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     _/    _/_/      _/_/_/  The Globe Now: 蘇るアフリカの大地(上)
        _/  _/    _/  _/            〜笹川グローバル2000の開始〜
       _/  _/    _/  _/  _/_/                           21,467部 H12.02.13
 _/   _/   _/   _/  _/    _/  Japan On the Globe(125)  国際派日本人養成講座
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■1.あなたの国の豊かさをほんの少しでも分かち与えてくれ■

     1985年1月、山本栄一氏は新聞社特派員としてエチオピアを
    訪れた。餓死者2百万人と言われる大飢饉の状況をレポートす
    るためであった。山本氏は次のように書いた。
    
         女は幽鬼のように痩せ衰え、生気のない虚ろな目を宙に
        さまよわせていた。汚れたシャンマ(肩衣)に身を包み、
        よろよろとよろめきながら、猛烈な悪臭を放っている。そ
        れは死臭のように思われた。と、泥と糞尿のぬかるみに倒
        れこんで、そのまま動かなくなった。
        
     避難民センターの総合事務所に置かれた黒板には、日付の下
    に285、342、246、301、、、といった数字が書き
    込まれていた。毎日の死者の数である。
    
     避難民の中に、英語の分かる一人の小学教師が、山本氏に語
    った。
    
         そうか、あなたは日本人か。村にたった1台、日本製の
        ラジオがあってね。バッテリーもなく、とうに音は出なく
        なっていたが・・・。
        
         こんな素晴らしい機械をつくる日本という国はどんな国
        だろうと、よく考えたものだ。驚くほど豊かな平和な国と
        いうではないか。そんな恵まれた国の人が、食料もなくこ
        うして惨めに死んでいく貧しい国の人間のことを想像でき
        るだろうか・・・。
        
         よく見てくれ。見ていってくれ。この哀れな人間たちを
        よく見て、こんな人間たちがいることをあなたの新聞に書
        いてくれ。
        
         そして同じ人間に、あなたの国の豊かさをほんの少しで
        も分かち与えてくれ。われわれだって皮膚の色や言葉は違
        っても、生きている同じ人間なのだから。[1,p17-20]
        
     翌日、山本氏が缶詰を持って、この教師に会いに行ったが、
    すでに前の晩になくなっていた。
    
     しかし、この小学教師の悲痛な願いは、わずか10年後に実
    現される事になる。「世界は一家、人類みな兄弟」と唱え続け
    た笹川良一のイニシャチブによって。
        
■2.見てくれ、この豊作ぶりを■

     それから10年後の1995年9月、笹川グローバル2000プロジ
    ェクトの主催者である笹川良一の子息で日本船舶振興会(現在
    の日本財団)を継いだ笹川陽平理事長、緑の革命の創始者であ
    るボーログ博士、そしてカーター元アメリカ大統領をはじめ、
    世界の農業専門家約150人がエチオピアを訪れた。約百名の
    男女の農民が歓迎の踊りを始めた。
    
         見てくれ、この豊作ぶりを。こんないっぱいの収穫を喜
        べるのは何年ぶりのことだろうか。やっと農業に希望を持
        つことができるようになった。
        
     汗まみれのの顔を喜びに輝かせながら、農民のアクセル・テ
    フランが語った。その傍らでこれまた農民のグルマが言い添え
    た。
    
         収入が倍になる見通しがついた。長い間望んでいた自転
        車が買えるようになるかと思うと、うれしくてしょうがな
        い。8歳の長男もなんとか毎日、学校にも通えるようにな
        る。いずれはオートバイを手に入れて、アジスアベバにも
        買い物に行くことができる。[1,p14-16]

     エチオピアのゼナウィ首相は96年10月にこう語っている。
    
         今年も大豊作は間違いない。穀物は昨年、すでに自給自
        足に達した。今年は輸出ができると確信している。むろん
        広い国土の中には生産の低い地域がないわけではないが、
        わが国の願望であった自給体制はついに確立されたことに
        なる。だれがこれほど速い変革をこう予測しただろうか。
        最低でも20年はかかるとみなされていたものだ。
        [1,p158]
    
     これだけの変革を生みだした笹川グローバル2000プロジェク
    トの足跡をたどってみよう。
    
■3.砂漠化と飢饉に直面するアフリカ諸国■

     16世紀初めにエチオピアを旅行したポルトガルの僧侶アル
    パレスは、「こんなに穀物や家畜の多いところは、世界にまた
    とあるまい」と記録している。それが一転してなぜ世界最悪の
    飢餓地帯になってしまったのか?
    
