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L学受験回想録「祭囃子のその前に…」


「希亜、お前ここ受けてみないか?」
と、一連の発端になった父親の言葉を思い出し目を開けた。どうも眠っていたみたいだ。
 世界随一の乗り心地を誇る、超特急の快い響きと乗り心地を堪能しながら、彼は窓の外を見やる。
 そこには、上の方が曇って見えない富士山らしき大きな山が、先ほどから変わらず見えていた。手元に視線を落とすと、コミパサークル関係者用のパンフレッ トがある。
 頭に描いた、明日のスケジュールが心配になったのか、予めプリントアウトした時刻表を確認してみる。
「まぁ、間に合わんかったら空飛べばいい…」
 首都上空を飛行する事は避けようと思いつつも、そう自分に言い聞かせる。
 碧眼に眼鏡をかけ、白髪混じりの尻尾頭の人物は、窓に向かって頬杖をつき、高速で通り過ぎて行く夜の三島駅を見ていた。
 
 
 

 翌日朝、コミパ会場。
 関東で行われるコミケに、初めてやって来た希亜。 関西とは、ひと味違う雰囲気を楽しみながら、あたりを見渡す。
「ええと、由宇さんの場所はどこかな?」
 まだ一般参加者入場前であり、サークル関係者だけが各々準備に追われている、その中を希亜はふらふらと歩く。
「こっちやこっち」
 その声に振り返ると、
「随分遅かったやん」
 そう言って、その下に何を考えているのか分からない笑顔で、彼女 猪名川由宇は希亜を自分のサークルへと引っ張って行く。
「でも、どうしてパンフレットを?」
「まぁええやん、あんたがL学園受ける聞いてな。ま東京出張の祝いや、思うてくれたらええわ」
「はぁ」
 希亜はサークル辛味亭の後ろに置かれている段ボールの箱を見て、長机の下を潜る。
「今回の新刊はこれや、値段はこのメモに書いてあるから」
と、無邪気な笑顔を浮かべたまま、由宇は島の外側で新刊を紙袋に詰めている。
「挨拶回りですか?」
「そや、分かってきたやないか」
「じゃあ、売り物並べときますね」
「おおきに、ほな行って来るわ」
 離れて行く由宇に、手を振りながら。
「なんか、ていよく扱われた気がするが… ま、楽しいから良いかぁ」
 呟き、希亜は段ボール箱から商品を取りだし並べて行く。
 一般参加者が入ってくるまで"あと15分"と言うところだろうか。

「まいど、おおきに」
「まいど」
 必死に長蛇の列を捌く二人、その時。
「姉さん!」
 声の方を振り向く二人。
 由宇は、島の中に入りこちらに来る人物に、視線を向けつつ。
「希亜、ハリセン」
「はぁ…」
 状況がつかめないのか、希亜は生返事と共に、どこからともなくハリセンを取りだし、由宇に渡した。
「おい、早くしろよ!」
 最前列にいるお客が、苛立ちを露わにしているのを見て、由宇の持つハリセンを気にしつつも、希亜は再び列を捌くべく。
「えらいお待たせしました」
 売り子に戻った。
 直後。
 スパァーーン!
「遅い、何処で油売っとったんや!!」
「ゴメンっス姉さん!」
 さらにハリセンの快い響きが5回6回と響く。
「あ 姉さん、それよりも早くホッチキスで…」
 スパァーン
「阿呆ぅ! ビジネスコンビニ行ったんやったら、ちゃあんと冊子にして来んかい!」
 結局、希亜一人で長蛇の列を捌きつつ、後ろで二人はホッチキスで冊子を作るのだった。

 それから、長蛇の列も収まって。
「希亜、紹介しとくわ。 こっちは軍畑 鋼や。軍畑、こっちは関西で手伝うてくれてた弥雨那 希亜や」
「よろしくっス、弥雨那ちゃん」
「はいな、よろしゅうお願いします」
「希亜は魔法使いなんやで、軍畑」
「魔法使いっスか、弥雨那ちゃんは。 じゃあ魔法陣とか書いて怪しい呪文を唱えるんっスね」
「違いますよ、軍畑さーん。 私には空を飛ぶ事ぐらいしか、出来ませんよぉ」
 
