[盛 岡]

バス停からスロープを上がると県営球場。併設の施設がないのが特徴。

 社会人野球と聞いて咄嗟に連想する地名というと、僕の場合まず「川崎」。他については少し考えた後なぜか「岩手」の名が挙がる。ラグビーで名を馳せた「新日鐵釜石」の印象が強いというのもあるが、そうした実業団野球が意外と盛んであった事に加え、クラブチームの数が多いという点が大きい。後は久慈次郎のイメージだろうか。
 とにかくクラブが多いという事は、底辺で活動する土着の野球人が多いという事で、それはある意味「野球のレベルが高い」事よりも大事だったりする。大事というのは「野球のオーラを感じる」という点においてであり、岩手は東北で最もそれが強いと僕は思っている。
 福島県と同じく岩手も「県」だけで都市対抗の一次予選ができてしまう。ズラリ23チーム。うち21チームがクラブチームである。企業チームはJR盛岡とJAいわて(企業じゃないだろという尤もな指摘もあると思うが、登録上企業チームのカテゴリに入るらしい)のみ。


クラブチームがズラリ21。

「釜石野球団」「オール江刺」「久慈クラブ」「水沢駒形」...etc。伝統かつ味わいのある土着のチーム名の羅列を前に、地酒の陳列を目の前にするような充実感(別に飲める方ではないのだが)。県営球場の外ではキャッチボールでウォーミングアップをする選手。会話をしながら、ボールが言葉の断片のように自然に往来する。そんな充実感。
 大槌クラブ(大槌町)の二回戦の相手は、数少ない企業チームのJAいわて(盛岡市)。大槌クラブのメンバー表を見ると多くが大槌高校出身。JAいわては東海大とか東農大とか関東学院大がおり、どちらかというとJAいわての方が東京ドームに近そうだが、その後活動休止に。
 そう、景気の波に左右される企業チームとは対照的に、土着のクラブに景気は関係ない。だからこの「クラブチーム王国」に、本当の意味での「野球文化」を感じるのだ。ただ実際に試合をすると、力の差が出てしまうのだが。
 大槌クラブの先発平野は、パンフによるとエース。JAいわての強力(そうな)打線にどう立ち向かうか。変化球は持っているが、あまりスピードは感じない。僕の予測では、適当に打たれはするが、それ以上に守備が乱れて失点を重ねコールド、と言ったところ。しかし企業チームを倒してこそ「クラブチーム王国」の面目躍如だという気もする。


観客と一緒に何気なく選手が出入り。

 一回裏、一番田村を中飛に。ストレートを速く見せるために効果的に変化球を使って...などと思う間もなく二番今野に初球デッドボール。四球よりマシかな...などと意味のない納得を試みる。やはりというか今野二盗。三番木村は結局四球。四番川村の時にパスボールで二、三塁。川村は深い中飛で1点。五番大坊遊ゴロ。1点で切り抜けるも、バッテリーがやって欲しくない事をひと通りやらかす。が、1点でしのぐ。
 クラブチームが企業チームに勝つというのをごくたまに観るが、そういう時は嬉しくなる。別にクラブが好きで企業が嫌いというわけではなく、地域密着であるとかないとかいうレベルの話がしたいわけでもなく、財力で選手を集められる反面、景気の動向如何であっさりチームを潰せてしまう企業に対し、土着のクラブには「確かな」何かを感じるからだ。
 JAいわての先発高橋は、パンフによると「ストレートに威力」。この高橋から二回表、大槌クラブは1点を奪う。四番阿部裕が四球。二死の後、七番芳賀が初球を左中間クリーンヒット。これがこの試合大槌クラブ唯一の得点だったのだが、この時点で「勝てるのではないか」などと妄想してしまった。「二回表を終わって1-1」などと言うと、何となく互角の戦いをしているような気分になる。


