[安 城]

安城市「ソフトボール場」。CSによるテレビ中継も。

 日本シリーズはライオンズが1勝。しかし親会社の不祥事で堤オーナーは辞任。ダイエーは産業再生機構に入る事が決まった。プロ野球、特にパ・リーグのファンは心穏やかに野球を楽しめない。そんな状況が続き、いっ時、僕の知っている「穏やかに楽しめる野球」の方に行きたいと思った。
 野球だけでなく、実は色んなスポーツが好きなので、色んなスポーツの情報に普段から接しているのだが、大体どの競技でも、強豪チームが集まっているのが愛知県という気がする。チームがあるだけでなく、良い選手も輩出している。
 また特定の競技に偏っているのではなく、大体どの競技も満遍なく盛んであるというのが、いちスポーツファンとして理想的に思えたりする。もちろん東京だって何でも盛んなので、本当に理想なのは東京と比べての地方の「柔軟さ」なのかもしれない。こんなものを見せられると、つくづくそう思う。安城市ではソフトボールが盛んだそうだが、観覧設備のしっかりした「ソフトボール場」なんて、いくら盛んだと言っても東京ではそうそう造れない。


球場自体ソフトのサイズなので、選手が近く臨場感がある。

 用途が限られているほど、施設は洗練されるものだと思う。「ソフトボール場」がなかなか望まれないのは、野球場が普通に兼ねてしまえるからだ。しかし実際にそこでその競技を観ていると、そのリアル感に「ソフトボール専用球場は必要か」という政治的なテーマは大して重要ではなくなる。
 そんな、「ソフトの居場所」が普通にある街に、アテネ五輪銅メダルのメンバーが3人、凱旋してきた。シドニー銀メダル後の横浜では、当時の銀メダル効果でソフトボールの人気が高まっていた事もあって、何か「ブーム」のような、悪く言えば浮ついた反応だったのに対し、元々ソフトの為のこの場では「おかえり、お疲れ様」という何気なさ、良く言えば確かさがあった。
 もっとも上野由岐子や高山樹里(地元だし)クラスのタレントがいないという事もあるかもしれない。今日凱旋したのは、戸田中央総合病院の坂井寛子、レオパレス21の佐藤理恵と佐藤由希の3人だ。
 坂井寛子をはじめて観たのは01年、朝霞市営球場でのリーグ戦だった。坂井が投げている間、前の試合を終え、エントランスでサイン会をする石川多映子ばかり見ていたのだが、傍ら、試合の方でひときわ目立つ背の高い投手が凄いピッチングをしているという空気の方に関心が移っていた。後で調べたら、身長、体重とも僕とほぼ同じ。ソフトの中では目立つ。周りは小さいので、格の違いのようなものさえ感じられた。あれよあれよという間にノーヒッター。こんな投手がいたのかと、実戦での印象は石川を上回った。


安城に来るのを「来安」というらしい。

 次の五輪では代表に選ばれるだろうという予感は普通に当たり、アテネでは3試合に登板し16イニングを投げ防御率は「0.00」。2勝を挙げた。もっとも本当に大事な試合は上野由岐子や山樹里の役目だったが、日本の三本柱の一本として十分に役目を果たした。
 柱?そう、印象が強いのは良い投手だからだけではない。石川だって可愛いから印象に残ったのだ。坂井のオーラは、その立ち姿にあった。最初は単に投手で長身だから目立っていただけだが、後で名鑑の写真を見た時は「ふーん...あ...そう」という感想だったものの、バイザーを目深に被る立ち姿には、昔の少年漫画に登場する「関西弁の敵役」のような雰囲気があって、今風に言えばキャラが立っていた。
 その坂井の前には地元のソフト少年が立っている。ちょうど坂井の胸のロゴあたりに彼の頭がある。これから始球式に臨む少年の頭に手を当てる坂井。照れくさそうな少年。ソフト界のエースだけど女で...単純に憧れるわけにもいかず、複雑な心境を垣間見るツーショットだ。


