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『自分以外はバカ』の時代


  2003年7月9日の朝日新聞夕刊「文化欄」に吉岡忍さんが「『自分以外はバカ』の時代〜ばらばらの個人、暗鬱な予感」と題して寄稿していました。

  吉岡忍さんの感触ということでしょうが、「自分以外はみんなバカ」という表現は、どうだろうかと思います。ただ、吉岡さんのいわんとするところは、何となく理解はできます。

  吉岡さんは、「はしたない言い方をすれば、どれもこれもが『自分以外はみんなバカ』と言っている。自分だけがよくわかっていて、その他大勢は無知で愚かで、だから世の中うまくいかないのだ、と言わんばかりの態度がむんむんしている。」と、方々を歩き観察していてそう感じるのだと言います。

  そして、暗鬱な予感として最後にこう書いています。

  「この現実はやっかいだ。自分以外はみんなバカなのだから、私たちはだれかに同情したり共感することもなく、まして褒めることもしない。
  こちらをバカだと思っている他人は他人で、私のことを心配したり、励ましてくれることもない。
  つまり私たちは、横にいる他者を内側から理解したり、つながっていく契機を持たないまま日々を送りはじめた――それがこの十余年間に起きた、もっとも重苦しい事態ではないだろうか。
  不況、テロ、戦争、北朝鮮。どれも現在のこの国が直面する難問ではあるが、自分以外はみんなバカ、と思い込む心性はそれぞれの問題を外側から、まるで大仕掛けな見世物(みせもの)としてしか見ないだろう。
  そこに内在する歴史や矛盾を切り捨て、自己の責任や葛藤(かっとう)を忘れて、威勢よく断じるだけの態度が露骨となる。
  そこに私は、この国がこれからいっそう深く沈み込んでいく凶兆を読み取っている。」

  私自身が感じるのは、情報の洪水の中で、自分を感情に入れずに、社会の出来事や周囲の人々を客観化することに、今の人は自然と長けてしまったように思います。
  大げさに言えば、「総評論家状態」とでも言いましょうか。仏教的に言えば、自是他非となるのでしょうか。
  これは、「私は人よりたくさんのことを知っている、私の見方は間違っていない」という感情から生まれように思います。逆に言えば、情報の渦の中で、流されまいとして必死に自分をたもとうとしているとも言えるかもしれません。

 しかし、今は死語になってしまったのでしょうか、「お互いさま」という言葉が。
  この言葉が、自と他の緩衝材になっていたように思います。「おかげさま」ということばもあります。どれも仏教的思考に根ざす生活の言葉です。
  吉岡さんの予感どおりに日本が沈み込んでいくのでしょうか。果たして仏教がこれからも砂防ダムの役割を果たすことができるのでしょうか。私たち仏教者の責任に思いが向かいます。

                             艸香 雄道


 よしおか・しのぶ
作家 48年生まれ。早大政経学部中退。
ベ平連参加を経て『墜落の夏』(新潮社)で講談社ノンフィクション賞。
著書に『放熱の行方』(講談社文庫)、『M/世界の、憂鬱な先端』(文芸春秋)など。