あふたぁ けぇす

ケース3 我が名はevangelion



「この辺りだったはず」
 僕は人の寄りつかない南半球の氷原の中 つぶやき犬ぞりを止めた
「ここだ」
 そう感じた 僕はGPSで位置を確認し 再び元来た方へと帰っていった

 そこは南半球 見渡す限り何もない大氷原 セカンドインパクト以降人の住む地ではなくなっていた
 そこは生物の存在しない大氷原 彼が去った今も彼が来る前も
 
 
 
 

 彼らの歴史は 300年ほど前 正確には西暦2026年以前のデータは皆無に等しかった
 現在 世界の人々は全て同じ言語で話し同じ文字を使っている
 彼らの歴史では あの時 何があったかは現在でも明確な学説がなく 謎のまま
 僕は あの時起こった出来事がサードインバクトと呼ばれることになるとは思っていなかった
 しかし ここ数世紀の文明の復興は凄まじく 今ではその生活域を月軌道上にまで広げるに至っていた
 
 
 
 
 

西暦2339年 USP兵器研究所本部
「郵便物が来ているぞ」
「誰からだ」
「差出人は私だ」
「はぁ?」
「そんな顔をするな 私はこの手紙を出した覚えはない」
 沈黙している人物に対し
「開けるぞ」
 もう一人の人物は封を開ける
「中身はディスクだな」
「見せてくれ」
 封を開けた者はもう一人の人物に手渡す
 ケースを開けディスクをまじまじと見て
「ふーん」
「何か分かったのか?」
「全然」
「なら そんな意味深な事はやめてくれ」
「とりあえずデータを」
「分かっている」
 ディスクを取り上げた者の声からは怒りが感じられた
 
 

ポートランド郊外の住宅地
 一人の青年が 薄暗い部屋の中
「うん 分かってるよ」
 しばしの静寂の後に青年の言葉
「うまくいかなかったら また別の手を考えるよ」
 まるで会話をしているような青年の口調
「それに 僕だけでも 実行は不可能だから・・・」
 青年はその部屋を出ようと振り返る
「うん 分かってる」
 そう言って 青年は部屋を出た
 
 

USP兵器研究所本部
 二人の人物が静かな部屋の中でディスクの中身を見ていた
「evangelionか信じられんな」
「しかし これでつじつまが合うな」
「どんな つじつまが合うんだ?」
「世界共通語だ」
「そう言うことか しかし」
「しかし なんだ?」
「何故ここに届いたかだ」
「そうだな 退屈ついでに会ってみるか」
「おい 兵研の所長がそんな個人的な理由で・・・」
「それもある だがこれは偽造されたデータではないことも確かだ これだけの事を知っている人物なれば」
「・・・ 役に立つと?」
「ああ」
「しかし どうやって会うつもりだ?」
「それは返事を書いて・・・ あ 先方住所書いてない・・・」
「ふぅ よくそれで所長が務まるな」
「だから優秀な補佐官を雇ったんだがな いい考え ない?」
「やれやれ そうだな・・・ 待つしかないだろうな次の手紙を」
「あらあら」
「そう言うな ディスクの中にはその手のデータが無かったのだから仕方あるまい」
「まあ そう言えばそうだな・・・ 今日はここまでだな」
「帰るのか?」
「ああ 今日は いい酒が飲めそうだ 先に帰る」
「分かった」
 
 

