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現在親方2名・力士17名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・・マネージャー2名

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6000000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
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今日の高砂部屋
平成28年8月27日
平塚合宿稽古2日目。きのうで相撲教習所が終了して、石橋、玉木、朝横道、朝塩本の4人も昨夕から平塚合宿へ合流。昨夜は、平塚市の花火大会見物で、今朝平塚での初稽古。夜、総合運動公園内のレストランにて歓迎パーティー。今日で巡業を終えた朝弁慶や朝赤龍(明日のKITTE場所は幕内のみ参加)も合流。明日の稽古場は全員が揃っての稽古になる。歓迎会で、花火と高砂部屋合宿が終わると平塚の夏が終わると落合平塚市長が挨拶していた。

平成28年8月25日
今日から毎夏恒例の平塚合宿。力士の宿泊所は平塚市総合運動公園内にあるが、その宿泊施設のすぐ横の体育館で、今日明日と2日間の平塚巡業が開催されている。3時過ぎに迎えのバスで宿泊所に入ると、巡業を終えた朝興貴や朝山端、行司の木村悟志がすでにいて、お出迎え。夜は、宿泊研修所の中庭にて湘南高砂部屋後援会の面々とバーベキュー。明日から3日間、運動公園内の土俵にて合宿稽古が行われる。

平成28年8月20日
宇都宮合宿稽古初日。あいにくの雨で、特設土俵がところどころ雨漏りして砂をまきながらの稽古。ちゃんこも、材料がなかなか揃わなかったり大鍋の火が点かなかったりとトラブル続きだが、初めての地ではよくあることで、なんとかなり収まる。稽古後、地元の少年野球チームが力士に挑戦。二人がかりで朝弁慶に挑戦するが、二人いっぺんにベルトをつかまれ土俵上を飛行機のように旋回して周りから大歓声。作新学院の準決勝が始まり、今日は相撲よりも高校野球。

平成28年8月19日
今年はじめての宇都宮合宿へ出発。土俵と力士の宿泊施設がある氷室グリ−ンガーデンへ荷物を入れ、おなじ氷室町内にある焼き肉華(はな)で歓迎会。100名以上のお客様が集まり、高砂部屋栃木後援会の発足を祝う。明日あさっての2日間、午前8時から10時まで稽古。稽古終了後、わんぱく相撲の子供たちが力士に挑戦。高砂部屋特製ちゃんこの振る舞いもあります。

平成28年8月18日
今年から宇都宮合宿が行われることになり、あす宇都宮へ出発。宇都宮市氷室町1771氷室グリーンガーデン特設土俵にて20日(土)と21日(日)の2日間合宿稽古が行われる。今日、巡業から一旦帰京の巡業組も参加して、あす夜は宇都宮市氷室町の焼き肉『華』で歓迎会の予定。毎年8月末恒例の平塚合宿は、8月26日(金)〜28日(日)の3日間、平塚市総合運動公園内土俵にて開催される。

平成28年8月13日
今日は仙台市での巡業。朝山端、行司の木村朝之助の付人としての初巡業。出発前かなり心配していたがそろそろ慣れたことであろう。明日が盛岡市、一日休養日があって秋田市、青森県平川市、宮城県大崎市とつづく。19日からは北海道へ渡って函館、苫小牧、札幌と3日間あるが、北海道は幕内以上なので、十両朝弁慶と朝赤龍と付人蓮は帰京.。再度、25日(木)平塚市での巡業からの合流となる。

平成28年8月10日
支度部屋での出番前の準備運動も印象深い。立ち合い踏み込む動作を何度となく繰り返すが、踏み込みの鋭さ、スピード、全身にみなぎる力感、相手がどう変化しても崩れそうにないバランス感、まさに動く芸術品を観るようであった。準備運動を終え支度部屋の正面奥に腰かけ大銀杏を直す姿も近寄りがたい威厳があり、支度部屋全体を圧していた。

平成28年8月9日
横綱千代の富士で思い出深いのは、土俵上での圧倒的な強さもさることながら、すさまじい迫力のぶつかり稽古。ぶつかるのは現理事長の横綱北勝海。押し相撲で横綱まで上り詰めたほどだから、立合いの当たりがこれまたすさまじい。それを鋼鉄のような胸で受け俵に足をかけて残し、転がし、また激しくぶつかる。胸が破れんばかりの激しい当たり、受ける鋼の筋肉の躍動感、「ハイッ!」と胸を出す掛け声、激しい息遣い、くり返し当たり転び起き上がりまた当たる、そのスピード感、すべてに鬼気迫るものがあった。

平成28年8月2日
一昨日7月31日名古屋から全員帰京。巡業組(朝弁慶、朝赤龍、朝興貴、朝ノ島、朝山端)は31日の岐阜市での巡業を皮切りに8月28日(日)丸の内でのKITTE場所まで約一ヵ月間のなが〜い旅の始まり。名古屋場所からの移動で落ち着かぬ間に横綱千代の富士の九重親方の訃報。昨年末の北の湖理事長と共に昭和の大相撲界を支えた相次ぐ巨星墜つ報に衝撃は大きい。謹んでご冥福をお祈りいたします。8月6日(土)午後6時からお通夜。7日(日)午後12時半から告別式。墨田区石原4丁目の九重部屋にて。供花はお断りさせていただきますとのことです。

平成28年7月26日
千秋楽が終わり、昨日から今度の日曜日までは稽古がなく、おすもうさんにとっては至福のとき。朝9時起床で、部屋の掃除やら宿舎の後片付けを行い、午後からはゴロゴロ、ダラダラ、グウグウ。 本場所の緊張感が解けたあとの充電期間である。「ぼおっとしている時間こそ知的成熟が進行するたいせつな時間」だと内田樹氏が語っているように、力士にとっても、「ぼおっとしている時間」が、体を育て心を成熟させるのであろう。そういえば、今場所三段目優勝の朝興貴は、「ぼおっとしている時間」が確かにながい。

平成28年7月23日
序二段24枚目の朝大門5勝目。来場所の新三段目昇進を確実なものとした。相撲未経験者として入門してほぼ1年での三段目昇進はかなり早い出世。けっこういじられキャラでもある。入門のきっかけをつくってくれた職場の元上司である角田氏(元攻勢力)が郡上八幡で行われる女子相撲の引率で名古屋入りしていたらしく、部屋にお祝いに駆け付け朝大門もびっくり!嬉しい報告ができた。朝天舞、幕下復帰を濃厚とする6勝目。怪我から復帰の朝森本も勝越し。名古屋場所11人目の勝越し決定。

