     皇后さまのお歌を通じて、そのような心持ちが広く国民の間
    に広がれば、それが「連帯」と「助け合い」の基盤となる。

■8.皇室の伝統的精神■

     皇后さまのこのような姿勢は、皇室の伝統的精神を昭和天皇
    や今上陛下から受け継がれたものである。
    
     今上陛下も「心を寄せる」というお言葉をしばしばお使いに
    なり、それが皇室の本質的なあり方であると言われる。
    
         政治から離れた立場で国民の苦しみに心を寄せたという
        過去の天皇の話は、象徴という言葉で表すのに最もふさわ
        しいあり方ではないかと思っています。私も日本の皇室の
        あり方としては、そのようなものでありたいと思っていま
        す。

     歴代の天皇が国民生活に心を寄せられた様を、いくつかの御
    製(天皇のお歌)から紹介しよう。

          (阪神大震災のお見舞いでの御製 今上陛下)
        なゐ(=地震)をのがれ戸外に過す人々に雨ふるさまを見
        るは悲しき[b]

          終戦時の御製 (昭和天皇)
        爆撃にたふれゆく民のうえをおもひいくさとめけり身はい
        かならむとも[c]

          北海道夕張なる若鍋炭山の爆発しける時 (大正天皇)
        うもれたる国のたからをほる人のあまたうせぬときくぞ悲
        しき
    
          (日露戦争時の御製 明治天皇)
        いたで(戦傷)おふ人のみとりに心せよにはかに風のさむく
        なりぬる[d]

     わが国の長い歴史で、皇室と国民とが相対して権力を争いあ
    うようなことはほとんどなかった。皇室はいわば国民の背後に
    あって、その様を見守り、苦しみに心を寄せ、安寧を祈られて
    きたのである。
    
■9.青年は目を見開きて立つ■

    「人々が今まで以上に相互に助けあっていく時代」をもたらす
    には、皇室が国民生活に御心を寄せられるが如く、国民相互が、
    お互いの苦しみ、悲しみに心を寄せ合っていくことが前提であ
    る。その中で、青年の果たすべき役割は重要である。

            サッカー・ワールド・カップ
        ゴール守るただ一人なる任にして青年は目を見開きて立つ

     わが国が初出場を果たしたワールド・カップ・フランス大会
    では、世界の強豪を相手に堂々の戦いを演じ、特にゴールキー
    パーを中心とする守りは見事であった。「任(にん)」「立
    つ」という短くも鋭い語調は、ただ一人ゴールを守って立つ青
    年の凛とした姿と照応している。
    
     ここで気づくべきは、このゴールキーパーは、チームの一員
    として、他のメンバーと共に戦っていることだ。それぞれの
    「任」を凛として果たそうとする青年たちが、お互いに心を寄
    せ合い、力を合わせれば、世界の一流チームに対しても立派な
    試合ができる。
    
     このお歌は、これからのわが国の将来を担って、国際社会に
    活躍しようとする国際派日本人に向けた皇后さまからのエール
    であろう。

■リンク■
a. JOG(069) 平和の架け橋
     他者との間に橋をかけるためには、「根っこ」と「翼」を持
    たねばならない。皇后さまのご講演。

b. JOG(112) 共感と連帯の象徴
     沖縄の地に心を寄せつづけた陛下

c. JOG(101)鈴木貫太郎(下)
     終戦の聖断を引き出した老宰相。

d. JOG(048)「公」と「私」と 
  山桜集や歌会始の入選歌にも見られるように、日露戦争は一人
 一人の将兵とその家族が「私情」を吐露しつつ、それを乗り越えて
 「公」のために立ち上がった戦いであった。

■参考■
1. 「道 天皇陛下御即位十年記念記録集」、宮内庁、日本放送出
   版協会、H11.10
2. 「平成の大みうたを仰ぐ」、国民文化研究会編、展転社、H11.11

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■前120号「国柄探訪:『心を寄せる』という事について

                     福岡の松田さんより

     正月第一号の皇后様のお話やお歌は何度お聞きしてもその度
    に心が洗われ、日本人に生まれた幸を思います。私の妻も同様
    です。

     ホームページで色々と見ていると保守と自認しているような
    人が色々と天皇制(嫌な言葉ですが)について論じていますが
    日本の国柄は理論ではありませんね。心ですね。大和心の分か
    らぬ人は右翼であろうと左翼であろうと結局、日本の国体につ
    いては理解できないでしょう。私は国民文化研究会でこの大和
    心、つまり和歌の心を勉強しております。日本人皆で和歌を大
    切にしていきましょう。

                   岡山のMoMotarouさんより

     ある時ニュースを見て感激したのですが、山形国体のときだ
    か天皇陛下が開会の辞を述べられてるときに、暴漢がせまって
    きました。皇后陛下はいち早く気がつかれたようで、読まれて
    る陛下の前に進まれ暴漢との間に入ったようです。

     これは日ごろから修養していないとできない身のこなし方で
    大変感激しました。私なら後ろに逃げます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     今回も多数のお便りありがとうございました。松田さんの言
    及された「国民文化研究会」とは、120号の参考文献2で挙げ
    た「平成の大みうたを仰ぐ」を発行している団体です。JOG
    の編集方針は、具体的な事実を提示して、読者が自らの心で感
    じ、自らの頭で考えてもらおう、というものです。皇室のこと
    も、観念的な理論からではなく、まず両陛下が具体的に何を思
    われているのか、という事実をお歌から直接読み味わうのが、
    健全なアプローチであると思います。
    
     Momotarouさんのご指摘の事実は、平成4年10月、山形県
    天童市で行われた「べにばな国体」の会場で、天皇陛下がお言
    葉を述べられている最中に、発煙筒をなげつけられた事件のこ
    とです。
    
     69号で紹介した皇后陛下のご講演では、愛する皇子の任務
    遂行のために、自らを犠牲にされた弟橘比売命(おとたちばな
    ひめのみこと)の物語を幼い頃に読んで、「愛と犠牲という2
    つのものが、・・・むしろ1つのものとして感じられた」と述
    べられています。本編でご紹介したように、昭和天皇がすべて
    の責任をとろうとされ、また笹川良一が死を覚悟して巣鴨に入
    っていったのも、この「愛と犠牲」に通ずる精神なのでしょう。

                        安達さんより

     いつもおもしろく、ためになるお話ありがとうございます。
    読むたびに目からウロコです。私は小学校の教師をしています
    が、送られてくるお話のうち「これは!教材になる」と直感し
    たものは印刷してストックしてあります。今度6年生を担任し
    たときにこのうちのいくつかを教材化して社会科の「日本の歴
    史」や「世界の人々のくらし」などの授業にかけてみたいと思
    っています。
    
■ 編集長・伊勢雅臣より
     小学生の教材にまで使っていただけるとは、うれしい限りで
    す。本講座は、専門的知識ではなく、国民の常識として知って
    おいていただきたいこと、考えていただきたいことを提供して
    います。これからも小学生から年配の方まで幅広い年代に読ん
    でいただける内容を目指したいと思います。

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