ポートランド市街地
 そのとあるバーに僕は入った カウンター側の席に座っている相手の隣に 座り注文し
「evangelion」
 僕はわざとらしくつぶやいた
 隣に座っている相手は僕の方をはっとした表情でしばらく放心したように見つめている
「どうぞ」
 僕は注文していた軽めのワインを受け取り 一口飲み
「どうでしたか あのディスクは」
 相手は少しの間をおいて
「なかなか有意義なモノを見せてもらった もう少し話がしたい ゆっくりと時間をとって」
「いいですよ できれば今すぐに」
「いいだろう」
 二人は落ち着いてグラスの中に残った酒を飲み そのバーから出た
 僕の車に相手を乗せ 夜のポートランドを一路港へと走らせる
 町中を走る車の中で相手は様々な質問をまるで機関銃の弾のように次々と浴びせかけてくる 僕は個人的な部分を避け必要な事項だけを慎重に相手に答えた
 予想外の質問の多さに話が付いた頃には車は夜通しポートランドを走り回っていた
 朝日が差し始めた街の郊外で相手は僕の車を降りた その日僕は二人の説教を聞き流しながら眠りについたのだった
 

USP兵器研究所本部
「眠そうだな」
 補佐官がさっきからあくびばかり繰り返す所長に 少し棘を持って言った
「すまん 少し寝かせてくれぇ」
「だめだ 今日がなんの日か忘れたわけではあるまい」
「大丈夫だあと1時間20分は睡眠がとれる から」
 そう言って所長は寝入ってしまった
「・・・」が 我慢だ 給料分だと思って我慢だ・・・

 1時間ほどして起きた所長は補佐官に
「すまん 作戦ミスだ 報告は後でする では留守を頼むよ」
と 言って今日の予定を消化するため部屋から出ていった
「昨日のことか?」
 
 

ポートランド郊外の住宅地 夕刻
「やっぱり失敗だったかな」
 既に兵研の所長と夜通し話をしてから2週間以上経っていた
「えっ うん次の手を考えないといけないのは分かってるよ 後戻りができないのも」
 僕はまるで脳髄に直接語りかけてくる言葉と会話をしていた
「今日が えっ電話がかかってる?」
 僕はその薄明かりしかない部屋から出て 急いで電話に出る
「はい もしもし いいえ違いますよ はい」
 間違い電話だった
 僕はそのままガレージへ出て車に乗り 例のバーへと車を走らせた

 バー近くの駐車場に車を止めた ふと見上げるとネオンライトの向こうに広がる空に 月が儚げに輝いていた

「今はまだ」
 僕は自分に言い聞かせるようにそう言って記憶がフィードバックするのを妨げ バーへ入った
「シャンペンを2つ」
 覚えていた声がバーテンにそう注文した 僕はその声の主の隣に座り 顔を確認し
「こんばんは」
 いたってふつうに挨拶をした
「こんばんは」
 相手はそう返しそのまま
「例の件 お上のOKが出ましたよ」
「そうですか」
「ああ こちらに」
 バーテンが相手と僕にシャンパンのつがれたグラスを渡した 相手は一寸とまどっている僕に
「乾杯をしましょう」
 そう告げた 特に断る理由もなかったので 僕は乾杯した

 僕らはその後 僕の車で町中を走り回りながらこれからの事を話した その場で僕は工事責任者補佐としてあの場所に行くことになった 記憶の中にいまだはっきりと残る 幼かった自分のつらい過去の待つ場所へ僕は行くことになったのだった
 
 

 それから数年は 極東の島国のカルデラの一つの地中と地上を言ったり来たりしていた はじめの3年でふたの部分が完成した ふたと言っても厚さ二百メートル以上にわたって人工の岩盤と装甲版が交互に重なっているのだ さらにその上の地上部分に仮である兵器研究所と空軍管理下の基地を造るのだった しかし天板部分に費やした時間に比べればそれはあっという間だった
 その後の作業のため僕は休みの日でもなければ日の光を浴びることはなかった ただし地上から採光した光を地下へ届けた物なのだが・・・
 僕は色々なことを思い出しそうになっては 逃げるように別のことを考えた 今はまだ思い出に沈んではいられない そう思ったからだった でも 時間だけは在ったような気はした
 
 

