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弟子の魔法使い




 濃緑に彩られた葉桜の葉の間から、昼の光が点々と落ちる煉瓦道を、商店街の方へとまるで空気の中を滑るように歩く、ポロシャツにベストを羽織り、背中にコウモリのような黒い翼のオプションのあるナップサックを背負った、白髪混じりの尻尾頭の少年。
 この春高校生になった、まだ幼い顔立ちの人物は弥雨那 希亜という。
 彼はそのまま交差点へと、この夏も暑くなりそうな予感を感じさせる光の中へ飛び出し、商店街のアーケードの中へと足を進める。
 駅前商店街の比較的端に彼の目的地はあった、彼は特に戸惑う事もなくその店の中にするりと入って行った。
 店の名は五月雨堂、「さみだれどう」と読む、骨董を扱っている店である。

「いらっしゃいませ」
「こんにちわ〜、健太郎さん」
「スフィーなら今買い物に行ってる、リアンはいるから」
「では、おじゃまします〜」
 五月雨堂の店主である宮田健太郎にそう返事を返し、希亜は店の奥、つまり宮田家に入って行った。
 生粋のグエンディーナ系の魔法使いであるスフィーとリアン、その二人に入学式の前日以来ここで魔法を教わっていた。
 もっとも主に教わるのはリアンからなのだが…

 この五月雨堂の面々とはこの学園を受験した時から関係を持っていた。
 希亜の方としては自身の力のルーツの一つである事から、合格が決まって以来ちょくちょく顔を出しに来ていた。

 今日もいつも通りに魔法の練習をする希亜。
 だがリアンは希亜に魔法を教える事に対して一つの壁を感じていた。 思いつく限り効果的に教えているつもりなのだが、上達するのは希亜自身が持つ、莫大なまでもの魔力の制御だけで、肝心の魔力の運用とも言える魔法そのものは、未だに暴走状態で発動し、あまり上達したとは言えない状態にあった。
 

 数日後、商店街近くの公園。
「とりあえず、インスタントヴィジョン、いってみよ〜か希亜」
「では〜」
 脳裏に昨日見たアニメの一シーンを展開し、魔法を発動させた。
「data engage… release!」
 気合いと共に、莫大な魔力が虚無へと弾けるような感覚をスフィーに抱かせつつ、魔法へと昇華したイメージが希亜の目の前に現れた。
「希亜、かけ声変えたんだ」
「あ〜、はい。 私は〜どんな魔法も明確にイメージしてから行いますから、イメージを解放するという意味合いの言葉を探していたら、いいのが見つかったものでぇ」
「もしかして… モモ?」
「はい、カードマスターピーチのモモです」
 しばらくその映像が流れたが、唐突に映像は切れた。
「う〜ん」
 まじめに唸ったスフィーは、希亜の魔法特性についてリアンから聞いた事を思い出していた。
 同時に、端で希亜が気を失っているのはいつもの事なので、特に気にする事はなかった。

 数分後ようやく目が覚めた希亜を見て、特に疲労していない事を確認すると。
「じゃあ次は魔力を目の前に集めてみて」
「分かりました」
 一度瞳を閉じ魔力の塊を明確にイメージする希亜は、そのまま目を開き呟く。
「Magic Boll…」
 希亜の莫大な魔力が、希亜の前にゆっくりと収束する。
『…本当に希亜君の魔法はイメージを明確に浮かべ、それを表現する感じですね』
と、リアンに言わしめた希亜の魔法。 同時に希亜自身の特性でもある、魔力の不活性さゆえか、絶対的な存在感を感じさせるにもかかわらず、まったく視認できないでいた。
 目の前にいるスフィーは、じっと希亜の魔力が収束しているその空間を見ていた。
「…Craster!」
 一瞬、魔力自体が暴走したのかと思うくらいの魔力が集まり、先ほどまで一つだった魔力の固まりが幾つにも増えていた。
 普通なら、その魔力の固まりの一つだけで、十二分にこの周辺一帯を吹き飛ばすエネルギーに変えることが出来る位の物… なのに、我関せずとばかりにその魔力の固まり達は、姿を見せることもなくそこに存在していた。
「希亜…、見えてる?」
「…視覚では無理ですねぇ、感覚でとらえている感じです」
 ふよふよと漂うかのように、ただそこに存在しているという感じだけを受ける。
 ある意味それは、希亜自身を多分に反映しているともスフィーは思っていた。
 少なくともグエンディーナの魔法というのは、つよい、とてもつよい想いの力と言えるのだから。 本人の様相がそう反映されても、疑問に思いこそすれ、否定する要素はなかったのである。
 あえ言うならば希亜の魔力自体はゼロの想いのベクトルを持つ魔力とも言えた。
「全部で20個ぐらいかな。 それにしてもいつもと同じ、ほんとーに安定しているよねー」
「一応23個だと思うんですけどぉ…」
「そうだ!」
 希亜の言葉など聞いていないのか、思いついたスフィーが、希亜の魔力が集まっている空間に手をふれてみる。
 手は何の抵抗もなくその場所に入る。
「全然、何にもないなんて…」
 スフィーにも、そこに莫大な魔力が収束しているのは分かっているのだが、彼女の手には何の物理的、魔力的感触も伝わって来ない。
「もういいわよ希亜」
「はい…」
 それまでのことが夢だったように、希亜の魔力の存在感が希薄になり、消えた。
「あ… ぅっ」
 意識が希薄になるのを何とか持ちこたえる希亜。
 大量の魔力を運用した為か、傍目にも希亜には疲労が伺える。
 少し時間をおけば回復するので、彼は背後のベンチにゆっくりと腰掛け、瞳を閉じた。
「大丈夫?」
「… はい〜、魔力を運用しただけですからぁ」
 瞳を閉じたまま答えた希亜の表情は、傍目にも疲れているように見えた。
「少し休憩にするわ」
 そう言ってスフィーは辺りに巡らせていた結界を解き、希亜の隣に腰掛けた。
「分かりました」
 希亜はそう答えて、横に置いてあるナップサックから水筒を取り出す。
 ステンレスの水筒に暖かい桃色が映る、蓋を外しながらに視線をその色の持ち主であるスフィーに向けた、途端。
「今日は何?」
「宇治の〜茎茶です」
 返事をしながら、お茶をコップに注ぎスフィーに渡す。
 たまにこうして外で練習をしている。 そして、そんな時はほぼ必ず希亜が水筒にお茶を入れて来るのであった。
 若干ぬるめのお茶を、一気に飲み干したスフィーは、
「やっぱりちょっと苦いよ〜」
 そう言うが、表情と動作でもう一杯と要求していた。
 差し出されたコップにまたお茶を注ぐ。
「ありがと」
(平和だな〜)
 そう思いつつ空を見上げるのだった。
 

「やっぱりRVR-75とBinary Lotusだねぇ そっちの方がすっきりしてて良いと思うんだけどな。 今回のは兵装が減ったのもちょっと痛いし…」
 最近プレイしているゲームの機体について、ぼんやり考えている所だった。
 つい先ほど、スフィーは希亜に一言告げてこの場から離れて行ったので、今は一人であった。
 前作では雪上迷彩のようにカスタマイズした機体を使っていただけに、今回のは物足りなげに感じていた。
 やはり手数が減ると痛い物であるが、軍畑との連係プレイでクリアーできるようにはなっていた。
「とは言え、対戦が醍醐味なんだけどねぇ」
 そう言って、ゲームの事を考えるのを止めた。
 またゲームになってから考えればいいと、そう思ったからだ。
 注意が思考から周囲へと移行する、そこに感じるのは静かに流れる風。
 希亜は静かにその流れを、そしてそれに乗る精霊を感じようと瞳を閉じた。
 

