『放課後』☆☆☆ 東野圭吾 講談社文庫(88.7月刊)

 ほぼ10年ほど前の作品。著者は、この作品で乱歩賞を受賞している。今更だが、東野圭吾は初期の作品がいい、というのを小耳にはさんだので読んでみることにした。

 舞台はある女子高。主人公は、成り行きでこの職についたという、授業のことしか喋らないため「マシン」とあだ名される男性教師である。彼は、ここ何度か命を狙われる目にあう。そしてある日、校内の更衣室で、生徒指導の教師が毒殺されるという事件が起きる。やがて、第2の殺人が…。

 著者が、密室トリックというミステリのお約束に、誠心誠意取り組んでいる姿勢に好感が持てる。文章の細部にも気を使い、非常に用意周到に、隙なく計算された緻密な構成は見事である。これぞまさしく、推理小説といえるであろう。

 しかし…東野圭吾の作品は、どうしてどれもこう読後感が重いのか。心にずしんとくる。故意や純然たる悪意などでなく(それもまああるといえばあるけど)、人間としてのどうしようもない感情から起きる悲劇。誰が悪いわけでもない。だから、なおさらやりきれない。そんな話が多いように思う。『秘密』しかり、『白夜行』しかり。このテイストは、初期作品から変わっていないのだなあ、と思ったがどうだろう。まだ全作品を読んだわけではないので、断定はできないが。

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『新生の街』☆☆☆☆ S.J.ローザン 創元推理文庫(00.4月刊)

 リディア・チンというニューヨークのチャイナタウンに暮らす中国人の女性探偵と、その相棒である白人中年男性のビル・スミスのコンビが活躍するシリーズ第3弾。このシリーズは、一編ごとに主人公が交代するという、なかなかユニークな趣向を凝らしている。で、今回は、リディアのほうが主人公側である。今回の事件は、リディアの請け負った、デビュー目前のデザイナーのスケッチ盗難事件が発端。が、それだけではすまなかった。ずるずると芋づる式に厄介事が持ち上がる。

 ミステリ、というより、探偵小説、といったほうがふさわしいだろうか。謎解き、というより、探偵であるリディアの活躍がなんといってもメインなのだ。で、これがいいのよ。彼女のひたむきさ、負けず嫌いがたまらない魅力。どんなに危険な目にあっても、どんなに母親や兄達から猛反対されようとも、決してめげることなく、探偵という仕事を心から愛し、誇りを持ち、全力をかけて取り組む。この頑張りには、同性として、心から応援のエールを送らずにはいられない。

 相棒のビルの、公私共々のさりげないサポートと優しさがまたいい。実はリディアを愛していて、ことあるごとに冗談めかして彼女を口説いてるのだが、決してゴリ押しはしない。彼女はそのアタックに対し、今、心情的に非常に微妙なところにいるのだが、この揺れる女心をよくわかっていて、彼女が拒否するそぶりを示したら、すっと引く。彼女の気持ちをおもんぱかって。この性急にガツガツしないあたりが、オトナの余裕なんだよなあ。紳士。実にカッコイイではないか。

 また文章が非常にうまい。会話のあとのちょっとした一文などが、心憎いほどにカッコイイのだ。大仰にばしっとカッコつけるわけでなく、極力抑えた筆致。10書くところを3書いてすっと引く感じ、といったらいいか。著者のセンスの良さにほれぼれする。上質な文章を読むというのは、かくも幸福なことであるということを思い知らされる。

 このシリーズ、すでに6作品が出てるそうだが、翻訳はまだ3冊目である。一刻も早く、続きが読みたいものだ。東京創元社様、なにとぞよろしく!首を長くしてお待ちしております。

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『結婚願望』☆☆☆ 山本文緒 三笠書房(00.5月刊)

 これは山本文緒の、「結婚」というものについてのかなりセキララな思いをぶつけたエッセイである。私は彼女と年が近い(彼女のほうがちょっとお姉さん)ので、ついつい自分のことと比較して読んでしまう。友人と恋愛・結婚談義してるような気持ちで、ふむふむと興味深く読んだ。