西暦2346年 兵研本部
 その年僕は 地下の最下層近くにかなり大きな研究室をもらった 研究室と言うよりは住処だった
 既に工事そのものは終了していた 現在は地下水路から荷物や人員の搬入が行われているのだった 兵研本部と言っても大所帯だ 以前総職員が約4千人だと聞いたことがあった
 最下層ディーペストレベルには巨大な空間が再び造られた この地下に埋もれた球の底にあたる巨大な空間だ 何の為に造ったかは結局所長も教えてくれなかった
 それから もう一つのオリジナルコアが発掘されるまで僕は助手の一人もいない自分の研究室で これからについて二人とゆっくり相談することができたのだった
 
 

 翌年に兵研の地上部分を整地中にオリジナルコアが発見されたのは 偶発事象としか表現できなかった それ以外に考えることもなかった 実物を目の前で見せられるまでは・・・

「どう思う?」
「僕には 分からない」
 目の前の大理石のテーブルにおかれた巨大な球体 それは僕に語りかけはしなかった 僕が語りかけても
「そうか では調べようとするか」
 そう言った所長に僕は
「壊してはいけない」
 そう言って 逃げるようにその場を駆け出していた
「何か嫌な思い出でもあるのか」
 その場にのこされた所長はそうつぶやいていた

 僕は2時間後にコアの調べ方やその注意点を二人と一緒にまとめた書類を持って所長室に入った
 機能的に造ってあるその部屋 一瞬記憶の中の部屋がフィードバックする
「補佐官 所長は?」
「食堂に行っている」
「そうですか・・・ コアに関する資料を届けに来ました」
 僕は補佐官に書類を渡した 補佐官は受け取り少しのぞき
「いつも evangelionに関する資料をどこから持ってきているのかね? いや答えたくなければ答えなくてもいい」
「そうですね コアの解析ができればお教えしますよ」
 僕はそう言って 所長室を出た
 

 ところで 僕のここでの仕事は翻訳だ サードインパクト以降使えなくなった旧来の言語を現在の言語に翻訳する 最近ようやく慣れたけど もっともサードインパクト前の辞書を平気で使っている翻訳者は僕ぐらいなものだろう と言っても僕が訳せるのは極東の島国で使われていた言葉だけなんだけどね で二人に小言を言われながら手伝ってもらっているわけさ

 コアの解析はevangelionを再構成しながら行われた骨格・神経系・臓器・筋肉・表皮 報告は所長経由で僕のところに回ってくる 僕はそのデータを二人に見せ そこで得られた意見を所長に述べる コアの解析が済むまでずっとこの調子だった
 それとは平行にセカンド・サード 両インパクトの詳細な報告書を膨大な資料を整理しながら作成していた 現在世界中でその事実を 完全に掌握しているのは誰一人いなかったからでもあったから
 後で聞いた話では 僕らがまとめたそのデータは 情報操作という形で世間に公表され史実になっていたらしい ゼーレという名前のイメージは最悪のものに落ち込んだとか所長が言っていた
 
 

 そして僕は 今までずっと抱いてきた考えを あの時あの車の中で話したものを まず二人に述べた 笑われるのではないかと内心思っていたが 二人は僕の考えに協力するとまで言ってきた 僕はとりあえず二人に相談しながら考えをまとめ所長に話したのだった
「それが成功すれば 南半球がセカンドインパクト前のように生物が住める環境になるな」
 所長は補佐官をはずして僕の話を聞いてくれた
「はい」
「分かった 詳細はまた決めるとして プロジェクト名を決めておくか ・・・ そうだな」
「Re Terraform Project なんてどうですか?」
「リ テラフォーム? 意味は?」
「詳しくは 忘れてしまったんですが ええと 再地球化 だったと思います」
「再地球化計画か いいだろう では略式呼称はRTプロジェクトでいいかな」
「はい じゃあ僕は部屋に戻ります」
「ああ」
 
 