 少し経って瞳を開く、辺りの精霊に意識を向けたままに。
 魔法を使っていないので、精霊達と話すことは出来ない、ただ存在を感じようとしているだけだ。
「あ… れ?」
 ふと向けていた視線の端に、灌木の向こうから何かが近づいてくるのが見えた。 それが道なりにこちらに近づいてくるティーナだと気づくと、彼女が見えた時点でペコリと会釈をした。
 彼女は傍目にはスフィーの喧嘩友達に見えた。
 だが、それが実はお互いの世界の代表として、お互いの世界の優劣を決定する為に選ばれた者同士だと知ったのは、まだ桜が散っていた頃だった。
 また、彼女は希亜にとっても変わった対象だった。
 希亜は人物や精霊等をそれぞれの持つ雰囲気等で判別する癖があり、それが非生物相手には全く感じる事が出来ないのも分かっていた、無論非生物でもいわゆる付喪神になっている状態であればそれの持つ雰囲気などを感じる事が出来る。
 それにもかかわらず非生物であるはずの、HMのティーナに、それを感じる事が出来たのは、希亜にとっては衝撃的だった。
 だがそれも、彼女がある世界の代表であると言う事を聞いて納得がいったのだが。
「あ、こんにちわ」
「こんにちわ〜」
「一人なの?」
「いえ、スフィーさんと来ているのですが、『少し用事があるから待っていて』と言ってどこかへ行ってしまいました。 どうぞ」
 希亜にとっては素のままなのだが、ふわりとでもいうような感じで、ティーナに隣に座るように促していた。
 ちょこんと、希亜の隣に座り込むティーナ。
「スフィーと。 今日こそは決着をつけるんだから」
「もう少し、穏やかに行くと良いんですけど…」
 スフィーと聞いて意気込むティーナに、やれやれと思いつつも希亜は言葉を続ける、
「なぜ… 私たちの世界で、決着をつけようと思ったんでしょうかね」
「え?」
「あなたとスフィーさんが代表になっているのは知っています。 なれど、なぜ! 私たちの世界で…」
 堅く強くなっていく希亜の口調に、ティーナは彼の怒りを感じたのか。
「怒ってる?」
「怒ってはいます …でも」
 一度、隣に座るティーナの方を向く。 彼女が困ったような表情を浮かべているのに気づいた希亜は、視線を元に戻し。
「あなたやスフィーさんに当たっても、どうしようもないことですよね〜」
 そう言って、大きくため息をつき、
「すいません、私はこの世界が好きなんです〜。 あなた方の世界が出した結論を否定できるような〜、そんな権限は私にはないですよぉ。 だってその結論も、私のように自分の世界が好きな人が関わっていたでしょうからね〜」
 口調こそいつもののんびりとした希亜に戻ってはいたが、ティーナは希亜の目は笑っていないことに気がついていた。
「やり方、間違っていると思う?」
「いいえ。 万人が納得するやり方なんて、求めるだけ無駄でしょうから〜」
 そう言って希亜はティーナの方に振り返り、
「この話は、ここまで。 と言うことで…」
「うん」
「今日はお一人なんですか?」
「うん」
「そですか」
 単調なティーナ返事に、少しの戸惑いを感じた希亜は、水筒の中身を軽く振って確認し、ティーナの方を見て。
(あ〜、HMなんですよね。 お茶は無意味か、さてどうしたものか)
 そして、二人の会話が途切れた。

「あの〜、学校では同じクラスなんですよね」
「スフィーと?」
「はい」
「そうよ」
「スフィーさんの事、好きなんですね」
 驚いたティーナの顔がそこにあった。
「なんで…」
「それは、あなたが楽しそうな顔をしているからですよ〜」
「好きなんかじゃないわよ!」
「じゃあ、それでも良いですよ。 私がそう思いたいだけなのでしょうから」
「うー」
 一方的に語りかけられるのは性に合わないのか、ティーナは何か思いついたように顔を上げる。
「そう言えば、魔術は使えるの?」
「ええ、まぁ…」
 返答を濁す希亜にティーナは質問を続ける。
「本当は使えないんでしょ?」
 希亜は、困った表情をティーナに見せたまま。
「…よく言うじゃないですか『人を呪わばあな二つ』って、ですからあまり使いたくないんです。 それに、私の家系の魔女の魔術の代償は、私には大きすぎますから」
「…そうなんだ」
「まぁ、敢えて言えば私の魔術は、私の言葉その物ですね」
「それってー、ちょっと違わない?」
「はい、ですから敢えて言えばです」

 そんな会話を交わしていると、希亜の視界に灌木の上に見え隠れするスフィーの頭が見えた、ひよひよと歩調にあわせて揺れ動く二束の癖毛が結構可愛かったりする。
「スフィーさんが来ますね」
「…そう、今日こそ決着を付けないと」
 そんなティーナの声に希亜は。
「エンカウントですか」
 ため息のように呟いていた。
「そうだ」
 希亜の視界の端でティーナが立ち上がるのが見えた。
「あれ? どちらへ?」
「かっこよく登場するの」
 そんな返事を返しつつティーナは物陰に隠れる。
「はぁ…」
 そんな気のない返事を返し、希亜はスフィーが歩いてくるのを待つ。
「希亜〜、お待たせ」
 やがて歩いてきたスフィーに希亜の視線が向けられ、そのまま希亜はジト目のままに彼女を見る。
 その彼女の口には、何かの食べ残しがあった。
 不思議に思った希亜は、胸元から懐中時計を取り出す。 時刻は丁度3時を半刻ほど過ぎている。
「何?」
 大きな汗を一粒流すスフィーに、希亜は口を開く。
「スフィーさん、何か食べ「ここであったが百年目!」
 だがその希亜の声は、ティーナの元気な声にかき消された。
「誰!?」
「ふっふっふ、覚悟しなさいスフィー! 今日こそはレザムヘイムのティーナがきっちり印籠を渡してあげるわ!」
「あ〜あ」
 そんな希亜の声が二人の耳に広がる。
「途中までは格好良かったんですけどねぇ」
「ティーナさん、印籠ではなく引導、薬箱ではなくて、確かぁ死者を成仏させる為の文句の事ですよ。 これでまた一つ賢くなりましたね二人とも」
「希亜、あたしまで一緒にしないでよ〜」
「でも、知らなかったんじゃないですか?」
「う…」
 二人でほのぼのとした雰囲気を作っている希亜とスフィーに、自分が置いてきぼりを食っているのに気付いたティーナは息を吸い込み。
「と、ともかく! 今日こそ決着付けるわよ!」
 ピシっとスフィーを指さして言い切ったティーナ。
 だがスフィーは自信満々に言い返す。
「希亜、やっておしまい!」
 一瞬、希亜の頭は真っ白になった。
 数秒後再起動した希亜は、
「…スフィーさん、私は攻撃魔法も使えないんですよ!」
 もしかしたらこんな事になるんじゃないかと予測していた事態とは言え、思わず聞き返す希亜。
「師匠の言うことが聞けないの?」
「いや、しかし…」
 一度ティーナの方を見る。 彼女は困った顔をしている希亜を楽しそうに見ているだけだった。
「成せば成る!」
(これは言うだけ無駄ですねぇ しかし…)
「どうやって、攻撃しましょうか。 今まで一回も攻撃魔法を使おうともしたことないんですけど〜」
「いいから、何か強そうな物を思い浮かべてぶつけなさい!!」
「強そうな物、あぅ…」
 即座に、最近やり込んでいるゲームのよく使う機体を思い浮かべていた。 ヲタクのサガなのか、その機体の造形や動きがリアルに思い浮かべられ、今すぐにでもコスプレが出来るようになるまでに至っていた。
「さあ、そのイメージを強く思い浮かべて!」
「攻撃するの?」
 ティーナは楽しそうにそう言っているが、目は笑っていなかった。
 振り返り背後のスフィー見る、
「失敗したら許さないから」
(リアンさんがいたら、もう少し… あ〜、でもこの件では変わらないかぁ)
「やってみます…」
 スフィーにそう言ってティーナの方を向く。
「一応は、防御してください」
 構えるティーナと、
「こら希亜、敵に塩を送ってどうするのよ!」
 スフィーの叫び声を聞きつつ。
「行きます…」
 希亜は魔法を使うべく、精神集中を始める。
 同時にその機体のデータを一気に脳裏に展開した。
「data engage... release!」
 膨大な魔力が虚無へと弾けるような感覚を、スフィーとティーナの二人に感じさせたと同時に、希亜が先ほど思い浮かべた機体のデータが、魔力の高まりと共に像を成し始める。
 希亜を包み込んだ、希亜の思い浮かべた機体。
 多分インスタントヴィジョンなのだろう、魔力によって作り出されたその像は、バイザーを付けたような頭部、胴体の大きさに比べ巨大な両肩と両足、右腕にバズーカを抱えたままに。 相手を、つまりティーナを見つめていた。
「offense option "Binary Lotus"…」
 希亜の声がそう広がる。
 その瞬間もう一度、スフィーとティーナの二人は膨大な魔力が虚無へと弾けるような感覚を感じていた。
 像の両肩の部分が外側へスライドし、反射板のようなものが開く、同時にその中心に光が渦を巻いて収束を始め。 そして、大きく両足を踏みしめる。
「いけない…」
 それまで順調に発射シーケンスを確認していた希亜だが。 ここに来て少なくともゲーム上ではその機体の持つこの兵器が非常に強力だったのと、通常魔法が発動した場合、暴走状態で発動することをあわせて、「当ててはいけない」とそう判断していた。
 行動は一瞬の出来事だった。
 発射の直前、反射板が上に向きを変える。 だがその向きが完全に上を向く前に光は発せられた。
 渦を巻いた青白い光の柱が現れ、空気を一気に引き裂く大轟音が空間を震撼させ、光の柱は伸び行き消えた。 後には、光の柱が通り抜けた空間から、はっきりと分かるくらいの熱気が立ち上り、ゆっくりと消えた。
「希亜の魔法が…」
 通り抜けたのは光であるにもかかわらず、それはその圧倒的な存在感を周囲に誇示していた。
 スフィーとティーナ、両者ともその余韻が抜け切らぬ内に、ドサリと希亜は倒れ込んだ。
「あっ」
「希亜!」
 既に希亜を覆っていた像も消え、ブレザータイプの制服に身を包んだ彼は、ただぐったりとその身を横たえている。
 どうやら、気絶しているようである。
「ところでスフィー、代表同士で決着を付けるって事になっているけど、弟子とかって認められてたっけ?」
「あ……」
「一応、だめだったような気がするんだけど…」
「う……」
「希亜さん、かわいそう」
「……」
「せっかく必死で、しかも成功するかどうか怪しいくらいの確率の魔法を成功させたのに」
「……」
「かわいそうだなー」
「ああ、もう! 分かったわよ! この勝負預けとくわ!」
 ビシッとティーナを指さして言い切るスフィー。
「楽しみにしているわよ、スフィー」
 わざとらしく高飛車にそう言って、ティーナはこの場から離れて行った。
 後に残されたのは、気絶している希亜と、悔しさを隠しもしないスフィーの二人だった。
 

