「ええと、必要な画材はこれでOKと」
お店から出たところで買い物用の袋の中を確認して顔を上げる。
商店街の中、行き交う人の姿をしばらく見ていた彼は、そのまま人混みの中へ入って行った。
尻尾にしている白髪混じりの髪の毛が、歩くたびに右に左に揺れる。
ふと彼の視界にゲーセンが入って来た。
「ん〜、たまにはいいかな。」
そんな事を言い訳にゲーセンに入って行く、実際には月に数回利用するのに。
彼がゲーセンでやるゲームは結構少ない、たいていはシューティングだ。
今日も、いつものシューティングを始めようと探すが見あたらない、
「あれ? 移動した訳じゃないのか、もう消えちゃったんだ」
そう言って、他に何か無いか辺りを見渡す。
格ゲーの人だかりの向こうに、新しい筐体が置いてあるのに気付いた彼は、その筐体の前へと歩き出す
「まだッス、まだ落ちちゃいけないッス!」
良く聞く声の持ち主がプレイしているようだ、そう寮の同室の。
ゲームの方は昔あったものの続編らしい、筐体に書いてある基本操作を確認し前作になかった要素に心惹かれたのか。
「軍畑さんか 面白い」
そう言って彼は乱入すべく懐から財布を取り出す。
筐体のシートに座りコインを入れる。
切り替わった目の前の画面には、いくつかのロボットが表示されている、その中から彼は前作でよく使った機体を選んだ。
「弥雨那ちゃん」
隣から声が掛けられる。
「こんにちは、軍畑さん」
そんな事を言っている間に画面にフィールドと機体が表示され、始まった。
いきなり斬りつけに来た相手を、ダッシュしてよけようと操作した希亜だが、何故か機体は相手の背面に回って行く。
「あれ?」
そんな事を呟きつつ、バックが取れたのを良いことにその機体が抱えている兵器を発射させる。
振り返った相手の機体は、その弾道をすり抜けるようにこちらに向かってダッシュを切り返し、接近するなりこちらの機体を斬りつけた。
「ふ〜ん」
吹っ飛ぶこちらの機体を起きあがるのを待ち、初めてみる新要素に驚きつつ、相手の動作音と共に機体両肩の兵器を放った。
二筋の光が一直線に伸びて行く、その端でいつの間にか判定線に触れたのか、相手の機体が吹っ飛んで行く。
「む?ん」
判定線の大きさを確かめた彼は、機体を少し旋回させた後、ダッシュして相手の機体から離れる。
そして振り返った直後、いや直前と言うべきタイミングで、突然吹っ飛ばされた。
「なんだ?」
倒れた自機の向こうに、相手の機体がこちらにダッシュしてくるのが見える。 その相手の機体は直前で静止すると、おもむろに倒れている自機を斬りつけた。
そのまま自機の敗北が表示される。
「む〜ん」
それから数回トライした希亜だが、少しは新要素に慣れた物の、結局軍畑に振り回されるゲーム内容となった。
「まだまだッスね、弥雨那ちゃん」
「むう〜」
うなる希亜、二人の視線の先には別の人が対戦している。
しばらく観戦している二人に声が掛けれられた。
「んー? どうしたのかな? 二人とも」
思わず振り返る希亜と軍畑。
「あ、芳賀さん」
ゲーセン従業員の制服に身を包んだ玲子が二人の視界に入る。
彼女は二人を見て、
「んー、どうも絵にならないわね」
玲子のその言葉にため息を付く希亜と、
「何がっスか?」
質問で返した軍畑。
「聞くんですか? 軍畑さん」
「あ そう言う事っスか」
「ええ」
「にゃはははっ、希亜クンのあの格好だったらまだ少しはいけるんだけどね」
そう言われて、困惑の表情を見せる希亜。
「やっぱり希亜クンは」
何かに気付いたのか、彼女は言葉途中で、
「じゃ、ゆっくりしていってね」
そう短く言って急いで行ってしまった。
視線を行った先に走らせると、どうも破損した筐体のパーツ交換をするようだ。
嵐のように過ぎ去った一瞬の出来事に安堵するようにため息を付いた希亜は、
「軍畑さん、じゃお先」
「じゃまたッス、弥雨那ちゃん」
そう挨拶を交わしゲーセンを出た。
外はまだ明るく、空は晴れていた。
そのまま、学校へ戻ろうと歩き出す。
風が心地よく吹いてくる。
「いい、天気です」
呟き、信号で立ち止まる。 道の向こうにはとても大きな公園がある。
信号が変わり、主に目の不自由な方々のために流れる曲を聴きながら横断歩道を渡り、そのまま公園に入った。
かなり大きな公園であり、希亜が初めてこの場所に降り立った公園でもある。
ふと視界に入ったベンチに腰掛け空を見上げる、日が傾きはじめた空を。
視線を上げ、少し赤く染まり始めた物の、深く青く広がる空をただ静かに見上げる。
だがそんな静寂も、
「あ!」
幼い声が、驚きの声が発せられるのを聞いて、希亜は視線を走らせる。 その先ではスフィーと同級生のHMの子がこちらを向いて驚いていた。
