[トップページ] [平成14年一覧][Common Sense][375 学力崩壊]

________Japan On the Globe(230)  国際派日本人養成講座_______
          _/_/   
          _/     Common Sense:「ゆとり教育」が奪う「生きる力」
       _/_/      
_/ _/_/_/         長文暗唱にいきいきと取り組む子供たちの姿
_/ _/_/          は「生きる力」がどこから来るか示している。
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■1.10頁全文暗唱!?■

     兵庫県中部にある朝来(あさご)町立山口小学校での事。赴
    任2年目で4年生を担当していた陰山英男先生は、あるお母さ
    んが家庭連絡に書いてきた内容に信じられない思いがした。
    
     そのお母さんの男の子は国語が苦手だった。陰山先生が「一
    つの花」という長い物語の音読を宿題に出していたのだが、
    「何度も読んでいるうちに全部暗記してしまったようです」と
    そのお母さんが書いてきたのである。その物語は10頁もあっ
    て、とても覚えきれるものではない。
    
     そこで休み時間にその男の子を呼んで試してみると、その子
    はすらすらと暗唱を始めた。他の子どもたちも、それを聞きつ
    けて集まってきた。全部暗記などできるわけがない、と思って
    いた子どもたちも、だんだん進むにつれて、その子を応援する
    ようになった。詰まりかけて、顔をしかめると「あれやがなあ
    れ」と、一生懸命応援する。最後の方では、運動場で遊んでい
    た子どもたちも駆けつけて、興奮状態になった。その子が最後
    まで暗唱すると教室中にウォーと大きなどよめきが起きた。
    
     他の子供たちが、自分も暗唱したい、と言い出したので、陰
    山先生は、次の算数の時間を国語に切り替えて、暗唱をさせた。
    3日ほどでクラス全員が暗唱できるようになった。

■2.もっとやりたかったのは素読■

     この出来事をきっかけに陰山先生が調べてみると、いろいろ
    な民族が幼少時の暗唱を伝統的な教育方法として大切にしてい
    る事が分かった。たとえばユダヤ民族では、幼い子どもたちに
    ユダヤ教の経典を暗唱させる、フランスでは詩や物語の一節を
    暗唱させる事を正規の授業としている、等々。
    
     日本においても素読といって、古典を暗唱させる方法は武家
    の伝統的な教育だった。この素読はやってみると、生徒たちに
    一番人気があった。一人の生徒は一年間の終わりにこう感想文
    に書いている。
    
         私は5年生でやった学習でもっとやりたかったのは素読
        です。最初、先生から素読のプリントを渡されたとき、
        「えーこんなん覚えるのー」と思っていました。けれど、
        少しずつやっていくと簡単に覚えられるようになっていっ
        た気がします。どんどん先生はむずかしいのをだすけれど、
        少しずつ覚えていくと、すぐに覚えられました。とてもう
        れしかったです。
        
         私は、最初「こんなの役に立たないんじゃないの?」と
        思っていたけれど、私は覚える力がついたのだと思います。
        よかったなあと思います。
        
■3.基礎学力は「生きる力」■

     素読を進めていくと、子どもたちは自分自身の力が伸びてい
    ることを体で感じ、強い自信を持つ。それがさらにより困難な
    ものにも挑戦しよう、という気概を生む。さらに先人の優れた
    文章を自分の血肉にすることで、生き方や哲学を学び取る。
    
     陰山先生はこうした経験から「暗記暗唱は決して子供の個性
    を奪う学習でなく、基礎基本の力として子供の学力の土台とな
    って子どもたちの高度な学習を支える大きな力となるものであ
    る」と主張する。
    
     この最初のクラスの50人あまりの子どもたちのほとんどは、
    地元の公立中学、公立高校へと進んでいった。決して受験校で
    はない。進学塾もない地域である。それなのに大学受験の結果
    を見てみると、神戸大医学部2名、大阪大学理学部、東北大学
    歯学部など、並みいる難関校に続々と合格していった。
    
     個性的な生き方を選んだ子どもたちもいる。国際ボランティ
    アやゲームクリエーターを目指す子もいた。早く働きたいから
    と高校でたくさん資格をとって、希望の仕事についた子もいる。
    
         基礎学力はまさしく基礎です。何かを考え、何かを決断
        し、何かを切り開く力なのです。つまり、すべての子の生
        きる力となっているのです。[1,p113]

■4.「ゆとり」教育か、基礎学力か■

    「生きる力」は、現在の教育行政の中心的な考えとなっている。
    平成8(1996)年に出された第15期中央教育審議会の第一次答
    申は次のように主張している。
    
         まず学校のめざす教育としては、(a)「生きる力」の育
        成を基本とし、知識を一方的に教え込むことになりがちで
        あった教育から、子供たちが、自ら学び、自ら考える教育
        への転換を目指す。・・・そうした教育を実現するため、
        学校は、(c)「ゆとり」のある教育環境で、「ゆとり」の
        ある教育活動を展開する。
        
