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■■ Japan On the Globe(303)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

              Common Sense: 疫病が変えた地球史

         中国発の疫病は史上、何度も世界に広がり、地球史その
        ものを変えてきた。
■■■■■ H15.07.27 ■■ 37,937 Copies ■■ 884,268 Views■

■1.SARSは「封じ込められた」だけ■

     7月5日、世界保健機関(WHO)は新型肺炎(重症急性呼
    吸器症候群=SARS)に関し、最後に残っていた台湾に対す
    る「流行地域」指定解除を発表した。これによって死者812
    人、感染者8439人もの猛威をふるったSARSは世界全体
    で「制圧」されたとマスコミ各社は報道した。
    
     しかしこの「制圧」とは、新型肺炎が絶滅したという意味で
    はない。WHOの発表の原文では"the global SARS outbreak 
    has been contained (SARSのグローバルな爆発的流行は
    封じ込められた)"であり、SARS自体はいまだ脅威として
    残っている事を意味している。これを「制圧」と訳したのでは、
    あたかも人類がSARSの脅威から永久に解放されたような錯
    覚を与えるもので誤訳に近い。WHOは例年インフルエンザが
    広まる冬季に、新型肺炎が再流行する恐れが十分あるとして、
    引き続き警戒を呼び掛けている。
    
     インフルエンザ・ウイルスやSARSを引き起こしたコロ
    ナ・ウイルスなど呼吸器感染症を起こすウイルスの多くは、寒
    くて乾燥した環境を好み、冬季に流行する。インフルエンザ・
    ウイルスは夏の間はヒトの体内で軽い症状の感染を繰り返しな
    がら潜み、冬を待っているという。コロナ・ウィルスも夏の間
    にひそかに感染者を広げ、冬にまた猛威を振るい始めるという
    可能性が十分あるのである。[1]
    
     来シーズンもSARSが中国でぶり返したら、どうなるだろ
    うか。今シーズンは百十数カ国が中国人の入国ビザ停止など中
    国隔離政策をとった。今度はそれ以上に厳しい措置がとられる
    だろう。しかし歴史を辿れば、中国発の疫病が世界にまき散ら
    され、地球史を大きく変えたというケースは何度も見られるの
    である。

■2.中世ヨーロッパを襲ったペスト■

     8世紀頃に約2700万人だったヨーロッパの人口は、その後、
    順調に増大して1300年には7300万人にまで膨れあがった。しか
    し1348年にペストが大流行し、わずか3年間で人口の三分の一
    を失うにいたる。健康な人間が伝染病で次々と倒れていく様を
    見た人びとは、今まで信じていた神に懐疑的となり、これが宗
    教改革のきっかけとなった。
    
     この時のペストがどこで発生したかについては諸説あるが、
    もっとも有力な説は中国の南宋王朝で流行し、南宋と戦ってい
    たモンゴル軍へと伝染したというものだ。チンギス・カーンの
    孫で南宋征討を行っていたモンケ・カーンはその途上でペスト
    により病死している。
    
     モンゴル帝国はアジアの大半からヨーロッパにかけて広大な
    領土を占有し、その支配下で中央アジアのステップ地帯を横断
    する東西貿易が盛んになった。その交易品の中にペスト菌を運
    ぶネズミがいたのであろう。ペストは西アジアからクリミア、
    ベネチア、北アルプスを経て、ヨーロッパ全体に広がった。シ
    ルク・ロードは疫病の通り道でもあったのである。
    
     モンゴル帝国は1200年から1350年に最盛期を迎えたが、その
    後、弱体化し分裂していく。中国においては1368年、朱元璋が
    中国華南地域を統一し、明王朝を建てた。モンゴル帝国が衰退
    した理由の一つに異常気象とそれに伴う飢饉、ペストの大流行
    が挙げられている。1200年には1億3千万人だった中国大陸の
    人口は、1393年には6千万人と半分以下になってしまった。
    
■3.相継ぐ中国発の疫病大流行■

     モンゴル帝国による元朝を駆逐して新たな支配者となった明
    朝は1644年に滅亡するが、その原因の一つになったのがやはり
    疫病の大流行であった。明朝末期の萬暦・崇禎(1573年〜1644
    年)に、華北地方ではペストや天然痘が猛威を振るい、少なく
    とも1千万人の死者が出たという。同時に飢饉が続き、民衆が
    共食いをしたという記録が残っている。各地で農民が反乱を起
    こし、流民・流賊の移動がさらに疫病を広げる結果となった。
    