平成28年7月22日
三段目16枚目の朝興貴、今日の全勝対決に勝って7戦全勝での三段目優勝。3年半前の11月場所での序二段優勝以来の2回目の各段優勝。元来、本場所相撲(稽古場よりも本場所の方が力が出る)で、優勝インタビューでも言っていたように稽古場では、石橋、玉木にほとんど勝てないが、二人との稽古が力になったのだろう。来場所は幕下20枚目以内への躍進が期待される。3勝3敗で最後の一番を迎えたベテラン3人組、年の順に大子錦、~山、朝乃土佐と登場して3人とも勝越し。病気休場中だった朝山端、再出場を白星で締める。

平成28年7月20日
梅雨明けで、“うだるような”暑さの名古屋。「うだる」はもともと「茹だる」が語源だそうで、いかにも蒸し暑さが体にまとわりつく感じがするが、幕内優勝争いも、うだるような混沌とした状況。残り4日間でどう展開していくか。三段目優勝争いは、本命石橋が幕下の全勝力士に敗れ、残った全勝2人が高砂部屋朝興貴と一門の錦戸部屋彩翁。彩翁の方が4年ほど兄弟子だが、一緒に稽古して合宿にも行っている仲。これまでの実績からいうと朝興貴に分があるが・・・。明後日13日目に取り組まれるであろう。乞うご期待。

平成28年7月18日
ご当所名古屋市名東区出身の朝横道勝越し。じつは2日前の土曜日に入院中だった父親が亡くなった。葛藤もあったろうが、力士入門を応援してくれた父のためにもと涙をこらえて昨日今日と土俵に上がった。父のあと押しに見守られたようで白星を2つ重ねての勝越し決定。ご霊前に最高の報告ができた。これからの修行が、出世が、父親への供養になる。入門以来連勝をつづけていた玉木、19連勝ならず1敗。石橋と朝興貴は5連勝。朝天舞と朝乃丈も勝越し。

平成28年7月17日
入門一年半の朝森本、今年の3月場所で自己最高位の序二段40枚目まで番付を上げたが3勝4敗と負け越し、つづく5月場所前に肘を痛めて休場して今場所は自己最下位の序ノ口20枚目。休んでいる間も食欲は衰えなかったようで名古屋に入ってからも食いまくり、体重は自己最高値の160kg。場所で久しぶりによその部屋の力士に会うと、「太ったなぁ!」と声をかけられるという。今日勝って2勝2敗と五分の星。体重同様、はやく自己最高位を更新したい。

平成28年7月16日
三段目上位まで番付を上げてきた石橋と玉木は近畿大学相撲部の同級生。石橋は四つ相撲、玉木は押し相撲と、相撲っぷりはまったく違うが私生活では仲がいい。米とぎや掃除、洗濯と、新弟子としての仕事もしっかりこなし、四股や稽古にも真摯に取り組んでいる。そろって4連勝での勝越し。二人で決定戦の夢も近づいてきた。いや、今日も得意の突っ張りで佐渡ケ嶽ジュニアを突き出した朝興貴も参戦しての巴戦もあり得るかもしれない。

平成28年7月15日
三段目16枚目の朝興貴、どちらかというと存在感が薄いタイプで、いるのかいないのかわからないことも多々ある。ところが名古屋場所に来ると、近所の小学生の女の子から主婦連、お隣岐阜県の方まで驚くほど熱烈な朝興貴ファンが多くびっくりする。東海地区向きなのだろうか?そんな熱い声援を受けてか過去7年間の名古屋場所は勝越し5回と験がいい。今場所も3連勝と好調で、あすは勝越しをかけて佐渡ケ嶽親方ジュニアとの対戦。三段目上位4人、あすそろって勝越しをかけての土俵。

平成28年7月13日
今場所幕下が一人もいないのが寂しいが、幕下復帰と新幕下昇進を狙える三段目30枚目以内で、石橋、朝興貴、玉木、朝天舞の4人がしのぎを削っている。今日4日目、4人続けての土俵だったが、白星が4つ並び、4人ともに2連勝の星。来場所4人揃って幕下に上がれれば、さらに活気づく。7月24日(日)午後6時半より名古屋栄の中日パレスにて行われます高砂部屋千秋楽打ち上げパーティーのご案内です。今年も豪華景品が当たる抽選会があります。

平成28年7月10日
真夏日の名古屋場所初日。初日早々の満員札止めで、会場の愛知県立体育館内も真夏の熱気。朝大門から朝山端まで3連敗スタートとなるが、三段目朝乃丈以降それぞれに持ち味を発揮して6連勝。3月、5月と2場所連続で全勝優勝の玉木、今日も得意の突き押し相撲がさく裂して序ノ口以来の連勝を15に伸ばす。ただ勝ったあと支度部屋に戻る通路を間違えて食堂の方へ行ってしまい、しばし館内で迷子になったそうだが・・・。部屋頭となった朝弁慶、4連敗中だった相手を寄り倒しての初日。

平成28年7月9日
未明から降り続いた土俵に打ち込むほどの激しい雨も午後には上がり、触れ太鼓が初日の取組を梅雨空に響きわたらせる。朝赤龍には剣翔、朝弁慶には千代皇。その朝弁慶、地元蟹江で有志による昇進祝い。入門の頃から見守ってきた方たちだけに、みなさんの喜びもひとしお。白星を重ねていくことが、恩返しになる。あすの名古屋は晴れ予報で、あつい名古屋場所15日間がいよいよはじまる。

平成28年7月7日
七夕の日の高砂部屋激励会。会場に笹が立てられ、お客様に配った星型の短冊に願い事をかいてもらう。去年の名古屋場所では幕下だった朝弁慶が激励会では関取として初めてお目見え。幕下以下は力士紹介のときだけ登壇するが、関取になると初めから舞台上に羽織袴で登壇。公の席になるほど幕下以下との違いがはっきりしてくる。宴のゲストで朝ノ島の叔母さんが所属する琉球舞踊団が宴に花を添える。叔母さんが朝ノ島にそっくりだともっぱらの評判。

平成28年7月4日
考えてみると、赤ん坊とお相撲さんには共通点がおおいのかもしれない。まるまると太ったからだ。もちもちとしたはだ。ゆるんでひらいた股関節。赤ん坊にとってもお相撲さんに抱っこされるのは体の奥底で同調する安心感があるのかもしれない。シコトレ講座で毎回言うことは、「腰割りの一番のお手本は、お母さんにおんぶや抱っこされている赤ん坊の股関節の開き方です」ということ。赤ん坊のゆるんで自然に開いた股関節こそ究極の腰割りに他ならない。横綱双葉山の腰の割れ方は、まさに赤ん坊の股関節の開きそのもの。

平成28年7月3日
初日まであと一週間となり、毎年恒例の龍照院境内でのちゃんこ会。蒸し暑さはあるものの天候にも恵まれ、開始1時間前から長蛇の列が出来、大鍋2つにつくった300人前のちゃんこが20分で完食。ちゃんこが終わって境内を眺めると、新たな長蛇の列。列の先には、赤ん坊を両の手で一人ずつ抱っこして記念撮影する朝弁慶の姿。また、若手力士4人は刈谷市の市原稲荷神社の泣き相撲にも参加。昔からお相撲さんに抱っこされた赤ん坊は元気に育つと云われている縁起もの。

