『エミリー』☆☆☆1/2 (嶽本野ばら、集英社 02.4月刊)

 3つの短・中篇が収められている。話の落ち方による口当たりの違いはあれど、スタンスはどれも同じ。お洋服ブランドへのこだわり、トマトジュースのような濃厚な口当たり、太宰治のような自虐的な主人公の性格。相変わらずの野ばら節である。

 短篇の「レディメイド」は、なかなかに可愛らしい話。野ばらちゃん、こういうのも書けるんだ!(笑)彼の作品にしては、軽い口当たり。といえども油断してはならない。あくまで「彼の作品にしては」、だから。でもたまにはこういう明るいのも救われるなあ。

 中篇の「コルセット」は、全くもって太宰調。仲のよかった女性の友人と自害の約束をした晩、彼女は本当に自殺してしまった。自分も死に場所を求めてさまよう主人公。が、死ぬ前にどうせならやっておきたいことをやってから、とある女性をデートに誘う。すると駒は意外な方向へ…。

 うじうじした男に比べて、一見か弱そうに見えた女の、なんとしなやかで強いこと。まさに柳の枝のよう。思わず笑みがこぼれるような爽快な読後感。そう、野ばら作品で私が何よりうれしいと思うのは、くだらない世間や常識に負けないで相手への想いをまっすぐ貫くところなのだ。自分の愛に殉じる。これこそ彼の描く「乙女」なのである。

 書き下ろしの中篇「エミリー」には、あまりの痛さにコメントすらできない。これはつらい。猛烈につらい。泥沼に沈んでいくような、孤独なふたりの恋。しかしその泥沼にあって、彼らの心はどれほど美しく澄みきっていることか。彼らの心は誰にも理解されない。でもいいのだ。彼らは、ふたりだけの永遠なる安住の地をついに見つけたのだから。

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『サムライ・レンズマン』☆☆☆☆ (古橋秀之 徳間デュアル文庫 01.12月刊)

 本家レンズマンシリーズの外伝として書かれたもの。『銀河パトロール隊』読了直後に読んだのだが、いやあ、よくできている!オリジナルをよく踏まえていて、その味を壊さぬよう(オリジナルファンをがっかりさせぬよう)、それでいて、これ単体でじゅうぶん楽しめるように書いてある。この著者の並々ならぬ努力には、心からの拍手を贈りたい。

 「レンズマン」とは、はしょって言うなら、最強の銀河宇宙警察メンバー。さまざまな異星人で構成された彼らの体に輝くレンズは、さまざまな不思議な力を持つ。その中でもひときわ強く、一風変わった日系アルタイル人の「サムライ」、それがこの外伝の主人公、シン・クザクである。

 オリジナルよりもややポップ。元気な女性キャラも現代的でいい感じ。なによりクザクの「サムライ」というキャラがレンズマンの設定にうまく生かされており、この日本的なものとスペース・オペラとの融合のさせ方はお見事。そしてやっぱり、笑っちゃうくらいむちゃくちゃに最強。SFファンへのくすぐりも随所にちりばめられ、文句なしに楽しめる。本作が、ヤングアダルト読者の本格SFへの橋渡しになればいいなあ。

 風の噂によると、これも続編企画があるとかで、とても楽しみ。

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『銀河パトロール隊』☆☆☆1/2 (E・E・スミス、創元SF文庫 02.1月刊)

  SFファンならその名を知らぬ者はない、スペースオペラの金字塔「レンズマン」シリーズ第1弾。とはいえ、私は初読。高校の頃夢中になって読んだ「クラッシャー・ジョウ」シリーズを思い出した。もちろん、こちらが本家なのだが。

 まさに宇宙冒険活劇。壮大なスケール、スピーディーな展開、超人的ヒーロー、想像力豊かな異星や宇宙人の描写、いやあ、面白い!カッコイイ!話がどんどん進むのでまだるっこしさがなく、そのためか、さほど古さを感じない。70年近くも前に書かれた本とは思えない。今のヤングアダルト読者はもちろんのこと、主人公キニスンをもうちょっと超美青年に書いてあれば、「かつくら」読者にだってじゅうぶん通用するんじゃなかろうかと思うほど。強いてあげれば、表現が笑っちゃうくらいオーバーなところか。思わず「そこまで言う!」と心でツッコミを入れたくなってしまう(笑)。

 意外だったのは、戦いにテレパシーみたいな思念を使うところ。なんとなく、もっと単純で物理的な戦闘を想像していたので。こう言ってはなんだが、想像よりずっと現代的な戦いという感覚。徹底した勧善懲悪も印象的。悪に対しては、情け容赦ない冷酷・残虐さを発揮するところがちょっと気になった。これは書かれた時代背景・お国柄などが関係するのだろうか?