     その混乱をついて満洲族王朝・清が1644年に中国本土に侵入
    して征服したが、順治18(1661)年の人口はわずか2460余万人
    だったという。明王朝最盛期の三分の一でしかない。
    
     1820年には広東でコレラが大流行し、翌年には北京にも広ま
    った。今回のSARSと同じ経路である。その直後、1822年
    10月から11月中旬にコレラは初めて日本に上陸し、全土に
    広まった。経路については2つあり、中国との貿易拠点である
    長崎経由で伝わったという説と、朝鮮から対馬経由で入ったと
    いう説がある。いずれにしろ、日本は鎖国中であったが、わず
    かな隙をついて、中国発のコレラに襲われたのである。
    
     19世紀末には雲南省で発生したペストが中国全土に広がり、
    広東省から香港を経由し、船でサンフランシスコに伝染し、全
    米に流行した。インドでも600万人が死亡した。
    
     この時、香港は英国の統治下にあったが、英国側の調査に対
    して、香港の衛生担当者は「ペストなどありえない。雨がふれ
    ば大丈夫」と答えている。情報隠しも今回とまったく同じであ
    る。

■4.地球規模のウィルス感染■

     1918年秋、全世界で「スペイン風邪」と呼ばれるインフルエ
    ンザが猛威をふるった。世界で6億人が感染し、死者は2千万
    人から4千万人と言われる。日本でも2300万人以上が感染
    し、39万人が死亡した。米国での死者は、南北戦争と第二次世
    界大戦の戦死者よりも多かった。

    「スペイン風邪」という名称から、スペインが発源地と誤解さ
    れやすいが、スペイン王室の一員がこのインフルエンザにかか
    って新聞に報道されたことから、この名称が使われるようにな
    ったらしい。
    
     そもそもは1918年5月末、フランスのマルセイユで流行し始
    め、半月ほどの間に第一次世界大戦の西部戦線でにらみ合って
    いた両軍兵士たちの間に蔓延した。一説ではマルセイユの前に
    インドで発生していて、インド―マルセイユ間を行き来する船
    に乗る人々によってフランス南部に持ち込まれたと言われる。
    そしてインドには中国・広東省から伝染したという説が多くの
    学者によって支持されている。

     別の説では中国人労働者から米国内の米軍人が感染し、彼ら
    がマルセイユ経由で欧州に派兵させられたことによって西部戦
    線に広がったという考え方もある。この説でも発生地は中国と
    考えられている。
    
     20世紀に入ってから、ウィルスによる感染症の地球規模の
    大流行は3度あった。このスペイン風邪と、57年のアジア風邪、
    68年の香港風邪である。いずれも中国発のインフルエンザだと
    言われている。こうしてみると今回のSARSは中国発の地球
    規模のウィルス感染としては、20世紀に入ってからでさえす
    でに4度目と言える。

■5.清浄の思想を持たない中国人■

     なぜこのように中国が様々な疫病の発源地となるのだろう
    か? [2]の著者・黄文雄氏はこう説く。
    
         中華文明は黄河の濁流から生まれた。そこから、穢れを
        忌避しない儒教のドグマ(教義)ができあがった。そして、
        中国人は文明が誕生したときから今まで、変わることなく
        清浄の思想を持ってこなかったのだ。その結果、世界でも
        っとも不衛生で不潔な国ができあがったのである。
        [2,p136]

     かつて日本に留学し、軍隊生活も経験した蒋介石は、日本人
    の生活の規則正しさと清潔さに驚いたという。蒋介石は、中国
    人はどこでも構わず痰を吐き、家の中は掃除もしない。食事は
    立ったままで、野菜の切れ端や残飯はあたりに撒き散らかされ、
    足の踏み場もないほどだ、と嘆き、1930年代に「新生活運動」
    を鼓舞して、日本に学ぼうとした。しかし、数千年来の生活習
    慣は、一時的な精神運動で変わるはずもなかった。
    
