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■■ Japan On the Globe(390)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

               国柄探訪:「鎮守の森」を世界へ

                鎮守の森から学んだ最新生態学理論で宮脇昭は
               国内外のふるさとの森づくりを進めている。
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■1.神戸を護ったふるさとの木々■

     ヘリコプターの下には震災後の神戸の街の惨状が広がってい
    た。ちょうど子供の頃に見た、戦争直後の東京や横浜の焼け野
    原を宮脇は思い出していた。

     しかし、よく見ると、所々に緑のかたまりが見える。小公園
    の小さな樹林や神社の森がそのまま残っているではないか。神
    社のコンクリートの鳥居が傾き、社殿が倒壊しているのに、鎮
    守の森の木々は一本も倒れていない。そこには難を逃れた人び
    とが集まっていた。

     埋め立て地のヘリポートに着陸し、タクシーで長田区に入っ
    た。猛火に焼けただれた鉄の塊の間で、少女とその父親らしき
    人が一生懸命に手で土を掘っている。母親の遺骨を探している
    ようだ。しかし神戸に多いアラカシの並木の裏にあるアパート
    は、並木が火を食い止め、延焼を免れていた。

     多くの家が猫もはい出せないくらいペシャンコになっている
    のに、そばに土地本来のカシノキやシイノキが一、二本あった
    ところでは、傾いた家の屋根がひっかかり、完全な倒壊を免れ
    ていた。これで助かった人たちもいただろう。

     高級住宅が張り付いている六甲の急斜面では、岩石のかけら
    一つ落ちていなかった。アラカシやモチノキ、ヤブツバキなど
    の常緑広葉樹が深く根を張って土砂崩れを防いでいたのだ。

■2.「現存植生」と「潜在自然植生」■

    「その土地本来の森であれば、火事にも地震にも台風にも耐え
    て生き延びる。災害対策の意味からも、それぞれの地域の主役
    となる木を中心に森を作るべきだ」。横浜国立大学環境科学研
    究センター教授・宮脇昭はこう主張してきた。神戸での光景に、
    宮脇は驚くと共に、自分の説が間違っていなかったと確信した。

     1958年から2年間、宮脇はドイツ・国立植生図研究所のチュ
    クセン教授について植物社会学を学んだ。教授と共にヨーロッ
    パ各地の植生を徹底的に現地調査しながら、「現存植生」と
    「潜在自然植生」を研究した。「現存植生」とは現在、その地
    にある植物群落であり、長年の人間の活動に影響されていて、
    その土地本来の植物群落である「潜在自然植生」とは異なって
    いる事が多い。

     たとえば日本の本来の「潜在自然植生」は、冬も緑のシイ、
    タブノキ、カシ類など広葉樹林である。ところが現在、我々が
    よく見る森とはスギ、ヒノキ、マツの針葉樹林である。これら
    はもともと広葉樹よりも生命力が劣っていたので、尾根筋、急
    斜面、谷筋など広葉樹のすき間に自生していた。ところが、戦
    後、急速な住宅建設の必要に迫られ、早く育つスギ、ヒノキ、
    マツ類の画一的造林が進められて、全国に広まった。

■3.「鎮守の森」こそ日本の「潜在自然植生」■

     その土地本来の植生とは異なる、生命力の弱い種に植え替え
    たつけは大きかった。マツはマツクイムシに赤茶け、さらには
    樹幹が白骨のようになって枯死する。瀬戸内海沿岸などで春先
    に何日も山火事が続くのはほとんどマツ林である。カラマツ植
    林地は根が浅いために、台風のあとは根こそぎ倒れてしまう。
    また生命力の弱いスギは子孫を残そうと一生懸命、花粉をばら
    まき、多くの人を花粉症で悩ませる。

     帰国を目前に控えて、日本列島の本来の「自然植生」とは何
    かと考え始めた宮脇の心にふと浮かんだのが、子供の頃、ふる
    さとの岡山・御前神社の秋祭りの光景だった。夜中の1時から
    始まる神楽(かぐら)を見に、人びとが集まってくる。神楽が
    終わり境内に出ると、大きな木々が暗闇の中に浮かび上がる。

     黒く太い枝が子供だった宮脇の頭上に覆いかぶさってくる。
    その神々しさに身震いをした感覚は今も身体に残っている。も
    しかしたら、「鎮守の森」こそが日本古来からの森であり、潜
    在自然植生なのではないか。

