やあ、皆さんこんにちは。
〈銀河通信〉のWeb進出にあたり、特別企画としてこんなものを作ってみました。その名の通り、刊行を予告されながら未だ発表されていないSFおよびF部門のリストです。
SFに限った話ではないが、出版されたあらゆる本の影には没企画の亡霊がうごめいていることだろう。出版を事業としている限り、出版社が企画を淘汰選別するのは当然と言えば当然で、採算が合わないと判断されたそれらの企画を残念がるのは実際どうかと思う。
しかしここに掲載する書目は、創元文庫挟み込みの〈新刊案内〉で触れられたという、いわば読者に対して公式に予告されたと見なしてもよい本ではないだろうか。企画段階で編集者の涙と共に消えていった作品とは、ワケが違うのだ。
おそらく版権取得、訳者決定翻訳進行中という段階までこぎつけながら、なんらかの事情によって未だ陽の目を見ない作品たちの数々。
SF界でかつて“幻”と謳われた『タウ・ゼロ』や『アインシュタイン交点』、コードウェイナー・スミスの短篇集に『虚数』などなど、徐々にとはいえ消化されているので、「残るはブラナーの“STAND ON ZANZIBAR”と『危険なヴィジョン』ぐらいじゃない?」なんて思いがち。が、イヤイヤどうして、捜せばあるんですねー(もしかしてタブーなのか?笑)。
…というわけで、ターゲットは東京創元社である。いってみよう!
1.“THE NIGHT OF KADAR”/ギャリー・キルワースこれは「82年度新刊予定の一部」として〈新刊のお知らせ〉81年12月‐82年1月分掲載コラム《紙魚の手帖》bUに記載されている。
同時に予告されているC・シマック、D・ベンセン、J・パーネル、R・ルポフなどの作品は発売したが、キルワースだけがお蔵入り。83年2月‐3月分の《紙魚の手帖》bP8にも、「本年度上半期のSF部門から」として再予告されたがそこまで。ちなみに《紙魚の手帖》とは〈新刊のお知らせ〉の1ページを使用したコラム欄の名称であり、81年5月‐6月分からスタートし、83年2月‐3月分のbP9まで続いた。
2月‐3月分でbP8と19がダブっているが、bP9は3月新刊分に挟み込まれた緑バージョンに掲載されている。
その直後に《紙魚の手帖》は八つ折の拡大版として83年5月から新創刊され、88年5月の41号まで続く。
この《紙魚の手帖》は両面16枚分、ポスターになったり、すごろくになったり、特集を組んだり、様々な人のコラムやインタビュー等がギッシリ詰まった、非常におもしろい小冊子である。中でも呼び物の座談会は、商業誌ではお目にかかれないような罵倒を自社出版物に浴びせるという、恐るべきものであった。2.『この世の果ての泉』/ウィリアム・モリス
現在のF部門(怪奇幻想)が「いよいよ本格的に活動を再開いたします。〜今年のラインナップ」として、《紙魚の手帖》84年3月の11号に記載。
この作品はその後、85年3月の22号に「ファンタジーの大御所ウィリアム・モリスの『世界の果ての泉』」と予告され、さらに87年7月の36号には「ウィリアム・モリスの古典的ファンタジー『この世の果ての泉』などをはじめ、かつての“妖精文庫”の諸作品を帆船マークで文庫化するなど、好企画が目白押し」と三度告知されている。題名が微妙に変更されてます。3.『ノン・ストップ』/ブライアン・W・オールディス
この作品に関しては、刊行が予告された訳では無いことを断っておかないといけない。
しかし、それをほのめかす記事が《紙魚の手帖》84年8月の16号に載っている。「−−〜で、《センス・オブ・ワンダー》をよみがえらせようと、その手の作品を捜したわけです。
それは、どんな本ですか。
−−たとえば、ディーン・R・クーンツの『ビーストチャイルド』とか、H・ビーム・パイパーの『リトル・ファジー』とか、ブライアン・オールディスの『ノン・ストップ』といった作品です。」
これはSF部門の新企画《甦れ、センス・オブ・ワンダー》のスタートと絡めて行われた、加藤直之インタビューの最後の発言である。発言者は、インタビュアーで当時の創元SF担当者の新藤克己。
『ビーストチャイルド』と『リトル・ファジー』の2点は、この直後に《甦れ、センス・オブ・ワンダー》のシリーズとして発売された。予告こそされなかったけれど、『ノン・ストップ』も念頭に置かれていたと見るのが妥当ではないだろうか。なお、クーンツの『ビーストチャイルド』は、97年10月の復刊フェアで『人類狩り』と改題して断トツの売れ行きを示し、その後も重版を重ねている。4.クラーク・A・スミスの傑作集