 
 

 昼もとうに過ぎて、少し遅い昼食を取っている希亜、今はぶたまんをほおばっている。 ひとっ飛びして対岸のコンビニで買ってきた物だ。
「なんでペットボトルのお茶は、不味いかなぁ」
 口の中に残った豚まんの残りを、そのペットボトルのお茶で流し込み、時間を確認する。
「一回りしてから、もうひと頑張りかな」
 そのまま彼は立ち上がり、建物の中へと入って行った。

 そのころ辛味亭前では、毎回恒例の…
「なによこの温泉パンダ!」
「またそれかいな」
 由宇と詠美の喧嘩である。と言っても、端から見ていれば、由宇が一方的に詠美をおちょくっているだけだ。今回も、既に当初の論点はどこへやら、詠美の言 葉は意味を成さないところにまで来ていた。
 因みに、騒ぎに居合わせた軍畑は騒ぎの冒頭に止めようとして、和樹は騒ぎを聞きつけてやはり止めようとして、詠美のしたぼくなる霜月は果敢にも由宇に挑 んで、それぞれに沈黙している。
と、その時。
「あらあら。 騒がしいと思ったら、またあなた達なの?」
「「南さん!」」
 声をハモらせた二人が、その声の方を振り返る。その視線の先ではその人物が、
「どうして顔をつきあわせたら、いつも喧嘩ばかりしているのかしら?」
 目の前の二人をよそに、そんな事を言いながら考え込んでいる。
 チャンスと見たのか 詠美は、
「覚えてなさいよ」
 そう捨て台詞を残して、この場から去って行った。
 詠美を見送った南は、由宇の方へと振り返り、
「そういえば、この前言っていた受験生って、今日来ているんじゃなかった?」
「それなら今は休憩時間や。後で紹介するわ」
「じゃあ行くけど、くれぐれも行き過ぎた行動は慎んで下さいね」

 そのころの本人。
「もう午後だって言うのに、なんでこんなに人がいるかなぁ…」
 そんな事を言いつつ、しっかりとお目当ての同人誌はゲット済みの希亜。一度時間を確認し、
「あかん、このままでは遅れてまう」
 辛味亭へと急ぐのだった。
 
 
 

 夕刻、既に片づけも終わり、希亜が対岸のコンビニで買ってきた、ペットボトルをそれぞれに飲んでいる。
「さて、希亜ちょっと挨拶に行こうか」
「? 何処へですか?」
「軍畑、南はんとこ行って来るから、荷物番頼むで」
「お任せっス、姉さん」
「ほな行こか」
 手招きする由宇に、ついて行く希亜。
 準備会の前まで来ると由宇は。
「南はん」
「あら、猪名川さん、どうしたの?」
「連れて来たで、ウチ受ける受験生」
 南は由宇の後ろをついてくる人物を見て。
「その子がそうなの?」
「そや、弥雨那 希亜っちゅー中坊や」
「初めまして、弥雨那 希亜です」
「猪名川さんから 色々聞いていますよ、何でも魔法使いだとか」
「は、はぁ…」
 さすがに初対面の人に、しかも面と向かって真実を言われるのに、戸惑う希亜だった。
 
 
 

 翌日、某特急列車車内。
「こんな事なら、携帯電話持ってくるべきだったな」
 前方の事故のために 駅でもない線路の真ん中で停車している、その特急列車の窓から外を見ている希亜。
 朝一に由宇達と別れて、電車に乗った希亜だが、既に試験開始予定時刻には間に合わない。外に出ようにも、この特急列車の窓は開かない。
 昨日ゲットした同人誌も、すでに4ループ目に入っていた。
「ん?」
 今、ようやく列車が動き出した。
「何とか、なるかな?」
 これからの対応策を練った希亜は、次の停車駅で降りるべく荷物をまとめ始めた。
 
 
 

