よって このデータが本編である「黙示録 エヴァンゲリオン」に合致しなくとも
当方は一切の責任を負わないものとする
それによって受けるショックなどにも当方は一切の責任を負わないものとする
今回もしまぷ(う)がジェノアさんと朝霧君の深淵を語るべく・・・
ま こまかいことはこの辺りにして・・・
行ってみよぉーっ!
二人の日常 或いは平穏な日々
例えばこんな なつやすみ 前編・・・
2学期の終業式の日
ジオフロントへの帰りの電車の中
『〜 この星の上で何か 求め探し続けて 〜』
SDADから流れる音楽を聞きながら彼は見ていた通信簿を鞄の中にしまい込んだ
成績や好きな科目で言えば 彼はいわゆる理系の人間だ まあ 物書きのくせに国語と英語が低いのは幾分か考え物ではあるが・・・
『〜 耳を澄ませば教えてくれたね 〜』
向かい側 ジェノアの隣に座っている霧島がこちらを見ている 何か話しかけてきているようだ
『〜 痛みも悲しみも全てなくしてくれる Oh 奇跡 〜』
彼は耳からイヤホンを外し
「ん? 呼んだか?」
霧島は席を立ち 朝霧の前にやってくるなり 手を出して
「見たいな 朝霧君の通信簿」
本人はかわいく・・・ とのつもりだったのだろうが
「では聞くが 貴方は自分の通信簿を『見せて』と言われて相手に持って行かれても良いのだね?」
そう朝霧に返されて 一瞬困惑する霧島に
「そう言うことだ」
そう言ってイヤホンを耳にしSDADで続きを聞く朝霧
『〜 お金儲けの 噂を聞けば 何処へだって飛んで行く 〜』
目の前で抗議する 霧島を気にかけることもなく
『〜 出前迅速 スピード一番 銀河一の星間商人 〜』
SDADに聞き入りながら
(ふむ クラスにもだいぶ慣れてきたようだな・・・ この点 心配することはないか 良いことだな)
そんな事を考え 視界の端のジェノアに注意を向けていた
翌日・・・
この人
ワタシに笑顔を向けてくれた 女の人
近くにいると安心できる
でも
誰か分からない
だめ そっちに行っちゃだめ
嫌っ
そっちには怖い兵隊さんがいるの
だから
だめ
だめだってばぁ
行っちゃ だめ
ああ
嫌っ
午前5時57分 ジェノアの部屋
「嫌ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・」
(あれ・・・)
「夢? 気持ち悪い・・・」
全身にじっとりと汗をかいていることに気がつき 彼女はベッドから起きあがり 無意識に目覚まし時計に目をやる
「まだ 6時なのね・・・」
寝ぼけ眼のまま彼女はベッドから這い出ると シャワーを浴びるために浴室へと向かう いつも通り順次服を脱ぎながら・・・
午前10時過ぎ 同ジェノアの部屋
足を投げ出して座っている朝霧の膝を枕にするようにジェノアが横になったまま 彼女は今朝見た夢の内容を話していた
「・・・という夢を見たんです」
「ふむ・・・」
彼女は今朝見た夢の内容をおぼえている限りを朝霧に話した 夢にしてはあまりにもリアリティーの在りすぎる話しに 朝霧は一つの仮定を持ち上げる
(過去のある纏まった強烈な記憶なのではないか だが・・・)
と その仮定に確証があるわけではないが 夢にしてはあまりにもリアリティーがあった事を彼は危惧してしまうのだった
「あの」
黙って視線を動かしていた朝霧に ジェノアは再び呼びかけた
「あの」
その不安げな視線に気づき
「一つ 考えられることがある 夢にしてはあまりにもリアリティーがありすぎる もしかしたらそのシーンを連想させる物語や映像を見て 脳がそれだけのデータだけで夢を構成してしまった・・・ と考えるのが妥当だろうな」
朝霧はまだジェノアが精神的に強いショックには耐えられないと判断し 直接的な表現を避けた返事を返した
「・・・ でも 嫌な夢でした」
「こう 言っては なんだけど・・・ 私はあまり夢を見ないんだ だいたい月に一度ぐらいしかね」
きょとん とでも言うような表情でジェノアは朝霧を見上げていた ほぼ毎日夢を見るジェノアには考えられないらしい
「どうした?」
「夢を見ないなんて 信じられません」
「そうかな まあ私はものかきだから 徹夜で夢を見ていると考えれば 別に不思議だとは思わないけど」
「徹夜で ですか?」
「そう 徹夜でね ・・・ともかくその夢を見たのは今日が初めてだね?」
「はい」
「ならばそんなに心配する必要はない ただの怖い夢だよ」
「はい ありがとうございます」
「気にするな 誰しも好きな人に不幸になって貰いたい などとは思わないものだからな」
「そうですね でも・・・」
「ん?」
「やっぱり 怖い夢は見たくありません」
「・・・ まあ その時は内線をかけるなりして私を起こしてください 必要であれば側にいてあげますよ」
頬をぽりぽりと指でかきながら しっかりと視線を外して答えるタケオ
「ほんとに?」
「ええ」
「・・・じゃあ そうします」
「所で今日のジェノアの訓練の予定は?」
「今日はタケオと一緒です」
「そうか・・・ いや いいか」
「どうしたんですか?」
「何でもない」
「そんなふうに 言われたら気になります」
朝霧の視線が一度宙を泳ぐ
「すまん しかし こればかりは・・・」
「もう」
そう言ったジェノアが朝霧の内股を軽くつねる
「あたたたたたたたっ ジェノア痛いって」
「じゃあ 喋って下さい」
朝霧は若干の沈黙の後
「いいのか 引き出す答えは魔物かも知れないんだぞ」
「それでもです」
「分かった 私の中にあるデータのみで考えたのだが ・・・適格者の事だ 鈴原は確率的には低いと思いたいが いずれも心弱き者だ
まずは碇だな 惣流辺りなら適格者の自覚が欠けてる等と言うだろうが そんな事は要因外だ 私が受けた感じでは奴が不幸を売り物にするようになったら初号機は使い物にならん
順番から言って次は惣流だ語彙が足りないから上手く説明はできんが 何かにとりつかれたように闘っている様に見える 気のせいであればいいがな
後は霧島か あれは空でも元気がある間は問題なかろう」
朝霧の視線に沈黙を返すジェノア
「どうした?」
「綾波さんは?」
「・・・判断材料が少ないから今回は保留だ ジェノアにはどう見える?」
「綾波さんは・・・ まるで通じる言葉を話せない幼い子供を見ているみたいです」
「そ そうか?(この感性のズレはどこから?)」
「はい 向こうの教会にいた頃そんな子が大勢いましたから」
「ほう(興味深いな) ・・・話は戻るが だからと言って 弱い心を補うために強烈な刺激・・・
例えば殺人なんて非現実だしな もっともエヴァで戦っているからと言って人を全く殺さないなんて不可能だろうな たぶん公表しないだけで幾人かはエヴァが最大要因となって死んでいるはずだ ・・・それを」
話している朝霧のズボンの裾をジェノアはギュッと掴む
「ん?」
視線が合う二人
「だめです それ以上は」
「・・・すまん 最近自分でも押さえられないことがあるみたいだな」
「ただでさえタケオは 何のカバーもなしに話してしまうのですから 気をつけて下さい」
「ありがとう」
「いえ・・・」
(真実を か そう言う意味では 私も心弱き者だな・・・ 最近はジェノアといないと どうも落ち着かない・・・ 依存度が大きい か)