西暦2349年 年末
 ATフィールドの解析が終了した コアの一つの機能を人工的に造り出したデミコアをATフィールド発生器にして 実験は行われた 問題なく成功した実験は数々の理論を生み出した 僕には表面的な部分しか分からなかったが二人には分かったようだった
 その数時間後 鈍い衝撃が僕の研究室にも届いた 二人はすぐに原因を話してくれた
 暴走 そう呼ばれている 起動しているevangelionが外部からの一切の制御を受け付けない状態 あのコアが自動的に暴走したことも二人は話してくれた このときからだろうかevangelionがこの世にあるべきではないと以前よりも明確に思ったのは

 年が明けてすぐに 僕は所長を研究室に招き 二人の コアの前で全てを説明した再構成したevangelionのコアが沈黙していたことも 僕が何者であるかも そして 二人の事も それらのことについて所長は平然と受け止めた しばらくとりとめのない話をしていた

 翌日 補佐官から所長が胃潰瘍の悪化で入院していることを知らされた僕は 言葉がなかった
 しかし数日して復帰した所長は一人で僕の研究室にきて僕にこう言った
「もう一度 evangelionに乗ってくれ」
 その言葉にとまどった 兵器などではなく むしろ力 異質なそれとしての存在を感じるevangelionに再び乗るという事だが次の言葉に僕は呆気にとられた
「言葉が悪かったようだな 君の所有するコアを元に戦艦タイプのevangelion・・・ のようなモノを造ろうと思うのだが」
 呆気にとられたままの僕に対し所長はそのまま
「RTプロジェクトに必要なのは全地球的な規模での空間操作だ それを可能にするサイズのエネルギーはevangelion程度の大きさでは インパクトの二の舞を演じてしまう だから君のコアを使用して船を造る いや船の姿をしたevangelionを造ると言っていいだろう 船については何もデータがないが RTプロジェクトに必要なデータは全てそろえた あとは空に浮かぶ大きな工具を用意するだけだ」
 僕の頭の中に二人の声が入ってくる 二人とも所長の考えに賛成しているようだ 僕は迷うこともなく
「分かりました では考えますから全データをこちらに回して下さい」
「分かった 後で部下に届けさせるよ」

 困ったことになった まさか宇宙戦艦を造るはめになるとは・・・
 1時間ほどして資料が届けられる光磁気メディアにして7枚 半端な量ではない 新聞なら何世紀分だろうか

 とりあえず必要な事を考えよう 地球圏クラスの規模で空間を自由に操作するための制御装置一式に・・・

 それから数日して 僕の研究室にMAGIが届いた 以前僕が所長に頼んだ物だソフト的なシステムはそのままだけどハード面は現在の最高の技術が使われている 形状もメンテナンス性向上のため大きく変わっていた それからコア用の外部入力装置を用意してもらった もちろん二人に直接働いてもらう為に それからはコンピューターの演算速度にただ驚くだけだった 早いというレベルではなかったから
 たまに二人とMAGIが喧嘩していることもあったけど・・・
 しかし 部屋が狭くなった 3台とも入れるんじゃなかった・・・

 一ヶ月ほどして船の製造はブリッジ部分から始まった 正確には3機のMAGI一式とコアの収まる区画でブリッジそのものではないのだけど 何でもその方が工程に支障が出にくいからだそうだ
 設計図を見てみる ブリッジ区画は切り離しが可能になっていた 切り離してどうするのかは特に聞くこともなかった・・・ 二人の趣味だろう ブリッジ区画が完成した 僕の部屋からそれまでの喧噪が嘘のように静かになっていた 丁度このころだろうか ジオフロントの地表に出てその湖の中で一日中釣りをしていた 太陽がまぶしかった 月が綺麗だった 警備員が所長が釣りをしている僕の元に訪れた 特に釣果を期待したわけではないが その日は大量だった 食堂の料理人に頼んで調理してもらった それを食べているとき僕はぼんやりと ああ生きているんだな そう感じていた

