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ガルバリア 第五文明 第一章




 これは西暦702043年
 地球文化圏の最外縁 辺境と言われる宙域よりさらに遠くにある恒星系ガルバリア そのある惑星の一角から話は始まる




 文明崩壊の後数千年が経ち また人類は自らを三度崩壊に至らしめた文明を復興しようとしていた
 前文明は魔法という今までに前述の無い文化を持ち 最後は大陸二つを海の底へ沈めてしまった
 文献にはそう書かれ 人々はそれを史実とし 同時に神話のようなおとぎ話として日々を送っている

 その星の赤道直下より南半球へと広がるバズ大陸の南部 寒帯に属する辺りに城塞都市グラメダが栄えている
 冬場は港が流氷に覆われ 永久凍土の大地と寒波で交通をほぼ完全に遮断されるにも関わらず 遺跡の発掘と調査によって得られる工業力と技術力で世界にそ の名を轟かせていた
 その城塞都市の地下深くにある遺跡は 大都市規模の広がりを見せており かつて栄えた文明の栄華の程がうかがえる物だった
 長年にわたる発掘は 坑道を複雑な迷路に変えており 慣れない者が道に迷うこともしばしばである
 そんな坑道の先 岩盤の中にほぼ完璧な状態で残っていた建物の内部に 調査チームの一つ学者団第12班の三人が数人の工夫と共にやって来ていた

 金属が大きく軋む音が坑道に響く
 数人の工夫が幾分朽ちているとはいえ 金庫室の重厚な金属製の扉を開けてゆく
 その側にいた白い顎髭を生やした小太りの人物 第12班の班長アレックス・スーウィンが辺りで座っていた班員に呼びかけた
「ようやく開いたぞー!」
 歓声を上げそのまま我先にと アレックスは年を微塵も感じさせない元気さで 金庫室の中へと入って行く
 マスクを付けた彼は酸素濃度を計測し 外の仲間に安全の合図を送ってマスクをはずした
 長身の班員アレイム・ルーマンが腰を上げ 工夫と共に金庫室に入った
「また金庫か」
 一同を代表するような アレイムのため息混じりの言葉を聞いた工夫達の視線がアレックスに集まる
 灯りに照らされた金庫は部屋の隅にあり 他の物が全て棚に陳列されている事を考えると 当時の重要な物を保管していると考えるのが普通だろうか
「トライしてみますか? 班長」
「そうじゃな」
 アレイムの言葉に応え アレックスはピッキングの道具を取り出し 耳を金庫に当ててダイヤルを回し始める
 静音が要求されることを知っているのか 皆がその場に腰を下ろし じっとダイヤルを回す手を見つめていた
 静かな遺跡の金庫室の中 静かにダイヤルの回る音だけが広がる
 チンーー
 不意に拍子抜けがするような 澄んだ金属音が広がった
 歓声が上がる中アレックスは金庫を開ける 中には丁寧に積まれた封書がいくつか重なって保管されていた
 アレックスが封書を手に取り確かめる 長年の腐食など存在しないかのように まるで新品の封書のような手応えをアレックスは感じていた
「状態も上々だな 持って上がって調べよう」
「了解 とりあえずこの金庫の中を鞄に詰めるとして 後はまた取りに来ないといけないですね」
「そうじゃな」
「ユウロス 鞄取ってきてくれ」
「了解」
 金庫室の外から返事が聞こえ 両手に鞄を抱えて小柄な 一見すると髪の長い女性のような風貌の班員が入って来た
「二つで入るかな?」
「十分じゃろ 二人とも詰めておいてくれ 儂は今後の打ち合わせをしておくから」
 そう言ってアレックスは少し離れて工夫の責任者と話し始めた
 アレイムとユウロスは二人で金庫の中の封書を鞄に詰めてゆく
「今度はなんだと思う?」
 封書の表に書かれた遺跡の文字を見ながらアレイムは呟きユウロスに封書を渡してゆく
「そうだね」
 ユウロスは受け取った封書を順に鞄に詰めてゆく
「ん?」
「どうした?」
「いや、マークが入ってるなと思って」
 ユウロスが今詰めようとした封書には 特徴的な幾何学模様のマークが描かれている
(放射能標識か …ヤードの放射能に関する技術はそんなに危険な物はなかったと思ったけど…)
「それについても上で調べていけば分かるだろ」
「…そうだね」
「とりあえずこれで最後だ 鞄一つで良かったな」
「思ったより少なかったね」
 二人は鞄に金庫の中身だった封書を全て詰め立ち上がる
「班長こっちは終わりました」
「分かった じゃあ引き上げるぞ 上でミレア達が待っているだろうからな」
 アレックスは二人にそう言ってこの金庫室から出て行く
 二人と部屋に残っていた工夫も部屋から出て 欠員がいないことを確認して 地上へと向かう
 途中からトロッコに乗りガタガタと揺られること数分 いくつかの中継地を過ぎ トロッコが止まると同時に大きな縦穴に出た ここからはゴンドラで一気に 地上へと向かう
 3階建てになっている巨大なゴンドラに それぞれ分かれて乗り込む
「そう言えば 今日は何か頼みに行くんだったか?」
「ああ 班長にはもう言ってある 上で分かれて直接向かうよ」
「そうか」
 アレイムがそう返事を返した時点でベルが鳴り響き ゴンドラは上昇を始めた
 ゆっくりと登るゴンドラの中で ユウロスは先ほどの鞄を開き 幾何学模様の入っていた封書を手に取る
「気になるのか?」
「どうもね…」
(極秘・開封厳禁の印に 放射能標識 文字はヤードの旧時代の標準文字だが 中を見ないと分からないなー)
「中を見てみるか?ユウロス」
 じっと封書を見つめているユウロスに気づいたアレックスの声がかかる
 班員の中でただ独り遺跡の文字を読むことの出来る彼は 班長やアレイムと同族ではない
 班長やアレイムは霊長類の混血であり この惑星で最も一般的な人類の姿である
 それに対してユウロスは精霊類に分類される 妖精や神と呼ばれる存在と同列に分類される事に戸惑うこともあるが 見た目が女性っぽく見える小柄な彼は  日常生活ではただの寿命のとても長い人と思われているだけであった
「良いですか?」
「ああ問題ないじゃろ」
「ありがとうございます」
 そう言ってコートのポケットからペーパーナイフを取り出し 封書を開き中の書類を読める程度に引き出す
(条約による封印兵器のうち 核反応兵器の製造管理処理方法に関する全文)
「うわぁ」
 書かれている文字に思わず言葉がこぼれる
「どうした何か分かるのか?」
「いや なんか嫌ーな予感がする」
「厳重に保管されていたからな もしかしたら物騒な物かもしれないぞ」
 アレイムの言葉にユウロスは「もしかしたら そうかも」と苦笑してごまかす
 やがて頭上からゴンドラを動かすエンジン音が近づいて来た
 見上げると夕日が差し込み ゴンドラをつり上げるケーブルのリールやエンジンが外の光に彩られているのが見て取れる
 ぞれぞれにコートを着直し手袋を着ける 地下は暖かいのだが 地上は冬を迎えているためかなり寒い
 そんな内にゴンドラはその速度をゆっくりと下げ 地上に到着した
「予定より少し遅れたな ユウロスはこれで帰ると良い 外注の用事があったろう 手続きはこっちでやっておくよ」
「はい ではお先に失礼しますね」
 班長アレックスの言葉に ユウロスはそう返事をしてヘルメットを脱ぎ 足下まで届こうかという豪奢な緑みを帯びた白髪を下ろし作業帽を被る
 この長髪と小柄で華奢な体格のせいで 女性に間違われることがしばしばある
 とは言え彼のことを良く知っている人物は 種族が違うからとあまり気にしてはいなかった
「アレイム 荷物頼む」
 そう言って手にしていた鞄と被っていたヘルメットをアレイムに手渡し
「じゃあ また明日な」
 そんなアレイムの言葉に手を振って ユウロスは先に坑道から出て行った
「さて じゃあちょっと手続きを済ませてくるよ」
 煩雑なと言う程のものでもないが 坑道での事故を防ぐための手続きにアレックス達は坑道の事務所へと向かうのだった


 グラメダ城内にある坑道の出入り口から 一路自宅へ向かう為にユウロスは城門へと急ぐ
 時刻は夕刻にさしかかっており 彼の用件である金属加工の外注先も そろそろ急がなければ営業時間に間に合わなくなりそうだった
 城と一言に言っても広い 城塞都市の中心部を城と呼んでおり その中に大きく分けると三つのエリアがある 彼の職業でもある学者団が勤める坑道の入り口 や研究棟のあるエリア 最も面積のある彼の友人がいる軍関係のエリア 一部が城外に移転した行政のエリアと大まかに三つのエリアがある
 新雪を踏みながら最寄りの城門を抜け街へ出ると 彼は真っ直ぐに港を目指す
 城塞都市だけあって街自体も高い塀で囲まれており さらに彼の目指す港は都市の最外縁部に位置する
 雑踏の足下に広がる石畳の路は至るところにある窪みに氷を蓄え 降り始めた雪がゆっくりと石畳を覆い隠そうとしていた
 足早に歩く事十数分 行き交う人の間を抜け ようやく港への門を通り過ぎた
 この地区は主に漁港を初めとした生活に根ざした港湾として機能しているため 一般に港町地区と呼ばれる
 夕刻のにぎわいを見せる市場の前を通り過ぎ そのまま海まで出ると彼の家である船の泊めてある桟橋へと向かった
 夜の帳をその身に映した セラミックのような質感を持つ全長およそ80メートルの白い船 船首と船尾が水面下にある異質な船 前文明の遺産と言う事に なっている彼の家でもある 船名はライジングアロー 町の人からはユウロスにはネーミングセンスがないとよく言われる
 桟橋と船をつないでいる板を渡り そのままほぼ無造作に乗降用ハッチを開き船内へと入る
 暖かい船内に一息着くこともなく コートを壁掛けに掛け 階段を下りて自室へと向かう
 部屋に入るなり すぐに机の上に置かれている設計図の入った封筒を鞄の中に入れ そのまま部屋を後にした
 足早に階段を昇り 再びコートを着込んで外へ出る
「寒うーーーっ」
 思わずそう言って桟橋へと渡る
 本格的なグラメダの冬はまだ先であるが 冬場になると港が凍結してしまうほど寒くなるのを考えれば 今はまだ暖かいとも言えた
 雪がちらほらと降り始めた中 鞄を片手に早足で歩く
 港町地区から城塞の一つ内側の街にある金属加工の工房を目指す
 足早に歩いていた足は いつの間にか駆け足になっていた
「閉店時間に間に合うかなぁ?」
 そう呟きながら城門をくぐり そのまま夕刻の街の賑わいの中を ゆっくりとしたペースで走る
 角を曲がり 目的の工房が見えた直後 良く知った声がかけられた
「よお ユウロスじゃないか どうした?」
 氷に足を取られつつも立ち止まり振り返る
 そこにいたのはしっかりした体つきの金髪の青年 ユウロスの友人であるラエル・ヴェルーンである
「ああ ラエルか」
 彼は鞘に収まった剣を片手に ユウロスの側にやって来た
「ずいぶんな挨拶だな」
「まあ 急いでいるから」
「何処までだ?」
「そこの工房」
「なら俺と同じだな 練習用の剣がいい加減ぼろぼろで修理に来た」
 彼はグラメダとは友好国のイトス出身で グラメダの軍関係の仕事に就いている 本人曰く「傭兵家業だよ」との事らしいが ユウロスもラエルもお互いに守 秘義務があるので仕事のことに関してはあまり話さないようにしていた
 たわいのない会話をしながら 二人は工房の入り口をくぐる
「そろそろ閉店だけど 何かご用?」
 入ってきた二人に気づいたのか 奥から中年の女性が出て来た
「外注をお願いしていた 学者団12班の者です 今日は設計図を持って来ました」
「12班ね 話は聞いているわ 設計図をもらえるかしら?」
 鞄の中から設計図の入った封筒を取り出し女性に差し出すと 彼女は無造作に受け取り中身を確認することもなく受取伝票に必要事項を記入して控えをユウロ スに渡した
 ユウロスも何度か来ている為 特に気にすることなく受け取った伝票を確認して鞄にしまい込んだ
「そちらは?」
「じゃあラエル おなか減ってるから先に帰るよ」
「ああ またな」
 ラエルに手を振り工房から出たユウロスは一路港町を目指す

