[トップページ][平成15年一覧][The Globe Now][335 企業・経営][509 モノづくり大国日本]

■■ Japan On the Globe(321)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        The Globe Now: 100万分の1グラムの歯車

           世界一の超極小部品を作る職人技が日本企業の明日を
          示す。
■■■■ H15.11.30 ■■ 38,788 Copies ■■ 1,008,491 Views■

■1.米粒の上の歯車■

     米粒を15センチほどに拡大した写真がある。その上に数ミ
    リほどの赤や青の金平糖のようなものが、いくつか乗っている。
    これが100万分の1グラムの歯車である。ちゃんと歯が5枚
    ついている。直径が0.147ミリというから、10個並べて
    も1.5ミリに届かない。
    
     この歯車が2万個入ったケースを肉眼で見ても、チリが入っ
    ているようにしか見えない。だから「パウダーパーツ」と呼ん
    でいる。
    
     小さすぎて、用途はまだない。いずれ米粒くらいの大きさで
    血管の中を掃除したりする医療用マイクロマシンなどに使われ
    るかもしれない。まだ売れる見込みがないのに、2億円もの開
    発費をかけてこんな極小歯車を開発したのは、樹研工業という
    社員70名、年間売上げ28億円の中小企業である。

■2.「先回りの樹研」■

     樹研工業は「先回りの樹研」と呼ばれることがある。ソニー
    が8ミリビデオを開発した際に、購買担当が樹研工業の松浦元
    男社長を呼んで聞いた。
    
         当社で今度、手のひらサイズの8ミリビデオカメラを作
        るんだが、そちらで部品を作ってみるか。
        
     松浦社長は「それはこんなものでしょう」と、あらかじめ試
    作しておいた歯車を差し出した。
    
         えっ! なぜそれを? どこから話が漏れたんだ!?
        
     確かな話があったわけではない。ソニーなどのメーカーはビ
    デオデッキやビデオカメラを小さくしたがっているという話を
    噂で聞いていたので、先回りしてサンプルを開発しておいたの
    だ。担当者のびっくりした顔を見たときは痛快だった、と松浦
    社長は思い出す。この部品は100%、樹研がソニーに供給す
    ることになった。

■3.世界にないものを作らねば意味がない■

     それから松浦社長は「どうせやるならとことんやってやろ
    う」と1万分の1グラムの歯車を作って見本市に出した。見る
    人すべてが驚いて、「すごいな。1万分の1グラムか」と言っ
    てくれるが、そこから先の反応がない。「ようやったわ。誉め
    てやろう」という程度のお義理なのだ。
    
    「こんちくしょう。こうなったら10万分の1グラムを作って
    やる!」と、6年かかって、なんとか成功させた。金型を作る
    工作設備から億単位の金をかけて開発した。見本市に出すと、
    「へー。こんなに小さいのか」と驚きから感動のレベルに変わ
    った。海外企業からの問い合わせも来るようになった。
    
     その次の目標として、100万分の5グラムの歯車を作ろう
    と、社員に言った。すると金型をつくる若い職人が反対した。
    
         社長、そんなのダメだよ。そんなところで妥協されたん
        じゃあダメだ。100万分の5なら他でもできる。そんな
        ことになったら俺の顔がたたねえ。100万分の1の歯車
        を作りましょう。
        
     よし、わかった、と松浦社長はすぐに決断した。100万分
    の5を作っても、他社が100万分の4を作ったら、まったく
    意味のないことになってしまう。世界にないものを作らねば意
    味がないのだ。

■4.100万分の1グラムの歯車の陰に■

     100万分の1の歯車を作ったのは、技術力のアピールだけ
    が目的ではない。一桁上げようとすると、金型や成形機から、
    製品を取り出すシステム、数える装置にいたるまで、ありとあ
    らゆるものを開発しなければならなくなる。チリのように小さ
    な歯車の陰に、富士山の裾野のように技術開発が広がるのであ
    る。
    
     ちょうどNASA(米航空宇宙局)が月まで人間を送り込ん
    だロケットを開発したのと同じである。宇宙飛行士が月に立っ
    ても、人々の生活にはなんの役にも立たないが、それに伴って
    幅広い裾野の技術が開発されたのである。
    
     そうした高度の独自技術で、樹研が独占的に生産している製
    品の一つに、自動車のスピードメーターなど計器類に使われる
    ステッピング・モーターの部品がある。永久磁石の寸法バラツ
    キを吸収して自由に大きさを変えられる特殊な金型を開発し、
    これにプラスチックを流し込んで成形する。この部品は世界の
    三大自動車メーカーが採用し、樹研が独占的に供給している。
    近い将来に世界の自動車の50%に、この部品が使われるだろ
    うという。
    
■5.「貸し渋り」どころか「押し込まれ」■

     樹研はこうした桁違いの技術で、30年間に45億円の経常
    利益を上げた。余分な資金が10億もある。よく中小企業に対
    する銀行の「貸し渋り」「貸しはがし」が問題となっているが、
    樹研に対しては、一流の都市銀行が「借りて下さい」と頭を下
    げてくる。これを松浦社長は「押し込まれ」と呼んでいる。
    
