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-----Japan On the Globe(202)  国際派日本人養成講座----------
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          _/     国柄探訪: 靖国神社の緑陰
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_/ _/_/_/        「安らかな国家」の実現こそが、靖国神社に
_/ _/_/          祀られる250万柱近くの英霊の願いであろう。
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    ===============★★★ 緊急ニュース ★★★=============
     前号で朝日新聞がweb上で靖国神社参拝に関するアンケー
    トをしている事をご紹介しましたが、8月5日に「参拝すべ
    き」が31344 票(72%)に到達したあたりで、急遽このアンケー
    ト集計を中止した模様です。8月4日朝刊には、別の世論調査
    で「慎重にした方がよい」が65%を占めた、などと報道して
    います。朝日新聞版「大本営発表」でしょう。YahooやMSN
    のアンケートでも、朝日のwebと同傾向の結果となっています。
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■1.捧げし人のただに惜しまる■

         かくばかりみにくき国となりたれば捧げし人のただに惜
        しまる

     ある戦争未亡人の歌である。夫は国のためにと一命を捧げた
    のに、その国がこんなに醜くなってしまったのでは、何のため
    の犠牲だったのだろう、という痛憤の一首である。
    
     わが国の為に一命を捧げた人の遺族に、このような思いをさ
    せている事に、心ある人々は、同じ同胞としてまことに申し訳
    ないという気持ちを持つであろう。

     作者の言う「みにくき国」とは、具体的には何なのだろう?
    生徒に権利の主張ばかりさせる教育現場、汚職の絶えない政治
    家や官僚、さらには他国に対して自己主張もできない外交、、、
    いろいろ考えられるが、最近読んだ次の一文は、遺族にこのよ
    うな痛憤を与える風潮の典型ではないか、と思った。
    
         このような状況の中で戦死した一般兵士は国の引き起こ
        した戦争の犠牲者である。しかしアジア諸国民から見れば、
        彼らは侵略国の軍隊の一員である。日本軍兵士の死は侵略
        者の一員の死である。・・・
        
         そうだとすれば、アジア諸国の人々から見れば、靖国神
        社が戦没した一般兵士の従軍を有徳行為として誉め、神と
        崇めることは、A級戦犯を祭神として祀ることに劣らず、
        アジア諸国民の心を傷つけるものである。[1,p107]
    
    「日本軍兵士の死は侵略者の死である」、日本軍に身内を殺さ
    れた東南アジア華僑がそう言うならまだしも、日本人が「アジ
    ア諸国民の心の傷」を空想して、同じ同胞に対してこんな酷薄
    な表現を平気で使う。これでは英霊の遺族は耐えられまい。
    
■2.靖国神社を護ったブルーノ・ビッター神父■

     一般兵士を祀ることすらアジア諸国民の心を傷つける、とい
    うもの言いが、いかに不道徳であるか、示してくれたキリスト
    教神父がいた。
    
     昭和20年暮れ、占領軍司令部は玉砕や特攻で発揮された日
    本軍将兵の激しい敢闘精神を根源から断とうと、靖国神社の焼
    却を計画した。指令部内では賛成意見が多数を占めたが、一応、
    キリスト教会側の意見を聞いておこうと、当時ローマ教皇庁代
    表として日本に駐在していたブルーノ・ビッター神父に見解を
    求めた。神父は以下のような要旨の回答をした。
    
         自然の法に基づいて考えると、いかなる国家も、その国
        家のために死んだ人びとに対して、敬意をはらう権利と義
        務があるといえる。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、
        平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれ
        ば、以上のことは自然に理解できるはずである。
        
         もし、靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は、米
        軍の歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残るであろ
        う。歴史はそのような行為を理解しないにちがいない。は
        っきりいって、靖国神社を焼却する事は、米軍の占領政策
        と相容れない犯罪行為である。
        
         靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源で
        あるというなら、排すべきは国家神道という制度であり、
        靖国神社ではない。我々は、信仰の自由が完全に認められ、
        神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、いかなる宗教を
        信仰するものであろうと、国家のために死んだものは、す
        べて靖国神社にその霊をまつられるようにすることを、進
        言するものである。[2,p130]
        
