東北楽天ゴールデンイーグルスの1年目は大方の予想通りダントツの最下位だった。しかし意外な事にファームは、47勝47敗でイースタンリーグ7球団中4位と健闘した。
そう7球団。イーグルスが仙台を本拠地とするため、イースタンリーグに所属する事でファームの2リーグはどちらも、運営上よろしくない奇数チーム数となってしまっていた。しかも首都圏にチームが集中するイースタンリーグにあってイーグルスは、何かポツンと離れ小島のようで、既存球団としても遠征費のかかる要因となってしまったわけだが、熱心なファンサービスぶりはむしろ既存球団の方が見習って欲しい、と今日の試合を観ても思わされた。
イーグルスが練習場およびファームの本拠地となる施設をどこにするかという時、最も誘致に熱心だったのが山形県だった。で実際イーグルスのホームゲームは県営球場やこの天童市を中心に行われている。
一軍の方が野村監督を迎えるも前年度並のペースで負けまくっているのとは裏腹に、今年もそこそこ戦っているファーム。しかし完全な楽天イーグルスオリジナルの選手がまだあまり戦力になっていない、つまり育っていない現在では、何か明確な「一軍とは別の役割」を担っているようにも見える。
天童市スポーツセンター野球場。同市内の県営球場よりもグレードは上か。
それが「地域密着」を推進する有力なリソースという役割だと一応思っている。
アマチュアのブラスバンドというか楽団がフィールドで演奏を始める。言っては何だが上手くはない。試合前の「君が代」も彼らの演奏だが、ドラムロールがどうにもおぼつかない。もちろんそんな事に文句を言う人はいないし、そんなところが「手作り感」を醸し出しているとも言える。彼らはスタッフとして運営にも色々関わっているようだ。
別段、特に面白い事をやっているわけではない。そうした「面白い企画」のプロに運営をまかせれば、面白い事ができるとは思う。しかし、常に球団側が「面白いもの」を用意し、ファンがそれを享受するだけという関係が続いていたら、「実は何も育っていなかった」という虚しいオチになりそうな気がする。地域のファンのやりたいようにやらせる事は結構大事で、演奏だって下手で良い。試合がその媒体であれば、それが地域密着なのではないかと思う。
そんな地域密着チックな現場に今回やってきたのは、「インボイス」という、同名の企業が命名権を取得した、少なくとも名前からは地域性がまったく感じられないチームだ。
せっかく「みんながサポーター」なのに利府に移転だもの。
このインボイス、実体は西武ライオンズのファームで、前年度からこの名前になっている。僕としてはまったく嬉しくないし、ライオンズファンの中にも名前自体を気に入っている人はあまりいないと思う。しかし今日日西武ライオンズも経営が順調とは言えず、苦肉の策という事で、ファンもこの変な名前を受け入れ、名前の事はさておき応援している。様々なチームがそれぞれの事情をむき出しに戦う昨今のプロ野球である。
しかし名前は売っても、ファームの実力という点では正にライオンズ。後に「インボイスSEIBUドーム」の塁上を賑わす俊足福地、バイプレーヤーとして2年後の日本一に貢献する松坂健、後藤武がスタメンに入っている。
ストレートの四球で塁に出た一番福地。開幕直前にカープからトレードでやってきた。さっそく二盗。大ブレイク前の胎動を正に見ているところだ。三番大島のタイムリーで早くも1点。投手はイーグルス最初のドラフトで指名されたオリジナル選手である渡辺恒樹。「ナベツネ」などと言われちょっと話題になったが「つねき」ではなく「こうき」と読む。
今日の観衆460人。
ライオンズもといインボイスの先発は今季限りでチームを去る事になる張。ハッキリしたボール球が多いがボール自体は悪くなく、牧田にタイムリーを許すも初回の攻撃を1点に留める。同点に追いつくイーグルスの喜ぶファンも、一軍の熱気では「ウォー」といううねりがここでは「わーい」という響き。大勢だと勇ましくなるが一人ひとりのそれは極めてピュアなものだと再認識する。そう言えば、少なくともひと目でライオンズファンとわかる人はいない。気温は高いが風は冷たい、独特の気候。いかにもビジターな風情を味わっていると、すかざず「墓石のCM」がアナウンスされ、明らかに既存球団とは毛色の違う何かを感じながら、ああこういうのならどの地域でも真似ができるなと妙に感心。もちろん大都市と地方で同じ事をやっても上手くいくとは限らないが、既存球団にも真似できそうなものを色々と「ポツン」と離れたこのチームが見せてくれている気がする。