 五月雨堂、住居側。
「くやしぃ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「落ち着いて、姉さん」
「落ち着いてなんかいられないわ」
「じゃあ少しは静かにしてやれよスフィー、希亜はまだ目を覚ましていないんだろう。お前が止めなかったのが悪いんだからな」
 既に事の一部始終を、健太郎とリアンの誘導尋問的質問によって、全て話してしまったスフィー。
「だいたい、一回で気絶するぐらいの魔力を、二回連続で使ったんだろ?」
「それは希亜が勝手に…」
「スフィー、監督不行届って言葉、知っているか?」
「…監督不行届?」
「ねぇ〜さん。 要するに今回の場合は、希亜君の面倒を見る責任を果たせなかった事ですか? 健太郎さん」
「そう言うことだスフィー。 まぁ希亜君に関しては、目を覚ましてから本人の前で聞こうじゃないか」
「うりゅ〜〜〜〜〜」
 

「あれ… ここは… 五月雨堂やん…」
 記憶にある部屋に、思わず出身の言葉で呟く。
 上半身を起こした希亜は、まだ頭がハッキリしないのかいつもより眠そうな目で辺りを見渡す。
「ふむ」
 取りあえず立ち上がり、部屋を出ようと襖に手を掛けた。
 異常な軽さで襖が動く…
「「あ」目が覚めたんだな、希亜君」
「健太郎さん。 私、どうしたんですか?」
「気絶していたんだよ。 スフィーの前で二回も連続で大きな魔法を使ったって言うじゃないか、大丈夫か?」
 希亜はまるで記憶にないと言った表情の後。
「ああ! そうですよ、攻撃魔法を使うように言われまして、それで試したんですが… 上手くいきま「希亜!」
「…はい?」
 説明の途中でいきなり怒鳴られた希亜はややあって返事を返した、どうもまだ頭が起ききっていないらしい。
 だがスフィーは、
「しばらく魔法禁止!」
 その言葉に健太郎があっけにとられた。
 当の希亜は、まだぼうっとしている。
「え?」
 との返事を返すのにさらにしばらくかかった。
「もう一度言うわよ。 あたしとリアンの連名で、希亜が魔法を使うことを禁止します」
「魔法を禁止?」
「そう、一切の魔法をよ」
「私の一切の魔法の使用を?」
「そうよ」
「そですか、わかりました〜」
「いい! あたしが良いって言うまで一切の魔法は使っちゃだめだからね! それから…」
 ふと気が付くと、今まで希亜がいた位置にはリアンが立っていた。
「姉さん、希亜君帰っちゃいましたよ」
「え?…」
「やっぱりショックだったのでしょうか」
「あの位でちょうど良いのよ!」
 そんな二人の前を、住居側の玄関から店の方へと、静かに通り過ぎる希亜。
 視線の先の彼は、店側に置かれていた自分の靴を履き。
「おじゃましました」
 そう言って五月雨堂を後にした。
 
 
 

 翌朝寮、軍畑&希亜の部屋。
 軍畑の目が覚めた、部屋をごそごそと引っかき回す音によって。
 布団からのぞき込むと、同室の希亜が段ボール箱に色々と荷物を詰め込んでいるところだった。
「んー、なんスか? 弥雨那ちゃん、こんな朝早くから」
 そう問いかけた軍畑だが、希亜は気付くこともなく、段ボールに物を詰めて行く。
 魔法書やマジックアイテムのみが詰められた箱をガムテープで封をするのを見て。
「実家に送るんスか? それ全部」
「あ…」
 ようやく希亜は軍畑の存在に気がついた。
 だが彼は軍畑の方を向いて、そのまま惚けたように止まってしまった。
「弥雨那ちゃん?」
「…お早う、ございます〜」
 それだけ返事をして、希亜は次の段ボールに荷物を詰めて行く。
(なにか、話せない事でもあったんスかね)
 布団からのぞき込むようにしたままの軍畑。
 視線の先の希亜は、ペンダントになっている彼自慢の箒を、胸元から外し、小箱に詰め込んでいた。
(おや? あれは弥雨那ちゃんの曾お婆ちゃんからの贈り物だから、片時も放さないって言ってた物スよね。 どうしてしまい込んだりするんスか?)
 そして、その小箱も段ボールの中にしまい込まれる。
 梱包された二つの段ボール箱に、宅配便の伝票を張り付けた希亜は、片方を抱えて部屋から出ていった。 重そうな足音が遠ざかる。
「いったいどうしたんスか? 弥雨那ちゃんは…」
 いぶかしげにベッドから出て、段ボール箱に貼られた伝票をのぞき込む。
「神戸ッスか…、これは多分弥雨那ちゃんの実家の住所ッスね」
 まだ眠いのか欠伸を一つし、取りあえずトイレへと部屋を出て行くのだった。
 

 寮、玄関。
「大事な物ですから、間違いの無いようにお願いしますね」
 伝票の控えをもらった希亜は、静かに言った。
「はい、お任せ下さい」
 風見鈴鹿は威勢良くそう返事を返し、二つの段ボール箱を台車に乗せて行ってしまった。
 誰もいなくなった寮の玄関がやけに広く感じる。
「大切な、ものだから…」
 つぶやき、首をひねり。
「いや、だったから」
 そうくくって、身を翻したがそこで足が止まった。
「使えない魔法に、飛べない箒乗り… 何の価値があろうや」
 つぶやき部屋へと戻るのだった。
 

 放課後漫研部部室。
「チェック終了」
 備品チェックリストをパタンと閉じて机の引き出しにしまい、一息つく。
 傍らには購入品リストが無造作に置かれていた。
「行くかな」
 購入品リストを片手に立ち上がり、側にいたすばるに、
「備品の購入に行って来ますね、御影さん」
「はい、行ってらっしゃいですの〜」
 そう言って希亜はとことこと歩いて部屋を後にした。
「今日は歩いていくんですのね〜」
 独り言のように呟いたすばるは、そのまま作業の中へ入っていった。

「階段を下りるのが、しんどい」
 いつも階段はふよふよと浮いた状態で降りて行くので、足で階段を踏みしめながら降りて行く事を、比較的新鮮に感じつつ、同時に体の重さを感じていた。
 
 
 