     現代中国においても、蒋介石が嘆いた有様はまだまだ続いて
    いる。筆者が広東省にある日系企業の工場を見たときの事であ
    る。その工場には女子作業者のための5階建ての立派な寮があ
    るのだが、その隣にある平屋の建物の屋根には残飯がたくさん
    散らばっていた。驚いて日本人社長に聞くと、寮の女子作業者
    たちが食べかすを窓から投げ捨ててしまうのだという。見つけ
    たら罰金をとるなどして一生懸命にしつけようとしているが、
    なかなか直らないと、その社長は嘆いていた。
    
     工場では一生懸命に働き、また田舎の父母に仕送りをしてい
    る感心な女の子が多いのだが、勤勉や親孝行という徳目はあっ
    ても、「清浄」という思想はないようだ。日本でも最近は随分
    マナーが悪くなって、道路でのタバコや空き缶のポイ捨てが目
    立つようになったが、さすがに自分の家の窓から残飯を外に投
    げ捨てる人はいない。

■6.近代化とは?■

     シンガポールは中国系の住民が大半だが、清潔で美しい街で
    ある。それもそのはず、たとえばタバコの吸い殻を路上に捨て
    ると150シンガポールドル(約1万2千円)、バスからゴミ
    を捨てたら1000ドル(約8万円)、 その他、痰を吐いて
    も、公衆トイレを流し忘れても罰金が科される。黄文雄氏は、
    中国人には「清浄」の観念が欠如しているので、衛生向上のた
    めには法によって厳しく罰する以外、手がないのだ、と主張し
    ている。
    
     シンガポールは蒋介石が志した新生活運動を厳罰によって成
    功させた事例と言えるが、もう一つの成功例がある。日本統治
    時代の台湾である。清朝時代の台湾は「瘴癘(しょうれい、風
    土病)の地」とも呼ばれ、毎年のように数千名のコレラ患者が
    発生していた。台湾平定時の日本軍は戦死者164名に対し、
    病死者が実に4,642名という有様だった。
    
     内務省衛生局長から台湾の民政長官に抜擢された後藤新平は
    疫病予防は上下水道の設置から始まるとして、大規模な上水道
    と、パリの下水道にならった排水路を建設した。これらの上下
    水道は東京よりもずっと早く完備したと、台湾の人々は自慢に
    していた。また主要道路は舗装して深い側溝を作り、汚水雨水
    の排出を速やかにした。
  
     ほとんど都市の形をなしていなかった台北では大都市計画を
    実行し、整然とした清潔な市街を作り上げた。さらに伝染病を
    抑えるために、台湾医学校を設立して、多くの台湾人医師を育
    てた。こうした努力により、台湾では日本と同様の近代的な公
    衆衛生インフラが築かれたのである。[a,b]
    
     しかし日本の敗戦によって台湾に入ってきた国民党軍は、再
    び疫病を持ち込んだ。1946年にはコレラ、ペスト、翌年には天
    然痘が大流行した。いずれも日本統治時代に絶滅していた疫病
    である。この時は国連の指導と救援で、なんとか疫病撲滅に成
    功した。
    
     近代化とは、目に見える高層ビルや空港を作ることばかりで
    はない。現代のシンガポールや日本統治時代の台湾のように上
    下水などの衛生環境、検疫予防、医師の育成から民衆の生活習
    慣改善まで地道な公衆衛生インフラの整備が必要なのである。
    今回のSARSの流行を見ても、大陸中国ではこうした地道な
    努力が欠如していると言える。

■7.「東亜の病夫」■

     こうした公衆衛生インフラの欠陥により、中国は国外に疫病
    をまき散らしてきたのだが、国内での不健康状態も日本人の想
    像を絶する。
    
     揚子江流域は、世界最大のB型ウィルス感染地帯であり、感
    染者は1億人を超えている。農村では6千万人から1億人の住
    血吸虫患者がいる。WHO(世界保険機構)の資料では、首
    都・北京でさえ、人口の5割は寄生虫保卵者であるとしている。
    そのほか肺結核感染者が4億人いると中国の衛生省が発表して
    いる。さらに栄養不足や環境悪化からくるカルシウム不足が深
    刻化しており、1億5千万人が歯の病気、骨疎症にかかってい
    ると言われている。
    