 港町地区へ抜ける城門を通りすぎると ふと警備の兵の話が聞こえてきた
「艦隊の航空戦力が壊滅したらしい ここも時間の問題」
 そんな内容の物だったが ユウロスは立ち止まることなく市場へと向かう
(艦隊の航空戦力は グラメダの外洋での主戦力 それが壊滅したとなると外洋での戦力は激減する 海の守りが手薄ならば確かに攻め時だが どうだろうな)
 情報の信憑性がわずかながら劣るため思考を保留した 少なくとも後で調べる時間があるとして 当面は腹を満たすことを先にしたのである
 市場の中 夜は酒場になっている料理屋に入る
「いらっしゃい いつもので良いかい?」
 カウンターに着くなり 髭をたたえた酒場の主人が渋みのある笑みを浮かべて尋ねる
「今日はミルク付けて」
「あいよ」
 酒場の常連がいつものように話しに華を咲かせている 食事が届くまでそれらに耳を傾けるが その中には先ほどのような内容の会話は聞き取れなかった
「気になる事でもあったか?」
「いや 考え事してただけだよ」
 曖昧に答えつつ 置かれた料理から酒場の主人へと視線をあげる
「飯の時ぐらい 楽しいこと考えた方がいいぜ その方が飯が進むってもんだ」
「そして店が儲かると」
「そう言うことだ 健康にもいいしな」
 渋い笑みを浮かべてそう言いきる
「まったくだ いただきます」
 主人にそう言って ユウロスは食べ始める
 ユウロスもここの常連である ただし彼は酒が飲めない その為にしばしば緊急避難的に他の店に行くこともあるが ここの料理を目当てに長いこと通い続け ている
 食事を終え 精算して店を出る
 結局店内ではあの話題がのぼることはなかったので 気にしないことにして帰途についたユウロスだった




 翌朝
 目覚まし時計がけたたましく鳴り始める
 それから少ししてベッドから手が伸び 目覚まし時計のベルを止めた
 もそもそとベッドから這い出るユウロスは 目覚まし時計でいつも通りの時間を確認し 着替えて髪を白いリボンで止め部屋を出た
 船内のためにコンパクトなキッチンでいつものように朝食を用意して ホール兼リビングで朝食を取り始める
 ふと時計の指し示す時間に目が止まった
「あれ?」
 指し示している時間は 既に遅刻確定の時間だった
「もしかして 時計遅れてる?」
 懐から懐中時計を取り出し 時間を確認する
 こちらの指し示す時間も 同様に遅刻確定の時間だった
「だーーーーーーーーっ!!」
 慌てて食べかけの朝食を詰め込み 片づけもせずに鞄片手に船から飛び出す
 刺し込むような寒さに身を包まれるが そんなことはお構いなしに桟橋を駆け抜ける
 履いているのは氷雪上用のブーツとはいえ 半ば滑りながら港町地区を疾走する
 港湾地区から街への城門を抜けると 既に出勤時間帯を過ぎているためか 街は朝の喧噪とは違った静かな様相を見せていた その中を息を切らせながら 彼 は城へと走って行く
 どこをどう見ても遅刻者が慌てて走ってる姿に いく人かは振り向いたりするが 走っている本人はそんなことに構えるはずはなく ただ必死に城へと走り続 ける
 警備の兵士の笑顔を横目に城門を走り抜けた直後 彼の体が一瞬宙を舞った
 そのまま凍り付いた地面の上を鞄と一緒につつーっと情けなく滑る
「大丈夫か!?」
 そんな兵士の声に苦笑いを返しながら立ち上がり 鞄を拾って再び走り出した
 行き先は彼の勤務する研究棟のある方向だ
 研究棟は昔ながらの建物の大きな箱形の一号舎と その隣にそびえる大型の塔の二号舎からなる
 ユウロスの勤務先は二号舎だが 朝一でどこかへ出ていないかを確認するために一号舎の総務部の受付へ向かう
 しばらく走って一号舎に入り受付前で止まった
 立ったまま膝に手を着き 息をゼイゼイと切らせている様子に気づいた受付の人物が声をかける
「大丈夫ですか? ユウロスさん」
 今朝二度目にかけられる言葉に ぜいぜいと息を切らせながら頷いて返す
 受付の人物は別段ユウロスの知人ではない ただ単にユウロスが目立つ容姿をしているのが名前を知っている理由である
「もしかして遅刻ですか?」
 的を得た質問に一瞬固まるユウロスだが ごまかす必要もないので頷いて返した
「なるほど 今日は朝一で各班に通達がなされていますから まだ部屋にいると思いますよ」
「あ… ありがとう」
 絞りだすようにそう返事を返して 彼の仕事場研究棟二号舎の12班の部屋へと向かう
 最短ルートは一号舎と二号舎をつなぐ五階の渡り廊下を渡って一階降りるルート 遠回りをするつもりもない彼は足早にこの場から歩き出した
 途中 五階の渡り廊下から見える城内の様子が いつもと違ってあわただしく感じる
「演習の予定はなかったよな?」
 知っている限りのスケジュールには そう言った物はない
「ともかく急ぐか」
 既に遅刻であるので 考えるのを止めて足早に12班の部屋へと向かった

 階段を下り 12班の部屋の前まで来ると 少し開かれた戸から書類を乱暴に扱う音が聞こえる
「やあ おくれてしまったー」
 やや間抜けな声を出しながら部屋の中に入ると アレイムが書類を半ば投げるように 暖炉の側へと置いている姿が見えた
「やっぱりか! 班長から伝言だ『自分の書類をまとめて 不必要な物は破棄』俺たちはグラメダから脱出するんだとよ」
 ユウロスの遅刻に納得するような表情を見せたアレイムは そのまま作業を続ける
「なるほど 城内が慌ただしく感じたのはそう言うことか」
「急いだ方がいい 終わり次第引っ越し準備になる」
「分かったありがとう」
 暖炉の中に書類を放り込むアレイムにそう言って ユウロスは自分のデスクへ向かう
 相当疲れているのか 危うい足取りで離れて行くユウロスに アレイムはやれやれとため息を付き自分の作業続けるのだった

 暖炉からかなり離れているユウロスのデスクには ほとんど物はなく閑散としている
「この前整理したから あまり書類は置いていなかった気がするが…」
 そう呟きながら自分のデスクの上に鞄を置く
「ユウロス ちょっと動かないでね」
「え?」
 かけられた声は同じ12班の同僚ラルド・ミディーの物 動かないでねとの声のままにじっとしているユウロスのリボンが 彼女の慣れた手つきでほどかれる
「急いでるんだよな?」
「どんな時でも身だしなみは大切だ」
 ぶっきらぼうにそう言って ユウロスの乱れた髪を櫛で梳く
「それに」
「それに?」
「荷物自体が少ないでしょう?」
「ああ」
 一通り梳き終えたミディーがユウロスの髪をひとまとめにしてリボンでくくる
「いいよ」
「ありがと」
「じゃあ 私も片づけないといけないから」
 そう言って彼女は自分のデスクの方へと戻って行った
「さて そうまで片づける物があるわけでもないが」
 そう呟きながら自分が管理している荷物や書類を 重要度別にまとめて行く
 二固まりの書類の束と一箱の荷物が出来たところで ぴたりと作業の手が止まった
「こう… 一瞬で終わると辛いな」
 そう呟き 不必要な書類を持ち上げて暖炉に向かう
 メラメラと書類が燃える暖炉の側で 同僚のディーロック・アンヴァーストが自分の書類を燃やしていた
「こんな日が来るとはな」
 良く燃えるように一枚ずつバラバラに暖炉の中へ放り込みながら 力無く呟くディーロック
「国家的にも 戦力的にも 規模が小さいからねグラメダは」
「技術的には勝っていたと思ったんだが」
「全てにおいては勝っていなかった訳だ」
 こんな時に平然としているユウロスに腹が立ったディーは 残っていた書類を乱暴に暖炉に放り込んでユウロスに向き直り
「お前悔しくないのかよ!」
 そう声を上げユウロスの胸ぐらを掴んだ
 咄嗟のことに驚いたユウロスだが
「もう終わったつもりでいるのなら それで良いんじゃないか?」
 そう平然としてそう言い放った
「お前っ!!」
 怒りにまかせて繰り出そうとしたディーロックの拳が止められる
「ユウロスの言うとおり 終わりだと思うならやめて出ていくと良い」
「班長!!」
「その手を離したまえディー そして君の作業を早く終わらせるんだ!」
 有無を言わさない班長の命令に ユウロスの胸ぐらから手を離し 彼は舌打ちをして自分のデスクへと戻って行った
「少し言い過ぎでは?」
「なに 構わんさ あいつは若いからな」
「…すみません年寄りで」
「真面目な話なんだが ユウロス君 きみの家は船だったね?」
 ユウロスの冗談をさらりと流し アレックス班長はいつになく真剣な口調で尋ねた
「は はぁ…」
 いきなり真面目になったアレックスに とまどいながら生半可な返事を返してしまうユウロス
「状況から気づいているかもしれないが 我が班はグラメダを離脱する
 情報によれば ラオリス艦隊は最も早くて明後日の夕刻にグラメダに到着するそうだ
 それまでに荷物をまとめて脱出してくれ 出来るか?」
「可能ですが私一人が単独行動ですか?」
「そうだ そしてこれが命令書」
 アレックスが持っていた封書をユウロスに手渡す
 受け取ったユウロスはすぐに封を開き中を確かめる
「自分の船があるからそれを使えと そう言う事か… しかし集合場所はイトスって 友好国とはいえ裏側じゃないですか」
「星の裏側までは 流石に追っ手は来まい」
「遠いですからね 正規軍では無理でしょう」
「まぁそう言うことだ 別行動で頼む 命令書にある積み荷は下で用意させている 昼までには準備できるはずだ」
「しかし 班長?」
「頼んだよ」
 ユウロスの反論を聞き捨てて アレックスは足早に去って行く
「…いいのかなー 私独りで脱出させるなんて」
 脱出自体には依存はない 自分の船が敵に接収されるよりはましであるからだ
 それはそれとしても 命令内容に投げやりな物を感じて呆れるユウロスだった