 数日後、下校時刻前。
 希亜が既に帰宅した後の事だった。
「希亜〜… なんや、もう帰ったんかいな」
 部室の中を見回した由宇だが希亜の姿はなかった。
「まぁええ、バタ子がおるから」
 ここ数日、由宇も含めて特に漫研部関係者の面々は違和感を感じていた。
 買い出しの速力と正確さに定評のある希亜だったが、ここ数日は放課後すぐに買い出しに行き、下校時刻が近づく頃に帰ってくるのだ。
 ふと、軍畑が希亜のルームメイトだと言う事を思い出し、
「なぁ軍畑、最近の希亜変やないか?」
「姉さんもそう思うっスか」
「希亜君ですの? ! そう言えば昨日も歩いて学校に戻る希亜君を下校中に見かけましたですの」
 そばでペン入れの練習をしていたすばるが、二人を見上げながらそう言った。
 元々希亜はあまり部室に長居をするタイプではない。
「ほんまに歩いとんやな」
「そうですの、最近希亜君が空を飛んでいるのを見た事ないですの」
「変わった事あったんやろか?」
「変わった事っスか? そう言えば前に魔法に使う道具とかを実家の方に送ってたみたいッスよ」
 軍畑の言葉にピンと来る物があった由宇だが、次いで出された軍畑の言葉に閉口した。
「あ! そういえば弥雨那ちゃんそれ以来魔法使っていないッスね、夜の散歩にも出ていないみたいだし… それからっスかね、よく部屋で紙に向かうようになったのは」
「この、ドあほう!」
 一瞬だが、ハリセンの音が部室を支配した。
「だって姉さん、弥雨那ちゃんにその事を聞こうとしたんスけど、その時の弥雨那ちゃんの目すごく…」
「怖かったんですの」
「すの字までかい!?」
 涙目でそのときの情景を思い出すすばると軍畑。 呆れた由宇は、今はいない希亜のスケッチブックに目を落としたのだった。
「なんや、これは…」
 その中身は、全くまとまらないアイディアノート。 スランプとか、そんな感じではなく…
「あいつ、魔法捨てたんやないやろうな」
「弥雨那ちゃんが?」
「希亜君が魔法を捨てるなんて考えられませんの」
 魔法にと言うよりは、魔女の系譜であることに誇りを持っている希亜。
 そんな事は希亜と親しい人物ならたいていが知っていた、たとえうまく魔法が使えなくても、その誇りがどんな時も希亜自身を支えているだろうことも容易に想像できた。
 

「私は〜、どうしたいんだろう」
 希亜は、誰もいなくなった公園で、夕焼けを過ぎもう夜へと移り変わろうとしている空を見上げていた。
「ねぇ、ソレを失った者は、空はもう包んでくれないの?」
 ボールが公園から出ないようにと張り巡らされたフェンスの外側から、その金網を掴む手。
「魔法を使わないと感じられない…、でも魔法は使っちゃいけない」
 強く金網を握ったり、力無く金網に振れるだけになったりするその手。
「最後の契約だから…、守らないと」
 やがて、重力に負けるようにその手はずるずると金網から落ちていった。
「私が、魔女の系譜だった証だから」
 すでに手はだらりと力無くその腕にぶら下がっていた。
「ねぇ、私はどうしたいの? …私は…」
 見上げた空はただ静かに希亜の上に在った。
 

(あ、希亜君)
 リアンは図書館からの帰りしな、ふと公園の入り口にさしかかった時に、公園の中をこちらへと歩いてくる希亜の姿を見つけた。
(元気、無いみたい)
 とぼとぼと、と言うよりは、その体を引きずるように歩いている希亜の姿。
(どうしたんでしょう。 やっぱりあの事が…)
 近づいてくる希亜は、もう目と鼻の先という距離まで近づいてようやくこちらに気付いた。
「あ、リアンさん。 こんばんわ」
 いつもの緊張感のないのんびりとした声がリアンに届く。
「…こんばんわ、希亜君」
 目を合わさなくても、彼の瞳が虚ろなのが分かった。
「じゃあ、私は帰りますんで」
「希亜君」
「はい」
「…ううん、気をつけて」
「はい」
 だからかリアンは言葉を紡ぐ事が出来なかった。
(姉さん、もうそろそろ…)
 

 夜、宮田家リビング。
 リアンが宮田家に着くと、丁度健太郎が夕食の準備をしていた。
 リビングでくつろいでいる姉、スフィーの前に座り。
「姉さん、ちょっと良い?」
「なに? リアン」
「希亜君の事なんだけど」
「希亜、…そう言えば最近来なくなったね」
「おいおい、お前があいつに魔法を禁じたんだろう?」
「……あ…」
 スフィーの頭に浮かぶ大きな汗。
 一瞬沈黙に包まれる宮田家のリビング。
「姉さん、希亜君かわいそうです」
「う…」
「あいつ、魔法の事はけっこう真剣だったよな…」
「う…」
「そろそろ良いんじゃないですか?」
「だめ、だめだよ。 希亜の魔法は暴走魔法、万が一広域破壊魔法を成功させたらどうなると思う!?」
「…でもそれは火事になるからって、火を使わせないのと同じだぞ」
「うっ… だめなモノはだめなの!!」
「姉さん…」
 

 同刻。 寮、軍畑&希亜の部屋の前。
「軍畑の話がホンマやったら、今希亜の部屋には魔法の道具はない。 そうやったら希亜は魔法を捨てた事に…」
「でも姉さん、弥雨那ちゃんは魔法、じゃなかったッス、魔女の血筋としての誇りを捨てられるはずはないんスよ」
「なんでや?」
「弥雨那ちゃんの最近の寝言なんスけど『最後の契約だから守るよ』って言ってたッスから」
「ほな、今の希亜はそれだけでもっとるようなもんやないか!」
「だって、弥雨那ちゃんて聞かないと自分の事って話さないッスから」
「まぁええ… 邪魔するで」
 いつまでも続きそうな軍畑とのやり取りにそう言って区切りをつけると、由宇はドカドカと部屋の中に入り込んだ。
 中に入った由宇と軍畑、二人の目の前には、机に向かって静かに紅茶をすする希亜の姿があった。
 机の上には、空を見上げる独りぼっちの天使を描いた鉛筆画の絵が置かれていた、おそらく二人がここに来るまでに描き上げたのだろう。
「弥…」
 軍畑の呼びかけはそこで止まった。 ゆっくりと振り返った希亜は、いつもの緊張感の切れた面持ちで、
「どうしたんですか?」
 いつも通りのほほんとそう答えたのだった。
 いつも通りの希亜、だが二人はそこに違和感を感じていた。 それは多分、希亜の周りの空気まではのほほんとしていなかったからだろうか…
「弥雨那ちゃん、魔法は使わないんスか?」
「…魔法? はい、使えなくなりました〜」
「どういう事や? あんたは魔法使いやなかったんか?」
「…私は魔法使いじゃなくて、魔女の系譜の箒乗りでした」
「そんなんどっちでもええ、なんで魔法が使えんのや!?」
「契約なんです、それ以上は聞かないでください、答えるわけにはいきませんから」
 そう言った希亜の言葉はいつものもの。 でも、いつものすべてを見透かすかのような視線はなかった。
 無論この程度でひるむような由宇ではない、軍畑は少しひるんでいたが…
「答えてもらうで、誰との契約や!」
「弥雨那ちゃん、教えてほいしいッスよ。 最近の弥雨那ちゃんはおかしいッス、元の弥雨那ちゃんに戻ってほしいッスよ」
「知って、どうするんです?」
 視線も言葉も変わらないまま希亜は二人に言った。
「決まっとる、破棄してもらうんや!」
「そうッス、そしていつもの弥雨那ちゃんに戻ってもらうッス」
「そうや! こみパ行くんも、買い出し行くんも、超音速の箒であっという間に行ってもらわなこっちが困るんや!」
「姉さん…」
 由宇の本音とも取れる剣幕に、思わず引いてしまう軍畑…
「ええか、そもそ… なんや?」
 希亜が手のひらを由宇に向け彼女の話を止めた、すぐ希亜は口を開き。
「私の師です。 私のグエンディーナの魔法の師匠、スフィー=リム=アトワリア=クリエールとリアン=エル=アトワリア=クリエールの両名と私は最後の契約を交わしました」
 やはりいつもの口調で、希亜は言い切った。
「スフィー=りむ=あ… あの二人か!」
 言うが早いか、由宇は部屋から飛び出していった
「スフィーって事は、弥雨那ちゃんがいつも魔法を教わっていた人ッスよね」
「はい」
 行ってしまった由宇の事を気にしないのか軍畑は、
「弥雨那ちゃん、話してほしいッスよ。 オイラは先輩としては頼りないッスけど、でも弥雨那ちゃんの力になりたいッスから」
「軍畑さん、そんなに気を落とさなくても良いですよ」
「弥雨那ちゃん?」
「人生、塞翁が馬といいますから」
「あ、諦めちゃだめッス」
「そうですね… で、聞きますか? 私がこうなった経緯を」
 相変わらずののほほんとした表情で、まっすぐに希亜は問いかけた。
「聞くッス…」
「分かりました。 そうですね…」
 

