[宇都宮]

車もほとんど通らない殺風景な立地に突如清原球場。

 宇都宮駅「餃子の像」あたりで愛車BD-1を展開し、国道をひたすら東南に下る。バスの便が当てにならない事はわかっているから、この方が速く、確実。90年代に各地に広がった「新球場建設ブーム」に造られた野球場の多くはこんな風に交通の便が悪いから、清原球場がその草分けである事を嫌でも実感できる。
 野球場の立地を大きく分けると、市街地、住宅地、ベイエリアなど。あとは遊園地などの施設と地続きだったり、公設の場合は運動公園とか総合公園の一部である事が多い。それだけに「工業団地」という清原球場の立地のユニークさは際立っている。90年代に入る少し前。なるほど、「バブル」か...。
 さて高校野球の秋季大会というのは独特の雰囲気を持っている。つい先日まで「夏の甲子園」が盛大に行われていたとは思えないほどに。だが、そんな静けさが新チームのスタートを飾るに相応しいと僕は思っている。清原球場は開場時から変わっていないが、何時の間にか、そんな秋季大会の空気に馴染むようになっていた。


デビュー当時はもっと企業広告が賑やかだったが...。

 2万人収容のスタンドが分不相応。選手の母親であろうおばさんの集団だけが賑やか。それだけに周囲の静けさが際立つ。清原球場は古代ローマ遺跡・コロシアムを模して造られた事は有名だが、コロシアムが建てられたネロ帝の黄金宮殿の庭園と「工業団地」とのギャップを感じさせない程に、こちらのコロシアムも遺跡っぽい静けさを湛えている。
 ところでコロシアムというと、日本にも「有明コロシアム」があり、昔も「田園コロシアム」というものがあったように、競技場全般を指すと思われがちなので、固有名詞である事とローマ遺跡っぽさを強調する意味で、以下イタリア語読みの「コロッセオ」(Colosseo)と表記する。
 バブルの最中、華やかにデビューした当時の面影はなく、企業広告も今はコカコーラと山本建設がポツリ。それでかえって本物のコロッセオの雰囲気に近づくという皮肉。


この辺がコロッセオっぽい...とコロッセオに行った事がない者には見える。

 地方球場(ここではプロの常打ち球場以外)の中で好きな球場を挙げよと言われたら、僕の場合清原球場は間違いなく上位に入る。コロッセオこそが正に僕の「理想のスタジアム」だからだ。もっとも古代ローマ遺跡と「野球」に何かつながりがあるとは思えず、一体どこから「コロッセオのような野球場」という発想が出てきたのかわからないが、考えてみれば、コロッセオで野球。工業団地−陸の孤島−遺跡のような静けさ...。僕の最も好きな野球シチュエーションかもしれない。
 ただ、おばさん達の笑い声だけがそのシチュエーションに抗っている。試合はもう七回表を終えていた。高校野球だから前の試合が終わるのも早かったのだろう。先攻は宇都宮清稜で後攻は益子。2-1で宇都宮清稜がリードしている。県都の名前が入っている学校とそうでない学校とでは、前者の方が強いイメージがあり、実際勝つのだが、今のところ良い勝負をしている。しかし八回表に宇都宮清稜が1点を追加し、両チームに対する知識もないくせに勝負が決まったような気になる。来たばかりなのにこれではつまらない。
 投手は宇都宮清稜が手塚、益子が高橋という、共に背番号1を背負うたぶん新エース。八回、その手塚から益子は二死から五番セカンド鈴木の2点タイムリーで同点に追いつく。これは、もっと長く試合を楽しめるかも。おばさん集団がキャーキャーと盛り上がる。益子側の人らしい。