 駅から出てきた希亜は、少しだけ戻ってきた交通費を財布の中に入れ、とりあえず電話ボックスへ入り、受験校へと電話をかける。
「はい試立リーフ学園、入試係です」
「えっと、今日高校を受験する予定だった、弥雨那希亜と申します」
「はい、弥雨那 希亜さんですね、どうなされました?」
「列車事故のために そちらに着くのが、かなり遅れるのですが」
「はい、事故の方はこちらも確認していますので、とりあえずこちらに向かって下さい」
「分かりました、ありがとうございます、では失礼します」
 受話器を置き、電話ボックスから出た彼は、近くのベンチに座り、用意して置いた地図を取り出す。
「ありがとう、国土地理院」
 そんな事を呟きつつ彼は、現在地から 目的の駅までのマップを、頭にたたき込む。
「良かった、そんなに遠くない」
 荷物を全て鞄の中に入れ、意識を集中し 呪文の詠唱に入った。
「……Kras……Dio……Nylv…… Rising Arrow!」
 気合いと共にその名を叫ぶと、首から下げていたペンダントが静かに光を放つ。
 首に掛かるひもの部分が二つに分かれ、希亜から離れて行き、どんどん大きくなる。 それはやたらと機械的なフォルムを持つ"空飛ぶ箒"だった。同時に希 亜は深い青のマントに、黒く長い烏の風切り羽をさした 同じ色の魔女特有の帽子と言うスタイルになっていた。
 彼は躊躇することなく、宙に静止している そのライジングアローと呼んだ 所謂空飛ぶ箒に跨り。なんの前置きもなく、この場から飛び去った。
 
 
 

 Dear Blueの旋律を口ずさみながら、かなりの速度で空を進む希亜。 眼下には、先ほど降りた特急列車がゆっくりと進んでいるのが見える。
(この分だと、結構早く着くかな?)
 そんな事を考えつつ、彼はさらに速度を上げる。
 
 
 

 姉と二人で公園まで来たリアンは、ふと見上げた空に
「姉さん、あれを」
「なに? あぁーーーーっ!!」
 リアンが指さす先には。
「あう、そんなあからさまに 指ささなくとも…」
 丁度着地した希亜は、こちらを向いて驚いている二人の女性を 視界の端に引っかけたまま、箒から降りて意識を集中し。
「……Riw……Fexi……Sin…… 」
 呪文を唱えると同時に、機械的なフォルムの空飛ぶ箒はペンダントに、希亜の纏っていたマントと帽子が消える。
 そのまま彼は、何事もなかったかのように、先ほど空から確認していた駅前へと歩き出す。丁度スフィー達とは反対の方向へと。
「待ちなさいよ!」
「はい?」
「あなた、グエンディーナの人ね!」
 自信満々に言い放ったスフィーだが 希亜は。
「違いますよ、…」
 続きを言いかけた希亜に、スフィーは再び。
「隠しても無駄よ、あなたの魔法は私達の世界の物だわ!」
「いえ、ですから…」
「姉さん」
「完璧な推理でしょ? リアン」
 ようやく一段落したのを見計らった希亜は。
「私の魔法は、確かにグエンディーナの物でしょう、でも私はこちらの人間ですよ。 それと、今急いでいるんで…」
「逃げようとしても、そうはいかないわよ。 ええーい!」
「おわぁ!」
 兎にも角にも いきなり感じた魔力の塊に、とっさに飛び上がって避けようとした希亜だが。 後頭部と背中に 金属の塊にぶつかったような衝撃を受け、誰 かの叫び声を最後に、意識はブラックアウトした。
 

「まだ、起きませんね」
「後5分、4分30秒でも良いから… ってあれ? ここどこ?」
 誰かの声に、脊髄反射的にボケてしまった希亜は、目を開け辺りを見る。
「あ、気がついたみたいですね」
「ここは…」
 希亜は起きあがって もう一度辺りを見渡す、どうやら先ほどの公園のようだ。 目の前には先ほどの二人がいる。
 眼鏡を掛けている 大人しい印象を受ける人物は、何かに安心したような雰囲気で。
 もう一人の 見かけの年齢よりも 子供っぽい印象を受ける人物は、今心にある好奇心を 抑えられないように見える。
「説明してもらいましょうか?」
 そう言ったスフィーに、希亜は時間を確認して立ち上がる。
「説明は良いんですけど、今は時間ないんです。 それで、出来れば駅まで案内してもらえませんか? その間でしたら、出来る限り質問に答えますからぁ」
 まだちょっと混乱しているのだろうか、希亜はいつもより間延びした返答を返した。
「いいわよ、洗いざらい吐いてもらいますからね」
「姉さん、下品」
 

