[さいたま]

やまぶきスタジアムはこういう立地。

 秋の大学野球というと、春よりもなぜか緊迫感がある。その最終節で早稲田と慶応が優勝を争っていたりすると神宮はプロ野球以上の盛況を見せる。日本の野球が大学から盛んになっていった歴史を垣間見る時だ。
 この早稲田と慶応のカードは「早慶戦」と呼ばれ、大学野球では最も人気のある伝統の一戦であり、前季リーグ戦の順位に関係なく常に最終節に行われるという特別な扱いを受けている。大体のリーグでは、最終節は前季リーグ戦の1位と2位が対決するのが慣例だからだ。もっとも前季の1位と2位が最終節で優勝を争うという保証はないので、あまり意味は感じないが、東京新大学秋季リーグでは正に「早慶戦」が実現していた。
 やまぶきスタジアムこと川通公園野球場は、岩槻市が04年埼玉国体に向けて造った。市内の城址公園にも野球場はあるが、硬式野球場ではなくなっているため、新しく造られたと思われるのだが、このやまぶきスタジアム、その国体では軟式野球の会場だったという何だかよくわからない背景がある。単に旧球場の老朽化のために造られたと見るべきだろうか。


流通経済大の応援。しかし防球ネットが高すぎ、閉じ込められているようだ。

 岩槻市は翌05年にさいたま市に編入され岩槻区となった。伝統産業や伝統工芸もあり、城下町として観光資源にも恵まれた岩槻を得る事で、さいたま市の見どころも増えた事だろう。
 が、新しいスタジアムの常か、やはり観光資源の匂いのまったくしない場所にある。そういう球場をなぜか東京新大学野球リーグがよく使っている。県内に加盟校がいくつかある関係だろうか。それにしても新しいのに色々文句を言いたくなる球場ではある。珍しくチアリーダーもブラスバンドも来ているのにまるで檻の中で演じているようだ。つまり高い防球ネットのためにスタンドのどこにいてもネットに視界を遮られるという、観客にとっては嬉しくない構造。更に観光資源の匂いがしないのは別に良いとして、一応「政令指定都市」にあってバスの便すらないのはどうか。これなら城址公園の野球場を改修した方がよっぽど良い...などと訪れる人をブーたれさせる事にかけては首都圏随一のスタジアムが裏「早慶戦」情緒を醸し出していたりする。
 創価大学と流通経済大学は東京新大学リーグの2強と言われており、実際、近年全国大会でそこそこ戦っているのがこの2チームでもある。一部では「創経戦」などと呼ばれるこのカードが最終節、上手い具合に優勝を賭けて行われる事になったわけだ。ちなみに「創経戦」というのはひとつのパロディであり、「創流戦」というれっきとした呼称もあるらしい。


攻撃しているのが創価大。

 最近の戦績では創価大に分がある。また現場では創価大が東京新大学リーグの巨人(笑)みたいな雰囲気があり、それだけに流経大の方が何となく応援も含めて気合が入っている。この不便な球場に結構観客もおり、ローカル「早慶戦」もあながち看板倒れではないように思える。ちなみに「本家」は早大、慶大、明大が並ぶ混戦となっていた。
 流経大の1勝で迎えた今日。勝てば優勝なのだからヒートアップも当然。先発は左の谷川。創価大は昨日負け投手になっているエース勝又。勢いは流経大にある。
 しかし何だか創価大が負ける気がしない。後にファイターズで活躍する八木智哉をチェックしていた頃から僕が観ている創価大はとにかく負けないのだ。単に確率から言って確かにそうなのだが、結果1勝1敗だったカードでも勝ち試合に遭遇する事が多い。神宮大会の代表を決める関東大会でも八木智哉の完全試合をこの目で観た。