     答申での「生きる力」とは「自ら学び、考える」ことを指し
    ている。陰山先生の「何かを考え、何かを決断し、何かを切り
    開く力」とほぼ同様の内容だと考えてよいだろう。しかし、そ
    れを実現するアプローチは正反対である。答申ではそのために
    教科内容を大幅に削減した「ゆとり」教育を主張し、逆に陰山
    先生は基礎学力を徹底的に身につけさせている。

■5.「ゆとり教育」で「嫌いをつくらない」?■

     陰山先生のアプローチは、実績として前述のように素晴らし
    い成果をあげている。限られた事例とはいえ、すでにユダヤや
    フランス、日本の伝統的教育でも実証されてきた方法であり、
    その効果は疑いえない。

     それでは答申の主張する「ゆとり教育」の方はどうだろう
    か? 「生きる力」自体を測定する方法がないので、(こうい
    う測定不可能な目標を設定する事自体が大きな問題だ、という
    もっともな批判はとりあえず棚上げして[2,p233])、文部科学
    省での「ゆとり教育」のスポークスマン、寺脇研・大臣官房審
    議官の目指す所が実現できたのかどうか、という点で、検証し
    てみよう。

         今回の教育改革がめざしているのは、数学に限らず、あ
        らゆる科目で、「嫌いをつくらない」ということです。数
        学好きをつくることはなかなか難しいことかもしれないけ
        ど、まず数学嫌いをつくらないことをやってほしいのです。
        [3,p19]
        
     詰め込み教育が「嫌いを作る」、教科内容を大幅に削減して、
    基本的な所だけをきちんと分からせれば、「嫌いをつくらな
    い」だろう、という考え方である。その結果はどうか。
    
■6.世界トップレベルになった日本の子供の数学嫌い■

     国際教育到達度評価学会(IEA)が行った調査では、中学
    2年生で、数学が「大好き」「好き」と答えた割合は、1995年
    度の53%に対して、99年度には48%と顕著な落ち込みを見
    せている。国際平均値の72%と比べれば、世界最低水準であ
    る。日本の中学生は国際水準を図抜けて数学が嫌いであり、さ
    らにその傾向は悪化している。
    
     この期間に(数学か理科の)「いずれかの教科の勉強や宿題
    を3時間以上するという比率は、27%から17%へと大きく
    落ち込み、これまた世界最低レベルである。
    
     進学塾大手の河合塾では毎年の入塾者に同じ問題のテストを
    実施しているが、95年と99年の数学の成績を偏差値で見ると、
    次のような結果になっている。(理系のみ)

            95年     99年    変化
        上位 84.5  81.5   −3.0
        中位 57.0  41.5  −15.3
        下位 37.2  21.5  −15.7
	
     成績が中位・下位の生徒の落ち込みが大きい。上位の生徒は
    塾通いなどでカバーしているのだろう。

     これらの結果を総合すると、勉強時間が大きく落ち込んで、
    世界最高水準の「ゆとり教育」は達成されたが、中下位の生徒
    は学校の勉強だけではついていけなくなる。教科が分からない
    ので、数学が嫌いになる。そして今や数学嫌いの率は世界のト
    ップレベルに到達したという次第である。
    
    「ゆとり教育」で「嫌いをつくらない」という寺脇研氏の主張
    は完全に破綻している。

■7.「百ます計算」と「漢字ドリル」■

     陰山先生の小学校では、もう一つ「百ます計算」という教育
    を1年生の時からやっている。縦横に10個の数字が順不同で
    ならんでおり、合計100のますを縦横の足し算で埋めていく。
    これを繰り返しやると、だんだん所要時間が短くなっていって、
    1年生でも2分を切る子がたくさん出てくる。寺脇研氏からみ
    たら、子供の自由な個性を押し殺す典型的な「詰め込み教育」
    に見えるだろう。
    
     しかし、実際にやってみると、タイムがよくなっていくにつ
    れて、子供たちの雰囲気がしっとりと落ち着いたものになって
    いくという。計算力と同時に集中力がついてきて、写生などに
    もねばり強く取り組むという姿勢が出てくる。
    
     もう一つ、漢字教育も反復練習で行っている。新しい漢字の
    習得は2学期までに終えて、3学期は漢字ドリルを使って復習、
    3月に全校共通の漢字テストを行う。さらに社会科などで、
    「源頼朝」「征夷大将軍」「鎌倉幕府」というような小学校で
    習わない漢字が出てくると、その場で書き順と意味を説明し、
    ノートに書かせて、分からない漢字が出てきたら、そのときに
    覚えるという習慣をつけさせる。陰山先生は言う。
    
         そもそも知識とは、言語と数の組み合わせともいえます。
        つまり読み書き計算の習熟は、子供たちの学習能力を高め
        るという働きをもっているのです。こうした基礎的な力は、
        さらに優れた教材と相まって子供たちの学力をさらに高め
        ていきます。
        
         この学習能力というものは、学習する中身ではなく学習
        できる能力のことですから、それは可能性ということでも
        あります。基礎的なことの徹底反復が教室から消えて久し
        いですが、それとともに子供たちの荒れや切れというもの
        が増えてきました。子供の負担を減らせば減らすほど子供
        の状態が悪くなっています。この10年以上の間、社会は
        子供に対して、何か大きな考え違いをしていたのではない
        でしょうか。[1,p134]
    
■8.「学級崩壊」は「よい方向に変わってきている」!?■

     陰山先生の指摘した「荒れ」や「切れ」について、寺脇氏は
    どう考えているのか? 
    