平成28年6月29日
稽古ダオル(大判バスタオル)を洗濯するのは新弟子の仕事。夏場は一人2本使う場合もあるので全員の分となると、かなりの量になる。宿舎にある2台の洗濯機も稽古終了後から回りっぱなしになる。晴れの日は、宿舎まわりのフェンスに干しておくと2時間もしないうちに乾いてしまうが、雨の日は、大量の稽古ダオルを抱えてコインランドリーに行かなければならない。汗と泥まみれになったマワシを干せないのも梅雨時の悩みのひとつ。

平成28年6月28日
名古屋場所稽古はじめ。新弟子の稽古が終わったところで土俵中央に砂を集め山をつくり御幣を立てゴザを敷き四方の徳俵から塩をまき木村朝之助による土俵祭り。稽古土俵は埋めものはせずコブとスルメとコメをお供えして酒で清める。土俵祭り後、稽古再開。白マワシ同士の三番稽古で締める。昨日が番付発表。朝弁慶、西十両7枚目。初めての部屋頭。高砂部屋全力士の新番付です。5963600番目と5964000番目のお客様、送り先を書いてメールください。名古屋場所新番付と高砂部屋便り60号をプレゼンントいたします。

平成28年6月23日
地方場所のたび呼出しさんも土俵造りのため先発隊と同じ時期に乗り込み各部屋の土俵造りをおこなう。呼出し利樹之丞と邦夫も19日に乗り込み一門各部屋の土俵造り。昨日22日が高砂部屋の土俵造り。土俵造りは職人技なので、一門の後輩呼出しに、俵の結び方や入れ方、土俵の均し方、叩き方を厳しく指導しながらの作業。土俵造りも、兄弟子から弟弟子へと何百年も引き継がれている江戸文化に相違ない。

平成28年6月19日
宇都宮の話を長々続けたのは両国4丁目エリシオというバーを紹介したかったがため。カクテルやウイスキー、ワインなどのお酒はもちろん燻製カレーやピザや自家製ベーコンなどの料理も美味く、まだ若いマスターが宇都宮新七郎のひ孫にあたる。宇都宮没(昭和27年)後ずいぶん経ってからの生まれだが、孫である父親からいろいろ話を聞いているという。先発隊7人(大子錦、朝天舞、朝興貴、朝山端、朝達家、朝大門、松田マネージャー)名古屋入り。今年も、おなじみ蟹江の鈴木さんと、今年から朝弁慶の運転手を務めてくれることになった 有本さんに迎えにきてもらい宿舎の蟹江龍照院入り。畳を敷いてバルサン焚いて、風呂や便所の掃除と、とりあえず寝る場所と生活環境の確保。お寺さんやご近所の方々とも一年ぶりの再会。場所前恒例の激励会、今年は7月7日(木)に開催です。

平成28年6月18日
破門の身ながら土俵に上がり大関との対戦。「あの女将の野郎!」と怒りをぶつけると、大関を突き出した。師匠と親しい人が、 “一ぺん親方にあやまれば万事うまくおさめるから”とすすめるが、“悪いことをしたんじゃないから、あやまるものか”とききいれない。話をきいた八代大将が部屋に来て 「親方、宇都宮は悪いことなんかしていない。なかなか気っぷのある可愛い男じゃないか・・・」と、とりなしてくれ首がつながった。翌年の海軍記念日、水交社で行われた相撲大会で、「おい、宇都宮」と小さい人に肩をたたかれるので、誰かとおもって振り向くと東郷元帥だった。「この前はえらく威勢がよかったなぁ!」と冷やかされたという。

平成28年6月17日
怒りが収まらない料亭の女将は翌日出羽海親方にご注進。本場所中だったようで、稽古をすませた宇都宮は早々と支度部屋に入り横になっていた。そこへ怒り心頭の親方が乗り込んできた。宇都宮が入口に背を向け寝たふりをかましていると、頭を蹴とばされた。親方だと知りつつ啖呵を切りながら起き上った。「この野郎、いったい誰だ、蹴とばした奴は!日本広しといえども、かくいう宇都宮新七郎を蹴っとばせるのは、師匠常陸山谷右衛門ただ一人だぞ!」 もう一度したたか蹴とばされた。「粗相のないようにと、あれほど言ったのに、よくもおれの顔に泥を塗りやがって!今日かぎり、トットと出て失せろ!」 破門を言いわたされた。

平成28年6月16日
席へ戻ったところへ料亭の仲居がやってきて、“ハイ、これは親方、これは代理”と、祝儀を二人分ポンポンと前に置いた。そのしぐさにカチンときた宇都宮は、“おい、ちょっと待て”と仲居の袖をつかまえ、「なんだ、これは。今日は宇都宮新七郎で来たんじゃない。師匠出羽海の代理iきたんだ。馬鹿にするない。」と、祝儀をお歴々の真ん前へ放り投げ、お歴々に頭を下げ廊下へ出た。そこへ、騒ぎを聞いてかけつけた料亭の女将がやってきて「場所柄もわきまえず、なんてひどいことを!」とまくし立てるので、宇都宮も「場所柄だって?たかが料理屋じゃねえか。この淫売婆ァ。」と怒鳴り返す。売り言葉に買い言葉で二人がやりあう声が宴会場まで聞こえ、提督連中は、とんだ座興だと面白がった。

平成28年6月15日
宇都宮の師匠は大横綱常陸山。常陸山は、海軍の八代六郎大将、広瀬武夫中佐と義兄弟の契りを結んでいて海軍との縁がふかく海軍記念日に築地の料亭に招待をうけたという。師匠が所用でどうしても出席できないため幕内の宇都宮が代理で行くことになった。師匠に呼ばれ「今日は、お歴々の宴席だから粗相のないよう注意してくれ。おまえは酒癖が悪いから酔っぱらっておれの顔をつぶすようなまねをすると承知しないぞ」と念を押された。東郷元帥をはじめ名だたる提督並ぶなか、威儀を正して挨拶をすますと、“よく来た、一杯やろう”とお歴々から盃をもらいご機嫌になって席へもどった。

平成28年6月14日
再び宇都宮新七郎の話。栃木山は自ら志願の手紙を書いて出羽ノ海部屋に来た。折しも巡業中で、部屋に残っていた宇都宮が同郷のよしみで巡業先まで同行した。汽車が品川を通り海が見えたとき「ここはどこだね?」と栃木山が聞くので、「品川だ」と答えたら、「品川って川かね。東京って川まででっけえんだなぁ!」と言ったという話をサカナに協会の取締となった栃木山をからかっていたいたという。また、「胸に鼻クソをくっつけて稽古をつけてやった。そうして稽古上がりに自腹でシャモを買って食わして横綱にまでしてやった」という話もよくしたそうで、春日野部屋の力士たちは宇都宮のことを、“シャモの親方”と呼んでいたという。