 宮田家リビング。
 電話の音が聞こえる。
 けんたろが出たみたい、話し方からしてそれも知り合いみたい。
「スフィーにですか?」
 なんだろ、あたしの名前が出てくるなんて、
「スフィー! 電話だぞ」
 何となく気になって、けんたろの方を向いた。
「う〜誰よ?」
「猪名川さんだよ、ほら希亜の所の寮の管理人」
「けんたろは知り合い?」
「ああ、先輩だから」
「ふうん」
 健太郎から受話器を受け取った、
「もしもし変わりました、スフィーです」
『あんた、ゾンビみたいになった希亜を見たんか?』
「え?」
 希亜って、ああ!
『見たんか? 言うとるんや!』
「何よ! 希亜の事はあたしが一番知っているんだから!」
 そう、あの子がどんなに魔法に対して真剣だったか。
『ほんなら、なんで希亜はあないなったんや? 言うてみぃ!』
 何も知らないのはこの人の方じゃない。
「…じゃあ、希亜の魔法が暴走して世界が吹っ飛んでも良いのね!」
 チョット言い過ぎたかな… 希亜はそんな事する子じゃないのは分かっているつもりだけど…
『どういう事や?』
「希亜はね、空を飛ぶとかそう言う事以外で、普通の魔法を使うときは、魔法が全部暴走状態になるの」
 そう、その力のすべてがまるで呪いにでもかかったみたいに、ただ空へと向いている。
『…ちょっと待ちや』
「何よ」
『希亜は、たしかに少し魔法が使えるらしいな。 やけど、空しか飛べない魔法使いやなかったんか?』
「そうよ」
『ほななんで普通の魔法が使えるんや?』
「そりゃあもちろん…」
 あたしが教えていたから…
 あたしが?
 

 同刻。 寮、軍畑と希亜の部屋。
「ええ、もっともリアンさんの方が長いんですけどね、教わったのは。
 先程も言いましたけど、私は空を飛ぶ事と、インスタントヴィジョン、それに精霊たちと話すための魔法が何とか使える程度の魔法使いです。
 前までは、それらも昔よりも安定して使えるようになりました、それに他にも何とかという程度の確率ですけど少しは魔法が使えるように…
 けど、それも今となっては意味をなしません」
「弥雨那ちゃん…」
「それからですね、私は次の心のよりどころを探さないとって思ったのは…」
「そう言えば、弥雨那ちゃんは魔術も使えるんじゃなかったスか?」
「ええまぁ、でも私は魔術はあまり好きじゃないんです。 ある程度の知識とかはありますけど… あ、私の言う魔術は、私の家系に伝わる魔女の系譜の魔術の事ですよ」
「どんなのがあるんスか?」
「そですね… 簡単にイメージする事が出来る言葉に置き換えるとぉ、だいたい〜、カウンセリングと薬物調合ですね、学問的に薬物は薬理学の方になるから、薬品というよりは薬というイメージですね〜。 あともう一つあるんですがそれはちょっと好きではないので…」
「弥雨那ちゃんそれらが出来るんなら、大丈夫ッスよ」
「そうでもないですよぉ。 私はカウンセリングなんてまだまだ未熟ですし、薬物調合はからっきしですからね、それにもう一つは代償が大きすぎますから」
「がんばれば大丈夫ッスよ」
 そう励ましたつもりの軍畑の視界には、ごく自然に笑みを浮かべた希亜がいた、その口が動く。
「さて。 もう、そんな事は過去の事にしないと…」
「弥雨…」
「空はこんな私を受け入れてはくれないから」
「…那」
「最後の契約だったから」
 希亜の言葉が切れ、沈黙が重くのしかかる。
「ねぇ、軍畑さん。 他に聞きたい事ありますか?」
 そう言った希亜の顔を軍畑ははっとして見つめてしまう、視線はいつもののほほんとしたもの、でもその表情の中、希亜の瞳から光が消えている事に、ようやく気付いたのだったから。
 何かを求める、探求者のような瞳の中の光。 眠そうな瞳の奥の深く静かな鋭い光が、今の希亜には感じられなかった。
 それを知ってしまった今、軍畑が希亜にかける言葉は消えてしまった。
 

 同刻、寮、管理人室。
「黙っとらんと、なんか言ったらどうなんや?」
『うるさいわね! 危ないから、希亜には魔法を使う事を禁止したの!』
 ガチャン!
「っ! 切りおった…」
 仕方なく受話器を置く。
 ふと、思い出す…
 初めて、初めてあの子に会ったのはいつの頃やったやろう。
『初めまして、希亜といいます。 その、姉がいつもお世話になってます』
 アっちゃんの横につかず離れずにいた、確か… まだ小学生だったと思うんやが…
 ウチもまだ駆け出しの頃で、たまたま知り合ったアっちゃんと合体ブースでやった時やったな。
 いつも魔法の話になると、真剣で、やけど純粋で…
 そんな希亜が、魔法を捨てられるはずないんや…
 …希亜自身の問題やけど。
「まだ入ったばっかりやのに。 アっちゃんに合わせる顔、無くなってもたな…」
 
 
 

 数日後、放課後。
「土曜日っていうのは、こんなに憂鬱だったかな…」
 鞄を部室に置いたまま、学園内を彷徨っていた。
 あまり部室にいたくない、そんな思いが希亜の足を動かしていた。
 視線は上がらなかった、空を見上げるのが辛いから。
 心が、消えていきそうになるから。
 空に、心が犯されていきそうになるから。
 空の持つ寂しさに、心が圧壊しそうになるから。
 

 人気のない学園の一角…
 といっても、広大な学園なのだから、そんなところはいくらでもある。
「あれ? 血?」
 見つけてしまったのはうつむいていたからだろう、地面に幾つかの血の跡。
 その点々と続くその先に、
「行き倒れにしては、派手ですね〜」
 場違いな感想を漏らしながら、倒れている白衣の人物。
 そっと露出している首筋に触れて、ついでに脈を診る。
 動いている。
「死んだわけではないんですね〜」
 変な自信だが、今なら何を見ても驚けない自信があった。
 倒れている人物を見ても何の動揺も感じなかった。
 だが。 ふと、助けようと思った。
 正しい事をする、正義に目覚める。 そう言った正のベクトルとは逆の、逃避という負のベクトルから。
 今の自分から、少しでも心を偽っていたかったから。
 希亜は、その白衣の人物を助けようと、体を動かした。

 身長は希亜よりも高い、多分体重も希亜より重いだろう。
 うつ伏せになっている人物の足をそろえ、腰に手を回し、全身の力で抱え上げ、立たせたところで一気に前に回り込むようにして背中に抱え上げる。
 そうして、ゆっくりとこの場からその人物を背負って歩き出した。
「レスキューの同人誌のネタが、こんなところで役に立つとは〜…」
 両足にかかる、地面の感触。
 背骨がみしみしと言いそうな重圧。
 自身の力のなさに、少し悲しくなる。
 同時に冷静な自分を感じていた。 ここから最寄りの保健室と最短ルートの割り出しを終え、ゆっくりと足を進める。
 

 第二保健室。
「いいの?」
「はい…」
 幾つか血の付いた制服のままに希亜は第二保健室を後にした。
 後ろ手に戸を閉め、歩き出す。
「制服、汚れちゃったなぁ」
 自分がやった行為と、その動機の後ろめたさに、保険医の相田響子には自分が運んだ事は伏せてほしいと告げていた。
「何をしているの」
 誰もいない廊下に淡く消える自分の声、
「何をしているの〜、私は…」
 再確認するように呟くと、あふれ出す空しさに身を任せたまま、希亜はこの場を後にした。

