[飯 能]

元加治駅から市民球場へ。途中、入間川を越える。これぞ飯能という風景。

 三塁後方を崖に阻まれた静かな野球場で、ライオンズの応援団だけが試合前からやたらにヒートアップしている。ファームでは今まであまり見られなかった光景だ。何せちゃんと観客席のある野球場でホームゲームをやる習慣がなかったのだから。
 ファームにはファームの楽しみがあり、一軍よりもファームの応援をしている方が楽しいなんていうファンも、たぶん全チームにいる。そういうファンの欲求に応えるインフラを持っているのが、イースタンリーグではファイターズ、シーレックスである。しかしそれ以外のチームにも、「場」さえ与えられればファンの欲求は顕在化する。つまりどこのファンも「ファーム」で盛り上がりたいのである。
 ライオンズは栗山、G.G.佐藤。スワローズは青木、福川、花田と、後に主力として活躍するメンバーが登場。何よりこういう、近い将来の活躍を予感させる選手の存在というものが、ファームの大きな魅力である。


環境さえあれば応援団がこの通り。

 それと、選手の「存在」が、ファンと近い事。つまり「密」であるという事。少し違う言い方をすれば、それが「地域密着」であるという事。ファームほどこの「地域密着」を推進するのに適したリソースはない。
 先発竹内(『野球紀行』彦根編にも登場)が牽制をすると、「バッター勝負だ!」という声。西武第二球場の時よりも文字通り「足場を固めた」ファンに連帯意識みたいなものがあるように見える。とにかく客がよく声を出す。
 チームのネーミングライツ売却もそうだが、西武ライオンズも色々と何かやろうとしているのがわかる。最も大きなテーマがやはり「地域密着」だろう。
 ライオンズの協約上の保護地域は埼玉県だが、西武ドームのロケーションからして、沿線地域からの集客を前提にしているのは明らかで、事実上は「東京のチーム」と言ってしまって良かった。ただ、それだけではいけないというのが「色々と何かやろう」という動きの根拠でもある。その点、ファームは一軍よりも融通が利く。観覧施設のない、つまり観客の事は考慮されていない西武第二球場を飛び出し、飯能だけでなく県内各地でホームゲームをやろうというのは、地味だけど大きな改革だと思う。「西武」はその商圏イコール地域だから、特定の地名を付けにくいところがあるが、ファームはネーミングライツを売却するくらいだから、必ずしも「西武」である必要はない筈で、チーム名に「埼玉」を入れるのにも抵抗はないだろう。そして大宮、上尾など県央部でもホームゲームを行う。ファームとは拠点であり、拠点とは地域密着のリソースである。これは「千葉」を名乗るもファームは浦和にあるマリーンズのようなケースとは正反対で、単純に隣の芝生ばかり見る(球団名の頭に県名を付けるだけとか)よりも断然、面白い。


ファンクラブ会員証で入場無料。

 その効果は、ちょっと西武第二球場を飛び出しただけでちょっと出ている。鎌ヶ谷や横須賀の雰囲気に少し近くなった。本場のマイナーリーグでは鳴り物を使った応援はしないだろうが、これはこれで日本独自のスタイルである。たぶん「本場」と共通しているのは、選手への声援が一人ひとりに対して「やたら詳しい」事と、それが選手本人や、周りの客にも聞こえる事。そして、一軍ほど勝敗にムキにならない事(その点シーレックスは特異かも)。
 特に人気があるのが新人のG.G.佐藤。フィリーズのマイナーにいたという経歴と、日本人離れした体格でとにかく目立つ。今日は六番ファーストでスタメン。二回に無死一、二塁のチャンスで登場すると、ひときわ大きい声援を浴びる。投手花田は外、外と逃げ気味。また外、これを空振り。ここで多少攻めかたを変えても良さそうだが、自信を持ったかまた外。これはバウンドして1-3。ワッと沸く応援団。チャンスだからというよりもG.G.佐藤だからだろう。また外、これは空振り。結局最後も外で四球。このチャンスは上本の犠牲フライによる1点で終わる。