遠くを見つめている朝霧の手が自分の上に来るとその頭をなではじめた 優しく 彼が無意識にしている事と理解するとそのままに瞳を閉じた
(なんだろう すごく おちつく 安心できる 何でなんだろう・・・)
ふとその手の動きが止まった
「あ」
ジェノアの声に 朝霧が気づき
「あ? ああ その・・・」
自分でも気がつかないうちにジェノアの頭を撫でていたことに気づき しどろもどろの朝霧 彼女はその自分の頭をなでていた手に手を添え 彼にほほえみ返した
その瞬間 朝霧はとても冷たい手で心臓を鷲掴みにされた そんな感覚に陥っていた
(くっ ぁっ ・・・何だ? 心が痛いのか? 今のはいったい)
「どうしたのですか?」
表情に出ていたらしく 彼女にとっさに訪ねられた
「いや・・・ その まるでジェノアに心臓を鷲掴みにされたみたいだった」
「・・・その時 何を考えていたのですか?」
「その微笑みに (怯えているのか・・・ こんなにも精神が依存しているというのに・・・ 私は)」
困惑 そう言える表情をわずかながらに見せる朝霧
「ごめん こう言うのは初めてだから 一度医者に行った方が良いかな?」
真面目にそう言う朝霧にジェノアは苦笑しながらその身を起こす
「そんな事したら お医者様に笑われますよ 胸が締め付けられるほどワタシの事を?」
「・・・ そのようだ それ以外考えられないし」
頬をぽりぽりと指先で掻きながら 視線をしっかり外して答える朝霧
ジェノアはいたずらな笑みを浮かべ 朝霧を押し倒し・・・
「んんんんんんーーーーーーーーーーーーーーーっ」
離れる唇
「な なにを ・・・って キスか(慣れないものだな こればかりは)」
「タケオ もしかして初めて?」
「押し倒されてされたのは初めてだ」
なぜかどうしても視線を合わせて話せない朝霧
楽しそうに見ているジェノア
「な なにか?」
「タケオ かわいい」
「な・・・・・」
のどかな お昼前の光景だった
翌日昼前
「こんな事 ジェノアにも言えないな」
朝霧はいつもと違い自室のパソコンでアイデアノートとでも言うべき文書を書き込んでいた
そのファイルは朝霧のパソコンの中で最も高いセキュリティーに守られており セキュリティーを解除しただけでは存在しないファイルなのである 内容はエヴァや使徒の存在について朝霧の見解が書かれている物や 適格者や候補者について書かれている物がある それらどちらかといえば理論で語られているものではなく 直感的思考によって書かれており その内容は候補者や適格者のレゾンテートルを確実に侵害する内容なのである
彼はこの文書に触れる度に自分の暗黒面を意識せずにはいられなかった
因みに普通にセキュリティーを解除して行くと 次の詩の書かれたファイルに行き当たる
彼のその手の中に在る
メビウスリングのその中に 時のかけらは砂のよう
時のかけらを踏みし者よ 汝に時は流れない
時のかけらを探す者よ 汝の瞳は奪われよう
時のかけらを崇めるものよ 汝に神の姿はない
時のかけらを手にする者よ 汝は永遠をさまようであろう
メビウスリングの開く時 時のかけらは泡となる 時のかけらの内側で すべてのものが生まれ行く
メビウスリングの閉じる時 泡は全てを否定する 時のかけらの内側で すべてのものは無に消える
時のすべてを見るものに 時のかけらは語り出す
すべては夢か幻か メビウスリングの意のままに
願わくば 時を与えよ 願わくば 死を与えよ
その者の行く手にヴァルハラのあらんことを
彼がそれらのファイルを操作するときにパソコンはネットワークから電気的・物理的に切断されており 第三者が進入できないように部屋や玄関などには全て施錠した状態になる そこまでして隠蔽するデータならいっそ持たなければいいのにと思うのだが そのことについて彼曰く「誰の言葉かは知らない古い言葉だが 神と悪魔が同時に存在している世界 それこそが人間の心なのだから」などと言っていた
一段落したのかファイルを閉じ 管理者でログインし先ほどのファイル操作等のログが無いことを確認して ネットワークに復帰させ コンピューターをシャットアウトした
そのまましばらく 何かを考えるようにじっと電源の落ちたモニタを見つめていた彼だが 昼を告げる時計のアラームに部屋を出て行った
さて 彼のペンネーム「浅葱 桜」のオリジナル作品は命や心をテーマに扱った物が多い 中でも当時浅葱が朝霧だと知らなかった山岸から絶賛された『ガラス瓶に残った雫』はその代表作と言って差し支えはないだろう だから実話を基に書かれた『その胸に抱くは』はテーマ的にはむしろ例外に近かった
元々はファンフィクションから書き始めた彼だが ファンフィクションの方はオリジナルに比べれば非常に明るい雰囲気があった まるで別人が書いているかのように 「同一人物ですか」とのメールを貰った事があるくらいだから 無理もないといえばそうなのだが・・・
寮内の食堂
「こんにちは」
朝霧は通称「食堂のおばちゃん」にそう挨拶をし 昼食の乗ったトレイを受け取り 一人席に着く
トレイの上を一通り確認し 彼が「いただきます」と手を合わせようとしたときだった
「タケオ」
呼ばれるままに振り返る 流れるような黄金色の髪が視界に入る ジェノアだ 今日も他の女子クラスメイトと比べると幾分かラフな服を着ている
「こんにちはジェノア どうだ 一緒に食べないか?」
「はい」
彼女は朝霧に明るく返事を返すと 自分の昼食を貰うべくその場を離れた 朝霧は彼女の背中を見て
「純粋とは 怖い物だな ・・・私は少し闇に沈みすぎたのかもしれん・・・」
呟いていた 程なく彼女はトレーに乗せた昼食を朝霧の前に置き向かい合うように席に着き
「お待たせしました」
「ではいただこうか」
朝霧はそう言って 静かに手を合わせ目を閉じる 黙祷を上げるように
対してジェノアは 静かに手を合わせ略式ではあるが祈りを捧げる
両者ともほぼ同時に食事の前の儀式を終え 今日の昼食に手を着け始めた
そこそこに箸を使えるジェノア 向かいの左利きの朝霧
(鏡を見ているみたい)
そんなことを考えていた
「どうした? 私の顔に何か付いているのか?」
じっと見られていたので 不思議に思ったタケオがそう言った
「いえ ・・・ 鏡を見ているみたい と思ったものですから・・・」
「そうか 私は左利きだからな ・・・そう言えば 箸の使い方はどこで覚えたんだい?」
「日本に来ると 決まったときからです」
そんなとりとめのない日常会話が交わされながら二人は食事を進めていった
食事も終わり食堂から出てきた二人
「あの」
「ん?」
「夏休みの宿題 進んでますか?」
「ああ 今のところ順調だが」
「今日はまだ 訓練まで時間もありますから 一緒に・・・」
「うん ではそうしよう」
表情にほとんど変化がない物の 明るい声でタケオは答えた
「じゃあ 部屋で待ってますから」
「分かった」
嬉しそうに走って行くジェノアのなびく髪を瞳に映し
「まあ いいか」
そう言って頭の中の思考ノイズを消し 自分の部屋へと戻るべく足をすすめる
305号室 ジェノアの部屋