     銀行が金を貸してくれないとこぼす中小企業の社長たちに対
    して、松浦社長は「彼らは(バブル期の)80年代に何をして
    いたか、ベンツを買って毎週のようにゴルフに行っていたでは
    ないか」と言う。自前の技術もなしに、低賃金で人を雇い、安
    さだけが売り物で大企業の下請けをしていた中小企業は、中国
    に仕事を取られ、銀行からも見放されていく。
    
     また中小企業が都市銀行と取引しないのは、銀行側が付き合
    ってくれないからではなく、経理への要求が激しいからである。
    しっかりした経理をする能力のない中小企業は、楽な信用金庫
    や信用組合に逃げてしまう。
    
     松浦社長は創業当時から都市銀行と取引をしてきた。そのお
    陰でずいぶん経理面では鍛えられた。厳しい経理面の要求に耐
    えながら銀行との信用を作っていくと、銀行は「無担保でも5
    億円ぐらいなら用意します」と言ってくる。一流の技術と信用
    を持っていれば、中小企業でも堂々と一流銀行とつきあえるの
    である。

■6.「機械をだます」職人の腕■

    「技術は人に帰属する」というのが、松浦社長の考えである。
    100万分の1グラムの歯車の金型を設計したのは、田中一夫
    という樹研で22年も働いている金型職人だ。田中ほどの職人
    になると、1000分の1ミリの誤差でも触っただけで分かる。
    
     コンピュータで制御される工作機なら、誰でも同じ物が作れ
    ると思われがちだが、そうではない。材料を削りだして金型を
    作っていくのだが、刃先の回転速度をどれだけにするのか、刃
    先の材質は何を使うのか、削っていく方向は上からか下からか、
    こうしたことで同じ機械を使っていても、精度はぜんぜん違っ
    てしまう。そこが職人の腕の出番である。
    
     樹研で使っている3千万円もする高価な工作機械なら、もと
    もと1万分の1ミリと高い精度を出せるように作られているが、
    それを職人の腕によって、さらに機械の精度以上の精密な加工
    をしてしまう。これを職人の世界では「機械をだます」という。
    こんな事ができるのは日本の職人だけだ。
    
     これはピアノを使うのと同じだ。最近はコンピュータ制御で
    自動演奏できるピアノがあり、プログラムさえあればスイッチ
    を入れるだけで演奏が始まる。しかし、バッハの楽譜を見て、
    それをどんな風に演奏したら良いのか、ピアノの個性を最大限
    に引き出しながら名演奏のプログラムを作るには、高度な腕が
    いる。知恵と感性と経験がものを言う世界である。樹研の職人
    たちがやっているのは、こういう仕事である。
    
     だから、彼らは実によく理論も勉強もする。ある技術的問題
    が持ち上がった時、松浦社長は田中一夫が「この野郎、知った
    かぶりをしているな」と感じたが、反論するだけの十分な知識
    がない。田中に負けないように、社長はその晩、家に帰ってか
    ら明け方まで勉強した。明くる日、社長がその問題をまた持ち
    出すと、田中の方もまた意見してくる。よく聞いてみると、昨
    日の知ったかぶりの意見とは違う。田中の方も帰ってから、必
    死で勉強したのだろう。
    
     田中は中卒だし、松浦社長は経済学を専攻した文系である。
    それでも仕事の中で必死に勉強を重ねていくと、世界最初の1
    00万分の1の歯車を作ってしまう、という点が、技術の世界
    の面白さであり、怖さでもある。

■7.元暴走族が大学教授にレクチャー■

     樹研工業には21歳から69歳までの社員がいる。職人の腕
    で言えば、60歳あたりは最も腕の立つ年代である。それを定
    年だから辞めて貰うなどというのは、愚の骨頂だと松浦社長は
    言う。
    
     入社してくるのは、工業高校の卒業生が多い。元暴走族など
    という連中もいる。採用は先着順で、今年は3人と決めたら、
    後からどんな優秀なのが来ても、「ごめんな。もう3人、決ま
    っちゃたんだわ。来年またおいで」と言って帰って貰う。入社
    試験などを課すのは、社内で人を育てる自信のない会社のやる
    ことだ。
    
     入社したら最低1年間は、コンピュータや計測器を使わせず
    に、焼き入れなどの仕事をさせる。焼き入れによって硬さを調
    整できるのだが、焼いた時にどういう色が出ると何度になって
    いて、それを油に入れて冷やすとどういう硬さになるのか、自
    分の5感だけを頼りにやらせるのである。
    
     そうして基本を叩き込まれた後は、田中一夫のようなベテラ
    ン職人との厳しい上下関係の下で腕と知識を磨いていく。今の
    若い人たちには、動機と機会を与えれば、大きな能力を発揮す
    るという。10万分の1の歯車を作った時も、「世界一のもの
    を作ろう」と言って動機付けをしてやったら、彼らの瞳は輝い
    て、朝4時から会社に来て仕事に取り組み始める。
    