 名前を考えた 船の名前だ 消滅の意味を持つ言葉 それは僕の意志を表していた
 その頃には船体の兵装区画以外が完成していた 船はジオフロント最下層で製造されている 完全に自動化された設備が昼夜を問わず動いている 二股の槍をイメージした と二人は言っていたが 僕にはそうは見えなかった 特に真横から見た姿は剣に似ていた もっとも刃にあたる部分が後ろなのだが・・・
 結局 Nirvana class Angel-Sowrd と所長は名付けた 最も旧言語が正確に発音できるわけでもなく 結局巡航艦ニルバーノで落ち着いたのは後日のことであった
 

西暦2351年
 予定より3ヶ月遅れて船が完成した 兵装区画の製造に手間取ったからだ 主機関はSS機関 起動時にエネルギースポットからエネルギーを取り込む 起動してしまえば空間からエネルギーを取り出し始める その出力は現在使用されている機関が足元にも及ばないほど強力なものだそうだ もちろん後の部分は二人から教えてもらった
 完成してしばらくは 船の能力を覚えるのに必死だった 使徒 そう呼ばれた者の能力を超える力をこの船は持っていたのだから 兵装区画にある装備はデミコアで発生できない種類の兵器が納められていた デミコアよりもその中の兵器の方が何となく愛着がもてた 多分・・・

 兵装や船の特徴を一通り覚えると 今度はMAGI相手のシミュレーションを行った いややらされた みっちりと 二人の話によれば 寝ている最中にうわごとを言ってしまうぐらいに・・・
 その頃から僕は船の中に生活の場を移していた ブリッジ区画の中央部が居住区になる あまり快適とは言えないが最低限の物はそろっていた
 船の上に立つとLCLに浮かぶ船の一部しか見ることができない 何でも船の全長が900メートルはあるらしいのだが兵装区画のある船首の方も 船尾の方も大部分がLCLの中に沈んでいるのでどのくらいの大きさがあるのか分からなかった
 この船は・・・ そこで思考が止まった 過去の記憶がフィードバックするのを感じたから・・・
 
 

西暦2353年
 久しぶりに地上に出た 何かを求めるように車を走らせていた 涙があふれて止まらなかった その理由も分かっていた
 ふりかえる事はなかった まだ終わっていないのだから
 
 

西暦2355年
 地球から遠く離れた小惑星帯の外で空間操作の実験した 現在船の中には僕と二人とMAGI 実験そのものは問題なく終わったので 船はステルス状態で地球に向かっている 光学的にも完全にとらえられない 融通の利くATフィールドの応用技術
 船は僕が命じMAGIが実行する二人は総合的な補佐をしている

それから1週間ぐらいだったろうか
 僕が兵研の地下のドックに入った直後に補佐官から直接スクランブルがかかった MAGIに確認を取らせ宇宙へ 僕らはこの船が完成してからほぼ独立して行動している先週終了した空間操作の実験も所長にまったく通知せずに行ったものだそれにこの船の存在は一部の人間しか知らないのだから・・・
 

 低軌道上を速度を落としながら航行しているときに 専用通信でデータが送られてきた
 暗号を解読し 手元のパネルに出す
 内容はevangelionの破棄に関する作戦だった
「兵研本部の状況を」
 僕がそう言うと MAGIがメインパネルに兵研本部のあるカルデラ周辺の状況を表示する
「高度1200kmで待機」
 航路を示すパネルが適当な軌道を算出し その軌道に移行すべく船が動く

 それからほぼ半日たってからだろうか
 状況を映し出していたメインパネルに変化が現れた
 そこに表示されたのはevangelionだった
「エヴァ初号機っ」
 思わず言葉が漏れた しかしあれが初号機であるはずはなかった 二人が僕に強く語りかける
「分かってる」
 分かっている 彼女がどうなったかも 彼女? 名前が思い出せない そんな・・・
 二人に声をかけられ 泣いていることに気づいた
 ふと顔を上げると メインパネルにはevangelionが東へ42kmの速度で移動しているのが映っていた
 MAGIからのメッセージが僕の心を落ち着ける

 evangelionは沿岸部まで来ると背中に光を宿し飛び立った 背部の光は翼のようにのびている しかしその移動速度は飛んでいると言うよりは浮いていると形容されるものだ