 そろそろお昼になろうとする頃 ようやくユウロスの船へ積み込む荷物の用意が出来た
 確認したユウロスは 全部合わせても小さな荷馬車半分くらいの量に
「思ったより少ないなー」
 思わず呟く だがぼうっとしていてもしょうがないので手綱を手に取り 自分の家でもある船の停泊している港町地区へと出発しようとした瞬間
「ユウロス ちょっと待ってくれ!」
 アレックス班長の呼び止める声が一号舎の方からかかる ユウロスが振り向くと班長が走ってくるのが見えた
 何か変更でもあったのかと思ってユウロスは荷馬車から降り ようやく目の前まで来た班長に声をかける
「命令の変更ですか?」
「いや 荷物を頼まれてくれないか」
 ややあがった息を落ち着かせながら アレックス班長はそう言った
「荷物?」
「そうだ 君の船の船倉には後どの位のスペースがあるかね?」
「これを入れたら だいたい幅6m奥行き14m高さ4m位ですけど… 何を積むんですか?」
「ふむ、それ位ならこちらが積み損ねた物が全部入る」
「そう言う事ですか」
「荷物の方は追加と一緒に積み込みを手伝ってくれる人員と一緒に港町地区の君の船へ向かうよう手配しておく 我々は既にオケアノスへの乗船命令を受けてい るのでここでお別れだ」
 グラメダの掘り出した最大級の遺跡に 機関の抜かれた宇宙船とその運用施設があった オケアノスとはそれを緊急脱出用の潜行挺に改装したものである
「大丈夫ですよ すぐにまた会えます」
「そうさな では気を付けてな」
「みんなによろしくと…」
「伝えておこう」
「班長も元気で」
 ユウロスの言葉に短く敬礼で返した班長はそのまま忙しそうに走り去って行った
「本当に忙しそうだな」
 そう呟いてユウロスも荷馬車に戻り 一路港町地区の自分の船を目指す
 あちこちで慌ただしく荷物の運び出しが行われている城内を通り抜けて 街への城門をくぐる
 やや速度を上げて街の中へ飛び出す
 街の様子は混乱していた 荷物を抱えて逃げ出す者 残る者 諦める者 犯罪を犯し逮捕される者
 そんな街の様子を横目にしながら 荷馬車は早足で駆け抜ける
 突然 細い路地から誰かが荷馬車のすぐ前に飛び出してきた
 よく見たような格好で荷物を抱えた女性、そう確認しつつ ぶつかりそうになる荷馬車を一気に止めようと手綱を操る
 嘶く馬と 慣れ親しんだ声での悲鳴が 同時にユウロスの耳に入った
「ごめんなさい! って… あれ ユウロス?」
「…まったく どうしてこんな所に」
 二人の言葉が同時に交わされる
 ユウロスの目の前にいる人物はリネ・エピックという ユウロスの友人の一人だ
 元々ラオリスの貴族だったが 彼女が幼い頃に家を離れて祖父とグラメダに移り住んでいた おかげでというか リネ本人は貴族の匂いを感じさせずに育って いる
「おじいちゃんと相談して ユウロスの船に乗せてもらおうと思って」
「なるほど 乗ると良い 今船に向かっている」
「うん」
 彼女は自分の荷物を荷馬車の荷台に乗せ ユウロスの隣に乗り込む
「ずっと住んでた訳じゃないけど 離れるのはちょっと寂しいかな」
 走り出した荷馬車から街を眺めながら彼女が呟いた
「死ぬまでずっと同じ所で生き続けることが 幸せとは限らないよ」
「それもそっか お嫁に行ったら住むところも変わるもんね」
「そう言うこともあるか」
「ユウロスは男の子だから お嫁に行く実感なんて分からないよね」
「世の中には婿養子というものもあるんだが…」
 緊張感のない会話を交わしながら荷馬車は港町地区へと向かう

 港町地区への城門を抜けたとたん 街の喧噪から解放されたように静かになった
 ユウロスはやや不思議に思いつつも 桟橋へと向かう
 その途中で見たのはいつもと変わらぬ 市場の風景だった
「なんか ここだけはいつも通りだね?」
 驚嘆して思わずそうこぼすリネ
「ここの連中は、グラメダの胃袋を支えているからな 相手がなんだろうと関係ないんだろう」
 他にもよっぽど肝が据わっているんじゃないか とも思いながら答えるユウロス
 桟橋が見えてくるとユウロスの船の前に荷物を持って独り佇んでいる者が見えた
 こっちに気づいて手を振るその様子から 間違いなくラエルだと気づいたユウロスは そのまま荷馬車を走らせラエルの手前で荷馬車を止めた
「こんにちわ …で ラエルも逃げるの!?」
「ああ ユウロスの警護が俺の仕事だ ユウロスの所の班長が手を回したとか聞いたが?」
「てっきり残る物だと思ってた」
「初めはそのはずだったんだがな」
 リネの言葉に苦笑して返すラエル
「そうか なら荷物を下ろすのを手伝ってくれ」
「ユウロス 私はいつもの部屋を使わせてもらうわね」
「分かった」
 自分の荷物だけを持って さっさと船内へと入って行くリネを見送り ユウロスは荷馬車を船の後ろ側あたりで止める
「積み込んでしまってから 馬車を返してくるか?」
「そうだな」
 荷馬車から荷物を下ろし始めたラエルに ユウロスは答えた
「船倉を開けてくる そのうち追加の積み荷が来る事になっているから それが来たら待ってもっらてくれ」
「オーケー」
 船に移りハッチを通り抜け ブリッジへのロックを解除してブリッジに入った
 窓一つ無い暗いブリッジの床に幾つかの光が灯ると 前にT字型の操縦桿と左手にパネル付きのキーボードだけが囲むシートが 床からの淡い光に照らされ浮 かびあがる
「システムオープン」
 慣れた足取りで そう言いながらユウロスはシートに座った
『システム開きます』
 やや機械的な音声が部屋に広がり 何もない宙にいくつかの文字や数字を表すパネルが現れた
 ユウロスは目の前の宙に展開されるいくつものパネルを見て船体の様子を確認して行く
「後部船倉の大型ハッチを開いてくれ 荷物の積み込みをする」
『後部船倉のハッチの解放と付属のクレーンを用意します』
「ああ 頼む あと出航前の全システムチェックを 異常箇所は修理を」
『了解』
「それと リネ・エピック ラエル・ヴェルーンの二人をビジターから準船員に」
『了解』

 桟橋で船倉が開くのを待っているラエルが 船体の後ろの方で甲板が上に向かって開くのに気づいた 同時に中から小さなクレーンが顔を出す
「いつもながら 無茶苦茶な船だな」
 何度か見た光景とはいえ ラエルの持っている常識からすれば無茶苦茶だと言わざるを得ないものだった
 開ききった船倉のハッチとクレーンを 呆れながら見つめていると ユウロスが船から出てきた
「クレーンの操作は出来るよな?」
「お前ね 大きな荷物を積み込む度に手伝ってるの忘れたか?」
「ならば積み込みを任せても大丈夫だな」
「適当に積み込んどくし 一人だと時間かかるぞ?」
「後から来る荷物が入るようにしてくれればいい」
「分かった」
「じゃあ荷馬車を返しに行って来る」
「おう」
 ラエルの返事を聞いてユウロスは荷馬車に乗り 荷馬車の向きを変えて一路城へと走り出した

 街への城門をくぐり 早足で荷馬車を走らせる
 通りの要所要所に警備の兵が立っているからか 街の様子は先ほどよりは少し静かになったように感じる
「まるで戒厳令だな」
 街角に兵士の姿がよく目に付く それが功を奏しているのか 街は一応平穏を保っているように見えた

 城の中に入り 一号舎脇にある管理所に到着すると 丁度ユウロスの船に向かう荷馬車の用意が出来たところらしく呼びかけられた
 大型の荷馬車二台に及ぶ荷物に驚きながら ユウロスは荷物を確認してその荷馬車に乗り込む
「まっすぐ港町へ向かいます」
 手綱を持った工夫はそう言ってユウロスの確認をとり 荷馬車を出発させる
「荷物を積み込んだ後は そちらはどう指示を受けているんですか?」
「俺達は一般市民だからな 坑道がある限りは仕事さ」
「そうですか」
 しばらく会話もなく その間に荷馬車は城を出て街の中へと入る
「そっちは 逃げ出すんだろ?」
「ええ」
「なまじ知恵があると 利用されてかなわねぇ」
「まぁ それはしょうがないかなー」
「この先どうなるか分からないんだ 不安なのはみんな一緒さ」
「そう言ってくれると助かります」
 手綱を握っているその工夫にユウロスは深く頭を下げる
「よしてくれよ恥ずかしい っとあれはあんたに用があるんじゃないか?」
 工夫に言われて前へと振り向いた先 先日外注を発注した店の方からユウロスに手を振る人物が見える
 荷馬車がその人物の前で止まると
「よう坊主 受け取れ!」
 そうぶっきらぼうにそう言って麻袋をユウロスに渡し
「代金はもらっているんだ 仕事はしたぞ」
 それだけを言い捨てて工房へと戻って行った
「確かに」
 中身を確認したユウロスはそう言って その背中に頭を下げる
「じゃ出すぜ」
 工夫は馬車を出発させ
「律儀な奴が多い街だ」
 そう呟いた
「私は好きですよ 最初期の村だった頃が懐かしい」
「やっぱりあんたがそうだったか」
「途中は結構いなかったんですけどね」
 それから船に着くまで ユウロスは最初期のグラメダの様子を語って聞かせる羽目になった


 荷物の積み込み作業を終え 先ほど見送った荷馬車が市街地への城門をくぐる その様子をブリッジ内のパネルから確認したユウロスは 後部船倉のハッチを 閉じるように指示した所だった
『後部船倉上部大型ハッチ閉鎖完了 後部甲板使用可能です』
「了解 システムの方は?」
『チェックは終了 異常のあったメインエンジンの修理を開始します 応急処置でもグラメダ時間午前4時になると思われます』
「メイン以外のエンジンは?」
『メインエンジン以外はグリーンです』
「分かった そのまま応急処置で進めていてくれ」
『了解』
 指示をしたユウロスがブリッジから出てくると ラエルが待っていた
「ユウロス 腹減ってないか?」
「言われてみると減ったなー」
 ラエルに指摘されて ようやく空腹感に気づいたユウロスは時刻を確認する
「もう夕食の時間だな」
「そう言う事だ」
「食料品の買い出しはしてないんだよなー そういえば」
「リネが勝手知ったるとばかりに余り物で鍋作ってる とりあえず飯にしよう」
 二人が船内のあまり広くないリビングに入ると 既にテーブルにはパンとシチューが用意されていた
 休みの日にはよく三人で もしくはチャールを交えた四人で食事をしているだけに ラエルもリネもそしてチャールもこの船の台所周りのことをよく知ってい た
(それにしてもまさかこんな事になるとは)
 ユウロスはやや冷笑しながら ラエルに続いてリビングに入った
「遅いぞ 料理が冷えちゃうじゃない」
 エプロンを外しながらリネが言うが ラエルは特に気にした風もなくシチューを覗き込む
「悪い悪い で中身は余り物の野菜と魚か」
「買い出し前だったからね」
「うん これで食料品は何も残ってないよ」
「食べ終わったら二人には食料品の買い出しを頼む こっちは船の点検をするから」
 それぞれに席に座りシチューに手を着ける
「いつも通り少し薄目だな」
「ラエルが濃い味が好きなだけでしょう あたしの所はおじいちゃんがいるから」
「ユウロスは何でも食べるよな」
「まあな」
「それよりそろそろ説明してくれないか? これからの予定を」
「明日の朝の予定でイトスへ向けて出港する」
「ラエルの実家に行くんだね」
「そりゃあ確かに俺の実家はイトスだが」
「細かいところは出港してから 今日中に出港準備を終わらせる」
「分かった 終わったのは荷物の積み込みだけだな 俺達はこの後で二週間分の食料の買い出し」
「こっちは船のチェックだ」
「買い出しって 急がないと市場閉まっちゃうよ!?」
 リネの言葉に慌てて食事をするラエルだった


 夜 グラメダ市街地の商店街
 いくつかの商店から漏れた明かりが石畳の道を点々と照らす その凍り付いた石畳の上を歩き 一つの書店の前でユウロスはその足を止めた
 中から漏れてくる明かりを見てその店の戸を開き
「いるかい?」
 そう言って入った薄暗い書店の中は いつものように紙の匂いで満たされている
「ユウロスか」
 奥の方からの声に ユウロスはそのまま店の奥へと本棚の間へ入って行く
「こんな時間にどうした」
 中年の男性がカウンターに座ったまま 入ってきたユウロスを見上げる
 落ち着いた雰囲気で紅茶を口にし 悠然とユウロスの言葉を待つこの男性が 元ラオリスの貴族であり リネの祖父のチャール・エピックであり ユウロスの 長年の友人でもある
「リネのことなんだが」
 ユウロスのその言葉にチャールはやれやれとばかりに ユウロスへと向き直る
「そうだな だがいいんだ 孫はわしの息子に似て言い出すと手が着けられん それにユウロス おまえさんがいてくれれば心配はない」
「そうか…… しかし いいのか? もし 私がリネを殺さなければならない状況に陥ったら 間違いなく私はリネを殺すぞ」
 チャールの言葉に ユウロスはやや戸惑いながらそう告げる
「その時はその時だ わしはそうはなら無かったがな」
「では ある程度の責任は持つよ」
「ひどい話だ」
 ユウロスはチャールからリネ預かることの了承を得 チャールはそれを認めるその合意が着いたのだろう お互いに苦笑する
「それより一つ気になったのだが」
「なんだ? 儂の息子のことか?」
 チャールの言葉に 彼の息子がラオリスの海軍の要職にいることを思い出したユウロスは 気まずそうに視線を外して
「そっちは すっかり忘れていた」
 そうボソリと呟く
「しょうがない奴だな そう言う事もあってお前にリネを預けるのだ」
 半ば笑いながら チャールはユウロスに全幅の信頼を置いて ユウロスにそう告げる
「で 他に気になるような事とはなんだ?」
「いや つまらないことだよ」
「なんだ?」
「一人で生活できるのかなと…」
 気まずそうにだが真剣に言うユウロスに チャールは大声を上げて笑い出した
「…そこまで笑わなくとも」
 あまりにも快活に笑うチャールに ユウロスは困惑を通り越して呆れていた
「いや 悪い ユウロス・ノジールともあろう者が この儂の生活を心配するとは これだから長生きはやめられん」
「職業に見合わず 小市民なんだよ私は」
「全くしょうがない奴だ これからラオリスの軍勢が攻め寄せて来るというのに… まぁ良い とりあえずリネを頼む あれに世界を見せてやってくれ」
「その点は問題ない」
「…ユウロス」
「ん?」
「人間とは進化しないものだな」
(地球史の一説 か…)
 しばしの沈黙の後ユウロスは口を開き
「すまない…」
 そう言って深くチャールに頭を下げた
「なぜ謝る? ユウロス(何か気に障るような事を?)」
 突然のユウロスの行為にチャールは戸惑う 頭を上げたユウロスはまるで許しをこうかのように じっとチャールの言葉を待つ
 ユウロスは長命なチャールと比べても 非常に長生きをする種類の存在だ
 だが彼は生存してきたであろう時間に対しては 余りにも純粋な性格を持っているのをチャールは理解している
「分かった 何も言うまい」
 だからこそ チャールはただそう言った 許すでも許さないでもない言葉をユウロスに告げたのだ
「行くが良い 私はここでリネの帰りを待つことにする ラオリスに戻るつもりもないのでな」
「分かった 必ず帰ってこよう」
 視線が合い お互いにその意志を感じ取る そしてどちらからともなく二人は握手を交わすのだった