平成28年6月13日
大宝合宿稽古3日目最終日。あいにくの雨にたたられ土俵のまわりは水びたし。ゴム草履で歩いていたらツルリ。背中とお尻がどろどろになってしまった。つづいて朝乃土佐もツルリ。持っていたバスタオルがどろどろ。しばらくして朝弁慶登場で客席から拍手がわくが、その前でツルッ、オットットと両手をついてどろどろの土俵下で股割り、どうにか両手だけですんだ。稽古のあと大宝保育園の園児たちが力士に挑戦。ちゃんこと後片付けの後、雨の中、傘を差した園児たちと役員の方々に見送られバスにて帰京。

平成28年6月12日
下妻市大宝八幡宮合宿稽古2日目。晴天の日曜日とあって満員御礼の観客席。ちゃんこも材料を買い足して増量。食材切りも新しい助っ人の婦人連が加わり賑やか。その中心となるのは“大宝のきみまろ”ことキヨちゃん。今朝も大子錦とからんで、坐骨神経痛で脚が痛む話からパンツの色がグレーだったという話で盛り上がる。そこへ先代宮司の奥様も加わる。キヨちゃんとの付き合いも長いのでツッコミも抜群の間。新コンビ結成で大宝おばちゃん漫談のネタは尽きない。パンツネタ(6月14日)は前にもあった気がしたが、やっぱりあった。

平成28年6月11日
大宝八幡宮での合宿は、先代宮司が師匠を節分の豆まきに招いていたご縁からはじまり今年で16年目。はじめから参加しているのは、朝赤龍、朝乃土佐、朝天舞の3力士。残りの力士は皆、入門直後から下妻のみなさまに見守られながら成長してきた。関取として初めて大宝にお目見えの朝弁慶も先代宮司の墓前に嬉しい報告ができた。今朝は稽古の後、こちらも6年目となるわんぱく相撲下妻場所。はじめの頃30名くらいだった参加者も今年は80名の大賑わい。いつかこの中から入門者が出てくることがみんなの夢。

平成28年6月10日
『栃錦一代』は横綱栃錦引退の約一年後、昭和36年3月中央公論社からの刊行。200頁余の本の中で、「九重親方の話」として15頁ほどを割いて宇都宮新七郎の思い出話を載せている。宇都宮新七郎は、横綱常陸山の出羽ノ海御大の弟子で出羽ノ海部屋所属ながら、栃木山との縁で春日野部屋に毎日のように来て昔話を聞かせてくれたという。その話しっぷりが寄席で落語か講談を聞いているように面白く、語り口も独特だったと逸話を紹介している。今日から下妻大宝八幡宮での合宿。明日から13日(月)まで3日間の稽古。

平成28年6月9日
栃木県出身力士としては、初代横綱明石志賀之助や第27代横綱栃木山が知られるが、その栃木山の4年兄弟子に宇都宮新七郎という力士がいた。大正2年に入幕して最高位は前頭2枚目。大正10年に引退して年寄放駒となり、のち年寄九重として理事にもなっている。口が大きくガマというあだ名で呼ばれ、酔ってご機嫌になると「手めえたち若けえのは、世にも名高い明治の三ガマって誰のことか知るめえ、後学のためによく覚えておけよ。浪曲では桃中軒雲右衛門、女優では松井須磨子、角界ではかくいう宇都宮新七郎だ。」と啖呵を切っていたという。じつに話のうまい人でしたと、横綱栃錦が『栃錦一代』の中で語っている。

平成28年6月8日
高砂部屋栃木後援会が発足した。船田元衆議院議員を会長として宇都宮在住の有志を中心に集い今年4月に師匠を招いて発会式が行われた。8月20日(土)、21日(日)に合宿稽古を行う予定で、今週月曜日に稽古土俵が宇都宮市氷室町に完成、昨日火曜日には木村朝之助が祭主となり土俵祭りが行われた。後援会は年会費3千円。宇都宮市氷室町1771氷室グリーンガーデン市村までお申し込み下さい。(090−8032−0508)

平成28年6月3日
昨日6月2日、毎年6月恒例の近畿大学校友会東京支部ちゃんこ会。乾杯のあと、これも恒例となった近畿大学OB落語家鈴々舎八ゑ馬(れいれいしゃやえば)の落語を一席。今年で3回目(?)となった高砂寄席。おかみさんの発案で、“高砂寄席” “鈴々舎八ゑ馬”という「めくり」を寄席文字ならぬ相撲字で木村悟志が作製。稽古場上がり座敷が、ちょっとした寄席の雰囲気に。お昼に国立演芸場で出番のあった八ゑ馬さん、他の師匠に「これから高砂部屋で一席です」と言うと、ずいぶんうらやましがられたという。

平成28年6月1日
もともと興行である大相撲は芸能としての面も歴史がある。櫓太鼓や相撲甚句は江戸時代からつづき、その江戸文化継承者ともいえる利樹之丞が、今日から豪華客船飛鳥Uに乗船して大相撲クルーズ。船内で太鼓実演や甚句を唄い相撲健康体操の司会まで。横綱鶴竜や大関豪栄道等によるトークショーや北の富士さんによるトークショーもある。今朝は乗船前オプションとして高砂部屋での朝稽古見学と撮影会。もろもろの準備や世話役で伊予櫻若者頭の乗船。あすは一日船中で、あさって午前9時に横浜港帰港予定。

平成28年5月31日
最近の大相撲人気のお陰もあってか相撲をネタにする芸人さんも増えてきたが、相撲漫談の一矢さんは芸歴が古い。知り合いに何度か「一ノ矢さん、副業で相撲漫談はじめたんですか?」と真顔で聞かれたことがあるが、「かずや」と読み、呼出しの装束で柝を鳴らしながらの相撲ネタ。甚句もやる。6月6日〜10日まで浅草演芸ホールに出演している。

平成28年5月30日
一昨日の『相撲甚句全国大会』にゲスト出演した吉本のお笑いコンビ“キンボシ”のキンボシ西田は徳之島出身。実家が近所で、お父さんは学校の先輩。芸人としての知名度はまだ低いようだが、相撲界での知名度は抜群。マニアックな相撲ネタが売りで、相撲雑誌や関連冊子、NHK大相撲中継のゲスト解説者としての出演も多々。相撲部屋の玄関の前で横綱土俵入りをおこなう大相撲全部屋を回ってきたがおもろい。けっこういいシコ踏む。今日から稽古再開。新弟子は相撲教習所再開。

平成28年5月25日
今週土曜日5月28日午前10時より江戸東京博物館1Fホールにて第24回『相撲甚句全国大会』が行われます。オープニングのやぐら太鼓と打ち出しのはね太鼓を呼出し利樹之丞が務めます。全国28団体の相撲甚句と、お笑いコンビ「キンボシ」のトークライブ、相撲甚句教室。田辺鶴遊による相撲講談など盛りだくさんの内容です。入場無料。

