DUMKAに掲載した2002年10月の天文合宿についてまとめたものです。
14日(月)昼過ぎ、天文の合宿から帰ってきました。
出発は、前日付けの秋葉原ミニレポートが一段落した12日(土)夕方。川崎から南武線経由で八王子へ出て、20時33分の中央東線特急「スーパーあずさ15号」に乗車、小淵沢に21時54分到着という行程です。
出掛けに川崎駅で指定券を取った段階では、禁煙席は通路側しか残っていませんでしたが、近くのグループの人たちが私の席に移っていたのを幸い、車掌さんにも了解をもらって、左窓側の席を確保しました。夜間で風景は見えないものの、何かしら灯りが横切っていくので、車窓からは目が離せません。金粉をばらまいたような甲府盆地の夜景も、勝沼付近で存分に眺めることができました。
目的地は、八ヶ岳山麓・富士見高原にある川崎市の青少年向け宿泊施設で、五藤光学のクーデ式200ミリ望遠鏡を4機と、屋根が横に開くスライディング・ルーフを備えた天体観望施設を有しています。しかし、私は望遠鏡の取り扱いに疎いためもあり、主に双眼鏡を使って、星雲・星団を見ていました。
天体観察に双眼鏡とは、意外に思う向きもあるでしょう。でも、対象をピンポイントで見つめる望遠鏡に対して、広い視野を持つ双眼鏡で、あてどなく星空をさまようのも、また楽しいものです。7倍前後の手持ちタイプが一般的で、私が持参したVixen Ultima ED 6.5倍44ミリのほか、友人のZeiss Classic 7倍42ミリ、別の施設から借りていった大型据え付けタイプNikon 20倍120ミリ等々、今回もなかなか贅沢なモデルが揃いました。
私は到着が遅かったので、みんなが寝てしまった後、一人だけ起き出して毛布にくるまり、h-χ(エイチカイ)二重星団へ、プレアデス星団(すばる)へ、そしてオリオン大星雲へと、星空を散策しました。川崎では街の光にかき消されてしまった天の川も、ここでなら、その流れを追うことができます。時折、静謐な夜気を切り裂いて、森の動物たちの声が聞こえてきました。
しかし、豊かな自然を誇るこの高原も、首都圏に程近い観光地ゆえか、近年は光害が及び始めており、夜空の暗さは損なわれつつあるといいます。一方で輝く夜景を楽しみ、もう一方で満天の星を求める私自身もまた、矛盾を否定できないかもしれません。
「もしかしたら日本みたいなお金の国は、星まで売ってしまったんじゃないだろうかと思った」という、「家族計画」(D.O.)冒頭の春花(チュンファ)の独白。密航者として来日し、風俗街に身を沈めた彼女の言葉が、胸を締めつけます。
翌13日(日)も晴天に恵まれましたが、私たちの関心事は今夜の空模様です。7時過ぎ、朝食で宿泊施設の食堂へ向かう途中、時系列の天気予報が出ている電光掲示板を見ると、一応「晴れ」のマークが。もっとも、空の8割を雲が占めていても、表記上は「晴れ」に区分されるため、今夜の星空が確かになったわけではありません。
午前中は望遠鏡を使い、金星など、昼間の星を見ることになりましたが、昨夜の睡眠不足を補いたい私は二度寝です。10時半に再び集まり、みんなで小淵沢の街へ出て、鰻ご飯の店で早めの昼食。それから合議の結果、午後は休憩組と観光組に分かれることになりました。例年の合宿では、2日目の日中は宿泊施設のホールでバドミントンを楽しむことが多いのですが、今年は熱心なプレーヤーが欠席していたためか、話題に上りません。付近には温泉が散在していますが、混みそうなので、これも見送りです。
さて、私を含む観光組は3台の自動車に分乗し、国道20号線を南下して、尾白川の渓谷へ向かいました。白、ピンク、赤紫の秋桜が咲き乱れる道を走り、さらに森へ分け入ると、間もなく路上駐車の長い列。近年、天然水で脚光を浴び、沢山の人が訪れるようになったそうで、駐車場はすでにいっぱいです。ここから徒歩になり、火事で最近消失したという駒ヶ岳神社の脇を抜け、細い吊り橋を渡って、谷川を見下ろす狭い山道を進みました。5人以上では渡れない、パイプと金網でできた桟道や階段に、ちょっとばかり足が竦みます。
やがて水の気が濃くなり、滝を見上げる河原に出ました。ここは千ヶ淵というところで、滝の落差はそれほどでもありませんが、流れ落ちる水には太いのがあり、細いのがあり、横から勢い良く合流するものまであって、狭い崖に複雑な景観を刻んでいます。河原には白い大きな岩々と、それらを縫っていく澄んだ流れ。一掬い口に含むと、仄かな甘みを残して喉へ消えました。足許の白砂も、グラニュー糖をまぶしたようで素敵です。
河原から見上げると、急な階段が崖を巻き、さらに奥地へ続いています。景色は良さそうですが、ここまで来た道よりも大変そうなうえ、時間も掛かるので、今回は引き返すことにしました。
再び自動車に分乗して、次はサントリー白州蒸溜所へ。受け付けで支給される「運転者シール」を、「俺は飲みたいんだ」とばかりに貼り付け合う、お約束の一幕があり、道々、40トン秤のトラックスケールに乗ったりしながら、工場へ向かいます。
サントリーの蒸溜所は、西の山崎、東の白州があり、私は両方とも見学に訪れたことがあります。白州は2回目ですが、今回は連休の中日に当たるうえ、特別なウイスキーの無料試飲イベントが行われていたため、かなりの人出でした。今回も工場の中を見たいと思っていましたが、16時の回でなければ空きがありません。そこで見学は諦め、ウイスキー博物館を見てから試飲に臨みました。
