[熊 谷]

秩父鉄道ひろせ野鳥の森駅の開業で球場に少し行きやすくなった。

 北陸と信越地区に独立リーグが設立されるというニュースがあった。四国アイランドリーグに触発された部分が大きい筈だが、その四国アイランドリーグも決して採算という部分では順風満帆ではない。それでも野球の「場」を作らなければ、と考える人達の動きは断片的に顕在化している。決してビジネスだけではない。利益だけを考えるのなら他の事をした方が良い。
 社会人野球においては、クラブチームの約4割が現状の公式試合数を少ないと考えているというJABAの調査結果が後に公表される事になる。
 JABAの3大大会として都市対抗、クラブ選手権、日本選手権があり、その他地区連や都道府県連主催の小さい大会もいくつかある。しかし大概はトーナメントで、弱いチームほど早く消えるから試合数をこなせない。試合のできないチームに良い選手は集まらないから戦力格差も広がる。
 もっともクラブチームには、都市対抗出場を本気で目指しているようなチームからサークル活動のようなチームまで色々あり、JABAとして適正な試合数というものは一概に言えない。しかし全体の4割のチームが試合数に不満を持っており、あとの6割も仮に強豪と言われるチームが多数あるならば、JABAはかなり「本気の野球人」の集まりであると言える。


照明の形がユニークな熊谷運動公園野球場。

 その本気の野球人であり、かつそうした問題に対しもっとも変革を強く望んでいるのが「弱いけど志はある」という、クラブ野球界においてある意味主役であるチーム群だと思う。そしてまず、埼玉が動いた。
 さて有名な話ではあるが熊谷は暑い。暑くなる地理的条件が色々と揃っているという事だが、埼玉クラブ球界の熱さにこの暑さが呼応しているような、メイン会場としての相応しさを強引に感じる。
 「クラブ野球リーグ埼玉戦」。05年よりはじまった、県内のクラブチームによる総当たりのリーグ戦だ。今年は11チームの参加だからそれだけ試合もこなせるし、何より「クラブ同士」というのが良い。言っては何だが勝負の見えている企業の強豪とのトーナメントをたまにやるだけではなく、近いレベル同士でやる機会を増やす事が大事だと思う。それだけで冒頭に挙げた問題のフォローに色々となる筈だ。
 クラブ野球リーグ埼玉戦がはじまった詳しい経緯については知らないが、これも「場」を求める野球人の、ひとつの動きである事は確かだろう。「クラブチームだけのリーグ戦?誰でも思い付く、ごく普通の発想じゃないの」と思われたかもしれないが、その、ごく普通の事が今まで定着していなかったのだ。


見るからに熱そうなコンクリート。

 もちろん知名度は低い。しかし画期的な事だ。その試みが全国に波及し、社会人野球の仕組みを大きく変えるかもしれないから。そう思うと、草創期の生き証人として、一応ちゃんとした「観客」という立場で試合を観戦したいという気になるではないか。つまりメインスタンドで、一部始終を。
 しかし正面はいきなり鍵がかかっている。観戦お断り?まさか。内野の芝生席には観客とは呼べなさそうな見物人が一応いるではないか。幸い熊谷運動公園野球場は、管理人が常駐している程度にはちゃんとした野球場なので、なんか野球場の管理(羨ましい。代わりたいくらいだ)なんてつまんねーなとか思っていそうな疲れた感じのおじさんに鍵を開けてもらう。
 が、錆ついて扉が動かない。ギコギコいわせながらようやく開門。おじさんもこの試合をわざわざ観に来る奴がいるのか?などと思った事だろう。多くのスタジアムで多くの試合を観てきたが、「試合をやっているのに門の鍵が閉まっていたので開けてもらったが錆ついて開かないのでギコギコ動かしてようやく入れた」というのははじめてだ。このリーグ戦って本当に今が草創期なんだな、と強引に実感する。