どの球場にも似ていない重厚な感じのスコアボードは気に入っている。得点が電卓の文字みたいなのが特徴。

 で、試合はもういきなり九回なのだが、同点という事を度外視しても、「もうすぐ終わる」という気がしない。来たばかりだから、というわけではない。コロッセオで行われていたのはスポーツというより文字通り「闘技」だった。勇敢な戦士を西日が照らしていた。コロッセオというものに、僕はそんなイメージを持っている。工業団地のコロッセオは、これからがもっとも美しく映える時間。だからあっさり試合が終わる気がしないのだ。
 九回表、宇都宮清稜、四番大久保のレフト前タイムリーで1点。
 九回裏、益子、七番内田が高目を上から下に叩きつけセンター前ヒット。小堀三振で内田二盗。ここで背番号11番、代打・直井の名がコールされると、宇都宮清稜の応援席から笑いが。その背景はまったくわからない。何やら「打たせてやれー」という声。見た目の特徴は小柄な事くらい。少なくとも彼は相手チーム側にも知られており、「打たせてやれ」というくらいだから、普段打ってないのだろう。その位しか想像できない。真剣勝負に一瞬の和み。スポーツと「闘技」は厳密には別物なのだと一瞬感じる。和む中、真剣勝負の直井は二ゴロで走者内田を三塁に進める。そして続く渡辺が真中ストレートをライン際にタイムリー、1点。ついに4-4。九回裏に同点に追いつくなんて最高の展開。おばさん軍団大喜び。面白い試合やってるぞ〜と工業団地の真ん中で野球愛を叫びたくなるが、周りのひと気のなさ。つくづく場違いなものを造ったという感じがする。


正面。4階層くらいあるとコロッセオそのまんまという気がする。

 益子は十回から背番号4の鈴木に交代。宇都宮清稜の手塚は続投。延長に入ると焦るのか、初球打ちが増える気がする。「何とかしろ何とか!」と益子側からゲキが飛ぶ。「頑張って!」と声を送るのは選手の友達関係だろう。
 何とかしろというか、この試合は来た時点で既に七回だったので、十五回くらいまではやって欲しいところである。十二回の宇都宮清稜は六番神尾高目を強打、左中間への二塁打でグッと流れを引き寄せる。七番高橋が送り勝ち越し目前。続く森、初球投手へゴロも抜けそうだ。しかし好捕。三塁は投げず一塁へ。なかなか決められない試合。僕としては十五回まではやって欲しいのでこれで良い、と思ったら続く井原、あっさりセンター前タイムリー。
 そのチャンスを作った神尾が十二回裏のマウンドに。サイドからゆっくりと投げる。益子には嫌な相手かも。一死で打者は三番木村。山なり球に手が出ず2-0。イライラしながら何とかタイミングを合わせ三塁戦を抜き二塁打。続く佐藤右フライに倒れ二死三塁。八回に同点タイムリーを放った鈴木、高目ストライク。一球ごとに歓声が上がる。鈴木は無心かもしれないし、この声援が満員の観衆のように感じられたかもしれない。状況からして強打あるのみ。しかしサードへボテボテ。サードはこの回から入った吉沢。本当に代わった人に打球は行くものらしい。まあ、とにかく万事休す...。


横浜スタジアムも模しており、照明塔の形は影響を受けている。

 トンネル!少ない観客は大喜び。まだ試合ができる。どちらを応援するでもない人は、そんな事を考えている。
 延長はチャンスの潰しあい。守りが乱れているのはどちらかというと宇都宮清稜。しかし神尾は益子の焦りに合わせるかのようにスピードやキレが増してくる。鈴木はスピードはないが丁寧な投球。が、やっぱり野球。守備の綻びが勝負を決める。
 延長が長い試合は何度か観ているが、長くなるほど打ちたい気持ちは強くなるものらしい。2-3でボールかもしれないインローを強打したのは十五回表、増淵。これをファースト小堀、はじく。さらに中継がもたつき、増淵は三塁へ。ここで守備が続けて乱れたら、決まってしまうかもしれない。高久、初球左中間を抜き、ついに勝ち越し。
 その裏、追い詰めるようにスローを駆使する神尾。ちょっと沸いたところもあった。さっき名前で笑いを取った直井。中フライを打ち、なぜか大きな拍手をもらった。
 もしかしたら僕の観戦記録である延長十八回を越えるか?などと期待も抱いたが(大会規定についてはよく知らないのだが)、最後はドラマチックというより「さ、もう終わり」という感じの終わり方だった。コロッセオと、その中の真剣勝負をイメージしていたのが、工業団地のコロッセオでは、名前で笑いを取るような選手がいて、よく言えば癒される試合。平日はこの静かな工場群も騒がしくなるのだろう。ふと、リアルに引き戻された。(2004.9)

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