     しかし、日本の研究者の間では宮脇の考えは理解されなかっ
    た。そもそも潜在自然植生という言葉すら、ほとんど知られて
    いなかったのだ。しかし環境問題が急速の表面化するに従って、
    宮脇は企業などから講演を求められるようになった。

■4.「製鉄所のまわりに森を作りたい」■

     昭和46(1971)年4月、宮脇は新日鐵の環境管理室から電話
    を受けた。その前週に宮脇が経団連で行った講演に感銘したの
    で、「先生のおっしゃる森を製鉄所の周りにつくりたい」と協
    力を依頼してきたのだった。当時は全国の製鉄所が、騒音、粉
    塵、排水などの問題で周辺住民との軋轢を抱えていた。

     ほどなく新日鐵の全10カ所の製鉄所で森づくりが始まった。
    その一つ、名古屋工場では幅100メートル、長さ5キロの森
    が工場を取り囲むという規模である。埋め立て地のため、3メ
    ートルから5メートルの盛り土が必要であった。莫大な予算が
    かかる。経営陣のよほど強い意思があったのだろう。

     北九州の八幡製鐵所では一騒動あった。宮脇が現地調査をし
    て、潜在自然植生のシイ、タブ、カシ類を中心に木の種類、本
    数を細かく指示していたのに、実際に植えられていたのはマツ
    だった。担当課長は「タブやカシはなかなかないし、値段も高
    いので、安くていくらでも手に入るマツを植えました」と言う。

     木なら何でも同じだろうという考え方である。宮脇はなぜマ
    ツがこの土地本来の本物の木ではないかを説明する必要を感じ
    て、近くの神社に皆を連れて行った。八幡製鐵が日本で最初の
    製鉄所としてできた時に、作られた高見神社である。1940年頃
    に移設された比較的新しい神社であるが、見事なシイ、タブ、
    カシ類が育っていた。「これが本物の森です」と宮脇は言った。
    5万本もマツの苗を買ってあったが、改めてシイ、タブ、カシ
    を中心とした森づくりが始まった。

     翌年、ドイツのリヒテルンで開かれた国際植生学会で、新日
    鐵の各製鉄所における環境保全林作りを宮脇は報告した。まだ
    工場の周りに木を植えることは世界各国でもあまり考えられて
    いなかったため、大変な関心を呼んだ。かつて「日本の産業立
    地では自然の森を破壊して、工業団地が作られている」と批判
    していたオランダの学者たちが、「とうとう土地本来の森づく
    りをやり始めたか」と宮脇に握手を求めてきた。

■5.鎮守の森は千年の森■

     森とは木が集まっただけではない。高木、低木、下草、さら
    には野鳥や昆虫、地中の小動物群、カビ、バクテリアなどいろ
    いろな生き物がいがみ合いながらも一生懸命生きている共同体
    社会である。

     日本列島では2千年ほど前に稲作が始まり、森を切り開いて
    水田とし、さらに道や集落を作ってきた。しかし、私たちの祖
    先はその際にも、かならずふるさとの木による森を残した。そ
    れが鎮守の森である。

    「鎮守」とは、その土地の地霊をなごめ、その地を守護する神
    である。その言葉通り、鎮守の森は地震、台風、火事から、住
    民達を守ってきた。さらに神社を守ることによって文化を伝え
    てきた。

     鎮守の森は強い。荒れ地には一気にはびこるセイタカアワダ
    チソウなどの帰化植物も、鎮守の森には侵入できない。かつて
    は日本中の樹木を食い荒らすと恐れられていたアメリカシロヒ
    トリも、鎮守の森には歯が立たなかった。

     またスギやヒノキなどを人工的に植えた森では、下草刈り、
    枝打ち、間伐と、常時、人間が手を入れてやらねばならないが、
    その土地本来の樹木でできた鎮守の森は、そんな必要はない。
    鎮守の森は千年の森なのである。

■6.「タブノキ! タブノキ! タブノキ!」■

     平成14(2002)年11月23日朝、島根県出雲市にあるオム
    ロン出雲のグランドに、市内の750名もの小中学生が集まっ
    た。やがて宮脇が紹介され、マイクを通じて大きな声で呼びか
    けていた。

         北山の、出雲の一番本命の木は、火事にも、地震にも、
        台風にも長持ちするものは何であるか、大きな声で言って
        いただきます。タブノキ! タブノキ! タブノキ!