     日本の有名大学の教授や学生が、樹研に研修にやってくるの
    だが、レクチャーするのが工業高校卒の元暴走族なのだから、
    痛快である。

■8.中国よりも安く作れる■

     こういう職人たちが「こんな歯車が作れないか」という注文
    を受けると、金型から成型機から、製造条件まですべてを社内
    で準備して提供する。そしてその製造条件通りやれば、すべて
    良品ができあがるので、検査は不要だという保証をしている。
    
     また金型と設備一式を売るときには「アフターサービスはい
    たしません」とあらかじめ断る。5年間は故障しないから、樹
    研からの点検も修理も必要ない、という自信があるからだ。
    
     不良なし故障なしというのも、100万分の1グラムの歯車
    でも作ってしまう桁違いの技術力があるからこそ実現できるの
    である。
    
     不良も故障もなければ、設備を動かしていても、人手がかか
    らない。従来の成型機だと20台に人間が最低2人は必要だっ
    たが、樹研の設備なら100台の機械を一人で動かせる。人生
    産性は10倍である。その上に不良は出ない、電気代も4分の
    1ときたら、中国よりも安くものが出来る。
    
     こうなれば、中国の企業がどんなに頭をひねっても、日本の
    部品を使うしかない、という状況になる。中国企業はもはやラ
    イバルではない。いいお客さんなのである。

■9.「下請け」ではなく「パートナー」■

     日本の大企業は、中小企業を「下請け」として見下す事が多
    いが、欧米企業は違う。どんなに小さな企業でも、一流の技術
    には敬意を払う。ドイツの自動車部品メーカーから特殊な金型
    と専用成型機3台の注文がきた。完成すると、先方の社員に設
    備の使い方を指導して欲しい、との依頼があった。
    
     一日の指導料はいくらか、という問い合わせのメールがあっ
    たので、さんざん迷ったあげく、吹っかけられるだけ吹っかけ
    てしまえと、「一日5万円でいかがですか?」と返事をした。
    日本では指導してもお金をくれた事がないのである。翌日、返
    事が来て、「最初の取引だからそんなにサービスしてくださる
    のか? 次回からはもっと要求していただいて結構だ。」とあ
    った。先方は1日5万円とは安すぎると驚いたのである。
    
     旅費も先方持ちで、飛行機はビジネス・クラス、ホテルも現
    地の5つ星クラスの最高級ということだった。松浦社長はそこ
    までしてくれなくても良いと先方に言い、ランクを落として浮
    いた費用でもう一人専門家を追加派遣してやったら、先方は大
    喜びだった。
    
     このドイツの部品メーカーの社長と副社長が、来日して樹研
    を訪れて、こう言った。
    
         実は、ヨーロッパの型屋とは全部縁を切ることとした。
        ついては御社とだけ取引をしたい。納期と値段については
        どこまでも相談に乗るから、どんなことがあっても、うち
        の仕事を受けてくれ。うちの仕事だけは断らないでくれ。
        
     さらに「樹研工業はうちのパートナーだと言ってもいいか」
    とまで聞くので、松浦社長も感激した。一流技術があれば、企
    業の大きさなど関係ない。一流のパートナーとして扱ってくれ
    るのである。
    
     小さな町工場で働く工業高校卒の元暴走族でも、世界を相手
    に堂々たるビジネスができる。日本人が古来から大切にしてき
    た職人の伝統が、現代のハイテク社会でますます存在感を発揮
    しつつある。デフレもグローバル化も高齢化もどこ吹く風と、
    逞しく世界を闊歩する日本企業の明日の姿を樹研工業は示して
    いる。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(294) ニッポンの明日を開く町工場
   誰もやらない仕事に取り組んでいるうちに、誰にもできない技 
   術を開発した金型プレス職人。 
b. JOG(033) 世界を支える匠の技術
   高度な技術を背景に、自社の製品をグローバル・スタンダード 
   としている中小企業は、少なくない。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 松浦元男、「百万分の一の歯車!」★★★、中経出版、H15
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「100万分の1グラムの歯車」について 
                                             Mollycaさんより
     今回の「100万分の1グラムの歯車」を読ませていただいて、
    何だかゾクゾクしました。寒気がしたというのではありません。
    強いて言えば、武者震いのような感じとでも言いましょうか。
    「日本人、すごい!」と単純に感心していまいました。

     私は今、カナダに住んでおりますが、こちらに来て3年が過
    ぎました。外から日本というのを客観的に見ているのでしょう
    が、最近特に思っていることは、日本人は、よく日本のことを
    卑下するけど、なんの、日本人、結構すごいよ。特に、国を代
    表するような、お偉い方々ではなく、一般の人々は、たくさん
    の人が、がんばっているなあ。もちろん、そうでない人もたく
    さん、いらっしゃるのですが。

     私見ですが、北米人と比べても、相対的にやはり、日本人は
    器用だし、悪い意味ではなく、お人好しだし、結構イケテルよ、
    日本人。本当に、たくさんの人に読んでもらいたいですね、こ
    のメールを。そして、「自信を持ちましょうよ、日本人ってこ
    とに。」と言いたいですね。

© 平成15年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.