岩手県営野球場。スタンドは全て緑で統一。

 大槌クラブの事もJAいわての事もよくは知らないが、「クラブと企業」という意味では「昔からずっと観つづけている」という気もする。ここでは大槌クラブがクラブの象徴で、JAいわてが企業の強豪チームの象徴で、僕は「いつものように」クラブを応援するのである。そして二回表までは同点。ここまで気分だけは互角。しかし時間は容赦なく進む。
 二回裏は何となく2点追加。三回裏はさらに4点。三番木村の右直がスライスしてライト捕れず。記録はエラーも打者は三塁へ。四番川村の打球もスライスして右越え1点。六番西村変化球すくい上げ左越え1点。七番新田左へ一直線のホームラン2点。コールドゲームのペースで点を取られまくる。
 大槌クラブの平野は変化球を色々投げるが真っ直ぐのスピードに欠け、JAいわての高橋は変化球はめったに見ないがスピードがある。結局速いストレートこそが投手の最大の武器なのかという気もするが、単にJAいわてには並の変化球なら打ってしまう技があり、大槌クラブには企業のエース級のストレートが打てない、という事なのかもしれない。平野は四回を8失点で降板。「67球、自責点6」とアナウンスされる。投手の球数と自責点がアナウンスされるというのは親切だが、降りた投手は良い気分ではないだろう。二番手は右のスリークォーター、那須。「自責点0」のアナウンスを引き出して終わりたいところ。


エントランスにくり抜かれた県章。

 しかし五番大坊に左前ヒット。六番西村にストレートの四球。七番新田のバントの打球が前に上がる。これを捕る那須、すかさず一塁へ。逸れて1点。八番熊谷にも四球。九番佐藤スクイズ、1点。一番田村四球。二番今野二塁へのゴロ。これをフォースアウトにしようとするもセーフ。三番木村補飛。はじめてまともに打ち取った。
 淡々と攻撃を振り返ると散々なイニングだったようだが、それでも2点に抑えている。しかし毎回こんな調子なので既に1-9。
 六回表は三番手、右の柏崎。
 ...5点追加。
 しかしこの回はなぜかエラーがなく、投手の純粋な悪戦苦闘ぶりに見応えがあった...などと意味のない納得を試みる。
 それでも笑顔の大槌クラブ、最後の攻撃。投手は右のサイドスロー、上市。なんと46歳。
 実は46歳というのは後から知った事で、観ている時点ではそれほどロートル(失礼)だとは気付かなかった。もっとも、観ている者に気付かれるくらいなら現役で投げてはいないと思うが、そういう投手がいるというのが正に「クラブチーム王国」たる所以ではないかと思う。
 JAいわてのベンチに一人やたら声の大きい選手がいる。「(球の)出どころ見えないよ!」と妙にテクニカルな野次。つまり上市隆之46歳は、そういうタイプの投手である。右のサイドスロー。まずは六番岩崎をアウト。


サイドスローの46歳上市投手。

「JAいわては企業チームなんだろ」?その通り。しかし伝統あるクラブがひしめく岩手野球界で、当然JAいわてもその中に揉まれて野球をやっているわけだ。もし、その土地の「野球文化」が、中央の強豪企業チームひしめく野球界のソレであったら、まだ投げられるかどうかという以前に、引退「させられて」いるかもしれない。しかし46歳と20歳が一緒にプレイするようなチームなら、カテゴリは企業でも、しっかりクラブ文化に馴染んでしまっているのかもしれない。
 七番芳賀を空振り三振。最後の打者黒澤は18歳。なんと28歳の差。プロ野球ではまずない対決である。2-0、簡単に追い込まれ空振り三振、コールドで終了。
 年齢がどうこういう以前に、「格の差」を感じさせた上市投手の貫禄というか風格というか。彼の球歴は知らないが、たぶん以前はもっと「東京ドームに近い」チームにいて、それで現役の晩年をこのチームで過ごして...などと想像。
 何にしても、大きな大会でちょっと活躍し、何時の間にか記憶から消えていたような選手に思いがけず会ってしまうような「野球文化圏」があったら、それは野球そのものにとって幸せな事で、大きなお世話と言われるかもしれないが、みちのくの野球旅にはそんな匂いを感じるのである。(2004.6)

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