 船に戻ったユウロスは そのまま後部船倉へと入った 昼間積み込まれた荷物の入った木箱が整然と積まれ 両側の壁を埋め尽くしている
 その荷物の中から 一つの木箱を見つけた 中身はユウロスが昨日まで行っていた仕事で 復元中の武器が入っている物だ
 その箱がちゃんと積まれている事を確認すると ユウロスは後部船倉から出ていくのだった

「船の方の点検はいいのか?」
 リビングに出てくると ラエルが開口一番でそう尋ねてきた
「問題ない 明日の朝には出港できる」
「今すぐじゃないの?」
「ラオリス海軍が来るには 早くても明後日だと聞いている」
「早い方がいいんじゃないのか?」
「急に出ないと行けなくなったから 応急処置に深夜までかかるんだよ それで出発は明日にしようかと思っているんだが」
「自動でか?」
「そう言う事 細かいところが多いからこっちは下手に手を入れることが出来ん」
「仕方がない 今日おとなしく寝るか」


 翌朝
 まだ暗い朝のグラメダの港の様子をラエルは紅茶を飲みながら見つめていた
 静かな船内には外からの波の音だけが聞こえてくる その音に混じるように靴音が耳に入って来た 音からして多分リネの物だろう そう思いながらリビング のドアが開かれる音に振り向く
「あ おはようラエル」
「おう お早う」
 リビングに起きてきたリネが 先に起きて紅茶を飲んでいるラエルにそう挨拶を交わす
「今日は紅茶なんだね」
「ユウロスの所にコーヒーがあるとは思えなくてな」
「まぁユウロス そう言うところは貴族主義だからね」
「元貴族に言われたら あいつも浮かばれないなぁ」
「本当にねー」
 エプロンを掛けて朝食の準備を始めるリネをよそに ラエルは相変わらず紅茶を飲みながら 外の景色を眺めるのだった
 ちなみにラエルも一応の食事の用意は出来る
 だがその腕は一人暮らしのユウロスにも 毎日二人分の食事を作っているリネにも遠く及ばずである点と ラエル自身もうまい飯が食べたいという二点から  極力台所には立たないようにしていた


「まだ 起きてこないね」
「そうだな」
 二人が朝食を終えても ユウロスが起きてくる様子はなかった
「起こしに行った方がいいかな?」
 ラエルの用意した食後のお茶に口を付けたリネが 目の前に座るラエルに言った
「まだ大丈夫だろ 敵が来るのは明日らしいし」
 特に気にしていないのかラエルは窓の外に視線を向ける
「そうかな どうも嫌な予感がするんだよね」
「戦争だからな 嫌な予感はいくつでもある」
「ラエルは戦い慣れしすぎだよ」
「いや 俺は実戦経験一回だけだぞ 剣で戦うのなら話は別だが」
「んー やっばり起こしに行く!」
 そう言って立ち上がり 腕まくりしながら歩き出すリネに
「がんばれ 食器の片づけはやっとくから」
 ラエルは呆れながらそう呟くのだった


 誰かが体を揺する感覚が 酷くぼんやりとした意識を覚醒に誘う
 次いで聞き慣れた声が ゆっくりと脳内に浸透してくる それが誰の声で 何を言っているのか 何を求めているのかようやく分かった所で ユウロスは布団 の中でその身をよじる
「ユウロス 今日はグラメダから逃げ出すんでしょう!」
 そんなリネの声に はたと気づいてユウロスはその身を起こした
「ああ そんな事もあったな」
 寝ぼけ眼をこすりながらそう答えるユウロスにリネは呆れながら
「起こしたからね 二度寝したら怒るから早く着替えて朝御飯食べに来なさい」
「 …分かった」
 まだ寝ぼけているのかユウロスは 再び目をこすりながら眠たそうにそう答えた


「お早う」
「おはよう」
 着替えて顔を洗ったのか すっきりしたユウロスにラエルが挨拶を交わす
「ラエルは銃器は扱えたっけ?」
 テーブルにつきながら 確認するつもりでユウロスはラエルに質問する
 ユウロスが知る限り ラエルが得意なのは剣での格闘であり 銃器の方の腕前は未知数だったからだ
「得意じゃないが グラメダの軍隊で扱っていた物なら メンテナンスまでなら一通り出来る」
 ユウロスの質問にラエルは 珍しく言葉を選びながら答えた
「それは… 完璧には扱える という事で良いんだよな?」
「俺の得意なのは剣の方だからな」
「分かった」
「はい 朝御飯」
 温めなおした朝食をユウロスの前に置いて リネはラエルの隣 ユウロスと向かい合う位置に座る
「いただきます」
 そう言って手を合わせ ユウロスは食事に手を着け始めた
 落ち着いた様子で食事を始めるユウロスの目の前で ふとラエルはユウロスの食事の挨拶から彼が無宗教であることをリネに確認する
「そのはずだよ」
 そんなリネの答えに釈然としないのか ラエルは視線をユウロスへと向けた
 ラエルが知る限り殆どの宗教では食事の前にお祈りをする いつもの事ではあるがユウロスはただ手を合わせて「いただきます」と言うだけだ 信じてはいる が敬虔な信者ではないとも考えられる
 特に急ぐでもなく食事をしているユウロスとはすぐに目があった
「どうした?」
 食事の手を止めたユウロスの言葉にラエルは聞き返す
「お前って無宗教だよな?」
「そりゃあ 分類上私は神様達と同類に扱われてるからねー」
「それは頭の固い学者が勝手に決めたことだろう?」
「そうだな 私はラエルが知っている神様を信仰しているわけではない」
「まさか悪魔を信仰しているとか?」
「あのねー」
 リネの言葉に辟易として返すユウロス
「無信仰ではあるが 無宗教でもない そんな感じか?」
「そう言う事だね」
 ユウロスの返事に納得したラエルは 再び食事の続きを始めたユウロスから外の景色へと視線を移し 彼が食事を終えるのを待つことにした

「さて 食料品の方は買い出しが終わっているんだよな?」
 食事を終えたユウロスは 食器もそのままにラエルとリネに確認する
「ああ」
「水は大丈夫だった?」
「満タンにしてある」
「分かった」
 満足げに頷き食器を片づけようと立ち上がったところで ユウロスは思い出したように「忘れ物はないね?」とそう問いかける
「大丈夫だ」
「あたしも荷物は全部持ってきたから」
「分かった これ片づけたら出発しようか」
 まるで散歩にでも出かけるかのように言って ユウロスはエプロンを掛け キッチンで食器を洗い始めた
「相変わらず緊張感無いよね」
 食器を洗っているユウロスの姿を見て リネは改めてしみじみと呟く
「俺はあれが緊張する事自体が考えられないんだが…」
「あ やっぱり?」
「あいつ マイペースだからなー」
「本当にねー」
 二人とも数年来の友人の性格を深く再認識するのだった

「では 出港させる」
 いつの間にか食器を片づけ終えたユウロスが 二人の背後でエプロンを外しながらそう短く告げた
「何かすることはあるか?」
「… 何もない ゆっくり座っていてくれればいい」
 ラエルの質問に少し考えてユウロスは答える
「外さなくて良いの? なんて言ったかな あの船を流されないようにするロープ」
「問題ない」
「本当に無茶苦茶な船なんだろうなぁ これ」
 リネの質問にも自信を持って答えたユウロスの言葉に ラエルは諦めたようにそう呟く
「連絡はそこの伝声管でも出来るようになってるから」
「うん」
「他に聞きたいことはある?」
「いや 少なくとも俺の出番がないことは分かった」
「あたしの出番も無いってば」
 諦めたラエルの言葉と 半ば笑いながらのリネの言葉にユウロスは「じゃあ」とそれだけ告げてリビングから出て行った


『メインエンジンに問題箇所が残っています 応急処置は済んでいますが 安全のためメインエンジンはシステムより切り離してあります』
 タラップにしてあった木の板を外してからブリッジに入ってすぐにその報告を受けた
「分かった 航法システムスタンバイ 出航前最終チェック開始」
『航法システム開きます 出航前最終チェック完了 メインエンジン以外に異常は認められず』
「了解」
 ブリッジの中央に設けられたシートにユウロスは座る
「サブパネルに周囲を表示 レーダーシステムの表示を」
『了解 レーダーシステム気圏内モードにて表示します』
 まるでユウロスの座るシートが船の甲板に出ているような錯覚を起こすほどに あまりにも自然な映像がブリッジの壁や天井一面に辺りの様子が映し出された
 次いでユウロスの前方やや右手側に透明な球形の映像が現れ その中に周辺のミニチュアのような像が浮かび上がった
 ユウロスはその両方を確認し もう一度船の周囲に辺りに人がいないことを確かめ
「係留用ロープ収納」
 そう指示した
『了解 …………収納完了』
「スクリュー微速後進」


「おっ 動き始めたな」
 スクリューの振動を感じることもなく 極静かに桟橋が前へとゆっくり流れ始めた
「ラエルはこの船が動くところ見たことある?」
「俺はこれが初めてだ リネは?」
「あたしも初めてだよ」
 二人ともこの船が見た目からして他の船と違う事から どんな風に動くのだろうと考えていたが 今現在ゆっくりと桟橋から離れつつ後ろに下がっているだけ に 少なくとも今のところは普通の船と変わらないんだなと それぞれに思いながら 流れ始めた外の様子に目を向けるのだった


『海上に未確認反応 未確認艦艇群です』
 後進していた船を反転させ 港から出た時点でその報告を受けた
「そっちはラオリス海軍のモノだろう」
 レーダーシステムに表示される艦艇群は二つ 現在位置に近い方の艦艇群にはグラメダの艦艇の名前が表記されているのに対して 現在位置から遠い艦艇群に は推定艦種情報のみが付けられていた
 そこに艦艇群の総称にラオリス海軍の名が入る
「多いな 推定艦種情報そのままだと 戦艦1 空母1 巡洋艦6 小型艦艇が多数か」
『両艦艇群は戦闘へ入ると思われます
 メインブレード サブブレード展開しました』
「分かった コースこのまま両艦艇群の間を突っ切る メインエンジンの使用可能箇所は?」
『タキオンハードジェットシステムが使用不能 現在使用可能なのは酸素水素反応型ロケットエンジンシステムのみです』
「了解 サブエンジンに切り替えスクリューを収納」
『了解 サブエンジン吸排口開口 出力上がります』
「ラオリス艦艇のレーダーに捕まるまでこのまま直進 ロケットエンジンのみで両艦艇群をかすめた後蕗の葉の下に入る」
『いいんですか? 派手なパフォーマンスをすることになりますが』
「構わない」
『スクリューの収納完了』
 報告を聞いてスロットルレバーを入れ出力を上げて行く 少し遅れて速度計が上がって行く
『グラメダ艦艇のレーダー波を検知 高速航行モードに移行』
「対圧バリア メインエンジン用意」
『両システムアイドリングに入ります』


