§27 蠢動
戦艦アルタミラへ赴くというのは、ランにはどちらかといえば気が重い事であった。この艦には懐かしい思い出が多すぎて、つい余計な感傷に浸ってしまうからだ。
ともあれ、アルタミラへ到着した彼女はアゾニアに言われたとおり、隊長のアグルから下級兵士まで、総員126名分の靴磨きを黙々と行った。数が多いのは気が滅入るが、靴磨き自体は大したことではない。
ただ、事情を知らないアルタミラのメンバーが「なぜ?」と首をかしげるのは無理もなかった。中には思いがけぬサービスに素直に喜ぶ者もいたが、憶測が憶測を呼び、奇っ怪なウワサが乱れ飛ぶこととなった。
が、頭を空にして手作業に集中したおかげで、気持ちを切り替えて新たな任務にとりかかれたのだから、この靴磨きは彼女の精神にはむしろプラスに働いたのかも知れない。
今回の行程には、フィムナは同行していなかった。彼女はランが留守の間の作戦スタッフである。彼女自身はついて行きたくてたまらない様子であったが、アゾニアの「いないよりマシだろうからね」のセリフに目を剥きつつも、不承不承、居残りを承知したのであった。
代わりに、今回は通信士官のクリエラが同行していた。
重力制御装置の調整に合わせて、フォールド通信機をいつでも使えるようにしておきたい、とのランの希望があったためだ。
ブリッジのメインフロアの下、オペレーションルームにて、二人は並んで作業をした。
「フォールド通信はいいけど、どっかアテはあるんですか?」
クリエラはアゾニア軍団の幹部たちの中では最も性格が穏やかで、元艦隊勤務ということもあり、ランにとっては話がしやすい相手であった。
「ボドル基幹艦隊の緊急時には、第214、セルギー基幹艦隊に連絡を取ることになっているの」
「座標は?」
「もちろん、知ってるよ。もしあの時…」
ランは悲しそうな顔をした。あのボドル基幹艦隊最後の戦闘のことは、彼女の記憶から抜け落ちているのだ。
「この星系から脱出した艦隊があるとすればそこにいる。もしかしたらドール司令と仲のよかった指揮官や、同期の指揮官が助けてくれるかも知れない…」
努めて明るく言っていたが、クリエラにはランが無理をしているように見えてならなかった。彼女とて、現実がそんなにうまくいくものではないと分かっている。
「フォールド通信のタイミングは、艦が発進する直前じゃないとダメですね」
「そうだね…」
クリエラはしばらく黙って手を動かしていたが、ふいにポツリと、思いもかけぬ質問をしてきた。
「参謀、『ドーナツ』って知ってます?」
「丸くて穴の開いたやつでしょ?」
もちろんランは食べたことはないが、時々受信するテレビの中で「甘いよ、うまいよ」と言っているアレだ。そんなに甘くてうまいのなら食べてみたい気もするが。
「ウチの部下たちが…」
そこまで言うと、クリエラは下を向いてしばし迷ったような顔をした後、どことなく元気のない様子で話を続けた。
「テレビの『どらま』の二人が、どうなるんだろうって…話をしてるんですよね…」
ドーナツの話かと思いきや、いきなりテレビの話になったので、ランは戸惑った。
「私のところ、地球のいろいろが真っ先に入ってくるから、部下たちが影響されちゃって…」
それは無理からぬことであった。彼らは、地球に関する情報を得るため、軍用通信を盗聴するだけでなく、テレビやラジオの電波も広くキャッチしている。
最初は、それらの意味不明な情報の洪水に目を回すばかりであった。やがて少しずつ、それらが理解できるようになったものの、それはそれで別の問題があった。
しかも彼らは「フィクション」というものを今ひとつ理解できていない。
「参謀…男と女が、一緒にいちゃいけない理由って何なんですか?」
「え…」
「男と女が一緒にいると、何か恐ろしい事が起こるっていいますけど…それはどんな事ですか?地球人たちは男と女が一緒にいても、平気なんですか?それとももう…恐ろしい事は起こってるんですか?」