玄関で靴を脱いだ彼女は急いで部屋をチェックする 部屋は散らかっていないか 見られたくない物はちゃんと片づけてあるかを・・・
彼女の部屋の間取りは玄関を入ってすぐにテーブルの置かれているダイニング キッチンは右手側にあり 反対側はバス・トイレと洗濯機のおいてある脱衣所が「ゆ」と書かれたのれんの向こうにある ダイニングの奥は部屋になっておりそこにベッドや机が置かれている
一通りの確認を終えると姿見の前に立ち自分の姿をチェックする
ふとタケオの言葉が脳裏をよぎる「ああ 私は感情がほとんど表情に出せないから」と 確かにタケオの表情は少ない 笑うときも何か憂いを含んだような表情になりがちだし そう言えば怒った顔なんて見たこともない 以前膝枕して貰った後にタケオの足がしびれて立てなかったときもほとんど表情は変わらなかった
理由は知っている タケオが話してくれたから 裕美さんだっけ タケオの心の中に在る タケオが適格候補者になったきっかけを作った人
・・・ワタシ嫉妬しているのかな・・・
ふと気がつくと姿見に悲しい顔をしている自分がいた
「だめジェノア 悲しみに沈んだって幸せは得られないわ」
そう姿見に映る自分に言い聞かせ いつもの表情に戻った彼女は姿見の前から離れ部屋へと入って行く
程なくホーンが鳴らされた
夜 寮の朝霧の自室
訓練も終わり リビングで夏休みの宿題を続ける朝霧
ふと時計に目をやる
「8時か」
「ん? ああ もうそんな時間かぁ」
つぶやき 再び宿題を続ける 因みに苦手な英語はジェノアに聞きながら 好きな科目である理科や物理それと今最後の問題を解いている数学 それ以外はそこそこに進んでいる・・・
一昨年も去年もそうだが朝霧は観察日誌等の時間が絶対にかかる物は別として夏休みの宿題を7月中に終わらせていた 好きな科目はパーフェクトに そうでない科目はそれなりに である
そのせいか 毎年朝霧の宿題をうつそうと頼ってくる人物が数人いるが それらに関しては彼は冷たくあしらってしまうのだ
まあ 以前誰かさんに何とかという銃を突きつけられた時に彼は 迷うことなく銃口を心臓に運び
「くだらない夏休みの宿題と 自分のこれからの人生 秤に掛けてよく考えろ」
そう言うと その誰かさんはさすがに銃をおろした が 結局その誰かさんは 朝霧に手伝わせることに成功したのだ
本人の手前 ふとそんな事を思い出していた・・・
「なんだよタケオ」
「いや 気にするな」
「そう言われると 気になるもんなんだよ」
「そうか 昔 たかが夏休みの宿題が終わっていなくて 私に何とかという銃を突きつけた奴がいたな・・・ と そう思っただけだ」
「な それって俺の事じゃないか」
「ふっ あの時は 心拍数が限界まで達して体に悪かったからな」
「表情一つ変えないでそんな事言われても 説得力無いぞタケオ」
「まあ そう言うな大和・・・ さて数学の宿題終わりと」
「・・・ タケオ?」
「どうした」
「後何が残っているんだ? お前は」
「全く手を着けていないのが神学 完全に終わったのが理科・物理・数学 あとは現在進行中だ」
聞きながら指を折って数える大和
「終わっている分貸してくれよ」
「断る」
間髪入れずに朝霧は即答した
「頼むよ 俺とお前の仲だろう?」
「そんな物もあったな」
やはりさらりと返す朝霧だった
そんな時 来客を告げるホーンが鳴った 朝霧はショートカットキーでパスワード入力を要求するスクリーンセーバーを立ち上げ 立ち上がり玄関へ行ってしまった
キョウヤは朝霧の学校で使うノートパソコンをのぞき込むが いつものパスワードが必要なスクリーンセーバーが走っているのを見て 舌打ちをしてあきらめるのだった
「鍵は開いているのだが・・・」
玄関の戸を開ける音が キョウヤの耳に届く
「いらっしゃい どうぞ中へ」
「はい おじゃまします」
タケオの後から 金髪のクラスメイトが入ってくる こう言ってはなんだがジェノアはタケオより頭一つほど背が高い タケオは男子でも背が低い方だし 彼女は女子でも背が高い方になるから無理もないのだが しかし 未だにタケオに彼女がいること自体が信じられん・・・
「大和 何か飲むか? 日本茶しかないが」
「なんでもいいぞ」
「そうか ジェノアは?」
「ワタシはタケオと同じ物で・・・ あ 奥の端末使いますね」
言いながらジェノアは私の図書館として使っている部屋に入って行った
「分かった ではほうじ茶でもいれるか」
そのまま私はお茶の葉を取り出してゆく ふと体が勝手に動く そんな感じがする 思考と行動が分離したような感覚 思考の中に自分の暗黒面が広がっていくのを感じていた
(君たちは 使徒との戦いが終わったらどうするんだ? 現在の状況が永遠に続く事はあり得ない 我々は処分される可能性だってあるというのに・・・
エヴァに関しても不明瞭な点が多い なぜ使徒のようにATフィールドの使用が可能なのか こう考えたことはないか エヴァも使徒と本来同じ物ではないか と だが同質にて異質な物とも考え得ることもできる・・・)
そんな事を考えながら 身体の方はお茶をいれた湯飲みの乗ったお盆をテーブルに置くところだった
(・・・むう 思考をリブート 後に再構築)
そう自分に言い聞かせながら席に着く ふと大和の視線がこちらに向けられている事に気づく
「どうした?」
大和は身を乗り出し小声で
「どうやって 彼女を落としたんだ? 教えろよ」
私は思わず目を細めていたらしい
「なんだよ 驚かなくてもいいだろ」
「いや 大和は私ではないとしか言えん」
それだけ言って 自分専用の湯飲みをとりお茶をすする朝霧だった
ドライブにディスクを入れ ブックタイプの端末を操作しネットワーク上の図書館に入る そこからお目当てのブックデータを検索する・・・ 作者名『浅葱
桜』 カテゴリ1『オリジナル』と・・・
程なくリストアップされる 幾つかのブックデータ
彼女はその中から一つを 浅葱 桜・オリジナル・ファンタジーに分類された『その翼の色は』を選びディスクにダウンする
彼女にとって浅葱 桜の作品を読むことはタケオをより深く理解することにつながっていた だが彼女は読んで行く内に朝霧の心の闇に触れていることに 薄々ではあるが気づいているのだった
翌日昼前 ジオイドの湖畔
「いかんな」
久しぶりに"悪夢"を見て 気分の悪い朝霧は 湖畔のベンチに腰を下ろし 自分の夢を思い出していた
あのとき響いた 心が砕け散る音 裕美の声ではない悲鳴
必死で集めた心のかけら
集められなかった怒りと悲しみ 足りなかった喜び
そのぽっかりと空いた穴を 認める事によって補った自分・・・
だが 本当に砕け散ったのはなんだったのか・・・
フラッシュの後 夢に出てきたあの青年が振るうのは間違いなく神無月
峰打ちにもかかわらず斬り殺される 異人の女性
そして後を追う青年
(いったい なんだというのだ? 夢の前半は 私の中の 暗黒面・・・ しかし 後半は? なん脈絡のない夢は夢足り得ない 私はあの時代の物事は教科書以上のことは知らない 軍服?らしき物を着ていたよな彼は・・・)
そんな事を考えながらぼーっと波打ち際を眺めている朝霧の脳裏に思考の乱れではないノイズが走る
(・・・ ・・・ なんだ? 誰かいるのか?)
