SFセミナー2002レポート その2

その1へ その3へ

 3:50、3コマ目「立ち上がれSF新レーベル!編集者パネル」。出演は舞台向かって左から小浜@東京創元社(司会)、中津@角川春樹事務所、大野@徳間書店、保坂@祥伝社、塩澤@早川書房(敬省略)。

小浜「この2年間ほどで始まったSFレーベルの、創刊順に並んでいただきました。はしからお話を伺いたいと思います。その前に、(会場に向かって)「立ち上がれSF新レーベル! 編集者パネル」掲示板をご覧になった方、どのくらいいらっしゃいます?…ありがとうございます(管理人注:会場の半分くらい?)。こういうネットと連携するというのは面白い試みだと思います」

小浜「まずは中津さんから。春樹さんはお元気ですか?(会場爆笑)」

中津「去年の年末から、ちょっと遠いところに(笑)。元気ですよ。先日、本の差し入れに『指輪物語』を読みたいというので持っていきました」

小浜「これからはファンタジーの時代だ!とか言ってない?(笑)」

中津「まだ(笑)。うちとしては、まずは小松左京賞をメインに、昔からの日本SFの流れをくんでいきたいというのと、もうひとつ「ヌーヴェルSFシリーズ」という柱で若い既存のSF作家の中からハヤカワとヤングアダルトとの間をつなぐために、若い読者をどう掘り起こすか、という試みを続けています。復刊SFをやってみましたが、これが届いているかというと微妙な部分がありまして、むしろヤングアダルト読んでて将来SFに来そうな人を呼びたい、と」

小浜「デュアルよりはヤングアダルトとの差別化を?」

中津「ヤングアダルトで売れてるのは、キャラ中心ですよね。そうでなく、うちはストーリーメインで、平井和正のような匂いを残しながらいきたい」

小浜「それは今のところ、若手の読者に届いてるという手ごたえはありますか?」

中津「小川一水の『導きの星』あたりから、ヤングアダルト読者も手にとってくれつつ、ハヤカワなどのハードSF読みにも読まれてるような手ごたえを感じています」

小浜「では徳間書店に。徳間康快さんはお元気ですか?(会場爆笑)」

大野「ちょっと手の届かないところに行ってしまいましたが(笑)。差し入れもできず(笑)」

小浜「デュアルの目論見としては?」

大野「僕が昔SFファンだったので、SFをもっと読んでほしかった。まずはあの判形で銀英伝を出すのが前提で、あと以前漫画の編集にいたので、この本出すならイラストにこの漫画家使いたい、というのがいろいろあって。さらにはブギーポップや十二国記が売れていたのでストーリー重視なものも売れる、と思い、社内で企画通したらとおったんです」

大野「僕はSFは思春期小説だって思ってます。あるいは逃避文学。キャラ小説だと逃避しっぱなしなんですが、SFは現実に帰ってこれるジャンルだと」

小浜「“SF”とレーベルに打たなかったのは?」

大野「コミックだと、『ベルセルク』も『ふたりエッチ』も同じように売れてる。どちらも面白い、と思われてるんですね。僕はSFを純粋培養するのでなく、もっとたくさんの人に読んでほしかった。なのでぼかして「デュアル」にしたんです。ふり幅を広くして、いろんなことをできればいいな、と。20年前、僕が読者だったときは何でもありだったんですよ。「アニメージュ」も「リュウ」も「SFアドベンチャー」もあった。それをうまくリンクさせられなかったのは残念。それをビジネスとして成功させたのは、角川ですね。悔しいですよね。違う形で意味あるものがトータルでできると面白いのに、と思って」

小浜「気になるほかの出版社は?」

大野「売れてるものは何でも気になりますよ。もっとSF度が強い講談社ノベルスみたいなのを作りたいですね。かつて、僕はSFを読むことで読書が広がったんですよ。今は、その役目が講談社ノベルスやホラーになってる。「打倒講談社ノベルス!」みたいな気持ちですね」