平成28年5月20日
今日まで序二段の全勝力士は3人。まず朝山端が土俵に上がり5勝1敗の力士と星違い(幕下以下は基本的に同じ星同士の対戦)で対戦。敗れ、残った2力士による対戦を玉木が制し、先場所の序ノ口優勝に引き続いての序二段優勝決定。三段目は6戦全勝が2人残り、勝った方が三段目優勝という7戦目の取組。残念ながら石橋は敗れ、高砂部屋ダブル優勝はならず。朝弁慶、4敗目を喫し優勝争いから後退。13日目を終了して勝越し5人、負越し5人。あす14日目に3勝3敗の5人が登場。

平成28年5月18日
江戸歌舞伎・役者柄もよく使われる。地味な文様の印象があったが、語呂合わせの文字や縞で意味があり、しゃれで粋な江戸文化が薫る。十両朝弁慶、取り直しの一番に敗れ優勝争いから一歩後退。三段目石橋、序二段玉木と朝山端は全勝を守り、残り一番に優勝もしくは優勝決定戦進出をかける。

平成28年5月17日
梅や菊、桜などの花柄もよく使われる。龍と同じく四股名に使われるからでもあるが、梅は忍耐力と美を意味し、菊は日本の国花であり皇室の紋章にも使われている。桜は相撲協会の紋章で、こちらも日本の国花。すべからく縁起がいい。朝弁慶10日目にして早くも勝ち越し決定。いよいよ優勝争いの先頭集団にも加わった。あすから終盤戦。残り5日間。幕下以下は残り2番。

平成28年5月16日
今風のイラストや派手な色使いの浴衣は楽しいが、昔ながらの柄には風情がある。トンボの柄はよく使われていた。トンボは縁起のいい「勝ち虫」と呼ばれ、戦国武将は兜や陣羽織などの装飾にも使ったという。古事記で雄略天皇が狩りに出かけたときに腕を刺した虻をトンボがくわえていった故事に由来するそう。朝弁慶7勝目で勝ち越しまであと一つ。十両優勝争いにも加わってきた。三段目石橋、少し苦戦するも5連勝目。序二段玉木と朝山端は共に電車道で5戦全勝。もちろん優勝争いのトップを走る。

平成28年5月15日
三段目石橋4連勝で3人目の勝ち越し。5月22日(日)に行われます高砂部屋千秋楽打ち上げパーティーのご案内です。

平成28年5月14日
相撲界は暑さに弱いので、季節先取りで4月になると浴衣を着始める。2階の大部屋のクローゼットも着物が仕舞われ浴衣一色。22〜3枚浴衣がかけられているが、そのうち6枚が龍の絵柄。朝赤龍はもちろん、東龍や鶴竜など四股名に龍のつく幕内力士が多いことにもよるであろう。龍は中国では皇帝のシンボルだそうで数々の伝説があるのは周知の通り。序二段で朝山端と玉木がそろって4連勝の勝ち越し。二人での優勝決定戦もありうる。

平成28年5月13日
自分の四股名の入った浴衣地をつくれるのは幕内から。朝弁慶はまだつくれない。幕内力士か、部屋の名前を入れた仕着せ、または引退のときの記念品もしくは襲名披露(33代木村庄之助襲名)などのときにつくる。力士用の柄は、男物の小紋を使うことよりも、体に合わせてか女物につかうような大きな絵柄を使うことが多い。昔は藍染めの紺系統が主流だったが、最近はカラフルな色使いが多い。三段目石橋、序二段玉木そろって3連勝。

平成28年5月12日
高砂部屋仕着せは、波模様にクジラのイラストでおかみさんの考案。その前は、師匠と親交があった縁で、80年代に一世を風靡したセーラーズの絵柄に師匠の似顔絵のデザインだった。師匠の似顔絵は、朝之助の祖父の絵。昔の若松部屋は松葉小紋に若の丸文字。横綱千代の富士が支度部屋でよく羽織っていて何となく誇らしかった。朝弁慶4勝目。付人の序二段朝山端3連勝。

平成28年5月11日
力士用の反物は幅広のキングサイズだが、仕立てるとなるとほとんどの力士が一反では足りない。大子錦は最近一反半では危なくなって二反持っていくという。小錦さんも二反あればギリギリ作れたそう。朝達家や朝横道など100kgくらいまでの力士なら何とか一反でできる。朝横道、番付に名前を載せて初めての白星。朝山端、玉木2連勝。

平成28年5月10日
浴衣を仕立てるのは近所でおばあちゃんがやっている仕立屋さん。大きさに関わらず一着7千円。 以前は5千円だったが少しずつ値上がりした。それでも呉服屋さんなどに頼むよりも安い。仕立てる反物を持参して縫ってもらう。自分で出向くか、ちょうどの大きさの浴衣か着物を持ち込んで採寸してもらう。十両朝赤龍に初日。三段目石橋、順当に2連勝。

平成28年5月9日
浴衣は自前で仕立てるか兄弟子のお下がりをもらうなどして3,4着はある(個人差はあるが)。体が大きすぎたり小さすぎたりするとサイズが合わなくお下がりをもらいにくいが、幸いなことに188cm160kgの石橋は朝弁慶の浴衣がちょうどよく、172cm80kgの朝達家は、呼出し利樹之丞や邦夫の浴衣でちょうどよい。その朝達家、まだ勝越したことがないものの徐々に番付を上げて自己最高位の3枚目。頭をつけて前に出る相撲で初日を飾り、初の勝越しと序二段昇進を目指す。

平成28年5月8日
風薫る五月夏場所初日。五月晴れの爽やかな晴天というより夏を思わせる日差し。五月場所から九月場所までの三場所は幕下以下の力士の場所入りは浴衣姿になる。浴衣の下にシャツステテコも着ているので、暑すぎない五月場所だけが浴衣が心地よい。先場所関取として初めての勝ち越しを決めた朝弁慶、会心の相撲での初日。勢いに乗って突っ走ってほしい。4勝3敗の高砂部屋初日。

平成28年5月6日
初日まであと2日。取組編成会議で初日と2日目の取組が決まる。初日の取組開始は午前8時20分で、まずは序ノ口の土俵に朝横道が上がる。そのあと、~山、朝山端、石橋、朝乃土佐とすすみ、十両11枚目朝弁慶は邦夫の呼び上げで鏡桜との対戦。4番後、呼出し利樹之丞・行司木村朝之助の軍配で朝赤龍が富士東との対戦。注目の稀勢の里は妙義龍、結びは白鵬に隠岐の海。あす午前10時より土俵祭り。連絡遅くなりましたが今晩8時より、BS11『中畑清 熱血!スポーツ応援団』のゲストに師匠出演です。