振り向いた朝霧の視線に写る人物 クラスメイトの碇シンジだ 目視でざっと30m程度の距離だ 朝霧は彼がこちらに向かっていることだけを確認して再び視線を波打ち際に戻した
(碇か・・・ いつも誰かに振り回されている それに慣れてしまいそれらを日常としている か・・・ しかし あいつにはあまり自分が闘っている という自負はないようだな まあ私はそう悪いとは思わんが 他のクラスメイトはそれを悪とするだうな・・・)
「あ 朝霧君」
呼ばれて振り返り 反射的に視線を合わせた 碇だ・・・
「どうした 碇」
彼は呼ばれ方に違和感をおぼえたのか 若干の戸惑いを見せた後
「隣 いいかな」
「ああ 構わない」
(まただ またノイズが走っている 私の思考ではない はずだ)
無言のままの二人 相変わらず波打ち際を眺める朝霧と 何か落ち着かずにおどおどしている碇
「あ あの 朝霧君」
「ん?」
朝霧の視線が碇の両眼の深淵に向けられる
朝霧としては何かを言おうとしていた碇に注意を向けただけだが 碇はのぞき込まれるような視線で目を合わせられたことにとまどっていた
「どうした? 碇 何か言いたいことがあったのではないのか?」
「あ うん 朝霧君はどうして候補者になったのかなって・・・」
「碇 それは・・・ 聞こうとしていた本題ではないな?」
はっとする碇を後目に 朝霧は視線を波打ち際に戻し 続ける
「・・・ 私には この命に変えてもよいほどに 守るべき者がいた」
「いた?」
「そう 全ては過去の話だ 私はその者の為に候補者になった そう言うことだ」
躊躇することなく答えに組み込んだ 碇の不意に発した言葉すらも
そして 再び訪れる沈黙
「そうだな・・・ 今 現時点での答えなら」
再び碇が視線をこちらに向けた
「喜びを分かつ者がいるから 苦しみを共にする者がいるから なにより 失ってははならないものがあるからこそ それらを守るために ここにいるんだ」
「失ってはならない物?」
「そうだ それは言葉にすると陳腐だ だがそれが真実だからこそ多用され 陳腐になる」
「なんだよ その 失ってはならない物って」
「知りたいのか? 自分で考える努力もせずに・・・ そんな顔をするな それはな」
「「平和な日常」 ん?」
声がハモった よく聞く声と
「タケオ こんにちは」
「あっ ああ ・・・ところで何処から聞いていたんだ?」
「少し前からです」
「そうか まあ良い ・・・碇 二つお前に言っておく 第一にお前は自分を知らなさすぎる 自分の手足の大きさぐらいはしっかりと把握しておけ 戦えぬ者の為にもな 第二に不幸を売り物にするな 不幸は不幸しか呼び込まぬ・・・」
ふと 視線がジェノアと合う 実際は彼女が朝霧の視線上に移動したのだが・・・ 何か思うところがあったのかすぐに朝霧は立ち上がり
「ふうむ どうも饒舌だと思ったら がらにも無いことを言っていたようだな じゃあな」
そう言って朝霧はベンチから離れ 湖の畔を寮とは反対の方へと歩いて行く
ベンチに座ったままの碇から幾分が離れた彼は 誰にも聞こえないように呟く
「使徒の戦いか ・・・ 環境に適応できない種は 滅んでしまえばいい それが例え人間でもだ だが 何もせずただ滅びを甘受するなど 私の矜持がゆるさん」
思わず離れて行く朝霧を見送った二人
ジェノアは碇に向き直り
「あの 碇さん」
「何だよ」
どうも碇は 朝霧に一方的に話しつけられて気が立っているらしい
「本当はタケオから止められているのですけど・・・ 貴方の心は弱すぎます これからの戦いに耐えられるように少しでも心を強く持ってください タケオは貴方が最強の名を冠する初号機に乗っているからではなく 心配しているのです」
「じゃあ 代わりに朝霧が乗ればいいじゃないか 戦えない者なんて遠回しな言い方しなくても!」
感情が激発したのか大声でまくし立てる碇に ジェノアは静かに返す
「タケオの言った戦えない者とは サードインパクトの事や使徒の事 ましてやエヴァのことに関わりもしない 大多数の人間を指しているのです ・・・誰しも何も抵抗できないままに死ぬなんて嫌でしょう?」
「そんな事言っても・・・」
「・・・あの人は昔 今はあの人の心の中にいる人を守るために 自分の心を砕いて人を殺めました」
碇の表情が驚きに変わる
朝霧がヒトヲコロシタというただ一点において
「私も 自分の身を守るために人を殺していますし 今の私は大勢の犠牲の上に生き残っているのです 貴方も とは言いません でもこれだけは分かって下さい 貴方を心配している人がいる事を 優しくすることだけが愛ではないことを ・・・彼は不器用なんです本当の事を伝える事で優しさを表現してしまうんです ワタシにはそれが合ったのでしょうけど・・・」
碇ははっとしたままの表情でジェノアを見つめている
一方のジェノアはじっと見つめられていたのが恥ずかしかったらしく 思わず
「ワ ワタシ もう行きますね」
そう言って逃げ出すように朝霧の後を追いかけて行った
「なんだよ みんな言いたいことばかり言って」
言葉とは裏腹に彼の手は震えていた ヒトゴロシがこんなにも近くにいたことに・・・
「人も愛し人も怨めし味気なく 世をおもうゆえにものおもうみは ・・・に なってしまいそうだな・・・ まあ私だけが苦労しているわけではないからな・・・」
呟いた朝霧に 走ってくる足音が近づく 彼は振り返らず 足音が落ち着くのを待つ