 保健室から出て行った希亜にいつまでも気を取られるでもなく、彼女は声をかけた。
「具合はどう?」
「良くはない」
 カーテンの向こうからそんな声が聞こえる。
「…それより、さっきのは誰だ?」
「…知り合いじゃないの?」
「あんな華奢で軍隊の担ぎ上げ方を知っている知り合いはいない」
「そう…」
「知らないのか?」
「当たり前でしょ? 何人の学生がここに通っていると思うの? あなたみたいな常連さんじゃない限り覚えたり出来ないわ、悠君」
「…なるほど」
 

 夕刻、漫研部部室。
「戻りました」
「ああ、ご苦労さんって、ずいぶん汚れてい…」
 言いかけて固まる千堂 和樹。
「あれ? 千堂さん、どうしたんですか?」
「希亜君、どこか怪我でもしたんですの?」
「いえ、体の方は健康体ですが」
「でも制服が汚れていますの、…その、血で」
 言いにくそうに言ったすばる、
「これは、ちょっとけが人を抱えて運んだものですから、その時に着いたんでしょう」
「そうでしたの、それは良い事をしましたですの」
と、真っ直ぐにすばるが見た希亜の表情はいつもの希亜の物だった。
「そうですね〜」
 そう答えつつも、希亜の手は購入してきた備品の整理を始めていた。
「そう言えば、あの人は誰だったんでしょう?」
「どんな人物だい?」
「白衣を着てて〜、ひょろ長い感じで、髪はそんなに長くなくて…。 体格は結構がっしりとしてました」
 思い出しながら答える希亜、もちろんその間も備品の整理の手は止めない。
「それじゃあ分からないな」
「…ですね」
 パタンと、備品の整理を終えた希亜の手が棚をしめる。
「ああ、そうでした。 背はこのくらいです」
と、背を伸ばして手で相手の背丈で手を止めた。
 背伸びをして相手の身長を表している希亜に、何となくではあるが和樹は違和感を感じていた。
「希亜君。 つま先立ちにならなくても、いつもみたいに飛べばいいじゃないか」
「千堂さん、私はもう魔法は使えないんです」
「え?」
 目の前の希亜の言葉に一瞬戸惑う。
 今まで直接言ってはいないが、目の前の彼は確かに魔法を使う事に対して、誇りのような物を持っていた。
 そのはずだった。
「ですから〜、その話は止めてくださいね」
 そう言えば希亜を見る部員たちの様子が何となくおかしい。
 まるで、はれ物に触るような…
「さて…」
 目の前の彼が帰り支度をしている。
「私は帰りますから、お先です〜」
 行ってしまった。
 頭の中で一度整理してみる。
 前に見た希亜は確かに魔法を使っていた。
 この学校独特の雰囲気に慣れるように、自然と魔法を使っていたはずだった。
 今日の彼は「魔法を使えなくなった」らしい。
「あのですの…」
「ん? ああ、なに? すばる」
「希亜君がおかしくなったのは、希亜君の魔法の師匠に、魔法を使う事を禁止されたからなんですの」
「希亜君の魔法の師匠?」
「はいですの。 どなたかまでは由宇さんは仰りませんでしたの」
 

 部室棟一階。
 ゆっくりと、疲れた体に無理をしないように階段を下りる、一人の生徒。
 下を向いたまま、階段を一歩一歩慎重に下りる。
 白髪交じりの尻尾頭に、ブレザータイプの制服を着て、眼鏡の向こうに碧眼を持つ人物。
 目の前にある最後の段を下りきって、ふと彼は顔を上げた。
「希亜」
 彼の視線が上がる…
「スフィーさん、どうしたんですか? こんな場所に」
「ちょっといい?」
「ええ、かまいませんよぉ」
 いつもの言葉、いつもの調子。 でも何かこの子には足りないような。
「どこか静かで、ゆっくり出来るところ無い?」
「森の中ではどうですか?」
「じゃあ、案内して希亜」
「分かりました」
 全くのいつもの様子、でも何かが足りない。

 白髪交じりの尻尾頭がふらふらと揺れている。
 希亜自身に聞けば、全て答えてくれるだろうけど、そんな事したら多分希亜はもっと心を閉ざしてしまう。
 リアンの言ったとおり、魔法を使うしかないか…

「この辺りでいいですか?」
 振り返った希亜は後を付いてきているスフィーに言った。
 だが当のスフィーはぶつぶつと何か言いながら、希亜の前を通り過ぎようとしていた。
「あの〜、スフィーさん!!」
「えっ… あ〜ごめんごめん。 じゃあそこに座って」
 スフィーに指さされた石の上にゆっくりと腰を下ろす希亜。
「何をするんですか?」
「魔法を使うから、よく見ているのよ」
「…はい」

 目の前のスフィーの気合いと共に。
「あ…」
 目に入ってくる、一面の空の青。
「ああ…」
 その青が、
「うぁ…」
 落ちてきた。

(壊れる…)

 両腕に風を感じている。
 まるで風を受けているような感覚…
 ふと、視線を向けた。
 翼があった、記憶の中に似たような翼があった。
 アホウドリの翼、超大型の鳥類の為に主に羽ばたく事ではなく、まるでグライダーのように空を飛ぶ為の翼。

(違う!)

 静かにその翼をたたんだ。
 みるみる重力に引かれて落ちて行く感覚。
 地面はみるみるうちに近づいて。
 視界がドロリと赤く染まった。

(これでいい)

 不自然な方向に折れ曲がった首、翼、足。
 地面にドロリと広がる朱。
 その朱の中に沈んだ、折れ曲がった首の先の、その瞳。

(私には翼なんか要らない)

 そのアホウドリの前で、男の子が空を見上げる。
 一瞬目と目が合う、碧眼に心まで見通されたような錯覚。
 だがその碧眼の男の子はこちらに気付くことなく、静かにふわりと浮かび上がった。
 何の道具も使わずに…
 そして、ゆっくりと箒にまたがると、ぎこちない動作のままどこかへと飛び去ってしまった。

(ああ…
 そうだ…
 私には、もうその力は使えないんだな)

 大きな柱時計が、一刻、また一刻時を紡いでいる。
 その重い音が低く、だが軽快に時を刻む。

(だったら…
 時を閉じよう)

 柱時計の下には、肉塊となり果てたアホウドリの死体が、その場所をドロリと赤く彩っていた。
 時を刻む音だけがその場所にはあった…


 視界が開ける。
 目の前には、
「あ、スフィーさん」
 頭の中にいっぱいあった事が、どんどん崩れて行きはっきりしない。
 なにか、何かとても大切な事を覚えていたような気がする。
 まるで夢を見ていたかのように、それが何だったのか思い出せない。
 だが同時に、思い出そうとも思わなかった。
「大丈夫?」
「何がですか?」
「うなされてたけど…」
「何か… とても大切な事を見ていたような気がするんですけど〜、まぁ良いでしょう」
「そうなんだ」
 何となく、目の前のスフィーにぎこちなさを感じた希亜。
「あれ?」
「なに? 希亜」
「スフィーさん、何か考えてますね?」
「もういいのよ」
「… 何がもういいんですか?」
「魔法の事、希亜がこんなに苦しんでいたなんて知らなくて…」
 その声を聞いた瞬間、体が軽くなったような気がした。
 それはとても馬鹿らしくて…
 まるで自分を縛り付けていた枷だけではなく、自分を構成する殻が全て砕け散って外れたかのように。
 そして、馬鹿らしい事ですら、無為な物に思えて…
 だから、現世そのものに興味もなくなっていた。
「そう、ですか… これで心おきなく死ねます」
「希亜!」
「さよなら、全て…」
 向きを変えて、森の奥へと私は歩き出す。
 今の私はただどうやって死のうか、それだけが頭に広がっていた。
 思考の全てが、貪欲に消滅へと向かっていた。
 いや、それ以外にはもう存在しえなかった。
 それ以外は、摩滅してしまったのだろうな。

