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■■ Japan On the Globe(527)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             国柄探訪: 夢と誇りを持てる農業を
    
                     伝統的な「土づくり」と近代的な経営とで、
                    農業は大きな夢を持てる職業となる。
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■1.「農業は大きな夢を持てる職業」■

     長野県は八ヶ岳の山麓に一軒の農家がある。横森正樹さんと
    その妻、子供夫婦の4人で、8ヘクタールほどの畑を耕し、レ
    タスや白菜などの高原野菜を作っている。

     高原野菜は春から秋までが忙しい。収穫期は午前4時半頃か
    ら畑に出る。朝ご飯はレタス畑の中で、3人の孫たちもまじえ
    て一緒にとる。信州の雄大な山々に囲まれての朝食だ。冬は農
    閑期。家族水入らずで好きな事をして過ごす。

     しかも、横森さんは相当な高収入を上げている。家族で毎年、
    海外旅行に行っているほどだ。息子の一家の生活費はすべて親
    が出し、その以外に月15万円の小遣いと、サラリーマンでは
    貰えないような額のボーナスを受け取っている。

     横森さんは言う。

         農業はやり方次第で、きちんとしたビジネスになる。意
        外かもしれないが、大規模化や法人化をしなくても、個人
        経営であったもビジネスになるのだ。農業は、けっしで夢
        も希望もない職業ではない。大きな夢を持てる職業である。
        [1,p37]

■2.「農業を継ぎたい」■

     美しい自然の中で豊かな生活ができるのなら、農業を志した
    いという青年もおおぜい出てくるだろう。横森さんの息子もそ
    の一人だった。

     横森さんは息子に「農業を継いでくれ」と頼んだことはない。
    逆に息子が継ぐと、好きなときに定年を迎えられなくなるので、
    できれば継がないでほしいと思ったぐらいだ。しかし、息子は
    父親が好きな農業に打ち込む姿を見て、継ぎたいと言った。

     農協の職員にでもなってくれれば、と思って県の農業大学校
    の指導学部に行かせたが、息子の農業をやりたいという意思は
    変わらなかった。

     卒業後、アメリカへの2年間の農業研修に行かせた。別世界
    を見れば、考えも変わるのではないか、と期待したのだが、帰っ
    てくると「やっぱり農業をやる」。

     最後の手段として「農業をしたいなら嫁を探せ」と言った。
    農家は嫁さんの働きが不可欠である。息子は2年かけて、一緒
    に農業をやるという嫁を探してきた。農業とは関係のない家庭
    に育った女性だったが。

     横森さんはついにあきらめて跡継ぎを許したのである。

■3.「農業の原点」は「土作り」■

     別に大規模農業をやっているわけではない。高度な機械や革
    新的な技術を使っているわけではない。あくまで普通の家族農
    業なのだ。それなのになぜ、これほど余裕のある生活ができる
    のか。
    
     横森さんは「経営として成り立つ農業を行うには、『農業の
    原点』を見失わないことが大切だ」と語る。[1,p36]

    「農業の原点」とは何か。その第一は「土づくり」だと言う。

         作物は自分が成長するために、土から莫大なエネルギー
        を吸収する。だから、毎年作物を育てるためには、使った
        だけのエネルギーに見合う栄養分を土に与えてやらないと
        いけないことになる。・・・

         一言で栄養と言っても、一つや二つではなく、いろんな
        種類の栄養が必要である。・・・これは私たちの体を考え
        てみればわかりやすいと思う。私たちも、いろんな食べ物
        をバランスよく食べることで健康でいられる。土も同じ事
        なのである。

         土に栄養を与えてやるには、まずその土が栄養を吸収で
        きる状態になっていなければいけない。これも人間とよく
        似ていて、健康な身体は栄養をたっぷり吸収できるが、病
        気の身体にはなかなか思うように吸収されないからだ。

         では、「栄養が吸収できる状態」の土とはどんなものか
        と言うと、実は、土壌微生物がたくさん繁殖し、活発に活
        動できるような状態のことなのである。[1,p27]

■4.丈夫な土とは■

     土壌中の微生物が栄養(有機物)を無機物に分解し、作物は
    根を通じて、それを吸収する。したがって、微生物が元気に動
    き回れるような状態の「土」を作ることが「土づくり」なので
    ある。