 著者は私より3つ年上の、30代後半。20代なかばで結婚し、その後離婚して現在一人暮らし。彼女は、昔から結婚願望が強かったそうだ。

 20代、30代と世代ごとの結婚願望についてのホンネがすぱっと書いてあって、要領よくまとまっている。結婚の意味、なぜ人は結婚したがるのか、ここ10年ほどの世の中の結婚観の驚くべき変貌ぶりなどの考察もある。著者は非常に客観的な視点で(自分の経験もいろいろ絡めて書いてるのだが、それすら他人事のように冷静なまさざしで見据え)、「結婚って何だろう」という誰もが抱えている問題を分析している。

 ここに書かれているのは、非常にシビアな意見だ。甘ったるさのかけらもない、シビアな現実(女はいつか必ずおばさんになる、とかね>ぐさっ(笑))を、淡々と提示する。何もかも、とまでは言わないが、結婚経験者として、彼女の諸説にはかなり納得できる。

 結婚というものに何かしら悩みや不安を抱えている未婚の女性なら、読んでみて損はないと思う。ピンとこないかもしれないけど。結婚に限らず何事もそうだけど、自分で実際に体験してみないと、結局本当のところはわからないものだから。

 結婚する道・しない道、どちらを選ぼうと全くそのひとの勝手だが、どちらにもそれなりの覚悟は必要だなあ、とつくづく思った。どちらの道も一長一短。どちらにもマイナスはある。ひとり身ゆえの不安、ふたりゆえの束縛。それを受け止める覚悟。まあ、どちらでも、当人が幸せだと思う道を選べばいいのだ。さて、あなたはどちらを選ぶ?

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『800』☆☆☆☆ 川島誠 マガジンハウス(92.3月刊)

 ヒラノさん、絶賛!の川島誠に初挑戦してみた。一読してびっくり!あまりのショックに一気読み!青春恋愛小説。しかもかなりキョーレツ。「うわあっ!」って感じ。

 これは、800メートルという中距離を走るランナーの、2人の少年の物語である。章ごとに、対照的なふたりの独白が交互に語られる。

 なにが驚いたって、とにかくセキララなのよ。すべてが。この世代の感情のもやもやとか。特に異性に対するもやもや。肉体と心がうまくひとつになれなくて、どっかちぐはぐで、でもどうしたらいいかわからなくて。自分が相手を好きなのかさえ、よくわからなくて。そういう曖昧さ、ハンパさ、みたいなのがそのまーんま書いてあるわけです。ヘンに理屈づけようとしたりせず。こムズカシイ言葉もいっさいなく。

 彼らは自分の感情にとても素直だ。うらやましいほどに。たとえば、ここに出てくる男女の人間関係を相関図なんかにしたら、ものすごくややこしい気がするのだが、おそらく彼らにとってはこれは全然ややこしくもなんともないのだろう。その、ありのままをありのままに受け止めてる、まっすぐさにまいる。

 いいセリフや文章もいっぱいあって、もうめちゃカッコいいのだけど、全然姑息じゃない。ただそのまま、著者の心からぽろりとこぼれ出た言葉、そんな感じ。溢れ出すもの、そのまま全部出しちゃった、そしたらこんな小説になった、んじゃないだろうか、おそらく。こう書いたらこう思われるだろう、みたいな計算をまったく感じさせない。私が好きなのは、たとえばこんな1行。

 「ひとがひとを好きになることに、理由なんてない。」

 その通りだよ。うん。

 ああ、私が彼らと同じ年頃だったときに、この本を読んでみたかったとつくづく思う。タイムマシンに乗って、昔の私に「読め!」と手渡してやりたい。あの、自分で自分をどうしていいかわからなかったあの頃に。性ってものにおびえて、自分の心に嫌悪感という名前の蓋をして、見てみぬふりをしていたあの頃に。性に対して、頑なに心を閉ざしていたあの頃に。彼らのように、自分の気持ちに正直になっていいんだ、素直になっていいんだ、と思えていたら、ほんのすこうしだけでも何かが変わっていたかもしれない。変わらなかったかもしれないけどね。

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『M.G.H.』☆☆☆ 三雲岳斗 「SFJapan」徳間書店掲載(00.3月刊)

 「SFセミナー2000」のゲストとして出演した三雲氏の、栄えある第1回日本SF新人賞受賞作。あいにく、セミナーまでには読破できず、予習ならぬ復習になってしまった。

 セミナーの彼のパネルを聞いていたら、非常に興味がわいた。というのは、彼の「初めてSFに触れるひとのための、SFの踏み台、入門になりたい。ジュブナイルを書いていきたい」という言葉に感動したためである。素晴らしい。あえて踏み台になろうとは。こういうことを言う新人SF作家ってあまりいない気がするんですがどうでしょう?