「……」
かつてアゾニアも同じ事を訊いた。が、そんな事を言われても、彼女にも理由など分からないのだ。
地球人は、男と女が一緒に暮らしている。一緒に住んで、カゾクとやらを構成する…
あの砂漠で出会った女も言っていた。カゾクがあるから死ぬことはできないと…
任務や使命より、そのカゾクが大事だというのだろうか。もしかしたらマイクロン達には、任務や使命といった概念はないのか、いや、そんなことはないはずだが…
あれは地球人だけのことだよ、きっと…と言おうとしてランは言葉を止めた。クリエラの言っている「どらま」では、地球人とゼントラーディ人が「アイシ合って」いるのだ…
* * *
一方、アゾニアの本隊は砂漠地帯を転々として統合軍の目を逃れつつ、傷を負った戦闘ポッドやバトルスーツの修理を行っていた。
もう彼らはかつてのゼントラーディ人ではない。損傷の程度が酷くなければ、武器類を修理して使うこともできる。
食料事情は相変わらず悪い。期待をかけていた前回の作戦では、わずかな食料しか手に入れることができなかった割に、支払った代償が大きすぎた。
士気は変わらずに高かったが、それでも度重なる戦闘と食料不足による疲労が、うっすらと埃が積もるように彼らの上を覆っていた。
アゾニアは野営地のあちこちを回り、そんな兵士達を励ました。
ある日、野営地を回りながら、アゾニアは独り言のようにつぶやいた。
「ランの奴、うまくやってるかな」
彼女は彼女なりに、記録参謀に気を遣っていたのだ。
出会った当初抱いた印象より、ランが図太い神経の持ち主だということは分かったが、それでも元々戦闘には向かない記録参謀だ。少しは楽な環境に置いてやりたい。
「あいつも埃臭い砂漠より、艦の中の方が居心地いいだろう」
整備の済んだバトルスーツを満足げに見上げながら、アゾニアは傍らのソルダムに語りかけた。
決して楽ではないが、計画は着実に進んでいる。そのせいか、女指揮官の機嫌は良かった。
そんなアゾニアとは対照的に、今日のソルダムはあまり落ち着きがない様子だった。
「な、なあ…」
珍しく、彼は迷ったような口調で恐る恐る切り出した。
「もし宇宙へ出たら…俺達、このままでいるのはまずいよな」
「何がだ?」
「男と女だよ。混ざったまんまじゃ、味方艦隊と合流できないだろう」
「んー…」
アゾニアはそれほど深刻な風もなく、腰に手を当て、上を向いて答えた。
「そうだな、それについては考えてなかった訳じゃない。例えば、どっかの旧戦闘宙域で戦艦の残骸でも拾えないかとか、思ってるんだ」
もうここまで技術を身につけたのだから、それらの艦を修復することも出来るだろうというのが彼女の考えであった。昔の戦闘宙域などいくらでもある。状態のいい艦船を見つけるのも、さほど難しくはないはずだ。
「……」
ソルダムは頭をカリカリと掻いた。
彼は上官ほど楽観的にはなれなかった。あの時フィムナが言っていたように、果たして友軍と合流したとしても、受け入れてもらえるかは分からないのだ。
もう自分たちは、異性がいる風景にお互い慣れてしまった。それに加え、今こうして兵器類の修理まで行っている。生きるために無我夢中で選んだ道を進むうち、いつの間にか自分たちはゼントラーディ人として、どれほど異質の存在になってしまったのだろう。そして、アゾニアはそれに気がついているのだろうか。
聡明なアゾニアが気付いてない訳がない。が、彼はどうしても問いただせなかった。何故かは分からぬが、訊くのが怖ろしかった。
「そ、そしたら…」
彼らの視線の先で、女兵士が三人ほど、大きなコンテナケースを取り囲んで何か相談し合っている。そこへ男の兵士が二人やってきて、何事か話しかけると、そのケースを二人で持ち上げ、運んでいった。
会話が途切れたことに気付いたソルダムは、気まずそうにそわそわとして軽く咳払いをした。