     グランドの向かいの北山では、緑の山麓の所々にぽっかり穴
    があいているのが見える。マツ枯れが進行しているのである。
    そこにこの土地の木を植えて、北山を本来の姿に戻そうという
    のが、この植樹祭の目的だった。

     宮脇の説明が終わると、小中学生らが宮脇に率いられて北山
    に登っていく。細い山道には小学生でも登れるようにと、新た
    に丸太の階段がつけられている。30分ほど歩き続けて到着し
    た植栽現場では、枯れたマツが切られて、タブノキ、シラカシ、
    アラカシなど35種類、7千本のポット苗が置かれている。

     この日のために、1ヶ月もかけて30人の森林組合や市職員
    たちが準備していたのである。宮脇の熱意は多くの人びとを動
    かしていた。

     1時間足らずの間に、7千本の苗木が5千平米の北山の斜面
    に植え込まれた。植え終わる頃には、子供たちは額に汗を浮か
    べ、充実感に目を輝かせていた。彼らが大人になる頃には、北
    山はこの土地本来の緑に包まれているだろう。山肌にしっかり
    根を張って土砂崩れを起こさず、豊かな水と空気を生み続ける
    ふるさとの森へと。

     宮脇はこうした植樹祭をすでに約千二百カ所で行ってきた。

■7.海外に広がる「ふるさとの森」づくり■

     宮脇のふるさとの森づくりは、海外にも広がっていった。
    1990年、三菱商事から協力依頼があり、同社内に地球環境室が
    作られ、東南アジアにおける熱帯雨林の再生プロジェクトがス
    タートした。

     当時は日本企業によるラワン材の伐採が海外からも強く非難
    されていた。しかし、日本企業の伐採は一ヘクタールあたり数
    本の超高木に限られており、それよりもその後で、韓国や華僑
    系の人びとが成長途中の樹木まで伐採し、さらに現地の人びと
    が後を焼いて焼き畑にしてしまうことが問題であることが分かっ
    た。

     宮脇は36種類の超高木、高木、亜高木のポット苗を作り、
    1991年7月にマレーシアで学生や地元の住民2千人を集めて、
    第一回の植樹祭を行った。8年後には土地本来の多様な樹木が
    10メートル以上にも伸びた熱帯雨林に成長した。それ以来、
    三菱商事と日本からのボランティア、マレーシア農業大学の協
    力で毎年、植樹祭を続け、既に50ヘクタール以上、30数万
    本の苗が植えられ、着実に育っている。

     同様に様々な日本企業の協力を得て、タイではマングローブ
    林、アマゾンでは低地熱帯雨林、チリではナンキョクブナ林の
    再生が進められている。

■8.深刻な中国の砂漠化■

     中国での緑の破壊と砂漠化は深刻である。中国全土の約28
    %が砂漠となり、森林率はわずか17%。砂漠は北京からわず
    か70キロの西北に迫っていた。北京市長は宮脇に頼んだ。
    「宮脇先生、このままでいけば40年で都を移さねばなりませ
    ん。是非ご協力いただきたい」

     万里の長城沿いに森をつくるという壮大な計画を宮脇は開始
    した。日本のイオングループ環境財団と北京市の間で3年間に
    39万本の植樹をすることが決まり、宮脇がプロジェクト・リ
    ーダーとなった。

     長城付近にはほとんど樹木がない。長城のレンガを焼くため
    に付近の樹木が伐採され、その後も戦乱や、暖房の薪取りに、
    森は破壊され尽くしていた。宮脇は付近の古いお寺などに残っ
    ているモウコナラの老木から、この木がこの地域の主役であろ
    うと推定した。そして土地の古老から聞き出して、100キロ
    以上も奥地にあるモウコナラ林を見つけ出し、大量のドングリ
    を手に入れた。

     第一回の植樹祭は1998年7月4日。日本から1400人のボ
    ランティア、中国人民政府側から1200人が集まって、4万
    5千本のモウコナラのポット苗を植えた。中国での植樹祭なの
    に、日本からのボランティアの方が多いのは、環境意識の違い
    からだろうか。

     寒暖の激しい環境で、苗が根付くかどうか。5ヶ月後の12
    月の調査で、当初逃げ腰であった林業試験場の職員達は言った。
    「プロフェッサー・ミヤワキ、100%活着している。不思議
    だ。しかし100%と言えば北京市人民政府の局長や部長が信
    用しないから、活着率98%と報告したいが許してくれるか」