 非常に読みやすく仕上がっているのは、新訳者の小隅黎氏の功績か。大変楽しめました。次作にも期待。

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『ゆっくりさよならをとなえる』☆☆☆☆☆ (川上弘美、新潮社 01.11月刊)

 ああ、やっぱりエッセイでも川上弘美は川上弘美。社会や時流の、ジェットコースターなみのスピードなんてどこ吹く風。彼女はひとり、ゆっくりゆっくり、自分の歩幅で道草しつつ、のんびりと歩いてる。思わず知らず、こちらまでゆるゆると気持ちよくなってくる。

 ちょっとぼうっとしてて、ささいなことにムツカシイとまごまごしつつ、本とお酒をこよなく愛し、マイペースに暮らしてる。彼女の感性が川底の小石のように、ところどころできらりと輝きをみせる。そのどれもが、実にいい。一章一章が、よくまとめられた短編小説のような気さえする。

 一番「いいなあ」と思ったのは、160Pの「気になる本」についてのエッセイ。好きだった人に勧められて読んだ本の話。わかるなあ、これ。私は100%全開の恋愛小説より、隠し味程度にちょっと入ってる、やや抑え気味の恋愛話のほうが実はずっと好きなのである。そのひかえめさがなんとも切なく、やるせなくて、かえっていっそう余韻がいつまでもあとをひく。この短い2ページ弱の一節は、まさにそんな感じである。

 川上弘美のエッセイは、どれもなんだかほんのりとかなしい。幸福なのに、静かで、さみしくて、すこうしせつない。それは彼女の小説の読後感によく似ている。そう、やっぱりこのひとの文章がよいのだ。ときどき出てくるちょっとした古い言葉も、味わいがあってなんともいい。「よるべない」とか。しみじみとした、独特の語り口が心地よい1冊。

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『殺人鬼の放課後 ミステリ・アンソロジー2』☆☆☆☆ 
(恩田陸、小林泰三、新津きよみ、乙一 角川スニーカー文庫 02.2月刊)

 豪華ラインナップの、ミステリアンソロジー。

 恩田陸は文句ナシ。あの傑作『麦の海に沈む果実』(講談社)の番外編。実は私、あの「陸の孤島の架空学園もの」という舞台設定が大好きなのだ。恩田陸ベスト3に入るほど(たぶん)。どこにも実在しない、あの本の中でしかありえない、まさに物語のための物語。どっぷりひたってしまう。いつまでもこの物語の中に沈み込んでいたくなるほど。その登場人物のひとり、ヨハンがこの短篇の主人公。彼も実にいいキャラだ。萩尾望都の学園ものをどことなく思い出す。満足の出来。

 小林泰三。これはすごかった!怖かったよう(絶叫)!前に『奇憶』(祥伝社文庫)を読んだとき、その気持ち悪さと恐怖にすっかりビビり、どんなに評判がよくてもニ度とこの方の本は読むまいと決めていたのをすっかり忘れてた(涙)。彼は本当にうまい。ホラーは苦手でほとんど読んでないのだが、小林泰三はおそらく並みのホラー作家じゃない。ああ、どう言えば、この感覚を理解してもらえるだろう。とにかく上質で、濃厚で、安っぽいB級ホラーとは全然違う。

 最初の1行のつかみからして見事。「わたしたち、誘拐されたの。小学校から帰る途中、公園で道草してた時に」唐突に恵美はそんなことを言い出した。こんな一行をしょっぱなに書かれて、そこで読むのをやめる方がいたらお目にかかりたいものだ。で、それに惹かれてずるずると読み進めたら、…うわぁあああ!!もう、声を限りに叫んで全力疾走で逃げ出したくなるほどの、完璧で強烈で絶対的な、嫌悪感と恐怖(ああ、こんな表現じゃ全然ぬるい。もっともっとすごいのだ)。全面降伏。絶賛。

 これがあまりに強烈だったので、新津きよみは普通に思えてしまった。これも途中まではなかなかいい感じだったのだが、ラストのインパクトがもっと欲しかったかな。

 乙一。これも怖かった!!逃げ場のない恐怖、情け容赦ない残酷さ、グロさ。やはり私は『暗黒童話』(集英社)は読めないかもしれない。これとた似たようなグログロかと思うと、手がすくむ。恐怖のなかに情緒や切なさがある、彼らしい味わいの秀作。

 …ってこれ、ミステリ・アンソロジーというよりは、ホラー・アンソロジーじゃん!すっかり騙されたよう!(泣)

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『有限と微小のパン』☆☆☆☆1/2 (森博嗣、講談社文庫 01.11月刊)

 犀川&萌絵シリーズ、ラストの10作目。「S&Mシリーズの金字塔となる傑作長編」の紹介文に偽りなし。シリーズ中では文句なしの最高傑作。実に刺激的。読んでる間中、脳がフル回転してるのが自分でわかった。パソコンのハードディスクのように、脳がカカカッと音を立てて回っているかのよう。日頃眠っていた脳細胞が、いっせいに目を覚まして動き出したような感覚。

