ハヤカワ文庫目録研究 SF編

1個前へ


これは、名大SF研の会報 MILK SOFT に掲載されたハヤカワ文庫目録関係の文章です。

MILK SOFT 138号より

ハヤカワ文庫目録 96年7月レビュー

 早川の目録が出ていた。
冬の分を貰い忘れていたので、さっそく貰って帰って読んでみた。で。
この所、思うところがあって(就職活動が停滞してるなどとは口が裂けても言わないぞ。書くけど。)SF関係の資料の整理にのめり込んでいたので、ついでにデータベースに入力し整理してみたのだが、考えさせられる事実に気づいたのでここにまとめさせていただく。
 まず、今回の目録落ちを見て頂きたい。ただし、比較対象は95年7月の目録である。

ナンバータイトル作者出版年月備考
1067臨界のパラドックスアンダースン&ビースン94/ 7
977わが愛しき娘たちよC・ウィリス92/ 7作品集
515新たなる航海マーシャク&カルブレス編83/ 5宇宙大作戦作品集
702狂気の世界への旅S・ゴールディン87/ 1宇宙大作戦
992電脳砂漠G・A・エフィンジャー92/11
1025スターバーストJ・A・カーヴァー93/ 7
1029スターストリームJ・A・カーヴァー93/ 8
1049キャプテン・ジャック・ゾディアックM・カンデル94/ 2
1020死者たちの星域(上下)T・ザーン93/ 6
923エイリアン・チャイルドP・サージェント91/ 4
967不死販売株式会社R・シェクリイ92/ 4
232小鬼の居留地C・D・シマック77/ 3
954レッドシフト・ランデヴーJ・E・スティス91/11
1056マンハッタン強奪(上下)J・E・スティス94/ 4
994遊星よりの昆虫軍XJ・スラデック92/12
1005大潮の道M・スワンウィック93/ 2
1053占星師アフサンの遠見鏡R・J・ソウヤー94/ 3
1059戦士の誇り(上下)T・ダニエル94/ 5
1023リムランナーズC・J・チェリイ93/ 6サイティーン
747ロボコップE・ナーハ87/11ノヴェライズ
996バーチャライズド・マンC・プラット92/12
998ファルコン(上下)E・ブル93/ 1
901時の迷宮(上下)G・ベンフォード90/11
869世界の合言葉は森U・K・ル・グィン90/ 5作品集
1004第二の接触M・レズニック93/ 2

サージェント、ナーハ、ブルなどが落ちたのはまあ、順当だろう。むしろ、いままで残っていた事が不思議なくらいだ。スティス、カーヴァーなども落ちるべくして落ちたものと言える。驚いたのは、宇宙大作戦が落ちている事だが、これは94年から95年のあいだに始まった事らしい。ST五〇タイトル弱のなかで、いま目録に残っているのは7割弱だろうか。これなども、やっと決断したかという感がある。全般に、目録落ちの決定はかなり順当といえるだろう。問題は、ウィリス、カンデル、スラデックなどの目録落ちだ。
 個人的な趣味で文句をいっているのではない。確かにカンデル、スラデックとも好きな作家ではあるが、だから著書を残してほしいという訳ではない。彼らの作品がかなり特異なジャンルのSFだからだ。
 早川書房が営利企業である事は知っている。その出版部門が利益のでない行為を行う訳にはいかない事も承知している。目録にタイトルを載せるだけでも、倉庫面積の確保というコストがかかるということも理解しているつもりだ。早川が目録にのるSFの点数をここ5年連続で増やしている事も評価はしている。しかし。
次の表を見ていただこう。

アシモフ2作アンダースン&ビースン1作
ヴォネガット(再刊)1作 ST/TNG3作
カード2作クラーク(再刊)1作
ディレイニー1作 テッパー1作
ナヴァロー(N)1作ヌーン1作
バーンズ1作 ハインライン(再刊)2作
バクスター2(3)作ハンド(N)1作
ビッスン1作ブリン(再刊)1(2)作
ベンフォード1作マキャフリイ5作
ラッカー1作 ローダン9作
※(N)はノヴェライズ。作品数の()内の数字は書籍冊数(上下巻を2作と数える)。

 これが、今回の目録で新たに出版されたタイトルリストである。一見しておわかりのように、新人作家が異常に少ない。それどころか、38タイトル中、再刊でも、既刊シリーズでも、ノヴェライズでもないのは、わずか9タイトルである。ハヤカワ文庫SFという叢書が新作紹介の機能を失っている証拠とはいえないだろうか。
 別のデータを挙げてみよう。次に挙げるのはここ10年強のハヤカワ文庫SFの目録掲載書籍数の変遷である。

年度(月)書籍数(ローダン除く)作家数
85(9)603(491)129
86(9)656(533)134
87(9)703(571)143
88(10)712(569)145
89(9)623(470)109
90(10)652(488)123
91(1)595(422)114
92(7)566(386)95
93(7)576(385)91
94(7)585(385)90
95(7)610(399)95
96(7)627(407)91

ご覧の通り、どん底となった92年以降、順調に回復しつつあるように見える掲載書籍数だが、ローダンの増加を除くとあまり増えてないことがわかる。御三家、ヴォネガット、ディック、マキャフリイなどの目録落ちのない作家の作品も考慮すると、早川SFの作品の「幅」はむしろ狭くなっている可能性すらある。

それを調べたのが表2列目の作家数の変遷である。これは目録掲載の著者別五〇音順整理番号の数を調べたものだが、ご覧の通り、92年以降まったく増えていない。これなら選択の幅が狭くなっているといっても差し支えないだろう。(*1)海外SFノヴェルズや、他の出版社の状況を見ても、海外SFの選択肢はここ5年ほどまったく増えていないと言っていいだろう。