     マッカーサーはこの答申を尊重して、靖国神社焼却計画に中
    止の命令を出した。おそらく膨大な犠牲を出して戦った米軍将
    兵たちこそ「日本軍兵士の死は侵略者の死である」と思ってい
    たであろう。そのような憎しみの情から靖国神社を、そして米
    軍の名誉を護ったのは、このビッター神父の言葉であった。
    
■3.敵兵を弔う日本の伝統■

    「国家のために死んだ人びとに対して、敬意をはらう」という
    のは、人間的な心情の発露として世界共通であるが、この点で
    わが国の文化は特異な伝統を持っている。ひとたび戦いが終わ
    れば、敵国の死者の霊も弔うということである。
    
     二度の元寇を撃退した後、弘安5(1282)年に執権北条時宗は、
    鎌倉に円覚寺を建て、元軍10万人の死者のために1千体の地
    蔵尊を作って奉納した。
    
     秀吉の朝鮮出兵の際には、各地で敵兵の屍を埋めて弔った。
    当時の朝鮮中央の要職にあった柳成龍は、著書「懲録(ちょ
    うひろく)」の中で、「日本軍は、熊嶺の戦死者の屍をことご
    とく集め、路辺に埋葬し、その上に標柱を立て、『弔朝鮮忠肝
    義胆』と書き署(しる)した」と記録している。
    
     日露戦争が終わった後の明治40(1907)年、日本政府は亡く
    なったロシア軍将兵を弔うために、激戦のあった旅順近くの案
    子山に高さ13メートルの礼拝堂を建てた。ロシア皇帝ニコラ
    イ2世は感激して、その除幕式に自ら出席すると言い出したほ
    どである。皇帝の臨席こそ実現しなかったが、出席したロシア
    将兵や牧師たちは、「このような事は史上例がない」と感激し、
    日本を心から尊敬するようになった。日本政府が自国将兵のた
    めの「表忠塔」を建てたのは、その2年後であった。
    
     南京事件が起こったと言われる日支事変でも、総司令官・松
    井石根大将は日中両軍の戦死者を弔う慰霊祭を行い、また双方
    の戦死者の血の沁みた土を持ち帰り、それをもって熱海に興亜
    観音を建立して、両軍の英霊の冥福を祈った。[a]

■4.仇敵の肉を食らい、遺体にむち打つ中国■

     敵国の将兵をも弔う日本の文化伝統は、中国と比較するとそ
    の違いが鮮やかに見てとれる。「隋書・孝義伝」によると、王
    領は、父が陳の武帝に殺されたのを怨み、随の南征軍に加わっ
    て勇戦した。陳王朝が滅ぼされると、武帝の陵墓を暴いたが、
    親の仇を自分で殺せなかった事を思うと、怒りがこみあげて、
    その骨を焼き、灰を水に混ぜて飲み下したという。
    
     隋書に限らず、歴代王朝が創建後かならず編纂する正史には、
    「孝義伝」という項目が入れられ、怨敵、仇敵に対して、殺害
    後にその肉や肝を食い、遺体にむち打ち、あるいは骨を灰にし
    て飲むという話が数多く収録されている。
    
     死後も敵を憎むという精神は近代でも変わらず、戦時中親日
    政権を作った汪兆銘の墓は、戦後、蒋介石軍によって裏切り者
    として爆破されている。蒋介石軍は台湾でも全島の日本人の墓
    を暴き、墓石を打ち壊した。
    
     儒教の死生観では、死とは人間の精神を司る「魂」と、肉体
    を司る「魄」が分離することである。それが合体すれば、死者
    が蘇る。それを防ぐためには、墓を暴き、死体を破壊しなけれ
    ば、安心できないのである。
    
     靖国神社参拝で「軍国主義の亡霊が蘇る」というのも、中国
    人からしてみれば、現実的な恐怖なのであろう。首相の参拝に
    よって、戦犯たちの「魂」が励起され、それが墓の遺骨と合体
    すれば、まさしく軍国主義の亡霊が蘇るのである。このような
    死生観を持たない日本人は、あくまでも比喩として受け取るの
    で、どうにもピンとこない。靖国神社に参拝しただけで、たち
    まち軍国主義者になり、中国侵略を志す日本人がどこにいるの
    だろうか、と。

