幼稚園の卒園式か何かで「白虎隊の踊り」をやらされた記憶がある。もちろん白虎隊の知識などない。ただ「悲しい演技」を強要された事が「なんか嫌な」思い出として残っている。それが、日本の歴史上重要な位置にある会津地方との間接的な最初の関わりだった。
そういう幼少体験が根っこにあってか、会津に親近感があるというわけではないが、「長州」との対比になるとやはり会津に肩入れする人になってはいた。
その流れで日本史に触れる途上、この地の高い教育水準とか豊かな文化とか、保科正之のような隠れた名君の存在等を知り、会津という地が日本にとって歴史上特別な地域であるという認識に至り、そのうち訪れたいと思うようになった。
根拠はいわゆる「会津気質」というものだが、「○○気質」などというものは今の世の中、大概形骸化しているか「観光資源」になってしまっているものなのかもしれない。それでもDNAにはうっすらと残っていて、それが地元の何かを見ているときにポロっと出てくると、その土地に「来たなあ」という実感が湧いてくるのだ。
あいづ球場の、スコアボード一体型バックスクリーン。やたら広い。
この「何かを見ているとき」というのが大事だ。つまり、土地の人と深く付き合わなければわからない、というのではなく、イベントとか作品といった、表面に「にじみ出て」来るものであって欲しいわけなのだが、高校野球なんていうのは正に土着のものだから、どこかで「会津気質」に触れられるのではないか?などと曖昧な期待を抱いてあいづ球場にやって来たのだった。
春季高校野球の、正に会津地方の学校が集まる会津支部大会。つまり福島県大会のひとつ下の大会で、その準決勝は喜多方×田島。試合前のシートノックで「ノック時間の経過はスコアボードに表示します」とアナウンスされるが、スコアボードのどこにもそんな表示はない。はてどうやって?と思い1分ほど経過すると、七番打者の所に点灯していた打順ランプが六番打者に移っていた。なるほどこうして時間の経過を表現しているわけだ。こうした創意工夫が正に会津気質と関係...ないか。
喜多方の先発・後藤はちょっとトルネード風のフォームで衆目を集める。背後に第一試合を終えた選手が連座。訛る訛る。しかしステレオタイプな東北訛りというよりは、北関東あたりの、抑揚のない語尾上がりな訛りに近い感じか。やはり後藤投手のトルネードっぷりが気になったらしく、「トルネード?」「微妙じゃん?ケツは出すけど」との評。
グラウンド形状も端正なあいづ球場。
トルネードは二回表に早くも1点を失う。無死三塁での五番星のヒットによる。その後六〜八番までバントが続くのだが、八番のバントはスリーバント失敗。いくら高校野球でも序盤で随分とバントだくさんな、とも思うが、これで二、三塁のチャンスを作っており、あながち間違っていないようにも思える。戦術に徹した野球の根底には会津気質が...別にないか。
準決勝とは言え支部大会ではよくボロも出るだろうと思いきや、なかなかゲーム自体も、雰囲気も引き締まっている。アナウンスが「上手い」事にふと気付き、それがこの大会を決してレベルの低いものに見せない事に一役買っているのでは、と思う。大体高校野球の地方大会というと、生徒が発声練習もした事がなさそうな声で噛みまくり、試合のテンポにも付いてこれてなく、代打のアナウンスが打席の完了後なんていうのもザラだったりするのだが、ここではちゃんと通る声で噛む事もなく、適切なタイミングでアナウンスされているのに驚く。この「ちゃんとした」ところは会津気質...だと思う。
トルネードの割に変化球が多い後藤に対し、田島のエース室井は回を追うごとにスピードを増している感じ。ワインドアップが見ていて気持ち良い。コントロールが良いのか悪いのかわからないところも大らかで、高校野球の支部大会な感じ。それでいて内容は危なげない。フルカウントから変化球を投げる余裕も出てきた。
応援する部員。やたら少ない。