 歩き始めた三人、スフィーは希亜に対して 怒濤の質問攻撃に出ていた、とは言え多重質問攻撃ではなかったので、希亜君にも答えられたのだが。
 主な質問の内容は、希亜の使う魔法について・希亜とは何者なのか、に集約される。 その事について希亜は、
「私の使う魔法は、曾祖母から引き継いでいます、曾祖母はグエンディーナの人ですから。
 私の魔法は、空を飛ぶことに特化しているみたいで、家族の魔法が使える中でもただ一人"インスタントビジョン"がうまく使えないんです。
 それで、先ほど私が跨っていたのはRising Arrowという、曾祖母からの贈り物で、グエンディーナで作られた物です。
 他に使える魔法ですか? ある程度強い意志を持っている意識体と会話できます、でもそれをするとかなりの魔力を 使ってしまうんです、私が最も魔法が使 えて良かったと思うものですね、これは」
との旨、返答を返していた。
 もともと、公園との距離がそんなに離れていなかったのか、もう駅が目の前に見える。
 今まで一方的に答えるだけの希亜に、リアンは。
「姉さん、希亜さんも色々聞きたい事があるんじゃないでしょうか」
「あ、そう言えば質問ばかりしてた。 何か聞きたい事って… あー」
 もう駅は、目の前の交差点の向こうである。
「姉さん、五月雨堂に呼ばれては?」
「いいアイディアね、リアン。 希亜、終わったら 商店街にある五月雨堂まで来るのよ」
「商店街の五月雨堂ですね」
「そうよ、必ず来るのよ」
「分かりました」
 そう返事をしたところで、駅に続く横断歩道の信号機が青を示す。
「では、また後でぇ」
 そう言って、希亜は二人と別れ、一人駅に向かって歩き始めた。
 

 駅舎内の電話ボックスに入り、電話をかける。
「はい試立リーフ学園です」
「先ほど電話を掛けた弥雨那 希亜と申します、今やっと駅に着いたんですが…」
「あら希亜君、どうしたの?」
 電話口の向こうの声と口調は何処かで覚えがあった。
「失礼ですが、もしかして南さん?」
「正解、それでどんなご用かしら?」
 聞くだけで 安心できるような口調に、希亜は一呼吸して。
「実は列車の事故で、今日受けるはずだった 試験の予定時刻に間に合わなくなりまして、それで先ほどその旨連絡したら、そちらに向かって下さいと言われた 物で、今やっと駅前に着いたところです」
「分かりました、丁度担当の方が戻ってきたから変わりますね」
「あ はい、お願いします」
 簡素な電子音で題名だけを知らない曲が流れる。
「お待たせしました、弥雨那 希亜さんですね?」
「はい」
「では、こちら学務課まで起こしいただけますか?」
「えっと、今駅前なんですけど、そちらにはどうやって行けば…」
 

 その後教えてもらった通りのバスに乗り、酔うこと数十分。 途中、何故南さんが電話に出たのか、と言う謎に頭を使ったが、バス酔いのため思考を中 断せざる得なかった。
「来てしまった」
 試立Leaf学園の門の前で思わずそう呟いた、乗り物酔いの軽い目眩を抑えながらではあったが。
「今日 入試予定だった、弥雨那 希亜様ですね」
「あっは…」
い、と返事を返そうとして振り向いたまま、そのフラットな言葉と、両耳を覆うインカムのような 妙な突起物という違和感にとらわれて、固まる希亜。 因み に希亜は、実際にHMを見るのは初めてである。
 そう、今 希亜に声をかけたのは、腕に腕章をつけたセリオタイプのHMであった。
「どうかしましたか?」
 先ほど声をかけた対象の物陰から、学ランの人物が姿を現す。 別に隠れていたわけではなく、希亜がそれまで気がつかなかったと言えば、それまでなのだ が…
「もう一度確認してみましょう」
「そうですね、セリオさん」
「今日 入試予定だった、弥雨那 希亜様ですね?」
「はい 私は弥雨那 希亜やけどぉ」
 端から見なくても、間抜けな生返事を返す希亜。
「学務科入試係まで案内します、着いてきて下さい」
「は、はぁ」
 生返事を返して、希亜はそのHMの後を着いて行く。
 