5.『卵』/J・L・キィ
F部門が続きます。共に上記のウィリアム・モリスと同じく、《紙魚の手帖》22号に記載されている。
クラーク・A・スミスの傑作集としては『イルーニュの巨人』が既に刊行されているが、この22号には「ハワード、ラヴクラフトに続くウィアード・テイルズ第三の男、C・A・スミスの傑作集全2巻。」と予告されているので、あと一冊残されているのでは。
『卵』についてはよく分からない。6.《セクター・ジェネラル》/ジェイムズ・ホワイト
いわゆる“宇宙病院船シリーズ”ですね、ハイ。
これも《紙魚の手帖》22号で「〜そのほか、85年度のSFマークには、〜ジェームズ・ホワイトなどの傑作が目白押し。」と初予告。この時は作品名までは明かされなかったが、88年5月の《紙魚の手帖》最終41号にて、「新シリーズとしては、ジェイムズ・ホワイトの代表作、《セクター・ジェネラル》も、近々スタートできそうです。」と再告知されている。7.『伊藤典夫SF評論集』/鏡明・高橋良平 編
これは文庫ではなく、ハードカバー叢書〈キー・ライブラリー〉としての刊行予告。
86年11月の《紙魚の手帖》32号は、SFの大特集で読み応えがある。中でもホーガン、ハリスンの来日記を抑え、最も紙面を占有したのが伊藤典夫インタビューであり、「来春、〈キー・ライブラリー〉より評論集を刊行予定の伊藤典夫氏にお話をうかがった」と始まり、“「SFスキャナー」から「エンサイクロペディア・ファンタスティカ/宇宙製造者たち」まで”との副題が付けられている。
このインタビューでも強調されている『アインシュタイン交点』という壁を突破した今、少しでも早く実現の運びとなってほしい、と願うのは、ぼくひとりではあるまい。8.《シーヴズ・ワールド》
88年の《紙魚の手帖》41号は、最終号ということもあってか(?)色々といまだ実現せざる魅力的な予告が載っている。
その一つがこのシリーズ。「アメリカで興隆をみているシェアード・ワールド・ファンタジィ(複数の作家がひとつの世界を創造する連作アンソロジィ)の大物シリーズ《シーヴズ・ワールド》(盗賊世界)も紹介してゆく予定です。乞ご期待。」9.『地獄の地図製作者たち』/オールディス 編
10.『驚異の時代』/デイヴィッド・ハートウェル
この2冊も41号に、「キイ・ライブラリSF部門は、大御所作家が自伝を交えて綴ったアメリカSF史回顧録『地獄の地図製作者たち』(オールディス編)、また、辣腕の現役SF編集者デイヴィッド・ハートウェルの『驚異の時代』〜も控えてますから、気長にお待ちください。」と予告されている。そう、焦ってはダメなのです。10年越しの本とかザラなので、SFファンは気長でなくちゃいけないノダ。
《紙魚の手帖》消滅により、それまで同時に配布されていた〈新刊のお知らせ〉を、88年4‐5月分から現在の〈新刊案内〉に改題する(但し、86年4‐5月分も単発で新刊案内と表記)。
それに伴い、案内文「VOICE OF WONDER」(現「創元SFクラブ」。以下“VOW”と略。)がスタートする。また〈新刊案内〉91年9‐10月に、創元推理文庫の一部門としてのSFから、新たに“創元SF文庫”として新発足する旨の「御挨拶」が掲載される。
11.『グランド・ホイール』/バリントン・J・ベイリー
92年5月のVOWで、「テーマはなんと〈運の方程式〉!わくわくしてきませんか?」と初予告。その後、92年12月VOWで「93年度SF文庫刊行予告」、93年3月VOWで「ベイリー『グランド・ホイール』がようやく登場です。〜超本格作家ベイリーの今度の話は、ランダム数学(!?)と賭けの方程式が、大銀河戦争を背景に火花を散らす!」との再三の告知も立ち消えに。
後から刊行予定に挙がった《ジャスペロダス二部作》に軽やかに抜かれてしまいました。とってもワイドスクリーン・バロックなベイリー節らしいのだが、惜しい作品を無くしたもんです。12.《ファルケンバーグ大佐》最新作/J・パーネル
上記の『グランド・ホイール』でも触れた92年12月のVOWに、「93年度SF文庫刊行予定」の一冊として、J・パーネルの《ファルケンバーグ大佐》シリーズ最新作も言及されている。
13.『ゼンダラの館』上・下/マリオン・Z・ブラッドリー