小浜「では次に祥伝社さんに。400円文庫でSFを前面に出してましたよね。帯に明記してあったり」

保坂「SF、と打ったのは『0番目の男』が久しぶりだったんじゃないでしょうか。あの企画は、文庫創刊15周年記念で、150枚書き下ろしで作ろうというものだったんです。1回こっきりの予定だったんですが、上から「続けなさい」との声があって。たまたま第2弾はSFのひとが多かったですね。現時点で若い書き手で面白いのを書く人、と探していったらSFの人が多かった」

小浜「今までは人材が手薄だったから、SFが出なかった?」

保坂「あまり垣根がなくなってきたし、書くほうもSFもミステリも書くでしょ、今。祥伝社って、昔は半村さんや平井さんがいて、そういう強い流れ、伝統があった。かつてはノベルスといえば光文社カッパノベルスだったので、僕たちはそれ以外の書き手を探さなきゃいけなかった。で、探してたらSFに行き着いた。別に「SF」と銘打たなくても、「半村さん」というだけで売れた」

小浜「次にハヤカワ書房に」

塩澤「うちは作品はあるけど、日本SF作家のまとまったシリーズはなかったんです。僕は雑誌ばかりで、本の作り方を知らなかったんですが、今の大野さんの発言を聞いてると「人はこんなこともできるのか!」と(笑)。『SFが読みたい!2002』を出してみたら、他社の作品ばかりがランクインしてたので、これは頑張らないと、って。あ、おかげさまで『太陽の簒奪者』(野尻抱介)は重版が決定しました(会場、拍手)」

小浜「ここで、ネットの掲示板で出ていた質問にいこうと思います。SF冬の時代、といわれた頃に比べて、SF読者のパイは大きくなったのか?角川春樹の目論見「これからはSFだ!」というのは果して成功したのか?どう思われますかみなさん?」

塩澤「『太陽〜』が売れてるってのは、あの表紙はジャンルがハードSF、って明快にわかりやすかったからじゃないかと。やっぱり、潜在的なSF読者はいたんですよ。ただ、作品の供給ができてなかっただけで」

中津「うちは『星界の紋章』が頭にあって、ああいうふうにハードSFファンとヤングアダルトファンをくっつけたかった」

大野「パイ、って考え方がよくわかんない。僕が知りたいのは、物語を欲しがってる読者がどのいらいいるのか?ということ。自分と違う世界にリアルを感じる読者はどのくらいいるのか?でもかつてに比べて、届く機会は増えたと思う。あとは流通の問題でしょう。パイ、ではなく数字としては考えるけど、届けたい、という思いが何よりある。届けばいいや、と」

小浜「僕もパイっていう考え方はしたことなくて、やったら売れるものと、そうでないものがあるだけじゃないかと」

保坂「売れてるものってのは、かなり大勢の人々が読んでて楽しめるもの、ですよね。でも僕がひねくれてるのか、活字好きって人と違うものが読みたいじゃないですか。図書館で『五体不満足』何百人も待ってて楽しいのか、と。ひとついえるのは、本てすごい特殊な商品なんだよね。それぞれの本が、それぞれの本によって立つ。難しい時代だと思いますね」

小浜「誰でも読めるSFを出して、って僕はよく言われるんだけど、ホントにそういうの読みたいの?って思う。どうせなら、SFらしいものを読みたいんじゃないかな、って」

大野「ベストセラーが出れば、そのジャンルは売れるんですよ。ホラーもそうだったでしょ。ハリポタと指輪で流れが変わるといいんですけど」

小浜「それは変わりますよ!」

 このあたりから質問タイム。

・「海外SFレーベルの予定は?」」

大野「翻訳の人がどうしてもやりたい、と思えば出るかもしれないけど、今のところレーベルの予定はなし。要は金銭的な問題で、売れれば出るんですよ」

保坂「そのあたりは創元、ハヤカワさんにお任せします(笑)」

・「本の値段は上がってると思いますが?」

(回答者はどなたか忘れました)「たくさん売れれば、原価率を抑えることができ、安くなります。要するにコストの問題です。売れないから高くなる。だからどうか買って下さい!!高いけど!」