 刺激的なのは、ストーリーではなく(もちろんそれもあるけど)、この物語を貫く森博嗣自身の思想、思考だ。それに惹かれるように、自分の中からもいろんな思考や感情が次々と湧き上がる。これぞまさに知的興奮。読書中、心ははるか彼方の時空を飛び回り、現実と仮想の間を彷徨い、世界について、悪について、恋愛について、天才について思いをめぐらしていた。このめくるめく快感をどう表現したらわかってもらえるだろうか?そう、まさに「トリップ」だ。

 本の内容については、あえて全く触れないでおこう。おそらくここにたどり着くために、このシリーズは存在したのだ。この崇高なる思考の高みにたどり着くために。

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『クリスマスのぶたぶた』☆☆☆1/2 (矢崎存美、徳間書店 01.12月)

 山崎ぶたぶたさん、今度はサンタに!(笑)

 考えてみたら、こんなにサンタクロースにふさわしい存在ってないかも。いや、ぶたぶたさん自体がサンタみたいなものだ。出会った人々を、ほんのちょっぴり幸せな気持ちにさせる。それはまるで見えないプレゼントみたいなもの、じゃない?

 そして今回もぶたぶたさんは相変わらずだ。キュートで、あったかくて、おっかしくて、ちょっと大変な目にあいながらも、疲れてる人々をほんわかと元気にさせてくれる。ああ、ぶたぶたさんがサンタの格好してプレゼントを届けにくるなんて、なんてうらやましいんだ!!(笑)

 文句ナシにハッピーな1冊。ぶたぶたさんのモデルになったぬいぐるみ「ショコラ」とセットで、ぜひクリスマスプレゼントに!え?時期外れ?だったらお誕生日でもなんでも、誰かに何かプレゼントしたいな、って思ったらぜひこの本を!

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『東京タワー』☆☆☆1/2 (江國香織、マガジンハウス 01.12月刊)

 ふたりの少年と、それぞれの年上の恋人との物語。

 はたちくらいの男の子と人妻の恋だから、事態はかなり複雑だ。いやむしろ単純なのか?ふたりをつなぐものは、気持ち(とカラダ)しかないから。むしろ、どちらも互いの感情にとても正直なのかもしれない。恋、という感情に。

 江國さんの小説を読んでいると、自分の心が静かになっていくのを感じる。それは、彼女の語り口が決して熱をもつことがなく、いつでも冷静で、音もなく降る霧雨のように静かで淡々と優しいからだ。登場人物の誰もが自分と全然違うのに、なのに皆どこかほんの少しだけ、自分と重なるところがある。それがいつ読んでも不思議だ。

 こういう状況である以上、終わりはいつか必ず来る。最初からお互いわかっているところがよけいに切なさを増す。彼らの行き着くところは、やっぱり深い深い淵の底だ。

 江國さんは、どんどん危険な小説を書く傾向にあるようだ。その危険は限りなく甘美な「恋」という名の毒だ。私は彼女の毒をあおることをやめられない。

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『肩ごしの恋人』☆☆☆ (唯川恵、マガジンハウス 01.9月刊)

 読了してから、帯の文句を読んでなるほどと思った。「きっとあなたの中にいる、ふたりの女の物語」。

 女として生まれてしまったからには、どうしても避けて通れないものがある。それは「男」だ。それはもう産まれた瞬間から死ぬ時まで、がっちりと背負わされた「業」である。男との距離、関係。それを全く無視して生きることはできない。誰も。

 「るり子」は、女という性を武器に生きている女だ。女として生まれた特性を最大限に利用し、男を使いまわし倒し、世の中を渡っていく。それはもう、あざといのなんの。あきれるほどの貪欲さ。自分の幸福しか考えない女。こんなに嫌な女は見たことない(笑)。

 いっぽう、その友人である「萌」は彼女の逆。男を信用していない。男が嫌いなわけではないが、自分の人生をゆだねることはせず、ひとりで生きていこうとする女。

 しかし、どっちもどっちなのだ。彼女らは男との距離をどう測るか、に全神経を使って生きている。それも、自分のために。結局、女がこの世の中を渡り歩くには、そうせざるを得ないのだ。著者は、「ああもう、そんなに嫌なトコさらけ出さなくても」というほど赤裸々に、女性心理の本音と毒をまざまざと見せつける。ここまで書くか唯川恵。男性の夢をぶち壊すにはじゅうぶんの破壊力であろう(笑)。

 でも、こんなにどろどろした話なのに、一種爽やかさがあるのはなぜだろう。それは、彼女らの生き方がうじうじしてないからだ。あまりに堂々と、きっぱりとしているからだ。そこがまた、女性の潔さ、強さでもある。

 そう、確かにこのふたりの女は私の中にもいる。自覚できないほど、自分の奥深くに眠っている。結局、女は「女」という性から逃れることはできないのだ。

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