■5.官軍、賊軍の恩讐を乗り越えた寛容・和解の精神■

     日本人が敵の霊をも弔うのは、死は生前のすべてを浄化する
    し、人は敵も味方も死後はみな神になる、という死生観を持っ
    ているからである。死者を鞭打つどころか、死者の悪口を言う
    事すら心ない仕業として蔑まれる。
    
     この死者への優しさは、争いから生じた相互の憎しみの心を
    和らげ、平和で寛容の精神を恢復させる。そもそも靖国神社は
    明治維新の際の戊辰戦争での官軍側の戦死者を弔う慶応4年の
    招魂祭を起源としているが、「朝敵」として死んだ幕府側の戦
    死者の霊はどうするか、という問題が残った。
    
     明治5年、明治政府は賊軍の追忌のための墓標の建設を許し、
    さらに、7年には戦没者遺族が賊軍ゆえにその祭祀を憚ってい
    ることから、堂々と祭祀を執り行うようお達しが出されている。
    
    「朝敵」徳川慶喜は大きく減封されたとは言え、駿河70万石
    は安堵された。五稜郭で最後まで抵抗した榎本武揚は一時獄に
    つながれたが、命を助けられ、やがて新政府に出仕して栄達の
    道を歩んだ。
    
    「官軍」「賊軍」の恩讐を超えて、明治日本がいち早く国民国
    家としてまとまったのも、両軍の死者を祀って、寛容と和解の
    精神を引き出したからであろう。狭い地球であまたの民族が肩
    寄せ合って住む現代の国際社会を平和に保つためには、このよ
    うな寛容と和解の精神こそが不可欠である。死後にまで罪を問
    い、恨みを晴らす中国文化では、争いは絶えることがない。

■6.戦犯裁判受刑者は罪人とは見なさない、との国会決議■

     その後、靖国神社では、日清、日露から大東亜戦争と、戦乱
    の中で国事に倒れた人々の霊を祀ってきた。その中には軍人だ
    けでなく、沖縄戦で戦没した「ひめゆり」部隊などの女子学生、
    沖縄からの学童疎開中に米潜水艦に撃沈された対馬丸に乗って
    いた小学生たち、満洲開拓団員などが含まれる。全246万6
    344柱のうち、女性5万7千余柱、朝鮮人2万1千余柱、台
    湾人2万8千余柱を含んでいる。
    
     昭和27年4月28日に平和条約が発効し、日本が独立を恢
    復すると、昭和30年にかけて、遺族援護法が成立し、敵国の
    戦争裁判で刑死、獄死した人々の遺族にも、遺族年金や弔慰金
    が支給されるようになった。
    
     その中心となったのは、堤テルヨという社会党の衆議院議員
    であった。堤議員は衆議院厚生委員会で「その英霊は靖国神社
    の中にさえも入れてもらえない」と遺族の嘆きを訴えた。堤議
    員の活躍が大きく貢献して、「占領中の敵国による軍事裁判で
    有罪と判決された人も、国内法的には罪人と見なさない」、と
    いう判断基準を含んだ法改正が与野党をあげて全会一致で可決
    された。

     東京裁判は戦勝国が自国の戦争犯罪は不問にして敗戦国のみ
    裁いた点、弁護側に証人喚問の機会も与えずにその証言書を証
    拠として採用した点、また「平和の罪」「人道の罪」など勝手
    に新たな罪状を作りだして、過去に遡及して裁いた点など、お
    よそ近代法の原則を踏みにじったものであることは、今日の国
    際法学界で広く認識されている。[b]
    
    「戦争犯罪者」が靖国神社に祀られていることを非難する意見
    は国際法でも国内法でも成り立たないし、百歩譲ってそれらの
    人々が「犯罪者」であったとしても、刑を受けた死後にまでそ
    の罪を問い、恨みを晴らそうとする中国文化を、わが国が受け
    入れねばならない理由はない。

■7.先祖の霊はあの世で子孫の繁栄を見守る守護神■

     わが国では生者が死者に優しいように、死者も生者に優しい。
    先祖の霊はあの世で子孫の繁栄を見守る守護神であり、そして
    お盆には子孫のもとに帰ってくる。わが国の先祖霊は、他国の
    ように自分だけの幸福のために、子孫を見捨てて、西方浄土や
    天国に勝手に行ってしまう事はない。
    