先にも書いたとおり、この状況を安易に批判する事はできない。書籍出版も経営である以上、売れない作家が淘汰される事もわかる。欲しければ、古本屋で買えばいいし、だいたい、出たときに買えばいいという指摘ももっともだ。しかし、遅れてきたファンにはそれは難しい。

僕は、70年代生まれだ。SFを自覚的に読みだしたのは、やや遅く高校生からだから、87年頃からSFファンをやっている事になる。このときすでにサンリオはなかった。だから、古手のSFファンたちがサンリオの話をするのが羨ましかった。彼らは、たいしたことはなかったという。再刊されないのは、それまでの本だという。古本屋で売っているじゃないかという。買わなかったのが悪いという。しかし、僕は読みたかったのだ。『悪魔は死んだ』が、『スラデック言語遊戯短篇集』が。探しても売ってないのだ、部数が少なかったから。買えなかったのだ、そのときはSFファンじゃなかったのだから。彼らはそこにいなかったのが悪いという。そんなことどうしようもないじゃないか。

しかし、それはまだいい。見つからない事を嘆いているのだから。より、悲しいのは存在すら知らない場合だ。遅れてくる世代、80年代生まれのSFファン、90年代生まれのSFファンがやってきたときに、オールタイムベストテンと、ローダンと、御三家+αの作品しか残ってないとしたら、海外SFはあまりに貧しく見えないないだろうか?彼らは、選択の幅の狭さを嘆くだろうか?それとも、SFの幅の狭さを嗤って去っていくだろうか?

既存のファンにとっては関係のない話と思うかもしれない。しかし、彼らがやってこなければ、ジャンルSFマーケットはどんどん痩せ細っていくだろう。そうなれば、早川や創元がジャンルSFから撤退すると言う事も考えられる。確かに、他に読むものはいくらでもあるが、まったく無いとなったら淋しくはないか?絵空言だとは言い切れまい。最後まで万単位のユーザーを得る事の出来なかったボードゲームは、商業的には壊滅した。ジャンルSFも、新作は同人誌でしか読めなくなる日が来ないとも限らない。それを避けるには新たなる読者の参入を求め続ける事だ。それには、入門書の確立とそこからの広がりの確保が重要だろう。その「広がり」が消えつつある。

早川を非難してどうにかなる事じゃないのもわかる。創元だって似たようなものだし、他の出版社にいたってはSFを出す事をあきらめている。だいたい経営を考えたら売れない作品は残せないはずだ。この問題を回避しようと、定期的に復刊フェアをかけている意気込みも買える。それでも、毎年のアワードウィナー、ウィリスすら一つものってない海外SFの目録というのは歪んでいると思うのだ。

一応の提案はある。とりあえず、ローダンをなんとかしないか?(*2)二百冊を越えるようなばかでかいシリーズを常に目録に載せなくても(=在庫確保をしないでも)いいだろう。このシリーズは図書館で読めるのだから。最新シリーズ分と、第一シリーズを除く一七五冊は二五冊づつ半年(あるいは一年)周期で入れ替えていくなどと出来ないものだろうか。こうすれば少なくとも一〇〇タイトルは増やせる。また、御三家にディック、ヴォネガットは本当に全タイトル読める必要があるのだろうか。『木星買います』『失われた遺産』など愚作は切り捨てても良くはないか(*3)。吟味すれば各作家一〇タイトル前後には絞れるのではないだろうか。

このようにして、もう少しラインナップに流動性をもたせてほしい。そして、シルヴァーバーグ、ヴァンス、ウィリス、ディッシュ、スラデックなど、あるいは、ショウ、コニィ、コンプトンなど自社や他社の切り捨てられてしまった作家たちに一人一、二冊程度は場所を与えて貰いたい。ジャンルSFの「幅」をたもつためにも。

早川・創元がジャンルSFに残って欲しいと思うなら、三〇代SFファンとともに滅びることを望まないのなら、このように経営を度外視しても作品選択の幅を保つ事が必要なのではないだろうか。どうか、ご一考願いたい。


98年時点での注釈

*1: 実際には、新人作家が紹介されるたびに作家数か、作家当り作品数を削る必要があるので、常に作家数が増えていくという状況は不自然だろう。理想とすべきは、スタンダードと呼ばれうる作品は数年に1度は復刊されるというローテーション状態かもしれない。その場合、この統計ではうまく評価できない。

*2: この後、ローダンは目録からは落とされた。実際に版元在庫が無くなっているかどうかは確認していない。もし版元在庫も無くなっているとすれば、この一律な在庫整理は新たな問題を生むと思うのだが、それについては別に述べる。

*3: 97年より整理自体は始まったが、例えばクラークの『都市と星』を落とすような、名作も容赦しない落し方であった。実際、オールタイムベストクラスでもかなりの作品が落とされている。その反面、アシモフやハインラインの愚作は、まだだいぶ残っており、作品価値を無視した在庫整理のような印象が強い。

*4:1年半ほど前の原稿だが状況は悪化しているといえるだろう。この後、97年の目録でシマック、98年でアンダースンとセミクラシック・クラスの作家が軒並み全滅している。そのわりに、とても売れるとは思えない作品や、明らかな愚作が新刊の棚を確保するためだけに出版され、2年ともたずに消えていく。(早く消えるのは比較的売り上げの良いものだったりするし。)もちろん、わざわざ売れない作品を出版しているなどということはないはずだが、90年代に入ってからの作品の目録落ちの速さから見るとそう思われても仕方ないだろう。状況はかなりまずいところまで来ているように思う。


このページのトップへ