無造作に野球場を訪ねていると、たまたまその球場の「もっとも良い時期」に遭遇するという事がある。
市川市の国府台球場に行った時がそうだった。球場に関する予備知識はまったくなかったので、周囲が桜の名所だという事も当然知らなかった。そんな場所に、丁度桜が満開の頃に行ったから、僕の意識の深層に「野球+花見」という概念が浸透したのも、ごく自然な事だった。なにせ国府台球場の完璧なロケーションである。桜の名所とカップリングになっている野球場はたくさんある。しかし、スタンドが桜の枝に覆われている球場はたぶんそんなに多くない。球場の中と外はどうしても仕切られるものだから。
当然、こんな野球場で、野球と花見を一緒に楽しめたら、正に日本人に生まれて良かったというものである。日本人は「野球」と「桜」が好きだ。
以後、桜の季節になると、今年は国府台球場で何をやっているのかと伺い、特に高校野球などはやっていないと知り、ああそうなのと思っているうちに桜が散る...というのを毎年繰り返していた。
ネットで仕切られるスタンドと桜。
だが、今年こそはやる。「花見野球」を。
その時期に国府台球場で何もやっていないのなら、他の球場でも良い。しかしあの球場に匹敵する球場なんてあるのだろうか。その時期にれっきとした野球大会が行われる球場となると、余計条件は厳しくなる。だから野球場というよりは「桜の名所」を探す。すると立川市の某公園の名が浮上。立川市の某公園と言えば、立川市営球場があるではないか。しかも春季高校野球東京都大会がある。
しかし立川市営球場の構造が「花見野球」を楽しめるようになっているか。それはわからない。だからネットで調べまくる。僕と同じような趣味の人が(「球場マニア」は少なくないらしい)サイトで球場の写真を公開していた。しかし桜の季節のものではない。また公園の桜の写真を公開している人もいた。桜と球場が近い事にも触れていたが、球場の中で花見が楽しめるかどうかについては触れていない(当たり前だ)。
立川市営球場で「花見野球」は楽しめるのか。申し合わせたように微妙だ。これは実際、行ってみるしかない。
すべては賭けだ。にもかかわらずダラ球会のメンバーに呼びかける(何て無責任な)。しかし反応はゼロ。仕方なく一人で行く事に。04年4月初頭、ついに「花見野球」を決行。
立川市営球場はちょっと観づらい。
それにしても一人で「花見」というのはちょっと風流すぎる気がするが、自転車で行ける。つまり交通費をかけずに行けるというメリットがあると前向きに考える。
甲州街道をひたすら南下。球場近くのコンビニで「酒とつまみ」を購入するが、コンビニ周りの桜を見るとかなり散っている。遅かりし?しかし桜の種類や位置によって微妙に開花のペースが違ったりするから、希望を捨てず...球場に到着。
さて公園の桜全体が「こんもり」という感じで、結局一番良い時に来たらしい。ここぞとばかりに見物客多数。しかし「ごったがえす」という程ではなく、バカ騒ぎをする手合いもなく、行儀良く桜を楽しむという人達。上野公園ほど極端ではないが、日本人がもっとも楽しみにしていた季節というか場所というか。
そんな一面ピンクの世界に、ぽつんと緑色の点。行楽の世界で唯一行われる真剣勝負。フィールドと桜が高いネットで仕切られているのも無理からぬ所か。桜の色は憩いの象徴。スタジアム=競技場の中に入ってはいけないという事だろうか。花びらが落ちてくる風情はあるが、観客が桜の天井に覆われるという事はない。
外野席は花見会場そのまんま。
しかし外野の芝生席を見ると、ずらりと桜。花見にふさわしいというよりも、「花見処」そのまんま。外野だと試合は観づらいが、花見の場所としては完璧だ。後で移動する事にする。
さて「花見」にふさわしい試合ってあるのだろうか。賑やかにしたいなら打撃戦、静かに楽しむなら投手戦といったところだろうか。どちらにしてもワンサイドゲームでは興ざめする。しかし農大一高がフルメンバーなのに対し、都立大山は部員自体が11人。大山といえば、よく高校の帰りに天下の大山商店街に立ち寄っていたので愛着があるが、何となく最初から勝負が見えるのだった。
もちろん球児たちに桜を楽しむ余裕などない。真剣勝負である。しかし外から酔ったオヤジ様の歌声が聞こえてくる。すっかり春だ。「真面目に野球なんてやってるなよお前ら」そんな様子である。初回の大山、ゲッツーで数少ないチャンスを潰す。
大山の先発右腕は、オーソドックスなワインドアップからゆったりしたフォーム。しかしテークバックから急に速くなり、タイミングは取りにくそうだ。一見弱そうな大山に思わぬ隠し球?農大一高はどう攻略するか。
球場正面、桜とガクラン。
などと真面目に解説するのがはばかられるほど完璧な今日の桜と陽気である。ぼちぼち外野に移動。この規模の大会では、外野席が閉鎖されている事が多いが、簡単に入れるのは「花見」に配慮しての事だろうか。いやまさか。しかし芝生のスペースに桜の天井。ここで花見しなさいと言っているような完璧さだ。実際、ここが花見会場として開放されたとしたら、その辺のオヤジが野球を肴に騒ぎに来る事必至。しかし本当にそういう状況になったらたぶん高野連が怒るだろう。
なんだか大山の先発右腕はあっさり攻略されている様子だ。しかし大体エラー絡み。ここからでもそれはわかるが、たかだか外野に移動しただけで、妙に試合が遠く感じられる。花見会場の遠くで野球をやっているような。酒が入っている事もあって、意識の中で野球は小さくなっていく。大山は二回もチャンスを潰したらしい。農大一高は三回に1点追加。右ライナーをライトがちょっとはじいて走者を進めた。こんなところから点差が開いてしまう。
公園と球場の様子。一番良い時に来たようだ。
などと真面目に解説するのに自分で違和感を感じるほど桜と野球と酒に酔っている(酔っているというのはあくまで精神状態の事で、本当に酩酊しているわけではない)。普段野球を観ながら飲む事はあまりないが(というか酒自体あまり飲まないのだが)、今日は特別。年に一度できるかどうかの花見野球なのだ。だが野球を軽んじているのではない。良い試合こそが一番の肴だ。
大山の選手の友達が来たらしく「打てよ!」と声援。応えるそぶりの三番打者は良く見て出塁。これをキッカケに何とか1点を返す大山。少しは試合に緊張感が出てきたか。そうなると逆に酒が覚めてくる。そうだ、本来は酒ではなく試合に酔いたいのだ。
ところが七回裏に農大一高の三番が走者一掃の三塁打を打つと、8-1で7点差となり、コールドになってしまった。不思議な感じがするのは、コールドという気がしないところ。ビッグイニングがひとつもなく、少しづつ加点されて、気が付いたらコールドなのだ。何だか、ささやかな花見会場をいきなり市の公園課に撤収されたような。
実は、そこが野球という肴の鮮度の脆さ。何せ、誰もその味を保証できないのだから。スポーツには予定調和がない。どんな出来になるか、作っている当人にもわからない。客の注文通りのゲームができるわけではない。しかし時には注文以上のものが出来上がる...。
桜と酒と、野球の絶妙な取り合わせは、どこぞのカリスマでは手が出せない、究極の一席。だから普段、桜とスタジアムは高いネットで仕切られている。(2004.4)
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