 それからしばらくして通信が入った MAGIが兵研所長からだと告げている
「どうしたの」
 緊張感のないいつもの声がかえる
『すまないが 目標の高度が足りない 地球に対する衝撃を吸収してほしい』
「わかったよ 手段はこちらの自由にさせてもらうよ」
『ああ まかせる』
「じゃあ 切るよ」
『ああ』
 通信が切れたのを確認し
「evangelion破壊時の地球に対する衝撃を吸収する 算出を」
 MAGIが即座に結果を出す 僕は手元のパネルに表示されたそれを見て確認し
「ATフィールド展開用意 位置はMAGIの算出のままに」
 ATフィールド・・・ 本当はこの呼び名は正解ではないのだが便宜上こう言っている
 我ながら曖昧な命令だと思いつつも 問題なく実行するMAGI
「エウロパ砲撃と共にATフィールドを展開 衝撃を吸収後 解除」
 

 MAGIの算出通りの時刻に evangelionは戦艦エウロパの射程距離圏に入る
 数秒後 戦艦エウロパから砲撃が行われた 砲弾を示す光点がパネルの上を戦艦からevangelionへと一直線に進む 同時に衝撃を吸収するためにevangelionと地球との間にATフィールドを展開する
 パネルの上に表示されたevangelionは一瞬ATフィールドの反応を表示した後 消失した
「さよなら」
 僕はevangelionを示していた光点が消えたあとそうつぶやいていた
 MAGIのメッセージが作戦終了を告げていた
「そうだね 帰ろうか そして これからだ」
 僕は そのあと程なく入った通信に同じ事を告げるのだった
 
 
 
 
 
 
 
 
 

西暦2358年
 その年 サードインパクト以降の地球史上で最も不思議な そして大きな出来事が起きた 初めは計器の故障だと思われていた しかし一日・二日と日が経つにつれてその誤差は大きくなっていった 誤差とは呼べないほどに
 2週間ほど過ぎ 地球の自転がセカンドインパクト前の状態に戻っていることが確認された

 作戦開始から1週間後 いまだにその結果についてのMAGIの判断は全て条件付き保留だった
 プロジェクトの基本部分 公転・自転等の制御に関して誤差を修正する必要も無く無事に終了した
 世界中の気候が一変する それは数多くの生物を絶滅の危機に陥れることに等しい しかし不思議と罪悪感はしない
「始めるよ」
 二人は沈黙でこたえた 僕は兵研の所長への通信回線を開く
「第2幕の第一場は?」
『準備はできている しかし いいのか?』
「ええ 目的は達成しました 僕は提案し実行した 後始末はお願いします」
『今更 なにを言っても引き留めることはできないか』
「では 第一場の幕開けはそちらの時間の4時に」
『分かった これ以降は通信を回線ごと破棄する』
「さようなら そして ありがとう」
『・・・。』
 通信は切れた
「では第2幕の幕を開ける」
 僕は
「作戦開始位置へ nirvana発進」
 この時に在ってはいけないのだから
「それに 人類は見下げ果てるほど愚かでもないからね」
 自分に言い聞かせてる これは
 
 

 USPの議会に 一通の報告書が寄せられた
 その内容は 自転軸の急激な変化によりもたらされる影響が事細かに記されていた
 現在地球上の人口が最悪の場合8割死滅すると
 そして すこし遅れて届いた提案書にはそれに対する対策が事細かに記されていた その文面はMAGIに何度も予測させた結果から得た最良の方法 それを記したデータを国防委員会議長の名で大統領に届けられたものであった 僕はその議会の様子を手元のパネルに映して見ている
 影響が緩やかなのが幸いしてか議会は落ち着いた様子ですすめられていた
 