試合がこなれてきたところで「ファンのメッセージ」がアナウンスされる。こういう事は湘南シーレックスが前から慣習的にやっているが、昨年新たに加わった新球団がようやく後に続いているという感じ。ファームにもリーグがあって、公式戦もやっているのに、本当に「活かされてないなあ」との感を強くする。だが、ファームこそが球団の土台であって、そこにサポートされるべき選手がいて、サポートしたがっている地域のファンがいるという普遍的な構図がある。
試合後は球場正面でも演奏。イーグルスのイメージソングみたいな曲。
そのファンの目線の先にいる選手。ファームだと一軍を目指す若手に目が行きがちだが、若手が育つよりも即戦力として働くべきベテランがアテにされるのが新球団の事情だ。その中に関川とか飯田といったベテランがいる。
つい最近まで、今「ここ」で野球をしている事など想像できなかっただろう。なぜ今ファームにいるのかは知らないが、この天童開幕戦の面々でもっとも運命という言葉を思わせる人達だ。地域にプロ野球というものを得たばかりの、プロ野球全体にとって新しいファン。そんな彼らが現役の晩年をこの場で過ごすベテラン選手をサポートするという数奇な巡りあわせ。関川はイーグルスで現役をまっとうし、09年まで打撃コーチ補佐を務め、イーグルス球団史上初のクライマックスシリーズ出場に関わる。自分のキャリアの節目を球界の歴史の節目に重ね合わせた。
と言いつつ今日の試合で特に模範的な活躍をするでもなく、と言うかチーム自体渡辺の好投以外特に見どころもなく、徐々にコントロールも安定しだした張に抑えられっぱなしだ。それどころか松坂健のソロホームランにイーグルス帽子のおじさんが拍手。地元のチームは不調でもプロ野球そのものを楽しむ気構えか。新参常打ち球場の常連気質は既存球団のそれとは少し違うかもしれない。
こんな所も将棋の駒っぽく。
終盤に発表された「今日の観客460人」という微妙な数字はそんな気質の反映だろうか。何というかどう評価したものか悩む数字だ。パッと見た感じ首都圏で行われるファームの公式戦と遜色ない。地方でこの数字は健闘とも取れるし、スポーツの集客は地方のほうが有利なんだからもっと入らないと駄目だという見方もある。が、発表の瞬間は拍手が起きた。地元の人達の感触としては「よく集まったね」なのだろう。そういう事だ。
発表の時点では試合はほぼ決まっていた。1-4なので絶望的な状況ではなかったが、何となく勢いを感じないので、このまま終わりそうだと思われたが、そのまま終わった。首都圏でもファームの試合であまり勝敗にムキになる人は見かけないが、イーグルスの本拠地として自ら名乗りを上げたこの街は輪をかけて鷹揚だった。ただその中に一人だけ真剣にヤジを飛ばすおじさんがいたが、特に周りが反応するでもなく、鷹揚だった。
イースタンリーグが奇数チーム数になっている問題に関しては「育成選手のチーム」を作り、余ったチームが対戦するなどの工夫でむしろ活かしている。しかしリーグの新しい常打ちとして期待されたこの地域から後にイーグルスは撤退し、仙台に近い利府へ移転してしまう。やはり仙台から離れているのがネックになったらしい。ファームが一軍の本拠地から適当に離れた地域で独自の活動をする事でチームと地域に相乗効果をもたらす事を期待していた一人としては淋しい気がする。イーグルスも時を経て現実的になったという事だろうか。しかし皮肉にも同時期にクライマックスシリーズ初進出を果たし、プロの球団らしくなった。山形に関しても時折ホームゲームを行い、「東北楽天」の看板は守っている。(2006.4)
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