 船内 リビング
「おかしいな」
 遠ざかって行く陸地を見ながら ラエルは思わず呟く
「何が?」
「いや船がかなりの速度を出しているのに 殆ど揺れていない」
「そんなに揺れる物なの?」
「普通は大型の船ほど揺れづらくなる物なんだが この船は大型と言うわけでもないし ああこれは親父の受け売りな」
「ラエルのお父さん船乗りだったね」
「親父が乗っていれば もっと色々分かるんだが」
『お答えしましょうか』
 唐突に何もない目の前から言葉が投げかけられる
「誰!?」
 鋭く周囲に注意を向けるリネとは対照的にラエルは落ち着いたまま
「この船か?」
 そう質問を返していた
『はい この船のシステムを任されていますUAI02と言います』
「えーと 船のシステムって?」
『はい 船の航行を始め生命維持などの様々なものを管理しています』
「へー そうなんだ…」
 感心するリネだが実の所よく分かっていなかったりする
「精霊みたいなもんだよリネ それより今まで一度も姿を見せなかったのは?」
『ビジター つまりお客様として登録されている方々には 秘匿するようになっております』
「とすると 俺達はお客さんではなくなったという事か」
『現在準船員として登録されています』
「なるほど」
『先ほどの質問ですが 相対的に質量を増加する事によって揺れづらくすると同時に 船体の外郭の外側に船体に相当するフィールドを形成する事によって揺れ を押さえています』
 UAI02の音声に ラエルとリネはそれぞれ同じように困惑の表情を浮かべていた
「ラエル分かった?」
「前半だけ何となく」
「あたしは後半だけ何となく」
 お互いに顔を合わせて苦笑いを浮かべる 二人ともまさかこんな所でこ難しい言葉を聞くとは思っていなかったからだ


 ブリッジ
『ラオリス海軍の物と思われるレーダー波及び思考波を検知』
「ふむ 対圧バリア展開」
『了解 耐圧バリア水上モードにて展開』
 ブリッジ内を取り囲む映像に 前方水平線の彼方にグラメダの艦艇がようやく見え隠れし始め 友軍を示すマーカーで補助表示が入る
『グラメダ艦艇視認距離に入りました』
 報告を聞きながらレーダーを確認する このまま直進するとグラメダ艦艇群の後方 こちらからでは左側面に艦艇群を望みながら通り ラオリス艦艇群のほぼ 真ん中を抜ける事になる
 艦艇群同士の距離はまだ交戦距離にはまだ遠いが この船が通り抜ける頃には交戦距離に達すると ユウロスはそう思った
「ラオリス艦艇群には空母があるんだよな?」
『はい 島型甲板の上に艦載機を確認しています』
「なぜ空母を引き連れてそのま進んでいるんだ? 数が違うとはいえ向こうも艦隊戦に入るのは分かっているだろう」
 ユウロスの疑問にUAI02は特に返答を出さなかった 代わりにグラメダ艦隊第二戦隊の旗艦から通信が入ったと告げられた
『内容は 貴艦の脱出を援護する 以上です』
「返信 援護無用 混乱に乗じて脱出されたし こちらの進路と方法をあわせて送れ」
『了解』
 グラメダの艦艇群との距離がおよそ20Kmを切ったところで ユウロスはスロットルレバーに手を置きメインエンジンの始動を命令する
『メインエンジン点火 出力上がります』
 声と同時に船体に低い音が響き始める
『サブエンジン吸排口閉鎖 アイドリングモードに入ります』
「了解」


 リビング
「何々? 何の音これ」
 急に響き始めた低い音にリネが驚く
『メインエンジンの音です』
 UAI02の簡潔な説明を ラエルはぼんやりと凄まじい早さで流れてゆく海面を見ながら聞き流す
「何でそんなに落ち着いてられるの!?」
「驚くのをとっくに通り過ぎた ユウロスというのは俺達の常識で見たら 大事な事を見落としそうな気がするよ」
 落ち着いた様子で慌てるリネに答えるラエルは そう言ってふと視線を前の方へと向けた
 視線の先に遠方ではあるが何度か見たような軍艦が何隻か見えている
「あれはグラメダの船か?」
『グラメダ艦隊第二戦隊です』
 かなり離れているとはいえ 凄まじい速度で景色と共に軍艦も後ろへと流れて行く
「こんなに速度を出して大丈夫なのか?」
『問題ありません』
「なら良い」
 とりあえず全部受け入れることにしたラエルはぞんざいに答えて 韜晦するようにすさまじい速度で流れて行く景色へと目を落とすのだった
「そこまで諦めなくてもいいんじゃない?」
「んー まぁ聞きたい事は後で聞くさ 今は何もできないからな」
「それもそうね」
 リネもラエルの考えに納得したのか ポケットから本を取り出してそこに視線を落とす
(まぁ こんな船もって運用している辺り既に普通の人物だと思うのは間違いだよなぁ)
 そんなあきらめの思考を垂れ流しながら ラエルは凄まじい速さで流れ過ぎて行く景色を ぼんやりと眺め続けるのだった


「ゴーストじゃないのか?」
 ラオリス海軍第二艦隊の旗艦の艦橋にて 士官と水兵がレーダーに映った正体不明の陰がいったいなんなのかと悩んでいた 大きさは戦艦の数倍 速度は航空 機並 だが反応はあまりはっきりとした物ではない
「レーダーに異常はありません」
 報告が先に水兵が艦橋上部から戻ってくる
 レーダーの中でゆっくりと 実際には信じられないほどの速度で大型の物体がこちらに向かってくるのが見える その様子に戻ってきた水兵は艦橋から前方の 海面へと目を向け 手でよけいな視界を遮りレーダーの像が見える方向を凝視する
「使え」
「はい!」
 側にいた士官から双眼鏡を受け渡されたその水兵は もう一度双眼鏡でその方向へ目を向ける
 ピントを合わせると 水平線の向こうになにか大きな水柱のような物が だんだんと近づいてくるのが見えた 報告をしようとした直前その水柱が手前を走る 小型の船舶が引き起こす物だと視認した
「12時の方向! 高速艇1! 信じられない速度でこちらへ向かってきます!」
 何事かと数名の士官が前方を双眼鏡で確認する
「なんだあれは!」
 双眼鏡を通して 水平線のぼほ上に戦艦よりも大きな水柱を上げながら 何か白い船が真っ直ぐに向かってくるのが見えた
「各艦 接近する高速艇に対し各個に迎撃開始!」
 その命令が発せられ 艦隊の砲口が一斉に向けられた そして射程距離に入った砲口から順次火を噴く
 だが航空機を優に超える速度で向かってくる相手に 元来船舶に対して使用する砲は一発の至近弾すら浴びせることなく 目標とした船の航跡に盛大な水柱を 上げるのみだった


 何か船の後ろの方から低い爆発音のような音が断続的に小さく船内に響く 視界に入ってない事もあって それがラオリス艦隊からの砲撃である事に気づくこ ともなく すさまじい早さで流れる窓の外の景色を眺めながらラエルは考えていた
(細かい事は追々聞いていけば良いだろうけど これは魔法よりやっかいかもなぁ)
 そんな事をぼんやりと考え始めたラエルの目の前の景色に 突然何か大きな物体が横切った
(灰色の 何だ!?)
 思わず景色が流れていった方へと身を乗り出して頭を向けると そこには見たこともない軍艦の艦尾が この船の引き起こす波にもまれながら凄まじい早さで 遠ざかって行くのが見えた
「何だあれは?」
『ラオリス海軍の巡洋艦だと思われます』
 ラオリス海軍と聞いて それまで本に目を落としていたリネがその視線を上げ 窓の外の様子へと意識を向けるが 出来る事もないので 再び本へと視線を落 とした
 一方のラエルは一瞬 その説明を理解できなかった
 その間にも視界を戦艦や空母を初めとする幾つかの艦艇が 凄まじい早さで景色と共に流れて行く
「あいつは 何をしているんだよぉ」
 ようやく現状を把握したラエルは頭を抱えて突っ伏すのだった


 ラオリス第二艦隊 旗艦 ブリッジ
 突然の衝撃波と大波に翻弄されたブリッジに艦内各所の被害報告が次々と入ってくる
「やってくれる」
 未だに大きく揺れ続けるブリッジの後方でようやく立ち上がり 艦隊の現状を見てそう毒づいた
 名はディアス・エピック リネの父親であり 高名な魔導士でもあり 現在この艦隊の司令官としてグラメダ攻略の任に着いている
 乗船しているのは最新鋭の航空母艦 前を進んでいる戦艦よりも大きな軍艦であるが 先ほどまではその大きさが嘘のように波に翻弄されていたのだ
「高速艇は艦隊のほぼ中央を抜けて北東へ進路を変更しました」
「損害はどうか」
「当艦は格納庫内の火災を消火作業中 現在の稼働可能機は6機 艦載機はほぼ壊滅です
 戦艦ラーズ水上機2機損失
 巡洋艦カノッサ負傷者多数作戦継続不可能…」
 続く報告は 小型艇が抜けていった陣形のほぼ縦一直線が被害を大きく受けていることを語っていた
「左右両翼の艦艇は損傷軽微 現在艦隊総出で投げ出された乗組員の救助に当たっています」
「グラメダ上陸作戦は被害を把握してからだな」


 ラオリスの艦隊を抜け北東方向へ進路を変更し ラオリス海軍の予測最大射程距離から抜けた
 その様子を確認してシートにもたれる
「一安心という所かな 後は相手の哨戒圏内から脱出次第潜行に移ると…」
 パネルに示された海図を確認しながらそう呟く ふと船内に響くメインエンジンの音が 突然低くなり途切れた
『メインエンジンに異常 エンジン停止 サブエンジンに切り替えます』
 すぐにUAI02の報告が入る
「サブエンジン推力最大へ 異常箇所の報告 予測位置情報を海図へ」
『了解』
 即座に何もない空間に複数のパネルが開き エンジンの損傷報告 推力速度データ 海図の上での予測位置情報が表示される
「このままだと足の速い船に補足されるかな」
『レーダー反応では 二隻の巡洋艦と思われる艦艇がこちらに向かい始めました ほぼ一時間で予想射程距離内に入ると思われます』
「火気管制は?」
『全システム使用可能です』
「アイドリングへ」
 やりとりの間にも速度は見る見る下がり 速度表示が単位修正され音速から海里に変わる
 メインエンジンの損傷を表示しているパネルに視線を移す レポートには昨夜応急処置を施した部分が 破損しようとする直前でエンジンが止められた事が書 かれている
「応急処置でどのくらいかかりそうだ?」
『再使用するにはパーツ交換の方が有意です』
「スペアあったっけ …いやそれ以前に航行中に作業出来たか?」
『スペアパーツはあと2基あります 通常船内作業で交換可能です』
「分かった修理にかかる 何かあったら呼び出してくれ」
『了解』
 UAIの返事を聞いて ユウロスはシートから立ち上がりブリッジを後にする


 先ほどまで響いていた音も消え 速度も速い船程度に落ち着いてきた
 外を見続けていたラエルはそれが危機を脱したと思い ふと喉の渇きを自覚する
「あれ?」
 コーヒーは無いので 紅茶でも飲もうかと立ち上がったラエルにリネの声が届いた
「どした?」
「今 ユウロスが下に降りていったような気がするんだけど」
『はい メインエンジンの修理に後部エンジンルームに入りました』
「大丈夫なのか?」
『問題ありません』
「敵が追いついてきても俺は戦力にならないぞ」
「あたしは何とかなるよ」
「本当か?」
「雷撃ならね」
『現状では約一時間後に 敵の想定射程圏内に入ります』
「俺に出来ることは?」
『…現状ではありません』
「必要ならユウロスに許可を貰ってくれ」
『了解』
「大丈夫なの?」
 UAIとの会話を終え 紅茶を入れようと手を動かし始めたラエルにリネが訪ねる
「さぁ なるようになるだろう」
「そんな無責任なー」
「とりあえず 向こうに着いたらコーヒーでも買うか」
 そんなラエルの言葉に リネはユウロスのマイペースが移ったかなと多少不安になるのだった