 ということは、軽く読みやすく、親しみやすい話であろうと踏んだわけであるが、果たしてその通りであった。とても入りやすい。主人公のカップルのキャラクターが立ってるし。SFキャラ小説、といってもいいかもしれない。私はヤングアダルト系のSF小説はあまりというかほとんど読まないので、そのあたりとの比較ができないのが難だが。ひょっとしたらそのへんのジャンルによくあるパターンなのかどうなのか?

 宇宙ステーションで起きた殺人事件を、森博嗣の犀川教授をほうふつとさせる主人公が解く、という形。ヒロインも、萌絵ちゃん風。ちょっとキャラがパターンすぎるかな?好感度は高いけど。SFとミステリが、うまく融合しててなかなかいい感じ。トリックに○○を持ってくるか!というのには驚き。

 でもミステリテイストは、単なる布石のような気がする。著者の書きたかったことは、やはり「人間の肉体は滅びても、思考・心=存在はコンピュータの中に生き残ることができるのか?それを生といえるのか?生とは果たして何なのか?」だと思う。このあたり、非常に面白く感じた。これはまさにSF的テーマだ。ん〜、もちっと深く突っ込んで書くと面白いかも、とは思ったが、そこにあえて突っ込まず、さらりと書いてるのは、やはり目指す方向がSFの入門、だからか。

 筆力やまとめ方、話の持っていき方に、とても器用な著者、という印象を受けた。まだまだ、いろいろな試みができそうな力を秘めた作家だと思う。今後に期待したい。ワタクシ的には、もっと深く掘り下げたのを読んでみたいです。

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『雨の檻』☆☆☆☆1/2 菅浩江 ハヤカワ文庫(93.4月刊)

 私は今、非常に後悔している。な、なぜこの小説にもっと早く出会えなかったのか!いや、この物語が古い、というわけでは断じてない。問題は、自分の年齢だ。もっともっと、心の柔らかい時期に読んでみたかった。そうしたら、おそらく採点☆マークは5つだったに違いない。いや、あまりの衝撃に心が砕けてしまったかもしれない。

 これは「星雲賞受賞作家の初作品集」と帯にある。7つの話が入った短篇集である。「そばかすのフィギュア」は、タイトルだけはよく耳にしたことがある。が、実際に菅作品を読むのはこれが初めてであった。

 1作目の「雨の檻」からいきなりやられた。すごい。1ページ目だけで、この物語が悲劇だというかすかな予感がする。そして、それは外れなかった。1行ごとに、物語は坂道を転がる石のように、徐々に加速度を増して悲劇に向かって落ちてゆく。主人公の少女、フィーの、シノ(感情型ロボット)に対する心の優しさが痛みとなって読者の心に針のように突き刺さる。どうして?どうしてこんなにつらい物語を書くの?あんまりだよ。痛すぎるよ。

 2作目の「カーマイン・レッド」も痛い話。これは、いじめられっ子の少年が自動人形によせるほのかな友情とその結末。少年期特有の、ガラスみたいに脆く、透明で、繊細な心の動きがまた見事に書かれていて、つらい。感情のゆれを描く筆が実にうまい。自動人形の赤の意味がまた、切ないのだ。

 「そばかすのフィギュア」は、設定がマニアにはツボであろう(笑)。いや、全然フィギュアなんぞに興味ない私でさえ(そこで「ウソだ!」と叫ばないように(笑))、「うっ、こ、これは!」と思ったものだ。だって、自分の作った人形が動いてしゃべるのよ、しかも性格設定ができて、自分の名前を呼んでくれるのよ!やってみたいじゃん!(笑)で、これは実は切ない片思いの話なのだが、主人公の女の子の気持ちがけなげでひたむきで胸キュンである。だが、実らない恋なのに彼女が前向きなので、読後感が明るい。ほのぼのした気持ちにさせられる一編。

