Moe 〜萌黄色の町〜
雪村奈津美SS#1 誰が為に鍋は鳴る
注意1:このSSは、奈津美EDから2,3ヶ月後という設定です。
注意2:まさかいないとは思いますが、食事をしながら見るのは控えた方が無難です(謎)
その1
「さて、今日もちょっと寄っていくかな・・・」
仕事帰りの福田課長は、いつものように帰宅前にそのドアを開けようとした時だった。
バァァァン!
「う、うわぁっ!?」
中華料理屋、来夢来人の店内からドア越しにもはっきり解る程の大きな物音が突然聞こえてきた。
思わず衝撃波を喰らったかのように大きき後ろにのけぞり、そのまま体勢を崩して福田課長は
座り込んでしまった。かけていた黒縁の眼鏡までもずり落ちている。
そのまま目をパチパチと瞬かせて「?」の表情でドアを見つめる。
やがて、店内から今度は怒号が聞こえてきた。
「奈津美ぃっ、てめえいい加減にしやがれ!
冗談にも程があるぞ!!」
「何よっ!?
あんたの為を思って作ってやってんのに文句言うわけ? しかも奢りなのに!?」
中から聞こえてくるのはいつもお馴染みの二人の声。
それで中で何が行われているのかを悟った福田課長は、ずり落ちた眼鏡を直しながら立ち上がる。
「ふ〜・・・今日は危険だな。
・・・このまま帰るか。けど、帰ってもカミさんは飯なんて作ってくれないしなぁ・・・」
ただ、今踏み込んだら、聡史に先日の“昇進祝い”の続きだとか言って間違いなく巻き添えにしてくる事は
今までの経験から十分に予想できる。
残念そうに駅前の牛丼屋目指して去っていくその姿は、課長という管理職の肩書きからはほど遠く、垂れ
下がったその両肩が哀愁に満ちあふれていた。いや、これが世間一般の標準なのかもしれないが。
・・・・・一方、騒ぎの中心地である来夢来人の中では。
「いくら何でも物には限度があるだろうがっ!
コレはど〜考えても食い物じゃなくて危険物扱いの代物じゃねえか!」
そう言いながら聡史の示す指の先には・・・ラーメンと餃子が置かれている。
とにかく食べようとしたのだろう、餃子は半分かじった残りが、ラーメンもレンゲが麺の塊の合間に刺さった状態で
置かれていた。
「わざわざアンタの食生活を考慮してまで作ってるのよ?
そのどこに文句が出てくるのよ!?」
テーブルを挟んで向かい合っていた厨房から出てきて、両手を腰にあてて頬を膨らませる奈津美。
しかしいつもだったら引き下がる聡史も言い返す。
「確かにその気持ちは認めよう。気遣ってくれるのも本当に嬉しい限りだ。
ただ、何でそれを中華料理で強引に出そうとするんだ、おまえは」
そう言って指をさらに食べかけのまま放置された餃子の前まで伸ばす。
「いくら何でもヨーグルトを餃子の具に使うな!
・・・しかも妙なぶつぶつがあった様な気もするし」
聡史が指すその餃子の中身は、普段見慣れている様な肉とか野菜とかの細かい物が・・・あまり見えない
代わりに、それらをすべてを取り込んでいる何やら白いどろどろした液体が詰まっていた。
しかもちょっと色がピンク色をしているのは気のせいだろうか?
「いつも中華ばっかりだと脂っこくて嫌だ、っていうからさっぱりした風味をつけてあげたんじゃない。
それも聡史の好きなイチゴのヨーグルトをわざわざ買ってきたんだから」
「何でもかんでも混ぜれば良いってもんじゃないだろうが!