     化学肥料には、窒素やリン酸、カリといった作物に必要な養
    分は豊富に含まれている。しかし、微生物はミネラルやカルシ
    ウムといった別の栄養分が必要である。だから化学肥料ばかり
    与えている土には、微生物が住めなくなる。それでは、いくら
    必要な栄養を与えても、作物は養分として吸収できなくなって
    しまう。

     きちんと「土づくり」された状態を、口で説明するのは難し
    いが、横森さんは一目で分かるという。丈夫な土とは、触って
    みると「ほぉわん、ほぉわん」としているという。

     横森さんはいろいろ苦労したあげくに、炭などを使った土づ
    くりに成功した。その土で作った野菜の味はしっかりとして柔
    らかくてアクがなく、甘みも出てくるようになった。市場など
    から「日持ちがよくなった」とも言われる。

     高価な機械や大量の化学肥料に頼らないから、コストも安い。
    こうして安くておいしい野菜を作れるようになったことが、農
    業で高収入を上げている秘訣なのである。

■5.祖父から教わった「土づくり」■

     横森さんが「土づくり」を教わったのは、祖父からだった。

         祖父は、自分で作った一町歩ほどの田んぼで米づくりに
        精を出す一方で、養蚕もやり豚も飼っていた。そして堆肥
        づくりも一生懸命だった。ヒマさえあれば近くの山に行っ
        ては落ち葉を集めてきて、それに豚の糞尿、麦わらを混ぜ
        て発酵させ、堆肥を畑に撒いていたが、祖父ほど土を肥や
        すことに力を入れていた人はいなかったように思う。とに
        かく大量の堆肥を作っては畑にすき込んでいた。[1,p44]

     横森さんが小学校高学年にぐらいになると、祖父の手伝いを
    させられた。

         祖父のもとで、私は農業の基本を教わった。教わったと
        いっても、当時は祖父から「やれ」と言われるまま手伝っ
        ていただけで、具体的に「堆肥はこうやって作るんだぞ」
        などと教わることはなかった。

         しかし、祖父の後ろ姿を見ているうちに自然に覚えていっ
        た。畑の土はこうやって作るものなんだということが体に
        染みついていった。その当時は、言われるがままにやって
        いただけだが、自分で農業をやるようになって、祖父がやっ
        ていた土づくりがいかに大事かだんだんわかっていった。
        [1,p45]

■6.日本に適した農業とは■

     祖父の教えを思い出して、自らも「土づくり」を追求した結
    果、横森さんは美味しい野菜を低コストで作ることに成功した。
    そしてこれが日本に適した農業だと、横森さんは言う。

         日本の農業は、狭い土地を有効利用する農業である。ア
        メリカのように大型機械を使って合理的な作業をすること
        はできない。しかし、土地が狭い分、管理は行き届き、品
        質の高い農産物ができるのだと思う。

         それだけではない。実は、日本はたいへん恵まれた自然
        環境にある。温帯で多雨の気候はかけがえのないものと言
        える。農村には豊富な資源があり、それらを循環利用しな
        がら作物を育てることができるからだ。家畜の糞や尿、そ
        して森林から採ってきた落ち葉、稲作によって生ずる米ヌ
        カやおが屑。これらすべてが農業の貴重な資源になる。こ
        れらを土に戻してやることで、作物は丈夫に育っていくわ
        けだ。[1,p87]

     農業の効率を上げるには、大規模化と機械化が必須のように
    言われるが、横森さんはそれに疑問を呈する。狭い土地でも、
    しっかりと土作りを行い、高品質の作物を作れれば、家族農業
    でも十分にやっていける。

     また高価な機械を入れても、その支払いに追われて、かえっ
    て収入は減ってしまう。家畜の糞尿や、落ち葉などを土に戻し
    てやるという循環型農業では、人手でこなすのが最も効率的だ。

     面白いことに、横森さんは「有機栽培による高付加価値販売」
    という考えにも批判的だ。有機資源を循環利用させて美味しい
    作物を作るのは「百姓」として当たり前の姿である。それをこ
    とさらに売り物にして、限られた消費者層に高く売るというの
    は、おかしいと考える。

     家族で狭い土地ながらしっかりと土づくりを行い、安全安価
    で鮮度も味も良い農産物を供給する。この日本古来の伝統的な
    農業に立ち返る事が、「経営として成り立つ農業」への近道だ
    と、横森さんは考えるのである。
    