配られた団扇。04年見事優勝。

 が、1点で十分喜ぶファン。誰かがラジオで一軍の試合中継を流している。すると2-0で勝っている。「もう勝ったな」とやたら楽天的。
 そのG.G.は四回にユウイチのゴロをエラーするが、竹内は畠山をゲッツー、本郷を投ゴロに。ここまで安定感のある竹内ははじめて見る。先取点を奪い、一軍も勝っている。今の飯能はファンにとって実に居心地の良い空間となっている。そう言えば、僕のいた小学校では、四年生の夏休みになると「飯能林間学校」に行く事になっていた。はじめて学校の同級生と一夜を過ごす経験だったので、とても刺激的だった事を覚えている。だから飯能という地名は、僕にとっては適度に特別な意味を持っている。
 飯能林間学校の宿泊施設は、広い部屋の両端に二段ベッドがしつらえてあり、一クラスがまとめて寝るのに合理的な構造になっていたのだが、これが「夜中に騒ぐ」のにも実に適しており、「枕投げ」や先生が怒りにくるスリルを共有するなどの経験をする事で、社会性とか仲間意識を育む最初の場として機能していた。


ネット裏。所沢からも意外と遠いが、そこそこ集まった。

 もっとも今この場に、飯能という地に思い入れを持って野球観戦をしているのは僕だけだと思うが、ホームという概念を得たファンと、過去の記憶が相俟って「共有」とか「連帯」といった妙にくすぐったいキーワードがちらつくのだった。
 久保田四球、福川死球、バントの構えをしている細見にさえ死球。心地良さは一気に覚めた。大原の三ゴロでようやく本塁アウトも、当然、投球間隔が長くなる竹内。一転、イラつくファン。もっともこういう失態はファームの投手には珍しくなく、その受け止め方もファームの常連ならではで、冷静な人は冷静だったりする。青木を迎え、トモキ(05年限り)に交代。先発が四回1/3で降りるのは情けないところだが、僕が監督でも代えていただろう。
 後にセ・リーグ初の200本安打を達成する大物青木宣親に対しトモキ、いきなり近目。のけぞらせた後2球たて続けにストレート、2-0。微妙に失速する変化球で空振り三振。まさにケンカ投法(ぶつけてしまったらただのケンカだが)。後々「こんな事もあったんだな」と思わせる貴重なシーンだった。が、「心地良さ」はここまで。梶本に一二塁間を抜かれ2点、ユウイチライト前2点...。


自然に囲まれた理想的な環境。阿須ホッケー場は近くに。

 1-6で勝負が見えた感があるも、七回の攻撃前にちゃんと『吠えろライオンズ』が流れる。合わせてほのぼの歌う応援団。たぶん、意識は一軍の試合の方に行っている。九回、マウンドに立つ2年目の若手にも「明日から福岡(一軍の試合)行ってくれー!」
 そんなファンの格別な期待を背負うのは、06年FAで巨人に移籍する豊田清に代わり新ストッパーの座を見事に掴む小野寺力。彼は決して1年目に目立った成績を残したわけではない。しかし大きな拍手で迎えられる。濃いファンは既に彼が次代のストッパーとなるつもりでいたのかもしれない。大原、青木、梶本。わずか4球で終了。「小野寺サイコー!」
 そう、これこそがファームの醍醐味。「小野寺サイコー」を直訳するならば、「これがウチの次の守護神だぜ!」。それを相手チームに対して予告する事なのだ。そして予告編のおまけは九回裏のG.G.佐藤。成本から左へ一直線の7号ソロ。当たると大きい。G.G.も06年には春先限定で大活躍する事になる。
 結局3-6で負け。しかし「予告編」の充実如何で悔しくはならない。そこがファームの良いところ。これに地域連帯のようなスパイスが加わるともっと面白いが、県内広域を意識したホームゲームは、もう少し後の話。(2004.8)

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