 途中、学ランの男性 へーのき つかさと言う人物が、簡単に自分たちの自己紹介と、学校のことについて話してくれたおかげで、いくらか平常心を取り戻した希亜ではあった。
「HMって、初めて見たんやけど。 …凄いですねえ、へーのきさん」
 へーのきは ただ純粋に驚いている希亜を見て。
「この学校には、他にもHMがいるんだよ」
「す 凄い学校やねぇ」
 

 まるで町役場のような建物に入り、学務科入試係と札の下がった、どこかの役所のようなカウンターの前にて立ち止まるDセリオ。
 彼女に気付いて一体のHMがこちらにやってくる、セリオタイプのHMだ。それを確認したのかDセリオは。
「では、失礼します」
 フラットにそう言って、この場から去っていった。 もちろんへーのきも、Dセリオに着いて去って行く。
「じゃあね 希亜君」
「はい、ありがとうございました」
 振り返った希亜を待っていたのか、セリオタイプのHMは。
「弥雨那 希亜さんですね?」
「はい」
「では こちらへ」
 やはりフラットなその声、言われるままに そのHMの後を着いて行く希亜。 通されたのは小さな会議室だった。
「そちらに掛けてお待ち下さい」
「はい」
 セリオタイプのHMは、やはりフラットな声で、いささか戸惑っている希亜に。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ すんません、HMを見るのは今日が初めてやから」
「そうですか。 では そちらに掛けてお待ち下さい」
「はい」
 短く返事を返し、背負っていた鞄を降ろし、指定された席に腰掛け、筆記用具を取り出しておく。希亜が一連の作業を終えて顔を上げると、そこにはもうHM の姿はなかった。
「電気羊かぁ…」
 二体のセリオタイプのHMに対して、ある映画を思い出し そう感想を呟いた希亜だった。
 

 校長室
「校長、受験生の弥雨那 希亜、到着しました」
「では、試験を始めておいて」
「はい」
 一人なった校長、千鶴は。
「耕一さん、待ってて下さいね。 試験監督が終わる頃には出来上がりますから」
 

 会議室の中で受けた試験、試験そのものは 普通の高校入試、そういえる物だった。
 柏木 耕一と名乗った教師が本を読みながら、こちらをちらちらと見ている。
 丁度、苦手な国語の問題を解いているときだった。

 ドォーーーン!!!

「何事や?」
 思わず立ち上がり、軽く宙に浮き窓の方を見ている希亜。だがとっさに浮いている自分に気付き、地に足をつける。
「心配しなくてもいいよ、いつもの事だから」
 轟音に続く地響きの中、耕一は目の前の希亜のことも含めて、平然と答える。
「は、はぁ…」
 希亜は、聞いてしまうと後に戻れなくなりそうな気がして、結局聞くのをためらい。
 そのまま試験を続ける。

「ハイ、そこまで!」
 読んでいた本を置いた耕一に、希亜は答案用紙を差し出す。
 結局、数学と英語には自身があったが、国語に関しては運任せ。
(落ちたらどうしよう。)
 そんな事を考えていると。

 ドォォォーーーン!!!!!!

 轟音と地響きが同時にやってきた、さっきより震源地が近い。 思わず見ていた窓の方から、頭を試験官に向け。
「……あの」
「なんだい?」
「本当に大丈夫なんですか?」
「……」
 沈黙がこれほど痛く感じたことがあるだろうか。
 その間にも小さな爆音と地響きが続く。
 どうも、だんだん近づいているような。
 いや、実際近づいている。

 ズドォーーーーーン!!!!!!!