 リビングに立ちこめる紅茶の香りが 時と共に薄れる
『砲撃確認 弾着まで16秒』
「対抗策は?」
 突然のUAI02の音声に ラエルは待ちかまえていたように問う
『耐圧バリア アイドリング中』
「直撃弾と至近弾に対処を」
『ユウロスよりの承認確認 耐圧バリア展開』
「状況の説明を」
『巡洋艦と思わしき艦艇二隻よりの発砲確認 推定射程距離をデータ修正
 弾種榴散弾
 弾着まで3秒』
 UAI02のカウントがゼロを告げると同時に 船の周囲に一斉に水柱が立つ
『水平線上に敵艦視認 ラオリス艦隊の巡洋艦と判明』
「リネ 撃てるか?」
「えっと …水平線上だよね? 遠すぎてよく見えないよ」
 自信なさげにラエルに答えるリネ
『望遠画像を出します』
 ブンっと小さな音を立てて リネの前に全力運転中の二隻の巡洋艦の姿が映し出される
「うわぁー」
 あまりにも自然なその像に驚嘆するリネ
「うん これなら何とかなるかな」
『後部甲板にフィールドを設置しました 後部甲板にて術式を使用してください』
 方向指示のアイコンがポンと音を立てるように現れ 一度点滅して後部甲板への道を示す
 そのアイコンに導かれるままに リネはキッチンの前を通り抜けて 後部看板へと出るハッチをくぐる
 風を感じる事もなく リネはアイコンに導かれるまま 後部甲板の上に描かれた不自然なまでの完璧な円の中に入った
『方向と同期して 望遠画像を出します』
「うん」
『手前側の船を狙ってください』
「分かった」
 術式に入ったリネに呼応して 甲板に描かれた円が淡く光を放つ
 映像の中の巡洋艦の砲口が火を噴いた
『弾着まで15秒』
 その様子に驚くこともなくリネは術式を続け 雷撃を放った
「うわっ…」
 術式を終えその映像を見たリネが思わず声を上げる リネ自身が思っていた威力をはるかに越えた電撃が 何度も巡洋艦内をのたうち廻る そんな様子が映し 出されていた
「私 こんなに強い魔法使ってないよ?」
『魔法強化用のサークルを使用しました』
「強化しすぎだよぉ」
 船内各所から黒煙を吹き出した巡洋艦は 機関が損傷したのかそのまま行き足を止め急激に速度を落としてゆく
『後続の一隻は救助に入った模様 当面の驚異は去りました船内にお戻りください』
「うん」
 リネが船内に戻ると ラエルが二枚ほどパネルを広げて交互に見ていた
「ご苦労様」
 戻ってきたのに気づいたラエルからそう声がかけられる
「ありがとう そっちは何を見ているの?」
「予定航路と周辺の情報を交換しているところだ」
『やはり生の声は貴重な情報ですから』
「そうなんだ」
「俺の親父はグラメダとの定期航路の船員やってるから いろいろと航海の話は入って来るんだ」
 お父さんとはちゃんと会ってるんだ 等とラエルの事を考えて ふとこの大事な時に船長であるはずのユウロスがいない事に今更ながらに気づいたリネは
「で ユウロスは?」
 そう問いかけていた
「そう言えば 降りたきり見て無いな」
「一応船長だよね?」
「ああ」
 二人がやれやれとため息をついたところで
「撃退したんだってな」
と 本人がリビングに現れた
「指揮官がいなきゃ うまく戦えないぜ」
「指揮する前に 使用許可とかの対応に追われたんだが… まあいいか」
「本当かよ」
『事実です』
「ならいいや あがってきたという事は修理は終わったんだろ 飲むか?完全に冷えたが」
「頼む エンジンの方は今最終調整中」
 返事を返して ユウロスは崩れるように椅子に座り込む
「そう言えば 雷撃を使ったんだって?」
「うん あれは私の知らない物だったけど あれも魔法陣なの?」
「ああ」
 そう短く答えたところで ラエルがユウロスの前に紅茶を差し出した
「ありがとう」
 受け取ってそのまま一気に喉に流し込む
「氷水の方が良かったか?」
「いや、これで良いよ」
 一息ついてから ユウロスはカップを置いて立ち上がり
「じゃあ ブリッジに行ってる」
「おう」
「行ってらっしゃい」
 そう挨拶を交わしてリビングから出て行った。


 ラオリス第二艦隊 旗艦士官食堂内
「司令 例の高速艇に向かわせた巡洋艦ですが…」
 言いよどむ報告に 食事の手を止めたディアスは「続けろ」と言葉を投げる
「はっ! 攻撃に失敗致しました 巡洋艦カリア 強力な雷撃により機関部大破 自力航行不能につき巡洋艦フルシュが曳航の準備中であります なお榴散弾に よる砲撃はフィールドによって無効化されたと報告されております」
「ご苦労」
 そう言って報告に来た兵を下がらせると ディアスはワイングラスに赤ワインを注ぎながら話始める
「あれは いや あの船は我が海軍が総力を挙げたとしても 勝利は一方的に奴がもって行くだろう」
 静かにワインを一呑みした
「まさか」
「あの船にはヤードに住むというエルフ達ですら勝てないと言えば 信じるか?」
 隣で食事をとる副司令官の言葉に質問で返すディアス
「にわかには…」
 そう言って困惑の表情を浮かべる副司令官に そう思うのは当然だと返しながら ディアスは再びワイングラスにワインを注ぐ
「しかし 美味いなこの酒」
 ディアスは小さな幸福に浸るのであったが 酒好きの副司令官から食事を終えるまでそのお酒の講釈を聞かされる羽目になった


 キッチンにて二人が昼食の用意をしていると ユウロスがリビングに入って来た。
「二人して食事の用意か?」
「暇なんでな手伝いだ」
「ユウロス もう少しキッチンは広い方が良いよ」
「船の中のキッチンだからな 狭いのは仕方ない」
 そんなやりとりから始まる 料理の度に繰り返されるリネとユウロスのキッチン談義に ラエルはよく飽きないなーと感心する
「そう言えば今どの辺だ?」
「だいたいは〜 グラメダとラオリスの港湾都市ラマを結ぶラインを長辺にした 直角二等辺三角形の頂点ぐらい」
「……はい?」
 一瞬 ラエルの思考が理解することに躊躇った 主に距離感の都合で
 ラエルの思考が間違っていなければ 通常の船なら数日はかかる距離だ
 それをこの船は数時間で到達したという
 確かに記憶に残る窓から眺めた景色は 非常識な速度で流れていった…
「この船は速いからね」
 困惑しているラエルに平然と言ったユウロスに ラエルはこの日何度か目の深いため息をつくのだった

 昼食を終え 三人で紅茶を飲みながら世間話に花を咲かせていると UAI02からの報告が入った
『索敵範囲内に偵察機らしき機影確認 数4 圏外西方から放射状に飛行していると思われます』
「偵察かな?」
『推定40分後にそのうち一機と接触します』
「了解ブリッジに移る じゃあちょっと行って来るよ」
 相変わらず散歩に出る気楽さで二人に声をかけ ユウロスはリビングから出て行った
「思うんだけどさラエル」
「なんだ?」
「ユウロスって緊張感無いよね」
「やっと気づいた訳か」
「あー あははは…」
 しみじみと答えたラエルに リネは乾いた笑いを返すのだった

 ブリッジに入り ユウロスはすぐにレーダーを初めとするパネルを広げてデータに目を通す
「潜行してやり過ごすか」
 そう言って ふとグラメダの空母の事を思い出す
「この周囲にグラメダの艦船を確認できるか?」
『レーダー範囲内には確認できません データリンクに接続しますか?』
「やってくれ」
『データリンク 接続完了
 3分前のデータ出ます』
 一枚のパネルが開き 周辺の海上の様子が映し出され オブジェクトに各種マーカーが付けられた
 グラメダから離れて行く単縦陣のグラメダ第二戦隊
 グラメダに近づきつつある大艦隊のラオリスの艦隊
 本船ライジングアローの西方と東方に 未確認艦隊のマーカー
 付近の主立った軍艦は大まかにこの四つの集団に分かれていた
「大陸側のマーカーは多分ラオリスの物だろう この距離では陸地から艦艇が確認できるはずだ …だとして こちらの反応はグラメダの物か? 行き先は ヴィーイベリズのようだが…」
『データでは 大型の航空母艦1 他小型艦艇6隻で構成されています』
「構成的には 空母リバイアサンとその護衛艦艇 一隻多いのは補給艦か?」
『これ以上の詳細は不明です』
「分かった 潜行用意」
『潜行前 システムチェック中 異常箇所なし
 潜行準備完了』
「潜行 深度200ヘ」
『了解』

「お? おおおぉぉぉぉーーーーーーー!!」
 疑問から始まるラエルの妙な叫び声がリビングに響き リネは思わず読んでいる本から顔を上げた
 見上げた視線の先 窓の外を水面があれよあれよと言う間に上がって行き すっかり海の中が見えていた
 要するにこの船は海の中に沈んだのだ
 あまりの事にラエルもリネも呆気にとられていると
『慌てなくても大丈夫だ 別に沈んでいるわけではない 潜っているだけだ』
 そんないつも通りのユウロスの声がリビングに響いた
「潜水艦なんて聞いて無いぞ!」
『…まぁ 言った覚えもないな』
 思わず叫んだラエルの言葉に ユウロスは戸惑いながら返した
 潜水艦という名前の自由に浮沈できる船がある その程度の知識しか持ち合わせていないラエルは 諦めるように手元の紅茶を飲み干す
「えーと 大丈夫なんだよね?」
『ああ その点は問題ない』
 一方のリネは潜水艦というモノの存在を知らない 知らないだけにこの船はそう言うモノなんだろうなー と鵜呑みにする形でとりあえず理解するのだった
 暗くなりつつある船内に照明が点く
「まったく とんでもない船に乗ったもんだ」

 ブリッジ内のパネルの一つにリビングの様子を映したまま ユウロスは船の進行方向をグラメダの空母の方へと向けるべく操縦桿を操作する
「メインエンジンの完全修理にはどのくらいかかる?」
『ナノマシンだけで行った場合およそ300時間程度になります』
「それは辛いな 現在動作可能なのはロケットエンジン部分のみだな?」
『部品交換後の整合性を微調整中なので 全機能が2時間は使用不能です』
「分かった 使用可能になり次第上空の状態によって浮上する」
『了解』


 夕刻
 海の上 水平線一面を夕焼けの朱が染め上げて行く
「寂しいけど 雄大な景色だな」
「ああ」
 速度を一般客船並に落とし 前部甲板に椅子とテーブルを持ち出して ユウロスとラエルの二人は夕焼けを眺めていた
 既に浮上して一時間ほど経つ
 現在船内ではリネが二人をキッチンから追い出して料理中であり
 暇な二人はお茶で時間をつぶそうとしているのだった
「これからどうなると思う?」
「グラメダを占領しただけならば 技術が周辺国に流れるだけだな」
「そうじゃなかったら?」
「出方次第かなぁ 虐殺に出たらその規模によっては鉄槌を下すだけだ」
「その言葉 冗談に聞こえないんだが?」
「冗談では言ってない」
「…聞かなかった事にする なんか精神衛生上良くないぞ 少なくとも一昨日までなら冗談で済んだんだがな」
「悪いな」
「全くだ」
 日は沈み 夕焼けの朱から夜の闇へと移ろいつつある空を どちらからともなく見上げる
 やがてどちらからともなく 腹の虫が鳴いた
「それにしても 遅いな」
「ああ」
「いい加減腹減ったぞ」
「今どうなってる?」
『煮込み初めて20分ほど経過 まだかかりそうです』
「絶望的だな」
「ああ」