視界の端でジェノア一人だと確認した 見上げた彼女の表情が若干の差異を見せたことに気づき
「話したのか? 私が手を血に染めたことを」
何の感情も感じられないフラットな朝霧の声 直後彼は冷たく言い放ったことに気がついたのか
「あ いや 別に責めるわけではない ジェノアはよかれと思って言ったのだろう? ならば私には反対する理由は存在し得ぬ」
慌てる朝霧に苦笑を浮かべつつ彼女は
「あの 碇さんは 私達が人殺しだったという事自体に一番ショックを受けていたみたいなのですが」
「そうか まあ普通に日本にいるのならば 統合戦争の際の混乱もほとんどないと聞いているからな(しかし 私の居た日本海側では何件かあったようだが)」
「そうなのですか?」
「ああ 日本はやはり極東の島国であった訳だ とは言えクラスメイトの中にも幾人かはそんな経験を持つ者もいる 皆それぞれに理由があったと思う だから私はそんなくだらない事を責めはしない いかにその手が血に染められていようと我々はやるべき事をするだけだからな」
「・・・そうですね」
若干の沈黙の後 朝霧は
「一緒に歩こうか」
とジェノアをやや見上げるように言った
「はい」
そう返事をしジェノアは身長差から朝霧とぎこちなく腕を組む 二人は先ほどまでの会話をうち切り歩き出した
とりとめのない日常会話を交わしながら
数日後闘技場
今日はジェノアがシンクロテスト組だったこともあり彼女のことを気に掛けることもなく戦闘訓練をするはずだった
「朝霧 相手をしてくれ」
「あ うん」
大和に言われ 生返事を返す朝霧 大和はとまどった 彼が生返事を返すのは極めて珍しい事なのだ
「どうしたんや朝霧」
側にいた鈴原に言われて初めて我に返り
「すまん 考え事をしていた 始めようか 大和」
「ああ」
二人とも少し距離を取りそれぞれに構える
「朝霧 ちょっと待てや」
「ん?」
「お前 本気で行くつもりやなかったか?」
彼らが目にしたのはどこに焦点を合わせているのか分からない虚ろな外見でしだれ柳のように ゆらり と構えている正気ではなく動物を冷徹に「狩る」朝霧の姿だった
いつもなら 少しばかりの殺気のような物があるのだが 今の彼には全くなかった それは完全な「狩り」モードに入っていることを告げていたのだ
殺気を全く存在させずに生き物を殺めることが 朝霧はそれが出来る 相手が何であろうと冷徹に狩りを遂行する この事について彼曰く「相手の存在を認めた上で殺めようとするのに殺気や殺意が必要だとは思えぬ それに狩りではそれらは邪魔でしかないからな」
当の本人は指摘されて初めて本気で相手を狩ろうとしていたことに気がつき
「・・・すまん 顔を洗ってくる」
そう言って 闘技場から出て行った
「おかしな事もあるもんやな」
「ああ そう言えばあの話し本当らしいぞ」
「タケオが人を殺したことがあるって 話しか?」
「ああ」
「何をやっているんだ 私は」
言い捨てた朝霧は顔を水で濯ぎ ついでにべたついていた手を石鹸を使って丁寧に洗う
ふと鏡に映った自分の瞳の深淵を見やり
「Takeo Asagiri しっかりしろ」
鏡に映る自分に活を入れその場から離れた
「あ 戻ってきたぞ」
「心配をかけた・・・ 訳ではないようだな」
それぞれにばつの悪そうな顔をしている 鈴原達 こそこそと逃げ出す相田に・・・
「相田 弁解なら聞くが・・・」
「わ 悪かったよぉ」
「で 朝霧 お前人殺しをしたことがあるというのはほんまか?」
その性格からか単刀直入に鈴原が訪ねた
「その話しか 残念ながら人を殺したことはない(もちろん とは言えないな さすがにこの人の多さでは・・・)」
ここで 残念ながらと言った朝霧に疑問を持った者はいなかった 彼のいつもの癖だからだ
「ほうか すまんな」
「いや いい ・・・相田 質問は 引き出す答えの恐ろしさをよく考えてからにしろ」
「あ ああ・・・」
「ふっ さて大和 始めようか」
二人は武闘場のすみから中程に進む
「タケオ お前」
「フェイクだ 人が多すぎる」
「そっか」
ゆらり 先ほどと同じように朝霧は構え その表情から色が落ちてゆく 虚ろな瞳が相手に向けられる
今度はキョウヤもわずかばかりの朝霧の闘気を感じたのか 試合が始まった
二人の対戦を見ながら鈴原と相田がしゃべっている
「タケオは強くなったよな」
「そうやな わしらとしか対戦してないからなぁ 無理もないわ」
「ダメージコントロールも上手くなってきたよな キョウヤの攻撃もあまりまともに食らうことはなくなったしな」
「しかしやなぁケンスケ わしらだけに強くなっても仕方ないんや」
「じゃあ 教官に許可をもらえばいいじゃないか」
「いやや めんどくさい」
「あのねえ」
大和の攻撃は朝霧に言わせれば「速い」のではなく「重い」らしい 普通の攻撃は彼も訓練を受けているので比較的簡単に受け流せるのだが 大和のような「重い」攻撃をしてくる相手には流すのではなく さらに弾かなければならない それでも避けきれないときは 攻撃そのものを破壊するか最大効力を無効にする手もあるとの事だ
一度本気に入った大和の蹴りをまともに弾いたことがあった 結果勢いは殺したものの両腕の骨にひびが入っていたことに気づかずに試合を続けていた 幸いにもすぐに教官が気づいたため大事には至らなかったが 朝霧本人は教官に止められるまで両腕の激痛に気づかなかったという・・・
