[東 海]

土日の製鉄所の界隈。暑くて熱か。

 JABA傘下のチームは企業チームとクラブチームのいずれかで登録されている。自衛隊や組合等、企業でない団体のチームは企業チーム扱いになっており、それ以外の自主的なクラブがクラブチームである。
 しかしクラブチームもそれ自体がNPO法人化していたり、クラブチームでありながらスポンサー企業の名前を冠していたり、その形態も単純ではなくなってきた。
 企業とスポーツの関係もこれからは単純に一企業がクラブを丸抱えする形ばかりではなくなってくる。そうした変化の中で「広域複合企業チーム」という新しい形態がJABAによって提案され、それを実現する形で2003年度より新日鐵君津が「かずさマジック」、同名古屋が「東海REX」となった。
 広域複合企業チームとは具体的に何なのかと言うと、先にも述べたとおり、要は一つのクラブを一つではなく地域の複数企業や団体で運営するというもので、選手の勤務先もそれらの企業や団体に散らばっているわけだが、それだったら普通のクラブチームも選手は色んな所に勤務しているではないかと思うのだが、まあ例えば大きな大会で今まで通り応援に当該企業の社員を動員できたり、文字通り「社員という立場で野球ができる」という点が違うのではないだろうか。なのでJABA的には企業チーム扱いになっている。


新日鐵名古屋球場正面。野球が事業の一部であるかのように馴染んでいる。

 休日の、真夏の製鉄所。そこに勤務する人以外にとっては、都会にあって雑踏から離れることができる意外に新鮮なエリアだったりする。電車で車窓を眺めていても何がその境界なのかわからないが、到着すると空気が変わっている。旧ソ連のSF映画『ストーカー』で列車が「ゾーン」に入った時の、景色は何も変わっていないのに何か空気が変わった、あの秀逸な演出を思い出す。
 そんな場所に野球場があるのだから、野球の生命力というのは本当に凄い。ここで試合を観るというのは、その事実ごと楽しむという事で、ひとつの企業が持て余してしまったチームが新しい形で生き残ろうとする様を楽しむ事とだいたい同義と言える。
 東海REXというのはなかなか良いネーミングだと思った。東海地方という、特定の自治体でない、文化を共有する広域の名前を冠するというところが気に入っていたのだが、東海は東海地方ではなく「東海市」の意味だと後で知って拍子抜けした。
 今シーズンの戦績はオープン戦を含めてここまで19勝17敗3分。勝った試合は大学相手のオープン戦というのが多い。都市対抗出場はならなかった。


珍しい、メンバー表付き野球場。

 ホームグラウンド、新日鐵名古屋球場に城西大学を迎えてのオープン戦。一応いる観客。他地域から来た一般のファンは僕だけだろう。断言する。
選手名は表示なし、アナウンスなし。しかしネット裏最前列に東海REXの「メンバー表」が掲示されている。メンバー表付き野球場とは珍しい。
 東海REXの先発は右の阪口。城西大は左の杉山。REXのユニホームはライオンズそっくりだが、プロにそっくりのユニホームというと何か草野球のようでひとかどの野球チームとしてのプライドが感じられない。赤の東芝や縦縞の日本通運のようなオリジナルな伝統を持ったチームはプロの真似はしない。新チームとしてそういうところからこだわって欲しいのだが、何か見た目に迫力がないなあと思いつつ試合開始。
 阪口は連打と野選で満塁のピンチを招くと五番の服部にセンターフェンス直撃の2点タイムリーを浴びる。はっきりしたボール球が多く、特に外にばかり外れるので見切られ易い。しかしその外中心の配球で後続を断つ。


