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突発ショートショートL4「年越しの神社で」


「今日も冷えますねぇ」
「うん」
 雪が降り積もり白く静かな九鬼神社の境内。
 その端に真っ白なハーフコートを着たまま宙に浮いている希亜と、袴姿の綾芽がいた。
 今日は大晦日であり、半ば強引に手伝いを申し出た希亜は、今朝がた押し掛けたところだった。
「でわ、私の方は外のトイレを掃除しておきますから」
「…いいの? 本当に」
「はじめさんには、もう言ってありますし… 不浄、お断りでしょ? 綾芽さん。」
 希亜はそう言って、赤い袴姿の綾芽を指さす。
「あ… うん」
「んでわぁ」
 勝手知ったる友人の神社なのか、希亜はひらひらと綾芽に後ろ手をってこの場から離れて行った。
「はーい」
 軽く希亜の背に手を振って、境内の清掃を続ける綾芽。
 その綾芽の手がぴたりと止まり。
「希亜君、いいのかなぁ本当に」
 ここの外のトイレがくみ取り式な事を思い出しながら、呟いた綾芽だった。

「まずは、蜘蛛の巣や埃を払いましょうか」
 自分に言い聞かせるように言い。 先がちびた古い箒を逆さまにして、蜘蛛の巣払いを始めた。
 終始無言で作業を続ける希亜。
 口は閉じている。
 苦しくなってきたらしい。
 駆け出して、息を荒げている。
 深呼吸に切り替えたようだ。
 深く吸い込んで、駆け込んでいった。

 そんな希亜の様子を、ふと散歩にと境内に出た朔が気付いたのは。 既に埃払いを終え、デッキブラシで便器をこすっている頃だった。
 途中でもだえながら飛び出した分も含めて、二回ほど出入りする希亜を観察して、朔は出てきた希亜に近づき。
「…何をしている」
「いえ、臭いがすごくて」
「…換気扇、回したか?」
 その言葉に静止する希亜を見て、朔はあきれ顔になり。
「あー。 こっちに、換気扇のスイッチがある…」
 そう言って裏手に回り、スイッチを入れた。 換気扇がまわる音が二人の耳に届く。
「分かったか?」
「はい…」
「もうすぐ昼だ、一段落させておけ」
「もうそんな時間ですか」

 昼時。
「臭かったです〜」
「どこまで終わった?」
「後は床だけです」
「そうか、ご苦労」
 社務所の住居側の玄関でハーフコートを脱いだ希亜は、
「一度部屋の方へ置いてきます」
「分かった」
 上がりながらそう言って、客間の方へと入っていった。
 残された朔は、
「臭うな…」
 そう言って玄関に消臭スプレーを吹き付けるのだった。

 食事を終え、湯気の昇る日本茶をひと啜りしたはじめは、口を開いた。
「今夜の予定なんだけど、私はお勤めをするとして… 朔には社務所の方を、綾芽ちゃんとバイトさん達には破魔矢とかお守りの販売とおみくじとを、境内の薪 の管理をお隣にしてもらうけど、いい?」
「私は?」
「希亜君には、年越しそばとか、みんなの休憩のお世話をお願いするわ」
「はいな」
「バイトの方が来られるのですか?」
「うん、忙しい時とかは、どうしてもね。 あとお隣には、どうしても神社を留守にしないといけない時は頼んでいるの」
「ふぅん」
「どんな人が来るんだろう」
「そですね」
「変わった人だな。 一言で言えば」
「そうね、でもお隣だし」
 かなりの田舎なのと、ここがかなり外れにあると言う事から、お隣という言葉の感覚に戸惑う希亜は、
「お隣ですかぁ」
 そう言いつつ頭を捻る。
「まぁ、田舎だからな」
「これだけ離れていてお隣というのも、あんまりぴんとこなくて〜」
「お前の曾祖母の家だと考えればいい」
「あ、なるほど」
「希亜君の曾祖… 曾お婆ちゃんの家って?」
「神戸の六甲山の上にある」
「ふうん」
「今頃は、雪かきですかねぇ」
「寒いんだ」
「神戸と言えど、標高はありますからねぇ。 あんまり雪が降る所でもないんですけど、やっぱり邪魔になりますから。 そういえば、曾祖母の家は大きな暖炉 があって、そのまえでゆっくりと飲むココアがたまらないんですよぉ」
「いいなぁ」
 暖炉の前でココアを飲むようすを思いうかべる綾芽。
 朔はふと想いだしたことを聞いてみる。
「ところで、お前何時こっちに来るって連絡したんだ?」
「連絡をもらったのは一昨日くらいだけど… 言ってなかったよね」
「ああ」
「ごめん朔ちゃん、あの時も忙しかったから」
「まぁ手伝ってくれるって言うんなら、文句は言わんさ…」
 姉の手前なのか朔は、お前はいつも突然だな、との言葉をのんでいた。
「でも、びっくりしたわよ希亜君。 急に手伝いさせて下さいって言うんだもん」
「まぁ、いろいろとありますから〜」
 どちらにせよ朔にとっても、この時期タダできてくれる手伝いを無下にことわる理由も無いのだが。 希亜が何を目当てに来たのかを、うすうす分かっている だけに、なんとも言えない朔だった。