 

 ふいに警報音が鳴り始める
 正面のパネルにはUSPの軍艦が接近してくることを告げていた
 通信が入ってきている 僕は内容を確認しその通信を無視した 通信の内容は僕が絶対敵として認識されていたから

 それから6時間後には地球圏の艦隊が遙か遠方 ここからでは丁度月の反対側にある宙域に集結した 何かを準備しているように思えた
 僕はMAGIに戦闘準備を始めさせ その宙域にこの船を進める ゆっくりと
 

 月の軌道を通過し外側から回り込むように進路を変更した まだ集結した艦隊は動きを見せていない
 しばらくして望遠で艦隊をとらえた まだ射程距離にはほど遠い
 
 

兵研本部 第一発令所
 その戦艦の艦橋のような構造物のもっとも高いブースに 所長と補佐官の二人が正面のスクリーンに映る巡航艦ニルバーノを見つめていた
 補佐官が所長にだけ聞こえるように
「いいのか?」
「何がだ」
「あの船を処分してしまっても良いのか?」
 所長は若干の沈黙の後
「補佐官」
「何だ改まって」
「もう 事は動き出した後なのだよ」
「しかし」
「確かにあの船は 二度と造ることは出来ないだろう 今はな」
「・・・ 悪人め」
「今は そうでなくては」
「そろそろ だな」
「ああ」
 正面のスクリーンが切り替わり 敵である巡航艦ニルバーノと 地球圏の艦隊の位置関係が現れる
 ゆっくりと詰まる距離
 
 

「さあ 過去との決裂の為に 僕を倒すがいい」

 僕は始まった戦闘において 何もしなかった 作戦開始の段階で ある一定以上のダメージを受けた場合MAGIによる自立自爆が行われるから 戦うのは僕でもMAGIでもなく二人だけ コアである二人の防衛本能のみが一方的な防御戦をかろうじて戦闘という域にまで高めていた

 しかし 最後の時は来る
 既に船はATフィールドを展開することもなく 直接装甲にダメージを受けていた
 MAGIが自立自爆のカウントダウンを始めるのを確認した ふと手元のパネルに外の映像を映す
 月があった 距離のためか圧倒的なスケールで迫ってくるようだった

 月の夜空を見上げたあの子に会えるんだろうか
 僕が殺したあの子は僕を迎えに来るのだろうか
 僕が守れなかったあの子は許してくれるのかな
 なんで悲しいんだろう なんで僕は生まれたんだろう
 そうか
 そうか 僕は死ぬんだ やっと

 そう思った直後 記憶が 幼かった頃のつらい体験 サードインパクト後の地獄が 一気に脳裏を駆けめぐる

 みんな 僕もそっちに行くから・・・
 

 既に
 体は使徒のような強力な再生機能でかろうじて保っていた 僕があの後3世紀にわたって生きてきた理由だった
 何度手足が抜け落ち 何度表皮が焼き払われただろうか そのたびに驚異的な速度で再生を果たす でも 僕はこの体に感謝している この体があったからこそ 二人と話すこともできたのだから
 
 

兵研本部 第一発令所
「しょ 所長」
 所長は正面のスクリーンに向かって 敬礼していた
 スクリーンには光に包まれてゆく 巡航艦ニルバーノの姿が在った
 ニルバーノを包み込んだ光が消えた後 所長はすぐに 兵研管理下の艦艇に消滅宙域の確認を行わせた
 1時間ほどして艦艇からニルバーノがかけら一つ残さず完全に消滅したとの報がもたらされた
 
 
 