     その後、宮脇は北京市から都市緑化顧問に、上海市からは浦
    東新区緑化顧問に任命され、中国での緑化活動に活躍している。

■9.「鎮守の森こそ21世紀の世界を救う足がかりになる」■

     1997年3月、宮脇はハーバード大学で開催された「エコロジ
    ーと神道」という国際シンポジウムに招かれ、「鎮守の森を世
    界へ」と題する招待講演を行った。宮脇は、神道と鎮守の森の
    歴史や意義について語り、「鎮守の森こそ21世紀の世界を救
    う足がかりになる」と訴えた。

     シンポジウムではナポリ大学の教授がこんな発言をした。

         4千年の歴史を持つ自然と共生した日本の自然宗教が、
        ごく最近、百年足らずの間に、一部の人によって間違って
        利用されたために、いま、多くの日本人が宗教に無関心で
        ある。鳥居とか、神社とか、鎮守の森と言っただけで拒否
        反応を起こす。これはきわめて不幸なことである。我々は
        4千年続いてきた神仏混淆の宗教をもう一度見直すべきで
        はないか。

     シンポジウムの最後に開かれた打ち上げパーティでは、一人
    のアメリカ人が宮脇に英語で話しかけてきた。

         日本の伝統的な鎮守の森をモデルとし、エコロジーと総
        合した新しい鎮守の森づくりを科学的な脚本にしたがって
        やろうとしている。これは素晴らしいことです。しかも、
        国内だけでなく、アマゾンやボルネオでもやろうとしてい
        る。このノウハウを日本から世界に発信していけば、再び
        私は日本がナンバーワンになると信じています。

    『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者・ハーバード大学の
    教授エズラ・ボーゲルだった。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(024) 平和と環境保全のモデル社会:江戸
    鉄砲を捨てた日本人は鎖国の中で高度のリサイクル社会の建
   設に乗り出した。
b. JOG(041) 地球を救う自然観
    日本古来からの自然観をベースとし、自然との共生を実現す
   る新しい科学技術を世界に積極的に提案し、提供していくこと
   が、日本のこれからの世界史的使命であるかもしれない。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 一志治夫『魂の森を行け』★★★、集英社インターナショナル、H16
2. 宮脇昭、板橋興宗『鎮守の森』★★★、新潮社、H12
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「『鎮守の森』を世界へ」について

                                             tamuraさんより
     私は府中市に勤務していますので、よく大國魂神社に参拝い
    たします。特に朝の参拝は心身ともに晴れやかになります。な
    りますではなく、させていただいたというのが本意でしょう。

     鎮守の森は疲れた脳を休めさせ体の細胞に本来の空気を送り
    込んでくれます。細胞の一つ一つが活性化してくるのが実感で
    きます。鎮守の森は我々の内部にある植物感覚に語りかけてき
    ているのだと思います。

                                             雄一郎さんより
     世界にはたくさんのすばらしい日本人が活躍しているんだと
    改めて勇気をもらいました。私は現在中国にいるのですがここ
    では宮脇さんの活躍など毛ほども報道せず、毎日「新しい歴史
    教科書」や抗日映画を流して反日を煽っています。私は中国共
    産党のこういうやりかたに大変ないきどうりと怒りを感じます。
    もし彼らが本当に日中友好を考えているのであれば、こういう
    ことを中国のマスコミは取り上げるでしょう。私には彼らのそ
    ういうところが本当に腹立たしくて・・。

     今回の宮脇さんの活躍を読ませていただき、改めて中国に対
    する怒りがふつふつと沸いてきました。ただ怒ってばかりでは
    何にもならないので自分なりに自分のできることをがんばろう
    と思いました。

                                             isakanさんより
    「潜在自然植生」という言葉はいいですね。これは、その土地
    に最も適した木がある、ということを明かしているわけですが、
    各々そのところを得せしめる、という明治の精神がそのまま現
    れているような気がします。

     また、これならば、決して西洋型の文明の輸出ではなく、そ
    れぞれの文明の本来の姿を再生させるという力を、日本文明が
    持っている、ということのようにも感じられます。それは、相
    手に押し付ける文明ではなく、相手を生かす文明なのでしょう
    ね。日本が本来の姿に立ち返ったとき、その力が本当に世界に
    とって必要不可欠なものとなるときが来るのでしょうね

■ 編集長・伊勢雅臣より

     日本の伝統は、まさに豊かな智恵の宝庫です。

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