 結局 腹の虫が奏でる協奏曲と一時間ほど格闘した二人は 欠食児童のように夕食にありついていた
 その二人の勢いに 料理を作った本人は呆れながら
「少しは落ち着いて食べなさいよ 消化に良くないでしょう」
 そう注意するが 結局二人はすべて平らげるまでその手と口を止めようとはしなかった

「一心地着いたな」
「ああ お茶を入れるよ」
「頼む」
 すっかり空になった食器を前に ユウロスは立ち上がる
 既に窓の外は一面の星空が広がり その光で水面を静かに照らし出していた
「もー どうして二人とも落ち着いて食事できないかなぁ」
 そう愚痴をこぼしながらリネは食事を続けていた ちなみに彼女の食事が遅いのではなく 空腹絶頂から食事を始めた彼らの速度が異常だったのだ
「そう言えば いつ頃イトスにつく予定だ?」
「今の分なら一週間ぐらいはかかるかな」
 ティーセットと茶葉を用意しながらユウロスは答える
『グラメダ海軍 航空母艦リヴァイアサンより通信 所属確認です』
「返答はそうだな… グラメダ学者団第12班ユウロス・ノジールの所有 ライジングアロー の名前で頼む」
『了解』
「まだ見える距離ではないよな?」
『船体が見えるようになるには もう少しかかります』
「分かった」
「空母の方はあまり見たこと無かったな」
「普段は外洋に出ている方が多いからね」
「ユウロスは見たことあるの?」
「ドック入りしている時に何度か」
「ふうん」
 会話しながらも手を休めることなく ユウロスは優雅にティーポットにお湯を注ぎ入れる
「こう言うときのユウロスって別人だよね」
「普段はぼうっとしているのにな」
「お前らなぁ…」
 好き勝手に言葉を並べる二人に不満を露にするが ユウロスの手が止まるのは ティーポットを二人の前に 静かにそして優雅に置いてからだった
『通信来ました リヴァイアサンブレインHAC-008より 直接話したいとの要請です』
「受ける そう返答してくれ」
『了解
 そろそろ水平線上に姿を見せます』
「分かった 進路の調整は任せる」
『了解』
「じゃあ こっちはそれまでは食後のお茶の時間としますか」
「そう言うところは貴族主義なのな」
「まぁいいじゃない 切羽詰まっているわけでもないんだし」
 二人にお茶を振る舞い 最後に自分の分を注ぐ そんな何でもないようなユウロスの動作は どこから見ても熟練を感じさせる優雅な手つきだった


『リヴァイアサン右舷側に本船を相対固定します』
「分かった」
 コートを羽織り帽子をかぶって身なりを整えていたユウロスは 短く答えて船外へと向かう
「一緒に行っても良い?」
「呼ばれたのはユウロス一人だろ? リネ」
「まぁ良いんじゃない? ラエル頼むよ こっちは多分一人になる方が多い」
「分かった」
「留守番よろしく」
『了解です』
 リネが船にそう呼びかけると UAIは自然にそう答えた

 三人が船外に出ると 巨大な船舶が目前に迫っていた
「大きいねぇ」
「ざっと6倍近くあるんじゃないか?」
「全長でおよそ5倍だな」
「まるで海の上の大工場だねー」
「それはそれですごい表現だな」
「そう?」
 三人の見上げる視線の先にリヴァイアサンの艦橋が見える 海からそそり立つ巨大な壁 その上にそびえ立つ多層構造物の櫓
「で どうやって登るの?」
 リネの質問に ユウロスはリヴァイアサンの一角を指さして答える
 見るとタラップが用意されつつあり こちらへとライトを回して合図を送っている
「あの場所に着けるのか」
「ああ ちょっと操縦してくる」
「行ってらっしゃーい」
 ユウロスがブリッジに入って少ししてから 船はゆっくりと巨大な航空母艦のタラップが伸ばされる場所へと近づいて行く
「飲み込まれそうな大きさだね」
「この船は元々遺跡だったという話だ」
「あ それ聞いたことがあるよ 確かエンジン部分が完全に無い状態で発掘されたんだよね」
「そうらしい」
「でも発掘品ならこれより大きな物があったよね」
「確か非常時の脱出用に使うっていうあれか」
「うん」
「今頃はグラメダから抜け出しているんじゃないか 俺も見たことはないけどな」
「すごく大きいって聞いてるから ちょっと見るのが楽しみだね」
 話しているうちに 間近に迫った航空母艦より タラップの先端が二人から少し離れた後部甲板に下ろされた
「ところで こんなに近づいても大丈夫なの?」
「大丈夫だろう ユウロスの船だし」
「ラエル それは諦めてるよ?」
「諦めることに決めたんだ」
「投げやりだなぁ」
「投げたのは知的好奇心っていう名前のさじだ」
「何の話だ?」
「猿に飛行機は作れないという話」
 ブリッジから出てきたユウロスの質問にそう返したラエル ユウロスは不思議そうな表情でラエルを見るが
「さぁ 先方を待たせちゃ悪いだろう?」
 そんなラエルの催促に頷いて ユウロスはタラップへと足を進めた


 士官の一人にラエルとリネを預けて ユウロスは中央演算室へと通された
 透明なアクリル板の向こうに 何かのモニュメントのようなHAC-008の本体が見える
「久しいな 手ひどくやられたそうだが?」
「多数の艦載機を裳失 現有戦力では偵察任務が限度」
 呟くように呼びかけた言葉に リヴァイアサンのブレインHAC-008が答えた
「そうか では本題に入ろうか」
「現状の情報交換とUAI-02とのデータ交換を希望する」
「前者は許可するが後者は本人と相談してくれ …それにしても なぜUAI-02とのデータ交換を?」
「艦載機群は魔法攻撃によって壊滅させられた 私には魔法のデータが無いがUAI-02には少なからずあるからだ」
「対処法は無いかもしれないぞ?」
「全くデータが無いよりは何らかのデータがある方が判断材料になる」
「分かった許可しよう」
「感謝する」
「データが一通りそろってからの方が説明もしやすいだろう」
 この後で行われるだろう出来事に ユウロスはそう呟いてデータ交換が終わるのを待つのだった


 リヴァイアサン食堂
「食事は陸の物と変わらないんだな」
「でも 結構量あるから全部食べたら太っちゃうよ」
「そこは運動するから大丈夫だ」
「そっか」
「それに全員が全員これだけ食べる訳じゃないしな」
「そうなんだ」
 ラエルとリネは夕食時の船内の食堂の一角で休憩をとっていた
 二人を案内している士官は 今二人の目の前で食事を取っている
 巨大な航空母艦と言えど 作戦行動中である事と 多数の艦載機を失っている現在 あまり案内できる場所もなく 比較的早々と艦内を廻り終えてしまってい た
「それにしても たくさんの人がいるんですね」
「飛行場のある街を海に持ってきたような物だからね」
 リネの言葉に士官はそう答える
「なるほど」
「そうだな 理髪店があったのは驚いたな」
「一度海に出ると 次にいつ戻ってくるか分からないからね」
「海軍は大変だなぁ」
「本当は僕は戦闘機に乗りたかったんだけどね 適性試験で落とされてこっちに進むことになったんだ」
 笑いながらそう答える士官と談笑していると 食堂の入り口からユウロスがこっちに向かって来るのが見えた
 どことなく疲れているように見えるユウロスが 士官の隣の席に「よっこらしょ」とばかりに座り込んだ
「根ほり葉ほり聞かれるのは 案外疲れるな」
「ご愁傷様」
「さて どうする?」
「どうするって?」
「こっちの用件は終わったから いつでも出発できるが そっちはまだ見て回るか?」
「ううん これ以上いても邪魔になりそうだから帰るわ」
「ラエルもいいか?」
「ああ」
「ではタラップまでお送りします」


 翌朝
 何事もなく三人で朝食を済ませた後 ユウロスはブリッジに入た
 南極圏に近いグラメダ時間で生活していたためか 既に外は明るく寝坊したような錯覚を覚える
『索敵圏内に敵影はありません
 外部リンクより オケアノスと思わしき巨大潜行艇の航行を確認しました』
「分かった」
 シートにもたれて パネルに広域海図を表示させる
 グラメダとラオリス王国のある大陸と グラメダとの友好国ヴィーイベリズのある大陸 二つの大陸に挟まれた広大な海域の北側の亜熱帯に属する辺りには  南北に連なる大小さまざまな島々が点在しており 現在の速度を保てば 夕刻にはその海域に到達する予定になっている
「外部リンクからこの辺りの過去のデータは出せるか?」
『アクセスします
 ラオリス海軍の艦艇多数が本船の進路上に…』
 報告中の声が止まる
『データリンクとの照合終了
 18分前のデータです ラオリスの艦隊を確認
 艦種及び推定数 戦艦3 巡洋艦7 空母2 潜水艦14隻 補給艦3 他中型艦艇7 小型艦艇14を確認
 艦隊中心まで距離645Km 中心から最外縁まで84Km 速度約47ノットで本船と同方向へ移動中
 方向は11時53分
 先ほどこちらの索敵圏に接触しました』
「速すぎないか? いくら何でも戦艦までもが47ノットを出せるとは思えないが」
『前方に微弱な魔力残留を確認
 分布状況から 先行する艦隊の物と思われます』
「周囲の分布状況をパネルに」
 ヴンッ そんな鈍い音と共に宙に周辺の海域図が浮かび 赤い濃淡で魔力残留が示される
 かなり拡散してはいる物の いくつもの赤い筋が南西の方角から北北東へと進路を変更した跡が見て取れる
「だいぶ拡散しているが 海水の粘度でも下げているような分布だな 魔法を速度増加に実用化したという事か」
 広域海図に視線を戻し 艦隊と本船ライジング・アロー さらに進行方向上にある島々との距離を見る
『空母より艦載機の発艦を確認』
「数は?」
『現在6 増加中』
「艦隊の先はラオリス領ではなく ヴィーイベリズ領だったはずだが…」
 昔ラエルが話していた グラメダ−イトス間の航路の話が間違っていなければ この先にあるのはヴィーイベリズ領の寄港地だと
 そう考えてユウロスはようやくラオリスのヴィーイベリズ侵攻という事態に気づいた
「大陸間戦争でも始めるつもりか」
 辺境の都市国家グラメダの存在する南半球のバズ大陸 その亜寒帯以北の温暖な地域を占める専政君主制のラオリス王国と 海を隔てて隣の大陸の山脈で分断 された北半分をその領域とする立憲君主制のヴィーイベリズ王国
「グラメダ侵攻は 前哨戦のような物か」
『とうしますか?』
「こっちに手を出さない限りは放っておく」
『了解』
「進路を変更する」
 操縦桿に手を伸ばし 方位計を確認しながら 一度船体を内向きに傾けゆっくりと船の進路を変更する
 予測進路を示すパネルに目をやり およそ東北東の方角へと進路を変更したところで 船の姿勢を戻した
「そう言えば ヴィーイベリズの方角に打電するべきか?」
『同盟国の義務を果たしますか?』
「そうだな 艦隊の規模と予想目標 それに魔法技術の使用と例を纏めて送ってくれ」
『了解 ラオリスの艦隊の方向にも発信することになりますが よろしいですか?』
「ああ」
『発信者はグラメダ所属ライジング・アロー としておきます』
「了解 暗号化は無しの平文 繰り返しは三回で始めてくれ 放送終了後 潜行する」
『了解 放送開始 及び潜行前チェック開始します』
 放送される文とシステムのログが色分けされて表示されるパネルを視界の一部に置きながら ユウロスはつまらないことをするもんだと 内心で呟くのだった