     またエイズにいたるHIV感染者・患者数は、2001年末の中
    国の公式報告では3万736人だったのが、突如、上方修正さ
    れ、02年上期ではすでに感染者・患者数は100万人を突破、
    「対策が不十分だと、2010年には感染者は1千万人に達する」
    との予測が発表された。[c]
    
     これらに比べるとSARSの被害などはほとんど無視できる
    レベルのものだ。ただ海外諸国が大騒ぎをして、中国の経済発
    展に直接的なダメージを与えたからこそ、中国政府は真剣な取
    り組みをしただけで、現実には中国国民はそれ以上に深刻ない
    くつもの病気に脅かされているのである。
    
     戦前の中国は「東亜の病夫」を自認していた。今は病気で弱
    っているが、いずれ健康になれば「眠れる獅子」が目覚めるの
    だという一種の強がりであると同時に、もう一つ、疫病、風土
    病に悩み続けている国、という意味もあった。現在、沿岸の都
    市部こそ経済的に「眠れる獅子」は目覚めたが、後者の意味で
    の「東亜の病夫」はまだまだ続いている。

■8.「適度の距離」■

     日本はもっとグローバリゼーションを推し進めなければなら
    ない、と多くの人が言う。そしてグローバリゼーションとは無
    条件に良いものと我々日本人は受け止めやすい。中国崇拝、欧
    米崇拝の伝統があるからである。
    
     グローバリゼーションの始まりの一つが、モンゴル帝国によ
    って中国大陸からヨーロッパまでの東西通商が盛んになった事
    であるが、この時に同時にペストが中国からシルクロードを通
    って中世ヨーロッパに運ばれ、壊滅的打撃を与えた事を考え合
    わせねばならない。
    
     光あれば影ありという我々の常識を思いだそう。グローバリ
    ゼーションにも当然、影の部分がある。「14億の巨大市場」
    「安価で良質、無尽蔵の労働力」に魅せられて日本企業の中国
    進出が続き、日中の経済は史上かつてないほどに一体化しつつ
    あるが、無数の「東亜の病夫」との一体化までは何としても避
    けねばならない。
    
     日本列島は中国大陸とは日本海で隔てられ、遠からず近から
    ずの「適度な距離」にある。吾らが父祖はこの適度な距離を利
    用して、巧みに中国文明の中から文字、仏教、儒教、書画、茶
    などの良い部分のみを選択的に輸入し、同時にアヘンや宦官、
    戦乱など悪しきものは頑なに拒んできた。グローバリゼーショ
    ンが声高に叫ばれる現代こそ「適度な距離」という伝統的な叡
    智を思い起こすべきであろう。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(108) 台湾につくした日本人列伝
   これらの人々はある種の同胞感を抱いて、心血を注い で台湾
  の民生向上と発展のために尽くした。
b. JOG(145) 台湾の「育ての親」、後藤新平
   医学者・後藤新平は「生物学の法則」によって台湾の健全な成
  長を図った。
c. JOG(292) AIDSとSARSの温床
   AIDSでもSARSでも中国政府は虚偽の過少報告により、
  甚大な被害を招いた。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 毎日新聞、「新型肺炎SARS 近い終息・遠い安息」、H15.
   06.23
2. 黄文雄、「中国発SARSの恐怖」、光文社、H15
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「 疫病が変えた地球史」について 俊一さんより

     基本的に大きな間違いは無いと信じます。中国の疫病に対す
    る姿勢および体制は今も昔も世界の脅威です。しかし、ペスト、
    コレラの2大疫病はインドの風土病と記憶しております。天然
    痘も中国起源ではありません。確かに中国人の生活習慣が大流
    行の元となったのでしょうが、ちょっと感情的と感じました。

     今、私が危険を感じているのは、輸入されている中国産の野
    菜、淡水魚などから感染する寄生虫です。回虫、有棘顎口虫、
    有鈎条虫、肝吸虫、日本住血吸虫があります。そして、農薬、
    抗生物質など・・・中国との人的交流や輸入を止めることは理
    由なくして出来ないでしょうが日本政府による監視の強化は絶
    対必要ですね。

     日本の役人が日本国民を守る意識に欠けているのは確かです。
    縄張り意識や面子で後手にまわっている現実を苦々しく思うこ
    の頃です。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     防疫も安全保障の重要な一面ですね。グローバル化が進むほ
    ど、国民の安全と健康を守る「国防」が大切になります。

© 平成15年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.