 お昼過ぎ。
 既に外の参拝客用のトイレの清掃を終えた希亜は、縁側でお茶を飲んで休憩していた。
「ここにいたか」
「どうかしました?」
 そんな問いかけに朔は希亜の隣に座り、もう一つ置いてあった湯飲みにお茶を注ぎ一啜り切り出した。
「今夜の薪を運ぶのを手伝ってくれ」
「いいですよ。 でもぉ」
「ああ、箒の方を頼りにしているからな」
「いえ、そうではなくてぇ」
 希亜の視線は朔の持つ湯飲みに注がれている、それに気がついたのか朔は湯飲みを一瞥し。
「…なんだ?」
「その湯飲み、綾芽さんが使ってたんですけど…」
 言われて湯飲みに視線を落とした朔は。
「…、気にする事じゃない」
 そう言って、朔は無造作に湯飲みを置き立ち上がる。
「ん〜、そですか〜」
「行くぞ」
「あ〜、待って下さい」

 夕焼の紅が深い青へと変わって行く空の下で、はじめがうず高く積まれている薪を見渡し。
「薪もこれだけあれば十分でしょう」
 満足げに言い切り、はじめは振り返る。
 社務所に戻ろうとして、丁度朔の前で立ち止まると、思い出したように口を開いた。
「そうだ朔」
「ん?」
「ひづきちゃんもうすぐ来るって」
「なに!」
「なんでも、かわいい子には旅をさせろって事らしいけど」
「そうか」
「とりあえず、私と一緒にお勤めするから」
「分かった」
「それから、今綾芽がお風呂の用意しているから、二人とも先に入っちゃって」
「はいな」
「お前、着替え用意してきたのか?」
「ええ、問題なく」
「…そうか」

 夜
「そろそろ、紅白も中盤ですねぇ…」
 カジュアルな洋装の上にどてらを羽織っている希亜は、静かにお茶を啜る。
 ぞれぞれの準備は昼間に終わっているので、まだこの場には全員がそろっていた。
「じゃあそろそろ始めましょうか」
「はい」
「希亜、休憩所は社務所の方だか…」
 視線の先でハーフコートを羽織る希亜を視認した朔は、
「分かっているようだな」
「パパぁ〜、いくら希亜君が眠そうな目をしているからって…」
「いえ…、ちょっと眠いです」
「き、希亜君〜」
 真顔で答えた希亜に困ったように返す綾芽、それを「やれやれ」とでも言いたげな表情で見ていた朔。
 はじめはくすくすと笑いながらに。
「さあ、行きましょう。 お仕事お仕事」
 そう言って皆を急がせる為かテレビを消すのだった。