この本は、刊行絶えて久しい《ダーコーヴァ年代記》の最新刊として、〈新刊案内〉93年2月の近刊コーナーで告知されたもの。題名は仮題で、訳者は山田和子。
その時の一行コピーは、「異星と地球の文化の狭間で揺れる女性。超大作登場。」であった。14.『妖術と二剣士』/フリッツ・ライバー
F部門に移籍した《ファファード&グレイ・マウザー》の4冊目。93年5月のVOWでは、「そして秋には、10年の沈黙を破りフリッツ・ライバー《ファファード&グレイ・マウザー》第4弾『魔術師と二剣士』(仮題・浅倉久志訳)が登場!既刊3点も、これに備えて新装しました。」と手応え十分。
その後も、94年9月の近刊コーナーにおいて「ファファード&グレイ・マウザー4 「妖術と二剣士」フリッツ・ライバー 浅倉久志訳 名コンビの新たなる冒険!シリーズ第四弾。」と、また95年7月の近刊コーナーにも同じ告知が掲載された(但し95年には仮題と付されている)。
蛇足ですが、このシリーズの従来の翻訳者大谷圭二と浅倉久志が同一人物だということを、ぼくはJ・G・バラードの『溺れた巨人』が92年に新カバーになって、表記が変更された時まで知りませんでした。しかしこのシリーズは、カバー新装時にも重版していないため本体を直せず、新カバーの表記は大谷圭二のままである。目録もそうだから、“従来の”というのは間違いか。15.《ワイルド・カード》第4巻
「各界の人気を集める《ワイルド・カード》今後の展開。『審判の日』事件で、ニューヨークに居づらくなった主人公たち一同は、世界視察の名目で飛行機をチャーターし、一大ツアーに旅立った。史上最大のミュータントSFは、ついに全世界へと舞台を広げます。第4巻は年末刊行を目指し鋭意翻訳中。鶴首して待て。」
−94年4月VOW「カルト的人気を誇る、前代未聞のミュータント大戦争、《ワイルド・カート》シリーズ。3巻までは、すべてニューヨークの物語でしたが、当然、世界各国に、超能力者たちは満ちあふれているはずです。来春刊行の第4巻は、世界中の知られざる超能力者たちが続々と登場する、異色の一冊。新サイクルのスタート!」
−94年12月VOWしかしこの本は、翻訳陣の中心だった黒丸尚の急逝もあり、再開は難しいのかもしれない。ご冥福をお祈りします。
16.『ロードマークス』
17.『影のジャック』/共にロジャー・ゼラズニイ以前サンリオ文庫で刊行されていた二作品。〈新刊案内〉95年8月のロジャー・ゼラズニイ逝去の追悼文は、「だが、作者は死すれど作品は我々に残される。創元SF文庫では来年中にも、待望久しい傑作『ロードマークス』『影のジャック』を再刊する所存である。記してお約束したい。(編集部・K)」と結ばれている。そういえば、どこかで中村融が新訳すると読んだような。お願いします。
以上、全部で17点。これを「結構多いなあ」と思うか、「意外に少ないじゃん」と思うかはあなた次第。
当然、これが入ってない、あれも出てないゾ、という声が上がっていると思います。しかし最初に述べたように、刊行を予告されながら…というコンセプトで、資料を挟み込みの新刊案内に限定したため、このようなリストになりました。だから、J・ヴァーリイの“DEMON”や《ファファード&グレイ・マウザー》の5巻目も入らないし、「あれっ、ハリスンの『ホーム・ワールド』って3部作じゃなかった?」とか「K・E・ワグナーの《ケイン・サーガ》は一冊しか出てないっス」という声にも、今回はお応えできません。まあ本当は、本を全部手に入れて、解説の「〜も続けて訳される予定。乞御期待!」みたいな文章も調べるべきなのでしょうが、誰かやってください(笑)。そうそう、ディックやホーガンなどの巻末に掲載されている著作リストの近刊情報は、どんなにゆっくりでも出版されているので、「お蔵入り」には当たらないと見なしました。
なに分にも資料が不完全なため、色々とポカをやらかしていると思います。皆さんのフォローと情報提供のメールが頂ければ幸いです。しかし、未刊行本の完全リストってなんだろう(笑)。
おっと、最後までこの駄文を読んで下さった方に、唯一の(?)価値ある情報を提供しよう。ジェイムズ・ホワイトの《セクター・ジェネラル》が、“本当に”出るらしい。今年中か、それとも来年にずれ込むかは判らないが、今世紀中には出版されるでしょう。ほんとだよ。
それでは、このリストが何の役にも立たなくなる日の遠からんことを願って…。
by ダイジマン
1998.7.25