互いに先手を読む駆け引きが続く 一進一退の攻防とでも言うのだろうか だが消耗は朝霧の方が速い 相手は"Monster"なのだ それを踏まえてみるならば朝霧は攻め切れていないと言えるだろう
開始から5分32秒「本気」で真っ直ぐに蹴り上げる大和の足に朝霧の足が乗り まるでサーカスでも見るように 次の瞬間朝霧の体が宙を高く飛んだ
「おおーーっ」
大和本人のそんな声をよそに 飛んでいる朝霧は着地体制に入る 体が回転しているため着地時には丁度体が大和の方を向く 誰からも朝霧はしなやかにそして鮮やかに両足と右手で着地したように見えた 直後大和との間合いを詰めようとしたまま彼は姿勢を崩し転がるように床に倒れ込んだ
程なく大和に手を貸して貰い程なく起きあがった彼だが
「どうしたんだ タケオ」
「疲労しすぎて 筋肉が脳の要求を満たさなくなった あと 膝が笑ってる」
「肩 貸そうか?」
「ああ 悪いな」
表情こそ変わらない物の ガクガクの膝を引きずるように彼は大和と共に武闘場を出て行くのだった
「全プラグ 起動シークエンス終了しました」
いくつかのディスプレイに映るデータを一瞥し 彼女は口を開く
「どう ジェノアさん 調子は」
『・・・いつもどおりです』
シミュレータープラグの中のジェノアはそう答えた
「そう・・・」
短く返す赤木博士 彼女は伊吹の作業進度を確認し
「始めるわよ」
6人分の返事が届く
「マヤ 初めて」
赤木博士の声にキーを操作し報告する
「全プラグ テストシークエンスに入りました 異常ありません」
アクリル合板の向こう 6本のシミュレータープラグ それぞれに0,1,2,3,4,4.2とマークされている
(・ ・・ ・ ・・・・ ・ ・・・ ・ ・ ・ ・・)
『お疲れさま 停止シークエンスに入ってちょうだい』
「・・・・ 了解」
シミュレータープラグから降りワタシはため息をついていた
「どうしたのジェノアため息なんかついて・・・」
そう マナさんに指摘されるまで 気づくこともなく
「ちょっと ありまして・・・」
少なくともマナさんはワタシのことを少しばかり他のクラスメイトよりも知っている シミュレーター中のあの人格から 本来の自分が戻ってきている そんな感じだから 放心したようにも見える 本当はこんな所にいることもなく どこかの教会でシスターになっていたかも そんな考えもよぎる でもそれだとタケオに会うこともなかったな・・・
「朝霧君と上手くいってないの?」
不意に彼女は そんな問いかけを返してきた まるで自動的に タケオから別れを告げられる自分を考えてしまう たぶんワタシは自分でも気づかないままに表情に出ていたのだろう 彼女はすぐにその言葉を言ったことに対して反省の念を表した
「そんなに沈んだ表情をしていました ワタシ」
「うん」
「そう ですか」
たぶん そんな事になったら 少なくとも今のワタシは自分自身を維持できない そう思う・・・
夕刻 芦ノ湖湖畔のあのベンチ
『〜 人に名前を 訪ねられたら 旅人と 〜』
古いインパクト前の曲がSDADから流れて来るのを 聞き流しながら彼は 何想うことなく 珍しく頭の中を空にして 惚けるように一人静かにベンチに座っている
『〜 たったそれだけ 答えて欲しい それだけを 〜』
朝霧はセルフコントロールに長けている 事実長けているが・・・
今の彼は長く伸びた影のままにその身をベンチに預けていた
もうじき夕焼けの時間 でも地理的に山の陰に早々に入ってしまうここ第三新東京市では 夕焼けも上空が紅くなるだけのような物 最もそれは今芦ノ湖湖畔にいるからで 中学校のある山辺の方ではある程度夕焼けを堪能できるのだった
そんな時間に彼女は この湖の水辺に続く公園を走っていた
「あ(タケオ・・・)」
ふとジェノアの視界に朝霧が入った 彼女は芦ノ湖の湖畔沿いに続く公園を シミュレーターやシンクロテスト後にランニングをしている
そんな彼女の視界に入った朝霧の姿は いつも見る何かを考え続けているような朝霧ではなく なにも考えていない朝霧の姿だった
(珍しい事もあるものね・・・)
そんな感想を持ちながら彼女は 朝霧の座るベンチへ近づく 10m位に近づくと タケオが聞いていたSDADを外した
「こんばんわ ジェノア」
「隣 良いですか?」
「ああ」
ワタシは タケオが一度も振り向かずにどうして分かったのか疑問に想いながら タケオの隣に腰を下ろした
「どうした? 何か悩み事かい」
タケオは 振り向きもせずにワタシにそう言った 思わず足がすくむ そして心を落ち着かせようとしている自分がいた
「ごめん いつもと様子が違ったから」
「どんな ふうにですか?」
「気配かな まあいつもと話すタイミングが違うというのもあるが」
「そうですか」
タケオの視線は未だ湖の方に向けられている
「話して もらえないか」
「どうして?」
問いかけにタケオは頬をぽりぽりと掻きながら言う
「ジェノアの 笑顔が見たいから 何より私は 好きな人の悲しむ姿に たえられるようにはできていない・・・」
そう言った彼の声は ジェノアの知っている ジェノアのみに向けられる 優しさを残す声だった
(見透かされてるな)
そんな事を考えながらワタシは タケオを抱きしめる
ワタシより頭一つ小さいタケオは はっきり言って抱きごたえはちょっと物足りない
腕の中のタケオがあわててる
目が合う
タケオが抱き返してくれた・・・
? あれは・・・
視界の端に どこかで見たような特徴ある赤毛が茂みの向こうで動いているのが見えた アスカさん?