 ふと、背後に魔力を感じた。
「希亜のぉ〜…」
 何かを溜めているような響き。
 それは紛れもなく彼女の物で…
「バカっ!!」
 

 第二保健室。
「しかし、死ぬとこだったわね。 普通なら…」
 そこまで言って保険医、相田響子は言葉を止めた。
「気がついたかしら?」
「あ〜、はい。 なんとか〜 生きてるみたいです」
 相変わらず、緊張感のない声がカーテンの影から聞こえてきた。
「あー! 髪焦げてるぅ!」
 内容の方も緊張感がないし…
「ううっ〜、しくしく髪がぁ」
 でも、なにか、違う感じがする。
「まぁ、別に良いか…」
 その無彩色な言葉を最後に、カーテンの向こう、ベッドからの言葉が止んだ。
「所であなた、軍隊にでも行っていたの?」
「…はい!?」
「前にあなたが運んだ悠… 悠朔君が言ってたわよ、たしか『あんな華奢で軍隊の担ぎ上げ方を知っている知り合いはいない』って」
「あの人は、はるかはじめさんですか…」
「質問に答えてもらえる? 弥雨那希亜君」
「あ〜、そですね。 私は別に軍隊の経験はありませんよ、その知識はレスキュー関係の本に載ってますから」
「あ…」
 なるほど、と納得する相田響子。
「変な事知っているのね」
「多分、変な事しか知りませんよ」
 カーテンを開けた希亜、その視線が先ほどから響子の傍らで座っている人物に向けられたままになっていた。
「あ、スフィーさん…」
 希亜の声を聞いて立ち上がるスフィー。
「希亜、また死のうとしているんじゃないでしょうね」
「死んだ事にしましょうか」
「え?」
「あの希亜は、死んだ事にしましょうか」
 戸惑うスフィーに、呆れる響子。
「ま、ともかく。 いまは空虚な精神状態ではないですから、そんな事はないですよ」
「あなたね、死「いいわよ!! あの時の希亜は死んだ、今の希亜は新たな希亜、いいわね?」
「OKです。 それでも私は魔女の系譜の魔法使いですけれどね〜」
 のほほんと言う希亜に響子が呆れながら言葉を放つが、それは見事にスフィーによってかき消され、さらに当人達の間で勝手に問題を解決されてしまった。
「まったく、あなた達は…」
 目の前で解決した問題に、保険医の仕事の一部を取られたような気がする響子は、呆れながらに言葉を続ける。
「終わったのなら帰りなさい、ここは怪我人が来る所よ」
 そう言って二人にお引き取りを願うのだった。
 

「スフィーさん、私ちょっと実家まで行ってきますね」
 保健室を出てすぐに希亜はそう言った。
「…どーして?」
「いろいろと〜、です」
「いいわよ、行ってらっしゃい」
「…帰るのに『行ってらっしゃい』って、なんか変ですね」
 そう言った希亜の顔は、どことなく嬉しそうな表情をしていた。
「そうかな」
 スフィーの表情もすっきりとしていた。
「さて、夜行バスに乗れば十分間に合うかな? 今月の仕送り全部使っちゃうけどぉ」
「なんで帰るの?」
「それはですね、実家と自宅に全て送ってしまったんですよ、魔法関係の物を」
「ええっ!?」
「でわっ、また月曜日に〜!」
 驚くスフィーから逃げるように離れ、一目散に駆け出す希亜。
「ちょっと希亜ーー!」
 そう声を上げるスフィーだが、希亜は既に全力疾走で廊下を駆けていた。
 とは言え、そんなに早くはないけれど…
 
 
 

 翌々日、月曜日放課後、学園内の森の中。
 スフィーの後をリアンと共に森の中を進んでいた。
 かなり深い森の中に来て、ようやく立ち止まった彼女に希亜は問いかけた。
「こんな所で、何をするんです?」
「前に撃った攻撃魔法をもう一度使ってもらうわ」
「え?」
「希亜君の魔法を見極めたいんです」
 同じく付いてきていたリアン。
「むぅ〜 良いんですか?」
「だからこんな奥まで来たんじゃない。 さあ! 本気で、撃ってみなさい!」
「良いんですか?」
「本気じゃないとだめよ」
「分かりました、全力で〜行きますね」
 普段の、のほほんとしたままに希亜は答えた。
 そのまま、スフィーたちの元から離れて行く。

 幾分か離れた開けた場所で希亜は立ち止まった。
 希亜は魔法を使うべく、精神集中を始める。
 自身の身体を、心を満たし、なお溢れ出さんばかりの魔力に心が躍る。
「奮えるは我が心…」
 気がつけばその身は宙に浮いていた。
「其は心より…」
 あの時の機体のデータではなく、ゲームで使っていたカスタマイズした方のデータを、一気に脳裏に展開する。
「data engage… release!」
 膨大な魔力が虚無へと弾けるような感覚を、スフィーとリアンの二人に感じさせたと同時に、希亜が先ほど思い浮かべた機体のデータが、魔力の高まりと共に像を成し始める。
 希亜を包み込んだ、希亜の思い浮かべた機体。
 魔力によって作り出されたそれは、バイザーを付けたような頭部、胴体の大きさに比べ巨大な両肩と両足、右腕にバズーカを抱えたままに。 虚空を見上げていた。
 その姿は以前のカラーリングとは異なり、透き通るような淡い青をたたえた白いボディー、そのボディーはガラスのように周りの景色を映し込んでいた。
 それが地面に着地する、ふわりではなくズシリと、その足跡をはっきりと残して。
「offense option "Binary Lotus"」
 希亜の声がそう広がる。
 その直後もう一度、スフィーとリアンの二人は膨大な魔力が虚無へと弾けるような感覚を感じていた。
 両足が大きく地面を踏みしめ、像の両肩の部分が外側へスライドし、反射板のようなものが開く、同時にその中心に光が渦を巻いて収束を始めた。
「あれ?」
「姉さん」
 二人は気がついた、希亜から感じる、彼の膨大な魔力が虚無へと弾ける感覚、それが未だに続いているのだ。
 二人が危険に思って希亜を止めようと思った瞬間。
 辺りが光に包まれた。
 次いで爆発音と衝撃が二人のいる場所を通り抜けて行く。
 校舎からだろう、爆音の山彦が帰る。
 ようやくくらんでいた目が回復した時、二人の視線の先には、開いていた反射板を収納する機体の姿が在った。
「希亜?」
「希亜君!」
 その機体はその場で滑るように向きを二人の方へ変え、こちらに左腕を突き出した、親指を立てた手のままに。
「…大丈夫みたい、ですね」
「…そうみたいね」
 二人の言葉を聞いたのか、機体がふわりと浮かび上がる。
 魔法を解除したのだろう、像が光へと、淡く空気へと溶けてゆく。
 消えて行く像の中から希亜の姿があらわになるが、希亜はぴくりともせず宙にとどまっていた。
「どうやら、気を失っているみたいですね姉さん」
「…そうみたいね」
 既にいつもの事なので驚く事もせず、冷静な二人。
「姉さん」
 まじめな顔をしてリアンは言葉を続ける。
「希亜君には悪いんですけど、やっぱり攻撃魔法になるものは禁止しましょう」
「うん」
「さっきのですが、あれは攻撃魔法でした」
「やっぱり?」
「ただ純粋に光だけが打ち出される感じの… 所で姉さん、前に希亜君の魔法って跡は残ってました?」
 リアンが指を指す先には地面に残った先ほどの機体の足跡があった。
「………そう言えば、無かったような〜」
「姉ぇさ〜ん、多分それは、インスタントヴィジョンですよ…」
 大きな汗が流れるスフィーはただ。
「希亜には、内緒にしてもらえる?」
 そう言うのが精一杯だった。
「そうですね…」
 姉の言葉に大きな汗をおもわず湛えるリアンだった。
 二人の視線の先には、宙にとどまったままの希亜が、ゆっくりとそよぐ風に流され始めていた。
 

