全国高等学校女子硬式野球選手権大会のスタートは、確実に女子野球というニッチなジャンルを前進させた。まず大学はじめ大人のチームが増えた。
そして04年カナダで第1回ワールドカップが開催された。メディアで女子野球がちらほら取り上げられるようにもなり、「野球をやる女子」というこれまで言わば特殊なもの的な目で見られていた彼女たちの存在が良い意味で顕在化するようになってきた。大会のスタートが97年。短い間にずいぶん進歩したと言える。
チームが増えれば場も増える。その「場」を後援するのが何とあの「読売巨人軍」なのだ。あの巨人が「球界全体のために」何かするというのが気持ち悪い、もとい意外だった。
関東の高校により02年に結成された関東女子硬式野球連盟。その加盟チームにより春秋に行われるリーグ戦の名前が「ジャイアンツ杯」。もっともこのリーグには「ヴィーナス・リーグ」という愛称があって、どっちの名前で呼べば良いのかはわからない。たぶん普遍的なリーグの名前がヴィーナス・リーグで、やってる大会がジャイアンツ杯という事で良いのではないだろうか。巨人がどういう関わり方をしているのか知らないが、ジャイアンツの名を冠する大会が行われる事自体が何気に凄いと思う。
数少ない一般客。
そのジャイアンツ杯も7年目。関東女子野球最高峰の大会と言って良いが、競技規模自体が小さいので女子野球最高峰のひとつと言って良いと思う。決勝は尚美学園大と埼玉栄。高校と大学が決勝を戦うというのがその「世界」の狭さを物語っている。
非常に珍しい女子硬式野球部がある事で女子野球界では知られた存在になっている尚美学園大。女子野球に力を入れるに至った理由は知らないが、学校は「社会における特定の役目を担う」ものなので、その方向は正しいと思う。
埼玉栄は女子硬式野球の草創期から活動する「老舗」で、男子の野球も強いが僕などは女子野球のイメージをより強く持っている。
大雨の予報が見事に覆った晴天。決勝を演出するにはうってつけな筋書き。庄和球場は春日部市と合併する前の旧庄和町に属していた、女子野球には適当なサイズの野球場だが、大会のメインとなった経緯はよくわからない。狭い客席に選手とか父兄ばかり集まっているので正直入りにくい。しかし前のほうにマニア(何のだ)みたいな若人も混じっている。それはそれで違和感がない。
気合を入れる選手。ここからだと女子に見える。
面白いのが選手名を「さん」付けてコールする事。先発は尚美学園大が「坂本さん」、埼玉栄が「六角さん」。どちらも右。尚美学園大の四番キャッチャー西朝美は大会を代表する選手。初回この西のゴロをショートがはじいて尚美学園大が先制。続く萱野にカーブを投げる六角さん。これは驚いた。更に萱野のフライを処理した後タッチアップの三塁走者をアウトに。もっと驚いた。あらゆる女子スポーツの中で特にレベルが低かった野球だが、こんなプレーもボチボチ出るようになったのだ。時折覗く女子野球だが、その度に進歩の跡みたいなものが断片的に出てくる。大学と高校が当たるアバウトさも、もしかしたら良い勝負になるかもしれない。
実際大学と高校が試合をする事自体男子の野球では考えにくい。使うバットが違うし、それ以前に組織上の問題が色々ありそうだ。そういう垣根の無さというかアバウトさが今の女子野球の面白さでもあると思うのだが、実際埼玉栄が二回裏にすぐ追いついてしまった。一番有坂の右越えタイムリーなのだが、これが今まで僕が観た女子野球で一番の飛球ではないかと思うほどの打球だった。これが以前の女子野球なら本塁まで到達しそうなところを二塁アウト。野球は打つとか投げるとか、原始的な部分から入り、守備とか戦術の部分は後から進歩するものだと思っているが、守る方が「追いついて」くると、ようやく野球らしくなってくる。
観客の多くが選手。
高校が大学にひと泡吹かせ、この試合かなり熱くなるのでは?ひときわ目立つ大女(失礼)の西が避けようとする近目もストライク。こんなカーブ投げるのかとまた驚き。やるな、埼玉栄の六角さん。