 爆音に対して、パブロフの犬のように 再び窓の方を向いてしまった希亜は、再び振り返り。
「あの、ここ危ないんじゃ…」
 だが今度の希亜の視界には いるはずの教師柏木 耕一もおらず、会議室の戸が開いているのみだった。
 二三度瞬きをして、冷静に考えようとする希亜君だったが。
 何かを叫ぶ声、爆発音や何かの発射音が近づいてくるのを聞いて。
「逃げなあかん」
 そう自分に言い聞かせ、会議室から 文字通り身体を宙に浮かせて飛び出した。
 廊下から学務課の方に出てくると、そこには人の気配もなかった。
 さっきここに来た時は、セリオタイプのHMも含めて、確かに十数名の従業員がいたはずである。
 近づいてくる轟音と振動、そして爆音、今度のはどうやら建物が直接揺れているようだ。
 恐怖にとらわれた希亜は、カウンターの上を飛び越えて そのままに建物から出る。
 ある程度建物から離れたところで、空中に自身を固定し、首からぶら下げているペンダントに精神を集中させ。
「……Kras……Dio……Nylv…… Rising Arrow!」
 集中して呪文を唱えたが、なんの変化もないペンダント。いつもなら大きくなって、彼が空を飛ぶときに使う専用の道具、になるはずであった。
「なんで失敗するんや!」
「あなたが未熟だからよ」
 突然掛けられた声に、図星に振り返る希亜。
「SSU、魔法使いの弥雨那 希亜君ね」
 そこにいたのは、パンフレットに載っていた…
「校長先生?」
 パニックに近い希亜には、それ以上の言葉が出なかった。 ひときわ大きな轟音が響く。
「収まったようね」
 柏木 千鶴校長、パンフレットにはそう書かれている。 彼女は、希亜が先ほどまでいた建物が 半壊している事を気にとめもせずに、そう言った。
 確かに、妙な叫び声も 爆発音も聞こえて来なくなっていた。
「助かったぁ」
 脱力して、そのまま地面に跪く希亜。
「あの、校長先生」
「何かしら?」
「試験どうなります?」
「そうね」
 千鶴は、希亜を見定めるように眺め。
「校長先生、耕一さんを発見しました」
 振り返った二人の視界に、先ほどの腕章のないセリオタイプのHMが入る。
「耕一さんは?」
「あちらです」
 セリオタイプのHMは 来た方を指さし、やはりフラットに千鶴に返す
「ありがと、セリオ」
「どういたしまして」
 そんなセリオと呼ばれたHMの声を聞くこともなく、校長柏木 千鶴は喜々として走り去っていってしまう。
「………あの〜」
「どうかなさいましたか?」
「私、どうなります?」
「試験の方は終了しました、お帰りに…」
 セリオはそこで一度言葉を止め。半壊した建物を見て。
「荷物を、取り出さなければなりませんね」
 半壊した建物を見る、一人と一体。
「諦めますわ。 取りに行ったら危のうてかなわん」
「私が行きましょう」
「おおきに、でもやっぱ危ないからええわ。 ソレがなんであれ、形在る物は永遠やない、失うのが今やった。それだけでえ…」
 思わず関西弁で喋っていたのに気付いた希亜、慌てて。
「…っと良いじゃないんですか? 財布が手元にあったから、言える言葉ですけどね」
 照れくさそうに笑う希亜に、やはりセリオはフラットな発声で。
「よろしいのですか?」
「そうですねぇ」
 これからの事を考えた希亜は。
「駅前まで行きたいので バス停まで、案内していただけますか?」
 そう、セリオに願い出るのだった。
 
 
 

「えっと、予定の電車まで1時間程かぁ。 ちょっと時間ないかなぁ」
 みどりの窓口で、できるだけ余裕を持って、帰りの切符を買った希亜だったが、予め思い出していた 二人の魔法使いに指定された場所へと、とりあえず商店 街に向かって足を進めた。
(スフィーとリアン 二人の魔法使い、曾祖母のいた世界の住人。)
 脳髄の中のデータを引き出しても、それだけしか無い。
「情報、少ないなぁ…(だからこそ、こうやって…。 ま疑問もあるけど向かっているんじゃないのか?) しかし、何処だったかな。 さみだれどう、五月雨 堂か。 ? …何屋それ?」
 結局、それが現物を見て、骨董品屋だと分かるのに、今から5分ほど費やす希亜だった。