平成28年4月29日
總登さんお別れの会。午後3時より国技館地下大広間にて。八角理事長が一門の弟弟子として總登さんにお世話になった想い出を語ってお別れの言葉とし、東京高砂部屋後援会山下秀男氏のお別れのご挨拶の後、参列者での献花。閉会後に、祭壇の前で家族を部屋全員で囲み記念撮影。そのあと土俵に向かい。奥様に遺影を持っていただいて娘さんと3人でゆっくり土俵を一周。45年間共に生きてきた土俵と最後のお別れ。これからも、高砂部屋を、大相撲を、見守ってください。合掌。

平成28年4月25日
5月場所新番付発表。十両朝赤龍は西8枚目、朝弁慶は一枚上がって東11枚目。先場所三段目附出しデビューの石橋が三段目東66枚目の番付に初めて名前を載せる。朝ノ島、昨年1月場所以来の三段目復帰。先場所序ノ口優勝の朝玉木は、玉木と改名して序二段10枚目。連続優勝を狙う。朝達家、序ノ口3枚目と自己最高位を更新(3月場所入門者多数の為の押し上げだが)。5932500番目と5933000番目のお客様、送り先を書いてメールください。5月夏場所新番付と高砂部屋便り58号をプレゼントいたします。高砂部屋全力士の新番付です。

平成28年4月19日
4月29日(金)祝日午後3時より国技館地下大広間にておこなわれます總登さんお別れの会の詳細がきまりました。

平成28年4月17日
巡業組(朝赤龍と朝乃丈、朝弁慶と朝興貴、~山)、埼玉県川口市での巡業を終えいったん帰京。あす18日(月)靖国神社奉納大相撲(午前9時〜午後3時頃)。先着6000名入場無料です。午前9時土俵祭りを行い、初切や相撲甚句、櫓太鼓打分実演、土俵入り等がおこなわれます。19日は長野県佐久市、20日に富山市で行って長い春巡業が終わります。25日(月)が番付発表。

平成28年4月11日
總登さんが初めて番付に名前を載せたのは昭和46年3月場所。序ノ口東4枚目で房登の四股名。初日に勝って2日目に負け、2連勝で3勝1敗までいくが、3連敗して3勝4敗と負け越し。ベースボール・マガジン社『相撲』昭和46年5月号(夏場所展望號)の各段報告序ノ口の欄で、期待の力士として紹介されている。大山部屋の13歳の新弟子を一人紹介した後、「このソップ型に対してアンコ型が序ノ口の房登。この人も大いに期待されている。173センチ、112キロの体で、松登二世といわれるほど。ぶちかましに威力がある。まだ15歳というのも魅力の一つ。しかもこのごろは当たって押す。自分の型を覚えてきたのは大きな収穫だ。ただまだ四つ身になることがあり、まわしをとっての投げを打って、逆に失敗するので、その点をもう少し、心掛けて押しに徹するようになれば、これから面白くなりそうだ。」

平成28年4月9日
「總登さんお別れの会」は、4月29日金曜日(祝日)午後3時〜4時国技館地下大広間にて行なう予定です。供花等につきましては来週早々に改めてお知らせ致します。

平成28年4月5日
總登さんは昭和46年1月場所大山部屋への入門。当時の師匠は、元大関松登の大山親方。入門時は房登で、その後福本、福国山と改名して昭和58年1月から總登。全盛時は176cm154kgの体格で最高位は昭和54年11月場所の幕下2枚目。3勝4敗と惜しい成績だった。昭和60年1月場所に引退して大山部屋所属の世話人となるが、昭和61年4月に元松登の大山親方が亡くなり、高砂部屋所属となった。

平成28年3月31日
世話人の總登さんが3月30日午前10時15分敗血症のため亡くなられました。土日に千葉の実家の方で家族葬をおこない、部屋としてのお別れの会を4月20日過ぎに行ないます。お別れの会につきましては詳細が決まり次第改めてお知らせ致します。あまりにも突然のことで言葉を失ってしまいます。最後は安らかなお顔でご永眠されました。こころよりご冥福をお祈りいたします。

平成28年3月27日
朝弁慶、十両3場所目にして初めての勝ち越し!難産の末の勝越しだけに部屋にもどってきたときは全身から喜びが溢れ出ていた。これで気を良くしてどんどん勝越しを重ねていけそうな気がするが・・・乞うご期待。梅田ヒルトンホテルにて千秋楽祝賀パーティー。大勢のお客様にお越し頂き、朝弁慶の勝越しと朝玉木序ノ口優勝で祝賀ムード満載。勝越し力士カラオケで新弟子の朝横道もカラオケ初土俵。カラオケで歌うこと自体初めての経験だそうだが、いきなり500名の大観衆を前にしての初カラオケ。これも力士ならではのこと。

平成28年3月25日
序ノ口19枚目の朝玉木、序二段の全勝力士と対戦して勝ち7戦全勝での序ノ口優勝決定。三段目100枚目格附出し石橋は、まさかの2敗目。「負けて覚える相撲かな」というように、今場所の2敗をこれからの稽古や日々の生活に活かしていけばよい。明日が近畿大学卒業式。着物で出席とのこと。大子錦、まさかの3連敗4連勝での勝越し。場所前ギックリ腰をやり途中高らかに休場宣言までしていたのに、まさかの勝越し。朝乃丈も勝越して勝越し6人、負越し5人、あと一番で勝越しが、十両朝弁慶、朝興貴、朝森本の3力士。

平成28年3月24日
大関綾瀬川は大阪市中央区の出身(愛知県稲沢市という説もある)。大阪相撲の湊部屋に入門したのち江戸に出て第9代横綱秀ノ山の弟子となり明治元年入幕。姫路藩お抱えで相生と名乗ったが、維新後土佐藩お抱えになり綾瀬川と改名。そのことが初代高砂との刃傷沙汰騒動(12月15日)となる。初代高砂にとっては敵役だったが、相撲の実力は高く、「相撲じゃ陣幕、男じゃ綾瀬、ほどのよいのが朝日嶽」と謡われたほどイケメン力士でもあったようで、孫は大正・昭和の大女優栗島すみ子。石橋、朝ノ島共に5勝目。残り3日間。勝越し4人、負越し3人、合い星7人。

平成28年3月23日
天王寺七坂は、千日前通から生國魂(いくたま)神社に向かう真言坂に始まり、源聖寺坂、口縄坂とつづく。源聖寺坂を登り切った左右の寺には昭和30年代後半相撲部屋が密集していた。銀山寺に花籠部屋、齢延寺に三保ケ関、隆専寺に出羽海、菩提寺に春日野、圓通寺に伊勢ケ浜部屋と谷町筋に出るまで相撲部屋が軒を並べ、付近に小野川、高島、立浪部屋などもあった。さらに、愛染坂、清水坂、天神坂と石畳の坂がつづく。七坂目は、四天王寺西門に至る逢坂。坂の途中にある大きなお寺一心寺には初代高砂と所縁が深い大関綾瀬川のお墓がある。高校(近大付属高)大学(近大)と大阪の朝玉木六連勝。

