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-----Japan On the Globe(221)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     国柄探訪:漢字と格闘した古代日本人
       _/_/      
_/ _/_/_/       外来語を自在に取り込める開かれた国際派言語・
_/ _/_/        日本語は漢字との国際的格闘を通じて作られた。
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■1.日本語と近代中国■

     中国の外来語辞典には、「日本語」とされているものが非常
    に多い。そのごく一部を分野別に拾ってみると:
    
    思想哲学: 本質、表象、理論、理念、理想、理性、弁証法、
          倫理学、倫理学、、、
    政治軍事: 国家、国民、覇権、表決、領土、編制、保障、
          白旗、、
    科学技術: 比重、飽和、半径、標本、波長、力学、博士、 
          流体、博物、列車、変圧器、冷蔵、
    医学:   流行病、流行性感冒、百日咳、
    経済経営: 不動産、労動(労働)、舶来品、理事、保険、
          標語、例会、
    
     博士などは、昔から中国にあった言葉だが、近代西洋の
    "doctor"の訳語として新しい意味が与えられ、それが中国に輸
    入されたのである。
    
     日本が明治維新後、西洋の科学技術、思想哲学を導入する際
    に、各分野の概念、用語を表す数千数万の和製漢語が作られ、
    それらを活用して、欧米文献の邦訳や、日本語による解説書、
    紹介文献が大量に作成された。中国人はこれらの日本語文献を
    通じて、近代西洋を学んだのである。

     軍事や政治の用語は、日露戦争後に陸軍士官学校に留学する
    中国人が急増し、彼らから大陸に伝わった。後に国民党政府を
    樹立した蒋介石もその一人である。当時はまだ標準的な中国語
    は確立されていなかったので、各地の将校達は日本語で連絡し
    あって革命運動を展開し、清朝打倒を果たした。
    
     さらに中共政府が建前としている共産主義にしても、中国人
    は日本語に訳されたマルクス主義文献から学んだ。日本語の助
    けがなかったら、西洋の近代的な軍事技術や政治思想の導入は
    大きく遅れ、近代中国の歴史はまったく異なっていただろう。
    
■2.外国語を自在に取り込んでしまう日本語の柔軟性■

     日本人が文明開化のかけ声と共に、数千数万の和製漢語を作
    りだして西洋文明の消化吸収に邁進したのは、そのたくましい
    知的活力の現れであるが、同様の現象が戦後にも起きている。
    現在でもグローバル・スタンダード、ニュー・エコノミー、ボ
    ーダーレスなどのカタカナ新語、さらにはGNP、NGO、I
    SOなどの略語が次々とマスコミに登場している。
    
     漢語を作るか、カタカナ表記にするか、さらにはアルファベ
    ット略語をそのまま使うか、手段は異なるが、その根底にある
    のは、外国語を自由自在に取り込む日本語の柔軟さである。
    
     漢字という表意文字と、ひらがな、カタカナという2種類の
    表音文字を持つ日本語の表記法は世界でも最も複雑なものだが、
    それらを駆使して外国語を自在に取り込んでしまう能力におい
    て、日本語は世界の言語の中でもユニークな存在であると言え
    る。この日本語の特徴は、自然に生まれたものではない。我々
    の祖先が漢字との格闘を通じて生みだしたものである。

■3.文字のなかった言語■

     漢字が日本に入ってきたのは、紀元後2世紀から3世紀にか
    けてというのが通説である。その当時、土器や銅鐸に刻まれて
    「人」「家」「鹿」などを表す日本独自の絵文字が生まれかけ
    ていたが、厳密には文字体系とは言えない段階であった。
    
     しかし、言語は本来が話し言葉であり、文字がなければ原始
    的な言語だと考えるのは間違いである。今日でも地球上で4千
    ほどの言語が話されているが、文字を伴わない言語の方が多い。
    文字を伴う言語にしても、そのほとんどは借り物である。
    
     アルファベットは紀元前2千年頃から東地中海地方で活躍し
    たフェニキア人によって作り出されたと言われているが、ギリ
    シア語もラテン語もこのアルファベットを借用して書けるよう
    になった。現代の英語やロシア語も同様である。逆に言えば、
    これらの言語もすべて文字は借り物なのである。
    
     わが国においても文字はなかったが、神話や物語、歌を言葉
    によって表現し、記憶によって伝えるという技術が高度に発達
    していた。今日、古事記として残されている神話は、古代日本
    人独自の思想と情操を豊かにとどめているが、これも口承によ
    って代々受け継がれていたのである。
    
■4.古代日本にアルファベットが入っていたら■

     アルファベットは表音文字であるから、どんな言語を書くに
    も、それほどの苦労はいらない。現代ではベトナム語も、マレ
    ー語もアルファベットを使って表記されている。
    