 夕刻、宮田家リビング。
「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
 結局インスタントヴィジョンによって、魔法を禁止されていた事を知った希亜は、開口一番そう叫んでいた。
「ごめんなさい」
 健太郎の視線が痛いスフィー。
 結局、健太郎の口車に乗って、ついうっかり話していたのを、気が付いた希亜に至近距離で聞かれたのだ。
 ため息を吐きそうなリアンの前で希亜は、
「お母さんお母さん、人生はすごいよ〜」
 等と意味不明な言葉を呟くのだった。
 そんな希亜にスフィーは開き直るかのように口を開く。
「希亜、あなたに魔法を教える者として言うわよ」
 その凛とした響きに、一同が飲まれた。
「弥雨那希亜に言い渡します…」
 それは一国の王女しての静かな風格をも感じさせていた。
「…の為、暴走する場合に少しでも危険な魔法の使用を、私スフィー=リム=アトワリア=クリエールの名において禁止します」
 言い終えたスフィーは、希亜のキョトンとした顔を見た。
「何よ」
 そう希亜に言ったスフィーが視線を健太郎の方に向けるが、その健太郎もキョトンとしていた。
「あ、れ?」
「姉さん、格好良かったです」
 うっとりとして姉を見つめるリアン。
 コクコクと縦に顔を振る希亜と健太郎。
 その三人の様子に思わず大きな汗を浮かべながらスフィーは問いかける。
「聞いてた?」
 返事はない。
「もう!」
 そうやって怒るスフィーを前に、希亜は笑い出した。
 屈託のない笑い声に、いつしかみんな笑っていた。
 

 夜、寮への帰り道。
 結花を迎えに行くと言ってスフィーは希亜に付いてきていた。
 二つの傘が、しとしとと降る雨の中を進む。
「ねぇ、一つだけ教えてくれない?」
「なんですか?」
「どうして、私の言いつけを頑なに守ろうとしたの?」
「そんな事ですか…」
 興味がないように素っ気なく希亜は答えた。
「そんな事って!」
 思わず声を荒げるスフィー。
「良く考えてみて下さい。 私は今まで曾祖母の話の中でしかグエンディーナを知りませんでした。 でもあなた方に知り合って、直にグエンディーナが存在するという事象に触れられたのですよ、それは私だけではなくて、一族全員が喜んでいますよ。…ですから私事程度で、この絆を切ってはいけないと、そう思ったからです。 たとえ私が魔法使いで無くなったとしてもね」
 言い切った希亜の顔はどこかすっきりとしていた。
 だがすぐにばつの悪そうな顔に変わり。
「さすがにあの時は、全てが馬鹿らしくなりましたけどね」
 あの時とは、希亜が自殺しようとしたときのことである。
「あたし、希亜の考えている事が分からない」
「良いじゃないですか、私だって本当に相手の考えている事なんて分かりませんよ。 いくら相手がこんな事を考えているんだろうなと推測していても、それは私の思考であって、相手の思考ではないんですから。 それに、自分自身の心すら、よく分かっていないんです、たとえ自分がそれに嘘を付こうとも、結局それには抗えないのに…」
「難しい事言うわね」
「伊達に魔女の系譜の魔法使いではありませんから」
「? 希亜の言う魔女の系譜ってなに?」
「そですね… 曾祖母の生い立ちを追って説明しますね」
「うん」
「曾祖母の話ですが… 名は日本語ではクラム・ユウナ、もともとグエンディーナの住人でした。
 ある事件をきっかけにこちらの世界にやってきて定住。 それがこちらの世界の魔女の住むの集落の一つでした、彼女はある意味そこで唯一の魔法使いとして、魔女達の中にとけ込み生活していました。
 ある日、一人の旅行者がその集落にやってきました。 後の曾祖父です、まぁその辺りの馴れ初めの話は割愛しますね。 その旅行者は、曾祖母と恋に落ちやがて結婚しました。
 それからしばらく、夫妻は魔術と魔法の研究をしていたのですが、夫の両親からの手紙で夫の両親の元へと行く事になったのです。
 たしか、そんなに大きくはない貿易商の家系でしたね、夫の両親の家業は。
 結局新大陸の支店に、ええとアメリカのボストンだったと思うんですが、そこに支店を設けるから、支店長になれと呼び戻した手紙だったはずです。 今まで放蕩息子だった曾祖父は親孝行もあり、それに従い夫婦で新大陸に渡りました。
 やがて少しは大きな貿易会社になりまして、家庭の方も私の祖母を含んで一家6人になっていました。
 祖母は末娘で兄弟の中では二人目のグエンディーナ系の魔法使いでした、ただそれ以上に魔女として優れていましたが、さらに商才がありすぎてやや冒険家の素質があって、世界中を転々としたあげく結局日本の神戸に支店長として、しかもそこで祖父と知り合い帰化しました。 名字もこの時に今の物になっています。
 それから今は曾祖母の家ですが、元々別荘として六甲山上に家を建てて避暑地にしたそうです。
 説明してて何ですが当時としては結構な資産家ですよね。
 たしか曾祖母が娘の顔を見に来た時でした、その頃には既に曾祖父は亡くなっていました。
 戦争が始まって、今まで住んでいたボストンの家に帰れなくなって、仕方なく帰化して別荘に住むようになりました。
 戦争が終わって世の中が落ち着いて、私の母親が生まれて。 あ、母は次女で、商才もありませんでしたが魔女としては結構才能はあったと思います。 貿易商の方は長男が継いで、私の母は幼なじみと結婚して、姉が生まれ、私が生まれ、現在に至っています」
「…それって、希亜の家系の話じゃないの?」
「ええ、ですからそれをふまえて、 私の家系にはこの世界の魔女と言うものと、グエンディーナの魔女と言うもの、その二つを内包している訳です」
「そうなんだ」
「…しかし、前にも言いませんでしたか? この話」
「そうかも…」
「そですね。 もし良ければ一度、曾祖母に会っていただけませんか?」
「…考えとくわ」
「分かりました」
 どっちに取るべきか悩む言葉を、そのまま受け取った希亜は、視線の先のスフィーの表情を楽しそうにとらえていた。
 
 
 

 翌日…
 雨空の下、葉桜の葉を伝い落ちてくる雨だれを大きな傘で受けながら煉瓦道を商店街の方へと、まるで空気の中を滑るように歩く、ブレザータイプの制服を着て、背中にコウモリのような黒い翼のオプションのあるナップサックを背負った、白髪混じりの尻尾頭の少年。
 交差点の信号で、赤信号の為立ち止まる。
 その碧眼が信号を変わるのをとらえ、青信号の交差点へと歩き出した、程なく商店街のアーケードの中へと入って行く。
 彼が目指すのは五月雨堂、骨董を扱っている店である。
 
 
 

キャスト(登場順)
宮田健太郎
リアン
スフィー
ティーナ
軍畑鋼
風見鈴鹿
猪名川由宇
御影すばる
悠朔
相田響子
千堂和樹
 
 



おあとに…
 な訳で、希亜君は攻撃魔法を撃ちません。
 まぁ「規模を大きくした場合、少しでも危険がある魔法の使用の禁止」
 彼がそれを破る時は、彼が想ってきた者達との訣別の時だけでしょう。

 時期的には、一学期ゴールデンウィーク後の梅雨前〜梅雨時まっただ中、と言う感じですね。
 関西と関東(作者は学園の位置を関東のどこかだと考えているので)では、若干桜などの時期がずれるのですが… まぁ、笑って許して(笑)
 余談ではありますが桜の話、体感としては大分では大学の卒業式ぐらいに散って、神戸では小学校の卒業式の頃に咲いて、横浜では新学期の頃に咲いていた記憶があります。
 舞い落ちる淵の畔の花の香は セピアに匂う春の一時
 下宿の近くにあった池の畔の山桜の大木がとてもきれいに咲いていた事を忍びつつ。

 後は、時期的に重なるので悠朔君とのファーストコンタクトです。
 「ある日の、朔と希亜…」の回想のシーンの実情って奴ですね。

 ついでに、希亜君の家は貿易商一族とは、ただの親戚です。
 まぁ、伯父さん一家とは親しいですけどね。
 

因みに…
 この話、実は「真 寄り道」だったりします。
 元々「寄り道」はこういう話に使用と画策したのですが、いろいろありまして…



以下語句説明……

コウモリのような黒い翼のオプションのあるナップサック
 オプションは強化プラスチック製で袋の口を締めるひもに通されています。
 希亜君に翼を付けるとしたら、小悪魔っぽいのかなと思ったのがはじまりです。

RVR-75
 RVR-75 RAIDEN-II
 オラタンのRNAのライデンで、個人的には曲がらないレーザーが気に入ってます。
 いやフォースのより手数が多いからね…
 でも希亜君が撃った方はDNAのカスタマイズ機体のだったりします。

Binary Lotus
 同じくライデンより、レーザーユニットである
 ほら、両肩からガバッと開く奴ですよ

ボストン
 アメリカ東海岸の都市

六甲山上
 神戸市街地から東側の山の上のあたりを主に指す
 ここにある小学校は夏休みが短く、冬休みが長い。


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Ende