平成28年3月22日
宿舎のある谷町9丁目辺りは上町台地とよばれ、大阪発祥の地でもある。大阪湾を臨み南北に盛上った台地で、大阪城付近から住吉大社辺りまでつづいているという。その上町台地の西端を通るのが谷町筋で、上町台から坂を下った筋が松屋町(まっちゃまち)筋。谷町9丁目から天王寺まで、谷町筋と松屋町筋をつなぐ天王寺七坂があり、歴史散歩コースになっている。石橋、朝ノ島勝越し。朝玉木5連勝。

平成28年3月21日
南北に走る谷町筋を南へ下ると天王寺駅にぶつかる。天王寺駅の向こうに今旬の阿倍野ハルカスがそびえ立つ。阿倍野ハルカスは阿部野区になり、その阿倍野区松崎町出身なのが朝森本。1年前入門したとき130kgだったのに今年は150kgまで増量。地元だけに、体育会系の叔父さんも度々差し入れを持って部屋に訪ねてきてくれる。体重の増加ほど番付は上がっておらず、叔父さんもヤキモキしているようだが、勝越しに望みをつなぐ2勝目。

平成28年3月19日
大阪の道路は、南北が「筋」、東西が「通」という名称になっていてわかりやすい。高砂部屋宿舎である久成寺から程近い谷町九丁目交差点を西へ下っていくのが「千日前通」で、下ってすぐ日本橋(にっぽんばし)、難波となり、難波の交差点を左に曲がると大阪場所が開催されている府立体育館(今年からエディオンアリーナ大阪という名前に変わった)がすぐそこ。そのエディオンアリーナで朝玉木が今場所第一号の勝越し。石橋も万全の相撲で3勝目。朝ノ島も3勝目。大子錦に初日。

平成28年3月18日
”暑さ寒さも彼岸まで”とはよく言ったもので、しとしとと雨に降られたものの冷え込みはすっかり和らいできた。谷町9丁目という大阪市のどまん中にある宿舎だが、大通りから一本入り、周りはお寺や公園に囲まれているため、ウグイスのさえずりも聞こえてくる。かと思うと、今朝は野良猫の盛り声が長々とつづいていた。春である。今日から中盤戦、前相撲朝横道2勝目を上げ、9日目に二番出世披露。

平成28年3月16日
前相撲は、新弟子検査に合格した力士がA班とB班の2班に分かれて一日おきに相撲を取り、2勝すると出世披露となる。高砂部屋に2人はA班で、2日目からスタート。今日4日目が2回目の土俵。2日目黒星だった朝塩本、今日2連勝して一番出世決定。あす5日目に一番出世披露。2日目白星スタートだった朝横道は2勝目ならず。3月27日(日)に行なわれます高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。

平成28年3月14日
今日から前相撲。すでに15日間売り切れ状態の大阪場所だが、肉親に限り前相撲は見学が出来る。地元大阪泉大津出身の朝塩本、両親が応援に来るが、対戦相手が近大相撲部出身力士で白星ならず。あす15日が中学校の卒業式のため、部屋に戻って洗いものやら掃除やら終わらせて実家に戻る。3月場所の前相撲は一日おきなので、あさってに初白星を目指す。もう一人朝横道は初土俵初白星。三段目附出し同士の決戦は小柳に軍配が上がり、石橋黒星スタート。勝つに越したことはないが、これから先の長い勝負人生の中では、単なる一敗にすぎない。負けた悔しさを糧に進んでいくだけのこと。朝弁慶も初白星。

平成28年3月13日
“荒れる春場所”の名の通り、横綱が相次ぎ敗れる波乱の初日。高砂部屋関取衆も黒星スタート。朝金井、朝山端は病気療養中のため休場。代わりに朝達家が朝弁慶の付人になり、支度部屋初デビュー。場所前に初めてちょん髷も結い、少しずつだがお相撲さんらしい雰囲気も感じられるようになってきた。三段目附出しデビューの石橋、明日同じく東農大出身の三段目附出し小柳(おやなぎ)との対戦。事実上の三段目優勝決定戦といえるのかもしれない。いや、三段目60枚目朝乃丈も秘かに優勝宣言していたから、わからないが・・・。

平成28年3月10日
寒の戻りとなった大阪。数日前の暖かさがうそのようにお寺を冷気がつつみ込み、底冷えのする本堂。朝、寝間着から本堂の中にかけてある服に袖を通すと、冷たさが全身に沁みてくる。寒暖の差が激しいこの時期は体調を崩しやすく、“荒れる春場所”の一要因でもある。近大へ出稽古に行っていた数名も初日に向け明日からは部屋での調整稽古。あす金曜取組編成で明後日土曜日土俵祭り。13日(日)初日の春場所は15日間満員御礼確実の前人気上々。ー浪速の春は大阪場所からー

平成28年3月8日
3月5日(土)に新弟子検査が行なわれ、高砂部屋から受検の3人も無事合格。何度か紹介してる近大相撲部石橋広暉の他、名古屋市出身の高校3年生横道守、大阪泉大津東陽中学3年生の塩本直輝の3人。塩本直輝君は、小学生の頃から大阪場所の度に部屋に泊まりがけで来ていて(3月27日)宿舎久成寺での生活も慣れたもの。春場所3日目の3月15日(水)に卒業式を迎える。

平成28年3月4日
3月場所が初土俵となる石橋は、富山市出身で高校は富山商業高校。富山県出身力士としては、明治に梅常陸時代を築いた第20代横綱2代目梅ケ谷藤太郎、最強横綱の声もある第22代横綱太刀山峰右衛門、小兵の名人関脇玉椿等、相撲史にその名を残す力士がいるが、現在番付に名前を載せているのは2力士のみ。そういう状況もあってか、地元の期待も高く、早速地元テレビ局が2社取材に。あす新弟子検査を受検して三段目附け出しとしてデビューする。

平成28年3月2日
大阪場所前毎年恒例の学生相撲出身力士激励会。高砂部屋から、近畿大学出身の師匠、若松親方、朝玉木、石橋と、琉球大学出身松田マネージャーが出席。現在学生相撲出身力士は幕内14名、十両7名を数え関取の3分の一近くを占める。幕下以下の力士も合わせると50名を超える大勢力。あさって3月5日土曜日が新弟子検査で正式入門となる石橋、今日初めて着物に袖を通し雪駄履きで歩き、満更でもない様子。2人共400名近いお客さまの前でカラオケもデビュー。

平成28年3月1日
春場所、久成寺にての稽古始め。近畿大学相撲部の2人朝玉木と石橋、大阪泉大津の中学生塩本の3人も黒マワシを締めて初稽古。まずは準備運動にぶつかり稽古程度。ちゃんこ番の手伝いや洗い物、稽古タオルの洗濯、掃除なども兄弟子に教わりながら相撲部屋24時間の生活がはじまっていく。名古屋の高校3年生横道は、今日が卒業式で明日から合流。新弟子が入ってくると部屋に活気が出てくる。