     古代日本人にとっても、最初に入ってきた文字がアルファベ
    ットだったら、どんなに楽だったであろう。たとえばローマ字
    で「あいうえお」を書いてみれば、
    
         a  i  u  e  o
        ka ki ku ke ko
        sa si su se so
        
     などと、「a i u e o」の5つの母音と、「k s 、、」など
    の子音が単純明快な規則性をもって、日本語のすべての音を表
    現できる。漢字が入ってきた頃の古代の発音は現代とはやや異
    なるが、この規則性は変わらない。日本語は発音が世界でも最
    も単純な言語の一つであり、アルファベットとはまことに相性
    が良いのである。

■5.日本語は縁もゆかりもない漢語と漢字■

     ところが幸か不幸か、日本列島に最初に入ってきた文字は、
    アルファベットではなく、漢字であった。「漢字」は黄河下流
    地方に住んでいた「漢族」の話す「漢語」を表記するために発
    明された文字である。そしてあいにく漢語は日本語とは縁もゆ
    かりもない全く異質な言語である。
    
     語順で見れば、日本語は「あいつを殺す」と「目的語+動
    詞」の順であるが、漢語では「殺他」と、英語と同様の「動詞
    +目的語」の順となる。
    
     また日本語は「行く、行った」と動詞が変化し、この点は英
    語も「go, went gone」と同様であるが、漢語の「去」はまっ
    たく変化しない。発音にしても、日本語の単純さは、漢語や英
    語の複雑さとは比較にならない。似た順に並べるとすれば、英
    語をはさんで漢語と日本語はその対極に位置する。
    
     さらにその表記法たる「漢字」がまた一風変わったものだ。
    一つの語に、一つの文字を与えられている。英語のbigという
    語「ダー」を「大」の一字で表す。bigという「語」と、ダー
    という「音」と、大という「文字」が完全に一致する、一語一
    音一字方式である。さらに、英語では、big, bigger, bigness、
    日本語では「おおきい」「おおきさ」「おおいに」などと語が
    変化するのに、漢語はすべて「ダー」と不変で、「大」の一字
    ときちんと対応している。漢字は漢語の特徴をまことに見事に
    利用した最適な表記法なのである。
    
     たまたま最初に接した文字が、日本語とはまったく異質な漢
    語に密着した漢字であった所から、古代日本人の苦闘が始まる。

■6.漢字との苦闘■

     漢字に接した古代日本人の苦労を偲ぶには、イギリス人が最
    初に接した文字がアルファベットではなく、漢字であったと想
    定すると面白いかもしれない。英語の語順の方が、漢語に近い
    ので、まだ日本人の苦労よりは楽であるが。
    
     イギリス人が今まで口承で伝えられていた英語の詩を漢字で
    書きとどめたいと思った時、たとえば、"Mountain"という語を
    どう書き表すのか? 意味から「山」という文字を使えば、そ
    れには「サン」という漢語の音が付随している。「マウンテ
    ン」という英語の荘重な響きにこそ、イギリス人の心が宿って
    いるのに、「山」と書いたがために「サン」と読まれてしまっ
    ては詩が台無しである。
    
    逆に「マウンテン」という「音」を大切にしようとすれば、
    「魔運天」などと漢字の音だけ使って表記できようが、それぞ
    れの漢字が独自の意味を主張して、これまた読む人にとっては
    興ざめである。
    
     英詩には英語の意味と音が一体になった所に民族の心が宿る。
    それが英語の言霊である。古代日本人にも同じ事だ。漢字は一
    語一音一字という性質から、それ自体に漢人の言霊が宿ってお
    り、まことに他の言語にとっては厄介な文字であった。

■7.言語と民族の心■

     こういう場合に、もっとも簡単な、よくあるやり方は、自分
    の言語を捨てて、漢語にそのまま乗り換えてしまうことだ。歴
    史上、そういう例は少なくない。
    
     たとえば、古代ローマ帝国の支配下にあったフランスでは、
    4世紀末からのゲルマン民族の大移動にさらされ、西ゲルマン
    系フランク人が定住する所となった。フランク人は現代のドイ
    ツ語と同じ語族に属するフランク語を話していたが、文化的に
    優勢なローマ帝国の残した俗ラテン語に乗り換えてしまった。
    これがフランス語の始まりである。
    