カウンターで件の「特別な」ウイスキーを受け取り、「アルコール度が58度と高いですから、ゆっくり味わってください」との説明を受けて、テーブルに着きました。28年ものの樽出し原酒だそうで、相当貴重なものらしく、小さなカップの底に、ごく少量しか注がれていません。しかし、鼻を近付けると強い芳香が漂い、これはただごとでは済まされないなという予感がします。
果たして、嘗める程度に含んだ途端、身体が危険を察知したかのように、多量の唾液が口の中に噴き出しました。原酒はたちまち薄められ、喉の奥へと拡散していきます。数秒の後、思い出したように、唇と舌を軽いピリピリ感が覆いました。すべてを締め括るように、喉から鼻へ上がってくる、微かな含み香。まるで炎の風が吹き抜けたような、初めて経験する瞬間でした。
気を良くした私は、続いて試飲コーナーの隣にあるバーに入り、20年ものの樽出し原酒を求めました。こちらはさすがに有料(500円)ですが、おつまみとして、岩魚(イワナ)の薫製とナッツが付いてきます。ウイスキーは年月を経るほど、まろやかになるものと考えていたのですが、思いなしか、28年ものより味が優しいと感じられました。先ほどの衝撃のおかげで、強烈なアルコールへの準備が、心身共に整っていたためもあるでしょう。
この際、御輿を据えて、あれこれ試したいところですが、夕食の時間が迫っているので、そろそろ戻らなければなりません。帰り際にお土産をいろいろ買い込んだところ、抽選で景品をくれるということで、所定の金額に満たなかった友人のレシートも合わせ、5回分の籤を引いてみました。すると1〜5等のうち、1等、3等(2個)、5等(2個)という、宝くじに前後賞付きで当たったような好成績。私自身はもちろん、店の人もびっくりで、居合わせた買い物の人たちからも、拍手と歓声を浴びてしまいました。ちなみに、1等は白州ピュアモルト、3等は鳥の絵柄が入ったビールマグ、5等はウイスキーボンボンでした。
宿泊施設へ戻り、暮れゆく山並みを見ながら夕食をとって一休み。空は綺麗に晴れましたが、夜半までは月明かりがあるので、暗い星が見づらくなっています。
今夜は、この観望施設で星を見るために、地元の人たちが集まってくる日です。合宿に合わせて、毎年行われているもので、今回も家族連れを中心に、続々と来客がありました。この辺りは標高1200メートル以上の高地なので、10月中旬ともなると夜は冷え込みますが、床暖房が装備されているおかげで、小さな子供やお年寄りの人たちも、快適に星空と親しむことができます。
今回の観望対象は、ちょうど出ている上弦の月を筆頭に、白鳥座・アルビレオ(くちばしという意味)などの重星、それに、いろいろな星雲・星団です。メンバーはそれぞれ望遠鏡の操作や、目標天体の解説にあたっていますが、機材に不慣れな私は、例年、ハッブル宇宙望遠鏡などの画像を用意し、ノートパソコンで見せて回っていました。実体験として望遠鏡を覗くこととの相乗効果で、イメージをさらに広げてくれればというわけです。ところが、今回は出掛ける直前にノートが故障してしまい、準備が間に合わなかったので、簡単な説明を加えながら、手持ちの双眼鏡を見てもらっていました。
観望会は雲や霧に邪魔されることもなく、21時頃に無事終了しました。来てくれた人たちを見送った後は、毎度のお楽しみ、露天風呂が待っています。ぬるめのお湯にいつまでも浸かって、あれこれ雑談に興じたり。ちょっと目を離したすきに、流れ星が夜空を横切っていったり。知識も機材も要らない、のんびり気ままな星見のひとときです。上がってからは、天体写真を撮ったり、雑談の続きを楽しんだりと、夜更けまで、思い思いの時間を過ごしました。
明くる14日(月)は合宿最終日ですが、特に活動はなく、片付けて帰宅するだけです。メンバーの自動車に分乗して帰るのですが、道路の渋滞を避けるため、一刻も早く、発たねばなりません。朝食後、分担して掃除と後片付けを済ませ、退所式を終えて、9時前、帰途に就きました。小淵沢インターで中央道に乗り、途中、双葉サービスエリアで小休止。あとは調布インターまでひた走ります。幸い、渋滞に巻き込まれることもなく、11時頃には調布到着。それからちょっと用事を済ませ、送ってくれた友人と別れて、南武線で川崎へ。自宅には昼過ぎに帰り着きました。
毎年秋、こんなふうに実施している天文合宿ですが、2泊3日の全日程が晴天に恵まれることはなかなかなく、今年はラッキーでした。四半世紀以上の歴史を持つ、私たちの集まりもまた、メンバーのほとんどが20〜30代の社会人であることを考えると、よく続いているものだと感心します。来年はどんな合宿になるのか、今から楽しみです。
「ЗВЁЗДНЫЙ」(ズヴョーズヌィ)は「星の」「星でいっぱいの」、「НОЧЬ」は「夜」で、合わせて「星降る夜」「星月夜」という意味のロシア語になります。「ほしづきよ」は「ほしづくよ」とも言い、星が月のように明るく見える夜のことで、合宿を行った秋の季語であることからタイトルにしました。
同じ秋の季語である「月夜」は、ロシア語では「ЛУННАЯ НОЧЬ」(ルーナヤ・ノーチ)となります。また、「星」は「ЗВЕЗДА」(ズヴェズダー)、「星座」「綺羅星」は「СОЗВЕЗДИЕ」(サズヴェージエ)です。
制作・著作 佐藤純一(サハロフ) 2009年
Copyright (c) 2009 Junichi Sato (Sakharov). All Rights Reserved.