■7.農業は「家業」ではなく「経営」になる■

     伝統的な「土づくり」に続く「農業の原点」の第二は、アメ
    リカで学んだものである。

     横森さんは昭和38(1963)年、22歳のときに、日本政府に
    よる農業者の海外研修制度に応募して、約3年間、ロサンゼル
    ス郊外の野菜農家などで作業研修を受けた。

     40人ぐらいのメキシコ人労働者に混じって、農繁期には朝
    の7時から夜11時頃まで収穫や箱詰めにかかり切りになる。
    あまりの仕事のきつさに研修生仲間からは「これは研修じゃな
    い。完璧な奴隷だよ」という声まででた。

     そんな中で横森さんは目から鱗の思いをする事を学んだ。こ
    のアメリカの農場主は青果市場に自分の店舗を持って直接販売
    していたことだ。一部の作物は冷凍コンテナに詰めて他州にも
    売りさばいていた。

     横森さんはこれを見て、「作ったものを自分で売れば、農業
    もお金になる」と気づいた。

         日本では、作ったものはすべて農協に渡し、その後のこ
        とについては農協に任せ切りである。儲かったとか儲から
        なかったという感覚をもつことさえない。しかし、自分で
        売れば、儲かっただけやりがいを感じ、損をすれば何が原
        因かを考え、次には別の手だてを考えることができる。こ
        うした農業は「家業」ではなく、「経営」となる。経営に
        転換すれば、農業はお金になるのだと私は実感した。
        [1,p66]
    
■8.「株式会社信州がんこ村」■

     帰国後、しばらくして自らの畑で、「土作り」からの農業を
    始めたが、当初は農協を通じて作物を売っていた。しかし、愛
    知県のスーパーが横森さんのレタスを逆指名してくれたり、横
    森さん自身も「農協も品質によって価格を別にするなど、臨機
    応変な対応をしていくべきではないか」と何度も提案したが、
    農協側は「売り手と価格について、組合員に口を出して貰って
    は困る」と拒絶した。これで、横森さんは農協との決別を決心
    した。

     そのスーパーは横森さんと直接契約をして、畑まで作物をト
    ラックで取りに来てくれた。やがて横森さんは、近隣の農家に
    土作りを教え、美味しい野菜を作れるようになるとそのスーパ
    ーに紹介して、仲間を広げていった。

     スーパーと直接取引をしてみると、実際の消費者がどのよう
    な作物を求めているのか、情報を得られるようになった。直接
    販売によって、真に消費者の求めているものをタイムリーに供
    給するという「経営」ができるようになったのである。

     平成12(2007)年5月、横森さんは「株式会社信州がんこ村」
    を立ち上げた。生産者のメンバーは、長野、群馬、山梨で野菜
    や果物を作る二十数名。会社の職員は横森さんの他に2名がい
    て、卸業者、流通業者と交渉する。

    「信州がんこ村」は設立一年目にして、2億円を売り上げ、1
    千万円の営業利益を計上できた。きちんとした「経営」をすれ
    ば農業は儲かる、という横森さんの主張は実証されたのである。

■9.農業に夢と誇りを■

     わが国の食糧自給率(カロリーベース)は昭和40(1965)年
    には73%だったのが、平成17(2005)年には40%まで落ち
    こんでいる。アメリカやフランスなど農産物輸出国は言うに及
    ばず、ドイツ84%、英国70%、スイス49%など、主要先
    進国の中でもわが国の自給率は最低である。

     しかも、農地面積は昭和40(1965)年の600万ヘクタール
    から、平成17(2005)年には469万ヘクタールへと、22%
    も減少している[2]。農家も後継者難で高齢化が進む一方だ。

     現在はアメリカやオーストラリア、中国などからの安い輸入
    農産物に頼っているが、世界の人口増の中で、今後は食料は奪
    い合いになり、当然、値段が上がっていくし、さらには輸入し
    たくともできない事態もありうる。

     そうした事態に備えて、若い人が夢を持って、農業を志せる
    ような環境が必要である。横森さんの伝統的な「土づくり」と
    近代的な「経営感覚」に基づいた農業は、安くて美味しい農産
    物を国民に供給し、農民自身も豊かな生活を送れるようにする。
    そこから、百姓としての誇りと夢が生まれる。

         ここまでやってこられたのは、やはり農業が好きだった
        からである。好きでなければ続かなかった。それから常に
        「経営」としてやろうという意志を持っていたからである。