        「学級崩壊」のような現象も、まだ一部にはあって、その
        解消には全力をあげなければなりませんが、全体としては
        少しずつよい方向に変わってきていると、私は思います。
        [3,p137]
        
     こう「思う」根拠を寺脇氏はいっさい示していない。さまざ
    まな地方自治体の調査では、小学校の10%〜20%程度が学
    級崩壊を経験している[a]。また[2]では、文部省自体のデータ
    で、校内暴力の発生件数が中学においても、高校においても、
    激増している事実が示されている。中学校の発生件数で見ると、
    昭和60年頃までは減少傾向にあって、年間2千件程度にまで
    減っていたのが、それ以降、上昇傾向に転じて、平成8年には
    8千件を超えた。「まだ一部にあって」、「少しずつよい方
    向」とは、まったくの逆で、事態は加速度的に悪くなっている
    のである。[2,p84]
    
   「ゆとり教育」が実施されたのは昭和55年であるから、その
    5年後くらいから、影響が出始めて、犯罪件数が増えだしたと
    考えられる。まさに陰山先生の指摘どうりなのである。

     寺脇氏自身の実績も、この指摘の正しさを実証している。氏
    は平成5年から8年の間、広島県の教育長を務めており、高校
    進学希望者は入試で0点でも全員入学できるという「高校全
    入」政策を押し進めた。その間、広島県の学力は急降下し、国
    公立大学入試センターで平成2年には全国都道府県中21位だ
    ったのが、8年には45位と全国最下位レベルとなった。犯罪
    を犯す少年の比率は、千人当たり23.9人と全国一位(平成
    9年)である。こういう失敗をした人間が、その責任も追求さ
    れずに中央官僚として「ゆとり教育」をさらに押し進めている
    のである。

■9.子供たち同士のすれちがい■

     陰山先生は「ゆとり教育」と「学級崩壊」の関係を次のよう
    に明らかにしている。
    
         この10年間、学校現場は生きる力や新学力観という言
        葉の理解に悩んできました。学力を知識の量ではなく、自
        ら学び、自ら考える力としたのです。そして、教師からの
        指示を減らし、子供が自らの課題によって学習するという
        スタイルを理想とし、いろいろな取り組みが行われたので
        す。しかし、そうした取り組みの授業を実際にやってみる
        と、そう簡単なものではありません。例えば、子供たちが
        個性的に学習すればするほど、子供たち同士はすれ違うの
        です。なぜなら、子供たちの間には、共通している基礎的
        な知識がないため、相手の言っていることが理解できない
        のです。[1,p110]
        
     クラスの中でお互いの言っている事が理解できなくなり、ま
    た「ゆとり教育」で学力のバラツキが広がり、教科についてい
    けないために嫌いになる子が増えれば、授業中にボール遊びを
    したり、廊下を自転車で走り回る、という学級崩壊に至るのも
    不思議はない。[b]
    
     本年4月から完全5日制などでさらに3割も学習内容を削減
    した新しい学習指導要領が実施される。子供たちは基礎学力を
    身につける機会を奪われ「生きる力」を失っていく。それはわ
    が国の国家としての「生きる力」を衰弱させていく。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(127) 学級崩壊からの救出
b. JOG(131) 学力崩壊が階級社会を招く

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 西村和雄編、「教育が危ない3 本当の『生きる力』を与える
   教育とは」★★、日本経済新聞社、H13
2. 小堀桂一郎編、「『ゆとり教育』が国を滅ぼす」★★★、小学
   館文庫、H14
3. 寺脇研、「21世紀の学校はこうなる」、新潮OH!文庫、H13
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■ 参考文献[2]の著者のお一人、茂木弘道さんより

     今朝、民主党文部科学部門会議にて「ゆとり教育の問題点に
    ついて」と題して、話をしてきました。40分ほど話し、質疑
    応答ということでしたが、ほとんどの方が賛同といった感じで
    した。というよりも、これは大変だ、という感じになってきた
    ということかと思います。特に強調しましたのは、「学力は落
    ちるかも知れないが、子供がのびのび育てば」と思っている人
    がいるとしたら、大間違いで、学力低下と子供の非行度、学級
    崩壊はほとんど比例していることである、ということです。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     子供たちが「ゆとり」教育で「生きる力」を奪われ、学級崩
    壊の中で毎日を過ごさねばならないというのは、深刻な人権問
    題ではないでしょうか。無責任中央官僚が強大な権力を持って、
    国民の人権を蹂躙するとは、まさに[2]の指摘にもあるように
    「社会主義的」教育です。

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