「戻ったら…もう、二度と会えなくなるな」
アゾニアは振り返り、不思議そうに首をかしげた。
「まぁな。でも…」
言葉を切り、女戦士はしばし何かに思いを馳せたようだった。多分、死んでいった戦友たちのことだろう。
「生きて別れるんだから、いいじゃないか。できるだけ長生きしろよ」
「あ、ああ…」
再び歩きだしたアゾニアを、ソルダムは慌てて追った。
「アゾニア!」
「なんだよ」
「俺は…お前のこと、今まで出会った中で、最高の指揮官だと思ってるぜ」
その言葉に、アゾニアはしばし目を丸くしてソルダムを見つめ、あはは、と愉快そうに笑った。
「そりゃうれしいな。あたしもお前達が、最高の部下だと思ってるよ」
「……」
そのまま笑いながら、アゾニアはまた歩きだした。ソルダム追おうとはせず、しばらくその場に佇み、やがて逆方向に歩き出した。
* * *
アレクセイは、ゼントラーディ人がクローンなら何故、それぞれに個性があるのかという妻からの質問に、すっかり困ってしまった。彼自身はそのようなことは考えたこともなかった。
今や統合軍内にゼントラーディ人の姿は珍しくはない。が、彼らにそんな事を訊いても分からないだろう。
そんな彼の悩みを、親友があっさりと救ってくれた。
「まず言っとくけど、クローンというのは遺伝的に全く同じグループのことを指すのであって、お前が想像してるみたいなSFっぽいもんじゃないぞ。双子だって、立派にクローンだ」
情報通で自然科学、文学、歴史にも造詣の深いアランは答えた。
「ゼントラーディ人がクローン製造されているというのは、そう考える方が合理的だというのと、現に全く同じ遺伝子を持つ者がちらほら見つかるかららしい。が、今のところ俺達地球人が勝手にそう言ってるだけで、推測にすぎないみたいだけどね」
ゼントラーディ人がどのようにして誕生するか、というのは、実はよく分かっていなかった。戦艦や戦闘ポッドと同じく、兵員生産用の工廠衛星があるということだけで、具体的な生産工程は全く不明であった。
なぜなら、地球人がそうであるように、ゼントラーディ人もまた誕生の瞬間の記憶というものはなく、それはあのエキセドルでさえ同じであったからだ。
彼ら自身、自分がどうやって生まれたかなんて、思ったこともないだろうな、と、作成しかけの書類を片付けながらアランは結ぶと、僚友の顔を見上げた。
「…で、何で急にそんな事を知りたくなったんだ?」
「間違いない。この子だ…」
ベリンスキー家のダイニングで、再会した赤い髪の少女にアランは絶句した。
なんという事であろうか。タチアナが砂漠で出会ったこの痩せた少女が、統合軍が総がかりで捕らえようとした"狼旅団"の頭脳だったとは。
しばらく無言で、二枚のゼントラーディ人の写真を見比べてから、アランは考えをまとめるためか、コーヒーを所望した。
タチアナはしきりに悔やんだが、アレクセイはそれをなだめた。今さらどうしようもない事であるし、彼にすれば、妻が立入禁止地区に入ったことがバレても困る。
三人はそれぞれに考え込んだ様子で、コーヒーをすすった。
一息ついてから、アランは語り出した。
「…ゼントラーディ人が、プロトカルチャーの末裔というよりは、彼らによって作られた種族なんじゃないかという説があるのは知ってるか」
「ああ…」
「あくまで俺の考えだが…」
アランは自分の考えを述べた。
「巨人たちがもし本当に作られた種族だとしても、全くのゼロから新しい生物を作ることはありえない。必ず"遺伝的モデル"がいたはずだ」
「モデル?」
「そう。それはすなわちプロトカルチャー自身だ。中国の皇帝の墓を守る土人形のように、一人一人、実在のモデルがいた。おそらく最初から戦闘に不向きな者は除外され、兵士として有能な者だけが選別されて、巨人兵を作るための遺伝子を提供したんだろう…」
「墓守の…人形…」