 「カトレアの真実」は私の最も好きな話。恋に落ちた女心を巧みに描いた傑作である。素晴らしい。しかもこれは、「そばかすの〜」のような清純でまっすぐなな恋心ではない。もっとオトナの、駆け引きに満ちた、ややこしく屈折していて素直になれない恋心、である。が、この屈折の中に秘めた熱さ、激しさはどうだ!あなたは彼女を愚かだと笑うだろうか。私は彼女を肯定する。彼女の「恋に殉じて悔いなし」という潔さをうらやましくさえ思う。

 「お夏 清十郎」も非常に好きな話なのだが、もうキリがないのでやめる。あとは皆様、ぜひご自分でこの世界に足を踏み入れてみてくださいませ。

 SFという枠を越えて、あらゆる人々に読んで欲しいと心から願う傑作。これは確かにれっきとしたSFであるのだが、私はそういったジャンルを全く感じなかった。表題作「雨の檻」でさえ。特に、まだ心が固まりきってない、ぷよぷよしたゼリー状の年代にぜひ読んでいただきたい。私が国語教科書編纂委員長だったら、絶対これを中1の教科書に載せるね(笑)。「カトレアの真実」は高校の教科書ね。ハマること、請け合い!もちろん、オトナになった今でもゼリーの心を持つ方にもオススメ。

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『BH85』☆☆☆1/2 森青花 新潮社(99.12月刊)

 第11回「日本ファンタジーノベル大賞」優秀賞受賞作。「SFセミナー2000」にゲストとしていらっしゃるというので、あわてて予習のために読破。つるつるっと読めて非常にわかりやすいが、意外や意外、何気に奥の深い話であった。カバーイラストの軽さにだまされるなかれ。(しかしこの吾妻ひでおのイラストがいい味出してるんだなあ。まさにこの妙にヘンテコな世界にぴったり!)

 話の発端は、「毛精」という毛生え薬と、毛利くんというその薬会社の研究員(実はマッドサイエンティスト!)であった。彼が開発してこっそりすり替えて出荷した一本の毛生え薬。まさかこのたった一本の薬が世界を変えてしまうとは!

 この薬はその使用者、別所の髪を伸ばすだけではなかった。止まらないのだ、増殖が。別所はあっという間に全身髪の毛オトコになってしまう。さらに、他の人間や動物と融合を始めたのだ。融合はとどまるところを知らなかった。やがて…。

 SFの面白さは、なんといってもこの私達の暮らしている日常世界の常識が、著者の考えた設定によって、くるんとひっくり返されるところにあると思う。そのときの、頭がくらんとする感覚。この物語でも、それが堪能できる。しかも、ひょっとしたら明日本当に起こっても不思議ではないんじゃないの?と読者に錯覚させる、非常に現実と地続きな設定が、説得力があっていい。実際、頭のなかで想像すると、かなり妙ちきりんでお間抜けな図なのだが(笑)。はっきり言って笑えるよ、こりゃ。

 でも、その今までとまったく変わった世界で暮らさなきゃいけない人間たちは必死だ。笑い事なんかじゃない。毛利ほか、数人の人間が登場するのだが、彼らそれぞれのこの新しい世界のとらえ方がまた非常に興味深い。新しい世界を拒否するひと、受け入れるひと、淡々と変わらないひと、新しい生物に恋するひと(!)>ワタクシ的にはこのひとがいちばんアッパレだね(笑)。

 今、私達の住むこの世界だって、いつどうやってこんな風にひっくり返るかわからない。そのとき、私はその世界をどう認識し、どう解釈し、どう対処するだろう?今までの人生、そしてこれからの人生はどう変わってしまうだろう?願わくば、毛利たちのように図太くたくましくありたいものだが(え?じゅうぶん図太そうですかそうですか)。

 最後に、ちょっとだけ引用。なんか、すごくいいなあと思ったので。

 「世界も、生命のかたちもこんなに変わったのに、それでも空は青く、風は心地よい。そして横には毛利がいる。」

 どうです、非常に幸福そうではありませんか!そう、この小説は妙に心地よく懐かしい感じがするのですよ。そこも非常に魅力。ほわ〜んとした後味の残るSF。こういうの、好きだなあ。

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