とりあえず彼女がティーナと呼ばれていることを思い出し、挨拶をする希亜。
「こんにちわ」
ティーナもつられて頭を下げようとするが、
「こんにち って何で挨拶しなきゃいけないのよ!」
下げかけた頭を上げてそう言うが、希亜は平然として。
「今日は、初めてお会いしましたから」
「じゃなくて!」
「?」
どうして? と言いたげな表情のままの希亜に、あきれかえるティーナ。
「あなたはグエンディーナの魔法使いなんでしょ?」
「正確には"いいえ"です」
「え?」
「私の魔法は確かにグエンディーナ出身の曾祖母からの物です。 しかし、年を経るにつれグエンディーナの魔法を軸にこの世界の魔法を取り込んでいますから、この世界で既に3代目の私は、私の師であるスフィーさんやリアンさんのような生粋のグエンディーナの魔法使いと言うわけではありません」
「要するにグエンディーナの方の魔法使いなのね」
「はい、でもまぁ考え方自体は、私の場合魔女の方に近いんですけどね。 それから私を呼ぶときは、希亜って呼んで下さい、隣どうぞ」
すっかりうち解けてしまった、というか希亜のペースに乗せられてしまったとも取れるが。 彼女は希亜の招きに、隣に腰掛ける。
「へんなの、私とスフィーの仲は知っているでしょ?」
「ええ、リアンさんから聞いていますから」
「じゃあどうして?」
「私はこの世界の人ですから」
「そう言う事。 もう一つ聞くけど貴方の師から言われたらどうするの?」
「大丈夫です私は攻撃魔法も使えませんから」
照れながら言う希亜の言葉がはたと止まる。 再び動き出した彼の口からは、
「リアンさんはともかく、スフィーさんはやりかねませんね」
そう言った希亜の目こそ笑っていたが、その口元は真剣だった。
「さっき『も』って言わなかった?」
「はい、私はただの箒乗りですから」
箒乗りの姿を頭に思い浮かべたティーナ、そのイメージから単刀直入に聞きに入る。
「もしかして、空を飛ぶことしかできないとか?」
「ええ、よろしければ今すぐにでも超高々度の空にご案内しますよ」
あっさりとそう言った希亜に、
「って、本当に空しか飛べないの?」
「はい、少なくとも今のところは」
「でも、今箒もって無いじゃない」
胸元からペンダントを取り出しながら、
「箒ならここにありますよ」
そう言って希亜は、ペンダントの状態のRising Arrowを見せる。
「ああ、そう言う事」
「はい」
ふと希亜は、目の前の彼女は保護者か誰か友達といっしょなのかなと思い。
「そう言えば お一人なんですか?」
そう質問を投げかけた。
「ああ! 鬼ごっこの最中だったんだ! またね希亜さん!」
そう言って、けたたましく去っていった彼女に手を振りながら。
「まぶしい物ですねぇ、子供は。 ねぇ?」
そう感想をもらし。魔女の知識の明暗を自身の内に持つ希亜は、自分自身に問うたのだが。
背後から茂みをかき分けるような物音がして、
「どうして分かったんですか?」
そんな声が耳に届く。
「はい?」
驚いて間抜けな声を上げ、振り向いた希亜の視線の先には、彼の師の一人であるリアンの姿があった。 その片手には本が握られていることから、本に夢中でこちらに気が付かなかったのだろうと推測した希亜だが。
気まずい沈黙、そんな空気がとりあえず二人の間にはあった。
まぁいいか、とばかりに希亜は一度リアンより視線を外し、再び視線を戻して口を開いた。
「どこから、聞いていました?」
「希亜君の曾おばあさまの話くらいから」
「そうですか。 まぁ 聞かれても困ることではありませんから」
半ばあきらめるようにそう言って、ポケットから蓋のない大きな懐中時計のような時計を取り出し、時間を確認する。
「何分ですか?」
「4時8分前です、私は学校に戻りますので、では」
思い出したようなリアンの質問にそう答え、ぺこりと頭を下げ彼は立ち去っていった。
一人になったリアンは、
「はぁ 私もそろそろ戻らないと」
先程ようやく日が傾いているのに気付き、区切りをつけるようにそう言った彼女もこの場から離れていった。
部室棟、漫研部前。
手を掛け戸を開きながら、
「ただいまぁ」
そう言って中に入る。
直後、希亜の視界に何か白い物が飛び込んで
スパァーーーーーン!!!
ハリセンの快い響きが部室に広がる。
希亜は脳裏に"メーデー!メーデー!"と、そんな言葉を浮かべながら意識を失った。
「まったく、備品の買い出しに何時間かかっとんねん!」
そう言った由宇のハリセンからは、未だに白い煙が上がっていたという。
今回の教訓 お使いで道草を食わないようにしましょう。
「あぅ〜」
情けない声を出さない!
「はい」
キャスト(登場順)
軍畑 鋼
芳賀 玲子
ティーナ
リアン
猪名川 由宇