     原因の一つは森林の乱伐である。アルパレスが旅行した頃、
    エチオピアの国土は70%が森林に覆われていた。それが1981
    年にはたった3.1%となり、40%が砂漠化してしまった。
    
     人々は日常の生活燃料として薪を求める。家畜も草を根から
    食い尽くしてしまう。植生を失った表土には、雨が降っても水
    を貯える力がない。水蒸気が発生しないので、雲ができず、雨
    も降らなくなる。その結果、ますます緑が育たなくなる、とい
    う悪循環である。
    
     飢餓のもう一つの原因は、農政の失敗である。74年に若手の
    軍人集団が実権を握り、君主制を廃止して、国家統制による社
    会主義経済を目指した。農地は国有化され、小作農民に分配さ
    れたが、農機具も、種子も、肥料も与えられないまま、税金だ
    けが増やされ、農民の生産意欲は低下するばかりであった。
    
     さらにエチオピア政府は、当時のソ連のコルホーズを真似て、
    国営農場の開発に注力したが、ソ連と同様、悲惨な結果に終わ
    った。
    
     アフリカの多くの国々において、同様の過程で貧困が広がっ
    ていった。1日1ドル以下で暮らす貧困層が、約2億人いる。
    人口の4人に3人までが農民なのに、食糧自給にはほど遠い。
    80年から93年にかけて、一人あたりGNP(国民総生産)
    が年率0.8%づつ下がり続けた。
    
     エチオピアの飢饉は、一国だけの問題ではない。アフリカの
    多くの国々が直面する問題であり、スーダン、ソマリア、モザ
    ンビークなどの周辺諸国も、深刻な飢饉に陥る気配を見せてい
    た。[1,p25-38]

■4.魚を与えるよりも、魚を釣る方法を教えよ■

     エチオピアの大飢饉に対して、日本船舶振興協会理事長・笹
    川陽平氏はイギリスのミラー・コンツェルンから援助のために
    10万ポンド(約3500万円)の拠金を要請された。陽平は
    父の笹川良一会長の許可を得て、拠出を即決した。
    
     陽平が救援物資が無事届いたことを報告すると、「それは結
    構。だが、、、」と良一は言った。
    
         飢えたものに一匹の魚を与えるよりも、魚を釣る方法を
        教える方がずっと効果的で価値があるのではないかな。飢
        えに苦しむ国の人々が、いつまでも他国の援助を求めず、
        自力で増産に取り組めるようになることが肝心だ。そのお
        手伝いをすることを、われわれの目的にすべきではないだ
        ろうか。
    
     そこで良一が思い出したのは農業生産を2倍にする「緑の革
    命」研究でノーベル平和賞を受賞した米国の農学者ボーログ博
    士であった。良一は陽平に早速アメリカに飛んで、博士に協力
    を要請するよう指示した。[1,p41-49]

■5.笹川グローバル2000プロジェクトの誕生■

     博士は陽平の要望にじっと耳を傾けていたが、話が終わると
    あっさり「無理だろうな」と答えた。自分はもう若くないし、
    また資金も湯水のごとく必要になる、という。
    
     博士の答えを良一に電話で報告すると、回答は至極簡単なも
    のだった。「博士はまだ70歳、わしは85歳だ。資金面について
    も何の懸念もいらない。財団としては、アフリカ食糧問題の解
    決のため、どんな要望、要求にも応じる」と答えた。
    
     翌日、良一の回答を伝えると、「そこまで言われるのか」と
    博士の心は動いた。博士はさらにアフリカは政治的に難しい国
    ばかりなので、にらみを利かしてくれる国際政治家の大物がバ
    ックにほしい、と前大統領ジミー・カーターの名を挙げた。
    
     即座につてをたどって、カーターに協力を要請すると「素晴
    らしいが、このようなプロジェクトの大半が掛け声だおれに終
    わってしまう」と懸念を示した。
    
     そこで良一の提案の下に、世界の著名な農学者、経済学者な
    ど30名を、スイスのレマン湖畔に集めて3日間の世界飢餓会
    議を開き、カーターをオブザーバーとして招待した。
    
     アフリカ農業問題で、これほど多数の専門家が一堂に会して
    真剣に討議をするのは初めてだった。この真摯な議論にカータ
    ーは感動して協力を了承した。
    
     ここに笹川良一、カーター、ボーログ博士を中核とする笹川
    グローバル2000プロジェクトが誕生した。3人はがっちりと力
    強い握手をした。[1,p49-72]

■6.議長、何を言われるのか!■

     カーター、ボーログ博士、そして笹川良一・陽平親子は、
    「緑の革命」の実施国を選ぶためにアフリカ諸国の歴訪を行っ
    た。行程の最後にガーナのローリングス議長を訪れた時のこと
    である。
    
     笹川良一は議長の部屋に入ると、ガーナ国旗の前で立ち止ま
    り、深々と敬礼した。これはどこの国の国旗にも礼を尽くす良
    一のやり方であった。その様子をローリングスはじっと見てい
    た。
    