・「作家志望の原稿持込は、受け付けてくださいますか?」

中津「小松左京賞に応募してくださるのが一番いいと思います」

大野「同じく、です」

保坂「受け付けてるけど、忙しくて読むヒマがないのが現状です」


 それぞれのレーベルの目ざすところが聞けたのは興味深かったです。実際のところ、どのくらい売れてるのかをもう少し突っ込んでお聞きしてみたかったかな。どこの出版社からも、「買って下さい!」という魂の叫びが聞こえるようでした。でもきっと、このセミナーに来るような人は買ってるよね、などと周囲と言い合ったりしておりました。そうするとあとは、やはり本を読まない人をどう引き込むか、ってことなんでしょうかね。うーん。難しいです、いろいろと。


 17:05、4コマ目「小説の可能性を求めて―奥泉光インタビュー」。聞き手は鈴木力氏。

奥泉「『鳥類学者のファンタジア』は、モダンジャズを中心に書きました。好きな方ならピンとくると思いますが、「鳥類学(の英語よみ?)」というタイトルの、チャーリー・パーカーの名曲がありまして、タイトルはそれにひっかけました。雑誌のときは違うタイトルだったんですが。でもこの本、どっかの書店には生物学のコーナーで見かけましたが(笑)」

鈴木「ではここで、その曲をお聞きいただきましょう(会場にジャズが流れる)。次に小説の中でフォギーが最後に演奏する、「チュニジアの夜」という曲を(会場に流れる)。」

奥泉「どっかで聞いたことある曲でしょ?フンフンフーンってカンジの(歌ってくれる)」

鈴木「ジャズを中心に、という構想は前から?」

奥泉「はい。前からジャズは好きで、あ、しゃべっていいですか?(鈴木氏に了解を求める)これは、僕としてはとても肩の力が抜けた作品だと思います。これ読んだあとで他の作品読んだら、びっくりするかも。今までの作品は、肩に力入ってたんです、すごく。剛球ストレートで。でもたまにはカーブ投げてもいいかな、と思ってやってみました。ジャズってのは、僕も演奏したりするんですが、演奏してる人間が最も楽しいんですよ。楽しさを聞き手に分け与えるような音楽なんです。客がいなくても楽しめる、というくらいの。まずはプレイヤーがリラックスして演奏する、そうするとその楽しさが客に伝わっていく、そんな音楽なんです。そんな感じで自分自身が楽しめる、自分自身がリラックスできるスタイル、で書きました」

鈴木「ではこれまでのスタイルはクラシックのつもりで小説を書いてたと?」

奥泉「そうですね、それまでの作品は徹底的に推敲してましたから。ワープロってのは、作家に決定的な意味をもたらしたんですよ。それは幾らでも直せる、ということ。でも、ジャズってのは、失敗ってないんですよ。演奏してるときに間違えても、その間違えたままのフレーズを何度も鳴らしたりしちゃえば、そっちが正しいってことになっちゃう(笑)。間違えたら、フォローするフレーズを次に鳴らせばいい。そんな感じで書いたんです」

奥泉「実は僕がこの小説で書きたかったのは、ただ主人公をジャズの最盛期である1945年のニューヨークのミントンズに行かせたかっただけなんです。でもいきなり行かせたらヘンだから、時空SFの設定にして。それだけじゃつまんないから、ダークマターとかSF的アイテムを使って。僕はね、時間SFに最も関心があるんですよ。時間を扱うってのが、小説の本質だと思ってる。トーマス・マンの『魔の山』なんてのは、時間を物語にしてますよね。あれこそ小説です。小説ってのは、作家が書いちゃえばその本の中ではなんでもアリなんですよ。タイムマシンに乗らなくたって、「僕は御茶ノ水の駅に降りた。それから6万5千年が過ぎた」と書いちゃえばそうなんです。語りが時間を飛躍していく。それが「自然主義」だと思うんですよ」

