健康診断や人間ドック、そして当院でも血液検査の前には「朝食を抜いてお越しください」とお願いするのが決まりになっています。これは我が国のみならず欧米でもながらく同様でした。しかしこの数年、この決まり事を再考しては?という動きが一部にあります。
私たちが食べて飲み下した食物にふくまれる種々の栄養素は、胃を通過したのち小腸粘膜から吸収され体内の血液中を巡りはじめます。そして食後しばらくの
間はそれらの血中濃度が高まっていることから「その状態で血液を採取すると検査値が正確に評価できない」というのが、従来、食事抜き空腹時に血液採取が行
われてきた理由です。
今春、欧州の学会雑誌に「コレステロール・中性脂肪」の値については、食事の影響を加味しても空腹時の血液検査は必ずしも必須ではなさそうである、とい
う報告がなされました。この研究ではデンマーク・カナダ・米国など30万人超の患者さんを対象に、空腹時と非空腹時採血での脂質値が詳しく分析されまし
た。その結果、2つの状態での脂質値の違いは従来考えられてきたよりも少なく、日常臨床におよぼす影響は少なそうであると結論づけられました。たとえばカ
ナダでの研究結果での空腹時・非空腹時の差は、総コレステロール・HDL-コレステロール値で2%未満、LDL-コレステロール値で10%未満、中性脂肪
値で20%未満にとどまったということです。
さらにある疾患グループの患者さんでは食後に中性脂肪の値が急激に上昇する病態が知られており、そういう方々に対しては食後測定が初期診断にかえって有
効であるとさえ述べられています。すなわち、こと「高脂血症の診断」に関しては、まずは非空腹時に血液検査を行い、そこでもし脂質値が高く出た場合には、
次に空腹時の検査を行い両者を併せて評価するという手順が薦められています。
これら研究結果を受けて、今後は食事を抜かない状態での血液検査も診療に加えていきたいと考えています。しかし、食事の影響は上に述べた「血中糖質値や
脂質値そのものの変化」だけではなく、乳び血清(血中脂質が増えた状態)によって生じる「血液の透光性変化」が測定値に誤差を生むことも知られています。
また糖尿病診断に関しては現在も空腹時の判定が基本です。以上のことから、今後も当院での血液検査は空腹時採血を原則とさせていただきます。またこれは人
間ドックや健康診断でも同様であろうと思われます。せっかく手間とお金をかけて行う血液検査です。できるだけ正確な判定がなされるよう医師側も患者さん側
も良く理解して準備することが大切ですね。