しかし四回には連打で1点勝ち越される。六番牧野の三塁打と七番堀口のタイムリー。カーブ自体は面白いがそれが効果を発揮しているかというと何とも言えない。カーブ以外は「だいたい外」みたいな傾向を見極められたか。もうちょっと投げて欲しかった気がするが五回から後に尚美学園大に進み日本代表にも選ばれる磯崎由加里に交代。スタンドの客、と言ってもユニホームを着た他のチームの選手だったりするが、彼女によるとこの磯崎は「200球投げ込んだ」とブログに書いていたらしい。
そんな風にスタンドでは現役の女子球児とかOGらしき女子があちこちで話をしているのだが、話題が「効率的な練習の話」とか、「あいつらまだ体できてないからもっと走り込ませないとダメっすね」とか、およそ女子高生らしくない。スタンドで観戦している男子の球児はあまり熱心に野球の話をしていないものだが、それを考えると彼女たちの野球に対する熱心さは男子以上なのかもしれない。それは女子野球を取り巻く環境(色んな意味で)が決して恵まれたものではない事の裏返しであるとも思う。
遠目には男子と変わらない感じ。
ならばこの場はあらゆる野球空間の中で最も「濃い」部類と言えるだろう。濃いというのは「野球をやれる幸せの濃度」の事だ。スタンドの隅ではマニアっぽい一般客の若人が何となく小さくなっている。観客が皆選手で、全員が「選手目線」で観戦している試合というものを想像してみて欲しい。
磯崎も変化球を多投するタイプ。コントロールが定まらず死球を出したりもしたが打たせて捕って切り抜ける。その間西朝美の飛球によるタッチアップがあったりしたが、ここだけ男子の野球を観ているようだ。
実際日本代表の四番になるだけあって彼女は格が違う。簡単にフェンスに到達する打球を女子野球ではあまり見ないが、難なく打ってしまうのだ。得点にはならなかったが右中間二塁打。この選手がいる限り尚美はそう負けないと思う。逆にこの選手を抑えれば埼玉栄に勝機はある。「西さんの打球ヤバイっす」みたいなセリフが聴こえてきた。言ったのは女子高生だが。
それに限らず選手の情報が普通に耳に入ってくる。何せ皆観客であると同時にライバルだから。しかし悪口はもちろんプライベートな話はない。そこに女子野球界の結束というか暗黙の秩序みたいなものを感じる。
必要な情報がちゃんと見易く表示されるのは高ポイント。
埼玉栄もサード有坂が結構飛ばす。七回のライトフライはやっぱり男子の野球のようだった。これが女子野球の最高峰と思うと色々考えるところはあるが、確実にレベルアップしている。まず打撃が良くなるから、つまり甘い球は投げれないから外や低目の球が多くなる。更に進むと内角やボール球を効果的に使うなどの高度なテクニックも出てくる。その中から女子ならではなプレースタイルが育つと面白い。
しかし西朝美を見ていると「男子みたいな方向」に進化しているように見えてしまう。投手は3人目の新宮。スタンドの情報によると体が柔らかいらしい。それはともかく今度は変化球を捉え左中間へ2、3バウンドでフェンスに到達。これが決勝点。「パワーのなさを華麗な連携でカバーする何たら」みたいな進化を女子野球に求めていた僕の妄想を「なんぼのもんじゃい」と打ち砕く一撃。埼玉栄最後の攻撃はショートバウンドを上手く捌かれ終了。
これまで観た女子野球の中ではベストなゲーム。随分レベルアップしたものだと思った。そろそろ次のステージと言うかモチベーションが必要なんじゃないかと思ったところ、この約1年後、あの太田幸司が中心となったプロリーグ構想が持ち上がり、2010年よりGPBL(Girls Professional Baseball League)がスタートする事になる。(2008.6)
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