 潜行を始めておよそ二時間後
 ラオリスの空母艦載機は既に帰還し 代わるように艦隊から偵察機が飛び立ったとUAIの報告を受け ユウロスはブリッジに戻って来た所だった
『放送した海域を中心にして 艦隊から50°の範囲に偵察機を計24機飛ばしています
 艦隊及び揚陸戦力はヴィーイベリズ領のモノケア諸島に対して接近中です』
 パネルに表示されたラオリスの艦隊が 陣形を崩さぬままヴィーイベリズ領の島々へと近づいて行く
 そこからこちら側へと扇状に広がる偵察機群を見ながら 操縦桿へと手を伸ばす
「接触しそうだな 現在深度は40か 150まで潜る」
『了解』
 計器となっているパネルに目をやりながら ユウロスは操縦桿をゆっくりと 少し前へ倒す
 船首がやや下へと向いた所で操縦桿をニュートラルへと戻し ゆっくりと深度を上げて行く
「深度150での攻撃オプションは何があったか?」
『パネルに表示します』
 ヴンと新たにパネルが宙に表示され 海中深度150での兵装のリストが現れる
「対水上水中… 雷撃は問題なしか」
 表示される現在深度が150に近づくと ユウロスは操縦桿をゆっくりと少し引き 船を水平へと戻す
「とりあえず視覚で発見はされないだろうが どうかな…」

『偵察機 上空を通過します』
「さて、電波及び魔力反応を出すかどうか…」
『上空を通過 現時点では電波及び魔力反応なし』
「時間差という事もある こちらは何のステルス処置もせず ただ潜っているだけだからな 見つけた場合は目視以外での観測方法を持っていることになる」
『距離遠ざかります』
「深度 及び速度そのまま」
『了解 偵察機の帰還ルートによってはもう一度接近します』
「そうだな」
 その後帰還コースをたどる偵察機に再接近するが やはり何のアクションもなく 偵察機が全機帰還して数時間経ってもこちらには何の行動も示さなかった
 ユウロスはそれを占領行動を優先させた物と判断したところで リネから昼食に呼び出されるのだった


 お昼を過ぎて ブリッジでこれからの航路を検討している所に 先ほどの艦隊が再び偵察機を発進させたとの報を受けた
「ラオリスの艦隊の様子は?」
『モノケア諸島南端に到達 揚陸戦を開始しています』
「分かった」
 ユウロスはパネルにて偵察機の分布を見る
「もしかして さっきのが見つかっていたか?」
 扇状に広がる偵察機の予想進路の範囲内に 本船の現在位置と予想最接近位置がすっぽりと入っている
「勘の良いのが混じっているのか…」
 ともかくもユウロスは偵察機が最接近するのを待つことにした

『偵察機電波を発信 進路本船の上空を通過する進路に変更しました』
「深度150にいる相手を見つけるとして 相手は何を計測したのだろうな」
『パッシブタイプの魔力レーダー 本船が装備しているものなら発見できると思われます』
「こんな物 他についているとは思えないが」
『本船の装備 及びデータリンクからの情報で 一番近いと思われる物です』
「そういう能力に長けた者という推定もできる …まぁいい」
『偵察機 上空まで5分』
「パネルに該当機の像を」
『了解』
 ヴンっと鈍い音と共に数枚の画像が現れた
 可視光の画像からは 機体そのものに何か特殊な物を取り付けたようには見えない
 機体自体は比較的小型の複葉機であり 機体下部に着水用のフロートが付いている グラメダでラオリス海軍の標準的な水上偵察機と聞いていた機体そのもの だ
「兵装は機銃のみに見えるな…」
 他に内部スキャンの画像も見るが これといって特殊な装備を積んでいるようには見えなかった
「出方を待った方が早いか」
 そう言い捨てて ユウロスはUAIからの偵察機上空通過 及び旋回の報告を聞きながら ラオリスの艦隊が動くのを待つ
 ライジング・アローは進路及び深度 そして速度を維持したままに
 上空には偵察機が張り付いたままに
 ゆっくりと時間が過ぎてゆく
『上空の偵察機 燃料は帰還限界だと思われます』
「最低でも怪しいと思われている訳だ 最悪はこの船だという事を知っている …艦隊に動きは?」
『ありません』
「ヴィーイベリズの方に動きは?」
『本国とモノケア諸島間で通信が増加 あわせてラオリス艦隊からの通信妨害も増加』
「…データリンクから最寄りのヴィーイベリズ艦隊の位置は分かるか?」
『データリンク検索中
 モノケア諸島の北端から北北西に670Kmの付近に存在
 ラオリスの艦隊に向かって25ノットで進行中』
「速さではラオリスに分があるか
 さてどうするのだろうな
 正体のよく分かっていない潜水艦を相手にするか 未だ遠いヴィーイベリズの艦隊を迎え撃つのか
 あるいはこちらしか見つけていないのか」
 この一隻の存在だけでは相手は動かないだろうと そうユウロスは考えるが この船を知る者がラオリスにもいない訳ではないし 一般に変わり種の噂という 物は広がりのやすいものだ
『ラオリス艦隊 空母より艦載機の発艦を確認 順次発艦中』
 モノケア諸島かこちらか艦隊か UAIの報告を待つ
『爆撃機を主体とした46機 モノケア諸島へ侵攻を開始』
 しばらくして来たその報告にユウロスはそうかと返した
「見つけているのはこちらだけらしいな…」
 報告からモノケア諸島側の航空戦力はもう無いと判断した
「少し出方を見てみるか」
 そう言って操縦桿に手を伸ばし
「浮上する」
 ゆっくりと操縦桿を引く
 計器代わりのパネルがアップトリムを表し 深度計をゼロへ向かって回して行く
 外部を映し出す映像がゆっくりと明るくなり 見上げると空を映し出す水面が見て取れた
『浮上します』
 船は水面を切り裂くように船首から海上に姿を現し 滑るように洋上航行へと移行する
「速度そのまま」
『了解』
 船が安定した直後 操縦桿を少し傾け北へと舵を切る
『上空の偵察機 艦隊の方向に離れて行きます』
「了解 ラオリス艦隊までの距離は?」
『約480Km 艦隊陣形は砲撃支援側と揚陸側に分かれています』
「来るとしても砲撃支援側か …もっとも こんな小舟放っておくというのが普通だよなぁ」
 冷静に考えるならば 作戦継続中である相手はこちらには一瞥するのみで そのまま作戦を継続するはずだろう なにせこちらは一応 船一隻だ 相手にもな らないと考えるのが普通だろう
 それに 相手は見つけていないらしいが ヴィーイベリズの艦隊も時間を追って駆けつけてくるだろう
 そう考えている間にUAIからの報告が入る
『ヴィーイベリズ モノケア諸島の基地が降伏勧告を受諾しました』
「早い! …これは矛先がこちらに向くなぁ」
 思わず声を上げた
 小規模な基地であるなら一艦隊の前には無力である 戦艦一隻の火力だけをとっても一個師団の火力に相当すると言われる 無理からぬ事だと思うがそれでも ユウロスの予想をすっ飛ばす現実に声を上げずに入られなかった

 それから十分後に報告が入る
『空母より12機発艦 推定目標本船 武装は爆装だと思われます』
 報告を聞いてユウロスは海図に全てを表示させる
「面倒だな …進路速度そのまま 敵艦載機がこちらに攻撃を開始したらウェポンごと全機撃ち落とす
 近距離迎撃用のオプションは…」
 視線をウェポンリストに移し戻す
「誘導エネルギー砲 気圏内モードで使用 目標敵機及び搭載武装 トリガーは敵機の攻撃開始」
『了解 砲門開口 12機及び兵装にロック完了
 敵機の攻撃開始を確認し次第 全目標に対し攻撃を開始します
 敵機まで 距離200Kmを切りました』
「そう言っても 時間距離だと30分以上か…
 プロペラでの航空機と宇宙間航行船じゃあ無理もないが 上なら接触距離だな
 艦隊の方に動きは?」
『揚陸側の艦艇が支援砲撃側と合流 現在陣形を再編しつつあります』
「分かった 進路を北へ変更する」
『了解』
「この船を知っている者がいれば ほぼ全戦力を投入してくると思うが…」
 つぶやきながらに 操縦桿を倒しながら進路を変更し 海図に視線を向ける
 海図上に記されるオブジェクトは ゆっくりとその形を整えこちらに向かってくる
『推定艦種数 戦艦3 巡洋艦6 空母0 小型艦艇9
 艦隊速度35ノット 速度増加中 進路変更前の本船との接触予定ポイントに向けて進行中』
「早くとも二時間はかかりそうだな 対艦隊用に有効な空間制圧兵器はと…」
 兵装リストの中から一つの攻撃オプションを選び出した
『限定空間歪曲場 気圏内モードで使用します』
「目標は接近中の艦隊 トリガーは先ほどの敵機撃墜 及び陸上からの安全距離確認後」
『了解』
「一息入れるか…」


 先ほど浮上して 現在は滑るように海上を走る様子を窓から眺め続けるリネ
 降り注ぐ日差しが海面を強く照りつける そんなグラメダの弱い太陽では見ることの出来ない鮮やかなコントラストに 飽きることなく目を奪われ続けていた
「どうした?」
 リビングに入ってきたユウロスに ラエルが気づいて声をかける
「小休止だ」
「ジンジャーだが 飲むか?」
「ああ」
 テーブルに着き ジンジャーティーが暖をとるのにも良いことを思い出し つられてイトスの気候はどうかと思いラエルに訪ねた
「これから夏だからな グラメダのように着込んだら洒落にならないぞ」
 答えながらラエルはユウロスの前にジンジャーティーが注がれたカップを置いた
「イトスって暑いの?」
「結構蒸すな でも今頃はグラメダでの夏物で大丈夫だろう」
「良かったぁ 夏物持って来てて正解だったねー」
「私は… 現地で買うか」


『敵機編隊 接触距離です』
 ブリッジに戻った直後にそう報告を受けた
 サブパネルにも上空で攻撃態勢に移った敵の編隊が映し出されている
「予定通りに」
『了解
 誘導エネルギー砲 全目標にロック完了
 限定空間歪曲場の使用は 安全距離確保の為 後17分必要です』
 報告から少しして サブパネルに映し出されている敵の三機編隊の一つが上空からこちらへとダイブをかける
「急降下爆撃か 敵機の破片は対圧バリアで処理」
『了解』
 先頭の一機が その腹に抱えた爆弾を白い船に向けて解放した直後
 船の両側面の外側と ロックオンされた全ての機体とその兵装が 一瞬の間 幾何学の筋を残した赤い光によってつながれた
 そして時を置かずに 爆散する機体と衝撃波音だけが空に残る
『敵機全機撃墜 および兵器の破壊を確認』
「分かった」


 リビング
 暇そうに外を見ていたリネの視界が 一瞬赤く染まった
 それがこの船からの砲撃であると説明を受けてすんなりと納得した
 一撃で沈める自信こそ無かったが 行動不能に陥れる自信があったから 彼女は昨日巡洋艦に対して雷撃を撃った それがこの船の機能で強化されて 一撃で 完全に行動不能に陥れた
 その事で彼女はこの船の無茶苦茶さを十分に実感していたため たとえ知らない魔法を勝手にこの船が使っても驚かない自信が芽生えていた
 一方のラエルは 達観したのか韜晦しているのか 既にイトスに着いた後の段取りを考えているのだった


 ブリッジ
「敵艦隊に動きは無しか」
『12分後に効果開始します』
「了解」
(このままこちらに向かった艦艇を消滅させれば 残りは空母中心の戦力になる こちらに目を引きつけられればウィーイベリズの艦隊に十分勝機はあるだろう か…)
 そう考えながら 推定攻撃時刻の表示がカウントダウンを続けるのに目をやる
 現時点でユウロスがやる事は何もない
 ただ待つのみである
(途中で相手が進路を反転すれば それで逃げるんだがなー)
 UAIから推定攻撃時刻まで三分を切った旨を伝えられる
「使用後 限定空間外への影響は極力抑えてくれ」
『了解』
 カウントダウンの数値は ただ粛々と零への減少を続ける
 その数値がゼロになった瞬間 空間歪曲場の作動状況を示すパネルに文字が踊り始める
 作用している方角へと視線を向けると 海水によって作られた海坊主のような異常な海面の隆起が サブパネルに小さく映っている
 その海坊主の中でいくつかの閃光と爆発が起こっていたが やがて静かになり
 海坊主のように見えた海面の異常な隆起も ゆっくりと元の海面へと戻っていった
『限定空間歪曲場 全シークエンス終了』
「了解 このままイトスへの大圏航路へ出たいが…」
 海図へと視線を落とし 大陸が邪魔して大圏航路を取ることが出来ないことを読みとると
「進路北へ」
 そう宣言して操縦桿へと手を伸ばすのだった
 



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Ende