奥泉「近代日本文学は、単一時間を使って、「自然主義」を抑圧していたんです。時間を超えるのはむしろ当たり前なのに。ただ、あまりやると読者に不安を与えるので、SF設定は緩衝材程度にして」

鈴木「前作『グランド・ミステリー』は、過去に飛んで世界を改変してしまうという話でしたが、今回は?」

奥泉「まずジャズ的なものが、ひとつの主題でした。ナチスとジャズを書いて、対比させたかった。そこで主人公の音楽が爆発する、というか」

鈴木「今回は珍しく女性が主人公ですが?」

奥泉「小説ってのは、他者の声で語るところに魅力があります。女性でも男性でも、それは特に変わりないんですが、今回は女性読者にもっと読んで欲しいという気持ちが実はあった(笑)。というのは、前にサイン会をしたことがあるんですが、並んでた読者が全員男だった(笑)」

鈴木「ちなみに会場で、『鳥類学者〜』を読んだ女性の方は?(手があがる)」

奥泉「10人くらいですか。大成功ですね(笑)」

鈴木「僕は、フォギーってすごくカッコイイ女性だと思うんですよ。カッコよくて明るい。今までの作品の女性はファム・ファタルぽかったから」

奥泉「そうですね、今回は明るいものを書きたかった。今、群像という雑誌に連載してるんですが、そっちは暗い。もうぞっとするくらい、暗いです(笑)」

鈴木「『鳥類学者』では、語るフォギーと語られるフォギーがいるわけですが」

奥泉「1人称の勢いを生かしながら3人称のもつ距離感を確保したい、と思って。対象に近寄ったり、離れたり。小説ってのは、ウソでいいんだけど、ウソくさいのはダメなんですよ。どうも僕は、3人称リアリズムってのはウソくさい感じが漂うんですよ。たとえばね、「朝の空気がすがすがしかった。公園のベンチには人気がなかった。洋子は」…洋子ってなんだ!!(笑)そういう違和感がずっとあって。たとえば、冒頭からいきなり「洋子は」ならいいんですよ。『グランド・ミステリー』のときはあきらめたの。例えばね、トルストイなんてすごいですよ、『戦争と平和』なんてすごい小説だなあ、と思いますよ。でも、やっぱりあの話はウソくさいわけですよ。彼が書いた、借金を申し込む手紙ってのがあるんですが、あれはウソくささがない。あれこそ文学ですよ。小説に限らず、日本の近代の形というものが、たとえば「社会」って何だ、とか、社会の実体ってウソくさいですよね。まあでも読者には関係ないですね」

鈴木「『鳥類学者』と『グランド・ミステリー』と『「我輩は猫である」殺人事件』はタイムトラベル3部作といわれていますが、猫3部作でもありますよね。何か猫で書こうとしたものがあるんでしょうか?」

奥泉「『我輩〜』は主人公が猫でしたから。『鳥類学者』は、猫が出たらいいかな、程度で。猫っていい加減な動物じゃないですか、『我輩〜』でも理屈言うけど、なんか片寄ってるんですよ。そのとぼけた感じがいいんですよ。自分勝手な感じが、小説に導入できる。「時空を越えるだあ?」「まあ猫だからいいんだよ」みたいな(笑)。『我輩〜』なんて、足でこぐタイムマシンなんですよ。「でも猫だもん」(笑)。犬はダメですね、論理性があって。という幻想があるゆえに、つい猫を使っちゃう」

奥泉「いずれ何かひとつ本書いて、全部の話をリンクさせようと思ってるんですよ。「古代エジプト猫文明」とかね(笑)や、真面目には考えてませんよ(笑)密かにいろいろ考えてますが」

鈴木「3作とも、戦争を舞台に扱ってますね」

奥泉「太平洋戦争の歴史にこだわってるんですね。小説は主義主張を述べるものではないんだけど、ついそういう主題が出てしまうのは事実ですね。でもあくまで『鳥類学者』の主題は、主人公が1945年のミントンズに行くことにあったんです。で、その時、たまたま戦争してたので(笑)。今やってる雑誌「群像」の連載は、真正面から戦争を書いてます。湾岸戦争と、テロと、太平洋戦争と」