平成28年2月29日
3月春場所番付発表。1月場所東十両8枚目で9勝6敗だった朝赤龍東2枚目まで躍進。再入幕を狙える番付。朝弁慶は1枚落として12枚目。今場所こそ、関取として初の勝ちしを狙いたい。朝興貴が幕下復帰で、朝大門、朝森本が自己最高位。朝達家も自己最高位。5901000番目と5902000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。春場所新番付と高砂部屋便り56号をプレゼントいたします。

平成28年2月28日
全員大阪へ乗り込み。毎年恒例ちゃんこ朝潮徳庵店での大阪高砂部屋後援会とのちゃんこ会。 近大相撲部から1月場所入門の朝玉木と3月場所三段目附出しデビューの石橋君、大阪泉大津市立東陽中学3年生の塩本君の3人も出席。今日から力士としての生活が始まる。もう一人入門予定の名古屋の高校3年生横道君は、3月1日の卒業式を終えて2日から合流。3月13日(日)初日の大阪春場所、明日が番付発表。

平成28年2月24日
宿舎久成寺から徒歩2分の谷町九丁目駅地下街には昔ながらの居酒屋が何軒かあり今年も健在。中でも『盛じゅん』という焼鳥屋さんは、高砂部屋御用達といえるほど毎晩のように誰かしら行っているお店。地鳥の「せせり」「はらみ」「もも」の炭火焼にカツ、合間のごま油が効いたキュウリ漬け、「ももタタキ」「ナマレバ」に鍋。締めには「ユッケ丼」「地鳥の卵かけご飯」などなど。時に裏メニューまで出してくれる。今日の揚げ出汁餅も絶品だった。要予約。

平成28年2月23日
大阪場所前毎年恒例の高砂部屋激励会。今年も初日1週間前の土曜日3月5日に上六都ホテルにて開催されます。参加すると、大阪高砂部屋後援会一般会員となり一年間番付表が送付されます。

平成28年2月22日
1年ぶりの大阪。谷町9丁目界隈も街並みに変わりはないが、毎年少しずつ変化はある。すぐ近くの弁当屋さんがなくなってしまった。チャンコ場の用意ができるまで先発中は毎日のようにお世話になっていただけに、痛い。宿舎のお寺さんから坂を下ったところにあった銭湯も2〜3年前に閉めてしまった。これも痛かった。今年跡地を通ったら新築のマンションになっていた。ピカピカでお洒落なマンションだけにより寂しさを感じてしまう。交差点近くの焼肉屋も閉店している。誰も行ったことがない店だと思っていたが、朝達家が「ここまずかったっす」と言い、他の皆は無言で通り過ぎた。

平成28年2月21日
大阪先発隊乗り込み。毎年のことながら師匠の大学の後輩の嶋川さんに迎えに来てもらって谷町9丁目宿舎久成寺(くじょうじ)入り。7〜8人の先発隊なので車3台できてもらう。20数年嶋川さんは不動なれど一緒に来てくれる人は変動があり、今年は同級生に、仕事仲間、甥っ子という面々。昔朝之助が元大乃国の芝田山親方と見間違えた(10月24日)こともある嶋川さん。甥っ子も嶋川さんの血を引き継いで子供の頃大きくて師匠からしきりにスカウトされていたのを思い出した。大人になった今また迎えに来てもらうことにも歴史が感じられる。

平成28年2月14日
『JAF Mate』は、JAF(一般社団法人日本自動車連盟)の機関誌で年10回発行。発行部数は何と12,002,900部。最新3月号の表紙を飾るのは、高砂部屋力士一同を後ろに従え軍配片手に勝負を捌く厳しいまなざしで正面を見据える十両格行司木村朝之助の雄姿。65ページには「表紙の人」と題して、記事と共に笑顔の朝之助や相撲字、稽古風景も紹介されている。今晩6時より都内ホテルにて朝赤龍結婚披露宴。

平成28年2月13日
青森で女子相撲をがんばっている中学1年生ひなちゃんの将来の夢は相撲部屋のおかみさんになること。青森朝日放送の番組『夢はここから・・・』の収録で、高砂部屋に来て今日一日おかみさんのもとでおかみさん修業。はじめは緊張して固まっていたが、だんだんお相撲さんとも馴染んできて写真撮影では満面の笑み。さいごはイケメンな(ひなちゃん曰く)朝弁慶や朝山端に見送られ、名残惜しそうに青森へ。3月12日(土)午後4時(?)放送とのことです。

平成28年2月8日
『夕刊フジ』で元大関朝潮高砂浦五郎「自伝」連載中。今日で6回目で、「見つけた武器」と題して、入門して一年、前頭筆頭に上がって9連敗、次の場所も、そのまた次の場所もと3場所連続の負越しで壁にぶつかったとき、出稽古に来た高望山(現高島親方)との稽古でひらめいた「ぶちかまし」の話。以後、部屋での稽古で立合いのぶちかましを磨いて壁を乗り越えていった。中央には、ぶちかましの激しさを物語る額から流血する写真。聞き手は、相撲記者歴が長い大見信昭氏。

平成28年2月4日
前記紙面からつづく。酒井忠正氏の随筆「今迄笑顔に満ちた場内が水を打ったように、異様な厳粛さに圧せられた空気になってしまった。(中略)歌が終わると爆発したような拍手が鳴り止まない。荒木さん(元陸軍大将)の目には涙が光っている」 米吉談話「それは相撲甚句だね。・・・ 戦争を経験した人が聞いたら誰だって泣くよ」「多賀之丞は三重の素人相撲から本職に入った人で、元は浪曲師。鬼瓦みたいな恐い顔してたけど声が素晴らしい。甚句を聞いた女は皆ほれてたよ。朗々とした声が巣鴨に響いたわけだ。声もいいし、節もいい、それでもって情緒がある。甚句ってのは60年、70年生きてきた、心のひだで歌うんだ。・・・ 」

平成28年2月1日
1月28日付けの読売新聞で“巣鴨プリズン慰問場所”が紹介されていた。巣鴨プリズンとは、大戦後に戦犯容疑者が収容された拘置所で、昭和27年1月9日戦犯慰問大相撲が開催された。横綱審議委員会初代委員長酒井忠正氏の「相撲随筆」の記述と実際に訪れた元立呼出し米吉さんの証言を織り交ぜ当時の模様を振り返っている。戦犯10名から送られた感謝状や当日の割り(取組表)と共に、高砂部屋呼出し多賀之丞作の甚句『新生日本』の歌詞が掲載され、中央には大きく元幕内島錦、元小結国登、多賀之丞の高砂部屋3人衆の姿がある。


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