七回裏に喜多方は後藤を諦めサイドスローの猪巻に交代。3-0でリードする田島打線の二死一塁からのバントは余裕の表れか奇襲のつもりか。たまにこういう意図のよくわからない戦術を見るが、ともかくここで攻撃を切った事で田島は最後まで結構焦る事になる。
ところで試合を終えスタンドで観戦する選手というのは、大体どこでもそうだが緊張感がない。真面目に勉強のつもりで試合を観ながら戦評や技術論のようなものを語る子もたまにいるが、「スパイダーマンって何で蜘蛛になったの?」「蜘蛛食ったからだべ」とあらぬ方向へすっ飛んだりする。それでも普段野球をやっている以上、目の前のゲームの動きに自分の心理を重ね合わせる事はあるだろう。それだけの展開が待っている。
猪巻は八回裏を完璧に抑えた。ビハインドでも後をしっかり抑えると次の攻撃が楽しみになる。なぜそうなるか、その仕組みはわからないが、とにかく「これ以上点をやらない」事で味方の反撃を呼ぶ事は多い。
喜多方、最後の攻撃は四番、既にマウンドを降りた後藤から。初球空振りの後、4球続けてのボール。いずれも低いのと外。急に逃げはじめる室井。投手はなぜか「急に」乱れる。その仕組みはわからないが、とにかく負けている方が後続を抑える事で、リードしている方の投手が乱れる事は多い。
後方にあるのは「あいづドーム」。
五番小原、内と外のストライクを両方見送り。狙い球はわからないだけに警戒したい。1安打されている相手だし。とりあえず1球外し、牽制。高目には手を出さない傾向がある。とバッテリーが考えたかどうか知らないが次の球を叩きつけレフト前ヒット。叩きつけたから結構高かったのではないだろうか。それはともかくこれをレフト後逸。投手のテンポが少し悪くなるとなぜかバックがやらかす。これで1点。小原三塁へ。
六番途中からマウンドの猪巻は速球に手が出ず三振。はてなぜ彼には強気のストレート勝負ができたのか。投手は投手には状況云々を超えた闘争心を燃やすものなのかもしれない。続く代打渡部にはあっさり四球を与えたのを見るとそんな気がする。と思いきや次の代打上野をスピードを殺した真ん中の面白い球で空振り三振。色々知恵を絞って必死に抑えようとしている。傾向としてはストライクとボールがハッキリしてきており、ちょっと危ない。
代打攻勢。本橋に対してやはりボールが増える。ストライクは真ん中に入った球だけ。やっぱり危ない、と思ったら打球は左へかろうじてフェア。こういう際どい打球は相手に与えるガックリ感が強い。1点は当然として一塁走者も返せそうだ。同点で面白い試合になった。
どういう席だ?
...と思いきや、止まる走者。なぜここで相手を助ける?はてコーチの指示だろうか。恥ずかしい事に、「突っ込めー」という心理が先立って僕はコーチのジェスチャーを見落としていた。て言うか高校野球だからコーチの指示通りだろうなどと雑に考えていた。そこで「コーチじゃなくて本人が悪い」と背後で解説したのが、緊張感がない筈の、スタンドで観戦する野球部員だった。なるほど、いざという所ではしっかり見ている。
最後の打者阿部を空振り三振に仕留めたのは、さんざん室井自身を追い詰めた高目のボール球だった。空気が変わるとこういう事が起きる。その仕組みはわからないが、やっぱり野球は面白い。
準決勝故の拮抗した試合だからそう見えたのか、引き締まった好ゲームだった。会津気質?はて、どこかに表れていただろうか。高校野球の支部大会でも完璧なアナウンスをするというスタッフの意識の高さだろうか。どうでも良いと言う人もいるだろうが、僕には結構インパクトは強かった。しかし、そんな断片的なものだろうか。そもそも「会津気質」とは何かと言うと、「頑固さ、真面目さ」らしい。質実剛健という事だろうか。球場の入口で球児が観客に元気に挨拶をしていた。当たり前の事かもしれないが「元気に」は意外と余所では見られない。まあそういう事で良いんじゃないだろうか。(2007.5)
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