十分過ぎる掲示板。字が大きくて見やすい。

 一回表、レオパレス21の二番打者は佐藤由希。アテネでは21打数3安打。一死走者なしで早くも代表同士の対決。
 結果から言うと、今日の坂井は最悪だった。五輪の後の「燃え尽き症候群」というのはよく聞く話だが、それにしても極端なくらい。原因は僕にわかるわけがないが、ボールは高く、低目は決まらないという傾向はあったかもしれない。
 が、そんなのは現象であって、本当の意味での原因はもっとわからない。一番藤本にヒット性の当たりを飛ばされていた時点で「らしくない」という感じはあった。佐藤由はバントを試みたが止め、ヒッティングに切り替えた。その時点で今日の坂井がある程度見えていたかもしれない。当たりは三ゴロも、エラー。運もなかった。続く渡辺にも一、二塁間を抜かれ、四番井上のゴロで二、三塁。五番はもう一人の凱旋組、僕が勝手に「ソフト界のイチロー」と呼んでいる佐藤理恵。内野手で、五番打者。考えてみれば共通点はあまりないが、見た目シャープな感じが似ている気がした。


佐藤理恵。実はアテネではさほど活躍はなかった。

 初回から立て続けに代表対決。観客の中には多分やたらソフトに詳しい人がいて、やっぱり「代表対決だ」なんて思いながら注目しているのだと思う。僕もソフトに凄く詳しいわけではないまでもその一人なのだが、そんな風に盛り上がるにはあまりにも坂井の調子が悪い。2-0と早目に追い込むが、それでも打ち取れそうな気がしない。勝負できない。外に逃げ、すぐに平行カウントになるとレフト前に2点タイムリー。ソフトボールがもっとメジャーな競技で...いや特にメジャーでなくても良い。プロリーグがあって、国際大会の時だけでも全国的な注目をコンスタントに浴びるようなら、彼女は「ソフト界のイチロー」みたいな扱いをされる気がする。両翼70m、中堅75mに区切られているフィールドを、もう少し広げてみたい気さえする。
 坂井と両佐藤が均衡の中でそのような勝負を演じるならファン的には満足なのに、レオパレスの猛攻はこの回だけに終わらない。一方的では代表対決も面白くない。二回もたずにマウンドを昨日完封した清水に譲る。その間にも佐藤由は守備の動揺を突くバントを決め、佐藤理は2点タイムリーを放っている。坂井の名誉(?)のために注釈すると、後の埼玉国体で埼玉のエースとして、兵庫を完璧に抑える投球をした。


少女ファンが多いのが特徴。女子プロレスに似てるかも。

 坂井も降りたし勝負も決まり、試合への興味が薄れていたところに、第一試合を終えた豊田自動織機のメンバーがスタンドに集まって来た。選手が観客と同じ場に何気なく紛れ込んでしまうのがソフトの良いところだ。プロリーグなんかができて、仮にあまり人気が上がってしまうとそういう事もなくなるのだろう。こういう、和むところは大事にして欲しいと思うのだが。
 佐藤由は三塁線フェアゾーンギリギリで止まる絶妙のバントヒット。佐藤理(本当に細い)はバントの構えからちょこっと当ててまたタイムリー。坂井が本調子だったら「一人対二人」の趣があって面白かっただろうに。
 7イニングのソフトで13-1の大差。佐藤理は5打点で「ベストプレイヤー」に。
 今日のような大量点は稀で、普段のソフトはもっと全体がコンパクトだ。凄く目立つ選手はあまりいないが、皆何気にパワーがあって小回りが効く。特に投手板と本塁の間が12m弱であるのが象徴的。フットサルがサッカーよりもスピーディに見えるのと同じ理屈だ。そんな修羅場のような競技を、比較的鷹揚なファンが支えている、というのがソフト界のスタイルという気がする。しかし僕の斜め後ろに、04年現在ソフト界一可愛い(主観だが)瀧澤美香(引退)がいるのに気付くと、和みは一気に緊張に変わった。
 どういう声なんだろうかとか、何か会話するんだろうか、とか神経を集中させてみたが、特に何もない。何かモノ足りないようで、しかし何だか安心で。はてソフトボールのプロリーグが実現したら、何が変わるのだろうか。(2004.10)

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