西武ライオンズそっくりのユニホーム。

 城西大が東海市に遠征している理由は知らないが、夏の主たる大学はオープン戦のため遠征するのが一般的なのでその流れだろう。一番を打つのが後に2011年ドラフトでスワローズに入団する比屋根渉。この頃から背番号1番を付けて一番を打っているのだから足の速さは際立っていたのだろう。
 城西大の三年生杉山は変化球を多投。特にスライダーが良く決まる。翌春には後に巨人に1位指名される菅野智之(東海大)にも投げ勝ち、JR東日本入社後2013岡山大会では九州三菱自動車を相手にノーヒットノーランを達成する。そういうエポックを後になって知ると、後に球界を大小沸かす逸材がこの静かな「ゾーン」に胎動していた事実に感動する。
 坂口は内角攻めも増え、打たせて取る杉山はスライダーが冴え三振も取る。この時期というのは大学と社会人のオープン戦が全国で静かながら盛んに行われる。そのカードを見ていると実力的に興味深いというか、普段は見られないなかなか絶妙な組み合わせが実現していたりする。東大とクラブチームとか。


ここから竜巻もどきが発生、荷物を巻き上げる。

 そんな中で城西大と東海REXというのは、それぞれの所属組織にあって同じようなポジションにありそうな、なかなかそそられる組み合わせであり、濃い野球ファンにしかその絶妙さがわからないところがまた良い。
 それなのに好投する杉山は三回でお役御免。ブレイク前にしては何だか殿様登板。対して阪口は五回まで頑張る。三回無失点で降りた投手と五回2失点の投手とでは後者の方が何となく共感できる。と言うか勝たせてやりたい気はする。
 三塁側の土盛りの内野席から小さなつむじ風が起こり、選手の荷物を巻き上げると急速に勢力を増し、フィールドを横断しはじめた。土煙りを上げ飛び立とうとする薄茶色の柱。もちろん試合は中断。まさかこれが竜巻の発生する瞬間?一瞬緊張する。
 と思いきやプチ竜巻はフィールドを一周するまでもなくすぐに小さくなりそのまま消滅した。結構重い筈の選手の荷物まで巻き上げて何がしたかったのか。これから東海REXの反撃がはじまるというお告げだろうか。
 お告げだった。城西大の二番手は右の軟投派黒澤。七番久保がライト前ヒットで出塁すると続く原のピッチャーゴロを悪送球。これが勝負を分けた。ここでゲッツーになっていたら後続の結果を単純に見ればこの回0点に抑えていたから。以後2点タイムリー、死球の後3ラン、更に連打で計6点。「ミスが命取りに」という常套句をこれだけ明確に体現した試合もそんなに多くない気がする。六、七回は新人の芝村が抑え(結構速い)、八、九回はサイドハンドの中川が抑えた。結果阪口は勝利投手だが、公式戦だったら凄く嬉しい勝ち方なのではないだろうか。


欠けたイスが年季を感じさせる。

 観衆をざっと数えてみると、チーム関係者と思われる人を除いて9人。観衆とはとても言えない数だが、9人来たという事実に結構驚く。やる方も「観客が来る」という前提ではいないだろうから。まず公式戦ではないから日程が周知されていない。自分から探さないと見つけられない日程である上、場所が「立ち寄る」ような位置にない。明確にそこに用がある人しか来ない。東海REXを求める人だけが能動的に集まる場所に、東海REXの本拠地はある。もっとも新日鉄のチームはすべて製鉄所に囲まれた環境にグラウンドがあった。日本の野球史が製鉄と切り離せない関係にある事を示す、生きた資料。製鉄チームが次々と休廃部する中、君津と東海は「広域複合企業チーム」と形態を変え残った。
 これらのチームが残るという事は、単にチームが残るという事ではなく、この光景が残るという事だ。野球と産業と地域がひとつの社会を成していたという、日本の歴史の一断片が。
 この9人はどこから来たのだろう、という事に思いを馳せると、やはり彼らも歴史の一部なのだと思う。野球と産業があって地域が成り立っていた歴史を知っている。スポーツライターとかが「地域密着」を唱えるずっと前からそれを体感している。つまりその言葉の意味を体で知っており、その光景が蘇る事を望んでいる。
 この場所を「ゾーン」などと言ったのは決して誇張表現ではない。歴史そのものの姿。史跡であり、文化財とかと等価だと思う。だけど法律で守られるのではなく、生きている野球場として、チームと共にこれからも残って欲しい。(2008.8)

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