結構来ている一般そうな観客。

 なので一回表、四番小早川の2ランでいきなり先制。ホームラン自体滅多に出ないリーグでかなり凄い打球だった。
 裏の流経大の攻撃で一番佐藤が7球もファールで粘った後、次の球をカットしそこねピッチャーゴロ。結果アウトだが一番打者としては良い仕事をしたと思った。ここに流経大の「方針」みたいなものを感じ、同時に勝利への執念みたいなものも感じたところ二番、三番がそれぞれ2、3球で終わってしまった。戦力で勝る創価大に戦術で挑む云々という展開に期待しているので、ちょっと拍子抜け。
 二回表、二死二塁で一番遠藤に谷川、カーブの連投。今日のカーブなら打たれない、という強気の配球だろう。しかしライト前に運ばれるも二塁ランナー本塁アウト。ひとかどの野球に感嘆のスタンド。
 そう言えば通常は学校関係者ばかりのローカル大学野球で、結構一般っぽい観客が来ている。岩槻はどちらの地元でもないし、しかもこの不便な場所に、はてどういう筋だろうか。東京新大学リーグの熱心なマニアという人もいるのだろうがそういう風でもない。地元の創価学会員でも来ているのだろうか。しかし特に創価大を応援しているようでもない。流経大の熱心なファンかというとそれはもっとなさそうだ。要は両校の関係者と「僕みたいな奴」が中心という事だろうか。


照明のデザインはやたらカッコいい。

 プロのファーム程の観客がこの不便な場所に集まりながら、イマイチ反応が薄い。もう試合が決まってしまったという事もあるのだろうか。三回、小早川がまたホームラン。結構高く上がった、熟練した打者の打球のような見事な変化球打ち。この回だけで投手2度交代、一挙7点。1勝1敗になった方が面白いので別に良いのだが、ちょっと拍子抜け。
 小早川、四回には右中間にポトリと落ちた打球で三塁に到達。こんな打者がいたのか。今季リーグ戦の全2本塁打を今日だけで打った。一番大事なところで力を発揮する勝負強さ。またファイターズあたりが指名するのかなと思いきやプロの指名はなく、JR東海に進んだ。その後六番楠本のタイムリーで10点目。このまま明日にも続きそうな勢いだが、なんと三回戦は6-0で流経大が勝ち、優勝を決めるのである。大方の予想(と言ってもネットでなんとか拾った声だが)では創価大有利だった。しかし土壇場での流経大優勝に対する喜びの声は結構あり、「アンチ巨人」の気風はリーグのスケールの大小に関係なくあるんだなと思った。
 九番吉田のタイムリーで四回裏ようやく2点目という流経大。翌日の結果など考えられないほど一方的な展開で七回コールド、11-2で1勝1敗。これが三回戦にはドラフトでファイターズに指名されるエース大塚豊を打ちこんでの優勝だから、たぶん全国のリーグでもっともドラマチックな戦いをしていたんじゃないかと思う。


川通公園総図。野球場以外にめぼしい施設は今のところない。

 しかしローカル大学野球ゆえ決して注目はされない。大学球界の注目はもっぱら早大に進学した「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹が独占している。本家の早慶戦はそのハンカチ王子が慶大を完封。早大を優勝に導き、まったく非のうちどころがない。
 この黄金時代真っただ中の早大に神宮大会ではどう挑むか、と言いたいところだが、東京新大学の代表(1位と2位)は首都、神奈川、千葉、関甲新の代表と「関東大会」を戦わなければならない。で、流経大も創価大も敗れた。神宮大会に進んだのは東海大(首都)と上武大(関甲新)で、早大と東洋大が決勝を戦い、東洋大が優勝した。
 全国大会で代表がベスト4に進むかと思えば、今回のように厚い壁を感じる事もある。もし流経大と創価大が首都大学リーグだったら、と誰でも考えそうな事を考えると、やはり東海大に阻まれ優勝は難しいが、一部リーグには居られそうに思える。だいたい力関係はそんなところか。代表が全国大会で優勝するところまで行くには、「容易にリーグ優勝できない」位に他校のレベルが上がり、拮抗したリーグ戦になる事が必要ではないだろうか。もちろん高いレベルでの拮抗だが。
 そして翌年、広島東洋カープの黄金時代を築いた名将・古葉竹識が東京国際大の監督に就任。東京新大学リーグの長い「2強時代」に風穴をあける台頭を見せるが、それはもう少し後の話。(2007.10)

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