「それこそ鋳型から人形を作るように、ベースとなる遺伝子から量産されているんだろうな。クローンってのはそういう事だ。そうそう同じ顔の者がいないのは、それだけモデルのバリエーションが多いということだ」
「……」
「おそらく、ドール中佐とこの記録参謀は、はるかな昔、本当に血縁関係があったんだ。姉妹、あるいは親子…」
アランはそれ以上、何も言えなかった。
この二人が上官と部下としてめぐり会ったのは単なる偶然かも知れない。が、彼はドールが部下の身を案じ、苦悩する表情が忘れられなかった。もしかしたら当人が気付かなくとも、肉親の情のようなものを感じていたのではないだろうか。
「調べれば他にもきっと、親子や兄弟だった者がいるだろう。大昔、彼らは俺達と同じように家族があった…」
「……」
アレクセイは、遠い宇宙に思いを馳せた。
今、この瞬間も、宇宙のどこかでゼントラーディ軍と監察軍が戦いを繰り広げている。膨大な数の戦艦に乗っている、膨大な数の兵士たちが一瞬のうちに消え、また別のどこかでは生産されているのだ。
誕生しても祝福されず、消え去っても悼まれることのない、ただ戦争に消費されるための命…
タチアナが、ひどく憤慨した様子で声を上げた。
「もし、そうだとしたら…私はプロトカルチャーって人たちを許せないわ。どんな進んだ文明か知らないけど、そんな、生命を冒涜するような事を…きっと神様の怒りに触れるでしょうよ」
「…もう、神様はお怒りになったんだと思うよ」
淡々とした口調でアランは言った。
「プロトカルチャーは巨人たちの伝説の中にあるのみの存在。記録がないということは、彼らに対する影響力は早々に失われてしまったんだ。とっくの昔に滅びたか、あるいは原始人に逆戻りして細々と生きているか…」
「まさか…その原始人の成れの果てが俺達、なんて事はないよな…?」
アレクセイがおずおずと口を開いた。
そんなSFが確かあったかな、と思いつつ、アランはかぶりを振った。
「俺は、彼らは滅ぶべくして滅んだんだと思う。人を改造してまで戦争するような文明なんて…どのみち末期症状だったのさ」
* * *
「アカギの山も今宵限りぃ〜かわいい子分のてめぇ達とも…」
ブリタイ艦の格納庫に、若い巨人の声が響く。
格闘訓練用の模擬銃を日本刀に見たてて振りかざし、悦に入った様子のカムジン・クラヴシェラである。
その周りを囲んで、部下たちが神妙な顔で座っている。親分の演技に拍手喝采を送らないと、どやされるのだ。
「いよッ、親分!」
「カッコいい〜」
キャットウォークの上には、地球人の女性兵士が6、7名鈴なりになって黄色い声援を送っている。
地球人に対してはカムジンはどちらかといえば無関心であった。が、地球の娯楽は彼の心を捉えた。歌は「軟弱だ」と決め付ける一方で、スポーツや格闘技はもちろん、映画、中でもアクション系のものに夢中になった。
部下を相手に剣客や荒野のガンマンを演じてご満悦のその様子が、何故か地球人女性に受けた。
カムジンは言動は乱暴だが、チンピラのように無闇に周囲を威圧したり、暴力を振るったりするわけではない。端正なルックスを持ちながら異性に免疫がない上、おだてに弱い彼は、彼女らにとっては安心してミーハーぶりを発揮できる対象であった。
そんな国定忠治ごっこを、数名の側近と共に格納庫の外からたまたま見かけたブリタイは、呆れ気味にため息をついた。
「…あんなもので気を紛らわせているうちはいいのだが…」
血気盛んな、生来のケンカ屋であるカムジンは、"狼旅団"というしたたかな戦闘集団が気になって仕方がない。度々、追討をやらせろとブリタイに迫り、彼を辟易とさせていた。
カムジンは暴れたくてたまらないのだ。それが地球人であれ同胞であれ、自分と対等に渡り合えそうな者がいるという事実が、その血を熱くさせるのだ。
「その後の彼らの動きは掴めているのか?」
この一行に加わっていたラプ・ラミズが、ブリタイを見上げて尋ねた。