ワタシはタケオの耳側で
「今・・・」
「ああ・・・ 分かっている とりあえず行こうか 人数が確認できる」
「でも その前に」
タケオの唇にそっと口づけをする
離れたタケオの唇が動き
「ずるいよ 今のは」
ちょっとすねたように照れながらそう言った そんなタケオの反応を心地よく感じながら ワタシ達は立ち上がった タケオは時間を確認している
「まだ 時間があるな とりあえず行こうか」
「はい」
お互いにペースを会わせるように そんなゆるりとしたペースで二人は歩き出した
「目標 移動を開始っと」
横にいるマナはそう言うと ゆっくりとその身を起こす
「よかった 気づかれませんでしたね」
後ろでそんな事を言っているのはマユミだ
「でも ジェノアさんって 結構情熱的なんですね」
「その様ね 朝霧の唇をいきなり奪うなんて・・・」
冷静に合いの手を返すミズキ
「行くわよ」
あたしはその場にいる全員にそう呼びかけ 振り向いた
「って どうして みんな居るわけ?」
嫌な予感がして ざっと辺りを見渡す 向こうには小畑達が あっちにはシンジ達が あ大和まで・・・
「もしかして・・・ 全員いるの?(さすがにファーストは いないか・・・)」
悪態をつく気力も尽きたアスカであった
「かなりの人数だな」
「はい でも 良いじゃないですか」
「と言うと?」
「年頃の子供達ですから ワタシ達もそうですけど」
「まあ そうだな(私もあの件を覗いていた口だからな あまり文句も言えん か?)」
等とジェノアが転校してきた日の騒動を思い出す 朝霧
「でも これからどこに行くんですか?」
「そうだな どこか行きたいところはないか?」
「いえ 特には」
「そうか ではこのまま歩くか 公園を抜けた先に本屋がある 今時珍しい紙の本を扱った本屋がね」
「はい」
ふたりはそれぞれに後ろから 当の本人達は気づかれないようにと後を付けてくる そんなクラスメイトの人数を数えながら 取り留めのない会話を交わしながら公園を進む
空が一番星を瞬かせ始めた頃になって 二人はようやく芦ノ湖湖畔に続く長い公園の端に到達した もちろん後を追ってきている者達も
「なかなかに酔狂なお人が多いようで」
朝霧の言葉に ジェノアが苦笑する
「いったい どこに行こうって言うのよ あの二人はぁ」
「この先の本屋だろ」
アスカの悪態に キョウヤが答える 彼女はキッと刺すような視線を向けるが
「あいつがこの辺で用事がある場所なんて あの本屋しかないだろ 今時珍しく紙の本ばかりを扱っている本屋だからなぁ」
そんな事を合流した男子達に言っている
「あっちの方の模型屋でも見かけたことがあるぞ」
ケンスケの言葉にキョウヤが若干反応する
「なんだよ 知らなかったのか?」
「いや 知ってはいたさ」
「それに あの店の人ともかなり親しかったしな」
「そ そうかぁ・・・」
結局ケンスケの介入により悪態をつくタイミングを逃したアスカだった
「やあ こんばんわ」
そんな軽い挨拶をしているタケオ 彼の目の前にいるのは 紙の書籍ばかりを扱っていると言う本屋さんから出てきた 綾波さんだった
「こんばんは 綾波さん」
ワタシもタケオに続いて挨拶をする
彼女は何か戸惑っているみたい だからワタシは
「こんばんわは夜の挨拶 綾波さんは挨拶しないの?(・・・一人だとなかなか言えないけど タケオが盾になってくれているみたい でも 案外簡単に言えるんだ)」
「こんばんわ」
綾波は戸惑いながらそう返し 小走りに走り去っていった
「通じる言葉を話せない幼い子供か・・・ なるほどな」
「言葉は意思を疎通する手段としては 不十分ですけど 言葉なしでは意思を疎通することも難しいですから」
「本当に入って行ったわね」
「だろ 俺の言ったとおり あいつはこの辺じゃここしか来る場所がないからな」
「へえ こんな所に本屋があったんだ」
「なに? あんた 知らなかったの?」
「しょうがないだろ 引っ越して一年も経っていないんだから」
そんな様子を本屋の本棚の向こうからちらちらと見ている二人
「あの二人 楽しそうですね」
「どうかな 碇の方が一方的に振り回されている様な気がするんだが」
「やっぱり そう見えますか」
「傷つけられることには敏感だからな かくいう私も昔はそうだった」
「タケオ・・・」
「いや すまん」
少しの沈黙
「ところで ここにはどうして?」
「ああ(かなわんな ジェノアには) 購入する物があるからな」
「図書館の本ですか?」
「ああ」
その夜
(おかしい なぜ私は神無月を抜いているのだ?)
そんな問いかけのままに 朝霧は逆反りの刀 神無月を鞘から抜き去った
一瞬目を疑うまでに見事な 逆反りの刀の姿 それを確認した直後彼の視界は闇に包まれた
気がつくと彼は神無月をさやに収めた所だった 思わず時間を確認するが10秒と経っていない
(疲れているのか・・・ いや違うな さっきとは手が逆だ)
左手で刀を抜く癖のある朝霧は 左手で鞘をもっていることに気づき持ち直す
「どう言う事か? ・・・まあ今は良い」
ふと時計に目をやる 午後10時2分
「・・・まあ 工芸品としては 美しいな ・・・しかし これが刀でないなどと だれが信じるだろうか」
そんな事を呟きながら 彼は神無月を袋に納め壁に掛け玄関へ もちろん玄関にかけてある「開館中」の札をひっくり返すためにである
玄関を開ける
「ん? どうした 私に用か? 碇」
目の前の碇シンジは戸惑ったような表情で目の前に立っている
「まあいい とりあえず中に入るがいい 玄関先で客をもてなす訳にもいかんからな さあ」
「あ うん」
以前大和から聞いた言葉を思い出す 「朝霧のような人物と話すのは慣れないと疲れる」と 本人に自覚のある朝霧はその分を考慮して彼を部屋に招き入れたのだった そして玄関にかけてある「開館中」の札を「今日はおしまい」にひっくり返し部屋に戻る
部屋のテーブルの前で碇は所在なさそうにこちらを見た
「座っていてくれ いまお茶を入れる」
「うん」
戸惑っているのか 生返事を返し彼は席に着いた 私はほうじ茶を選び入れ始める
「あ 朝霧君は どうしてジェノアさんとつきあっているの?」
彼の場合 少し前置きをおくべきかなと思い質問に答えることにした
「好きだからだ 他に理由がないわけでもないが それ以上の理由はない」
「・・・ でも 失うことは怖くないの?」
「・・・ 私は 一度守るべき者を失っている 怖くないわけはない ・・・だがな その程度の事を恐れていては何もできない 私はそう思うよ それに 前に進む心 それを忘れたくない」
「強いんだね 朝霧君は」
「違うな! 傷つくことを 感じられなくなっただけだ」
いかん 碇を驚かせてしまったか・・・
「すまん 取り乱したな」
沈黙の中 急須から注がれるほうじ茶の音だけが広がる
私はそれをそっと碇の前と自分の座る場所に置き 席に着く
「さて 本題に入ろうか あるのだろう? 聞きたいことが」
碇は一度湯飲みに口を付けてから 口を開いた
「前に 人を殺したことがあるって言ったよね?」
「ああ」
「トウジやケンスケはそんな事ないって 言っていた・・・」
「真実か? 知りたいのは」
碇の視線がこちらに向く