「今日は、客の入りが少ないなぁ」
 そんな事を、誰もいない店内に向かって呟いたのは、五月雨堂店主の宮田 健太郎だ。
 彼の視線が店の外、ショウウインドウの向こう側で、こちらの店の入り口の横、つまりこの店の看板を見ている少年の姿が目に入った。
 尻尾頭で、眼鏡をかけている、このくらいの…
(スフィーの話に出てきた人物によく似てるな。)
 そう思った矢先、彼はこの店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 営業スマイルで、入ってきた少年に挨拶をする。 その少年はそのまま目の前まで来ると。
「えっと、こちらに…」
「もう! 遅いじゃない!」
 少年の言葉を遮るように、背中から、つまり店の奥からスフィーの大きな声が届いた。
「スフィー、この子がさっきの?」
 振り返った、視線の先のスフィーが答える。
「そうだよ、グエンディーナの魔法使いの希亜だよ」
 彼女は、そのまま辺りを見渡し。
「けんたろー、リアンは?」
「ああ、リアンならまだ夕飯の買い出しに行ってるけど?」
「そうなんだ。じゃあけんたろ、奥にいるから」
 そう言ってスフィーは、希亜の手を持って奥へと引っ張って行く。
(自己紹介、忘れた…。)
「リアンが帰ってきたら、店閉めようかな」
 彼も希亜の事に興味があるのか、そんな事を呟いて店の外に視線を移した。
 少しして、リアンが両手に買い物袋を下げて帰ってくると、少し早いながらも健太郎は店を閉め、奥へと入って行く。

 目の前の彼は音もなく、湯飲みに注がれたお茶を啜り。
「…いい具合のお茶ですねぇ。 それで、父親に勧められましてL学を受験しに来たんです」
「でもどうしてですか? 神戸からはずいぶん距離がありますけど」
「パンフレットを見たときに、楽しそうだと、そう思ったからです」
「楽しいって、学校はそういうところじゃないんじゃないのか?」
「うーん、うまく言い表せないんですけど、年をとって思い返したときに、楽しかったなって言える。そんな感じです、私の言う楽しいって言うのは」
「年をとってから、思い返すか…」
 自分の人生の半分より、少し生きた程度の中学生の言葉に、思わず過去を顧みる健太郎。
(…どうして、ブラックアウト直前のシーンしか思い出さないんだぁ?)
 思い出されるのは、幼なじみ結花の…
(ということは何か?! 俺ってそんな人生しか歩んでこなかったのかぁ!!!)
 まだ冬だというのに、彼は額の汗を拭い。
(い、…否! 俺にはまだ骨董が、商人としての人生があるじゃないか……)

 先ほどから、この場に似つかわしくない挙動の健太郎にリアンは。
「どうしたんでしょう、急に…」
「何か思い当たることでもあったんじゃないですか?」
 希亜は、そこまで言ってお茶を啜り、時間を確認する。
「では、そろそろ電車の時間なんで」
 
 
 

「また来て下さいね」
と、別れ際にリアンに言われた言葉を思い出し目を開けた。どうも眠っていたみたいだ。
 世界随一の乗り心地を誇る、超特急の快い響きと乗り心地を堪能しながら、彼は窓の外を見やる。
「あれ?」
 彼の目の前では、ゆっくりと通り過ぎて行く 新神戸駅が見えていた。
 車内の電光掲示板には ”次は岡山”の表示が
「………………」
 やってもうたぁーーーーーー!!
 希亜の心の叫びを乗せたまま、山陽新幹線最終のひかりは、暗いトンネルの中へ。
 

 数日後、神戸の希亜の家にて。
「何故?」
 希亜の手元には、L学の合格通知が、静かに自己主張していた。

 後日、高熱を出して公立高校を受験するが、世の中そんなに甘くはなく。
 彼はL学への入学を決定せざる得なくなるのだった。
 
 

追記:
 後に希亜は、この入試に関する一連の事に関して、こう述べている。
「お祭りの始まりは、いつも自分の気付かん場所におって、でも気付かへんうちにお祭りの中に引き込まれていたんやねぇ」
 もう一つ、彼はこうも叫んでいる。
「あの時までは、あの時までは"まだ"普通のただの人でいられたんだ!」
 往生際悪く、そう叫んだ彼の顔はとても楽しそうだった。
 
 
 

キャスト(登場順)

猪名川 由宇
軍畑 鋼
大庭 詠美
千堂 和樹
霜月 祐依
スフィー
リアン
Dセリオ
へーのき つかさ
セリオ
柏木 耕一
柏木 千鶴
宮田 健太郎


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Ende