洗剤だって“混ぜるな危険”って書いてあるのは知ってるだろう、それと同じだ、同じ」
・・・同じかどうかはよく判らないが、その聡史の怒鳴り声にも奈津美は動じなかった。
○本日の奈津美特製創作料理#1
“ヘルシーなヨーグルト焼餃子”
・・・もちろんニンニクもお肉も入っていますが、決め手は何と言っても材料を最後にイチゴの
ヨーグルトで混ぜ込んで皮に包んで焼いてあります。
脂っこい中華もこれでさっぱり風味に大変身!・・・とは奈津美の談。
「何よ。美味しい物に美味しい物を混ぜたって美味しいに決まってるじゃないの。
わざわざめんどくさがり屋の聡史の為にそのあたりまで気を使っているのに」
根本的な部分ですでに大きな隔たりがある事が聡史にも解ってきていたが、ここで冷静に説明しようと
思っても、勢いで奈津美に押されてしまう気がしたので、敢えてそこには触れないことにした。
「さらに、何だこのラーメンは!?
塩ラーメンな筈なのに、なんでこんな妙に甘ったるいんだ!」
びしぃっ、とドンブリを指した聡史のその指の脇に、奈津美はツカツカといったん厨房に戻って何かを
持ってきて、ゴン、とその物体を置いた。
そこには、緑色の下地に白く文字の書かれた“ポ○リスェット・ス○ビア”の文字がかかれた缶が。
「・・・・・・・」
指先を伸ばしたまま凍り付く聡史。
その缶の脇には小さく成分表示がしてあって、小さくナトリウムイオンと塩化物イオンの含有量も
ご丁寧に事細かく記載されていたりする。
しかも奈津美はさらに赤いマジックを持ってきて、その部分をキュッキュッと丸で囲み、そのまま
“何か文句でもある?”と言いたげな表情で聡史の方を見た。
「栄養分が体に吸収されやすいように、スープを作るときにポカ○スウェットを使ったんだから。
しかもカロリーを気にしてちゃんとステ○アの方を選んだりまでしてるのよ」
「・・・・・・」
○本日の奈津美特製創作料理#2
“塩ラーメン・ステ○ア風味”
・・・いつもカップラーメンとかコンビニ弁当とかの生活スタイルな独り暮らしの若者向けに、
必要以上の調味料を使わない様に心がけた愛情たっぷりの塩ラーメン。
その塩分は、体に優しく吸収されやすいスポーツ飲料から持ってきています。
とげとげしくなく、穏やかな味わいの塩ラーメンになってます・・・とはやはり奈津美の談。
さっきまでガヤガヤと様子を見ていた客達も、その奈津美の台詞に静まり返っていた。
「おい、もしおまえが食わされそうになったらどうする?」
「土下座してでも勘弁して貰うだろうな。まだ死にたくないし」
「良く今まであの幼なじみも食べてるよなぁ・・・」
ひそひそと小声で会話を交わしているが、もちろん奈津美と聡史には聞こえない。
「だいたいなぁ、頼んでもいないのに変な料理を作ってるんじゃねぇか!」
「・・・頼んでもない・・・ですって?」
奈津美の顔から表情が消えた。
その危険な兆候に気付かずにさらに言い続ける聡史。
「もしかして、いつも苦しむ俺を見て喜んでいるんじゃないのか?
いつも鉄拳が飛んでくるし。やっぱり女王様とかそういう趣味があったりして」
ブチイィッ。
相変わらず切れやすい奈津美の堪忍袋が切れた(音からすると破裂したのかも知れないが)音がしたのに
聡史が気付いたときにはもう完全に手遅れだった。
「聡史の・・・馬鹿ーーーーっ!」
ドカァッ!
奈津美のスクリューアッパーが聡史の顎を的確に捉え、空中へと聡史を舞い上げる。
そして、舞い上がった聡史の体が床に落ちる前に、奈津美は店から飛び出していった。
ドサッ。
ピクリとも動かない聡史と、奈津美が飛び出していったドアを、遠巻きに見ていた客は見比べていた。
そして、事の始まりからずっと黙々と作業していた奈津美の父親がぼそっと呟く。
「・・・いつもすまないねぇ」
あとには、イベントも終わってまたテーブルに付く客と、奈津美にぶっ飛ばされてのびている聡史が残った。
〜その1 終わり〜
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