鈴木「ネットでの評判を見てると、文体に面食らったという意見がありましたが」

奥泉「文体はいつもむちゃくちゃ考えますよ、新しい小説を書くときは。スタイル8割、内容2割ですね。アイデアってのは、自分が思いつくようなことは他の人も思いつくんですよ。でもだからといって、面白い小説がもう書けないわけじゃない。僕はまずどいう文体、スタイル、構成でいくかを考えます。内容よりむしろ文体が先」

鈴木「他の方の評論を見てると、漢語が多いというのを見かけますが」

奥泉「僕はひらがなが嫌いなの。漢語は大好き(笑)。四字熟語なんてもう大好きですね(笑)」

鈴木「ちょっと『ドグラ・マグラ』を連想しました」

奥泉「ああ、意識してますね。小栗虫太郎、夢野久作あたりの影響は受けてますね。あの不必要な過剰性、作品の完成度を損なうほどの、エネルギッシュな言葉の羅列。いいですね」

鈴木「SFに惹かれるのはなぜですか?」

奥泉「好きだから、としか。小説を面白くするさまざまな技術として、SFを使いたい。SFというジャンルで長い間培われてきた技法を、自分の作品に貪欲に生かしたい。そういえば僕は『ハイペリオン』を読んで感心しましたよ!あれは語りに工夫がありますよ!さまざまなSFのスタイルを取り入れて、でもびっくりするようなアイデアって、あの中にはないですよね。あれを面白くしてるのは、「語りの力」です。僕にはSFのアイデアは思いつけないから、そっちはSFプロパーの人にぜひやってほしい。今まで誰も見たことのないイメージを見せてほしい」

奥泉「僕、イーガンも好きなんですよ!『星を継ぐもの』でしたっけ、あれは大変面白かった!でもある意味では嫌いですね。未来の社会情勢にもっと立ち入ってくれないと物足りない。そこまで踏み込んだSFであってほしい。テクノロジーが進んだ世界を書いてるのに、人間が古臭いのはイヤですね」

鈴木「小説というものの可能性についてどう思われますか?」

奥泉「可能性を信じなければ始まらない。縮小再生産ではなくて、新たな面白さを創造していく可能性を信じて書いていきたい。言葉の可能性を信じて、言葉で思考を拡大していくというか。小説は、娯楽と同時に日本語の表現の可能性を広めていく、大きくしていく、そういうことができるものだと思っています。究極の小説というのは絶対ないと思う。「書く」という行為は(「読む」という行為も)、何かが終ることのないプロセスなんです。大江健三郎が、ノーベル賞とって断筆しましたね。あの間に3000枚書いてたんですよ!そういうもんなんですよ」

鈴木「今後のご予定は?」

奥泉「講談社の「群像」8月号に「ロマン的行軍の記録」というのが載ります。あと朝日新聞に連載を予定してます。SF的なものも書いていきたいですね。僕は自分ではアイデアやトリックは思いつけない、というところからスタートしてる。ただし、新しい小説スタイルはずっと追求していきます」


 まさに『鳥類学者のファンタジア』の文体そのままのような、饒舌体のトークでした。これを聞いて、「ああ、あの著者だよやっぱり!」と思いましたね。話も非常によくまとまっており、頭の回転の早い方という印象を受けました。実は『鳥類〜』の唐突な場面展開や、文体には戸惑うことも多かったのですが、このトークを聞いて納得。彼の小説の目ざすもの、何を着眼点にして書いているのかが明確にわかって、実にすっきりしました。奥泉さんの他の作品も思わず読んでみたくなるような、そんな好企画だったと思います。

 本会企画は以上で終了。お次は合宿だ!

 その1へ その3へ (以下続きます、02.5.6 安田ママ)