サマになっている野球。「硬式の草野球」というフレーズは的外れだ。

 実はこの野球場で試合を観戦するのははじめてだ。ネットが低く、割と観やすい感じ。やっているのは地元の全熊谷硬式野球クラブと神川町のかみかわ野球クラブ。パンフなどというのもはない。それはまだ良いが、アナウンスもない。その上で知っている選手は一人もいない。さて、そんな試合を楽しめるか。
 答えを言うと、この試合に関しては十分楽しめる。5-4という拮抗した試合なのでそれ自体が面白いが、何の知識も先入観もない試合には何が出てくるかわからないという楽しみがある。どんな試合かと言うと、凡エラーもファインプレーもある、野球らしい試合。両チームに何となく良い雰囲気を感じるのは、近いレベル同士でやっているからではないだろうか。県連主催の大会には、企業チームが決勝までのすべてを免除され、その決勝でコールド勝ちするような格差大会(笑)もある。強いチームとやる事がレベルアップにつながるという事はあるが、勝負勘とか粘りみたいなものは拮抗した試合をこなす事で培われるのではないだろうか。何より試合自体がイキイキして見える。イキイキというのは委縮した様子がないというか、悪い意味での緊張感がない感じ。クラブチームだからクラブチーム同士でやる事で無意識に「らしさ」が出るのかもしれない。観客もいないから選手の声も良く聴こえる。「流れ来たよ〜」とか。


柵が低くて観やすい感じ。

 らしさとは、それが持っている本来の良さの他に、プロ野球のような一線では見られないような個性的な選手の登場など。ストレートに言うとやたら太い投手とか。
 さて気が付くと7人ほど観客、と言うか見物人が集まっている。僕が扉を開けてもらわなかったら入って来れなかったと言うか、そうまでして入ろうとする人はいなかっただろう。動員に貢献した気分(笑)。
 試合を観に来たと言うよりは公園に来たら野球場で試合をやっているから寄ってみたという人達の前で4-3と結構良い試合をしている。皆この試合に関して知識があるわけではないからこの太目投手を見て草野球などと思ったかもしれない。しかし球質も体同様ズシっと思い。また盗塁、バント、センター返しと、明らかに草野球とはメリハリの違う「ひとかどの野球」を見せられ、はてどこぞの野球かと思ったのではないか。
 ひとかどの野球というのは、一応僕の定義では「高校までは本気で部活(なるべく硬式)をやっていた選手の集まり」なのだが、最近、そうした選手の集まりで「独立リーグ」などというものが出来、NPBに育成選手を輩出するくらいになってきているのを見ると...さらにクラブチームのトップクラスがそれらのリーグとだいたい同格である事を考えると、「クラブ野球リーグ埼玉戦」はもっと注目されて良い気がする。当事者の立場で言うなら、「もっと注目させて良い気がする」。


やたら存在感のある水飲み場。

 熊谷のショート背番号2が横っ飛びで捕球し、見事アウト。この試合初の「ファインプレー」だ。なぜか見物人の一人であるおばさんが大きな拍手。その後も好プレーが出ると目立って喜び、八回の熊谷の攻撃が終わるといなくなった。
 おばさんは全熊谷の身内だろうか。しかしグラウンドの様子はおばさんの存在を認識している風ではなかった。それはともかく、「野球のオーラ」が公園を訪れた人達の何人かを引き寄せ、見た目がユニークな選手やファインプレー(技能が稚拙な故の「ファインプレー」もあるが、それでもファインプレーは無条件に観る人を喜ばせる)を交えた好ゲームがその中の誰かの心を惹きつけた。
 まず、アナウンスを入れる事はできないだろうか。球場から選手名をコールするアナウンスが聞こえるだけで日本人の心は何となく反応するし、少なくとも草野球と違う事はわかる。「クラブ野球リーグ埼玉戦開催中」などという看板を掲げるだけでも雰囲気は出ると思う。1人を喜ばす事ができるのなら、それを10人、100人と増やす事はできる筈だ。そして日本選手権の代表枠に「クラブ野球リーグ埼玉戦優勝枠」が認められ...。
 ...まずは球場の扉の鍵を開けておく事か。(2006.8)

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