     英語も1066年フランスの対岸からやってきたノルマン王
    朝に約300年間支配され、その間、フランス語の一方言であ
    るノルマン・フランス語が支配階級で使われた。英語はその間、
    民衆の使う土俗的な言語のままだった。今日の英語の語彙の
    55%はフランス語から取り入れられたものである。そのノル
    マン人ももとはと言えば、900年頃にデンマークからフランス
    北西岸に植民したバイキングの一派であり、彼らは北ゲルマン
    語からフランス語に乗り換えたのである。
    
     こうして見ると、民族と言語とのつながりは決して固定的な
    ものではなく、ある民族が別の言語に乗り換えることによって、
    その民族精神を失ってしまう、という事がよくあることが分か
    る。前節の例でイギリス人が漢語に変わってしまったら、「や
    ま」を見ても、"mountain"という語と音に込められた先祖伝来
    の言霊を全く失い、「山」「サン」という漢人の心になってし
    まっていたであろう。

■8.カタカナ、ひらがなと訓読みの発明■

     漢字という初めて見る文字体系を前に、古代日本人が直面し
    ていた危機は、文字に書けない日本語とともに自分たちの「言
    霊」を失うかも知れない、という恐れだった。しかし、古代日
    本人は安易に漢語に乗り換えるような事をせずに漢字に頑強に
    抵抗し、なんとか日本語の言霊を生かしたまま、漢字で書き表
    そうと苦闘を続けた。
    
     そのための最初の工夫が、漢字の音のみをとって、意味を無
    視してしまうという知恵だった。英語の例で言えば、mountain
     を「末宇无天无」と表記する。「末」の意味は無視してしま
    い、「マ」という日本語の一音を表すためにのみ使う。万葉集
    の歌は、このような万葉がなによって音を中心に表記された。
    
     さらにどうせ表音文字として使うなら、綴りは少ない方が効
    率的だし、漢字の形を崩してしまえばその意味は抹殺できる。
    そこで「末」の漢字の上の方をとって「マ」というカタカナが
    作られ、また「末」全体を略して、「ま」というひらがなが作
    られた。漢人の「末」にこめた言霊は、こうして抹殺されたの
    である。
    
     日本人が最初に接した文字は不幸にもアルファベットのよう
    な表音文字ではなく、漢字という表語文字だったが、それを表
    音文字に改造することによって、古代日本人はその困難を乗り
    越えていったのである。
    
     しかし、同時に漢字の表語文字としての表現の簡潔さ、視覚
    性という利点も捨てきれない。mountainをいちいち、「末宇无
    天无」と書いていては、いかにも非効率であり、読みにくい。
    そこで、今度は漢字で「山」と書いて、その音を無視して、mo
    utainと読んでしまう「訓読み」という離れ業を発明した。こ
    うして「やま の うえ」という表現が、「山の上」と簡潔で、
    読みやすく表現でき、さらに「やま」「うえ」という日本語の
    言霊も継承できるようになったのである。

■9.日本語の独自性と多様性■

     こうして漢字との格闘の末に成立した日本語の表記法は、表
    音文字と表語文字を巧みに使い分ける、世界でももっとも複雑
    な、しかし効率的で、かつ外に開かれたシステムとして発展し
    た。
    
     それは第一に、「やま」とか、「はな」、「こころ」などの
    神話時代からの大和言葉をその音とともに脈々と伝えている。
    日本人の民族文化、精神の独自性はこの大和言葉によって護ら
    れる。第二に「出家」などの仏教用語だろうが、「天命」とい
    うような漢語だろうが、さらには、「グローバリゼーション」
    や「NGO」のような西洋語も、自由自在に取り入れられる。
    多様な外国文化は「大和言葉」の独自性のもとに、どしどし導
    入され生かされる。
    
     外国語は漢字やカタカナで表現されるので、ひらがなで表記
    された大和言葉から浮き出て見える。したがって、外国語をい
    くら導入しても、日本語そのものの独自性が失われる心配はな
    い。その心配がなければこそ、積極果敢に多様な外国の優れた
    文明を吸収できる。これこそが古代では漢文明を積極的に導入
    し、明治以降は西洋文明にキャッチアップできた日本人の知的
    活力の源泉である。
    
     多様な民族がそれぞれの独自性を維持しつつ、相互に学びあ
    っていく姿が国際社会の理想だとすれば、日本語のこの独自性
    と多様性を両立させる特性は、まさにその理想に適した開かれ
    た「国際派言語」と言える。この優れた日本語の特性は、我が
    祖先たちが漢字との「国際的格闘」を通じて築き上げてきた知
    的財産なのである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(057) 自主独立への気概
b. JOG(029) 深い泉の国

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 高島俊男、「漢字と日本人」★★、文春新書、H13
2. 西尾幹二、「国民の歴史」★★★、産経新聞社、H11
3. 長谷川三千子、「からごころ」★★★、中央公論社、S61
   
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