数日後 所長室
 極秘に通信されたMAGIからのデータ その中のブリッジの映像を所長と補佐官は見つめていた

 彼は近年まれにみる残虐な死に方を迎えた
 船が3年前に現れたevangelionと同質のものであったために
 最後彼はごく自然な笑みを浮かべていた その瞳は光を失っていたが涙の後はなかった
 そして ブリッジは光に包まれた
 彼の最後の言葉は言葉になってはいなかった
 その口の動きは
「さようなら」
 そう言っているようでもあった

 所長は映像を止めた
 ハンカチで口元を押さえていた補佐官は
「所長こんなものを何故今更」
「わざわざ送ってくれたのだ 責任者として見る義務がある それだけだ」
 映像を切り 所長は部屋を出ていった この日彼は肉もしくはそれに類するものを食すことは出来なかったようだ
 
 
 

ほぼ1年後
 兵研の所長は休暇を取って 一人ポートランド郊外の墓地に来ていた
 花束を添えしばしの沈黙の後その場を後にした
 墓石には 旧言語で Ikari Shinji 〜2358 そう記されていた
 
 

4年後 Nirvanaの件の事実が世間に公表される
 

17年後 星系外探査艦 Nirvana2nd class Angel-Sowrd 進宙・・・
Ende
 



 あとがき
 

彼を出してしまったことにより話がややこしくなってしまいました

 出演者備考
彼:モチーフは碇のシンちゃん
二人:碇夫妻 ゲンちゃんとユイさん
MAGI:これはそのまま 三体で一つ パワーアップされてます旧MAGIが電卓に感じるぐらいに
 

・・・・Data Area・・・・
δ「ここからは 私の出番ですね」
お願いします
δ「はい では 登場した兵器などの解説を行いたいと思います

 彼の乗る船
消滅の意の名を持つ船 巡航艦ニルバーノの事です 船として作られた使徒で初号機のコアが使用されています 装甲内部にまるで神経細胞の端末のごとくデミコアを持ち それら全てが兵器になっている ブリッジ区画は切り離し可能で 万が一の場合に脱出できるようになっている 言い方を変えれば船体部分はトカゲのしっぽである・・・

 戦艦エウロパがevangelionに放った砲弾
対使徒殲滅用砲弾の名が付いている 残念ながら単発ではATフィールドを貫くに至らない 月面で回収されたロンギヌスの槍の技術が使用されている またこの砲弾は使徒以外には大した効果を上げない

 evangelion
遺跡内部に残っていた二号機のコアを回収 初号機のデータを元にテクノロジーの粋をつぎ込んで製造した結果 当時よりも強力で強固な機体に仕上がる 専用武装は無し本体のバッテリーで2時間をフルパワーのまま使用可 実際には量産型機のコアも若干混じっているらしい・・・

では」


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ここから下はHolyBeast掲載当時のモノを残してあります

中昭のコメント(感想として・・・)

  しまぷ(う)さまからの投稿作品です。 98-11-29修正版

  今回は”彼”サイドの話ですね。
 

  ”彼”って・・・あの人?
  ”二人”・・・アスカとレイ? ”彼”の両親? それともユイとキョウコ?
  とか色々考えながら読んでいきました。

  彼はやっぱり思った通り彼だった(変な日本語)
  でも二人は・・・
  >分かっている 彼女がどうなったかも 彼女? 名前が思い出せない そんな・・・
  こりはアスカの事だな・・・
  >コアである二人
  こりはユイとキョウコが正解かっと思ったら後書きを読んで・・・・・・・・・
  碇夫妻!  ”彼”の持つオリジナルコアに二人が入ってるってこときゃ。
  そう言えばもう一つは発掘したんだから、最初から手元にあったのは一つだもんね。
 

  消化不良気味だった謎も今回ですっきり。
  しかし、彼が不死者。そして望むのが地球の再生と自分の消滅。
  彼女の名前さえ思い出せなくなってるのも、哀しいですね。
 

  ええ小説でした。投稿ありがとうございます
 
 
 
 
 
 

  みなさんも、是非しまぷ(う)さんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。