         そして自分なりにいろんな「夢」を持っていたからだと
        思う。いまは農業に夢を持てなくなっている農家が多い。
        私は、少しでも多くの農家に夢を持ってほしいと思う。そ
        のためのお手伝いをしたいと思う。それが今の私の「夢」
        である。[1,p232]
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(024) 平和と環境保全のモデル社会:江戸
    鉄砲を捨てた日本人は鎖国の中で高度のリサイクル社会の建
   設に乗り出した。
b. JOG(390) 「鎮守の森」を世界へ 
    鎮守の森から学んだ最新生態学理論で宮脇昭は国内外のふる
   さとの森づくりを進めている。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 横森正樹「夢の百姓―『正しい野菜づくり』で大儲けした男」★★★ 、
   白日社、H14
2. 農林水産省、「我が国の食料自給率 −平成17年度 食料自給
   率レポート−」

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■「夢と誇りを持てる農業を」に寄せられたおたより

                                               小森さんより
    「家族で狭い土地ながらしっかりと土づくりを行い、安全安価
    で鮮度も味も良い農産物を供給する。この日本古来の伝統的な
    農業に立ち返る事が、「経営として成り立つ農業」への近道だ」
    と書かれていた理念はよくわかりましたが、だからといってそ
    れだけで農業経営が成り立つわけではないだろうと思いながら
    途中まで読み進めていました。

     やはり、何も考えず漫然と作付けし農協へ出荷していたので
    はだめで、消費者の顔の見えるところにアンテナを張ってニー
    ズをくみ取りながら生産にフィードバックし販売するという、
    頭を使った能動的なプロセスが成功の条件だったのではないか
    と感じました。

     最近、「百姓でも会社経営はできるんや!!」という本を、
    タイトルにつられて手にして読了しました。四国は愛媛県の片
    田舎の宇和島市に位置しながらも、夫婦2人でトラック1台か
    らはじめて、一点突破・全面展開の戦略で、野菜の苗の生産と
    販売でトップシェアを得るに至り、従業員230人、年商20
    億の会社組織にまで成長した、その足跡が書かれており、今回
    の農業に夢を持って取り組む人たちの話と重なって感じられま
    した。

    「夢と誇りを持てる農業を」というテーマにまさに一致してい
    ますので、機会があれば貴紙でも採り上げて頂けたら、様々な
    分野での「農業」を志す人が増えるかもしれないと思います。

                                              悦子さんより
     今日もすばらしい元気をありがとうございました。私は農業
    再生が日本の最重要課題だと感じています。教育も農業を尊ぶ
    ことから始めるべきだと。命の源を作ることですから、決して
    軽んじてはいけないことのはずです。それが、このようなお粗
    末な自給率になっていることは、政治の責任以外のなにもので
    もありません。

     6人の子育てにおいて大切にしてきたのは食べ物でした。安
    全な食べ物と言うのは、人間として当たり前の思想(=人間は
    自然に生かされ自然を生かす生き物である)を持つ生産者から
    作られています。逆に言えば、危険な食べ物は、命よりももう
    けを大切にする不遜な思想から作られています。

     小さな命を育てる中で、すばらしい生産者のおられることを
    知り、つながることができたことは幸せなことでした。

     今回の横森さんのお話は本当に嬉しかったです。私も14年前
    から仲間たちと有機栽培米の産直会を続けています。横森さん
    のような土作りに励む農家のみなさんが作ったお米を、年間契
    約しておられる会員さんに提供します。

     私はその事務局ですが、お米の価格は高くありません。みな
    さん喜んで食べてくださっています。今まで命を支えてくださっ
    た農家や加工者など食べ物に関わる多くのみなさんへのご恩返
    しの意味でも、未来からの預かりものである大地と空気と水を
    汚さないためにも、この産直会を育てていきたいと思っていま
    す。来年は農業再生のために力を尽くしたいと思っていました
    ので、横森さんのことを教えていただき、ほんとうに勇気が出
    ました。

     土を大切にして野菜を作っている人が、自ら営業して作物を
    紹介していく方法は、安心と信頼を生むので、それがお金を生
    むのだと思います。私も安心と信頼の輪を広げていきたいと思
    います。横森さんの成功が多くの農家に希望を与えるように、
    私も成功して農業再生のお役に立ちたいと思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     それぞれの場で、夢と誇りを持って生きている日本人がいる
    ことを嬉しく、有り難く思います。

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