     最初にローリングスが驚くべき言葉で、会談の口火を切った。
    「ミスター・カーター、あなたはレーガンの回し者か?」
    
     ちょうど一週間ほど前、ガーナ政府はアメリカCIAのエー
    ジェントと目された外交官5人を摘発し、国外追放したばかり
    であった。カーターに反論する隙間も与えず、ローリングスは
    滔々と反米演説を始めた。横ではTVカメラが回っている。
    彼は一行の来訪を、テレビを通じての国民向けPRの機会にし
    ようとしたのだった。
    
     通訳から議長の話の内容を聞いた途端、良一の顔色が変わり、
    間髪を入れず立ち上がって、「議長、何を言われるのか」と鋭
    く言い放った。ローリングスも、この声の勢いに気押しされて、
    思わず口を閉ざした。
    
         われわれはアフリカの人々、そしてあなたの国の国民が
        飢えに苦しむのを見るにしのびず、何か力になりたいと、
        やってきたのだ。
        
         私もそれだけの目的で90歳に近い高齢を顧みず、遠い
        アジアの日本からはるばる訪ねてきた。カーター前大統領
        もまた然り。多忙な時間を割いてここに来られている。そ
        のわれわれに対して、今の発言は無礼ではないか。失言と
        して取り消されるがいい!
    
     良一の言葉を通訳から聞くと、ローリングスは急に組んでい
    た足を引っ込め、サングラスをはずして、小声で側近に何か命
    じた。側近は「議長は皆様に朝食をご馳走したいと言われてい
    ます。朝からの緊張で空腹になったそうです。」と言った。笑
    い声がもれ、部屋に安堵の空気が流れた。
    
     朝食のテーブルで真剣な話し合いが始まり、ガーナを最初の
    舞台として「緑の革命」を導入することで、完全な合意をみた。
    この会談後、カーターはこう言っている。
    
         エジプトとイスラエルの首脳が初めて会談したキャンプ
        デービッドをセットするなど、政治家としてさまざまな修
        羅場をくぐってきた私だが、一国の首脳がこれほど劇的に
        態度を急変させる姿を見たことはない。いや、驚いた。ミ
        スター笹川はなんという人物なのだろう。
    
     これを契機にローリングスは、笹川良一に非常な親近感を持
    ち、終始、真の親に対するような敬愛の情を示したのだった。
    [1,p83-94]

■リンク■
a. JOG(041) 地球を救う自然観
   日本古来からの自然観をベースとし、自然との共生を実現する
  新しい科学技術を世界に積極的に提案し、提供していくことが、
  日本のこれからの世界史的使命であるかもしれない。

b. JOG(091) 平和の海の江戸システム
   日本人は平和的に「自力で栄えるこの肥沃な大地」を築き上げ
  た。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. ★★★ 「よみがえれアフリカの大地 笹川グローバル2000
  の軌跡」、山本栄一、ダイヤモンド社、H9.4
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
                        椎名秀樹さん

     僕は今高校を卒業したばかりで大変国際情勢について興味が
    あります。ベトナムに最近一週間行って来て、大変多くのこと
    を体験しました。ホーチミンのCity内ですら、まだ小学校もい
    ってない子供がはだしで観光客相手にココナッツや宝くじを売
    り、自分の家族を守ろうとがんばっているということを実際見
    ながら、知り合いのベトナム人に聞きました。僕は大変感銘し、
    またなんで自分とこんなにも状況がちがうのだろうということ
    を体験しました。

     僕は将来日本一そして世界でも名の高い企業を作れると信じ
    ています。もし運よく私の企業がうまくいったら、必ずこのSG
    2000プロジェクトのようなものに援助しようということが私の
    目標であり夢でもあります。私は将来日本の人たちをこの現実
    に奮い立たせられるような経験をして呼びかけていきたいので
    す。

                東知世子さん(モスクワ在住)

     今回の連載、笹川良一氏についての一連は特に毎回、感銘を
    受けています。

     子供の頃、コマーシャルでたまに見た覚えがあるのと、知人
    で彼の遠縁の方から、少し話を聞き覚えていたくらいで、こん
    なに立派な方だったとは、つゆも知りませんでした。同じ関西
    人として、心から誇らしく思います。

     現在、ロシアに留学していますが、いつも日本人であること
    の有り難さや、難しさをつくづく感じます。そんなとき、同郷
    にこんなに素晴らしいことを成し遂げた先輩がいらしたのだと
    思うと、勇気が出てきます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「世界は一家、人類はみな兄弟」という笹川良一氏の呼びかけ
    に、「日本よ、ありがとう」というガーナの人の声が唱和して
    います。

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