 社務所内休憩所。
 既に気の早い村人が何人か境内に訪れ、境内の端で炊かれている薪にあたりながら年が明けるのを待っている様子が窺える。
 そんな様子だから社務所のほうが忙しいはずもなく、休憩所要員として待機しているように見える希亜は暇そのものだった。同様に社務所要員である朔も、今 は時間が過ぎ行くのを待っている。
「ところで…」
「蕎麦の方は11時くらいから準備すればいい」
「いえ」
「じゃ、ひづきの事か?」
「いえ」
「…まさか」
「いえ、そうじゃなくて。 私の事なんです」
「は? …珍しいな、お前が自分の事聞いてくるとは」
「将来の事なんですけど」
 振り返った朔の視界には、こちらに背を向けてストーブにあたっている希亜の姿がある。
 それだけ確認して朔は前を向く。
「悩んでいるのか?」
「はい、学業では私は理系で行こうと考えています。 でも私は魔法使いですし、綾芽さんのこともありますし。 それに〜…」
 しばらくの沈黙の後に投げられた言葉に、希亜は答えた、朔は彼の次の言葉を待つこともなく、
「やりたいことあるのか?」
 そう言った。
「ええ」
 即座に、そして迷いなく広がる希亜の言葉。 そのまま希亜は言葉を続ける。
「それが何かははっきりしています〜、でもそれが何かはお前さんにも言えません」
「…まさか」
「ご想像にお任せしますよぉ」
「いやな想像しか思い浮かばないが… 例えば、お前が私の事をお父さんと呼ぶとか…」
 言い切って、なんとなく後悔する朔。
 希亜は何も答えない。
 沈黙だけが二人の間に流れる。
 朔は何か言って、この雰囲気から逃れようと思ったが。 背後から来るやんわりとした悪寒がそれを押しとどめていた。
 しかし当の希亜の方は、自分の背後で一人静かにうろたえている朔の様子を、深くわきあがるくぐもった笑いをこらえて、楽しんでいるだけだったりする。
 ようやく朔も希亜の様子にうすうす気づいたのか、振り返って彼を見た。 肩が震えている、どうやら笑っているようだ…
「お前な」
「だっ、だって〜。 それはそれで良いかななんて思ったりしたんですけどぉ。 墓穴を掘った悠朔さんが面白くて、…くっ、ぷぅ、あははは!」
「それはそれで良いかなって、ヲイ…」
 向こうを向いたまま笑っている希亜の背に視線を向けたまま、希亜の話術にはまったかなと若干思いつつも。
 悩みの種を増やしたような気がする悠朔だった。

 それから暫くしての、悠家台所。
 目の前の大鍋で茹でられる、灰色の麺。
 お湯の中でくるくると踊り続けるそれを見て、なんとなく目を回しそうになる。
「希亜君そろそろ良いんじゃないの?」
「そですね」
 火を落とし、茹で上がった麺を湯切りして、並べられたどんぶりに入れて行く。
 麺が入ったところで汁を注ぎ込みそのまま、きざみ葱、きざみ揚げ、若布、山椒の葉を盛り付ける綾芽、
「出来たよ!」
「ほな休憩所に持ってきます!」
「はぁ〜い!」
 素速くラッピングして御盆に乗せ、両手でかかえるように御盆を持って、勝手口から飛びだす希亜。
 そのまま真っ直ぐ休憩所へと飛びこみ。
「年越しそば第一陣お待ち!」
 そう言いながら休憩所に入ってくる希亜、両手に持ったお盆の上に、ラップをかけられた三つのどんぶりが並んでいた、それをストーブの側のテーブルに一つ ずつ置いて行く。
「とりあえずは〜、早い者勝ちで食べてください。 すぐに次がきますから」
 そう言ってふわりと向きを変えると、希亜は休憩所から駆け出していった。
「俺は最後でいいから、先に食べておいてください」
 今年も終わるんだなと思いながら、朔はこの場で休憩しているアルバイトと、手伝いにきているお隣さんに言うのだった。

 とりあえず休憩所へ3往復して運び終えた希亜は、綾芽と一緒に蕎麦をすすっていた。
 ふと綾芽の箸が止まり。
「ねぇ、なんでここに来たの?」
 なんとなく聞きそびれていた質問をする綾芽。
 希亜も箸を止める。
「知りたいですか」
「うん。 だって大晦日って普通家族と暮らすでしょ?」
「そですね〜、でもそれだと綾芽さんはどうなりますか」
「私は…」
 言いよどむ綾芽に、希亜はいつものように返す。 緊張感なんかまったくない声で。
「まぁ、そういうことです」
「それじゃ分からないよぉ」
「そですね〜」
 そう言って腕を組み視線をあらぬ方向に向け。
「好きな人と、気の合う人と一緒にいる。 それで良いじゃないですか」
 そう言って希亜は視線を蕎麦の方に落とした。
「あ、希亜君好きな人いるんだ」
 箸を希亜の方に向けながらに綾芽がいう。
 一瞬目が泳ぐ希亜は、ちょっと寂しそうに答えた。
「ええ」
「だれ?」
「知りたい?」
「知りたい」
「…不幸になるよ」
「え?」
 戸惑う綾芽に、思ったとおりのリアクションを返してくれた綾芽に、クスリと笑いながら。
「冗談ですよ〜。 簡単に分かったら面白くありませんから」
「もう! でもヒントくらいいいじゃない」
「でわ… あなたが最もよく知っていて、同時にあなたが最もよく知らない人物です」
 思い当たる節がないか考え込む綾芽と、浅くため息をついて脱力する希亜。
 そんな二人の耳に、どこからか除夜の鐘の音が聞こえてきた。
「そろそろかき入れ時ですね〜」
「早く食べて行かなきゃ」
「ええ」
 お蕎麦を一生懸命すすりはじめた綾芽を、楽しそうに見つめる希亜だった。