「いいえ、索敵は続行しているようですが、一向に…」
指揮官に代わって、副官の一人が申し訳なさそうに首をすくめた。
あれから彼らがどれほどの距離を移動したのかも分からない。大戦前と違い、宇宙からの目がない現在では、一旦見失ってしまえば捜索は非常に困難であった。
「思うのだが…」
ラプ・ラミズは、ふと思いついたように言った。
「もうあれから二年近く経つ。あれだけ学習能力の高い彼らだ。もう地球の社会や文化、これまで我々の知らなかった言葉や概念などについても理解しているだろう」
「それで?」
「我々とて、もしあの頃和平や停戦などと地球人から持ちかけられても、その意味すら分からなかっただろう。しかし、今であれば…と、言っているのだ」
「ふむ…」
「彼らもあの戦いでは、少なくないダメージを受けているはず。交渉のタイミングとしては悪くない」
ブリタイは、少々の感慨をもってラプ・ラミズを見た。
彼ほどには地球人に対して好意を持っている風でもなく、統合政府から提示された役職をことごとく断って、彼の元に居候を決め込んでからはどことなく無気力にすら見えた彼女の、久々に見せる指揮官としての顔が、ブリタイには何とも嬉しく思えた。
その視線に気付いてか、ラプ・ラミズは困惑気味にぷい、と目を逸らせた。
「私は、極力余計な戦力を使わずにすむ方法について述べているのだ」
「…ああ、判っている。大事なことだ」
これまで何度も交渉の呼びかけをしては無視されていたが、今のタイミングなら確かに彼らも少しは聞く耳を持ってくれるかも知れない。ブリタイは、ゼントラーディ人同士が血を流すような事態は、なんとか避けたかった。
* * *
しかし、事態は意外な所から大きく動き出した。
参謀本部第四部(兵站部)の執務室に、兵站部長、モニカ・エーケベリ少将の怒声が響いた。
「なぜもっと早く分からなかった!」
兵站部は軍で使用するすべての物資、物品の調達や管理を司る部門である。
普段温厚な上司の叱責に、幹部たちは恐縮して首を縮めた。
ブリタイ艦の改修現場から、大量の修理用部品が消えていたにもかかわらず、半年近くもの間、見過ごされたままだったのである。
それは、前回の戦闘の後回収された"狼旅団"の輸送ポッドから発見された部品の調査から発覚した。
なんと、その部品はゼントラーディ規格でありながら、地球製であることを示すロット番号が刻まれていたのだ。
ブリタイ艦および今後のゼントラーディ艦艇の修理のために、統合軍がコピーした部品に他ならなかった。
そこで初めて、ブリタイ艦修復現場での盗難が明るみに出たのである。
それまで修理現場での紛失が全く見過ごされてきたことに、エーケベリ少将は怒りを爆発させた。
「あの艦の部品は、民間に流用できるようなものではないんですよ!ただの横流しの訳はないでしょう!」
実際、褒められた話ではないが、この時代、物資不足もあって、横流しは決して珍しくはなかった。
責任追及を恐れた現場の担当官が、適当に書類上のつじつまを合わせてしまう…というのも、ままある事であった。
しかし、たとえ闇市場に流れても金にならない特殊な部品が、少なからぬ数消えていたのだ。異常事態としてすぐ認識されるべきであった。危機意識の欠如と言うより他ない。
当然、参謀本部は大騒ぎになった。
が、その中で、この事件の真の意味に気付いたのは、エキセドルだけであった。
「そうか…そうだったのか…」
落ち窪んだ眼窩に収まった目が、驚愕のあまり焦点を失った。
「彼らが…そんな事まで考えていたとは…全く迂闊でした。まさか…」
「どうしたね、エキセドル君」
問いかけたグローバルに、震える声でエキセドルは答えた。
「彼らは、宇宙へ戻るつもりなのです…!自らの手で艦を修理して…!」
to be continued
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