「私は二人殺めている これは揺るぎのない事実だ だがその事を知っているのは極僅かの人間だよ」
「ジェノアさんが言っていたよ 好きな人を守るために 自分の心を砕いて人を殺したって・・・」
「好きな人を守るために非情になるには 私の心は優しすぎたのだろうな だからあの時に私は表情の大半を失ったのだろうな 医者が言うにはその手の神経系が機能不全に陥ったらしい 最も意識して表情を作ることはできるからまだましなのだがな」
淡々と答える朝霧に 碇は
「どうして! どうしてそんなに平気でいられるんだよ 僕なら・・・」
訪れる沈黙
「碇 お前は優しいな」
「え?」
予測もしていなかった朝霧の言葉に 碇の視線がこっちを向く
「そうやって相手のことを思いやることができる」
「でも 僕は・・・」
「後悔しない人生など無価値だ 後悔したらそこから学ぶが良い そうやって人間は前に進む物だ だから 後悔を恐れてはならない ・・・もっとも これは父親の受け売りだがな」
後半を若干おどけて言った為か 碇の表情が和らぐ
「朝霧君って 年相応のことは言わないんだね」
「年相応以上の苦労をしたからな とわ言え 私とてまだまだ子ともだよ」
「でも 後悔はしたくないな」
「なれば 考えられる対応策は心得ておけばいい 知識が足りないなら年長者から聞けばいい 自分で考えることも必要だが相手を信頼して任せることも時には必要だ 差し当たって碇に必要なのは 初号機をより効率よく運用すること」
碇の表情が若干暗くなる よく表情に出るんだなお前は うらやましいよ
「と 世間をもっと知ること かな・・・」
「世間?」
「ああ ある程度のベースソースがあればかなりの事態に対応できる 例えば善悪の判断 所詮 善悪も相対的な物の見方をしているにすぎない事に気づくものだ 社会的なものはおくとして 非社会的もしくは非日常的なものに対する判断基準は 自分の知識で行うことになるからね ・・・もっとも ここはその非日常の砦なのだが」
結局 二人は一時間ほど話し続けた その内容は自然に 碇の悩み相談から 日常の事へと傾いて行った
午後11時をすぎた辺りで
「もうこんな時間なんだ 帰らなきゃ」
「そうか」
玄関で靴を履き通路に出た彼に私は
「じゃあ また明日学校で」
「え?」
「明日は登校日だぞ」
「あれ? それって来週じゃない?」
言われて私は
「ちょっと待てろ 確認する」
そう言って部屋の中へ スケジュールを書き込んだカレンダーに目をやる
「わるい 私の間違いだ」
そう言いながら玄関に出る
「もう 驚かせないでよ」
「いやはや全く 済まない」
「もう それじゃ」
「ああ 気をつけてな」
去って行く 後ろ姿に手を振り 音を出さないように戸を閉め
「今日は いろいろあったな」
呟きだけが部屋に広がった
翌日武闘場
毎度のことだが 大和の相手をする朝霧
大和の動きは基本的には速いほうだ ただ彼がここだと思った時には異常なまでの速さを見せるときがある クラスメイト曰く「本気」を出したという事らしい 彼との訓練回数が最も多い朝霧でさえ予測できない事も多々ある 得てしてそう言うときは一撃で大破炎上し沈没するのである
もう一人朝霧とよく訓練をする鈴原は 朝霧から言えば大和のように速いという印象は受けないらしい 彼の言葉を借りれば硬いらしい 意味合いは打たれ強いに近いらしいのだが・・・ どちらにしてもクラス男子でトップを争うほどの二人なのだ気を抜いていると一撃で撃沈されることは間違いない
逆に 朝霧本人は相手と「本気」で闘おうとはしない これは決して相手を馬鹿にしているわけでもなく手を抜いているわけでもないはない 教官に禁止されているという側面もあるが 人間も含み生物を破壊する為に最も有効な戦い方をするのだ もっともその戦い方が使徒に有効かと言えば問題なく疑問符がつけられるだろう
さっきから二人の試合が続いているが 聞こえてくるのは大和の声だけで朝霧の声は全くなかった 朝霧が攻撃していないわけではなく 彼の口からは呼吸音しか出ていないのだ 試合中はいつもこの調子で相手が話しかけても応じないのである
ふいに大和が朝霧から距離を取り
「朝霧 たまには本気で戦ってみないか?」
「・・・」
朝霧が全く返事を返さないので キョウヤは構えるのを止めた
「どうした?」
そう言って朝霧も構えるのを止める
「本気で試合たいんだがな」
「断る」
「教官の許可が取れればの話だよ」
「それでも だ」
「怖いのかよ」
「・・・ ああ お前を殺してしまうことがな」
心をのぞき込むような視線と共に なんの感情もこもらない声で朝霧は答える 目を背けたキョウヤの舌打ちが聞こえた
ネルフ内プール
誰もいないコースをしばらく眺めて 何を思ったのか 潜水用のプールに足を進める朝霧 そして潜水用プールの前に来ると呼吸を整え 飛び込んだ
水深3メートルの表示を確認し縁にある梯子に捕まり鼻をつまんで上を見上げた
水面が見える 揺らいでいる まるでその向こうに別の世界が広がっている様な光景 そんな自分の考えに内心苦笑しつつ梯子を離し浮力のままに浮上する
水面から顔を上げる いつものプールの光景が広がっていた 分かっていたことだ 日常から逃げられないことは それがどんな異常なことであっても
それはそれとして そろそろ朝霧の部屋のサーバーは定期メンテだったりする
神無月のデータ
長さ4尺3寸 刃渡り三尺二寸 反り四分の逆反りの刀
鎌倉時代後期に人外の者によって鍛えられたといわれる妖刀 と一般には考えられている
実際には刀としてではなく 祭器として邪を払い清めるのが元々の用途であった
が 使用時には使用者の精神力を吸い取ってしまうことから在らぬ誤解を受けたのは言うまでもない
基本的にそれは主が交代した後初めて抜かれるときに顕著である
他に主になった者は主の気にかける者の精神状態が音のように聞こえると言う特徴を持つ
もちろん施されている刃で物を斬ることも可能
この刀が最後に人を殺めたのは 大正15年 三十代目の主であった神無月
希亜が心中したのが最後である 彼は通常の刀では刃の部分 神無月では峰となる部分はおろか 鞘でさえ斬ることができるほどの達人であった 刀を振るう彼の姿は鬼だったと記されているほどに
と言っても分かりづらいでしょうから
大きさは 鞘に入れた状態で柄頭が朝霧の目と同じところまで来るぐらい 朝霧の現身長では腰に差すのは賢い方法ではない
伸びゆくような美しい鰤腹形をしており 最も幅のあるところで1寸ほど
その長さにだけに 重さは約1.4キロと重いが 重心取りを工夫してあるためかあまり重さを感じさせないようになっている
ときどき "神無月"の模造刀で練習する姿が目撃されている
もちろんネルフ内はおろか法的な許可は取得済みである
また対になった神在月という脇差しが江戸時代初期に創られている
こちらは現在朝霧の姉が所有している
お気づきの方もいるかもしれませんが"神無月"の元ネタは"子○の大○険"に出てくる"月山"という逆反りの刀です
朝霧君は武な属性と考える面から 何かないかと考えた結論ですね
答え
今回出てきた歌は
1.Brand new Heart
2.ニャンのテーマ
3.Just Before The Sunrise