     先祖の霊をお迎えすることは、先祖との心の交感である。自
    分たちの今日を作ってくれた先祖の恩に感謝し、かつ、自分も
    今後の子孫のために現世における努めを果たし、死して後は草
    葉の陰で子孫が栄えるのを見守っていこうという気持ちを新た
    にする。
    
     そして、この先祖との交感は、靖国神社においては個々の家
    系を超えて、共同体のために一命を捧げた人々すべてをお祀り
    し、国民全体がその共同体を受け継ぐ子孫として、先祖の霊を
    お迎えするという公の行事に発展した。
    
     したがって、若くして子孫を持たないままに亡くなったみた
    まも、無縁仏としてさまよう心配はない。国民全体が子孫とし
    てお迎えしてくれるのである。
    
■8.平和な「みたま祭」こそ「靖国」の象徴■

     昭和21年7月、長野県遺族会の有志が、自発的に上京して
    きて、靖国神社の境内で盆踊りを繰り広げ、民謡を歌って、戦
    没者のみたまを慰めるという行事が始まった。

     これが7月13日の前夜祭に続く新暦でのお盆の3日間行わ
    れる「みたま祭」として、現在まで続けられている。ぼんぼり、
    献灯二万灯が参道両側を照らし、日本舞踊・能などの奉納、盆
    踊り大会、剣術の演武会、相撲の選手権大会などがにぎやかに
    執り行われる。若者や家族連れが大勢押しかける。
    
     250万柱近くのみたまは、靖国神社の緑陰に帰ってきて、
    子孫たちの平和で楽しげな祭りを嬉しげに見守っているのでは
    ないか。「靖」は「安」であり、「靖国」とは「国を安んず
    る」事である。子孫たる国民が心安らかに暮らせる国家こそ英
    霊たちの願いであろう。その先祖の心を偲んで「安らかな国
    家」実現のために尽くすのが、我々の子孫としての責務である。
    
    「かくばかりみにくき国となりたれば捧げし人のただに惜しま
    る」というような痛憤を英霊にも遺族にも持たせる事があって
    はならないのである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(081) 松井石根大将
b. JOG(059) パール博士の戦い

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 加持伸行他、「靖国神社をどう考えるか」★★、小学館文庫、
  H13
2. 小堀桂一郎、「靖国神社と日本人」★★★、PHP新書、H8
3. 黄文雄、「中国政府が小泉首相の靖国神社参拝に反対する
   本当の理由」、「正論」H13.8

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■「靖国神社の緑陰」について

      靖国が「軍国主義の遺物」という偏見を徐々に取っ払って
     行かなくてはなりません。確かに、そういう一面があること
     は認めますが、それが全てではない。靖国神社は、近代日本
     の創生と成長の過程で膨大に生じてしまった戦没者の祭られ
     るところ、立派な霊場です。

      私はこういう時代が来てくれたらいいと思う。どのような
     政党の党首が首相になっても、たとえその人が、靖国神社に
     無関心であったり、反感すら持っていたとしても、公人とし
     て参拝することが当たり前で、それを多くの国民が当然のこ
     ととして、受けとめる時代が。中国韓国のごとき「反日国
     家」の非難をモノともしない時代が。きっとこんな時代がや
     って来ます。

     小泉首相のこの度の参拝は、きっと良き前例として、靖国を
    めぐる事態の好転に繋がっていくでしょう。(岡島さん)
    
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     われわれは対外的に靖国神社の存在そのものをきちんと説明
    すべきであり、そのためにも小泉首相は15日に参拝すべきで
    あったと思いますし、そうしなかったことは、残念でなりませ
    ん。われわれもまたできる限りこのような情報をもっていない
    人たちに知らしめる努力を惜しむべきではないのです。努力し
    たいと思います。(Makotoさん)

■ 編集長・伊勢雅臣より

     各種のインターネットの世論調査では、靖国参拝を支持する
    声が70%を超えるほど圧倒的でしたが、マスコミの報道ぶり
    や政治家の振る舞いは、それとは比例していませんでした。国
    民が近隣諸国やマスコミから主権を取り戻すにはもう少し時間
    がかかりそうです。民主主義への道は険し。
   
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