「甘酒作っておかないと、よく温まるやつを… あめ湯って手もあるな…」
 暇だった、希亜自身は豪快に暇を感じていた。
 既に蕎麦の後片付けも終わり、一番忙しい時間帯でもあったので、ここは暇そのものだった。
 背後で社務所の事務をつらつらと続けている朔も忙しい訳ではなかったので、余計に希亜の暇を助長していた。
「結構人来ますね」
 振り返って窓の向こうの境内を見た希亜は言った。
「ああ、町の人間のほとんどが氏子だからな」
 朔も書き込んだ帳簿を確認しながらに答える。
「そうなんですか?」
「田舎だしな。 ま、だからこんな寂れた神社も何とかやっていける」
「お寺も、近くにあるんですよね?」
「ああ、除夜の鐘が聞こえただろ」
「ええ」
「だから二年参りには両方を回る人もいて、結構遅くまで人が来る」
「そうなんですか」

 境内を過ぎ行く人の波は、寄せては返す。
 その波もゆっくりと、時間を追って静かになって行く訳で。
 時計は午前1時半をまわろうとしていた。
 先ほどお勤めを終えて戻って来たはじめがお茶をすすっている。 ひづきの方も一緒に戻ってきたのだが、こっくりこっくりと舟を漕ぎはじめていた。
「あ〜、こんな所で寝ると風邪ひきますよ」
「そろそろ、休むね」
「はぁい、お休みなさい」
「うん、おやすみ。 朔ちゃんあと頼むね」
「任せろ」
「ひづきちゃん、こんな所で寝ると風邪ひくよ」
 呼び掛けるはじめだが、ひづきは寝入ってしまったらしく。
「くーすー」
 などと寝息を立てていた。
「運ぼう」
「うん、お願い」
「希亜、少し頼む」
 そう言って朔は立ちあがる。
「は〜い」
 一瞬朔の視線が希亜に鋭く突き刺さる、それはいつもの糸の切れたような緊張感をもったままの希亜の視線と合った。
 そうして、希亜に特に問題が無い事を確認した朔は、いすに座ったまま寝入ってしまったひづきを無雑作に持ちあげる。
「…まだ、眠ってますねぇ」
「寝顔は可愛いんだけどね、起きているとスゴく元気なのに」
「行こうか」
「うん」
 けっこう力あるんだねと、そんな思考を頭の端に乗せつつ出て行った三人を見送った。
「ねむ」
 行ってしまった三人の事などすでに頭に存在できないのか、そう言って大きな欠伸をする希亜。
「だめだよ、眠っちゃ」
「はぁやめさん」
 欠伸と一緒に名を呼び、希亜は社務所の受付側からこちらをのぞいている綾芽の姿をボンヤリと見つめている。
「もう、欠伸と一緒に呼ばないでよ」
「取りあえずは…、ラジオでも聞きますか、録っておいたやつを」
「え?」
「あ〜、 ラジオを録音しておいたんです」
 どこからともなくラジカセを取り出し再生ボタンを押す希亜、と呆れながらも様子を見る綾芽。
『今日の一発目! ペンネーム、オイラのかち割り世界一さん…』
「希亜君!」
 流れ始めたラジオの音に負けず、こえをあげる綾芽。
「なに?」
「外、片付けるから手伝って!」
「はい」
 取りあえず停止ボタンを押して、ハーフコート片手に社務所から出てゆく希亜だった。

 翌朝…
 掛けていた目覚まし時計より早く起きたはじめが、洗面所へと行く途中。 客間から灯りが漏れているのに気づき、客間へと向きを変えた。
「まだ起きているの希亜君? …あらあら」
 そこには脚を伸ばし壁にもたれたまま寝息を立てている希亜と、その希亜の脚を膝枕にした状態でやはり寝ている綾芽の姿があった。
 2人とも昨夜の格好のままで、グッタリと眠りに落ちていた。
「んー、仲が良いのは分かるけど」
 言いながら客間に入ってゆくはじめ。
「年頃の女の子がそんな無防備にしてちゃだめだよ」
 そう言って綾芽を起こしにかかるのだった。

 外はすでに夜は明けてはいたものの、灰色に曇った空からしんしんと雪が降っていた。 それは寒いお正月だった、と希亜は記憶するのだった。


登場人物(登場順)

悠 綾芽
悠 朔
悠 はじめ
隆雨 ひづき
辛島 美音子


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Ende